時間は戻って、麻郁の家。  
学校から帰った麻郁と深衣奈と樺恋はその場で出会った。  
お互い、日中の事があったので、少しばかり3人はいそいそしながら  
2人は夕飯の支度、麻郁はその間に仕事に取りかかっていた。  
やがて夕飯の支度が済み、2人が麻郁に声をかける。  
3人の食事での団欒。  
麻郁は桂に妙な事を言われたので、今日は妙に2人を意識してしまった。  
それはみずほ先生に釘を刺された深衣奈と樺恋も同じだった。  
(走れ……かぁ……)  
(体だけは守れかぁ…)(守れですかぁ……)  
3人は3人なりに自分の考えを浮かべながら、溜息を付く。  
今日は、会話という会話もなく、黙々と食事が進む。  
3人とも、それに「妙だ」という気持ちが働く。  
いつもは、明るい深衣奈がたわいもない事を言い、そこで笑いが浮かぶのだ。  
が、今日の3人は自分で自分の思惑があり、どーにも会話が気まずい。  
3人が3人とも、3人を意識して赤くなっている。  
それに3人とも気付く。  
体まで一緒にさせてる間柄で何を今更意識してるのかと、  
笑ってしまうのだが、そこはそれ、性欲と純情は別腹なのだ。  
何か誰か喋ってくれと、心の中で思いながら3人の箸が進んだ。  
そんな時、深衣奈はうっかりポロッと  
自分のトンカツの切れ端を落としてしまった。  
「あっ……」  
「あっ深衣奈さん………」  
「ドジ…」  
 
畳に落ちたトンカツの切れ端を見て、深衣奈はコンと頭を叩く。  
「私ってば、どうしたんだか……」  
そう言って、深衣奈は自分の今日のボンヤリぶりを呪った。  
そのトンカツを箸で拾うが、流石にそれを食べるには……。  
深衣奈はその有様を見て、閉口した。  
「深衣奈さん、それは残飯にして捨てちゃった方がいいですねぇ……」  
樺恋は、深衣奈のその有様を見て、  
無理に食べ無い事も出来なくわないと思ったが、  
流石にそれもあさましいので、そう言った。  
「そうね……あーあー、せっかくのトンカツのお肉だったのにーー」  
深衣奈は、落ちたトンカツの切れ端を別の場所に分けて、食事を再開した。  
生活事情が苦しい神城家では、お肉は大切なオカズなのである。  
体の成長もそうだが……夜の一時を頑張るにも………。  
とか、何とか、しょーもない事を深衣奈は考えながら溜息を付く。  
「深衣奈さん……、何だったら、私のトンカツあげましょうか?」  
そう言って樺恋は自分の皿を指す。  
溜息を付くほど肩を落としている深衣奈を思いやっての事だった。  
その仕草に、深衣奈は肩を上げて、首を左右に振った。  
「いーの、いーの、樺恋も気を使ってくれなくって……  
 私、諦めるのには慣れているから……、このぐらい平気だよっ……」  
言って深衣奈はいつもの空元気な微笑みを浮かべる。  
 
それは食事中の会話の何気の無い一言だった。  
そう、誰もが聞き流してしまう、何でもない言葉の流れ。  
しかし、その言葉が麻郁の心の琴線に触れた。  
(……諦めるのには……慣れている………)  
その何気ない言葉が麻郁の魂を揺さぶった。  
その時、麻郁の過去の自分が、じっと麻郁を見つめていた。  
(お父さん、あれ買ってよ〜〜)  
(しょうがないなぁ〜、このオモチャか?)  
(うんっ)  
そんな店の前で談話している親子が居たのを思いだす。  
自分もそのオモチャを欲しいと思っていた。  
だが、どうしょうも無いから諦めた。  
自分には父親も居なければ、満足なお金も無かったから。  
諦めた。  
(おかーたん、だっこ、だっこ……)  
(もうっ、しょうがない子ねぇ……)  
小さな子供が母親に抱擁をねだっていた事を見た事があった。  
羨ましいと思った気持ちを消す事は出来なかった。  
でも、どうしょうも無いから諦めた。  
自分には母親が居なかったから。捨てられたから。  
諦めた。  
 
