○  
「あー、この本は‥‥‥もう読んだんだよな、これ…どうしよっか。」  
 
マンションへ送られてきた、甲斐さんからの小包。  
結局札幌での連戦も、出番は大差の場面での守備固めのみ。  
試合への気持ちは切らずにいたけど、やっぱり不完全燃焼。  
そうしたモヤモヤを抱きつつも、ポストからそれを取り出し、部屋で確認。  
中からは一冊の本と、手紙。  
 
『あのタイトル、色々探したんですけど、結局見つからなくて…  
なので、せめて私が気に入っていた、おススメの本をお送り致します』とのコメント付き。  
 
新刊の人気作品が見つからないなんて、これは間違いなく探し方に問題があると思った。  
一応紅茶で濡れた本のタイトルを見たとき、「あ、これ…この前出たばかりの…」なんて事も言ってたし。  
 
…ただ、送られてきた本については、内容が見ないでもかなり明確に思い出せるほど、きちんと読むことができた本でもあった。  
 
ふと、彼女の好む本のジャンルや、普段の本の探し方などを聞いてみたくなり、自然と目が手紙に明記されていた電話番号へ。  
 
電話ではまず挨拶と、今回の件の連絡。及び願わくばその旨の雑談を。  
そう思って会話をしようと考え、いざ電話。  
 
 
 
 
…が。  
 
電話の向こうで『あ、あのぉ〜』とか『え、え〜と、…ぅぅ〜』など、何とものんびりとしたテンポや口調が続き、まるで会話が進まない。  
とりあえずこの人、間違いなく人見知り、それも異性に大して強くそれを持っていることが良く分かった。後者は何となくだけど。  
 
…こんなんでスチュワーデスって務まるモンなのか?  
何にせよ、連絡すら思うように進まないような状況が続きそうだったので、強硬手段。  
 
「すいません、今度のこの日なんですが、会うことができますか?」  
『…え、えぇ?』  
「ちょっと今回頂いた本について、話したいことがいくつかあります。  
直接会った方が話し易いと思うんで。」  
『…あ、はぁ…そうですかぁ…』  
「場所は横浜の…○○ってお店で良いですかね。  
甲斐さんはご存知ですよね?」  
『あ、そこなら分かりますけど…どうして…えーと、確かあなたは…』  
「高坂です。」  
『あ、どうも。…高坂さんがそのお店をご存知なんですかぁ?』  
「この前、ある本の特集で読んだばかりなんです。折角の機会だし、一度行ってみようかなと思いまして。」  
 
『おいしいものが食べたい』という欲求は誰にでもあるもの。  
雑誌等のそういった特集などの記事は、ちょくちょく読んでて損はないし、飽きることもない。  
…遠征先で役に立つ事もあるし。  
 
『はい〜、分かりましたぁ。  
それじゃあ楽しみにしてますぅ。』  
 
ひとまず一件落着。  
それにしても…疲れた。  
なので、この日はそういった疲労も手伝ってあっさり眠りにつくことに。  
 
「あらら、そうだったんですかぁ。」  
「ええ。あの本はもう読んでしまっていたので…。できれば、その辺を察して欲しかったですね。  
あの新刊に手を出すということは、甲斐さんが送って下さった本も既に読んでいる…と。」  
「確かに言われてみればそうかもしれませんねぇ〜。失礼しました。」  
「そうですね…、例えるならば『読み』が足りませんでしたね、甲斐さんには。」  
「あらあら、これは一本取られちゃいましたねぇ。」  
 
雑誌などで紹介されるようになり、これから流行ることは間違いないであろう、横浜某所のとある料理店。  
二人とも中々洒落た格好をしており、顔や立ち振る舞いを見ても、お店の雰囲気に良くマッチしており、正にお似合いの男女といった感じか。  
 
 
 
 
…会話の内容にさえ耳を傾けないようにすればの話だが。  
 
というか、この二人、いざ会って話をすると悲しいほどにその会話がかみ合うかみ合う。  
 
生真面目故に、その言動が普段からどこか微妙にズレている男と、マイペースな上にスローペース、更にはコミュニケーションが苦手な女。  
あたかも、合コンで雰囲気に溶け込めない者同士が、いざ話してみると意気投合するような。  
…いや、彼らはそもそも『合コン』という言葉すら知らない気がするが。  
 
