ジリリリリリリッ…!  
「!!」  
 瞬間、あおいは布団の中の体を跳ね上げていた。  
「……ん…う…」  
 枕の上に顔を載せて、目を幾度かこすり…思い出したように目覚まし時計の頭に手を伸ばし、 
スイッチをOFFにする。  
 5:30。いつもあおいが起きている時間と同じである。普段ならあおいはサッと飛び起き 
て準備をし、階下に降りて朝ご飯をかき込んでから家を出ようとするのだが…  
 あおいは、うつぶせの姿勢のまま枕の上に顔を載せてしばらくの間呆然としていた。  
 瞳の焦点が合っていない。どこか遠いところを見ているかのようである。何か、与えられそ 
うになった物を取り上げられてしまった子供のような…  
 カクン、とあおいは首を前に倒し、枕の柔らかさの中に顔をうずめる。そして顔や身体をモ 
ジモジとさせてから、  
 バッ!  
 背筋運動のように、背中を反らせながら掛け布団を一気に弾き上げる。  
「はぁっ…」  
 あおいはグリグリと自分の肩を揉んでから、肘を突っ張ったり伸ばしたりして軽いストレッ 
チのような運動を始めた。  
普段は仰向けの、大の字と言っていい姿勢で寝ているあおいである。うつ伏せの睡眠はあまり 
快い物にはならなかったようだ。  
 すぅ、と息を吸い込む。  
「おはようございまぁすっ!!!」  
 あおいは思い切り、上半身の力をグググっと入れながら叫んでいた。  
「よしっ…」  
「あおいー? 呼んだのー?」  
 階下から、母親の声が聞こえてくる。  
「ううんー、なんでもないよっ! いまいくー!」  
 そう言って、あおいはベッドから勢い良く飛び降りた。  
 
 
 …シュッ…!  
 あおいが、山田のキャッチャーミットに向かって球を投じる。  
 辺りは既に明るくなり始めていたが、あおいが家を出たときはまだ薄暗さが残っていた。こ 
れから日が短くなるにつれて、ますます朝練を支配する冷気は鋭いものになり、暗さが残るも 
のになるだろう。同時に、秋季大会が近付いてくる。  
 部員達はもちろん、周囲の空気も、絶対的強豪と目されたあかつき大付属に最終回まで食ら 
いついていった夏季大会の記憶を生々しく持っていた。愛好会だった時とは比較にならないほ 
どグラウンドも施設も自由に使えるようになっている。  
こんな投球練習ですら、前はグラウンドの端に追いやられていたのだ。  
 …シュッ!  
「ふぅ…」  
 キャッチャーを立たせてのピッチング、それを10球ばかり行った所で、あおいが額の汗を 
ぬぐった。そして手振りで、山田にしゃがむよう伝える。  
「………」  
 きっちりとした、凛々しさすら感じさせるセットポジションの姿勢を取ってから、  
 シュッ!  
 ストレートをミットに向かって放つ。  
 バシ…ッ!  
 小気味のよい音が、早朝の空気の中に響いていった。  
 シュッ…バシッ! シュル…バシ…ッ!  
 ストレート、シンカー、カーブ…外へ内へと、あおいの持つ球種を多彩に交えての実戦さな 
がらの投球だ。その投じられる球は、ほとんど山田の構えた所に正確に吸い込まれていった。  
 シュッ…バシッッ!  
 ちょうど30球目、真ん中低めに決まるストレートを投げ終えた所で、あおいはすっとマウ 
ンドから降りた。  
 
「うん、ありがとう、山田君。他の人に代わってあげて」  
 あおいは山田の方へ歩み寄っていく。  
「ああ。今日のピッチングは良かったんじゃないかな」  
「ボクもそう思う。やっぱりセットポジションで行こうかな」  
「それがいい。あおいちゃん、セットポジションでこんな安定するようになるなんて思わなか 
ったけどな」  
「昨日、野球やってる友達から少しアドバイスもらってね…それで」  
「へぇ…」  
 あおいは微笑みながら、キャプテンの方に歩いていく山田を見送った。そして野球部の練習 
スペースから少し離れた所へと移動し、筋肉をほぐし始める。  
「んっ…ふぅ…」  
 実の入った練習の出来た後。筋肉の張りも、今のあおいには心地よい物に感じられるようだ。  
(…本当、猪狩君って1年生なのにすごいんだなあ)  
 投げている時から考えていたことを、改めてあおいは反復していた。  
 逆球、ワンバウンドとキャッチャー泣かせの状態になることも少なくないあおいのセットポ 
ジションは、信じられないほど安定したものになっていた。打者のいない状態の練習だったと 
は言え、20球を投げて大きく外れる球が一つも出ないと言うのはこれまでに無かったことで 
ある。20球投げればかなりの球が良い所に行くが、3球か4球はとんでもない所に飛んでい 
くというのがあおいのありがちなパターンだったというのに…  
 
(これなら、行けるかもしれない)  
 あおいは野球部の練習風景をぐるりと眺めながら考えた。  
 4月に正式な部として発足して以来、恋々高校は近隣の高校に片端から練習試合を申し込ん 
だが、公式大会まで含めるとあおいの成績は防御率にして2.22、打者38人に四球1、暴 
投4、被安打9、被本塁打0、自責点2というものだった。  
実力を認められ、県下の中堅以上の高校と対戦できるようになった後の対戦に絞れば防御率 
6.00、打者14人に四球1、暴投2、被安打5、自責点2ということになる。失点はいず 
れもランナーを3塁に置いてのワイルドピッチ。サンプルのデータが少なすぎるとは言え、決 
して褒められた成績ではない。  
 しかし、このチームのエースでもあるキャプテンは全体的に球数が多くなるピッチングをす 
る傾向にあり、安定したリリーフの存在はチームの底力のために極めて重要と言えた。1年生 
の手塚は、球速があおいとそれほど変わらない上にあおいのシンカーのような絶対的決め球を 
持っていない点でまだ発展途上と言える。  
(今のままの調子でいければ…)  
 夏季大会で行った背信でかなり打ち砕かれていたあおいの自尊心が、ふつふつと沸き上がっ 
てくる。夏季大会の直後はもうあおいのチャンスは当分失われたと自他共に考えていたが、ひ 
ょっとすると秋季大会までに信頼を取り戻せるかもしれない。  
(よしっ…頑張るぞ!)  
 あおいは目を閉じると、左手で右腕を押さえ、ぐいっと三頭筋を伸ばしながら健やかな笑み 
を空に向けた。  
 …トン  
「わっ!!?」  
 あおいはその姿勢のまま、大声を上げる。  
「だっ…誰!? …あ、はるか…」  
 
