窓の外には、茜色を少しずつ濃くしていく夕焼けに染まった街並み。  
 広い座席に私と羽和さんを乗せて、私の家から呼んだ車は病院へ向かっている途中。  
 気を使ったのか運転手の人は遮音シャッターを上げてくれたので、私と羽和さんが実質  
二人っきりという状況。なのに、頭がごちゃごちゃしていて話す言葉が浮かんできません。  
「はるかちゃん、さっきからずっと黙ってるけど……」  
「えっ…?あ、そうでしたか?」  
 急に声をかけられて、私はびくっと羽和さんの方に向き直ります。  
「ひょっとしてオレの怪我気にしてる?大したことないんだから、気楽にしてていいのに」  
「い、いえ!違います!あっ、違うっていっても、羽和さんの怪我を気にしてないって  
ことじゃないんですけど……!」  
「いや、わかるよ。落ち着いて」  
「すいません……」  
 何だかわからないうちに慌てて、謝ってしまいました。羽和さんの言うとおりもっと  
冷静にならないと、変な子だって思われちゃいます。  
「さっき何だか様子がよそよそしかったみたいだけど、はるかちゃんひょっとして、  
あおいちゃんのこと責めてない?」  
「え……?」  
 そんなことを言われて、私ははっとして羽和さんの方へ顔を向けました。  
「気のせいだったら悪いんだけど…はるかちゃん、保健室でも思い詰めてたあおいちゃん  
のフォローとか、してなかったみたいだから」  
「それは……!」  
 羽和さんの怪我があおい一人の責任だと思っていたから、というわけではなくて。  
「…あおいには申し訳ないと思っていますけど、羽和さんが怪我しちゃって動転してて…」  
 つくろったみたいないい訳をしてしまいました。もちろん羽和さんの怪我で慌てていた  
というのもあるのですが、私があおいのフォローをしないで、無視するみたいなことを  
してしまったのは……。  
『……別に、そこまで神経質にならなくてもいいでしょ。じゃあ羽和くん、本気で走ら  
なくてもいいからファーストランナーやってくれる?』  
 あおいが、羽和さんと私が話しているのを、"邪魔"したんじゃないかって、思って  
しまっていたから。  
 普段のあおいだったら、あんなこと言いません。なのに、今日に限って。そのことが、  
不安に似た感情を生んでいました。その不安の正体は……自分でも、薄々わかっています。  
「ならいいんだけど。99%以上オレの自業自得な怪我なのに、あおいちゃん、随分責任  
感じてたみたいだから。明日になってもまだ気に病んでたら、はるかちゃんからも何か  
言ってあげてくれないかな」  
「…はい……」  
 素直に、返事できません。あおいのことを心底心配しているように話す羽和さんを、  
あんまりこころよく思えないから。羽和さんにそう言われても、あおいのせいで羽和さん  
が怪我をしたのだと思ってしまう自分を止められなかったから。  
 私、嫌な気持ちになっています。それは――。  
 あおいを、敵視しているから?  
「お願いするよ。いくらマネージャーとして甲子園まで行けるって言っても、野球が  
できなくなってから慢性的にちょっと沈んでるところがあるからね、あおいちゃん」  
 あおいのことばっかり、話さないでください。ここにいるのは、私なんです。  
 羽和さんの言葉に表面上では穏やかに返事をしながら、私は胸が締め付けられるような  
思いを感じていました。  
 
