「よいしょっ。これで全部・・・か」  
 潤はバイトの時間を大幅に超過させながらも、ようやく倉庫整理を終えた。  
「あらっ、神楽坂くん、まだいたの?」  
「あっ、店長」  
「朱美でいいわよ、営業時間じゃないから」  
 潤は倉庫を出たところで四号店店長、羽瀬川朱美と鉢合わせをした。  
「ところで、今まで倉庫整理を?」  
「ええ、明日朝の準備で」  
「言ってくれれば、手伝ったのに」  
「いえ、このためにここに来たのですから」  
「ごめんなさいね、男手がなくて・・・」  
 二号店の店員である潤が四号店にいるのはヘルプのためであった。開店から  
時間が経ち、ある程度軌道に乗ってきたこの店に他店からのヘルプが必要なのは  
ずばり、男性アルバイトの人員不足が原因であった。  
 Piaきゃろっとはその制服の可愛さから女子高生を中心に女性のアルバイト先と  
して人気のある場所であり、そこでバイトをすることは一種のステータスでもあった。  
そして、それは男性にとっても同じであった。可愛い制服を着た可愛い女の子に  
囲まれてのアルバイト、喜ばないものなどいようはずもない。だが、それは一つの  
大きな問題でもあった。  
 男性アルバイトが女性アルバイトに手を出すことである。可愛い女の子がいる  
環境では当然ともいえることであったが、店にとっては重大な問題でもあった。  
年頃の娘を持つ親の中には、Piaキャロットで働くことを喜ばないものが増え、  
ひいてはバイトそのものを許可しなかったり辞めさせたりするケースも出てきた。  
 当初は店内での恋愛禁止を規則にしようとしたが、二号店店長の奥さん自身が  
一号店のウェイトレスであったことは既に多くの人に知られており、こんな説得力  
皆無な規則を作っても意味のないことは誰の目にも明らかであった。  
 結局、各店舗で男性アルバイト採用の際には細心の注意をはらうべしという  
ある意味で当たり障りのない結論に達したのである。  
 この決定に最も大きな影響を受けたのが、ここ四号店であった。  
 
 四号店の制服はPiaキャロット全店の中でも、とりわけ大胆であり、ある程度  
プロポーションに自信がない女性でないと応募してこないために、キレイどころが  
集まる店として一部で有名であった。そのため、応募してくる男性アルバイトにも  
下心ありありのものが多かった。それらの多くは四号店マネージャー岩倉夏姫に  
よってことごとくハネられたのだが、同時に四号店は慢性的な男性アルバイトの  
不足に悩まされることになった。とはいえ、条件を緩めると女性アルバイトの  
親に警戒されるという問題もあった。  
 この状況に対して、四号店は男性アルバイトの数が揃うまで他店舗のヘルプを  
要請したのだが、どの店も事情は同じであったために長期にわたるヘルプに  
応えることはできなかった。とはいうものの四号店の窮状を見過ごすわけにも  
いかず、各店持ち回りで男性アルバイトをヘルプに出すことになった。 潤が  
四号店に来たのはこのような事情のためであった。  
 だが実際のところ四号店にとって潤は微妙な存在であった。男装の美少女、  
確かに他の女性アルバイトに手を出すことはしないだろうが必要な男性の  
腕力が求められるかは疑問であった。実のところ、四号店にとって保護者に  
睨まれるようなことをしなければ、節度ある交際程度ならば構わないと判断  
していた。それよりも女性アルバイトに期待できないこと、主に力仕事に  
活躍できることを男性アルバイトに期待していたのである。その証拠にこの  
四号店に限らず、Piaキャロット全店で採用されている男性アルバイト全て  
一見優男風に見えるものでもがっしりとした体格をしているものばかりで  
あった。決して素行だけで判断しているのではないのである。  
 潤は2号店では男性アルバイトの役割をしてきており、また演劇を志して  
いるだけあって基礎体力に関しては他の女性アルバイトに比べて大きく  
勝っていた。だが、Piaキャロットに採用されている平均的男性アルバイトに  
比べると見劣りするのは仕方なかった。  
 潤の方も四号店のそんな雰囲気を察してか、無理して一人で作業をしようと  
する傾向があった。今日も他のバイトに手助けを求めずに一人で倉庫整理を  
して、結果として戸締りの時間まで働くはめになったのである。  
 
