「リナ!どう、具合は?」
「大丈夫、とはとても言えないな……悪いけど、水を持ってきてくれないか?」
「うん、ちょっと待っててね。すぐ持ってくるよ!」
ぱたぱたと走り去っていく後ろ姿を見ながら、一息つく。
るちあには余計な心配をかけたくない一心で、辛うじて平静を装えている。
実際の所、痛めつけられた身体はひどい状態で、寝返りすら打ちたくない。
腹筋に力を入れようものなら、涙が滲むほどの痛みがある。
おまけに、体力の限界を超えたせいか、高熱が出てしまっている。
かれんに手酷く犯された記憶は、恐怖感を伴って脳裏に焼き付いている。
けれど、その後の記憶がはっきりしないのだ。
自室に帰ろうとでもしたのか、廊下で力尽きている所をるちあに発見されて今に至るらしい。
「はい、お水。」
「ありがと。」
るちあは、何も聞こうとはしなかった。
私がなぜ廊下で倒れていたのか。
顔に涙の跡があるのも、見ただろうに。
「……すまないな、心配かけて。」
「そんなこと気にしなくていいから。リナはあたし達の大切な親友だもん!」
「親友、か。」
心の痛む一言だった。
「あれ、どうしたの?苦しい?大丈夫?」
表情にそれが出ていたらしく、るちあが少し慌てた様子になる。
「……熱があるからな。少し、眠るよ。」
「わかった。何かあったら声かけてね。それから、」
伸ばされた手が髪に触れた。
危害を加えられることはないと頭で分かっていても、身体は怯えて強張る。
「リナも、苦しい時ぐらいは甘えていいんだよ?」
よしよし、と頭を撫でるその笑顔に、身体の緊張が解ける。
るちあの手が温かかった。
「ああ。……そうするよ。ありがとう、るちあ」
何とか笑顔を返して。
るちあが部屋を出て行ってから。
「うっ、うう、っく、ひっく、ひっ、ひ……っく……」
私は泣いた。
ノエルに抱かれてから、身体がおかしい。
パジャマの布地の上から分かるほどに、胸の先端が固く尖っている。
身体全体が熱っぽくて、覚醒しているような、ぼうっとしているような。
「くそっ……なんでこんな……っ」
原因は分かっている。
あの行為を反芻するような、夢のせいだ。
ここ数日、毎晩続けて見てしまっていた。
『あ、ああぁあん!』
耳をふさいでも、記憶に焼き付いた声は止まらない。
一度逃げていった眠りの気配は、そう易々と戻ってはこない。
身体がじくじくと熱された状態。
昨日も一昨日もこんな風に目が覚めて、それから眠れなかった。
さすがに、こう睡眠不足が続いては日常生活に支障が出る。
「はぁ、はぁ……自分でどうにかするしか、ないか……」
纏まらない思考を、言葉に置き換えて整理してみる。
どうにかする、ということは。
どうしなきゃいけないか、知っている答えを呟いてみる。
「じ、自分で……触る、のか……」
誰かが見ているわけではないというのに恥ずかしくて、ひどくためらう。
「一回、すれば……治まるはず、だが……うう……」
意を決してパジャマのズボンをずらす。
指先で触れてみると、予想以上に下着が湿っていた。
じっとりと重くなった感触が不快だ。
少し考えて、それから湿った下着も全部、取り払ってしまう。
お尻がシーツの布地に直接当たって変な感じだ。
「確か……ノエルは、ここを……」
指先で出っ張りに触れ、押してみる。
その途端、ぎくん、と身体に力が入って驚いた。
仕方なく、軽く撫でるようにするけれど、それではもどかしさばかりがつのる。
「ぁつっ!」
いつの間にか指に力が入りすぎていた。
強すぎる刺激は痛みと紙一重のものだ。
もう一度、痛くないよう気を付けて、ゆっくりと擦り上げる。
びりびりきた。けれど、今度は痛くない。
目を閉じて、感覚に集中する。
なるべく何も考えないようにする。
早く終わらせてしまおう、と思った。
「くっ、はぁっ、く、ふぅっ」
息を殺して小さく喘いだ。
溢れてきたぬるぬるを指先に絡めて動かす。
湿った音がくちゅくちゅと響くのが聞こえるけれど、今は気にしない。
気にしていられない。
「ぁ、んっ、んんっ、くうぅんっ……!」
身体が反り返る。
つま先まで伸びきった足が疲労感を訴えてくるけれど、止まらない。
いつの間にか、きゅんきゅんする快楽を追い求めることに夢中になっていた。
理性が私を叱咤する声が聞こえる。
とにかく早く終わらせてしまえ。気持ちよくなるのが目的じゃないんだぞ!
