麻郁は、校庭のベンチに1人座ってしょげていた。
いつもなら、3人で一緒に居る所だが、
今日は何故かそういう気になれない。
不思議な事に、他の2人も今日は麻郁の側に居なかった。
そんな所在なげにしている麻郁に、不意に1人の生徒が歩み寄る。
麻郁は影が伸び、誰かが自分の前に来た事を悟った。
そして、視線を上に上げる。
「…神城……麻郁君?」
声が麻郁にかけられた。麻郁が視線を上げると、
そこには眼鏡をかけた学校の生徒が立っていた。
両手に缶コーヒーを持ち、僅かにはにかみながら彼を見ている。
「え?」
と、麻郁は声を漏らし、
初めて出会う学校の生徒に自分の名を呼ばれた事に驚く。
しかし、何故だろう……初めてではない気がする……
そうだ、前にその生徒は何処かで見た事が……
「初めまして……になるのかな……
あんまり、まりえから話を聞いているもんで、
僕は初めましてって気もしないんだけど………」
そう言って、その生徒はやっぱり、微笑む。
麻郁は、まりえの事を話しに出されて更に驚いた。
そうだ、あの変な黄色い生き物……。
と、その時、麻郁は目の前の人を段々思いだす。
「横、いいかな?」
そう言って生徒は、麻郁のベンチの横に視線をやる。
麻郁も、断る理由も見つけられず、コクリと頷くだけだった。
「えっと……確か……先輩……でしたよね?」
麻郁は、恐る恐る相手の事を尋ねてみた。
すると、その生徒はコクリと頷いて、先に麻郁に缶コーヒーを渡す。
「えっ………」
「いいから、いいから……」
その生徒は、笑いながら麻郁に缶コーヒーを握らせた。
「僕は……草薙桂……って言うんだけど……」
そう言って、その生徒は自分の名前を口にする。
その時、麻郁はようやく彼が誰かを思いだした。
「あーーーーっ!!! みずほ先生の旦那さんっ!!!」
麻郁は、前に街でみずほ先生と一緒に歩いていた旦那の姿を
そこで思いだしたのであった。
その台詞に、今度は逆に仰天する桂。
「ちょっと、ちょっとっ!! そんな事、大声で言わないでよっ!!」
公の秘密事として、知られているその事に、桂は大焦りになった。
しかし、この学校で、みずほ先生が留年で年を取りまくっている
3年の生徒と結婚している話など、あまりにも有名な話なので、
誰もが知っている事であった。
何を今更な発言であったが、やっぱり桂としては3年生であるという
現実から、その事を大ぴらにしないでほしいとは思う。
無理だ。
みんながそう思った。
「あの……草薙……先輩……その……どうして?」
突然、彼が自分の前に現れた事に、訝しがるしかない麻郁。
そんな彼に、桂は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「えーっとさ……みずほ先生に……
神代君が何か話しにくい事を悩みで抱えている様だからって……
先生に相談しにくい事だったら、聞いてきてくれないかってさ…」
そう言って桂は自分の頭をかく。
その言葉で、麻郁は桂の出現に納得した。
「ああ………」
担任のみずほ先生が、最近の元気のない麻郁に気を使ってくれたのだ。
それが分かって、尚更、肩を落とす麻郁。
しかし、そんな麻郁に桂は、ポンポンと肩を叩く。
「でも、僕はみずほ先生に頼まれただけで来たんじゃないんだ……
僕自身……神代君に興味があったから……だから………」
そう言って桂は麻郁に微笑みかけた。
「俺に?」
あまりにとっぴな事を言うので、麻郁は思わず、
この人は、あんな美人の嫁さんがいるのに、島崎と同じBL系の人?