「倉庫の整理が終わっていないんだったら手伝うけど・・・」  
「あっ、もう終わりました」  
「そう。ご苦労様、あがってくれていいわよ」  
「はい」  
「そうだ、私ももう少しで終わりだから一緒に帰りましょ」  
「そうですね、ではそうしましょう」  
「じゃあ、戸締りするから手伝ってね」  
「はい、分かりました」  
 二人は四号店の戸締りの確認に向かった。  
「そうだ、聞こうと思っていたんですけど」  
「なにかしら?」  
「四号店の24時間営業はいつからですか?」  
 ご多分に漏れず、Piaキャロットも他のファミリーレストランと同様24時間営業を  
行っている。ただ、いきなり24時間営業を行うのではなく、新店舗開店当初は  
朝の10時くらいから夜までという短い時間で営業し、スタッフが慣れてきてから  
順次営業時間を延ばしていくという方式を取っていた。  
 現在、本店・2号店・3号店は24時間営業を行っており、5号店以後の店舗も  
24時間営業に踏み切っていた。この4号店のみが早朝から深夜までの営業と  
なっていた。  
 この質問をされた朱美は少しばかり難しい顔をした。  
 
「あっ、すいません。答えにくいことでしたら結構です」  
「う〜ん、実はね・・・この辺り、暴走族がいるの」  
「暴走族・・・ですか?」  
 潤の答えには”今時?”という響きがあった。実際、本店や2号店周辺では  
暴走族=珍走団として笑われる存在となっているためにほとんどいないので  
ある。  
「そう。で、いま治安が悪くなっててね・・・」  
 朱美は言葉を濁した。それを聞いた潤はたしかに思い当たるところが多かった。  
このあたりのレストランなど本店や2号店周辺では24時間営業しているところが  
4号店と同じように深夜になったら店じまいをすること、海岸通の大きな道を夜  
歩かないように注意されたことなど。そう考えると意外と深刻な状況なのかも  
しれなかった。  
「いま、警察の人に対応をお願いしているから。それが済めば・・・」  
 24時間営業は暴走族がいなくなって安全になってから、ということらしい。  
「じゃあ、戸締りは念入りにしないと」  
 そう言って裏口に歩みかけた潤に朱美が問いかけた。  
「そうだ、潤くん」  
「なんですか?」  
「この制服、着てみない?」  
「えっ!?」  
 潤は驚いた、朱美の着ている制服−トロピカル・タイプの制服を着てみないか、  
ということである。この言葉に潤は大いに戸惑った。  
 
「あ、朱美さんの着ている服ですか!?」  
「そうよ」  
 こともなげに朱美は言う。潤が戸惑うのも無理はなかった。4号店の制服−  
トロピカルタイプはおへそを出したセパレートタイプのものであり、露出度に  
関してはPiaキャロット、いやファミリーレストラン業界でもダントツで一番と  
いえるほどで、なにしろ肩のストールと腰のパレオを取ってしまえば大胆な  
ビキニと大差のない代物であった。  
「あっ、でも僕のサイズにあったものが・・・」  
「う〜ん、ともみちゃんかナナちゃんのだったら・・・」  
 乗り気な朱美とは対照的に潤の方は困っていた。  
 男装でバイトをしていて周囲にバレなかった、あるいはさほど不自然でなかった  
のは潤の演技力という点もあったが、女性にしては高い目の身長とそれに反比例  
したかのような小ぶりな胸という点も大きかった。今ここにいる二人を比較すると、  
身長は潤が165センチ、朱美は156センチと潤の方が9センチ高いのであったが、  
バストになると潤が77センチ、朱美が86センチと今度は朱美の方が9センチ大きい  
のであった。もし潤が朱美のようなスタイルであったら男装なんて演技以前の問題で  
バレてしまうのは間違いなかった。  
 トロピカルタイプのような制服は朱美のようなスタイルのいい女性が着ると映える  
のであって、自分のような貧相なスタイルではみっともないだけだと潤は思い込んで  
いた。だから2号店のメイドタイプの服は着れても4号店のトロピカルタイプやもう  
一つのフローラルミントタイプを着るのはとても恥ずかしいものであった。  
 無論、朱美の方に悪意はなかった。むしろ、潤の考えていることがある程度把握した  
うえで、この制服の良さと自分のスタイルに自信を持って欲しいという考えがあった。  
「そうね、最終日には着て入ってもらおうかしら」  
「えっ・・・でも・・・・・・」  
「恥ずかしがってはいけないわ。女優だったら何でも着れないと」  
 どうやら本気で潤に着させようと思っているようだった。  
「ぼ、ぼく、裏口の方を見てきます!」  
 返答に窮した潤はそう言って裏口のほうに向かった。  
 

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