そうは言っても、身体に感じる快感は否定できない。
「────っ、んうっ!」
もう少し。もう少しだ。
この感覚からの解放を予感し始める。
その時だった。
がちゃり、とドアノブが回って。
完全に硬直した私に、部屋に入ってくる人影。
逆光で顔は見えないけれど、シルエットで分かる。
「ノエルっ……!?ど、してここにっ!?」
「あなたの声が、聞こえたのよ。」
「!!」
そんなに大きい声が出ていたのか!?
そのことに衝撃を受けるけれど。
「なんだか大変そうね?」
「あ……ああっ!!やだっ!見るなっ、見ないでくれぇっ!」
にこやかな表情のノエルに言われて、もっと大きな衝撃。
私の格好。
パジャマの上はスナップボタンが弾けてしまって、胸があらわになっている。
ズボンも下着も着けていない。
その上、指はそこに這わせたまま。
────弁解のしようがない。
次の瞬間、無言のまま布団に凄い勢いで頭から潜り込んだ。
0,何秒か遅れで顔が真っ赤になるのを感じる。
「ばかばか、ノエルのばかやろう!!なんでこんな時にっ!!」
こんな所を見られてしまうなんて。
すでに恥ずかしさを通り越してパニック状態だ。
ばかばか、と連呼しながら、涙がぼろぼろこぼれてくるのを感じた。
ノエルが悪いわけじゃない、と思考は次第に自虐的になってゆく。
「ううっ……情けない……私は……」
顔を両手で覆う。
涙が口に入って、塩辛い味。海に帰りたくなった。
布団がそっとめくり上げられる。
ノエルの気配。
膝を抱えて丸まって、背を向けたまま私は動けない。
やけっぱちで呟く。
「もう……放っといてくれよ……っ」
何も答えないノエル。
沈黙に惑ううちに、背中にひんやりとした指が触れてびくりとする。
「なに、を、すっ……!?」
「まだ……イってないんでしょう?あなたは。」
他人に触れられる感触に、凍り付いていた性感がもう一度燃え出すのが分かった。
頭がぼうっとする。
ああ、そうだ。まだ、終わってなかったんだ────
「ひゃっ!」
いつの間にか捕らえられていた右手の指先が、ノエルの唇に銜えられている。
味わうように舐め回す舌に、瞬間、私は心まで犯されていた。
「リナの味。いやらしい味。」
ようやく私の指を解放したノエルの言葉に、あっ、となった。
右手の指先は、さっきまで。
「ああっ……なんで、んなっ……恥ずかし、っこと、言う────」
言いかけで唇を奪われる。
絡められた舌先に残る、わずかな塩分。
海を連想させて、どこか懐かしい味。
そうして私は、初めて自分の体液の味を知った。
「いやらしい味、するでしょう?」
「っ、んなの、しらなぁ……っ!!」
そんなところ触られながら、答えられるわけがない。
なぞり回されているだけで太腿に滴り落ちる、この液体の味なんて。
いやいやをするように頭を横に振ると、摘まれた突起がきゅうんと悲鳴をあげた。
「ああぁあっ!?また、そこ……っ?」
「さっきも、ここを触っていたのよね。気持ちよくなりたいの?」
「ばっ……!そんなコト!い、言えるわけないだろっ!」
ノエルが残念そうな表情をするのが見えた。
それは本気なのか演技なのかは分からないけれど、どちらにしても意味するものは同じ。
あっさりと手を離したノエルが立ち上がる。
「そう、残念ね。おやすみなさい、リナ。」
この状況では、皮肉にしか聞こえない台詞だ。
ノエルは立ち去ろうとしている。
考えた。
私は、今度こそ一人で処理をすることになるだろう。
けれど、ここまで煽られた身体は、収まりがつかないんじゃないだろうか。
なんて、理性が並べ立てる建前をよそに、今はっきりと思い知ったことがある。
私はあの夜以来。
本当は、すごく期待して。
ずっと待っていたんだ。
快感がとろかすものは、身体だけじゃない。
思考まで、どろどろに熔けていた。
