窓からは、満月の放つ光が注いでいる。  
 心弥はフェルディナンから受け取ったものを、月光の下にさらし――  
 震える手で、ゆっくりと虫籠の蓋を開いた。  
 出し抜けに心弥の腕の中に、弓の体が現れた。  
 意識がないのか、力無く倒れかけたその体を、慌てて抱きとめる。  
 腕に確かな重みがかかり、服越しに体温を感じる。懐しい、匂い。  
何もかもが心弥の前から消えた、2年半前のあの夏の日と同じ姿のまま、寸分も変わっ  
ていなかった。  
「弓……」  
 穏やかに寝息をたてている顔を見つめる。はやる心を抑えながら、静かに呼びかけた。  
「弓」  
 返事はない。焦燥に駆られ、軽く体を揺さぶりながら何度も呼びかける。  
「ん……」  
 まぶたが震える。かすかに、声が漏れた。  
 かたずを飲んで見守る中で、弓の目がゆっくりと開かれていく。  
「ん……ぁ……心弥、ちゃん?」  
 弓はしばらくの間、心弥の顔をぼうっと眺めていたが、それが思いのほか間近にある  
ことに気づき、狼狽した。  
「あ、あの、心弥ちゃん?」  
 心弥は応えない。何も言わず、ただ弓を抱き締めた。  
 
 そうされて弓はようやく、自分が彼に抱きかかえられていることを認識して、  
慌てて身をよじった。  
「あの、あのね、何をされても嫌いにならないっていっても、その、心の準備が」  
「……弓」  
 弓はますますうろたえたが、ふと自分の名を呼ぶ心弥の声に、何か切迫したものが  
混じっていることに気づき、暴れるのをやめた。  
 姓の“露草”ではなく名で呼ばれていることにとまどいながら、恐る恐る尋ねる。  
「心弥ちゃん……泣いてるの?」  
 返事はない。ただ、耳元で微かに、しゃくり上げる息遣いが漏れるだけ。  
 弓は困ったように微笑んで、彼の背中に手を回し、なだめるように優しくさすった。  
(つい最近も、こんなことがあったっけ)  
 抱き合う体勢になってしまったことへの照れを内心でごまかすように、弓はその日の  
ことを思い出していた。  
 徒帰島から戻って、最初にこの家で心弥と再会した時のこと。  
 それから、今日、一緒に文槻総合病院に行ったこと。帰りがけに中華街のケーキ店に  
立ち寄ったこと。心弥の家に戻って、夕食を食べたこと。後片付けをしながら、心弥に、  
今夜泊めてほしいと頼んだこと。心弥が承諾してくれたこと。割れた皿の破片で指を  
切ってしまったこと。心弥が手当てしてくれたこと。  
 心弥に、想いを告げたこと。その答えを聞く前に、ごまかすようにその場を流して  
しまったこと。そして。  
 
「あれ、絵から手が飛び出してきて、私、引っ張られて……」  
 絵から伸びてきた手に捕われ、絵の中に引きずりこまれたこと。  
「そっか……私、また……」  
 朧げながら、理解した。自分がまた、彼の前から消えてしまったことを。そして今、  
彼の元に戻ってきたことを。  
「大丈夫だよ。私は、ここにいるから」  
 自分を抱き締める腕にいっそう力が込められるのに戸惑い、それでも優しく心弥の背を、  
頭を撫でながら、弓は言い聞かせるように、つぶやいた。それが彼にとってどれほどの  
意味を持つか知らぬまま、何度も、何度もつぶやいた。  
 
 ☆ ☆ ☆  
 
「ん……いいよ。楽にして」  
 自宅の居間で、向いのソファに腰掛けた弓をモデルにスケッチブックに鉛筆を走らせて  
いた手を止めて、心弥は彼女に呼びかけた。  
 弓はほっと息をついた。ソファから立ち上がって軽く伸びをし、長時間なるべく動かずに  
いたため凝った体を解す。  
 テーブルの挟んで心弥が座っている方に回り込み、隣りに腰をおろした。  
「どう? 上手く描けた?」  
 心弥はうなずき、弓にスケッチブックを手渡した。  
 弓はそれを受け取りしばらくその絵を眺めていたが、ふと思いついて、何事かを  
確かめるように、一枚前のページをめくり、さらには表紙を改める。そうして納得したように  
ちいさくうなずいた。  
「これ……このスケッチブックは」  
「うん。あの日、弓が贈ってくれたものだよ」  
 スケッチブックには、今し方描かれた物のほかには、ただ一枚の絵しか描かれていなかった。  
 二年半前に描かれたそれと、たった今、心弥によって描かれたばかりの自分を見比べながら、  
弓はぽつりとつぶやいた。  
「やっぱり、色に出ちゃうのかな」  
 絵の中の弓は、落ち着いてはいるものの、沈んだ雰囲気をたたえていた。そしてそれを  
眺める彼女自身の表情もまた、憂いに満ちたものだった。  
 