 あおいはストレッチを止めて、後ろを向く。  
「………」  
「い、いきなり肩叩かないでよ…びっくりするじゃない」  
「………」  
「なんか…用事?」  
「………」  
 はるかは、やや斜に向けた厳しい目であおいのことを見つめていた。にらんでいると表現し 
てもいい。普段の温厚なはるかの表情からは想像もできないほど、負の感情が凝り固まった顔 
つきをしている。はるかの髪も服装も普段通りの清楚な整いを維持しているだけに、底知れな 
い威圧感が醸(かも)し出されていた。  
「ど、どうしたの? はるか…怖い顔して…」  
「………」  
「え…えっと…はるか…何か、あったの?」  
「………」  
「用事…じゃあ…」  
 沈黙し続けるはるか。さすがにあおいも笑顔は見せられなくなり、それに併せて心をどす黒 
い不安が襲っていく。  
 …そう、考えないようにしていたのだ。意図的に排除をしていた。今日の朝から、ひたすら 
ポジティブに、自分の投球術の成長だけを意識の中に留め置くようにしていたのだ。  
「やだな…なんか、言ってよ…ねぇ、はるか…」  
 思わず、キャプテンの方にも目が行ってしまう。キャプテンは山田と何かの打ち合わせをし 
ているようだが…  
 あの恥辱的な練習。あれが昨日限りの物だったという保証など、どこにもない。  
 
「はるか…」  
「………」  
 しかし、それにしてははるかの態度がおかしいように思えた。ためらいや恥じらい、あるい 
はあのレズビアン行為の中で垣間見えた欲情のようなものならまだ理解できる。ところが今の 
はるかは…  
「ボ、ボク、何かした? はるかに悪いこと…」  
「…!!」  
 はるかがキッとあおいに向ける視線を鋭くし、一歩にじり寄る。  
「わ、わからないよっ、ボク、本当に…はるか、本当だよっ…」  
 あおいは完全に弱腰になってしまっていた。周囲をキョロキョロと見回すが、練習の中心か 
ら少し離れた位置に来てしまった為か誰もあおい達に気付いていないようだ。あおいは進退窮 
(きわ)まってしまう。  
「は…はるか…なんで、怒っているか、訊いたら、怒る…?」  
「…シャワーの後、更衣室」  
「…え?」  
「あおい、シャワーの後で、更衣室に来て。話はそこでするから。少し早めに練習を終わりに 
して」  
 いつものはるかと同じ細い声だったが、低い命令調は何とも言えない迫力を持っていた。  
「…わかった…」  
 あおいが唾を飲み込みながらうなずくと、はるかはくるりと後ろを向いて歩いていってしま 
った。  
「………」  
 歩いていく背を見つめながら、あおいはぎごちなく腕の筋肉を揉みほぐす。  
 そうしながら、あおいはチラチラとキャプテンの方にも目をやった。サインの話でもしてい 
るのか…キャプテンは山田と随分話し込んでいるようだ。  
 …シャワー、更衣室。  
 さっき、山田と話していた時に感じた純粋な達成感が恋しくてたまらなかった。  
 
 パタン。  
 あおいはシャワールームのドアを閉め、バスタオル姿で慎重に歩みを進めていった。  
 シャワー付きの女子更衣室。この恋々高校には、運動部のために数人から十数人で使えるシ 
ャワー更衣室がかなりの数用意されている。この更衣室はその中で最も小さい3人用の物だが、 
全て野球部の女子更衣室、つまりあおいとはるかだけの更衣室なのだ。男子と兼用で小さな更 
衣室を使っていた時に比べれば破格の待遇と言える。  
 それに3人用と言っても8畳ほどの広さはあるし、ロッカーはちょっとした本棚ほどの大き 
さがある。そのロッカーに取り付けられたカーテンで、周りから見えないよう個々人が簡単な 
仕切りを作ることまで出来る。  
 だが普段そのカーテンを使うことはまずない。あおいは練習の後シャワーを浴び、はるかは 
浴びる必要がない為、更衣室を使うタイミングがずれるのだ。例外は夏場である。夏にははる 
かもシャワーを利用することがあるので、二人して一緒に着替えをすることになる。  
 既に秋の空気が色濃くなってきた今の時期は、ここでシャワーを使うのはあおいだけだ。  
「………」  
 部屋の中央に置かれた3つのロッカー。  
(…はるか…)  
 あおいの位置からは死角になる、そのロッカーの向こう側へ、ビクビクしながら歩いていく。  
「…あ…」  
 果たして、そこにはるかが待っていた。  
「あ、はるか、もう来てたんだ…」  
「………」  
「き、着替えちゃうから待っててっ、はるか」  
 あおいは無理矢理笑みを作って、ロッカーの正面の方に回ろうとした。  
「昨日の夕方…」  
「…え…?」  
 しかし、はるかが言葉を発するとあおいはピタリと硬直する。  
「見ていたの、私。あおいを」  
「…見て…いた?」  
「そうよ」  
 
「…み…見ていたって…そんな…なんで、はるか、別にボクは…何も…昨日は…家に…」  
「しらばっくれないで、あおい!」  
 はるかが、下を向きながら叫んだ。  
「………だ、だけど」  
「最大のライバルである、あかつき大付属の正捕手である彼に、あおいのピッチングを間近で 
見られた…それだけじゃない、実際にミットで受けたり、フォームを直したり、あおいの体に 
触ったり…あおいがしたことは、重大な裏切りだった」  
 はるかは固い声で、断定的に言葉を発していく。  
「い、猪狩君は…そんなつもりじゃ…ただ、ボクの為を思って…この間の大会で、デッドボー 
ルとか、ボクからサヨナラのタイムリーを打ったこととかが気になっていたみたいで…それで 
ボクに…」  
「言い訳は要らないの、あおい。間違いなく言えることは、あおいが騙されたにしろ何にしろ、 
この野球部の情報があかつき大の司令塔である彼に伝わってしまったということよ。それも、 
少しじゃなく!」  
 はるかが語気を荒げた。  
「ゴ…ゴメンっ! たしかに、ボクも考えが甘かったかもしれないけれど…でも、猪狩君のア 
ドバイスで、ボクも確実に良くなったと思うから! 猪狩君が分かったことと、ボクが良くな 
ったことと、悪くても差し引きゼロだって…」  
「やっぱり、少しも反省してない…」  
「そ、そんなこと…はるか、落ち着いて…」  
 あおいは混乱していた。はるかに見られていたということより、はるかの激しい憤りに対し 
て。  
 はるかの指摘は納得できなくもないし、実際進と練習している時も多少の危惧はしていたの 
だが、こんな怒り方をするなどとは思ってもいなかったのだ。もちろん、はるかが野球部に対 
して並ならぬ思い入れを持っていることはあおいも十分認識していたが、これほど闘争心と排 
除心を剥き出しにしている姿など見たことがなかった。倒せあかつき大付属というフレーズは 
部員に共有されているが、あくまで良きライバルとして見るということであって、手段を選ば 
ない闘争という意味では決してない。  
 はるかは部員と比較しても、さらに中立的で冷静な判断をする人間だったはずだった。  
 