非常に様々な類の会話を繰り広げつつ、楽しく有意義な時間を彼らは過ごした。  
それは彼ら両者がそもそも予期していなかったことでもあり、当初は『今回だけ』と思っていた筈が、時間も過ぎてひとまずこの日は別れなければならなくなった時、互いに『残念』という感情を抱く結果に。  
 
又会う約束をしつつ、二人は互いの家へと帰った。  
次はどこのお店を紹介しようか、あるいは今日勧められた本を次に会うときまでに読んでおきたい、などということを考えながら。  
 
○  
その抱きしめる力が若干弱まったのを感じたところで、こちらの回した腕をほどいて彼女から少し離れる。  
爆発したその感情もある程度は治まったようで、涙の跡は顔に残ってはいたが、目の涙はひとまず止まっていた。  
 
片手に持っていた指輪のケースを両手で胸元に抱え、大切そうに見ながら口を開いた。  
「私…駄目ですね。」  
「‥‥‥」  
 
その言葉に身構えそうになるが、それを見越したのか、朋美さんが指輪からこちらに視線を合わせ、柔らかい笑みを浮かべた。  
…これは大丈夫かな。後の言葉を黙って待つことにする。  
 
「こんなに高坂さんに思ってもらって、大事にしていただいて、今もこんなに素敵なプレゼントを貰って。  
本当に幸せな女なんですね…私は。」  
 
笑みを湛えたまま、彼女が続ける。  
 
「本当は、私の方が年上で、高坂さんに頼られるような女性になるべきなのに…  
 
ふふっ、いつも私が最後には甘えちゃってますよね。もっとしっかりしなくちゃ駄目ですね、私。」  
 
思わずこちらも、その言葉に笑顔になる。  
 
「安心して下さい。俺の方だって、随分と朋美さんには甘えさせて貰ってます。  
ただ、それ以上に朋美さんは俺に甘えて下さい。これからも」  
「それは駄目ですよぉ〜。  
高坂さんには、これからはもっと私のことを頼って、甘えてもらわないと。」  
「フフ、どうでしょうかね。」  
 
困った様子の朋美さんと、若干余裕な俺。  
 
「…だって、『旦那様』は『奥さん』に甘えるのが決まりなんですからぁ。」  
 
…ぐ!?  
 
「私、頑張りますぅ。」  
「‥‥‥」  
 
言葉を続ける朋美さんに、予期せぬ一発を浴びて固まる俺。  
 
その様子に気づいた彼女が、少々不思議に俺を見た後、すぐに又笑顔になった。  
こういう時だけは妙に鋭い。  
 
「これからよろしくおねがいしますね? あ・な・た」  
「ぶっ!?」  
 
形成逆転。  
目を白黒させている俺に、彼女が追い討ちの一打を浴びせて勝負あり。  
 
「ちょっと、顔を洗ってきますね。」  
 
中々ピヨり状態が抜けない俺に継げ、彼女が俺の頬に軽くキス。  
ケースを一旦部屋の棚の上に置いてから部屋を出て行った。  
 
その間、俺は、  
『確かにそういうことだけど、早速使われるとは…それを予期していなかった俺もまだまだだな』とか、  
『挙式はオフに…何とか残りの試合も頑張って、花を添えたいな』とか、  
『あなたと呼ばれるなら、俺もおまえと呼ばないと駄目なのか…それはどうなんだろうか』とか、  
そんなことを考えてみていた。  
 
○  
「へぇ〜、そんなことがあったんですかぁ。」  
「ええ。新幹線に乗っていたら、こちらにファンの方達に囲まれて…  
先輩からは『なるべく移動時にはサングラスとかをかけていた方が良いぞ』なんて言われましたけどね。  
でも、ファンの方からサインの申し出を受けること自体はやっぱり選手として嬉しいですしね…。」  
「そうなんですかぁ。  
ところで、高坂さんって、プロ野球選手の方だったんですねぇ〜。」  
「…言ってませんでしたっけ?そういえば…。」  
 