「……いろいろ変わったことがあったと思うけど、まだ、慣れない?」  
 弓の問いには答えず、心弥は静かに切り出した。  
「ん……目が覚めたら3年経ってた、て言われても、ね」  
 弓は目を伏せ、静かに頭を振った。  
 百年画廊から帰還しておよそ一月。リハビリと称して、はじめの二週間は入院を  
続けながら、時間をかけて説明を受け、弓は自分の身に何が起きたのかを理解した。  
自分では、理解したつもりだった。  
 しかし現実は、彼女の想像よりもはるかに厳しいものだった。  
 実際、二年半の年月は、弓を取り巻く環境を、すっかり変えてしまっていたのだった。  
 かつての同級生達はこの3月に卒業してしまう。  
 そして心弥は、弓の捜索に時間を費やすため、既に退学してしまっていた。そのような  
状況で、背中の翅を隠しながら学校に通い続けるのが非常に困難であることは、容易に  
想像できた。  
 悩んだ末、弓は高校を退学したのだった。  
 一方、家庭では母親の再婚話が具体的なものになり、近い将来それは実現する運びと  
なっていた。  
 母親の再婚は祝福すべきことだったが、ここでも翅の存在が気掛りとなった。  
 実の母親にさえ事実を伏せているのに、その上継父までとなると、自分の家ですら  
気を抜けなくなる。  
 退院してわずか二週間。しかし弓は早くも、翅を隠しとおすことに限界を感じ始めていた。  
 
 重苦しい気持ちが、溜息となって漏れる。  
「私、どうしたら良いんだろう」  
 声が、どうしようもなく震えてしまう。  
「私の居場所、無くなっちゃったのかな」  
 うつむく弓を、心弥は痛ましげに見つめる。悲しみと不安の混じり合った、深く、暗い青。  
 伝えよう、そう思った。今日、弓に告げると決めていたことを。それはあまりに無謀で、  
受け入れられるかどうかは分からないけれど。  
 否。  
 感情が色として見える心弥には、彼女が自分にどういう感情を抱いているか知っていた。  
だから、彼女の答えはある程度予想できた。  
 卑怯なやり方かもしれない。それでも、と心弥は思う。  
 もうこれ以上、悲しみに沈む弓の姿を見ていたくはない。  
 目を閉じ、深く息を吸う。そうして自分の中にある意志を確かめて、目を開いて弓に  
向き直り、静かに切り出した。  
「弓、話したいことがあるんだ。大事な話」  
「うん……何?」  
 何事かと弓が顔を上げると、心弥がかつてない真摯な決意に満ちた目で自分を見つめていた。  
「どうしたの? 急に、改まって」  
 彼の緊張が伝染したように、体が硬直してしまう。  
「一緒に、この家に、住もう」  
 
「……え?」  
 告げられた言葉の意味を、すぐには計りかねた。  
 心弥は片手を伸ばし、驚いて硬直している弓の頬に触れる。  
「弓が、好きなんだ。もう二度と、離したくない」  
「心弥ちゃん、えと、それ」  
 手を、未だ混乱の最中にいる彼女の頬から頭へ。  
「つまり、その」  
 優しく抱き寄せて、両手で弓の頭を抱え込むようにして、耳元で囁く。  
「結婚しよう、てこと」  
 腕をゆるめて、驚いて目を丸くした弓と向き合った。  
「え……」  
「僕たち、結婚して、二人でこの家で暮らそう、てこと」  
 弓は硬直したまま、なんとか言葉の意味を飲み込もうとした。  
「え、え、え……」  
 真っ白だった弓の感情に、じんわりと色が戻ってくる。  
「ええーーーっ!?」  
 何を言ったらいいのかわからず、弓はしばらく口をパクパクさせていたが、やがて  
見開いた目からぽろぽろと涙を流して泣き出した。  
「驚かせて、ごめん。やっぱり……いや?」  
「ううん、ちがうの、そうじゃない、心弥ちゃんが急に、だからびっくりして、私」  
 
 弓の感情の色は混沌と渦巻いていたが、やがて信頼と安心の白、情熱の赤、そして  
喜びの黄に定着した。  
 涙をぬぐい、そのまま目を閉じた。しばし沈黙する。  
 落ち着きを取戻して、弓は心弥の目をしっかりと見つめた。  
「もう、見えてる、よね」  
「ん……けど、弓の口から、答えが聞きたい」  
 弓は、はにかんで微笑んだ。  
「心弥ちゃん、すごく大胆になったよね」  
「混ぜっかえすなよ。これでも、かなり勇気がいるんだから」  
 心弥は今更のように照れて顔を赤らめ、拗ねたようにそっぽを向いた。  
 しかし、すぐに表情を引き締めて、弓を見つめる。  
「でも、どうしても伝えたかった。もう後悔は、したくないから」  
「やっぱり、大胆になったよ」  
 今度は弓が、照れてうつむいた。  
 ややあって、ぽつりとつぶやく。  
「私も、ね」  
 紅潮した顔を上げて、心弥としっかり目を合わせて、応える。  
「私も、心弥ちゃんが好き。大好き。いつからか、もう思い出せないくらいずっと前から、  
心弥ちゃんのこと、好きだったの」  
 両手を差し伸べて彼の体に手をまわし、体を預ける。  
 