(キャプテンがこういうことを言うならまだ分かるけど…)  
 あおいは困惑しきった表情を浮かべながらそう考えていた。キャプテンだけは、この野球部 
の中でも何を考えているのか全く読めないところがある。 
 ………  
(…ひょっとして)  
 嫌な想像があおいの脳裏をよぎった。  
 キャプテンの命令…あおいの尾行、そしてあおいに対するはるかの口を通しての叱責(しっ 
せき)…  
 そうだったとすれば、次に来る物は…?  
「あおい…」  
「…!」  
 あおいは目を大きく見開き、それから視線をはるかの正面から逸らす。はるかが突然、自身 
の穿(は)いているジャージを降ろしたのだ。  
 ぱさり…  
 それはあっけなくはるかの腰から滑り落ち、その下から現れたのは…  
「い、いや、はるか、それ…」  
「あおい。そこに寝て」  
「な…なんでっ…」  
「もう二度とこんなことがないように、お仕置きをしてあげるから…」  
「や、やだ…許して…はるか…」  
 あおいは怯えていた。  
 それも当然だろう、親友の秘部に、凶悪なフォルムをした男根の模造物が装着されているの 
を見たのだから…  
「言っても分からないなら、体で覚えるしかないでしょう?」  
「…そ…そんなっ…」  
 言いながらも…  
 ぺたん。  
 あおいはふらふらと更衣室の床に座り込んでしまっていた。  
(ああっ………)  
 そして絶望を顔に浮かべながら、バスタオルの前をはだけてしまう。  
「寝転がって…」  
「………」  
 そう、逆らえないのだ。キャプテンの手元に、あおいが陵辱されている写真が存在している 
限り…  
 
 あおいが背中を床に預けてしまうと、はるかは追うようにしてあおいの身体にのし掛かって 
きた。思わずあおいは全身を緊張させる。  
 …ビィィィ…  
 …ヴィィィ…  
「っ!?」  
「こういう機能も付いているの…あおいも、この方が気持ちよくなれるわ」  
「やめて…はるか、止めて、そんなのっ…」  
「大丈夫。昨日入れられた物と変わりはないんだから…」  
「やっ、やっ…やだぁっ!」  
 ヴヴヴヴヴ…  
 ついに、ペニス部分の先があおいのスリットを捉えた。はるかはそのまま割れ目に沿うよう 
にして腰を動かし、バイブ運動する疑似亀頭の部分であおいの反応を見定めようとする。  
「や、やめようよ…こんなの…はるかっ…!」  
「黙って。そうしてじっくり反省するの。あおいが一体何をしたのか…」  
「…や……んんっ…」  
(違う…これは、違うんだっ…)  
 はるかの高圧的な態度も、理不尽な命令も、この奇妙な性具も、全てキャプテンの差し金… 
あおいはそう自分に言い聞かした。はるかは演技をさせられているだけ、そう何度も心の中で 
繰り返す。  
 ヴヴ…ヴッ…ウ  
「いや…そこは…どけて…離してっ…」  
「………」  
 しかしどう考えても、敏感な地点への刺激が軽減されるわけではない。スリットの上からで 
も、小さな秘芯には甘い振動がたっぷり伝わっているのだ。自ら独り遊びをすることすら学習 
したあおいにとって、その快感は不可避のものだった。段々とそこが固く尖っていくのが分か 
る。  
 
 ちゅぅ…  
「んんっ!」  
 さらに、あおいの小ぶりな胸の先がぬめった感触に吸い付かれる。目を閉じてしまって  
いたあおいは、いきなりの刺激に高い声を上げた。  
「…あおい、可愛い」  
「へっ…変なこと言わないで、はるか…!」  
「だって、本当に…ここも」  
 ちゅぅ…ちゅぱっ  
(う…)  
 はるかはあおいの膨らみの頂点を、唇のタッチを中心にして玩ぶ。あおいはその感触を  
無視しようと試みたものの、秘核からの刺激と違うモヤモヤした官能はどうにも捉え所が  
ない。  
 ヴィィ…ヴィ  
 真っ向からビリビリと立ち上がってくるクリトリス感覚は意識をそらすことで逃げ道が  
あるのだが…  
 ちゅ…くちゅ、れろっ…  
(あっ…う…あああ…!)  
 執拗に乳頭を舐め回され、さらに逆の胸をじわじわと揉み回されている間に、あおいの  
身体の奥には小さな火が点いてしまっていた。指の先から脚の先まで、巡る血流は速さを  
ゆっくりと増し、淫らな感覚の伝達もいっそうスピーディなものになっていく。  
 当然そうなれば、秘核からの激しい刺激を放電させることも困難になり…  
(いやっ!)  
 じゅんっ…  
 何かがゆるむ感覚と共に、あおいは熱い物を膣内からほとばしらせてしまった。シャワー  
上がりで既に火照っていた頬が、これ以上ないほど真っ赤になる。  
 
 ヴィ…ヴィヴィィ…  
 しかしはるかはそれを知ってか知らずか、割れ目の上からのバイブレータ振動と胸への  
攻めを黙々と続けた。  
「っ……う…」  
 あおいが切なそうな声を漏らす。一度開いてしまった蜜の扉を閉ざすことは叶(かな)わず、  
あおいのスリットの内側はみるみる間に溶けきった状態になっていた。  
 昨日の、中にバイブを入れられて達した後にはるかの指を感じたときとは逆…すっかり  
身体を興奮させられてしまっているのに、内部は全く手つかずの状態だ。あおいの潜在意  
識が空虚感、欠落感を覚え始めていた。表層の意識では全く自覚していないのだが、膣壁は  
何もない所をキュッキュッと締め付けているのだ。  
 キーンコーン…  
 そして10分前の予鈴が鳴り響く。あおいの胸からはるかが口を離した。  
「………」  
 あおいは目を閉ざしたまま、次のはるかの行動を待った。終わりなのか、それとも…  
 ちゅ…ぬるっ  
(あ…!)  
 濃密なキスが侵入してくる。それと同時に、あおいの秘裂が指で大きく広げられると…  
 
