「か…カレンちゃん…ちょ…ちょ待っ!…今日、ほらあの俺なんも準備してきてないしさ!…ほらヒニン!避妊具とか!」  
もう人気のない、体育館倉庫。ちょっと強引な彼女に連れられて、やっぱりこんな時間にこんな場所で、学生がする事といえば…  
「問題ありませんわ、月海(つぐみ)様!このカレン、毎夜毎夜この日の為にしっかりピルを飲んでおくことを欠かした事はありません!今日は待ちに待った安全日ですわ!ムッハァーーーッ!!」  
ヤバい。なんかもうすごくヤバい。カレンちゃん、すっかりその気だ。  
「ダメだって!俺たち責任能力無いし、万一出来ちゃったら…」  
…さっきから言い訳が生生しいぞ。俺。  
「そのような事が無いように、満を持して今日この日を選んだのです!今日こそはそのような間違いは起こりません!…まあ月海様のお子を成して既成事実をより確実にしたくはありますが…」  
今、さり気にカレンちゃんすごい事言ったよね?…ちょ…カレンちゃん重…上乗らないで上!俺潰れちまうって!ねえ!?  
「月海様もまだ学生の身。そのような不祥事を起こして甲子園への道が絶たれたらこのカレン、死んでも死に切れませんわ!」  
うるうる…と涙腺をうるませるカレンちゃん。コレが本当に涙かそれとも目薬によるものかで、俺の言動も変える必要があるけど、そんなの知る由も無いし、知っていても変える事は出来ない。殺される。  
「ヤバい事だって自覚あるんなら最初からやらないでくれ!」  
そういうだけで精一杯の反抗だ。ていうか体格差がありすぎだ!普通無理やり押し倒すって、男が女をだろ!?強姦って、女を犯すから姦なんだろ!?多分!!  
「大丈夫ですわ…この経験豊富なカレンに任せておけば間違いは起こりません。さあ…月海様…!」  
しまった…完全にマウント取られた!?ていうか潰れる!潰れますカレンちゃん貴女何百キロあるんですか!?  
カレンさんに文字通り押し倒されてその体重をかけられてかつ唇を奪われる寸前、カレンちゃんの唇が目の前数センチにあるその恐怖の光景を前にして、俺の心の全てが冷たくなった。  
覚悟を、決めよう。そう思った。…けど…  
「待って!カレンちゃん!」  
俺は、思わずそう叫んでいた。途端、カレンちゃんの目つきが険しくなるけど、そんな事…いや、それは大した事なんだけど、とにかく俺はキッ!っと…ごめん、嘘です。  
でもとりあえず、威圧感むんむんなカレンちゃんに向けて、俺の素直な心を、告白したい…そう思ったんだ。  
思えばカレンちゃんに告白されたあの日、あのカレンちゃんの恐怖に負けて付き合う事にしたから、こんな事になったんだ。  
カレンちゃんに振り回された2年間。無理やり押しかけてくるカレンちゃんにかまけて万年二軍生活だった、二年間。  
俺にとっては、大事な…思い出…だった………のか?  
「…カレンちゃん…好きだ!」  
あああ!?しまった!?走馬灯のように駆け巡る風景が目の前に広がる中、俺はこの二年間と決別しようとつい数秒前まで思っていたはずなのに!  
言えないんだ!俺は今まさに俺を圧死させかねないカレンちゃんに逆らう事なんて出来ない!ていうか、この二年間でおもいっきしカレンちゃんの恐怖が刷り込まれちゃったのか俺!?  
「…つ…月海様…カレン、感激ですわ!奥手な月海様から愛の告白など、カレン、こんなに嬉しいことはありません…」  
あれ…カレンちゃんが大人しくなった…?  
「さあ、愛を語りあった二人でその愛を確かめ合いましょう!まぐわいを!このカレンとのまぐわいを!ムッハーーーーッ!!」  
うわ嵐の前の静けさだった!?だ、ダメだこれ以上…いや、待て!考えろ俺!なんかでっち上げろなんだなんだほらなんか言え俺!  
「カレンちゃん!」  
 
俺は、力の限り叫んだ。ああ、もう力の限り。なんて言えばカレンちゃんが大人しくなるか考えても、思いつかないからとりあえず名前を叫んだだけだけど。  
「なんでしょう、月海様!!?」  
うわうわうわ胸!胸元開けないで見たくない俺はそんな人外のなんかよくわからない物体っぽい感じがするカレンちゃんの肢体なんて見たくない!見たくないから!  
「俺達は!高校生じゃないか!!」  
何言ってるんだ俺!?まあいいやなんか神のお告げが来たから最後まで続けてやれ!  
「俺は!野球がやりたいんだ!これから、最後の夏が待ってるんだ!だから…」  
ちょっと、カレンちゃんの動きが止まった。…これは、もしや効いてる!?効いてるのか!?  
「だから・・・?」  
だから…なんだ?なんて言うか?ほら神様っていうかもしかして野球仙人?もうちょっと俺に知恵わけてよ知恵!  
俺にもうちょっと長く野球を続ける為に!  
「だから…せめて、最後の夏…それまでは、俺は野球に集中したい!野球だけをやっていたいんだ!悔いを残さないように!そして、そんな俺のまんま…カレンちゃんと結ばれちゃいけないんだ!」  
おお!?即興にしては善い事言うじゃないか俺!もしかしてしゃべってる間野球仙人に体乗っ取られてたとかそういう設定でも良いや  
この場が凌げれば!!  
「わかりましたわ…月海様。」  
…え?もしかして、うまくいったか!?おし後もう一押しだ!  
「ごめん…今は、俺カレンちゃんを抱くような事は出来ないよ…カレンちゃんとの初めてを、こんなあやふやな気持ちでは迎えたくは無い」  
カレンちゃんの目は、いつのまにかいつも通りの…ってあれ?いつも顔怖いけどほらえっとアレだよ何だっけ?  
「月海様の気持ち、よ〜〜〜〜〜〜っく、伝わりました。今日の所は、カレン、身を引きますわ」  
ぃよっしゃぁ!奇跡のカレンちゃん撃退だべらぼうめ!  
「でも、前借を先に頂きますわ」  
…え?  
瞬間、触れる唇と唇。舌と舌を絡めあう、大人のキス…  
俺の記憶はそこで途切れている。なんか、眠っている間にカレンちゃんっぽい声のあえぎ声とか聞こえたりとかしたけど、あんまりその事は考えないようにしている。  
その日以降、ずっと俺の全身が潰れたように痛むのも、同じく。  
結局、最後の夏まで二軍でベンチ入りも出来なかった俺は、当たり前のようにプロ入りも出来ず、その日、ドラフトに指名されずに自暴自棄になって  
「もうカレンちゃんでも良いかな?」とか思い始めたその日に、カレンちゃんに捨てられて、俺とカレンちゃんとの関係は終わった。  
夢のようにすぎていった、カレンちゃんと過ごした3年間。振り返って、思うこと。  
…厄介払いできてよかった。心底。  
 

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