「だからね、私の答えは、ずっと前から決まっているんだよ」  
 抱き締めて、頬を寄せ。  
「だから、答えは……」  
 耳元で、囁いた。  
「はい……」  
 手をゆるめて、互いの顔を間近で見つめ合う。  
「離さないで……私を、一人にしないで……ずっと、そばに」  
「約束する。もう二度と、弓を離さない。弓を一人にしない。だからずっと、そばに  
いて欲しい」  
 心弥の目の前、息も触れ合うほど間近に、弓の顔があった。  
 潤んだ瞳に、のぞき込む心弥自身が映りこんでいる。その瞳が静かに閉じられた。  
 心弥も目を閉じ、ゆっくりと顔を寄せ。  
「弓……」  
「ん……」  
 唇を、重ねた。  
 長い断絶の時を経て、交わされた口づけは、今まで過ごしてきたよりもはるかに長い  
時間を共に歩もうとする二人の、誓いの証しなのだった。  
 
 ☆ ☆ ☆  
 
 どれほどそうしていただろうか。  
 唇が触れ合うだけのキスは、どちらかが吐息を漏すまで続いた。  
 しばらく見つめ合っていたが、弓は急に顔を赤らめ、心弥の胸にぽふっと顔をうずめた。  
「弓?」  
「ごめん、私今、びっくりしちゃって、心弥ちゃんの顔、見れないよ」  
 それは心弥も似たようなもので、改めてかける言葉が見つからない。  
「……でもね、すごく、嬉しい」  
「うん」  
 ただ穏やかな想いを伝えるために、そっと抱き締めて、優しく髪を梳くように頭を撫でてやる。  
「いつか」  
「ん?」  
「いつか、心弥ちゃんと……こんなふうになれたらな、って思ってた……」  
「うん」  
 おそらく自分もそうだったのだろうと、心弥も思う。なまじ相手の感情が見えることで、  
自分の気持ちが確かなものであるか自信が持てず、散々回り道をしてしまったが。  
 なればこそ、今こうして互いに想いを告げることができたことを、嬉しく思う。  
 
 腕の中に、弓の確かな存在を感じる。以前に何度かそうした時はとにかく気持ちが  
先に立ってしまい、ものを思うどころではなかったが、こうして抱き締めてみると改めて、  
その身の細さに気づく。  
 この人を守りたい、と思った。幼いころから常に身近にいて、そしてこれから先、  
ずっと長い人生を共に過ごすと誓った大切な人が、二度と悲しみに沈まないように。  
 少しでも安心を与えられるように、折れそうなその肩を優しく掻き抱く。  
「待たせて、ごめん」  
「いいの。今、こうして……いてくれるから」  
 心弥の腕に包まれ、その腕から伝わる温もりと彼の優しさを確かに感じながら、弓は  
静かに頭を振った。  
「いつでも……今も、すごく辛かった時、そばにいてくれた……これからも、そう……だよ、ね?」  
「ずっと、そばにいる。約束する」  
 誓いを示すように、心弥は抱き締める腕に力を込めた。  
「ん……ね、そのまま、聞いてほしいんだけど」  
「何?」  
 腕の中で弓が、わずかに体を強ばらせた。  
「あの、私達、えと……結婚、したら……つまりその、したり、するんだよね?」  
 
「する、て、何を……あ」  
 心臓が跳ね上がった。弓の言わんとしていることを、心弥も察した。  
 考えなかったわけではない。ただそれが、彼女の自分に対する好意に付込んでいるように  
思えて、なるべく意識しないように努めていたのだ。  
「えと、それはその……何て言うか、そんな急ぐことじゃない、と思う。二人でゆっくり、  
考えていけば、いいんじゃないかな」  
 抱き締めた手をゆるめてそっと体を離しながら、いくらかは自分自身に言い聞かせるように、  
そう答えた。  
 そう、慌てなくていい。自分達はまだ、ようやく、始まったばかりなのだから。  
 だがそんな心弥の答えに、弓は頭を振った。  
「心弥ちゃんの言いたいこと、わかってるつもり。心弥ちゃんが私のこと、大切にして  
くれてることも。だけど……だから、私は今……して、欲しい」  
 そう言って、潤んだ目で見つめる。  
 それでもなお、心弥にはためらいがあった。微妙な気まずさから弓の顔を見ていることが  
できず、視線を落とした。そうして、ようやくそのことに気づいた。  
「ごめんね、急に変なこと言って……でもね、まだ私、不安なの。一人になるのが、恐い……  
だから心弥ちゃんと、言葉だけじゃなく、確かにつながってるって、感じたいの」  
 血の気がひいて白くなるほどに固く握りしめられた手が、小刻みに震えていた。  
 弾かれたように顔を上げる。  
「心弥ちゃんのそばにいて良いって、証しが欲しいって思うのは、いけないことなの?」  
 灰色の不安にくすみ、今にも涙があふれ出しそうな、泣き出しそうな表情の弓がそこにいた。  
 
「私のこと、嫌いにならないで……いやらしい女の子だって、軽蔑しないで」  
「……ッ!」  
 たまらず、抱き締めていた。  
 自分はなんと愚かなのだろう。どうしようもない馬鹿の、卑怯者だ。  
 自分のあさましい気持ちを隠すために、必ず守ると誓ったばかりの、大切な人を悲しませて  
しまった。  
「弓、ごめん」  
「心弥、ちゃん……?」  
 この期に及んで、弓を気遣うふりをして、その実、拒まれることを恐れたのだ。軽蔑される  
べきなのは、自分の方だ。  
「嫌いになんて、ならない」  
 抱き締めたまま、告げる。今、言わなければならない。それは心弥の望みでもあるのだから。  
「弓を、抱きたい。弓が好きだから、弓の全部を、僕のものにしたい」  
「心弥ちゃん……」  
 腕の中から、弓は心弥の背中に手を回して、抱き返す。  
「前にも言ったよね……私はもう、嫌いになれないくらい、心弥ちゃんが大好きだって……」  
 その手に力が込められた。  
「いいよ……ううん、お願い、します……私を……私の、全部……心弥ちゃんのものに、  
して……ください……」  
 
