「どうしてでしょう、今日はとても…胸が苦しい…」
月の綺麗な夜だった。
パールピアリを夜そっと抜け出したヒッポは
夜の浜辺を歩いていた。
「ユーリ…さん…」
こんな夜だっただろうか、浜辺の小屋でユーリと出会ったのは。
小さく震えて、涙を流して…僕を見つめていた。
それから何度もあの場所で会った…夜。
全てを捨てて二人だけの世界に行きたいと願った…別れの夜。
…こんな夜だった。奇跡の入り江での別れの夜さえも。
「ユーリさん…私が使命を全うして、生まれ変わることが許されたなら
暗い海の底へ、あなたを追って行ってもいいでしょうか…ユーリさん…」
あの夜、ユーリを抱きしめ、別れを告げた。
そして、約束をした。きっと、きっとまた会おうと。
「あっ…いたっ!わぁっ…」
空を見上げて歩いていたため足元にあった貝を踏みつけてしまう。
痛みに驚いて転んだ拍子に少年の姿になったヒッポはそのまま
砂浜にうずくまってしまった。
「…痛い…です…ユーリさん…」
痛みに歪んだ顔から、みるみる悲しみの涙が溢れる。
砂浜にヒッポの涙が吸い込まれていった。
どうして僕たちはこんな運命の元に生まれてしまったのでしょう?
るちあさん達もこんな想いをしているのでしょうか?
ユーリと出会う前のヒッポはお目付け役としてマーメイドプリンセス達の
恋愛を止めていたものだった。泡になってしまうから、人間とは恋をしては
いけないからと。
そんなこと、今の自分にはとても言えない。苦笑しながら身体を起こすと
そこには、ヒッポが求めてやまない少女の姿があった。
「ヒッポ様…」
腰の下まである、エメラルドグリーンの美しい長い髪。
赤いドレスに身を包み、華奢な儚い姿。
可愛らしい大きな瞳はヒッポを見つめていた。
「ヒッポ様ぁっ!」
その瞳からみるみる涙があふれ、胸の中に少女が、ユーリが飛び込んでくる。
「ユーリさん…!ユーリさんッ…」
どうしてここに彼女がいるのか…一瞬そんな疑問が胸をよぎる。
だか、それよりも夢中でユーリを抱きしめ、頬に触れる。
「会いたかった、ユーリさん…愛しています…ずっと、ずっと…」
「ヒッポ様、私もです!ユーリは、ユーリは…んぅ…」
言葉の途中でヒッポはユーリの唇を奪った。
彼女の存在を確認するように髪を撫で、額に、頬に口付け、涙を吸った。
胸をよぎった疑問、それを聞いたらまた別れの言葉を交わさねばならないのではないか。
これ以上、言葉を交わしたくない。理由を聞きたくない。幻でも、夢でも、何でも良い。
…砂浜でユーリを抱きしめたあの夜もう、お別れですと…腕の中で消えて
いったユーリ。そんな想いはもうしたくない。
あのときは、あんなに話をしたいと願ったというのに。
今は、ただ触れていたい。
胸いっぱいに溢れる気持ちを言葉にしてみる。
「消えないで…ユーリさん…どうか、どうか僕の傍にいてください」
「は…はい…ヒッポ様…ユーリを…離さないで」
ヒッポの言葉、唇の触れ合いににユーリは恥ずかしそうに
頬を染め、視線を外すとヒッポの胸に頭を擦り付けて甘える。
愛しい…
優しくユーリを抱きしめ、両手を絡ませ、もう一度キスをした。
もっと、もっと深くつながりたい。
全てを求めたい。
こんな夜だった。月の綺麗な…この月光の下でユーリとヒッポは何度も
別れを告げたのだった。
こんなに美しい光だけれど、今はこの光を浴びたくない。
「行きましょう、ユーリさん…僕達の思い出の場所で…」
「はい…ヒッポさん…!」
月の光の下から逃れるように、二人は出会った場所…浜辺の小屋へと向かった。