(…まったく、授業参観なんって迷惑だぜ……)  
(ホント、ホント…、親に授業見られるのなんか恥ずかしいよ…)  
(あーあー、早くおわらねーかなー)  
何時か授業参観日で、周りの生徒達がそんな事を言い合っていた。  
その気持ちが分からなかった。  
麻郁は彼の授業している姿を家族に見て貰う事がないから、  
親がうざったいという彼らの気持ちすら、全く分からなかった。  
その気持ちを知りたいと思った。  
でも、どうしょうも無いから諦めた。  
そう、諦めた……。  
家族が居ないのだもの……だから……どうしょうもない……。  
だから……慣れたのだ……諦める事に……。  
その気持ちが怨念の様な塊になって麻郁を襲った。  
『アキラメルノニハ、ナレテイル』  
それは自分の中で絶対になっているルールだった。  
それが生きるための手段なのだと、体の髄まで染みこんでいるハズだった。  
なのに、その言葉がこの世の何よりも憎悪の対象になった。  
麻郁の心が懸命にそれに藻掻く。  
それから逃れようと懸命に藻掻く。  
何故かは分からない。それでも自分の絶対に溺れないように藻掻いていた。  
その時、桂の言葉が麻郁の心の中に浮かんだ。  
(走れっ! 走らなきゃ、何にもなんないっ!!)  
 
……走れ………  
…………………  
……はしれ……  
…………………  
……ハシレ……  
麻郁の中で、その言葉が浮かんだ。  
意味不明の脈絡もない言葉だった。  
なのに、今の藻掻いている麻郁には、  
その言葉は自分を何より揺り動かす原動力になった。  
そして、その言葉は自分の衝動に変わった。  
そうだ、走ろう。  
麻郁はそう思った。  
自分が言った言葉だ。  
『大切なのは今』なのだと。  
怨念を持った過去じゃない。  
少なくとも、今は目の前に守るべき家族がある。  
だから、その為に、馬鹿になって走らなければ。  
どんなに馬鹿になったとしても、一歩でも足を前に出して走らなければ。  
麻郁はそう思った。  
だから、思わず言葉が出た。  
「深衣奈っ、諦めるのに慣れてるなんて言うなっ!!」  
箸を強く握りしめたまま、麻郁は叫んだ。  
 
「え? 麻郁……何?」  
2人でえへへと笑っていた時に、突然、叫ばれたので  
思わず麻郁の方を向く深衣奈と樺恋。  
「諦めるのに、慣れるなんて、そんな哀しい事言うなよっ!!」  
そう言って麻郁は思わず食卓を叩いた。  
「ま、麻郁…ってば、どうしたのよ?」  
深衣奈は、突然、怒られ始めて慌てふためくしかなかった。  
だが、驚嘆する深衣奈を余所に、麻郁は続けるしかなかった。  
「そんな事に慣れちゃいけないんだっ!!  
 欲しい事に欲しいって言えるようにならないといけないんだっ!  
 だから、諦めるなんて言うなっ!!」  
麻郁は視線を下にしながら、熱っぽくそう言いはなった。  
「………ま、いく?」  
あまりに突然の事に、驚きを禁じ得ない深衣奈と樺恋。  
だが、麻郁の方が遙かに早かった。  
「なぁ、世の中には確かに色んな諦めなきゃいけない事はある。  
 それは現実だ。  
 でも、ならば、せめて、俺の事だけは、絶対に諦めないでくれっ!!」  
麻郁は胸を押さえながらそう言った。  
諦める事に慣れる自分がそこにいて、それが自分を引っ張る。  
だが、麻郁はそれでもそれからひたすら走った。  
それじゃ駄目だと思ったから。  
目の前にそんな自分では駄目だと思える2人が居るから。  
だから、麻郁は叫ぶしかなかった。  
 