 ☆ ☆ ☆  
 
 ソファに並んで腰掛け、片手を伸ばして頬に触れる。髪を梳くように頭を撫で、抱き寄せる。  
 三度目の口づけ。今度も触れるだけの。  
 唇を重ねながら、互いの顔に、頭に、ゆっくりと、そこにいることを確かめるように  
手を這わせる。  
「はぅ……っ」  
 耳に触れられて、弓が体をビクッと震わせる。はずみで、唇が離れた。  
「あ……ん」  
 すぐに顔を寄せ、キスを再開。  
 心弥は口を少し開いて、舌先で彼女の唇をなぞった。  
 弓の体がわずかに跳ねる。が、今度は離れず、彼女も舌を差し伸べ、心弥を迎え入れた。  
「は、ん……ちゅッ……んん」  
 唇を擦り付け、舌を絡めあう。吐息が漏れ、顔にかかった。  
 より深く触れ合うため、二人は互いを抱き締め、体を密着させた。  
 舌を食みながら、わずかに口を離して息を継ぎ、再び求め合う。  
「ん……んん……ちゅ……んぅ……ふぁ……」  
 いつまでもそうしているのだろうかと思うほど長く、幾度も口づけを繰り返して、  
ようやく二人は顔を離した。  
 唾液が一瞬、名残を惜しむかのように二人の間をつなぎ、すぐに零れ落ちた。  
 
「……キス」  
 どこか惚けたように、弓は漏した。  
「え?」  
「こんなに、すごいなんて、思わなかった」  
「うん……僕も」  
 大切な人と触れ合うことが、これほど刺激的なことだったとは。  
 弓の色は、興奮の赤、安心の白、歓喜の黄。そして灰色の不安が少し。  
 自分も同じだ。お互いに初めてのことに、どうしたらいいのか戸惑っている。それでも、  
触れ合いたい。その先に進みたい。  
「もっとしても、いい?」  
「ん……」  
 弓はうなずき、目を閉じた。  
 そうしてまた、飽くことなく互いの唇をむさぼった。  
「んん……ぁッ、待って」  
 ふと、弓が身をよじった。  
「どうしたの?」  
「背中、翅が」  
 口づけを交わしながら、弓をソファの背もたれに押し付けるような形になっていたのだ。  
 
「ごめん、大丈夫?」  
「ん……普通に仰向けになるだけなら平気だけど、その……動いたりすると、つらい……かな」  
「そう……なら」  
 心弥は少し考えると、ひょいと弓の体を抱え上げて、ひざの上に乗せて横抱きにした。  
「手を首に廻して……こうすれば翅に負担がかからないと思うんだけど、どう?」  
「うん、これなら大丈夫そう……でも、重くない?」  
「全然」  
 上目使いに見つめてくる弓に、心弥は余裕を示すように微笑んでみせた。  
 実際、彼女の体は心弥が思っていたよりもずっと小さく、軽く、華奢だった。  
 子供のころには、弓の方が背が高かった時期があったことを思い出した。  
 年を経て、心弥の身長は弓を追い越した。そしてそのころから、彼女の体には女の子らしさが  
見られるようになっていた。  
 ことさらにそのことを意識してしまう自分に対する嫌悪と、そんな自分に好意を寄せて  
くれた幼馴染みの少女への後ろめたさから、彼女にはずいぶんと曖昧な態度を取ってきた。  
それが彼女にもどかしい思いをさせていることにも気付かずに。  
 もう二度と、そんな思いはさせない。言いたいことがあるなら、口にすればいい。  
態度で示せばいい。色で彼女の心が見えてしまうというなら、自分はそれ以上に、想いを  
伝えればいい。  
 弓がまた、かるく身震いした。  
 心弥の手が、彼女のうなじから肩を伝って、胸に触れたのだ。  
 
 心弥はそのまま、服越しに弓の胸をさわさわと撫で続けた。  
「んッ……ぅ、あ……あ……」  
「痛くない?」  
「ん、平気。ちょっとくすぐったい、けど……もう少し強くしても、いいよ……」  
 心弥はうなずき、指に少し力を込めた。  
 そうしただけ、指が沈み込んでいく。  
 その柔らかさを意識したとたん、鼓動が爆発的に早まった。自分の中で何かが  
弾け飛びそうになるのを必死に押し止める。  
 弓の不安を除きたい、そう心に強く思いながら、努めて優しく手を動かした。  
「はぁ……はぁ……ぁ、んんッ……はぁ……ぅぁぁ……」  
 弓の息が、しだいに熱を帯び、忙しなくなってきた。感情の色も、赤と黄がいくらか  
強くなっている。  
 自分の手で、彼女を悦ばせている。そう思うとなおさら、求める気持ちが強くなっていく。  
「弓……直に、触りたい……いい?」  
 顔を赤らめて、小さくうなずく。それを受けて、心弥は弓の服に手をかけた。  
 震える手でボタンを外して手を差し入れ、隙間からのぞいている装飾の少ない、質素な  
白いブラジャーに触れる。  
 