「ノエルぅ……」
声をかけたけど、聞こえないふりで立ち止まってはくれない。
追っていきたくて、立ち上がろうとするけど、膝に力が入らない。
ぺたんと腰が落ちて、女の子座りになる。
声は掠れきっていたけれど、必死で呼びかける。
「いかないで……」
「どうしたの?」
振り返るノエルは、いつもと同じような優しい笑みを浮かべていたけれど。
その表情を見て知る。
ノエルもやっぱり、待っていたんだ。
すごく、期待していたんだ。
「いかないで!……きっ、気持ちよくして、ほしいからぁっ!!」
こんなことを頼むなんて、恥ずかしい。
けれど、もう止められない所まで来ていた。
どくどくと激しい鼓動。溢れ出すものは────
「いい子。よく言えたわね。」
頭を撫でてくれるノエルの手。
私は間違いなく、その感触に欲情していた。
「可愛いわ。」
耳元を犯す唇が囁く。
普段は聞けないような、低めの声が鼓膜を震わす。
たったそれだけで、腰にぞくぞくが走って。
溢れてしまった液体が、シーツに染みを作っていた。
「気持ちよくしてあげるから。」
脳が痺れるように、快感。
私を押し倒しながら伸ばした指が、疼く箇所に触れる。
同時進行のキスが、快楽を増幅させている。
「ん、ん、んっ、ふ」
ちゅく、ちゅくっ、ぴちゃ。
響く水音も同時進行で。
唾液の糸が顎をつたって流れた。
没頭し始めていた私を引き戻したのは、ノエルの指の不穏な動きだった。
「それ……っ、どこにっ!?」
思わず声を上げた。
指先が、奥に入り込もうという気配を見せたのだ。
ノエルが今まで触れていたのは、外側だけ。
内部には、他人はおろか、自分さえも触れたことがない。
というより、そんなところに指を入れるということ自体、今まで考えてもみなかった。
「ノエル、待って!そ、そんなトコに指なんて、入んないぞっ!?」
「大丈夫よ。痛くしないから、力を抜いて。」
気持ちよくしてあげるから、と囁かれて、身体からくにゃりと力が抜ける。
そうだ、私は自ら望んで今ここにいるのだ。
ノエルを信じて、身体を預けるしかない。
細い指が、私の中に入ってくるのが分かる。
ぬるり、と滑り込んだ指の感触に、あそこがひくついた。
「熱くって、とろとろ。」
感想を述べられて、赤面するけれど。
次の瞬間、急に動かされた指に、恥ずかしさを感じる余裕をなくした。
「あっ……あ、あっ……あ、あ、あっ、んっ、ん、んんっ!?」
くいっ、と内壁を擦り上げられるたびに、自然と声が出る。
口を塞いでも、音が少しくぐもるだけ。
意識して殺せない声。
それは、身体の内から溢れる歌みたいで。
「……なにっ、これぇ!?なんで、とまんなっ、のぉ!?」
「女の子は、感じるとそうなるものなのよ。」
一般論であしらわれた。
「っなこと、いわれ、たってぇ、ヘンだよっ、これっ!」
「変になってもいいじゃない。だって、気持ちいいんでしょう?」
息が詰まって声が出ないから、こくこくと何度も頷いた。
いい子ね、と優しく囁かれる。
髪を梳かれるように撫でられて、また気持ちよさが膨れあがる。
「あ、ああっ、ノエルっ、ノエルぅっ!」
ちゅぷ、ちゅぷ、ちゅぷ。
規則正しい音を立てながら、抜き差しされる。ノエルの華奢な指。
あんな細い指先に、これほどまでに翻弄されてる。
がくがくと力が抜けてゆくけれど、そこだけはきゅっ、きゅっ、となっている。
「ふわぁっ、ひゃ、あんっ!!」
不意に動きを変えてぐちゅぐちゅ掻き回す指に、ソプラノで歌わされる。
どうしようもなく追いつめられている感覚。ノエルの頭、かき抱く。
これ以上ない、と思ったところ以上まで追い立てられる。
自分の存在さえ不安定になる。
「あぁっ、わ、たしぃっ!きえちゃ……っよぉっ!!」
「大丈夫よ、私がいるから。」
