(落ち着かなきゃっ…)  
 あおいは心の中でひたすらに繰り返す。痛打を浴びれば今以上に辛い刺激が襲ってくるのだ。  
今でさえ淫らなモヤモヤが意識を掠れそうにさせているのに、さらに強烈な振動が来たら  
どうなってしまうのか検討も付かない。先の見えない恐怖。  
「んっ…」  
 息を小さく飲み込んで、目を閉じる。  
 そして、ボールの握りを何度か変えて心地を整える。その握りはひとつの所で定まった。  
「行くよ…」  
 セットポジションから、多少ゆるっとしたフォームでボールを投じる。  
 …ぱしっ。  
 外角からさらに逃げていくカーブ。やはり手を出される事はなかった。バッターボックスに  
いるのは良い選球眼と柔軟なバッティングが持ち味の2年生だ。あおいも、明らかなボール球を  
振って貰えるとは思っていなかった。投球の感覚を取り戻す為に投げた一球だ。  
 キャッチャーから返ってきた球をまた幾度か転がし、握りを定める。その間にも玩具の容赦ない  
振動はあおいの意識を蝕んでいたが、配球に思考を集中させる事で官能が生まれるのを  
力ずくにねじ伏せる。  
 第二球。  
 さっきと同じ、少しゆるめのフォームだった。  
 ぱしっ。  
 内角低めのギリギリに入るストレート、ストライク。打者のバットもわずかに動いていたが、  
寸前でとどまったようだった。  
 
(うん…これなら)  
 仮に振られていたとしても、凡打で終わってくれる可能性が高いだろう。コントロールの  
調子は上々だ。  
 彼はバッターボックスを外し、幾度かスウィングする。  
 ヴヴ…ヴヴヴ  
(は、早くしてよっ…!)  
 次の球種を既に決めていたあおいはもどかしかったが、少し脚を開き気味にする事で  
伝わる振動を弱めながら待つ。少し不自然だが、気づかれるほどではないはずだ…  
「プレイ」  
 キャプテンの声。第三球。  
 …びゅっ!  
 前の二球とは違う、思い切った勢いから繰り出されるストレート。  
(くぅっ…)  
 それだけ下半身に掛かってくる負担も大きくなり、バイブレータのもたらす刺激も大きく  
なったが、あおいは構わず渾身の一球に力を注いだ。  
 カキン…  
 バットが出たが、完全な振り遅れでファール。2−1、有利なカウントだ。  
「三振っ!」  
 キャッチャーからボールが返って来るや否や、あおいはそう叫んですぐ投球モーションに  
入る。バッターボックスの彼が「ぐっ」とバットを握りしめるのが分かった。  
 ひゅるっ…  
 直前のストレートと同じ速い投球フォーム…しかしあおいはリリースの直前に勢いを殺して、  
第一球と同じゆるめのカーブを投げた。外角にするっとカーブが沈んでいく。  
 …ぱんっ。  
 バットが半ばまで出かかった。あおいは慌てて三塁側へと視線をやる。  
「そんなっ…」  
 塁審の1年生はセーフのジェスチャーを示した。  
「今のは振ってないだろ、あおいちゃん」  
「べ、別に文句なんか言ってないでしょっ!」  
 キャプテンからの声に、足元の土をスパイクで弄くりながら言う。しかし無念の思いがあるのは  
間違いない。ブルブルという振動が、ますますそれを煽る。自分が虐げられているという感情が  
生じる。  
 
(………)  
 どこまでも沈みそうな気分を断ち切って、あおいは顔を上げた。そして球の握りをひとつに定めた。  
 カウント2−2からの第五球。  
 …びゅっ!  
 前の二球と同じ、全力を込めての投球は勝負球のシンカーだ。バッターに向かって  
挑み掛かるかのように、鋭い切れ味を見せて変化していくボール。  
 カキンッ!  
「!」  
 だがバットはそれに合わせてぴったりと反応していた。低い弾丸性の打球があおいを  
真正面から襲う。  
 ぱんっ!  
「つぅっ…」  
 あおいは小さなうめきを漏らした。辛うじてグラブに当てる事は出来たが、跳ね返った  
ボールが脚をしたたかに打ったのだ。その痛みを噛み殺し、あおいは転がったボールを  
掴んで本塁に送球する。  
 ざざざっ…!  
 飛び出していた三塁ランナーが挟まれる。捕手の山田がランナーを追う。あおいは脚の  
痛みを堪えながら空になった本塁のベースカバーに走った。  
 山田からランナーが離れたところで、三塁に送球。サードがランナーを追ってきて、また  
キャッチャーに送球。山田が追って、またサードに送球。そこでランナーが反動を付けて  
ダッシュし、山田がかわされる。  
 サードは本塁のあおいに向かって送球してきた。  
(ちょ…ちょっとっ…)  
 
 その球を受けてから、あおいは動揺する。そう、ボールを持ってランナーを追わなくては  
ならないのだ。体の中に差し込まれた玩具が未だ動いていると言うのに。振動音はそれほど  
大きな物ではないが、あおいの耳にはしっかり聞こえている。近寄れば他人の耳にも聞こえ  
ないとは限らない。  
 ざっ…ざざっ…  
 ランナーはあおいの動きをうかがいながら、本塁の方にじわじわとにじり寄ってきていた。  
山田はその間に本塁に戻ろうとしている。この状況ではどうあってもランナーに近づくしかない。  
 ざっ、ざざっ  
 あおいはサードに投げる振りを幾度かしながらランナーに近づいていく。打球の強襲で  
生まれた痛みはいつの間にかすっかり意識から失われていて、バイブレータの振動だけが  
マウンドの上とは比べ物にならないほど大きく感じられた。  
 ざざっ…  
 ランナーはサードになかなか近づこうとしない。どうしても本塁を狙うというのだろうか…  
 あおいとランナーの距離が迫る。3m、2m…ランナーが少し引いてまた3m、そして2m…  
あおいの肌に冷たい汗が浮かんでいく。こんな所で振動音が聞こえたら、訝しがられるのは  
確実だ。まさかあおいがあんな物を身につけさせられているという事は気づかないだろうが、  
気づかれる可能性がわずかでもあるなら底知れない怖さがある。この状態で気づかれたとして、  
証拠はあおいの体の中の物体しかないのだ。コントローラははるかの手にある。あおいが  
自ら変態的な行為を選択したとしか見えない。  
 ざっ!  
 その時、一気にランナーがサードに戻ろうとした。あおいはハッとしてボールを三塁手に送る。  
 ずささああっ!!  
 ヘッドスライディングまでしたものの、間に合わずアウト。  
「うん、今の和島の粘りは良かったな」  
 キャプテンがランナーに賛辞を送ったが、あおいにとっては彼がキャプテンとつるんでいるのでは  
ないかと疑いを抱くほどに不必要な粘りっぷりだった。マウンドに戻る足取りも重い。1点差の9回を  
投げきったかのような疲労が身を包んでいた。  
 とは言え、あおいの受難はまだ終わらない…  
 次に待ちかまえているのは恋恋高校の主砲、ホームランを狙うに十分なだけのパワーを秘めた  
松田だった。  
 
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