 カップの縁に指をかけて軽く持ち上げ、少しずつずらしていく。乳頭に擦れ、弓が小さく  
吐息を漏らした。  
「く、ン……」  
 心弥は構わず、ブラジャーをずらし続ける。  
 ほどなく、なだらかな双丘があらわになった。  
 初めて目にする膨らみに、心弥は目を奪われた。  
「うぅ……そんなにじっと見られると……恥ずかしいよ……」  
「あ、あぁ……ごめん」  
 答えたものの、呼吸に合わせてゆるやかに上下する胸から目をそらすことができない。  
 白い肌に誘われるように手を差し伸べる。触れた瞬間、弓が微かな吐息を漏らした。  
「ん……」  
 ふくらみの輪郭に手を添えて、麓からすくい上げるように、手のひらで包み込む。  
少し力をいれると、服越しにそうした時よりもはるかに柔らかく、指が沈み込んだ。  
 ふにふにとした感触が心地よくて、心弥は自分でも驚くほど大胆に、弓の胸に指を這わせた。  
「あ……は、ぁ……ッ、ぅ……んんッ」  
 心弥の指遣いに合わせるように、弓が喘ぐ。指が乳首を擦過すると、びくりと身を震わせた。  
「ひぁ、だ、だめッ、そこ……ゃ、す、すごく……」  
 興奮の赤が、さらに強くなった。  
 
 柔らかな膨らみを手の平でこね回しながら、指先で弾くように乳首を弄ぶ。  
「や、ぁッ、くぅ……そこ、ばっかり、ひぁあッ」  
「ここが、いい……の?」  
 そうして片手で愛撫しながら、空いている方の胸に顔を寄せ、乳首を口に含んだ。  
「ゃぁ……口でなんて、そんな……うぅぅ」  
「もっと、弓の声……聞かせて」  
「ばか、あッ……あッあッ、心弥ちゃんの、えっちぃ……」  
 抗議を受けるのもおかまいなしに、胸を弄ぶ。  
 舌で転がしたり、強く吸いつけてやると、弓は心弥の望むとおり、鼻にかかった喘ぎ声をあげた。  
 口での愛撫を続けながら、片手を胸から離し、まだかけられていたていたボタンをすべて  
外してしまう。露わになったお腹に手を這わせる。薄く汗の浮いた滑らかな肌が心地よい。  
すみずみまで撫でまわし、徐々に下腹部へ。  
 手探りでスカートをまくり上げ、太ももに触れると、弓は怯えたように脚を閉じてしまった。  
「脚……力、抜いて」  
「ぅぅ……」  
 手と口での愛撫を中断して顔をのぞき込む。  
 弓は目を閉じて、耳まで紅潮させて荒い息をついていたが、やがて意を決したように  
小さく頷いた。  
 
 わずかに力の緩んだ脚の隙間に手をさし入れる。すぐにはそこに触れず、馴らすように  
内太ももにゆっくりと手を這わせた。  
 そうしておいて、徐々に手を、彼女の中心に近づけていく。  
「……ッ!」  
 しかし、心弥の指がそこに到達した途端に、弓は再び脚を閉じてしまった。  
「っと」  
「ごめん、やっぱりちょっと、恐い……ぁッ」  
 太ももに手を挟まれたまま、わずかに触れた指先で、薄い布越しに彼女の敏感な部分を  
なぞる。  
 くすぐるような微妙なタッチで、何度も往復させると、弓は喘ぎながら、断続的に体を  
ひくつかせた。  
「あッ、あッ……ひぅ、く……そ、そこ……ゃ……だ、め……くッ、ぅぅ」  
「弓……怖がらないで」  
 耳元で囁きかけてやると、閉じられた脚が、わずかに緩んだ。  
 心弥は自由になった手で、先程よりも少しだけ強く、秘所を愛撫した。  
「はぁ、はぁ、はぁ……んッ……ひ、くぅ……ぅぅ……心弥、ちゃぁん……」  
「痛かった?」  
「違うの、痛くない……けど、変……すごく、あついよぅ……」  
「感じてる、のかな?」  
「分からない、こんなの、初めてだから……けど」  
 
 弓は潤んだ瞳で心弥をちらりと見上げてから、恥ずかしそうに目を伏せ、告げた。  
「いやじゃない、から……続けて」  
 心弥はうなずき、手を脚の間から一度引き抜いて、下腹部からショーツに滑り込ませた。  
「……ッ!」  
 腕の中で、弓の体が緊張で強ばったが、心弥はためらわず、手を奥へと進める。  
 指先が、微妙な違和感に触れた。控え目に茂ったくさむらを越えて、さらに奥へ。  
「く……んッ!」  
 弓がまた、微かに身を震わせた。  
 心弥の指先がついに到達したそこは、すでに彼女の秘裂から零れ出した雫によって、  
湿り気を帯びていた。  
「弓のここ、濡れてる」  
「ゃ……そんなこと、言わないで……」  
 弓は羞恥に顔を紅潮させ、ギュッと目をつぶった。  
 心弥は探るように、そこにあるものの形を確かめるように、指を這わせた。  
「はぁ……はぁ……あ、ぁぁ……んく、んッ、んッ……はぁ……ッッ」  
 感覚の鋭い箇所に触れられるたびに、弓の体がピクッと跳ねた。  
 息があらくなり、指にからむぬめりも多くなってくる。そのぬめりを塗り広げるように、  
心弥は執拗なまでに弓の秘部を弄った。  
 
