「ったく、ネイの奴……」
ふらつく足元をこらえ、真砂はコップの水を飲み干した。
地獄だった。
半年ぶりに集まった仲間たちとの花見がそのまま、宴会になだれ込むのは予想できた展開だった。
ネイがいるのだから。
そのネイが明らかに自分が飲む以上の、異常な分量の酒を持ってきたことも、想定内だ。
ただ、ネイが片っ端から未成年の真砂たちに酒を勧め、押し付け、呑ませ、発展する状況は思ってもみない地獄絵図だった。
まず、根黒桂は呑まなかった。
「帰りの車がある」
頑なだった。鉄の意志だった。責められるように酒を押し付けられても、断固として呑まなかった。
無視していたとも言える。
そして、病弱な法章に無理に酒を勧めはしない程度の常識は、酔っ払いのネイも持ち合わせていた。
結果、導き出された結論は、こうだ。
「辛気臭い顔してちゃ酒がまずくなるー。もっと呑んで陽気になりなさい、真砂!」
「そうよそうよ顔だけ一人前に赤くなっちゃってー」
「ふ、二人とも、真砂が、めいわくしてるよっ」
「ZZZ……」
ネイが真砂の首に腕を回して杯を突きつけ
フローラが肩に抱きついて耳もとに息を吐きかけ
ファウナが勝手に真砂の膝を枕にして眠り
由姫が服の袖を引っ張る。
「もてる男はつらいな」
白は赤い顔で助けてくれない。
極めつけには
「ふぅ〜なんか暑いなぁ」
フローラが服を引っ張って、素肌に手の平で煽いだ風を送っている光景が視界の端に見え、さりげなく視線だけ逸らしても
「あ〜今真砂フローラの胸見て照れたわね、この浮気者、浮気者っ」
目ざとくネイが真砂の『顔色』を見て指摘する。
由姫が泣く。
泣かした泣かしたと酔っ払いたちが責め立てる。
誰かなんとかしてほしい。
女性陣が次々と潰れて解散となった時、心の底から真砂は安心した。
アルコールと吐瀉物の臭いが染み付いた車から出て、住居に帰り着き、
潰れた由姫と白を布団に寝かせて、ようやく真砂は落ち着くことができた。
――もう二度とあいつらと酒は呑まないようにしよう。
未成年の内から心に誓う。
歯を磨いて風呂に入って寝た。
この酔いが明日にまで引っ張らないように願う。
夜中に起きたのは、ドアが開く音のせいだった。
修羅場を潜り抜けて培った、危険を察知する能力は、酔っていても生きているらしい。
けれどこの安全な日本、ましてや自室で突然襲い掛かってくる者などいない。
そう思って寝ぼけ眼をドアに向け、襲い掛かられた。
危うくルールーブの爪に力を込めるところだったが、鼻の先をついた酒臭い息で誰かわかって
真砂は何も出来ずにベッドに押し倒された。
「由姫、しっかりしろ」
「真砂ぉ……」
猫みたいに、由姫は真砂の胸に頬擦りする。
――地獄の延長戦か?
由姫は紅潮した頬を緊張したように張り付かせて、真砂をじっと見つめだした。
「どうしたんだ、由姫?」
「真砂、私のこと、好き?」
いきなり無茶苦茶を言う。
「由姫、酔っ払っているぞ」
「よっぱらってない」
濡れた唇が迫ってきた。
口付けと一緒に、由姫の焦燥感、不安、押し流されるほどの好意がなだれこんできて
頭がくらくらした。
「私の気持ち、伝わった? 真砂、私のこと好き?」
どうやら由姫は、先程ネイやフローラに絡まれて赤い顔をしていた真砂に
危機感を覚えているようだった。
突然のことに驚きながらも真砂は察し、少し戸惑いながら、頷く。
「うん――好きだ」
由姫の顔がぱっと輝き、額をわずかに露出した胸肌に押し付けられる。
彼女の嬉しさが伝わる。これほど好意を寄せられているとは、思ってもみなかった。
由姫の意識から自分の意識に感覚を戻すと、なぜか寝間着のボタンが全て外されていた。
「真砂……」
艶やかな声が耳元から脊髄にかけて痺れるように走った。
「由姫お前やっぱり酔っ払っているぞ!?」
「よっぱらってない!」
ろれつの回らない声をむきになって出している事実が、酔っ払っていることを明確にしている。
――むしろ今から地獄の本番戦か?
「真砂、私のこと好きなんでしょ?」
「酔った勢いでこんなことしちゃだめだって榊さんに教えてもらわなかったのか?」
「私は真砂のこと大好き」
手を繋がれた。吹き飛ばされそうなほどの、好意の嵐。
真砂の理性はその嵐の中ではいかにも頼りなかった。