「はい、お水。」
「……ありがと……。」
冷たい水の入ったグラスを手渡された。
ひどくだるい身体に、冷たい感触は心地よかった。
けれど、醒めてきた頭で状況を再確認するにつれて、居心地の悪さが増してくる。
自分がどんな声を上げたか、とか、どんな風に反応したか、とか。
覚えていたくもないのに、はっきりと記憶に焼き付いてしまっていた。
思い出して、恥ずかしくて、頬が熱くなる。
「可愛かったわ。」
不意にノエルが呟く。それは、ぽろりと零れた本音のようにも思えた。
私はますます赤くなった顔を伏せて、ありったけの虚勢をぶつけた。
「!!違う、その、私はっ……!の、ノエルがあんなこと、するからっ!」
「あんなことって、何のこと?」
「あんな……い、いやらしいコトだよっ……!まったく、何てこと、するんだ!」
「気持ちよかった?」
「そんなっ!そんなわけ、な、い……。」
本当のことを言うと、ものすごく、気持ちがよかったのだ。
声が小さくなったタイミングを狙いすましたかのように、優しく頭を撫でられる。
見透かされてる、と思った。
さっきみたいなぞくぞくも何もない、優しい感触。
ノエルは相変わらず優しく笑っている。
けれど、どうしても聞けなかった。
『どうして?』と。
ノエル、貴方はどうしてこんなことを?
そればかりが疲れた脳に渦巻いて、私はいつしか眠りに落ちていた。
夢を見た。
昔の夢だ。
私とノエルが、何の屈託もなく『親友』だった頃のこと。
無力だった私の、苦い記憶。
『この裏切り者!』
かれんが言ったこと。
突き刺さったままだった。
ノエルの優しい笑顔────
「どうして、……!」
自らの声で目を覚ました。
既に部屋にはノエルの姿はない。
「どうして、か……。」
聞けなかったのは、心にある罪の意識のせいだ。
こんな私にも、優しく笑ってくれる。
「許される資格なんて、ないのにね。」
私の顔に浮かぶのは、ノエルの笑みとは対照的な自嘲の色ばかりだった。
「服、脱ぎなさいよ。」
ベッドに腰掛けて、言い放つ。
やや面白がっているように見えるかれんの前で、私は躊躇っている。
私は、もちろん従わないわけにはいけないのだが。
恥ずかしいことには、変わりない。
あの日、虚脱している私を残してかれんは去っていった。
耳元にこう囁いて。
『あたしが呼んだら、部屋に来るのよ』
そして今日、改めて呼び出されたのだ。
あの時は服を着ていたから、こういう風に身体を見せるのは初めて、ということになる。
シャツのボタンを外した。
ズボンのベルトも緩める。
それで、どっちから脱いだ方が恥ずかしくないか考えてみたけれど、全部脱ぐんだったら一緒か、と諦めた。
シャツから腕を抜いて、床に落とす。ズボンも同じようにする。
ベルトの金具が床に当たって大きな音を立て、少し驚いた。
ここまできて、手が止まった。
かれんは遠慮無くこちらに視線を向けているし、時刻はまだ昼過ぎだ。
カーテンは閉じてあっても、明るい日差しは容赦なく布地を通って入ってきている。
下着姿の今でさえ、こんなに辛いというのに、それを自分で取り去るのは。
「どうしたの?いまさら脱げないなんて言うわけ?」
「恥ずかしい……んだ……」
「そう、ならいいわ。」
かれんは一瞬顔を顰めたが、思ったよりあっさりと引き下がった。
────わけではなかった。
立ち上がったかれんに腕を強く引かれ、私はベッドに倒れ込む。
「着たままでしてあげるから。」
どこで入手したのか、革製のベルトのようなものを取り出してくる。
同じ側の手首と足首をまとめて拘束された。
今の状態でも相当恥ずかしいというのに、かれんはさらなる暴挙に出た。
ブラを無理に胸の下まで引き下ろす。
相当な圧迫感のなか、胸のふくらみは強調されて上を向かざるをえない。
「うわ、ちょっと、何をするんだ!?ああっ!!」
それだけではない。
パステルグリーンの下着の、股布の所だけを横にずらされた。
他人の目に触れさせたくない所をむきだしにする体勢。
しかも、下着をつけたままなのに、肝心の所は隠すどころか強調されてしまっている。
顔に血が上った。
顔だけじゃない、かれんの視線に晒されたそこが、熱い。
これでは、本物の変態みたいじゃないか。
「恥ずかしい……なんて、格好だ……」
「あんたが脱がないって言うからじゃない。ただの裸よりよっぽどいやらしいわよ?」
「い、言うなっ……!そんなコト、言わないでくれ!」
「いいわ、今日はまだこれからだから。その格好で、待ってなさい。」
そう言って、かれんは唐突に姿を消した。
「待ってくれ、このままにして行かないで!」
誰かが来たらどうする気だ!