「ッ……あッ……く、ぅぅ……ふあ、ぁ……はぁ……はぁ……ひぅ……」  
 いつしか弓の脚からは力が抜け、心弥の手を受け入れていた。  
 その手によってもたらされる未知の感覚に体が震え、我知らず声を上げてしまう。  
 弓の発する感情の色は、赤と黄がさらに強く、深くなっていた。しかし心弥はその中に紛れた  
灰色にも気付いていた。  
「弓、その……無理、してない?」  
「ううん、へいき……体がすごく熱い……けど、これは……心弥ちゃんが触ってるから、なの……」  
 心弥に触れられて、自分でも驚くほど興奮していることが分かる。このまま続けられたら、  
どうにかなってしまいそうなほどに。  
 そして、そんな自分の昂りと恐れが、彼には見えているのだろう。  
 上目使いに心弥をちらりと見上げて、すぐに目を伏せて言った。  
「心弥ちゃんに触られるの、すごく……気持ち、いい……だから、もっと……して」  
 心弥の鼓動が、さらに高まった。  
 少し乱暴な手つきで、剥ぎ取るように弓の服を脱がし、ソファに座らせる。  
 ソックスだけ履いたままの脚を開かせ、その間に自分の体を割り込ませた。  
 しゃがみこんだ心弥の目の前に、彼の手によってわずかに綻び、しとどに濡れた弓の秘裂が、  
それ自体がひとつの別の生き物のように息づいていた。  
「そんなに、じっと見ちゃ、やだ……すごく、恥ずかしいよ……あぁッ」  
 心弥は弓の中心に顔を寄せ、ためらいなくそこに口づけた。  
「や……ッ! やだ、やだ、やだ……そんなとこ、口で……や、だめ、そこ、きたない……  
ぃやぁ……」  
 
 弓は慌てて、心弥の頭に手を添えて押し戻そうとしたが、力が入らず果たせなかった。  
脚を閉じようにも、手で押さえられているためそれもかなわない。  
 心弥はかまわず、わざと音をたてて舌で愛撫を繰り返す。  
「や……ゃぁ……ひ、ぅぅッ……音、させないで……いじわるだよぉ……ふあ……あ、あ、あッ……」  
「ここ、が……いいの?」  
「そんなの、わかんない……わかんないよ……あぁッ、あンッ、ゃ、こんな、ダメッ、  
つよすぎちゃ……あぁンッ!」  
 慣れない刺激に、弓は意図せず嬌声をあげてしまった。  
 いつかはそうなることを望んでいたとは言え、現実に幼馴染みの少年に秘部を愛撫される  
生々しい感触は、抑えきれない興奮を、弓にもたらしていた。  
 背中の翅が、我知らず広がり、ざわざわとうごめく。  
 心弥に嬲られている下半身から、濃密な昂りがじわじわと昇ってくる。  
「あぁぁ……あぁ……はぁ……ぁぁぁ……心弥、ちゃぁん……もう、やぁ……ひぅッ……  
んああッ……あああぁぁ……」  
 全身にそれが行き渡り、弾けようとしたその直前に、心弥は愛撫をやめ、弓の秘部から  
顔を離した。  
「ふあぁ……はぁ……はぁ……んん……心弥、ちゃん?」  
「ごめん、弓……もう、我慢できそうにない」  
 微妙に気まずそうな顔で見上げてくる心弥の頭を撫でながら、弓は微笑んだ。  
「ん……いいよ、きて……私も、もう……心弥ちゃんと、ひとつになりたい……」  
 
 ☆ ☆ ☆  
 
 心弥は服を脱ぎ捨て、弓を抱き上げて入れ替わりにソファに腰掛けた。  
 そうして弓の足を広げさせ、膝を跨いで向かい合うようにして座らせる。  
「あの、心弥ちゃん」  
「ん?」  
「私、その……初めて、だから……だからすごく、痛がるかもしれない……けど、やめないで、  
最後まで、して欲しいの」  
 不安げな色を浮かべる弓に、心弥は真剣な面持ちでうなずいた。  
「……わかった。弓がやめてって言っても、やめない。嫌がっても、最後までするから」  
 そう告げた後、表情を緩め、軽く触れるだけのキスをした。  
「僕も初めてだけど、できるだけ優しくする。だから力、抜いて」  
 弓はうなずき、心弥の首に腕を廻して、膝立ちになって腰をわずかに浮かせた。  
 心弥も弓の体を抱き上げて、腰が密着するように引きつけた。既に固く屹立しているものの  
先端で、入り口を探る。  
「もうすこし、前の方……」  
「……っと、このあたり?」  
「ん、もうちょっと……あ、そこ……あッ、はうぅッ!」  
 柔らかいものに触れたと思ったとたんに、弓の体がわずかに沈み、心弥の先端が熱いものに  
包まれた。  
 弓の口から悲痛なうめき声が漏れる。心弥は抱き締めた腕に力をいれて彼女の体を支え、  
それ以上の侵入を止めた。  
 