 結局あんまり望むようなお話はできないまま病院に到着してしまい、数十分後。  
羽和さんは松葉杖を突きながら診察室から出てきました。  
「羽和さん、それ……そんなもの使わなくちゃならないほど酷い怪我だったんですか!?」  
「あ、いや、そうでもないよ。ほら、オレがスポーツやってるから、多少不便でも極力  
早く治るようにってさ。」  
 私が慌てて駆け寄ると、羽和さんは安心させるように空いている方の手を振って笑います。  
「それより、わざわざ待っててくれたんだ。ゴメンね、迷惑ばっかりかけて」  
「いえ、全然迷惑じゃないです!ちゃんとお家までお送りしますからね」  
 本当に申し訳なさそうに謝ってくる羽和さんを見ると、こっちの方が後ろめたくなって  
きます。私は多分、他の部員の人が怪我をしたとしても、今の羽和さんと同じような対応  
はしないと思うから。それはつまり、羽和さんと少しでも長く一緒にいたい、羽和さんに  
色々してあげて、私に好意を持って欲しいという下心があるから。  
 何だか自分がすごく打算的に見えて嫌になりますが、羽和さんと二人で話せる機会  
なんて滅多に無いし、今日は漠然とした不安な気持ちもあるから。何か一歩進まなければ  
いけない。そんな焦燥感に駆られてしまっています。  
 
「それじゃあ、やっぱり向こう3週間はまともに練習できないんですね…」  
「そうだね。練習できないのもそうだけど、足の筋肉がなまるのも心配だなぁ」  
 羽和さんをお家まで送る車の中。やっぱり、陰鬱な内容の会話にしかなりません。  
 何か、無いでしょうか。もっと気が利いたお話。  
「えっと…羽和さん、その怪我だったら学校に登校するのも不便ですよね?」  
「うん、まぁ、学校休むわけにもいかないしそれは仕方ないけど」  
「あの、でしたら羽和さんのお家まで車で送り迎え、しましょうか?」  
 ちょっとした名案。これだったら、毎日でも羽和さんと二人っきりになれます。  
「いや、さすがにそこまでしてもらうのは…」  
「でも、私体が弱いから…普段は一人で登校してるんですけど、体調が悪いときは  
車で送ってもらったりしてるんです。歩けるようになるまで、車を使って途中で羽和  
さんの家に寄るくらいだったら、ちっとも負担にはなりません」  
 いつになく強く押す私。羽和さんは少し視線を上げて考え込むような仕草をして…。  
「…うーん…でも、やっぱり遠慮するよ。ただのマネージャーにそこまでしてもらったら、  
キャプテンとして示しがつかないし」  
 そう、断りました。  
 ――ただのマネージャー。その言葉に、軽いショックをうけます。  
 『世間一般でいうところの、部活動のマネージャー』という意味で羽和さんは  
『ただのマネージャー』と言ったのでしょう。それは理屈ではわかるのに。  
 羽和さんが私を、『ただのマネージャー』だとしか、見てくれていない。そんな意味に感じてしまったから。  
「……違います……」  
 『ただのマネージャー』は、そんな提案しません。羽和さんが特別だから、車で迎えに  
行くなんて言ったんです。  
「え?」  
「違うんです……!」  
 でも、今の私は、常識からちょっと外れたことを言いましたか?『ただのマネージャー』  
のくせに、私の家が裕福で、羽和さんにしてあげられることがちょっと多いからって、  
モノで釣って恩を着せるような真似をしたって、思いますか?今日のあおいの様子を見て  
不安になっていたからって、焦って先走ったこと、してしまいましたか?  
「ちが……!」  
 気がついたら私は、すがるみたいに、隣にいる羽和さんの、シートに置かれた手に触れていました。  
「へ?どうしたの、はるかちゃん?」  
 羽和さんの、大きい手。固いマメが重なった、エースピッチャーの手。羽和さんは不意をつかれたみたいな声を上げて手を引っ込めかけましたが、それを……逃がすまいとする  
みたいに、反射的にきゅっと握ります。  
「あっ……すみませんっ」  
 でも、それも一瞬。我に返った私は、すぐにその手を離して、胸元に抱えるように  
戻しました。自分でも何をしたかったのかよくわからなくて、かあっと頬が紅潮するのが  
わかります。挙動不審……だと思われたでしょうか。  
 ちらりと羽和さんの方を見ると、腑に落ちないといった顔をしています。私は視線を  
逸らすと、羽和さんに聞かれても、聞かれなくてもいいような声で、  
「……ただのマネージャーじゃ、ありません……」  
 そう、呟きました。  
 

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