喉元を言葉と吐息が撫ぜてゆく。
その感触は快感神経と直通で、私を崖っぷちまで追いやるけれど。
言葉にすごく安心した自分がいる。
「そう、あなたは私の……大切な、親友だから」
そう言ったノエルの指、私を抉って。
「ああっ、あ、ぁひぃい、ああぁああっ!!」
私のすべては、根こそぎ持って行かれた。
*****
呼吸がようやく落ち着いてきた。
私はしわくちゃのシーツに顔をうずめたまま、ぐったりとして動けない。
髪が汗ばんだ身体に張り付いて鬱陶しいけれど、振り払うのすら億劫で。
なにより、精神的な消耗が激しかった。
思い返したくもないのに思い返される、行為のこと。
熱に浮かされた状態から醒めてみると、自分がどれだけ乱れていたが分かって辛い。
同時に、羞恥心をなくしたわけではなかったということに、少しほっとしてもいた。
「なにやってんだ、私は……」
深い、溜め息を吐く。
「はぁ……あんな姿……もう、忘れてくれ……」
「忘れろって言われても、ねえ?」
「私の方が忘れてしまいたいくらいだ……」
忘れてしまいたいことと、忘れられない言葉。
大切な、親友。
「親友、か。」
ノエルに対して、恋愛感情はないことは分かっている。
それでも、近くにいたいし、とても大切な存在だと感じている。
それならば、波音に同じことをされたらどうするか、と言われたら────
波音はいい奴だし、いつまでも親友でありたいと思っているけれど。
私は死んでも抵抗するだろう。
そもそも、抱かれてしまった以上、親友なんて呼べるのか?
「ノエル、私はまだ……貴方の親友かな?」
「もちろん……あなたは私の大切な、親友よ」
それ以上の答えはない。
私はまた考える。
あの時、親友との絆を断ってしまったのは、私の方だった。
けれど、こうしている間は、ノエルとのつながりを感じていられる。
ノエルが求めてくる限り、私は何も聞かず、こうして『親友』でいようと思った。
「いま、何時?」
「4時……4時、12分。」
「また、睡眠不足か……」
「少しでも寝た方がいいわ。学校があるでしょう?」
そう思うのならすこしは配慮してくれ、という突っ込みは控えて、大人しく頷いた。
今度こそ、おやすみなさい、と言葉を残してノエルは去っていった。
一人になった私は、もう一人の『親友』のことを思い出す。
『親友』を好きになってしまったら、どうすればいいんだろう。
たとえばこんな風に、抱いて欲しいと思ってしまったら。
こんなこと、考えるなんて。
「ほんと、どうかしてるよ……」
いつまでも、親友でいられたらいいのに。
眠りに落ちようとする意識で、そればかり思っていた気がした。
悪夢に目を覚ますと、それはまだ悪夢の中だった。
そんな経験は以前もあった。
だから、そこにかれんがいるのを見て、思った。
これは、悪い夢の続きだ。
「かれん……!?どうして、ここにっ!」
「決まってるじゃない。あんたを、いたぶりに来たのよ」
当然のことのように言う台詞に、身体が震え出す。
怖い。怖くて、泣いてしまいそうだ。
だけど必死で堪えて、精一杯の虚勢でかれんを睨み付けた。
「来るなっ……!」
「声が震えてるわよ。あたしが、怖い?」
どん、と背中が壁に当たる。
いつの間にか後じさっていた身体が、壁際まで追いつめられていた。
スプリングを軋ませながら、ベッドに片膝をついたかれんが迫ってくる。
その肩を力無く押し返した左手は、あっさりと掴まれて動きを止めてしまった。
「あきらめなさい。あんたはもう、選べない。」
そう言って笑うかれんの顔を、見たことのある表情がよぎった。
その表情が示す感情が何だったか、思い出す間もなく。
かれんの手が伸ばされてくるのが視界に映る。
「い、やぁああぁあ……っ!!」
肩に手が触れた。
全身が硬直。思わず悲鳴。