 ずぷっ…  
(んっ…はぅっ…)  
 模造の男根が、勢い良くあおいの胎内に突っ込まれる。一時的に止められていたらしい  
バイブレーションもすぐに再開され、あおいの最奥部は回転子の強烈な振動を受けた。  
 ヴィィィ…ヴィィ、ヴィィィィッ…!  
 クリトリスの辺りにも、別の振動がある。どうやらペニスバンドを固定するショーツの  
中にもローターが仕込まれているようだ。はるかがペニスバンドの位置をほとんど動かして  
いない所を見ると、はるかが自ら感じるための物というだけでなく、あおいに2点攻めを  
するための目的もあるようだ。  
 ぢゅる…ぬちゅ、じゅう…じゅる…!  
 はるかは普段の姿から考えられないほどに興奮しきっている。ピストン運動の代償行為  
なのか、はるかはあおいの後頭部に手を回し、ぶつかり合うような勢いで舌と舌の絡み  
合いを求めていた。長い髪が左右に上下に振れて、あおいの汗ばんだ肌にも張りついて  
いく。上半身だけを覆うはるかのジャージ越しに、小さな胸と胸が擦り合っていく。  
(ボクは…)  
 あおいの脳裏を最後の抵抗心がチラリと掠め、消えていった。あおいははるかの背中に  
腕を回し、ぎゅっと引き寄せる。押し止めていた快感が、津波のように高く圧倒的な力で  
押し寄せてくる。  
 ビクンッ…ビクッ…ビクンッ!  
 あおいの意識が真っ白になった。  
 
 
(何…してたんだろ)  
 数十分後…あおいは机に突っ伏しながら考えていた。  
 英語の授業。一番後ろの席で寝ているのはいつものことなので、教師もクラスメイトも  
気にしてはいない。一応起きているのは当てられる日だけだし、その時もはるかに見せて  
もらった訳を読んでまた寝るだけだ。  
 しかし今日のあおいは、ウトウトとすることも出来ていなかった。  
 
 僅かな間とは言え、はるかとの行為の最中にあおいが判断を停止させてしまったのは確か  
だったのだ。昇天の直前、あおいがはるかの背を抱いて共に腰を振り合ってしまったのは  
事実であるし、そのことをあおいも覚えている。はるかに抵抗するどころか、否定しようが  
ない形で行為に参加してしまったのだ。  
 今になってみれば、一体なぜ自分があんなことをしたのか分からない。はるかの行為は、  
どれほど理不尽なものであってもキャプテンの命令と考えれば全て説明が付くが、あおい自身の  
行為はどこにも原因を帰すことができない。なぜあんなことをしたのか、その問いがグルグルと  
回り続けるだけである。  
(………)  
 数週間前、純潔を失った。昨日はたった半日の間に、自ら快楽を探り求めることまで覚えて  
しまった。そして、今日…  
(はぁ…)  
 不安と虚脱が入り交じった呼気を腕の間に吐き出しながら、あおいは少しだけ机から顔を  
上げた。組んだ腕の中から、目だけ出しているような体勢だ。  
 遠くに見える黒板の文字も、何が書かれているのやらさっぱり分からない。もちろん、  
筆記体が読めないとか単語や文法が分からないといった意味ではなく――それも40%  
くらいは含まれているかもしれないが――あおいの意識の中に授業の内容というものが  
まるで入り込めない状態だったということである。恋々高校は学力の上でも中堅程度の  
レベルだし、スポーツ推薦のような制度もない。あおいだって、本気で取り組めば  
人並み程度には勉強も出来るのである。  
 とは言っても、野球に打ち込むあまりか、はるかのサポート無くしては赤点間違い無しの  
低空飛行がずっと続けているのだが…  
 
(…え?)  
 そんなことを思いながら教室の中を眺め回していたあおいの目に、1人の人間が留まった。  
 目の前の席。背筋をピンと伸ばして教師の方を見ている姿。あおいよりも身長が10cm 
以上高いため、ごく稀にあおいが黒板を見ようとしたときは障害物になるそのシルエット。 
あおいとは犬猿の仲である、ソフトボール部部長の高木幸子だった。  
 席替えで偶然前後の席になった時は、「高木さんが前に来ると黒板が見えない」「早川は 
どうせいつも寝ているから大丈夫」という教室の意見によって結局このままの席になってい 
たのだが…  
(………)  
 一見しただけでは、ごく自然にノートを取っているように見える。左手にシャープペンシ 
ルを持ち、頻繁にノートの上でそれを走らせ、時折赤ペンや蛍光ペンに持ち替えて線を引い 
ている。普通の人間なら、真面目に授業を聴いている体勢だと思うことだろう。  
 だが、あおいは決定的な違和感を覚えていた。その原因もはっきりしている。  
 右手が、机の上に出ていないのだ。  
 幸子は普段、例外なく両手を机の上に出してノートを取っている。授業中あおいは寝てい 
るか幸子の背中を眺めているくらいしかしていないから、そのことは断言できた。  
 実際、いい加減にノートを取っているならともかく、真剣にノートを取っている人間なら 
大体は片手でペンを握り、逆の手でノートを軽く押さえるだろう。姿勢がピンと張っている 
にも拘わらず、片手だけでノートを取っている今の幸子の体勢はいかにも不自然だった。  
(…ひょっとして…でも…)  
 視線は、自然と幸子の右腕に向いていた。組んだ腕の上に出たあおいの目は、幸子の二の 
腕の辺りを注視し続ける。  
 幸子とあおいの机がある列は、教室の右端だからあおいが今行っている注視を見とがめら 
れる心配はない。だが、それは同時に…  
(…なんだか、やっぱり)  
 
 幸子の右手がどこにあって、どんなことをしていても、ほとんどの人間からは死角になっ 
ているということだ。唯一不自然だと気付くことができるのは、あおいの席からくらいのも 
のである。  
 あおいは1分近く幸子のことを注視してから、再び自らの腕の中に顔をうずめた。  
 ほぼ同時に、二つの近しい記憶があおいの脳内を駆け巡る。一つはあおいが昨晩布団の中 
で我慢しきれなかった1人遊びの行為。もう一つは、今朝はるかがあおいに対して行った不 
自然極まりない理由による性愛行為。  
 二つの想像が合致し、行き着く所は…  
(…キャプテン…?)  
 あおいは自問自答した。  
 幸子とキャプテンはクラスも違うし、特に親しくしている様子も対立している様子も見た 
ことはない。もちろん、あおいもキャプテンや幸子を四六時中見ているわけではないから接 
触がないと断言は出来ないのだが。  
(高木さん…にも…?)  
 やはりあおいの思考はそちらに向いていった。  
 そして思考がグルグルと巡るのに合わせるようにして、あおいは再び机に顔を伏せていく。  
「………」  
 絶望、と名付けるにはいささか曖昧な感覚があおいの中にわだかまっていた。キャプテン 
の邪(よこしま)な行為が際限なく広がっていくのではないかという思い、はるかは、幸子 
はどこまでキャプテンに取り込まれているのかという思い、あおいの身体は未だあおいが完 
全にコントロールできる状態にあるのかという思い…  
 問題が荒唐無稽すぎるからか、大きすぎるからか。あおいが感じているのは、どちらかと 
言えば疲れや呆れに似た、フニャフニャとした情感だった。  
 