「俺、お前達2人が大好きだっ! 深衣奈も樺恋も……  
 2人とも、俺にはかけがえのない、大好きな女の子なんだよっ  
 そして、ようやっと出来た、俺の大事な家族なんだっ!!!  
 だから、俺は2人を諦める事には絶対できねーっ!!」  
そう言って麻郁は、ワナワナと震えた。  
「ま、麻郁………」  
「麻郁さん……」  
あまりに突然に、あまりに唐突に、それもあまりに思わない場所で  
愛の告白を直球ストレートに放たれた事に、2人は唖然となるしかなかった。  
瞬間的にその場が硬直する。  
どうしていいのか、2人とも分からなくなって狼狽えるしかなかった。  
そして、唖然となったその次の瞬間には、自分達を好きだと  
恥ずかし気もなく言ってくれた麻郁に、顔を赤らめる深衣奈と樺恋。  
やはり、どうしていいのか分からずに狼狽える。  
何より、何故いきなり食卓で、そんな会話になるのか?  
そんな異常な日常の1コマに2人は混乱を極めるしかなかった。  
だが、麻郁は停まらない。ただ、がむしゃらに走る。  
「なぁ、深衣奈、樺恋……、2人とも……俺の事……好きか?」  
麻郁は今更な事を、今更のように2人に聞いた。  
その質問を受けて、耳まで赤くして麻郁を見る深衣奈と樺恋。  
 
「そ、そんなの当たり前でしょうっ!?   
 体まで一緒になって、今更、好きも嫌いも無いわっ!」  
「麻郁さんは、私のお兄ちゃんですっ、好きなのは当たり前ですっ!  
 でも私は、そんな血の関係なんか関係なく、麻郁さんの事大好きですっ!!  
 正直、麻郁さんの事、お兄ちゃんってホントは思えませんっ!!  
 私の中では、麻郁さんは大好きな恋人なんですっ!!」  
2人は、麻郁の直情的な言葉に、同じように直情的に答えるしかなかった。  
食事時、何を言っているのかと自分達でも迷うが、  
それでもそれは、何より2人には大事な事だった。  
2人の最優先事項だった。  
それを聞いて、麻郁は、ふぅっと柔らかい溜息を漏らす。  
「それなら……、2人とも、絶対に俺の事だけは諦めてくれるな……  
 俺は……俺は絶対に、お前達の事、諦めたり、捨てたりしねーからっ  
 だから、深衣奈も樺恋も、ずっと俺の事諦めずに側に居てくれ……」  
麻郁はそう語って、顔を真っ赤にさせながら視線を反らした。  
「頼むから……ずっと俺の側に2人とも居てくれ……ずっと……」  
言った後に、お茶を口にして、熱すぎる愛の告白に  
自分自身でも湯気が出るほど狼狽えて体を熱くする。  
そんな麻郁の愛の告白を耳にして、2人は体を固めるしかなかった。  
「な、いきなり、何言って……」「……………」  
2人は、急転直下の麻郁の絶叫に、混乱の極みになった。  
それなのに、頭が呆然として明瞭な思考が出来なくなる。  
2人の耳の中で『ずっと側にいてくれ』の言葉が木霊する。  
それが、2人の思考能力を恐ろしい勢いで奪っていった。  
と同時に、激しく揺さぶられる熱い思いが胸からこみ上がり、  
それが涙になって瞳の中から溢れ出す。  
 