(めちゃくちゃに突き込まれた。激痛。笑うかれん。『憎いの。あんたが。』)
いったん流れ出した涙は、自分では止めることができない。
しゃくり上げる私を、かれんは眉間に皺を寄せて見ていた。
「いや……いやぁ……っ……く、ひっく、ごめんなさいごめ、んなさ、っく……」
誰に謝ってるかなんて、もう分からない。
そうえば昔、寝物語に聞いた海の魔物の話に怯えて泣いたっけ。
その時の感じに似ている。
子供みたいだ、とどこか遠くの方で思う。
けどどうしようもなくて、怯える感情のそのままに泣きじゃくった。
「うえ……っく……わ、たしを、いじめなっ、っく……でぇ……っ」
「……るっさいわねぇ」
苛立った声に言われて、私はますます萎縮する。
顎を掴まれた。
「ほんと、うるさい……」
「んぅっ……」
かれんの唇に塞がれて、泣き声も懇願もかき消される。
嗚咽が止まらなくて息が苦しい。なのに、呼吸できない。
────じゅく、じゅぷ。
湿った音が、ねぶり回される口の中で響く。
口の周りは零れた唾液でべとべとだ。
けれど、かれんは舌先の結合を解いてくれない。
唾液が気管に入りそうだ。
息ができない。
呻く。
「むぐ、ぅっ、ん……むぅっ!」
苦しい。
くらくらする。
ちかちかした光。
夜なのに。
夜明けなのか?
なんだか、景色が白く────
「ぷ、はっ」
唇が離れた。
力を抜いて。
大きく呼吸。
空気が甘い。
くらくらするのが治まらない。
まだ思考が戻らない。
かれんが近い。
あれ?
まただ!
「ん、ふぅっ……んむ、っ」
奥の奥まで探ろうとでもいうのか。
かれんは顔ごと、思い切り唇を押しつけてくる。
私の口の中、その舌に犯されてないところはないというくらい。
かれんの呼吸音がふーふー聞こえる。
肉食獣みたいだ。
獲物を骨までしゃぶり尽くす感じの、執拗なキス。
私の身体は、骨抜きになっていった。
今日のかれんは、どこかおかしい。
煽られて、腰の辺り、ぞくぞくする。
頭も、霞んでいる。
「はっ、はっ、はっ、はぁっ、はあ……っ」
解放されて大きく息を吐く。
思い切り泣いた後の奇妙に心地よい疲労感が、私の運動能力を奪っている。
かれんが目の前にいるけれど、目に入らない。
放心気味の私の耳に、音が聞こえてきた。
ぷちぷちぷちぷちぷち。
スナップボタンが弾ける音だった。
それでようやく、我に返る。
パジャマはかれんの手によって、前を全部はだけられていた。
続いて、下も。膝の辺りまでズボンが引き下ろされる。
「いや……っ!」
焦ってばたばたと暴れるけれど、思うように手足が動かない。
半端に脱がされた布地が、気付かないうちに拘束具と化していた。
がむしゃらにもがく私の喉のへん、胸、腰と脇腹。
ゆっくりだけど確実に、指先は下に降りてゆく。
嫌だ、嫌だ、痛いのは嫌だ!
唯一自由に動く頭を左右に振って、精一杯の拒絶を示す。
「いいから、ちょっと大人しくしなさい」
かれんの手が、お腹を降りきって。
「やだぁっ!」
乱暴な感触を予感して、ぎゅっと目を閉じた。
「え、あっ!?」
だけど、それは予期していたのと違う、優しい感触だった。
かれんの指にゆっくりと、入り口をなぞられている。
出っ張ったところをゆるやかに撫でられる。
「……んっ、ん、ああ……ッ?」
お腹にびりっとくる感覚が走って。
あそこが、じん、と熱くなる。
硬くなっていた反動のせいもあるのか、情けないくらい力が抜けきって。
怖いのに。
急に優しくされたら、身体が勘違いする────!
「だらしないわね。今までがたがた震えてたくせに、ちょっと触ったらもうこのザマ?」
「あ、あっ、あぁっ!!」
ぐちゅ、ぐちゅっ、と。
抵抗もなく突き立てられた指が音を立てるのを、呆然と聞いた。
かれんに恐怖する感情より何より、快感を求める本能の方が強いのか?