(もしそうだとして…ボクも、あんなことさせられるのかな…)  
 グラウンドでバイブを挿入させられて、恥ずかしすぎるゲームを演じさせられたのと、教 
室の隅でこっそりと自慰することを命じられるのと、どちらがマシか…  
(…バカらしいや)  
 あおいは何も考えないことにした。  
 20分後、授業終了の5分前にあおいが顔を上げたとき、幸子は何事もなかったかのよう 
に両手を机の上に出してノートを取っていた。  
 
 
「…自習?」  
「だって」  
 あおいの隣の席の女生徒が言う。  
 体育だというのに更衣室に行こうとしている様子の人間がいないのを不思議に思い、あお 
いが訊いたのだ。いつもなら練習の後にはるかから自習のことを聞いていたのだろうが、今 
日はあんなことがあった為に聞く機会を逸していた。  
 既に教室からはだいぶ人がいなくなっている。学食にでも行ったのか、図書室にでも行っ 
たのか。その一方で、女子は教室の中でおしゃべりしている人間も数多い。  
 大抵、その中には幸子がいて中心になっている。だが今日は、どこを見ても幸子の姿は見 
えなかった。  
(…外行ったんだ)  
 何とはなしに、あおいは心の中でつぶやく。  
 普段は、あおいも幸子の動向など気にしていない。幸子の方はあおいに対して妙な敵対心 
を持っているようだが、あおいの方は幸子に取り立てて興味を持っていなかった。軽口を叩 
き合う時の他は無視、というよりロクに意識すらしていないのである。いつも背筋をピンと 
伸ばし、両手を机の上に出してノートを取っている、なんてレベルのこと以外は。  
 しかし、ついさっきまで怪しい右手の動きに注目していた名残か、あおいの注意は幸子の 
ことをモヤモヤと追っているようだった。だからと言ってどうするということもないし、何 
か用事でもあるのだろうぐらいにしか思っていないのだが…  
(寝ようかな)  
 あおいは自分の席に戻り、机に突っ伏そうとする。  
 
「…あおい」  
「わっ…」  
 その時、不意に後ろから耳に入ってきた声があった。耳慣れた呼びかけ。  
「あおい、来て」  
 振り向いた先には、当然はるかの顔があった。  
「は、はるか、びっくりするからいきなり声掛けないでよ…」  
「来て。キャプテンが呼んでいるの」  
「呼んでいる…って……?」  
 あおいの声は段々小さくなっていく。と言っても、その原因はキャプテンからの呼び出しと 
いう事態だけにあるわけではない。今度はキャプテン達に何をされるか考えたくもなかったが、 
呼び出しがあることくらいは想像の範囲内だ。  
「呼んでいるの、キャプテンが」  
「あ、あの、はるか…た…高木、さんがなんで…?」  
 はるかの後ろには、猫のように大人しい顔をした幸子の姿があった。  
「…後で説明するから」  
「………」  
 はるかは多少のためらいを顔に浮かべている。朝の時には最後まで表情を崩さなかったはる 
かが、わずかなりとも動揺を示しているのだ。その動揺の理由に、答えを求めるならば…  
「高木さんもキャプテンに呼ばれたの…?」  
 はるかと幸子、どちらに対して発したのか曖昧な問いは、どちらからも答えられることはな 
かった。  
「………」  
 授業中にあおいが巡らしたボンヤリとした憶測が、急激に深刻さを増してきている。あおい 
は身体が緊張し始めるのを自覚していた。  
「行きましょう、あおい」  
「え…あ…授業…は、C組も…」  
「そうよ」  
 体育はC組とD組、それぞれの男子と女子が分かれての合同授業だった。C組にはキャプテ 
ンとはるかがいる。  
 
「………」  
 キーンコーン…  
 始業のベルが鳴り響く。  
 あおいは、はるかと幸子の顔を一度だけ見比べた。  
 それから、幸子と同じような大人しい顔をしてはるかの後ろに付き従った。  
「……ね…ね、はるか………ボク達、どこに…?」  
 あおいがおずおずと訊くが、またも返答はない。  
 高圧的というか、独りよがりというか…あおいの知っているはるかの性格とは懸け離れた態 
度と行動が、昨日の練習の時から続いていた。キャプテンの命令、もしくは恥ずかしさを押し 
隠すための演技と考えることも出来るのだが、それでもやはり納得しがたいものが残る。中学 
生の時からはるかは何事も隠したり誤魔化したり出来ないタイプで、無理にそうしようとすれ 
ばすぐあおいに看破されてきたのだ。  
(…高木さん…)  
 幸子の顔を見ることも、かと言って不自然に視線をそらすことも出来ず、あおいは落ち着か 
ない様子で歩いていく。一方の幸子は、悲痛と諦めの交じった表情を浮かべていた。あおいの 
ことも気にしていないのか、気にする余裕がないのか、床をじっと見つめながら無気力な歩き 
方をしている。  
 幾つかの教室の前を過ぎ、階段を下りていく。その途中で教室に駆けていく生徒や呑気に食 
堂の方へ歩いていく生徒達とすれ違ったが、ほとんどの生徒はこの奇妙な3人組に目を留めて 
いた。あおいと幸子はこの高校でもトップクラスの有名人だし、はるかも同学年なら半分以上 
の生徒が知っている。そしてあおいと幸子の仲が悪いことも相当有名な事実だった。その3人 
が一緒に歩いているとなれば、何か特別な事情があると勘ぐりたくなるのも当たり前だろう。  
 1階に降り、歩く…保健室に近付いてきたときはあおいもドキリとしたが、はるかはその前 
を素通りした。さらに進み、中央玄関にたどりつく。  
「…外、行くの?」  
「学校の外には出ないから」  
「うん…」  
 相変わらずのつれない返答に、あおいは黙るしかなかった。靴箱から運動靴を出し、黙々と 
履き替える。  
 