と、背筋を凍らせる。
しかし、それは杞憂だった。
「神代君の事…ずっとみずほ先生に聞いてたんだ……入学の時からね…
僕は、こんなんだから……
あんまり、おおぴらな事やれる身じゃないけど……
それでも気になっていた………
なんだか、話を聞いている間に、神代君って僕に似てるなって思ってたんだ」
桂はそう言って、缶コーヒーをそっと飲む。
「俺が……先輩に似ている?」
麻郁は、突然、また突拍子も無い事を言われたので
眉をひそめるしかなかった。
だが桂はコクリと頷く。
「境遇とか、全然違うのは分かるんだけど……
根っこの所で、神代君って僕と同じように思えた……
だから、ほっとけなくなったんだよ……」
そう言って桂は麻郁に視線をやる。
その柔らかい視線に、麻郁はなんと言っていいのか分からなくなった。
「えっと、先輩……」
いきなり話をそう振られたので、
どう答えて良いのか分からなくなる麻郁。
桂はニコニコと微笑んで、
そんな居心地の悪そうな麻郁に声をかけるだけだった。
「………僕自身ね……物凄く大変な事情を抱えていたんだ……昔……
でも、みずほ先生に出会って、励ましてくれて……
みずほ先生と一緒に自分の問題に向かい合って
ようやく、それを乗り越えれたんだ………
その縁でみずほ先生と……その……結婚する事にもなったんだけど…」
そう言って、そこら辺で桂は視線を知らしてアハハハと笑う。
実際には時間軸が多少ズレているが、おおむね間違ってはいない。
「………へー、そうだったんですか………」
麻郁は、初めて聞くみずほ先生の
噂の生徒の旦那さんの話を聞いて目を丸くする。
そんな麻郁に、桂は続けた。
「……だからさ……そういう風に、
人に出会って自分の抱えている問題を一緒に解決して貰って
今の自分があるんだって思うと………、
今度は僕の番なんじゃないかって、思ったんだ………
僕がみずほ先生に、助けて貰って……加速したんなら……
今度は僕が……誰かを加速させる為の、力にならないとって……」
そう言って、桂はまた眼鏡の底から、人なつっこい笑顔を見せた。
そんな言葉を耳にして、こそばゆくなってくる麻郁。
その言葉は麻郁にとって、不思議だった。
何故かはよく分からない。
それでも、居心地の悪さとそれ以外の何かの両方を感じる。
桂は続ける。
「僕の事……話してもいいかな?」
そう言って桂は、缶コーヒーを飲む。
「え?……え…ええ……聞き手が俺で良ければ……」
そう言って麻郁は、貰った缶コーヒーを一口飲む。
桂はふーと息を吐くと、昔の事を懐かしみながら、ポツリと語り出した。
『停滞』って……病気だったんだ……
『停滞』?
体の活動が止まってしまう……病気……
………………そんな……病気が?
うん………
…………
多分ね……原因は、心が止まってしまったから……
心が止まってしまったから体も止まってしまったんだと思う…
……心が?
…科学的な説明は出来ないって言われた……
本当の物理的な理由は分からない……
でも、止まってしまった
僕は3年生だけど……ホントはもう20歳越えてるんだ…戸籍上……
………!!!
姉さんが居たんだ……大好きだった姉さんが……
…………
でも、死んじゃった………、
………!!!
姉さんは……時間が過ぎる事を怖がっていたから……
姉さんは自分で命を止めて……時間が過ぎる事を止めた……
姉さんは永遠に『停滞』してしまった……
…………
僕は、その現実に出会ってその現実を拒んでしまった……
だから心が止まった……
そして、心が止まってしまったから……『停滞』
………先輩……
でも……そんな時にみずほ先生に出会った……
『停滞』していたら駄目だって……言われた……
人を好きになる事も生きている事も
停滞していたら何にもできない……加速しなきゃ……前に進まなきゃ
どんなに辛い現実でも……それよりも、もっと素敵な人生に巡り会うには
前に一歩、歩かないといけないんだって………
………前に……
そして、僕はみずほ先生と恋をして……お互いに好きになって
だから、姉さんにバイバイできた……
心を止める事を……辞めれた……
……………
そこまで独白して、桂はまた缶コーヒーを飲む。
「ゴメン……つまらない話だったよね?