「弓」  
「ぅぅ……ん、へいき……だから、ひぅ……このまま……続けて」  
 無理しないでと口にしそうになった言葉を、無理矢理飲み込んだ。最後まですると、  
約束したのだ。  
 ゆっくりと、弓の体を降ろしていく。  
「くッ……んんッ! うぅぅ……んぁッ、くぅ……」  
 充分に濡れてと思われた弓のそこは、しかし異物を拒むようにきつく心弥を締めつけ、  
容易に侵入を許さない。  
 耳元で彼女が苦痛に耐え、うめく声を聞きながら、じわじわと挿入を続ける。  
 やがて先端が、とりわけ狭い箇所に到達した。  
「弓……」  
「はぁ……はぁ……はぅ……うん」  
 応えるように首に廻された手にきゅっと力が込もった。  
 心弥は彼女の体を抱え直し、一息に落としこんだ。  
「ひ……ッ! い、ぎ……ぅぐ、うぅぅ……ッ!」  
 弓の口から押し殺した悲鳴が漏れ、引きつるように体が硬直する。  
 先端がひどく狭いところをくぐり抜けたと思った次の瞬間、心弥のものは熱いぬめりに  
飲み込まれていた。  
「……全部、入ったよ」  
 しがみついて、身を震わす弓を抱き締め、そっと頭を撫でる。  
「ん……ぅぅ」  
「もう、我慢しなくても、いいから……」  
 
「ぅぅ……ひぐ……」  
 心弥の言葉をきっかけに、弓は堰を切ったように泣き出した。  
「痛かった……すごく、痛かったよ……」  
「ごめん、弓……ごめんね……」  
 腕の中で泣きじゃくる弓はをいたわるように、心弥は努めて優しく、彼女の頭を撫で続けた。  
 やがて、弓の嗚咽は徐々に小さくなっていき、体の硬さもしだいに抜けてきた。  
「落ち着いた?」  
「ん……まだちょっと、痛い……けどもう、へいき……ね、心弥ちゃん……動きたい?」  
「え……」  
 弓の中は狭く、きつく、それでいて柔らかく心弥を締めつけ、ひどく熱かった。  
 気を抜くと一気に持っていかれてしまいそうで、正直なところすぐにでも動き出したかった。  
 しかし、小さな体に自分を受け入れたばかりで、今もなおも痛みに耐えている彼女の様子を  
見ると、それを実行するのはためらわれた。  
「……最後まで、してくれるって、言った……」  
 心弥が躊躇していることを見抜いたのか、弓はしがみついていた手をゆるめて、涙目で  
彼を見つめた。  
 その目を見て、心弥はふっ切れた。  
 抱き寄せて、軽く口づける。  
 
「わかった、ありがとう……弓、愛してる」  
「心弥ちゃん……心弥ちゃん、私も、愛してる……ひゃうッ!」  
 大きく突き上げられ、弓は悲鳴を上げた。  
 心弥は休まず、続けざまに何度も弓を突き上げる。  
「いぎ、ひッ、ひぐぅ……ぃあッ、あ、あ、あぁッ! や、はぁッ! やめ、しんや、ちゃぁんッ!  
や、こんな、つよすぎ……あッくぅ! おねがい、ひぃッ! もっと、うぁ、やさし、くぅッ!」  
「ごめん、弓……とめられない……」  
 初めてそれを受け入れた身には強すぎる衝撃に翻弄され、弓は切れぎれに懇願した。  
だが、心弥にはそれを聞いている余裕がない。  
 心弥の中に、痛みに悶える彼女を蹂躙しているという征服感が荒れ狂っていた。  
 もっと弓の声を聞きたい。もっと弓を感じたい。もっと弓を犯したい。  
 肉欲にまかせて自分の手で幼馴染みの少女を思いのままに汚しているという背徳的な快感と、  
それを咎める罪悪感がせめぎ合い、弓を愛おしく思う気持ちと混じりあって、心弥を昂らせた。  
「弓の中……いいよ……すごい、熱くて……」  
「ぁぅ、ぅぅ、く、あッあッあッあッ! やッ、あぁッ、こんな、こんなのぉッ、ぃゃ、やぁッ!」  
 悲鳴のような喘ぎ声を上げる彼女に、心弥は、赤と黄に混じって、輝くような白を見ていた。  
その白は、彼女を突き上げるほどに、他の色を飲み込んで広がっていくように見えた。  
 