 中央玄関から出ると、正面に広がる運動場はほぼ無人だった。端の方でバスケット・ボール 
のシュートをしている人間が3、4人いるばかりだ。  
(…いい天気だな)  
 広々としたグラウンドを見ていると、自分が今理不尽な危機に立たされていることなど忘れ 
そうになる。幸子も心なしか、あおいと同じ方向を見ているようだった。  
「急ごう、早く来て欲しいって言われてるから」  
「あ…ごめん」  
 あおいは左の方に向かって歩いていくはるかの後を追った。幸子もそれに続く。  
 運動場に降りていく石段も下らず、校舎に沿って歩いていくこのルートは…  
(…更衣室…か)  
 あおいは理解した。同時に、不安が急ピッチで現実感を増してくる。  
 野球部に割り当てられている更衣室。男がその周りをうろついているのを見かけられれば大 
変な騒ぎになるだろうが、今はほとんど人のいない時間帯だしキャプテンも既に忍び込んでし 
まっているのだろう。野球部更衣室は更衣室の並ぶ一角の隅であるだけに、一番外からの目に 
晒されにくい場所だ。加えて、この高校の施設全てに言えることだが、作りがしっかりしてい 
て防音効果が高い。しかもあおいとはるか以外の人間がまず出入りしない場所だから、証拠隠 
滅を考える必要も皆無だ。  
(…何されるんだろう)  
 つまりは孤島も同然の隔離された空間である。大声で叫ぼうと暴れようと、誰の耳にも入ら 
ないかもしれない。  
外部からの侵入者は正門・裏門と石塀の厳重な警備で守られているから変質者や異常者の心配 
はないが、内側に悪意のある人間がいるとなれば話は別だ。教師も9割5分までが女性のこの 
高校の設計時は、そんな危険性など考慮されなかったのかもしれないが…  
「………」  
 あおいは背筋が薄ら寒くなるのを感じ、それを顔に出さないよう懸命に表情を引き締めた。  
 
 幸か不幸か、3人は玄関を出てから誰にも会わず更衣室の並ぶ建物に入っていく。そしてシ 
ンプルな作りの細い廊下にも人影は見えない。あおい達は何の障害に遭うこともなく3階まで 
上がり、あっさりと野球部女子更衣室の前に来てしまった。ドアには、はるかの几帳面な文字 
で「恋々高校野球部女子更衣室」と書かれた紙が貼ってある。  
 チラ、とあおいがはるかを窺(うかが)うと、はるかはそのままノブに手を掛けて回した。 
既に人がいるのだという何よりの証拠だ。  
 カチャリ…  
 ドアが、開く。  
 はるかは首だけを後ろに向け、今一度あおいと幸子を見つめ直した。  
(…はるか…?)  
 どことなく躊躇が表情にあるように思える。朝の更衣室ではまるでためらいを見せていなか 
ったはるかだが、今は何らかの迷いを抱いているようだった。  
 より、ひどい辱め…より、ひどい要求…  
 あるいは幸子を巻き込むことへの後ろめたさ…?  
(でも、ボクはほとんど昨日からで…教室で高木さんが本当にしていたなら…)  
「よぉ、二人とも」  
「!!」  
 あおいの思考は、憎らしいほどに気楽な声によって遮られた。  
 
「はるかちゃん、朝から色々ご苦労さんだな」  
「いえ…」  
「あ…タ、タバコっ!? こんな所でっ!」  
 あおいの目がキャプテンの手元に釘付けになる。たしかに、キャプテンの指の間にあるのは 
紫煙をゆらめかせる煙草だった。  
「ココ、吸うのにいい場所だな。部室は他の奴らもいるしセンセが来ることもあるしな。何よ 
り匂いが付くのがダメだ」  
「何言ってるのっ! キャプテン、あんなに走り込んでもスタミナが付かないのはどうしてか 
と思ってたら…そんなもの吸ってたなんてっ! 見損なったよっ!? スポーツマンでしょ!?」  
「オレは野球とヤニどっちかやめるとしたら野球を選ぶがね」  
「…………!!!」  
 目を細めながら煙草をくわえられ、あおいは思わず掴みかかりそうになったが、  
「…でさ、今見られたら困るのはこの4人共通なんだよな」  
「…えっ…あ」  
 キャプテンの落ち着き払った声に、周囲をキョロキョロと見回した。  
「………」  
 いつの間にか、はるかと幸子は更衣室の中に入ってこちらを見守っている。  
「とにかく、ここで吸うのもやめてよっ!? ここだってタバコの匂いが付いたら困るんだか 
らっ!」  
「へいへい」  
 あおいは少し顔を赤くしながらも叫び、小走りに更衣室の中へ駆けてドアを自ら閉めた。  
 
 
 更衣室の中は、特に普段と変わりが無かった。おかしな物が用意されていることもないし、 
ロッカーの配置が変えられているようなこともない。さらに人間が出てくる様子もない。シ 
ャワー室の方から音が聞こえてくることもない。至って普通だ。  
 カチ、と音を立ててキャプテンが携帯灰皿の蓋を閉めた。  
「それで、なんで呼び出したの?」  
 同時にあおいはキャプテンを真っ向から見て言う。来るまでは弱気に弱気に向かっていっ 
た心が、先ほどのやり取りで本来の勢いを取り戻したようだ。  
「………」  
 キャプテンは問いに答えず、幸子の前に向かって歩いていった。幸子の目に怯えが走る。 
人前ではまず見せない、あおいも見たことがない幸子の恐怖する表情だ。  
「答えてよっ! なんかまた企んでいるんでしょっ!?」  
「さっきの授業、どうだった?」  
 キャプテンは幸子の方だけを向いて言った。  
「まずボクが訊いてるのっ! 答えてよっ!」  
「………」  
「答えないのか?」  
「キャプテンが先に…」  
「…は…恥ずかしかった」  
「ふん…じゃあ、したのか。あおいちゃんの目の前で」  
「早川は…寝ていたから…」  
「ところがそうでもないんだよな、あおいちゃん」  
 
「…え? えっ…え…? な、なにをいきなり…それより」  
 突然話を振られてあおいが戸惑う間に、  
「河本が、今日あおいちゃんは珍しく起きていたって教えてくれた」  
「…!」  
 河本というのは、あおい達と同じクラスの幸子と同じソフトボール部に所属する女子生徒だ 
った。幸子の表情がサッと曇る。  
「な? 気付いてたろ、あおいちゃん」  
「な、なんのこと…? 教室でそんなことするなんて、考えられ…」  
「なんだい、そんなことってのは」  
「…う…へ、変なこと聞かないでよ、大体そんなことどうでもいいじゃない…!」  
「すぐピンと来たってことは、…もう昨日の晩にヤッたのか」  
「し、してないっ! してるわけがないじゃないっ!」  
 あおいの体にうっすらと汗が浮かんでくる。喋れば喋るほどおかしな場所に連れていかれる 
のは実感できているのだが、黙り込めば黙り込んだで無言の肯定につながってしまいそうだと 
感じているのだ。  
 