こんな事……神代君に言っても仕方ないのに……」
そう言って、桂は麻郁に微笑む。
そんな桂の顔に、麻郁はブルブルと顔を左右に振った。
「いえっ! いいえっ!! なんか……なんか感動しました……
なんか……なんていうか……どういっていいのか……
わかんないけど……」
そう言って、不思議に赤くなる麻郁。
桂はそんな麻郁を見て、穏やかに微笑むしかなかった。
「ねぇ、麻郁君……お節介な事だと思うけど……
僕に悩みを語ってくれないかな?
みずほ先生との約束なんかじゃないんだ……
僕も、ほっとけないんだ……
僕自身が心を止めた苦しさを知ってるから……だから、僕は……」
そう言った時に、麻郁は手を前に出して桂の勢いを止めた。
「その、先輩……有り難いんです……
俺……すっごく有り難い事言って貰ってる……でもその………」
そう言って麻郁は自分の悩みを思いだして赤面して下を向くしかなかった。
「君の事……事情……知ってる……その……施設の事とか……
でも、今の君は、そんなんじゃ無いんだろう?
せっかくできた家族……なのに、なんで悩んでいるの? やっぱりお金とか?」
そう言って桂は更に麻郁に歩み寄る。
桂の言葉に麻郁は首を左右に振る。
「そうじゃないんです……そうじゃ……お金も問題だけど……
そういう問題じゃ………」
そう言って麻郁は顔を左右に振る。
「……それじゃ?」
桂は麻郁を追った。加速しようと桂は思った。
自分が加速しなければ、誰にも追いつけないと思ったから。
そんな桂の心に、麻郁はようやく違和感を悟る。
施設でこんなに気遣って貰った事なんてない……。
今、自分の家と同じくらいの、
家族の暖かみに触れているから自分は気まずさを覚えるんだと。
それを思って、麻郁は頭を抱えた。
「あの……先輩……ここじゃ……言いにくい事なんです……
学校じゃとても……だから……」
そう言って麻郁は自分の目の前の事に向かい、溜息を付く。
そう、こんな学校で大ぴらに言える事じゃない。
その言葉を聞いて桂の瞳が輝く。
「だったら、公園に行こうっ! 今からっ!!
学校が駄目なら、誰も居ない所なら言えるだろうっ!!」
そう言って桂は立ち上がる。立ち上がったと同時に桂は麻郁の腕を握った。
「ちょ、ちょっと先輩っ!!」
麻郁は積極的な桂の行動に驚くしかない。
しかし、桂は止まれなかった。加速する。 止まりたくない。
目の前に自分と同じような彼が居るなら、止まっては駄目だ。
そう思ったから桂は、学校をフケて公園に行くという、無茶をした。
そして2人は公園に飛び出して、ブランコの上に座っていた。
「ここならいいだろう?……神代君……聞かせてよ……悩み……」
そう言って桂は、ただ、はにかむ。
あんまりにも強引な桂の行動に、麻郁は目を白黒させて付いてきたが
もう、ここまで来てしまってはと思うと、観念するしかないと思った。
そしてポツリ、ポツリと喋り始める。
……あの……俺……今……同居している2人と……
その……肉体関係まであるんです……
………え?(汗
……1人は、ただの居候……もう1人は、血の繋がっている妹……
その2人を、1人は押し倒して…妹は近親相姦して……
その………
………えええ!?(汗汗
不味い……っすよねぇ……こんなの……
……ま、不味いよ……神代君……それは……
ぼ、僕が言えた義理じゃないけど……
血の繋がらない子と、そのHしちゃって……妹さんと近親相姦って……
超ウルトラヤバヤバモードだよ………
……やっぱ……そうですよね………
……………う……うん……
……わかってるんです……俺、人間として糞野郎だって事は……
わかってるんです………でも、でも……止まれなかった……
……………
……だって、そうでしょう!? いきなり2人家族みたいなの出来て……
1人で、誰も信じられない施設で生きてきたのに
自分の事家族だって、寄り添ってくれる人間できて……
嬉しかった……初めて、家族出来て本当に嬉しかった……
……………
でも、2人とも、俺の事、好きに成っちゃった……
俺も、2人の事……好きに成っちゃった………
家族を持たなかった人間同士が、集まって初めて家族になったから……
もう、好きって言葉が押さえられなかった……
俺、ずっと施設で、何処かに居るかも知れないハズの
双子の妹思って……その子に出会えたら、絶対に命を換えても守るって
決めてたんです……決めてた……そして……その子に……出会えた……
……………
2人の時は、どうしようかって困りました……
でも、人数なんて問題じゃない……俺と同じ苦しみ味わったんだ……
2人とも、生き別れの双子の妹だと思った……絶対に守ろうと……
だから、頑張ってた……でも……
……でも?