「ま、麻郁ぅ……」「麻郁さぁん〜」  
それは、あまりに直情的で、あまりに直線的な愛の言葉だった。  
それは、あまりに馬鹿っぽく、あまりにも短慮な愛の言葉だった。  
でも、それが一番2人が麻郁から聞きたい言葉だった。  
そう、その言葉が…。  
『愛している』という単語よりも……なによりも…  
『側にいて欲しい』『好きな者を諦めるな』  
その言葉が、麻郁と同じ家族を諦め続けてきた2人が  
一番欲しがっていた言葉だったのだった。  
それを思って、深衣奈も樺恋もボロボロと涙を零し続ける。  
「ちょ、ちょっと、な、何も、泣く事無いだろ!?」  
自分で恥ずかしい言葉を散々言っておいて、  
麻郁は泣き始めた2人を前にして狼狽した。  
しかし、そんな麻郁の物言いに反発して、2人は叫ぶしかなかった。  
「これが泣かずにいられますかっ!」「駄目です……涙止められません……」  
そう、精一杯我慢した後に、2人は自分の気持ちを抑えつけられずに  
わぁーっと強く泣き出す。麻郁は、より慌てるしかない。  
2人は気持ちの整理を上手く付ける事が出来ず、  
欲求のままに麻郁の方に向かって飛び、  
両方から麻郁の体に抱きついた。  
そのまま、ぎゅっと麻郁を抱きしめ、ピーピーと2人は泣き続ける。  
あまりにも2人が抱きしめる力は、強く、気持ちが籠もっていた。  
涙は麻郁の服をたっぷり濡らし、  
それが如何に2人が嬉しかったのかを物語る。  
 
そんな2人を抱きしめて、2人の髪をそっと撫でてやる麻郁。  
髪を撫でるたびに、2人に対する愛しさが膨らんでいく。  
自分は走った。  
加速して走ったと思う。  
好きだ、抱きたい、結合したい。  
そう言って2人を求めたときよりも、更に深く走った様な気がした。  
行動の根っこにある気持ちは、何も変わらない。  
側にいて欲しい…ずっと側に居させたい。  
だから、肉体関係に刻み込んでまで、それを拘束するようにしたのだ。  
でも、それは一面の気持ちとしては正しいとしても、  
自分自身をさらけ出した事には成っていない。  
気持ちを行動で示しただけだ。  
この、怨念の様な気持ちを……本当に停滞から飛び越えるには……  
体で行動するだけでは駄目だ。  
3人で……自分達を真っ直ぐ見つめて……  
3人で自分達の心の棘を、言葉と一緒に越えなければ……。  
だからこそ麻郁は、ゴールの見えない何かに向かって、  
とにかく走ろうと思った。  
この3人で……一緒に……。  
そう思った。  
泣いている2人をギュッと抱きしめたままで、麻郁は2人に囁いた。  
「後で、2人に伝えたい事があるんだ………  
 それはきっと大切な事だと思うんだ……俺達3人には……  
 だから……月が綺麗に出る頃に、縁側で抱き合って……  
 俺の伝えたい事、聞いてくれないか? 深衣奈、樺恋……」  
麻郁はそう言って優しく囁いた。  
その言葉を上手く聞けたのかどうか分からないが、  
深衣奈と樺恋は麻郁の胸の中で、泣きじゃくるしかなかった。  
 
 
お風呂場で2人、体を洗いっこしている深衣奈と樺恋。  
今日は、心なしかお互いを洗う石鹸の泡の量が多いような気がする。  
麻郁の急転直下で唐突すぎるラブコールだったが、  
しかし、それを好きな相手にされて嫌なワケがない。  
恋愛同盟 第5条:『私達はずっと麻郁の側にいる』  
それを信条にしてきた2人である。  
それが麻郁の方から『ずっと側にいてくれ』と、  
考えようによってはプロポーズの様な言葉を貰ったのだ。  
これが、はしゃがすにはいられようか?  
無理である。  
ついつい、珠のお肌を綺麗にして、この高ぶる気持ちのままに  
3人で官能と愛欲の世界へ突っ走ろうと思ってしまう2人。  
今日は、どんな愛欲のプレイに走ろうか?  
何時も麻郁に頑張って貰ってるから、  
今日はこっちから麻郁を気持ちよくさせてあげるべきかも…。  
麻郁のアソコを2人であーしてこーして、  
気持ちの高ぶった所を思い切り深く合体して、  
合体しまくって、家族バンザーイ!、恋人バンザーイ!  
ラブアンドピースッ!! とか、ハァハァを朝までずっととか…  
そんな妄想で目を輝かせながら、準備(?)を整えていた2人は  
そして最後の最後は麻郁の…………とか思った時、  
その瞬間、ハッと、『そして麻郁の……』の後の言葉に硬直する。  
 