この身体は、なんて────
「淫乱。」
「っ!!」
心の中を読まれたみたいだった。
しかも自分が無意識的に避けて通っていた言葉。
こんな言葉で修飾されるなんて。
そう思うと背中に走る、ぞくぞく感。これは何だろう?
「あんた、ノエルにどれだけ仕込まれたわけ?」
「な、んのことっ……んぁあっ!」
格別に弱いところを探られて、声を上げる。
「ここをノエルに嬲られまくってヨガり泣いたんでしょ。」
「んっ……んなこと、ないぃっ!!」
なにも、そんな恥ずかしい言い方しなくても!
言われて、かあっと顔が火照る。
また、ぞぞっと背筋が撫でられるような感覚が起きた。
ノエルにも、本当はいつも弱いところを責め立てられて、それこそ泣くくらい────
言葉が引き出した記憶。
ひくりと震える私に、かれんの目がすうっと細められた。
「へえ。じゃあどうして、ここまで濡らしてるわけ?」
視線を下に落として、ようやく気付いた。
私のあそこから溢れた液体は、太腿とお尻をべたべたにしてしまっている。
それだけじゃない、パジャマの裾やシーツまで、あちこちを汚してなお、まだ流れ出してくる。
どうして、こんなに?
私の身体が、いやらしいから?
「言い返してみなさいよ。」
「う……」
「あんた、恥ずかしいこと言われて感じたんでしょ?」
「ちがっ、ちがっ……あぅ!」
「あたしが何か言うと、ここがひくひく動くのよねぇ?」
「うそだぁ……っ!」
「嘘じゃないわよ。さっきからあたしの指銜えて涎垂らしてるじゃない」
「ぅあっ、あぁあっ!」
もう一度、背中にぞくぞくが走った。
あそこが、ひくんとなる。
「それに、すごく女臭いんだけど。」
「んん……っ!?」
ざわざわする身体。言葉で、犯されてる。
ぬるぬるがたっぷりついた指先で、かれんは私の顔を撫で回す。
口元から鼻先にかけてなすりつけられた。
性を感じさせる独特の匂いに、嗅覚を刺激されながら思う────いやらしい匂いだ。
「こんなの、シャワー浴びたって落ちないわよ。るちあに言われちゃうかもね。」
さらに胸元を、ぬるりと指が横切る。
先端を摘まれて、けれどぬるぬるで滑って。
くりゅっ、ってなるその拍子に。
「『リナ、女臭ーい』って」
「やだあ……んっ……あぁあ!」
ぶるっ、と震えて。
私は、軽く達してしまった。
「言葉で虐められてイっちゃった?やっぱあんた、マゾ変態だわ。」
かれんに言われるけれど、なにか言い返せるような状態じゃない。
どうしよう。
じくじく疼く。
こんなんじゃ、治まらない。
なのに指は、ずるりと引き抜かれてしまう。
待てよ!さんざん煽っておいて、これで終わりなのか!?
なんてこと、言えるはずもなく。
「どうしたの?そんな物欲しそうな顔しちゃって。」
「う……」
反論できない。
見抜かれている。
「欲しいんでしょ?中をぐちょぐちょ掻き回されたいんでしょ?」
卑猥な感じに言われながらお尻の上、感じやすい腰の一帯を撫でられて、思わず仰け反る。
堪えきれず擦り合わせた太腿に、また垂れてきた蜜が絡んで快感を覚えてしまう。
だけど、その快感は、それ以上でもそれ以下でもない。
不完全燃焼の苦しみに、音を上げた。
「はぁ、はぁっ、かれん……なんとかしてぇ……っ」
かれんに向かってこんなこと、頼むなんて。
恥ずかしくて、情けなくて、辛いけれど。
今は身体の辛さの方がどうしようもなくて、なりふり構っていられない。
「なんとか、ねえ。何して欲しいか、ノエルに言うみたいに、ねだってみなさいよ。」
「そ、んな!で……できないっ……!……んむぅっ!?」
かれんの指が唇を割って押し込まれた。
私の体液の味。
上顎を擦り、歯茎をなぞり、唇をぬるつかせて出し入れされる指。
頭の芯まで響く水音。
内側から、確実に私を蝕む熱。
「どうなの?どうして欲しいか、言えば、いくらでも『なんとか』してあげるわよ?」
髪を梳かれる。
口の中を指で犯される。
ぬるぬるの太腿を撫でさすられる。
何をされても、ぞくぞくする。
もう、頭が真っ白だ。
欲望が囁く。
ほんのちょっと、恥ずかしい思いをするだけ。
それだけで、楽になれるんだ。
気持ちよくなれるんだぞ?
