世界が夜で閉ざされた話の道を進む。  
 緩やかな曲線を描く道路を私は愛車のセダンで帰路に付いていた。  
 
「ふ〜・・・やっと我が家ね」  
 
 あれから一年ほどくらい経った。  
 自分のミトコンドリアによって生まれたANMCを作り出していた組織を壊滅させ、イヴを妹として家族に迎え入れた日から。  
 
 だけど、あの日から私の仕事に関しては特に変わってない。  
 ルパートが上級捜査官になって、私の存在が利用されることがなくなっても―――  
 ジョディはルパートと協力してNMCの存在を明るみに出そうとしても―――  
 ピアースは前田と協力して私のような者を手助けする目標を見つけても―――  
 
「もう・・・この仕事が多すぎ・・・」  
 
 私の仕事の量が変わるというわけじゃない。  
 いや、むしろ増えた方だ。  
 前にも増してANMCやNMCの出現が異常に増えたこと、それが私が今セダンを転がして既に日が変わった時間に帰宅している理由だ。  
 
 あの事件以来、ANMCが増えた。  
 中途半端に組織を壊滅させたせいでANMCの一部が脱走、しかもそれが試験的にベクターウイルス感染の能力が備わっている種類だった。  
 おかげであちこちに感染者が広まり、ミトコンドリア調査・鎮圧班であるMISTだけでなく、警察やSWAT、果てには州軍まで動く始末。  
 対ネオミトコンドリア感染の先導であるMIST所属の私は出張は当たり前、残業は日常茶飯事。  
 今では警察もANMCの対処法を見出し、ある程度慣れてはいるが、やはり苦戦するのは必死。  
 初期の頃なんか国中引っ張りだこでただでさえ人手が少ないMIST所属の人間は散々こき使われた。  
 見事に労働基準法を無視していて、私の心身は雪だるま式に増えていく、もう何でもいいからストレス解消のため怒鳴り散らして訴えたいくらいだった。  
 
 いっそのことあの時、戦略核でも落として一掃して欲しい気分だ。(いや、実際に落とされたら困るけど)  
 
 ここまでの事態に発展しても、政府の上層部はNMCの存在を明るみに出そうとしない。  
 だがもはやルパートとジョディの謀は労せずに近い未来に達成しそうな状況になっていた。  
 
「ふぁ〜・・・いけない、いけない」  
 
 ま、そんな進展は私の仕事量にそれほど影響するわけでもなく、こうやって眠気を抑えながら安全運転をしているわけだ。  
 
 しばらく掛かって、ライトが許す視界に我が家が現れた。  
 周りは林ばかりで人の手があまり加えられていない土地にポツンと立つ一軒家、それが私のマイホーム。  
 
 整備されていない地面がタイヤに踏みつけられてジャリジャリと音を立てる。  
 私は車のエンジンを止めて家を一瞥しながら車外に出る。  
 
「―――もう寝てるわよね」  
 
 既に深夜過ぎ、私を待っているはずの家族は夢の中。  
 
 だがそれも好都合だ。  
 帰ったらイヴのダインビング抱き付きの洗礼を受けるのを考えると丁度いいと思う。  
   
   
 ・・・・・・・・嫌いじゃないんだけどね、でも威力ありすぎな気がするのよ。 最近はボディスラムじみた破壊力だし。  
 
 
 私はイヴを起こさないよう車のドアを軽く閉めて、半開きになったところを体で強引に押した。  
 音を立てないように我が家の中へと入る、自分の家でありながら遠慮してるとなんか少し自分の過保護さに苦笑してしまう。  
 
 あまり変わらない内装。  
 私は無趣味だから、家の所々のインテリアはイヴの趣味、今では家は彼女の色に染まっている。  
 だが(ANMC駆除の)出張で空けた三日間の内に変わった所はなかった。  
 
 変わった所と言えば、冷蔵庫に置かれたメモ。  
 
 ――――――アヤ、冷蔵庫にタマゴサンドイッチが入ってるから食べてね。 あと、コーラは一日一本だけだよ。――――――  
 
 と書いてあった。  
 仕事が多忙化した頃から料理するのはイヴの役目となってしまった。  
 最初の頃はがんばって早く帰ったり作り置きとかしていたけど、さすがに出張となるとどうしようもなかった。  
 付きっきりで傍にいた時に自炊の味をしめたイヴはインスタントに頼る気は全くなかったため、自主的に料理する事になった。  
 
 
 冷蔵庫から取り出したタマゴサンドイッチとコーラで夜食を済ませる。  
 
 タマゴはイヴ風アレンジの味付けがされていてマサチューセッツ大学で食べたサンドイッチとは比べものにならないくらい美味しかった。  
 食後のコーラを瞬く間に飲み干す、ANMCと一戦殺り合って、長い帰路から戻ったばかりだから二本目といきたかったが、調子に乗るとイヴに叱られるため自粛する。  
 