妹だって思えなかった……無理だったんです………
2人とも……俺の欠けている心……埋めてくれたから………
だから、妹以上に好きになった……
2人とも恋人に……お嫁さんにしたいと思うくらい……
無理だったんです……妹に思うの……
………神代君………
だってそうでしょうっ!?
生まれてからずっと、離ればなれだったんですよ!?
兄妹として過ごす時間もなかった………
初めて出会えば、どっちも可愛い女の子だった……
そして、どっちかが妹なら、妹は俺を諦めないといけない……
2人とも俺の事好きで……俺も2人が好きで……
1人だけしか選べないなんて、無理です……
樺恋が可哀想すぎた……でも深衣奈と別れるのも嫌だ……
だから……だから2人とも……俺は……
………ねぇ、神代君……
はい?
……君や……その2人は……後悔してない?
…………
自分達のやった事……後悔してない?
してませんっ! してませんよっ!! もう、こんなになって
毎日3人で幸せに暮らせるんなら、それで深衣奈も樺恋も良いって
微笑んでくれるんだから、俺は今の俺に絶対後悔なんかしませんっ!!
……それなら……それでいいじゃないか………
………草薙先輩?
……神代君……確かに君のしている事は犯罪かも知れない
やっちゃいけない事かもしれない……
でも、それよりも、もっと大切な事があるんなら……
もっと、守らないといけない心があるんなら……
それでいいじゃないか……
僕だって、滅茶苦茶な理由を通して、みずほ先生と結婚してる
でも、これは僕には誰に怒られたって大切な事なんだ……
引き替えに出来る事じゃないんだっ!
だったら、自分の思い……守らないと……
…せ、先輩は……俺のしてる事……許してくれるんですか?
俺……犯罪者なんですよ? 不純異性行為ですよ?近親相姦ですよ?
でも、愛しているんだろう? そしてお互いに愛し合えているんだろう?
……はい……
だったら、迷っちゃ駄目だっ
そんな事、迷う事じゃない……それで……君は……
いえ……その……
え?
俺の今の悩み……それじゃないんです……それも、ちょっと問題だけど……
それよりも、もっともっと、……苦しい思いが……
え?
俺、2人、愛してます……、もう、今の状態から抜け出せない…
だから3人で納得しました……この状態で…納得した……
だけど、納得すればするほど、自分達の気持ち納得すればするほど
納得できない思いが……生まれるんです……
………神代君……それは?
俺……今、あの2人と、子供作りたい……
えええええっ!?(汗汗汗
俺、何言ってるんでしょうか? ちきしょう……でも止められない……
この俺の心の中で沈んでいる、黒い気持ちが止まらないんですっ
俺、2人に子供産ませてみたいっ
それで悩んでいるいるんですっ!!!
ちょっと、ちょっと神代君っ、それは無茶苦茶だよっ!
早いよっ! いや、その不純異性行為も近親相姦もデッドゾーンなのに
高校1年の女の子妊娠させたいって、ぶっ飛びすぎだよっ!!
それは、マズマズマズマズのマズイの10乗くらいマズイよっ!!
分かってますっ!! 分かってますよっ!!
それに、別に、本当に2人に子供欲しいってわけじゃない……
本当に子供作るんなら、養育費だとか、色んな事
とにかく金が要るから、今は学校を出て就職して
2人のために、家を守るために頑張らないとって、思ってます
そんな常識、分かってるんですっ!!
でも、それを越えて、俺、今、やっぱり納得できてないっ!
納得できないですっ!!
……納得できないって……何が?