「かれん……」
かれんは何も言わない。ただ、私をじっと見ているのが分かる。
激しい羞恥に身体が焼かれるみたいだ。
それでも、ゆっくりと膝を立てて、とろけきったあそこを晒す。
目をぎゅっと閉じる。
大きく息を吸って。
言う。
「わ、たしの……おまんこ、ノっ……かれんに、してほしいんだ……っ」
ノエルに言わされた台詞を思いながら、現状から目を背けながら。
だけど、やっぱり、恥ずかしくてしょうがない。
それなのに、かれんはまだ、くれない。
こんな格好のままで、待っているというのに。
なんで?
まだ、足りないというのか?
お願いだ。
早く、早く、早く!
「おねがい、はやく、ぐちゃぐちゃにしてぇ……っ!!」
懇願はごく自然に、口から零れ出していた。
「ひあぁんっ!!」
待ち構えていたようなタイミングで、深々と指が差し込まれる。
わざとらしく呆れた声を出すかれんは、勝ち誇った表情だった。
「あんた……本物の淫乱ね。」
「いっ、いん……らん、ちがうぅ」
淫乱、とか、変態、とか、マゾ、とか。
何度も何度も、脳に刷り込まれる。
否定する声が掠れる。
────本当は、そうなのかな?
私はぼんやりと考える。
かれんに犯されて、あんなに怖いと思ったのに。
もうこんなに身体を開いてしまってる。
それって、私が、いやらしいから、なのか?
「リナのおまんこ、こんなに拡がりきって、ほら、指4本も銜えて。」
「ああん、いや、いや、そんなっ、ききたくなぁ……っ!!」
ぐぷっ、ぐぷっ、と。
激しく掻き回されるたびに、粘液の泡立つ音が耳に届く。
4本も?
私の身体、本当に淫らになってしまったのか。
恥ずかしいってだけで、こんなにも苦しくなるのに。
なんで、こんな、気持ちいい?
「あんたが、淫乱だからに決まってるじゃない」
そっか、私は淫乱なんだ。
私がいやらしい身体をしているのが、悪いんだ。
「そんな、とろけきった顔して。」
「あぁんっ、も、わけ……わかんなぁ……っ!!」
かれんの指が、中でぐっぐっ、と折り曲げられる。
お腹の内側から電気を流されてるみたい。
ついでのように出っ張りも摘まれて、きゅんきゅんびりびりが一緒くたになって。
もう、わけがわからない。
「あたしの指、すっごい締め付けられてるわよ?」
「だって、ぇ……あ、ふぁあっ……ひ、もちぃい……っ、からぁっ」
漏れ出す声は、快楽にとろけきった感じ。
身体の奥から奥から、気持ちよさが引き出されてくる。
どうしよう、これ。
限界が近いんだろうけど。
頭のピントがずれている。
喘がされる身体はここにあるのに。
灼熱の感覚は、ここにあるのに。
「も、だ、めだぁ……っ!」
世界が歪む。
狭まる視界に、かれんの表情を捉えて。
そして、意識が現実のラインまで引き戻される。
いつの間にか、かれんの表情が歪められていた。
初めて私を抱いた日のノエルみたいに。
かれん、お前まで、なんで、そんな顔、するんだよ?
私を、こんな目に遭わせておいて。
憎々しげに私に突き込んだかれん。
楽しげに私を弄ぶかれん。
おまえは、それで充分じゃないのか?
思考はすぐに遮られた。
耳元を舌でなぞられる音。
ぴちゃり、と。
指に同調して。
腰から脳まで突き上げる快楽。
今までにないほど大きい波を予感する。
人魚にはない感覚。
それがどういうものか、何となく分かった。
────溺れそうだ。
ぎゅっと握る、シーツ。
暴れる指。
喘がされる。
首を横に振る。
止められない。
びりびりとぞくぞくが。
がくがくとひくひくが。
一気に。
「あっ、あっ、あっ、ふわぁっ、あぁああっっ!!」
爆発。