 
 食欲を満たしたら忘れていた睡眠欲が襲ってくる。  
 瞼に重さを感じながらも私は寝る前にイヴの姿を確認しようと思った。  
 
 ―――本当に私は過保護だなぁと思う。  
 
 
 廊下の明かりを頼りにイヴの部屋に忍び込む。  
 廊下の光が作り出す自分の影の向こうには少女が眠るベッドがあった。  
 
「すぅ・・すぅ・・・」  
 
 かわいい寝息を立ててる少女の寝顔に安らぎを覚える。  
 
「イヴ・・・」  
 
 私の娘であると同時に、私の妹。  
 家を出た時からその気がなかった私には予想しなかった家族。  
 
 膝をベッドの縁に立てて、身を乗り出すようにイヴの寝顔を覗き込む。  
 まるで天使のような寝顔は苛めたくなるほど可愛い。  
 そんな趣味はないんだけど、あまりにも無防備だからちょっといたずらしちゃいそうな気分にもなる。  
 
 私も子供の頃もこうだったんだろうか。  
 寝ている間に優しく頭を撫でてくれたのだろうか。  
 
「私もこんな無防備な寝顔をしていたのかしら」  
 
 そこで思考を止める。  
 目の前にいるのは自分ではなくイヴ、姿形は似ていても目の前の少女は間違いなく個人としてそこに寝ている。  
 もしかしたら、私が過ごせなかった幸せな日常をこの子で代わりに体験してる姿を自分に置き換えて、穴が空いた心の隙間を埋めている想像して自己満足かもしれない。  
 
 ・・・・・・・・そろそろ寝るとするかな。 いつまでもイヴの寝顔を見て自分の睡眠欲を果たさないのはつらい。  
 
「おやすみ・・・」  
 
 私はイヴの前髪を優しくどかして、額にキスしてあげた。  
 しばらくの余韻を残してから唇を額から引き離す。  
 
 
モミッ  
 
 
「んっ!?」  
 
 急に胸に電気が走る感覚がした。  
 私は胸に視線を向けると、そこには服越しに乳房を掴む手があった。  
 
「・・・・・・」  
 
 その手は布団から生えたかのように伸びている。 その手の主はもちろん―――イヴだった。  
 
 寝惚けているのは狸寝入りをしているのか計りかねる所だった。  
 何しろイヴは一度寝たら中々起きない性質であり、狸寝入りする事は稀にある。  
 ゆえに判断に困る、MIST屈指のハンターの判断力もこういう時にどう対処すべきか迷ってしまう。  
 
「んぁっ・・!」  
 
 乱暴に胸を揉まれる度に頭が電気が走る。  
 大人になった体は長い事断ってきた性欲に抗えなかった。  
 
「ぁんっ・・」  
 
 何しろ久しぶりだった。  
 その類の経験がないわけじゃない、だが私にはそんな余裕はなかった。  
 被害者の側を考える警察官になろうと躍起になり、ミトコンドリアの覚醒から私は人との繋がりをほとんど断ってきてる。  
 
「ん・・・ダメッ」  
 
 いつのまにか私は人差し指の腹を噛んでいた、無意識にイヴを起こさないようにと声を抑えるために口に指を当てていたのだ。  
 もう眠気なんか吹っ飛んでしまった。  
 
「く・・ふぅっ!」  
 
 体中のミトコンドリアがイヴに反応して躍動すると体が熱くなる。  
 ただでさえ体が火照り始めたのに、頭がボーッとしてしまいそうだ。 こんなことならコーラの他にミネラルウォーターも飲んでおくべきだった。  
 
モミモミ  
 
 本当にこの子は寝ているのだろうか?なんか執拗に揉んできてるけど、実は狸寝入りしているんじゃないかしら?  
 
「・・・ママ・・・」  
「・・・・・・・くふぅ・・・」  
 
 イヴは目尻に涙を浮かばせてる(胸を揉みながら)。  
 最近少し一人きりにしすぎたかもしれない、今度休暇でも取ろうかな――――――と、私はそんな事を考える余裕なんてこれっぽっちもなかった。  
 
「ひゃっ・・・あぁん・・」  
 
 寝ながらでも胸を揉む続ける指は乱暴ながらもうまかった。  
 
「あっ・・あぁっ」  
 
 熱い――――頭がボーッとしてしまいそうなくらい熱い。  
 体に火がついてしまったかのように体内はとろけそうな温度に満ちていた。  
 
「ん・・んん!!」  
 
 ダメ、理性が揉まれるたびに壊れていく。  
 体が快楽を求めている。  
 手が秘所に伸びてしまいそう、残りかすのような理性を総動員して堕ちてしまわないようにと抗い続ける。  
 
「んぁ・・イヴ・・・くぅ!」  
 
 だがその抵抗も空しく、本気で快楽に満ちた声を出してしまいそうな時、  
 
ポテ  
 
 イヴの手が落ちた。 揉みつかれたのか、糸が切れた人形のようにベッドの上で放り出されていた。  
 
「はぁ・・・・・・はぁ・・・」  
 
 なんか不毛だった。  
 この私の迸る火照りをどうしてくれるんだろうか、ここまでしておいて寸止めされた。  
 行き場の無い怒りは頭の中でグルグル回り、体の火照りとは逆に快楽を求める心は氷点下にまで下がっていく。  
 
 呆れた。  
 それ以上に虚しい。  
 
 
 この行き場の無い気持ちは茹でるほど熱いシャワーで流して、イヴのベッドに潜り込む。  
 
§終わり§  
 

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