「で、どういう風にしたんだ?」  
「だ、だからボクはそんなことは…」  
「まず右手を机の下に持って行った…」  
 あおいは口を開いた後で、キャプテンの視線が再び幸子に向いていたことに気付く。  
「それで?」  
「…左手は机の上に出したままで、できるだけ体が動かないようにしながらスカートの中に右 
手を入れた」  
「………」  
 あおいは黙ってしまった。幸子のあまりに従順な告白に、どう反応したらいいか分からなか 
ったのだ。  
「そのまま下着の内側に指を入れて…ア…アソコの…」  
「………」  
 キャプテンがすっと手を上げて、幸子を制止した。幸子の表情がさらにこわばる。  
「オ…オマ○コの上から2分くらいさすった…」  
(……!)  
 あおいの体を戦慄が通り抜ける。  
 語自体のインパクトもさることながら、キャプテンが軽く示唆するだけですぐに卑語を自ら 
口にする幸子の態度。普通に考えたならば、幸子はキャプテンから相当虐げられて反抗もでき 
ない状態にあるとしか思えない。  
 それはそのまま、あおいの将来に待ち受ける可能性でもある。  
「その時濡れていたか?」  
「す…少し…自分では気付いていなかったけど、奥の方に指を向けたらヌルヌルしていた…」  
「さすっただけでか…」  
「………」  
 幸子が顔を真っ赤にしている。あおいは何を言うことも出来ず、呆然としていた。  
「そ、それから、ク、クリ、クリトリスに人差し指の先を当てて、押したり撫でたりはじいた 
りしていたら、3分くらいでイッた…」  
「最後はどれくらい濡れていた?」  
「か…かなり」  
 
「スカートをめくれ」  
「………」  
 幸子は、盲目的という言葉が相応しいほどに力無く、しかしはっきりとスカートの裾を持ち 
上げ…  
(…あ…)  
 とっさのことで、視線をそらすことに失敗してしまったあおいの目にも、舟形のシミが付い 
た白いショーツはしっかり焼き付けられてしまった。  
「よし、ご苦労」  
「………」  
 声と同時に幸子はガクリと崩れ落ちるように腕を落とし、スカートは乾いた音を立てて通常 
の形態に戻り落ちた。まるで軽い運動をした後のように呼吸が速くなっている。目もどこか虚 
ろで、涙液もかすかに滲んでいた。背の高さから来る威風など、どこかに消し飛んでしまって 
いる。  
「じゃあ、次は復習…」  
 だがキャプテンは何の悪気も感じていない様子でつぶやいた。  
「…な…」  
 幸子は喉に詰まったような声を出す。キャプテンは全く感情の変化を見せずに尻ポケットの 
煙草の箱を取り出す。  
「な、なに、何が言いたいのっ…」  
 あおいは、突然キャプテンから目が向けられたことに動揺を見せる。  
「…は、早川なの?」  
 安心したような、自己嫌悪に陥っているような浮ついた声で幸子は言った。視線は更衣室の 
床に落とされ、瞬(まばた)きをしきりにしている。それから、キャプテンから離れるように 
して一歩後ろに引く。  
「両方。二人共だ」  
「…なっ…バカなこと言わないでっ! あたしは…」  
 しかしキャプテンが告げると幸子は顔を上げ、今日初めての強い調子で抗議をした。  
 
「………」  
 カチ、と石が鳴って、煙草の先にオレンジ色の火が灯る。それを口元に持っていきながら、 
キャプテンは冷ややかに幸子を見据えた。  
「あおいちゃんも…理解はできてるみたいだな」  
「で、できてないよ、そんなの、何にも説明されてないんだし」  
 あおいの声が角張った物になる。  
「復習。高木はさっきの授業の。あおいちゃんは、昨日の晩の」  
「違うよっ! ボクは高木さんみたいなことなんて…」  
「っ…」  
 幸子が歯がみした。あおいも、多少気まずそうな顔になる。  
 ふっ、とキャプテンが煙を吐き出した。  
「ルールを説明しよう。制限時間は5分。どうやってもいい、先にイッた方が勝ちだ。遅かっ 
た方は、この場でオレのを舐めさせる。決着が付かなかったら、二人で互いの股を舐め合わせる」  
「何考えてるのっ…!?」  
 あおいは顔を真っ赤にして叫んだ。  
「ストップウォッチ、準備できてるか?」  
 だが、やはりキャプテンは取り合わず、ずっと彼の陰に隠れていたはるかに問いかける。  
「はい」  
 即座に返事があった。はるかは、手にした計時の機器をいつでも作動できるよう指を掛けて 
いることを他の3人に示す。  
「で、できない…早川の見ている前でなんて…」  
「さっきはやったんだろ?」  
「あれは、気付いてなかったからっ…!」  
「ボクだってしないよっ! こんな所で…」  
「じゃあ、二人で舐め合うか? オレは構わないが」  
「そ…それだけは、イヤっ…! 早川となんて!」  
「ボ、ボクだってイヤだよ…」  
「じゃあ、最低でもどっちか1人が最後までできないとアウトだな」  
 キャプテンがはるかの背を軽く叩く。同時に、ピッという電子音がはるかの手元から響いた。  
 
「…や…やめてっ!」  
「………」  
 キャプテンは答えない。  
(………)  
 あおいも、黙り込んだまま苦悩していた。  
 男性器を口に含む、などという行為は死んでもしたくなかった。小さい頃から男と張り合って 
きたあおいには、自分のアイデンティティを崩壊させるにも等しい行為だ。かと言って、女性器 
なら良いというわけでもない。幸子とシックスナインをさせられるという罰も耐え難いことに変 
わりはない。  
 無論自慰を露出する行為が容認できるというわけではないが…  
(どれか1つを選ばなくちゃ…ならないんだったら…)  
 全て拒絶する、という選択肢は考えられなかった。もしそう出来ているなら、昨日の内から拒 
んでいたはずなのだ。強制的にキャプテンへの口唇奉仕を命じられる、というようなプライドを 
傷つけられる状況であれば怒りに任せて更衣室を飛び出していたかもしれないが…  
 バカげたものとは言え、選択肢が示されていることがあおいの暴発を鈍らせていた。  
「30秒です…」  
 はるかが小声で言う。  
「………」  
 キャプテンは無言だった。  
 あおいは自分の太股の辺りに手を置いてみたり、脇腹や胸元の辺りを手を抑えてみたり、煮え 
切らない体勢を幾度か示しては変える。いくら理性でそうすべきだと感じていても、なかなか出 
来るものではない。  
 一方、幸子は両の拳を固めたまま、硬い表情で床をにらんでいるばかりだった。  
 