廊下を通り過ぎる足音に、息を殺した。
かれんはそんな不安が頂点に達した頃、戻ってきた。
一番に抗議をしようと思ったけれど、できなかった。
「かれん、それは、なんだ?」
しばし間があって、ようやく、聞くことができた。
かれんは先刻と変わらず、着衣にも変化はない。
ただ一つの変化は、腰に装着された、黒い革ベルト。
ベルトのちょうど股間にあたる部分に、黒い────おそらく、男性器を模した物体。
「まさか、それで、私を……?」
「そう。今日のメインディッシュよ。」
言葉の感触とは裏腹に、冷たい色の瞳。
服を脱ぐよう命じていた時とはうってかわって、義務的ですらある。
血の気が引いた。
それは、身体の中に収めるには、どうみても大きすぎる気がした。
「無理だ!そんな、大きいモノが……入るわけ、ない!」
「入らなくても、入れるだけよ。」
声の冷徹さに、竦んだ。
「頼む、やめて、やめてくれっ!」
かれんは無言で腰を掴むと、一気に。
入って来た。
激痛。
みちり、と音がした。
裂けた。
「ぐ、がああぁあっ!!」
入り口の膜が痛い。
奥に突き当たる先端が痛い。
無理に擦れる粘膜が痛い。
痛いから、力が入る。締め上げてしまうのが、痛い。
激痛に、涙が滲む。
吼えた。
「ぁがあああぁあ!」
「痛い?あたしは何にも感じなくて、つまんないんだけど。」
かれん自身は本当につまらなさそうな、冷たい表情のままだったけれど。
「ひぃい、いいいぃ」
「なかなかスムーズにはいかないわねぇ。」
喉が引き攣って声にならない。息を絞り出すのがやっとだ。
がつん、がつん、子宮の入り口まで強引に叩きつけられる物体。
「射精する訳じゃないし、どこで終わらしたらいいのか分かんないのよね。」
「おねが……い、だ、抜……て、ぬいてぇ……!」
「ダメよ。……あんたも思い知りなさい。犯される痛みってものをね。」
『あんたも』?
どういう意味だ?
訝しげな表情になったのが分かったのだろう。
かれんの冷たい表情が、一瞬にして怒りに染まる。
「あんたねぇ……!」
押し殺した声で怒鳴られた。
「ノエルが……監禁されてる間、ただ放っておかれたとでも思ってるの!?」
「あ……っ」
はっとした。
ひどく漠然と、監禁生活の辛さを思っていただけだった。
そう、誰もそこには触れはしなかったし、ノエル自身も何も語らなかったけれど。
「捕まってたのがあんたならっ!ノエルは……っ!」
腰を掴む手に力が入ったのが分かった。
かれんが腰を叩きつけ────
がつん!
目の奥に、火花が散った。
「うああぁぁあああっ!!」
「もっと哭きなさい!ほらっ!」
がつん!がつん!
二度、三度と、突かれるたびに息が止まって、目蓋の裏が白っぽく感じられる。
痛いのと、お腹の中が突き上げられる感触が混じって、気持ちが悪い。
何か鈍くて重いものが、溜まってゆく。
何だ、これは?
そんなことを考えた一瞬の現実逃避を打ち壊すように、また一撃。
がつん!