何度も会い、気軽に話をできるようになった相手に対しては、徐々に自らを守ろうとする殻が取れていくもの。  
悩み、相談、愚痴、身の上話…簡単には話せないようなことを、次第に打ち明けられるようになっていく。  
 
最初の頃は、世間話や様々な本、又それに関する大小の話−読んでの率直な感想や、あるいは世間的な評価。及び各内容に対してのそれぞれの意見など−を、食事などしながら延々と話していた二人。  
そんな中でも彼らは、特に深い部分のプライベートはなるべく話さないようにしていた。  
その時に話している話題だけでも十分楽しめていたし、そうした中で変に気を遣わせたくない、それに話したところで意味がないと思っていたから。  
 
そうした考えが、会うことを繰り返すうちに変化していく。  
 
人とは、自分の悩みを打ち明けるのには抵抗を示すが、他人の悩みを聞くことに関してはむしろ、好む傾向にある。  
又、いざそれらを打ち明け、又アドバイスを貰うことで、その内容・返答にあまり関係なく、気持ちが随分と軽くなるケースも多い。  
 
「…おかげさまで、子供を怖がらせてしまうようなことがあまり無くなりましたよ。その節はありがとうございます。」  
「いえいえ〜。  
やっぱり変にあれこれ考えるよりも、ありのままで接してあげるのが大切なんですよぉ。」  
「中々それができるようになるまでに苦労しましたけどね。」  
 
気づいた時には、互いの日常や感情を少しでも共有し合うことが、二人にとっては当たり前になりつつあった。  
会える日があれば、待ち合わせをしてそこからの時間を二人で楽しむ。  
食事だけでなく、その場所は映画館や水族館、時には朋美が高坂の試合を観戦したり(初めての試合では見事に彼の気持ちが空回りし、散々な結果だったが)、更にはどちらかの家に相手を招くようなこともあった。  
 
 
 
 
…だが、それぞれの心に生じた思いには、少しの『ずれ』が生じていた。  
 
『一緒にいると安心できる、とても魅力的な女性』と思っていた高坂と、『知的で、だけどどこか放っておけない、まるで弟みたいな人』という思いを抱いた朋美。  
 
 
 
 
彼女は、高坂の事を『恋愛の対象』とは見ていなかった。  
 
高坂は朋美に、ごく一般的な異性への恋心を抱いていったが、朋美の方は高坂に対し、徐々に亡き弟の姿を投影してしまっていた。  
それ故に、彼らは長くない期間を経て親密な仲にはなったが、決して恋人同士とは言えない(少なくとも高坂からは)関係が続いた。  
 
そんな微妙な関係が崩れたのは、高坂がようやく一軍の舞台でチームにとって欠かせない戦力として台頭し始めたある試合の日。  
 
徐々に相手チームからの注目・マークが彼に集まりだし、その影響で思うようなプレイが出来ない日が続く。  
そんな中、自分への起爆剤になればと、朋美を球場に招いての試合。  
 
その日、監督は彼をスタメンから外した。  
 
自分の為にそれを監督やコーチがしてくれたことは痛いほど分かった。  
それでも、様々な人の彼への思いが、むしろ何本もの矢となって彼に突き刺さっていた。  
 
予定していた食事も、幾らか上の空のままに終えたところで、朋美は高坂を自分の家へと招いた。  
 
それまでにも何度か二人は、それぞれの家を舞台にして会話を行うことがあった。  
が、あくまで彼等の関係は『親密』なまま。  
それには、そもそも二人の一般的な感覚が微妙にズレていたのもあるが、朋美が高坂の事をあくまで『弟』と見ていることを高坂も分かっていたこと、そしてその関係を崩すことは適切ではないと高坂の方が認識(我慢とも言う)していたことも大きい。  
 
