酔いに任せた事故のようなものだと思っていた。
それが最初から仕組まれたものだったと知ったのは、しばらく経ってからのことだ。
ノエルの持参した炭酸飲料を、勧められるままに手に取った。
酔うことは知っていたけれど、ちょっとした不良気分だった。
*****
顔が熱い。思考も熱っぽく、はっきりしない。
奇妙な感覚。立ち上がっても、平衡感覚が狂っている。
ぺたんと尻餅。バランスが保てなくて、うまく立ち上がれない。
目の前にはノエルの手。差し出されて、ある。
手を伸ばして、縋る。
途端、手応えが無くなった。
「ぅわっ」
押し倒されるようなかたちで、後ろにひっくり返る。
カーペットが敷いてあるから、強い衝撃はないはず。
分かっていても、反射的に目を閉じる。
そして、全身に、柔らかな衝撃。
ノエルの柔らかな髪が指先に触れ、唇にも、柔らかな感触。
────キス、された。
藍色の髪が鼻先を擽って、ようやくそのことに気付いた。
しばし呆然。それから、狼狽。
ノエルは優しく笑っている。
「ノエル!?」
「ふふっ、可愛い……。」
ノエルの目はどこか焦点がずれたようで、ふらふらと頼りない。
笑顔。見慣れたノエルの笑顔のはずなのに、何かがおかしい。
囁く声、甘い、ひたすら甘い。違和感は背筋を這い上がる。
そしてまた、唇を奪われた。
抵抗できない。酔うと力が出ないんだ、ということを知った。
「んふ……」
「んむ、っ」
長いキス。
脳に酸素が行かない。息苦しい。
頭が白っぽく、何も考えられなくなる。じんじんする。
流し込まれる。混ざる、唾液。飲み下す。溢れる。口元。苦しい。むせかえる。
唇を離した。
「げほ、げほっごほっけふ、がっ……はぁ、はぁ……けほっ」
盛大に咳き込んだ。心配そうな顔をしてノエルが見ている。
じんじん。もう唇は離してるのに?頭がじんじんしている。
いや、違うな。頭だけじゃない。身体中が、じんじんする。
じんじん。じんじん。じんじん熱い。
「……熱い……」
知らず知らずのうちに、呟いていた。
ノエルは優しく笑っている。
「あら、暑いの?」
「誰のせいだと────!?」
言いかけてそのまま、身体が強張る。
素肌に冷たい指が触れていた。その指が、脇腹を撫で上げて。
じんじんする感覚が、瞬間的に膨れあがった。
「冷たくて、気持ちいいでしょう?」
「うあ……っ!?」
ゆっくりと脇腹を撫でられるだけで、背筋がぞくぞくと疼く。
じんじんする熱びりびりと、今にも噴きこぼれそうな感覚に囚われる。
一体何回ぐらい指は往復しただろう?
お腹の底に、じんじん、びりびり、ぞくぞくが溜まっているのが分かる。
頭はまた白っぽくなってるけれど、キスの時と違う感覚。
追いつめられている感じ。敵と対峙した時の緊張感にも似ている。
苦しい。
どうにかしたくて、深く息を吐く。吸う。
けれど、追いつかない。不安感。不安定感。
「ノエル……私っ……どうにかなって、しまいそう……だ……!」
ノエルの背中に縋りつく。必死で声を絞り出した。
身体に起こっている何かが、不安でしかたない。泣きそうになってしまう。
ノエルは優しく笑っている。優しい声。私に尋ねる。
「どうにか、って。どんな風に?」
「なんだか……身体が、あ、熱くて……せつないんだ……っ!!」
「本当に、可愛い子……」
不安な感覚はますます膨れあがる。喉が引き攣れて、声が出にくい。
「なん……だ……コレ……っ!」
その『せつなさ』が、感情の働きではないということ。
だからこそ、怖い。心と身体が、ばらばらに引き裂かれそうで。
「ノエル……わ、たしの身体、おかしいよ……」
小さく笑ったノエルの息が耳に触れた。その感触に反応して、身体が震える。
一際強く抱き寄せられた。耳元にノエルの囁き。ぞくぞくする。
「女の子はね、スイッチが入ると全身どこでも感じるものなのよ。」
「────っ!?」
「いいわ、イきなさい」
ノエルが耳を噛んだ。
感電。
「ひぃ、あぁあんっ!」
私は、崩れ落ちた。
心臓がどくどくどくどくと音を立て、身体は糸が切れたみたいになったけど。
まだ、満たされていない。
乱れた息を静めるにつれて、はっきりしてくる、あそこのじんじんびりびり感。
そんな風になることがある、というのは聞いたことがあった。
けれど、自分の身体にもそんな感覚が眠っていたなんて。
「はあ……っ、はぁ、はあ……」
「大丈夫?」
ノエルは肝心な部分に触れてもいないのに。
それとも、触れてくれないからなのか。
そこが熱くて熱くて、我慢できなくなってくる。
「……ノエル、足りない、なにか、足りない……っ……」
「リナ……発情、してるの?」
発情。そうかもしれなかった。
だらしなく口は緩んで、涎すら零れている。
ノエルの指が、私の髪を梳いた。
またぞくぞく感は溢れてくるけど、それだけ。
じんじん熱い所は、そのまま。
「ほんとに……これ、どうしたら、治まるんだよ……っ!」
もどかしくて泣きたいくらいだ。
太腿を擦りあわせる。
触って欲しいなんて、言えない。
自分で触るわけにもいかないのに。
あそこがうずうずしてうずうずして、どうしようもない。
「リナ?何をそんなにもじもじしているの?お手洗いに行きたいの?」
「ちっ、違う!────ああっ!?」
「だって、ここはこんなに濡れているわ。」
────ちゅくり。くちゅ、くちゅ。
突然、強引に下着の中に入り込んだ指に、掻き乱される。
盛大に水音が立てられた。
待ち望んでいたというのに。
恥ずかしい。恥ずかしい。
ノエルの顔を直視できなくて、それでも少し様子を窺う。
澄ました表情。それは確信犯の顔だった。
「あ、ああぁあん!」
刺激が強すぎる。
吐き出した息に、声帯が震えて声になってしまう。
高い、変な声だ。自分の声じゃないみたいな。
「のえっ、つよい、つよ、すぎっ!」
とくとくと鳴っていた出っ張りを摘まれて、指先で転がされているのが分かる。
だけどその感触は本当に鋭くて、痛みすれすれのもので。
腰が、ひくん、と何度も何度も跳ね上がって。
必死で、ノエルの首に抱きついて。
足を閉じようとしても、割り込んできた膝はそれを許してくれなくて。
「そ、んな、したらぁ、へんに……なぁっ!」
思考はぐちゃぐちゃ。
呂律が回らない。
涎はこぼれっぱなしだし、いつの間にか、すすり泣いていた。
『ひっ、く、ひっ……くあ、あぁっ!あ、っく、ひぃっ、く、』
でもその声はすごく遠く聞こえて現実味がなかった。
感覚が、弄くられている一点に集中して、痛いようなきゅうんとした痺れが身体中を強張らせる。
「ひっ、く、ひぃ……」
酸素、足りない。息、できない。頭がぐらぐらと、焦燥。
ああ、まただ。追いつめられてく。横隔膜、痛い。
そろそろ限界?
きゅうん、と尖って。
「ぁうんっ、あ、ああっ!!」
そのとき、ノエルの顔、一瞬だけ、泣きそうに歪んだ。
────なんで、そんな表情?
浮かんだ疑問も、がくがく跳ねる身体に押し流され、消えていった。