「ああぁああっ、あぁんっ……!────!?」
うわずった声が出た。
ぐい、と髪を掴まれる。
見上げて目を合わせてしまったかれんの表情が、憎々しげで嬉しそうで、怖かった。
「……呆れた。あんた、こうやって犯されるのがいいわけ?」
「んなっ……きもちよ……っないっ、痛いぃっ……!」
掴まれた髪は痛かった。
けれど、あれほど激しいと思った結合部の痛みは、ずきずきとした鈍痛に変わっていた。
傷口のずきずきと、突かれるリズムが妙に合致して、何かがおかしい。
がつん!がつん!がつん!がつん!
勢いに押された身体がずり上がって、ヘッドボードに頭を打った。
叩きつけられる腰から逃げる術がない。
あそこから頭まで、衝撃が直に通り抜ける。
「かれ、こ、われる、こわれ……っしまうっ!!」
「ほんっとに、壊してやろうかと思うわ。……でも、まだダメ。」
────もっと、苦しめてあげるんだから。
胸焼けしそうなほど甘い囁きだった。
めちゃくちゃに、される。
震えがおこった。
かれんが、本当に怖かった。
身体が強張ったのを見計らってなのか、かれんが腰を掴んだ。
引きずられた。ベッドの下方に位置を修正される。
その拍子に、お腹の中でそれが変則的にぶつかった。
ずん、と鈍い痛みのような、なにか。
声が出た。
「ああぁあっ!?」
がつん!
まただ。鈍痛?
抜き差しされる動作の、一つ一つのうちに、身体の奥のなにか大きな塊が膨れてゆく。
「いやぁ、いやだぁっ……いたい、からっ!」
「嘘よ。痛がってる顔してないじゃない?」
「おく、あたってぇ……きもち、わるいぃ……っ!!」
激しいノックになにかがこじ開けられようとしている。
涙が流れ続けている。
荒削りすぎて、快感とは呼べない。
それでも、何もかも消えてしまいそうな不安感は、似ていた。
それは、今の状況において、怖いものでしかなかったけれども。
「ぁうっ!?」
急な刺激に思わず悲鳴を上げる。
小さな突起がかれんの指で押しつぶされていた。
だけど、それをきっかけに、感覚が、痛み以外の方角に転じるのが分かった。
「乱暴にされるのが、好きなんでしょ?」
「ち、がぁっ、やっ、やぁん!」
「変態。マゾ。」
裏腹に、自らの声は甘く。
がつん!がつん!
脳裏に火花のイメージ。
震えが止まらない。
涙が止まらない。
かれんから逃げたい。
お腹の底からうねり始める。
消えて無くなりそうなのに、すがりつくものがない。
「はぁっ、いやあ……こ、わい……ぃっ!」
「怯えなさい。哭きなさいよ!」
「ぃやだぁッ!や、やんっ……やあああぁんっ!!」
ひくん、ひくん、びくん、と身体が反って。
白い闇に堕ちた。
「リナ。」
「ひっ!」
かれんが頬に触れて、私は硬直する。
反射的に身体を丸めた。
私はまだ、縛られたままで。
あそこが痛くて。腰もぜんぜん力が入らなくて。
かれんが怖くて怖くて仕方ないのに、この場から逃げ出せない。
いったんは止まっていた涙と震えが、またぶり返してくる。
「嫌だ……もうやめて、嫌っ、嫌だぁ!」
「まだ何もしてないじゃない。」
かれんが頬をなぞるように動かしながら言う。
ぞくぞくと背筋が寒いのは、戦慄しているせいだ。
「あたしが何かすること前提?それって、して欲しいわけ?」
「ああっ、違う、違うよっ!」
表情はよく見えなかったけれど、憎しみのこもった視線に射られているのは分かる。
それだけで、凍り付きそうになる。
「アンコールにお応えするわ。」
縮こまった身体をかれんの手が掴んだ。
抵抗したけれど、あっさりと体勢を変えられてしまう。
膝と顔だけが支点の、窮屈に折り曲げられた身体に、高く突き上げる格好になったお尻。
後ろに回ったかれんが視界に入ってこないことが不安で、身体をひねって暴れる。
途端に静かな声で脅される。
「大人しくしなさい。それとも、また痛い目に遭いたい?」
何かが入り口に触れる感触があった。
鳥肌が立って、かれんに突き込まれた黒い物体の質量を思い返す。
吸い込んだ息が、ひぃ、と乾ききった喉を鳴らした。
「さわらないでっ!い、痛いのは、いやだっ!」
「それなら、言うこと聞きなさいよ。」
「聞くよ!かれんの言うこと、なんでもきくからあっ!」
「仕方ないわね……」
触れていたものが離れて、安堵した。
それも束の間。
唐突に、強引に。
ずぶり、と全部────入った。
「ああっ!!か、れっ、なんでぇっ!?」
「気が変わった。あんたが泣き叫んでる方が気分いいし。」
「またぁっ、いたい、ったいぃ……!!」
さっきみたいに叩きつけられてはいない。
がっちりと固定されている。大きく揺さぶられている。
内臓まで掴まれて引かれているみたいに感じる。
「いやあ、かれんっ!いや、いや、ゆるして、ゆるしてぇっ!!」
「だから、泣き入れたって許してあげないって。」
また、力任せに叩きつけられるんじゃないか?
