「羽和さん」  
 思ったより早く修学旅行の実行委員会の会議が終わって、休み時間や昼休みには  
何となく気まずくて会いに行けなかった羽和くんの様子を見ようと急いで運動場の方へ  
向かい、部室のドアに手をかけようとしたところで、中から微かに、はるかの声が聞こえ  
てきた。  
 羽和くんとはるかが、一緒にいる?  
 それに気付いた瞬間に、少し昂揚していた胸の奥がちくりと痛んで……ドアノブに  
触りかけたボクの手は、そのまま止まってしまった。  
「……あ、えっと、実行委員と言えば、もうすぐ修学旅行ですよね。羽和さんの足は、  
大丈夫なんですか?」  
 慌てて話題を作ったみたいな、はるかの声。  
「え?……あ、うん。あと10日くらいあるでしょ。その時には普通に歩けるくらいには  
なってるよ」  
「それは良かったです。せっかくの修学旅行ですからね」  
 声だけでも、少し白々しいのが伝わってくる会話。急に話題を変えたから?はるかは  
"実行委員と言えば"って言ってた。もしかして、それまではボクのことを話してた…?  
 そこまで考えて、小さく首を振る。何でもない内容だとしても、盗み聞きなんて…。  
「あ、修学旅行が終わったら、すぐ期末テストがありますね。羽和さんはちゃんと復習  
してますか?」  
「ああ、そっか。試験一週間前は部活禁止だっけ。修学旅行の日を抜かしたら、あと何日  
もしないうちに試験前期間かぁ…どっちにしろ、あんま勉強なんてしてないけど」  
 はるか、無理に話を引き延ばしてる気がする。別に聞かれて困る話をしてるわけでも  
ないし、別に気にしないで部室に入るなりノックするなりしてもいいってわかるのに。  
なのに、ボクはその会話を邪魔することができないまま、その場にいた。  
「ダメですよ、それじゃあ。……今回は羽和さん、自主トレもできないでしょう?」  
「そうだね。今回くらいは観念して勉強しようかな……気が乗らないけど」  
「えっと……その、あの、でしたら……」  
 ――っ!  
 何か、嫌な予感が走る。遠慮しているような、照れているような、はるかの声。今すぐ  
戸を開けて中に入れば"それ"を止められる。けど、止めてどうするの?またはるかの  
邪魔をして、はるかに恨まれて、自己嫌悪に陥るの?  
「……一緒に、テストの勉強……しませんか?」  
 嫌な予感の通りの言葉。ボクの中に、はるかの中にあった、"何か"が崩れる感覚。  
「え……はるかちゃんと?」  
「はっ…はい!これでも私、試験だけはちょっと得意ですし……」  
「ちょっとっていうかはるかちゃん、ウチの学年でいつもトップクラスの点数でしょ…  
レベルが違いすぎてあんまり意味無いんじゃないかな…」  
「そんなこと無いです、私、教えるのも上手いってよく言われるんですよ」  
「そうなの?」  
 もう聞きたくない。なのに、その場から動くことができない。足が震えてる。  
 はるかに『教えるのが上手い』って言ったのは、ボク。中学の時から、ボクとはるか  
は時々一緒に勉強してたから。  
 そのボクを切り捨てて、はるかは、羽和くんと一緒に勉強するのを選んだ……。  
「……じゃあ、お願いしようかな。さすがに留年とかしたら野球どころじゃなくなっちゃうし」  
「あ………はいっ!精一杯頑張りますっ!」  
「そんなに気合入れてもらっちゃっても困るな……それで、どこで勉強するの?」  
 そこで、足が動いた。制服から着替えることができかったまま、駆け出す。  
 はるかとボクが一緒に勉強してたのは、はるかの家。きっと、はるかは羽和くんも家に  
呼ぶ。はるかの家で、二人っきりで。  
「っ……ぁ、はぁ、はぁ、ぁっ………!!」  
 ちょっと走っただけなのに、息が苦しい。"それ"を堪えながらだから。人気の無い校舎  
裏まで走って。辺りに誰もいないのを確認して。壁もたれかかって。さっきの羽和くんの  
返事と、本当に嬉しそうだったはるかの声を思い出して。  
 だめ……。  
 涙が、頬を伝って、零れた。マネージャーになるのを決意したあの日から、もう  
泣かないって決めたのに。  
 はるかと羽和くんは、まだ恋人になったわけじゃない。けど、これから、きっと、  
近付いていく。それを、ボクは止められない。祝福もできない。何もできない。  
 涙すら止められない無力さに打ち拉がれながら、ボクはその場で泣き続けることしかできなかった。  
 

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