『可愛い後輩』  
 
 
 合宿でのあおい監督の特別練習が一通り終わった頃になるのか、日は既に落ちていて窓から見える外の風景が紺色に染まっている。小波は宿舎の廊下にスリッパを擦らせながら浴場の方へと向かっていた。  
 
 今時分にお風呂浴びるのなんて自分くらいだろうな、なんて思いながら『男』とプリントされた暖簾をくぐると案の定、人の気配がしないロッカールーム。シシオドシの音色が壁の向こう側から耳に届く。  
 
 着ている物を脱いでカゴに入れ、隠す必要もないのでタオルを肩にかけ、カラカラとステンレス枠の引き戸を引いた。  
 
「ひゃ・・・!」  
「うわ、初野ッ」  
 
 ジャバッと慌てるように湯船に浸かると、身体を丸くして自分の顔を手で覆っていた。小波も何故か反射的に前を手で隠す。  
 
 ほんの5秒くらいで隠す必要もないことに気づくと、「初野お風呂まだだったんだ」と言って、タオルを桶の中に放り投げた。ヒタヒタと足音が響く。タオルの入った桶を手にとって掛け湯のところに座った。  
 桶に湯を汲んで頭から被る。続けて2・3度同じことを繰り返していると、顔半分を湯から出してオレを横から見つめる初野の視線が気になった。  
 
「皆と一緒に入らなかったんだ?」  
「え・・・あ、はい・・・」  
 
 カアッと赤面するとブクブクと息を湯の中に吐き捨てる。上目遣いな視線が何を物語っているのかは察しが付かないし気にもならなかったが、赤面するのはどいういうことだ?と、小波は眉を顰めて首を傾けた。  
 
 まあ良いか、と初野に視線を向けながらタオルを手にとってギュッと絞る。バシャバシャと含んでいた湯が床で弾ける。  
 絞ったタオルを2回折って立ち上がると、初野が「ひゃ・・・っ」と声を上げてまた手で顔を覆った。  
 
「お、おいおい・・・自分にも付いてるくせに何恥ずかしがってるんだよ」  
「ご、ごご、ごめんなさい・・・っっ」  
 
 そう言って体ごと目を背ける初野。  
 
 湯気の所為かもしれない。どういうわけか小波の目には、向けられたその背中が女の子のように華奢な身体つきをしていて、月明かりで青白く光る肌は野球をしているとは思えないほど綺麗で透き通っているように映った。  
 
 気にしながらも湯船に浸かると、1分もしない内に随分熱い湯が小波の肌を赤くしていく。  
 相変わらず身体を丸くして顔半分まで浸かっている初野に目を向けると、流し目で小波を見ていた初野がビクッと反応し、また上目遣いの視線を小波に向ける。  
 
「どうした?オレの顔に何か付いてる?」  
 
 そう笑顔を見せると、「はわわ・・・っ」と慌てて小波から視線を逸らした。体育座りをしている初野が可愛く見えて、少し悪戯でもしてやろうかと思ってニヤッと笑うと、そっと初野に踏みよった。  
 
 するとそれに気づいた初野がススッと小波を避ける、というか逃げるように遠退いた。  
 
「ホント女の子みたいな奴だな、初野は」  
「そ、そうですか・・・?僕は、お・・・男です、よ・・・?」  
 
 言ってるそれ自体が男のような声をしていない。まあ声は初めて会ったときの自己紹介から散々聞いてきたから、小波はもちろん、他のチームメイトももうそれほど気になっていることでもないのだが。  
 今の初野はそれこそ女の子のようなか細い声をしていて肌も綺麗、濡れた朱色の髪が肩にまで達し、男のくせに女の子の色気を醸し出している。  
 
 
 そんな感じで3分もすると、のぼせてきたのか初野の顔がさっきよりカアッと赤くなり、ボゥッと酔ったような目をしている。辛かったら上がれば良いのに、と思いながら、そのまま初野に視線を向け続ける。  
 
「初野、大丈夫か?もう上がった方が良いんじゃないのか?」  
「い、いえ・・・センパイお先にどうぞ・・・」  
「・・・、って言われてもなぁ・・・オレまだ身体洗ってないし・・・」  
 
 そう言うと初野が「うぅ・・・」と変に高い声で呻いて、頭をふらつかせ始めた。「おい、初野、無理するなよっ」と小波が声をかけても聞こえていないのか、それとも我慢してるだけなのか、そのまま湯の中で体育座りし続けている。  
 
 やがて「はぁ、はぁ・・・」と本当に辛そうに息を乱している初野を異常だと思った小波がジャバッと立ち上がり、「おい初野・・・!」と初野に寄ろうとする。すると慌てるように初野が抱えていた膝を開放し、また逃げようとする。  
 
 が、低い姿勢のまま水の中を歩こうとしても上手く歩けないらしく、ただただ息を乱して足をバタつかせていた。  
 
「初野ってば・・・!」  
「や、いや・・・っ!センパイこっち来ちゃだめぇ・・・!」  
 
 ピタッと小波の動きが止まる。すると初野も小波に背を向けて自分の肩を抱き、湯の中に蹲って動きを止めた。  
 今の声、何・・・?と、小波が初野の背中を見つめる。華奢な身体つきに艶のある女の子のような白い肌。色気のある、肩にかかる濡れた後ろ髪と、男としては変にトーンの高い、女の子のような声。  
 
 沈黙の中、小波の脳裏に1つの疑問と可能性が交差する。その交わった交点にある質問を、静かに初野に投げかけた。  
 
「初野・・・、お前本当に男か・・・?」  
 
 言ってまたしばし沈黙する。シシオドシの音色がカポーンと響き渡る浴場の静寂を、今度は初野が破る。  
 初野の身体から力が抜けていくように見えるこれは?  
 
「センパイ・・・、皆には・・・、言わ、な・・・い、で・・・・・・」  
 
 そう言うと気を失ったのかブクブクと顔が沈んでいく。小波が慌てて初野の身体を引っ張り上げると、丁度手首の辺りに柔らかい女の子の感触が伝わってきた。  
 これって・・・、と、小波は手首にフニフニ当たっている柔らかいものに手を触れた。  
 
 
続く(と思うけど)  

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