 心弥はそれが苦痛を越えたところにあるものだと信じて、その白で弓をすべて塗りつぶして  
しまえるように、さらに激しく腰を振った。  
「あぁ、あぁぁ、はぁ、ふあぁ……しんや、ちゃぁん……ひぅッ! くる……なにか、くるよぉ……ッ!  
や、こわい……こわいよぉ……」  
 心弥に突き上げられながら、弓は身の裂けるような苦痛と、それとは別に、自分の中に  
わきあがってくる何かを感じていた。  
 それは先ほど秘部を舌で愛撫された時の、何倍もの濃度で彼女を満たそうとする。  
 その感覚に身を任せてしまいたいという欲求がある一方、それに飲み込まれることへの恐れが、  
弓の中で葛藤した。  
 すがりつくものを求めて、いつしか弓は、足を心弥の腰に廻していた。  
 そうすることで体の支えを失い、心弥の繰り出す律動が、いっそう強烈に弓を突き上げる。  
「ふあぁ、あぁンッ、あッあッあぁッ! しんやちゃぁん、わ、わたし、ひぅッ! とぶ、とんじゃう……  
とんでっちゃ……ああぁぁッ! おねがぃ、はなさないで……もっと、ぎゅって、してぇッ!」  
 弓の背で、翅がざわざわと揺れ動く。  
 心弥は自分が、腕と脚だけでなく、目に見えない何かによって弓に抱かれているように感じていた。  
 もはや弓を貫くことで頭のほとんどが占められていた心弥は、それが何なのか考えなかった。  
ただ、まるで全身を弓に包まれているような一体感に溺れながら、そこに彼女がいることを  
確かめるために、腕の中の弓を強く抱き締めた。  
 
「弓……弓、ごめん……もう……ッ!」  
 限界が近づくのを感じ、心弥は赦しを求めるように呻いた。  
 弓の中で動くこと、弓の中で達することだけを考えながら、弓の体を抱き締めて捕らえ、  
叩きつけるように連続で突き上げる。  
「しんやちゃんッ、わたし、も、もうッひぅ、ひ、くぅッ、ッぁあぁッ!」  
 弓もまた、限界を迎えつつあった。  
 体の中で熱くうねるものが、出口を求めて渦巻いている。それをもたらしている目の前の少年を  
掻き抱き、熱に浮かされるように、ひたすらに彼の名を呼ぶ。  
「しんやちゃん、しんやちゃ、あぁッ、しんやちゃぁんッ!」  
「弓、弓ッ!」  
「しんやちゃんッ、しんや、ちゃ、ぁ、ぁあ、ああぁぁぁッ!」  
 腕の中で、弓の体がびくびくと跳ね、硬直する。同時に心弥は、自分のものが強く締めつけ  
られるのを感じた。  
 弓から溢れだした透きとおるような白が、爆発的に拡がって視界を覆い尽くし。  
 心弥は弓の最奥で、上り詰めた。  
 
 ☆ ☆ ☆  
 
 どくどくと、弓の中に白濁液を吐き出しているのを感じる。荒い息をつきながら、じっと  
射精が終わるのを待つ。  
 自分でもやけに長く続いているように感じたそれも、やがて勢いを弱め、収束していった。  
 心弥は弓を抱き締めたまま、ソファの背もたれに寄りかかった。  
「弓……」  
 腕の中で、やはり荒い息をついている弓に呼びかける。  
 まだ声を出せず、弓は僅かに身じろぎすることでそれに応えた。  
 体から徐々に熱が引いていき、それに代わるように、心に暖かいものが満ちるのを感じた。  
 優しい手つきで、弓の髪を梳く。  
「弓……終わったよ」  
「……ん」  
 ようやく落ち着いてきた息の下から、弓が応えた。  
 心弥に体を預けたまま、呼吸が整うのを待つ。  
 ややあって、弓は体をすこし起こして、心弥の顔を見た。  
「心弥ちゃん……ね……よかった?」  
「……うん」  
 照れ臭かったが、素直にうなずいた。  
「私は……すごく、痛かった」  
 
「……ごめん」  
 弓がちょっぴり恨みがましい視線を心弥に向ける。  
「優しくするって、言ったのに」  
「う……それは……ごめん」  
 優しくすると言ったことを守れなかったことも、わざと弓が声を上げるようにしたことも、  
事実だった。謝るしかなかった。  
「まだ、入ったままだし」  
「っと、ごめん、すぐに」  
「いいよ、このままで……」  
 さえぎって、弓は再び心弥に体を預けた。  
「もう少し心弥ちゃんと、つながっていたいから……」  
 囁いてまた、心弥の体に手を添える。  
「今日はよくわからないうちに終わっちゃったけど……次からはもっとよくなる……だよね?」  
「ん……僕も弓に、よくなってほしいから……明日から忙しくなって、いろいろ大変だと思うけど、  
その……なるべく、機会をつくって……また、しよう」  
 それを聞いて、弓はくすくすと笑った。  
「途中からまじめな話になったのかと思ったのに……心弥ちゃんのえっち」  
「な……それは、弓が……」  
 言いかけて、やめる。彼自身、行為に興味があることもまた、事実だったから。  
 
「ごめん、うそ……私のこと心配して、はやく慣れるようにって、言ってくれてるんだよね……」  
 弓は再び体を起こし、心弥の顔をのぞき込んだ。  
「優しい心弥ちゃん……大好き……」  
 顔を寄せ、静かに口づけた。  
「心弥ちゃん……愛してる……」  
 弓の発する信頼と安心の白が、心弥の心にも安らぎをもたらす。彼女がそばにいてくれれば、  
二人でなら、どんなことでも乗り越えられる。そんな気がする。  
 そして、彼女もまたそう感じていると、信じられた。  
 心弥は願った。この人と共に過ごす時間が、限りなく続きますように。  
「弓……僕も、弓を……愛してる」  
 抱き寄せて、二人はまた、長い口づけを交わしたのだった。  
 
                                                                          了  
 

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