「1分です」  
「…どうやら、高木はどうしても気がないみたいだな…」  
「………」  
 幸子は視線だけを少しだけ上に向け、すぐ戻した。  
「よし、あおいちゃんにボーナスをやろう…はるかちゃん、ストップウォッチはオレに任せて、 
あおいちゃんにキッカケを作ってやってくれ」  
「はい」  
「…!?」  
 あおいの体が固まる。  
 はるかは言われたとおりにストップウォッチをキャプテンに預けると、一分の迷いも見せずに 
あおいの背後に回り込んだ。  
「あおい…」  
「は…はるか…?」  
 はるかは後ろからあおいの右手を握ると、うなじの辺りに顔をうずめる。  
「…ひっ」  
 すぐに生暖かくぬめった感触があおいの首筋を襲った。それに合わせるように、サラリとした 
はるかの長い髪が襟の近くをくすぐってくる。悪寒にも似た電気があおいの背を突き抜けた。  
 さらに慈しむような手つきで、あおいの右手の指が一本一本愛されていく。ただ指を撫でられ 
ているだけなのに、あおいの心は見る見るうちに外壁を失っていった。  
 
「1分30…」  
 キャプテンの声を境に、沈黙していたはるかの左手もあおいの乳房に伸びる。幾層もの生地を 
経た刺激は、もどかしすぎる官能をあおいの深いところに染み通らせていく。  
 一方の幸子は、何も見えていないかのような顔でじっと床を見るのみである。それだけに、あ 
おいの意識の中から幸子の存在は急激に薄まっていた。最初にして最大の障害が消えかかったこ 
とで、あおいの思考は停止への道を一直線に進んでいく。  
「2分」  
 再びキャプテンが告げる。すると、はるかは一旦あおいの右手を離してスカートの中に侵入し 
た。一瞬だけあおいは体を緊張させたが、程なくしてショーツが半分ばかりめくり降ろされる。  
「…あっ…!」  
 切なそうな声が漏れた。  
 1回、2回、3回、4回。きっかり4回だけ、あおいの敏感すぎるボタンが入力される。  
 数秒間の沈黙を挟んで、はるかがパッと動いた。やや乱暴にも思える勢いで、あおいの右手を 
スカートの内側に突っ込ませる。上半分だけ露出したスリットに、あおいの手をグリグリと押し 
つける。うなじへのキスと胸への愛撫も再開させる。  
 くりゅ…  
 キッカケと言うにはあまりに過剰な導きに、あおいの指先が抵抗できるわけもなかった。昨日 
記憶したばかりの大切な突起に、あおい自らの指遊びが始まる。未経験だとは言い切れそうもな 
い、緩急をわきまえた行為だった。  
「3分」  
 キャプテンの声を契機にしたかのように、ぷちゅっと果汁があふれ出す。あおいは一瞬だけ我 
に返ったかのように動きを止めたが、すぐにクチュクチュという淫らな水音を他の3人に聞かせ 
始めた。はるかはあおいの耳を甘く噛んだりおさげ髪を玩んだりしていたが、徐々に動きをゆる 
めてあおい自身の行為に任せ始めた。はるかも少なからず興奮してしまったのか、あおいの背後 
から腰や胸を擦りつけるような動きをしている。妖しく甘ったるい香気が、朝に引き続いてこの 
更衣室に立ちこめ始めていた。  
 幸子は相変わらず動かない。  
「4分…もう1個ボーナスっていうか、ヒントをやるよ」  
 キャプテンがその幸子をわずかに見てから、あおいに視線を移す。  
 
「………?」  
 あおいは自分が呼ばれたことに気付いているのか気付いていないのか、少し首を動かしただけ 
だった。  
「今、あおいちゃんは進に見られている」  
「!?」  
 その言葉に含まれた一字句に、あおいはビクンと反応していた。  
「………」  
 周囲をキョロキョロと見回すが、4人以外には誰の姿も見えない。  
「…あっ…」  
 だが、その次の瞬間はるかの手によってあおいの視界がふさがれていた。振り払うこともでき 
ず、あおいは立ちつくす。  
「あと1分切ってるぞ? いいのか?」  
「………」  
 いるはずがない。こんなところに、進が…  
 あかつき大付属も今は授業中だし、そもそも進はわざわざ他校に、それもこんな場に現れるよ 
うな性格では決してない。  
 クチュ…  
(でも…なんでキャプテンは進クンのことなんかを…)  
 指の動きを再開させながらも、あおいは引っかかっていた。はるかから昨日のことについてキ 
ャプテンへの報告があったとしても、こんな所で進の名前を出すというのは…  
 クチュクチュクチュっ…ぢゅっ…  
(ん…ううっ…)  
 キャプテンの言葉で不意に振り戻された理性が、あおいの羞恥心を煽る。もう9割以上忘れか 
けていた、幸子がいるという事実もあおいの意識に復活し始める。何よりも、脳裏に突然現れた 
進の顔があおいの恥じらいを強める。一度進の名前が口にされただけで、その存在が放逐できな 
くなってしまったのだ。見られているわけがない、という思考がいつの間にか「もし見られてい 
たら」に移行していく。  
 その想像は、今のやり取りで多少冷めてしまったことなど問題にならないくらいにあおいの体 
を燃やしていった。とめどもなく愛液が滴り、ショーツがぐっしょりと濡れていく。膝が震え始 
め、胸の先が痛いほどにスポーツ・ブラを押し上げる。その事実がさらなる羞恥の念を強めると 
いう循環作用があおいを狂わせていく。  
 
(き…気持ち…いいっ…!)  
 口には出さないが、あおいは認めざるを得なかった。はぁ、はぁと息を荒げながら、スカート 
の中に潜り込ませた指を激しく繰る。  
「4分30」  
 その宣言が為されたとき、あおいは既に昇天の道をまっしぐらに駆け登っていくところだった。  
 ぎゅっ、とはるかがあおいの背に抱きついてくる。  
 ビクッ、ビクッ…ビクンッ…ビクンッ…! ビクッ!  
 25秒の時間を残しながら、あおいは誰の目にも明らかなセルフ・エクスタシーに到達していた… 
 

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