そう思うと、怖くて抵抗もままならない。
涙がぼろぼろこぼれて、鼻の奥が痛い。
プライドも何も、残っていなかった。
「ごめっ、んなさいぃ……!あ、あやまるからぁっ、も、やめ、やめてくれぇっ!」
「そんなに言うんなら、そうね……動かないでいてあげるわ。」
そう言ってかれんが動きを止めた。
突き壊されるんじゃないかという恐怖は和らいだ。
けれど、中で暴れられている時よりも、その質量を意識してしまう。
「はぁっ、────ふうっ」
圧迫感が息苦しい。大きく息を吸った。
その拍子に、きゅうっと力の入ったあそこが、快感を訴えてくる。
あわてて力を抜いたけれども、ひくひくが連鎖して止まらない。
「んっ、く、ふぅ、んっ!?」
少し落ち着いた呼吸が一気に乱れて、声帯を震わせた。
顔をシーツに押しつけて、声を殺しても、快感を求めてひくつく身体は歯止めがきかなくて。
「腰、動いてるわよ」
つっけんどんな言い方ではっと気付く。
いつの間にか、かれんに擦りつけるように腰を動かしていた。
「っ、なっ、そんなっ!!……なんで、ぇ!?」
「笑わせてくれるわね。いい格好よ、プリンセスの尊厳もあったもんじゃないわ。」
「ああっ、そんなっ、言わないでっ!!ききたくなぁ、……っ!!」
恐怖に消し飛んでいた羞恥心が、戻って来た。
こんな格好で、私は何をしてるんだ!
恥ずかしくて、消えてしまいたくなる。
そこに追い打ちをかけるように、かれんの言葉が浴びせられた。
「自分が何してるか分かってる?腰振って銜え込んでるのよ。」
「────っ!」
何も言えない。
黙っていると、かれんが背中に覆い被さってきた。
無理矢理に耳元に唇を寄せてくる。
吐息が耳をくすぐって、ぞくぞくと背中が反り返る。
優しい声で問いかけられた。
「ねえリナ、気持ちいい?」
「っわからなぁ……っ、あっ、あ、あぅっ!!」
「そう。」
いままでにない穏やかな調子の声に、心が緩んだ。
「だけどあたしは、あんたを気持ちよくさせてやる気はないの。」
「!!────うがあああぁあああ、ああ、あ、あぁあ!!」
がつん!!
ノーガードで食らったカウンター、とでも言うべきだろうか。
はらわたを破られるような一撃だった。
「ひいぃいい、ひ、ひっ、ひぃいっ!!」
焼けた鉄の杭を打ち付けられてるんじゃないのか?と疑う。
熱い。
痛い。
かれんのくすくす笑いが耳を掠めた。
犯し殺される!
止まらない、がたがた。
「た、すけ……ぇ……ち、あっ!!)
自分の泣き叫ぶ声が遠ざかってゆく。
こんな時に。こんな時だからか。
考えているのは彼女のこと。
……たすけて、るちあ。