この時、部屋のリビングで、未だにショックを振り払えない彼に対し、彼女は彼女なりのフォローを入れ続けていた。  
 
「え、と…  
どんなに頑張っても、中々それが結果になって出ないことというのは仕方のないことだと思います。  
 
でも、高坂さんはそれをこれまでに何度も乗り越えてきた筈です‥‥‥今回も、きっと大丈夫ですよ。」  
 
ふと、飲み物をテーブルに置きながら、朋美が高坂の後ろに回り、そっと抱きしめた。  
その瞬間、彼の中で何かが壊れた。  
 
本能のままに、そばにいる女性に自らの欲望−苛立ちややるせなさで何倍にも膨れ上がったそれを、ただ開放するんだと、体が頭よりも先に行動を取っていた。  
 
回されたその手を掴み、振り向きざまに唇を奪った。  
突然の事に目を見開く彼女。  
 
「んむぅっ!?」  
「ん‥‥‥っ」  
 
技術も何もない、ただ押し付けるだけのキス。  
それだけでも、彼にとっては十分すぎるほどの表現であり、又彼女の思考を混乱させるものだった。  
 
「っ‥‥‥高坂…さん…?」  
「…俺は…俺は‥‥‥!」  
 
自分の思いを一方的であっても全てぶつけること、それだけしか今の彼には無かった。  
 
右手の指を彼女の指に絡め、左手を腰に回し、ゆっくりとその場に押し倒す。  
予期せぬ出来事で身動きが取れない様子の彼女を横たえ、服を脱がしにかかる。  
 
抵抗されても力づくで服を剥ぎ取っただろうが、目の焦点が定まりきらない彼女は、さしたる抵抗もせずにされるがままになっていた。  
 
彼女を下着姿にしたところで、再び唇を奪った。  
今度はただ合わせるだけで終わらず、無理矢理相手の唇をこじあけると、そのまま舌を彼女の口内へねじ込んだ。  
流石にこれには彼女も我に返り、何とかしようと彼の胸に両手を押し当てて力を入れるが、体格や力の差もあってびくともしない。  
それどころか、彼女の頭に手を回してキスから逃げられないようにすると、もう片方の手で下着越しに胸を荒々しく蹂躙し始めた。  
 
「んむっ‥‥‥んん…」  
「うぅ‥‥‥っあ‥‥‥」  
 
ただただ『貪る』という言葉の似合うだけの、気持ちよさよりも苦しさや痛みしか感じない行為。  
それらに耐えられなくなりそうで、長いキスが一旦終わって顔が離れた時、拒絶の言葉を発しようと朋美が目を開け、高坂の目を見ると、  
 
 
 
 
彼が涙を流していた。  
 
荒い息が止まない彼の表情は、いつもの彼とは思えない獣の様相。  
泣きながら、それでも本能のままに自分を犯そうとする彼がとても悲しそうで。  
…そして、彼女は目を閉じて抵抗するのを止めた。  
 
彼女の力が抜けたのを感じて、一瞬戸惑いを覚える高坂。  
 
どうして…?  
俺は今、あなたの心を裏切り、あなたを犯そうとしているのに…。  
どうしてあなたは今、抵抗したり、泣き叫んだりしない?  
俺は‥‥‥  
 
それでも今は、自らの欲望を満たすことが優先だった。  
ここまで来て、戻るわけにはいかなかった。  
 
白いパンティを下ろし、秘所をあらわにする。  
ビクリと彼女の足がこわばるが、すぐに抵抗を止めた。  
 
自身もズボンとトランクスを下げて、分身を取り出す。  
既にそれは、これまでの蹂躙による興奮と、これから彼女の中に入るという期待でこれ以上ない程張り詰めていた。  
 
「…っく…」  
「あ…ぁ‥‥‥」  
 
彼女の秘所に分身をあてて、侵入を始める。  
彼女のそこは、高坂からの乱暴の中で、それでも彼女の体への負担を減らそうと、無意識の内に少し湿っていた。  
 
少しずつ繋がりを深めていこうとすると、彼女の膣内の抵抗があからさまに大きくなっていく。  
どんなものの侵入も許したことのない朋美のそれは、初めて中へと入ってきた高坂のものを、強く拒もうとした。  
そして…  
 
「…っ…ぁ…ぁあああああ!」  
「‥‥‥っ‥‥‥」  
 
一息にそれらを突き破った。  
その衝撃と痛みに、朋美が悲鳴を上げる。  
 
彼女の奥へと結合を果たし、言いようのない感情に浸る彼に、今その悲鳴はむしろ心地よかった。  
彼女の純潔を喪失した証でもある、結合部からの赤いものが流れている様でさえも。  
それを見ると、間をほとんど置く事もなく、動き始める。  
 