2人と、体重ねて、愛を重ねて、2人の事、もっともっと大事だと思うほど
守りたいと思えば思うほど……、俺、納得できなくなるっ
なんで俺のオフクロさん、俺達を捨てたんだってっ!!
!!!!っ
俺達を捨てた事、もうどうでも良いって思いました。
家族を手に入れたから、俺達を捨てた薄情な親なんか、
親なんかじゃねー、今の気持ちの方がよっぽど大事だって……
思いました……
でも、2人と体重ねれば……重ねるほど……違う事、思う……
何で……こんなに愛しい2人と作るだろう子供……
捨てる事出来るんだ!?って
!!!!!!っ
俺、絶対捨てれないっ!! 俺は樺恋も深衣奈も捨てれないっ!!
2人とも真剣に愛しているから、だからどっちも手放せないっ!!
だったら、2人に出来る子供だって、手放せないと思う……
なのに、オフクロさんは俺達を捨てた……
納得できないんですっ! 許せないんですっ!!
どうして俺達に出来ないって思う事…できるんだってっ!!
…………………
だから、子供が欲しいって思う……
思うんですっ!!
…………………
オフクロさんが、どんだけ苦労したか知りません
ええ、わかりませんよっ!!
でも、今の俺達が子供作ったら、やっぱり夜逃げするくらい追いつめられて
そんな思いに成ったときに……
俺は、それでも自分の子供は捨てたくねー
俺のような生活する目に、あわせたくねー
だから、その自分と同じ道を辿る自分かもしれない子供の事、
シミュレーションしてみてー
時間を取り戻したいんですっ! 俺っ!!
!!!!
本当に子供が欲しいワケじゃない……そうじゃないっ!!
でも俺は捨てれない子供が欲しい……捨てたくない自分が欲しい……
オフクロさんに……写真だけ、それでも握らせてくれた
オフクロさん以上に暖かい母さんに…深衣奈も樺恋もしてやりてー
そう思うんですっ!!
……か……か……神代君っ!!!
桂は思わず泣き出して熱く語り出した麻郁を前に
その眼鏡をキラリと輝かせた。
「『停滞(と)』まっちゃ駄目だっ!! 神代君っ!!」
桂は、麻郁の本当の痛みを知って、反射的に叫んだ。
「その思いじゃ、停滞だよっ!! 昔の僕と同じ停滞だっ!!
例え今の幸せを握っても、
神代君、君は過去の自分で停滞しているっ!! 止まってるっ!!
停滞っちゃ駄目なんだっ! 人生も 過去の自分からもっ!!」
桂はブランコから飛んで、麻郁の正面に立った。
「先輩……」
桂の熱い台詞に、涙目になって彼を見上げる麻郁。
「走るんだっ! 神代君……
どんな形で走れるのか分からないっ!!
でも、その気持ちは止めちゃ駄目だっ!!!
そんなんじゃ、何も解決しないよっ!!
だから……」
そう言って桂は麻郁の肩に手をやる。
「先輩……」
麻郁はその桂の力強い言葉に、呆然と成るしかなかった。
「加速するんだ……神代君……
少なくとも、その気持ち……君の大好きな人に伝えなきゃ駄目だよ……
1人だけで越える事じゃない……それは……
同じ思いを抱えている3人だっていうんなら、
お互いに気持ちを合わせて、どんなゴールでも良い……
走らなきゃっ!!!」
言って桂は思わず麻郁を抱きしめた。
その抱擁に麻郁は思わず、また涙を流す。
「走る? 加速する? どうやって、どこへ?」
麻郁は桂の、自分を思ってくれる暖かみに涙し
そして釈然としない、判然としないゴールを示され、
頭を白くさせるしかなかった。
「そんな事、走った後に考えればいいだろうっ!?
ゴールが何処にあるかなんて、僕だって分からなかったさっ!!
でも、走らなきゃ、何にもなんないっ!! だからっ!!」
そう言って桂は、思わずもらい泣きをして麻郁の体を揺する。
「走る……走る……何処かへ…何
処とも分からないゴールに……3人で……」
麻郁は、あまりに突然に出会い、そして突然に示された
自分達のこれからを思って、その場で、ただ立ちつくすしかなかった。