「ぎぃっ…!?…い、い、いっ…」  
 
相手を気遣おうとする気配のない、激しい動き。  
挿入による快楽どころか、痛みしか感じていないであろう朋美を、文字通り貪り、食らおうとする。  
破瓜の血の跡すら残るその膣中を、ひたすらに陵辱した。  
 
…少しでも優しくしようとしたら、その瞬間に自分が壊れてしまいそうだったから。  
 
「‥っ‥‥‥っ‥‥‥っ‥」  
 
…それなのに、彼女は悲鳴や泣き声を上げようとしなかった。  
いっそ、悲鳴を上げ、泣き叫び、抵抗をしてくれた方が楽になれたのに…  
 
彼女だけでなく、自分さえも。  
 
「…っ‥‥‥ぁ」  
「ぅ‥‥‥ぉ、ぉおおおおおっ!」  
 
自分に限界が近づいたのを感じ、なけなしの理性で彼女から自身を引き抜く。  
そして、彼女の白き綺麗な体へと、全身を震わせながら欲望の証を散らす。  
 
それが出尽くすと同時に、高坂は朋美の体へと倒れこみそうになり、すんでのところで両手をついてそれを押し留めた。  
 
そのまま荒い息を吐きながら、目を閉じて自分を落ち着かせようと試みる。  
 
目を開けるわけにはいかなかったから。  
彼女の目を見るわけには。  
 
幾らか思考が戻ってきても、何が何だか分からずにいた。  
 
ふと、温かいものが自分の頬に触れるのを感じ、目を開ける。  
彼女が、自分の頬を触り、軽く撫でていた。  
 
これだけのことをした。  
自分をこれまでずっと信じてくれていた女性の気持ちを踏みにじり、レイプした。  
長く、少しずつ築き上げてきていた関係を、一度に木っ端微塵にした。  
 
自分の行為は、彼女から非難され、叩かれ、この場を追い出され、あるいは警察に突き出されても当然のもの。  
…でも、自分は別にどうなっても良かった。  
彼女にどれほどの傷を与えてしまったのか、ただそれだけが今の高坂にとっては口惜しかった。  
 
 
 
 
それなのに。  
 
何故、その彼女が今、自分の頬をゆるゆると撫でている?  
その顔に、悲しそうな表情を浮かべながら。  
 
「朋美さん‥‥‥どうし「どうして…そんなに辛そうな顔をしてらっしゃるんですか」  
 
ごちゃごちゃの状態が治まらないままに高坂が訪ねるのを制して、朋美が彼に聞いた。  
 
「そんなに…辛そうで…悲しそうで…」  
 
そう呟きながら、朋美が彼の頬を撫で続ける。  
その感触が、湿っていて―――  
 
どうして湿っている?  
 
泣いていたのは…彼女では‥‥‥  
 
未だに、目から涙を流していたのが自分だということに彼は気付いた。  
 
「こんなに悲しそうな高坂さん…。」  
 
話しかける彼女の目からは、既に涙は止まっていた。  
 
「私‥‥‥痛かったです。」  
「っっ‥‥‥」  
「痛かったけど‥‥‥高坂さんの気持ち、今のでいっぱい伝わってきました。  
高坂さんは、私なんかよりもずっと痛くて、辛かったのでしょう?」  
 
一瞬の激情に駆られた、軽蔑すべき行為。  
そんな加害者であるはずの自分を、彼女はむしろ自らが加害者であったかのように語り続ける。  
 
「高坂さんがくれた痛み…これで、高坂さんの痛みがとれたのなら…  
私、嬉しいんです。高坂さんのお役に立てました。」  
 
犯した罪を、醜い側面を、全て彼女には受け止められてしまっていた。  
 
「私は高坂さんになら、何をされても大丈夫です。  
今の私がいるのは、高坂さんのおかげなんです。  
だから、少しでも高坂さんを助けてあげたかった…。  
 
お願いです。どうか、何があっても一人にはならないで下さい。  
自分もみんなも、もっと好きになって、信じてあげて…」  
 
微笑を浮かべた彼女を見た時から、高坂が行えたことといえば、その胸へと顔をうずめ、赤ん坊のように声を上げて泣き続けることだけだった。  
 
 

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