「み、深衣奈さん………」  
「か…樺恋……」  
お互いの大事な所を洗いながら、2人は微笑みが引きつった。  
2人は、昼のみずほ先生の言葉を思いだす。  
『自分の体は自分で守るんですよ!!』  
その言葉が、妄想に喜んでいた2人前に急激に立ちはだかったのだった。  
2人はお互いの笑みの引きつりに、お互いが意識を同じにして項垂れた。  
 
そして麻郁の可愛い赤ん坊を身ごもるのだ……  
 
と、少女漫画ちっくな言葉を続けただけに、  
それが如何に自分達に不可能な事かを思い起こす。  
次の瞬間には、2人は、ああああっ、と頭を抱えてしまった。  
昨日の今日に麻郁に、  
子供が作りたい、だの、ずっと側にいてくれだのと言われたのだ。  
もう、この流れだと今日の夜は、中出しバンバンの、  
ラブラブ一直線としか考えられないではないかっ!!!  
マズイッ!! マズマズマズッのマズマズイッ!!  
 
2人は今の自分達の勢いに超危険を感じた。  
こんなに胸が高鳴っている今の自分達が、  
どうして麻郁が朝まで生でやりまくりの、  
中出しバンバンバンを求めて来たときに  
それを拒絶できるだろうか!?  
否っ!  
出来ないっ!  
出来ないって言うか、むしろ、自分達がしたくないっ!!  
もう、ダブルフェラだろうが、ダブル中出しだろうが、  
ダブル顔射だろうが、ダブル口内射精だろうが、  
何でもやってやるの気持ちな今の深衣奈と樺恋だったのだ。  
どうやって、それを止めろと言うのかっ!?  
「ど、どうしましょう……深衣奈さん………」  
「ど、どうしよって言われたって樺恋………」  
2人は力一杯、頭を抱えて唸るしかなかった。  
あああ、なんてこったい、今の自分達。  
2人は同じような格好で、頭を抱えて唸り続ける。  
そして1人ではどーにもならないので、隣の相棒に話しかける。  
2人は、そうして女の子の秘密談義にそこで華を咲かせた。  
そして色々と会話が迷走した挙げ句に、最後に短絡思考な結論を出す。  
『 愛の前に、人は盲目っ!! この思い、止まれませんっ!! 』  
2人はアホだった。  
 
既に風呂を終えて、縁側で涼んで月を見上げていた麻郁は  
直ぐにでも脱げそうな感じの少し色っぽい寝間着の着方をした  
深衣奈と樺恋がやってきたのを見て、怪訝な顔をする。  
側に歩いてくる2人の瞳は、ウットリしてウルウルしていた。  
顔は真っ赤で艶っぽく、その表情だけで『何時でもいいです…』  
と、代弁しているようなものだった。  
そんな2人は、麻郁を真ん中に寄り添うように縁側に座り込む。  
そして、じーっと、頬を赤らめながら麻郁を見上げる深衣奈と樺恋。  
(……何を勘違いしているんだ……この2人……)  
麻郁は、自分がこれから話そうとしている事に対して、  
完全に、あっちの方向に行っている2人を思い、顔を青くするしかなかった。  
それはどっちかというと、麻郁の方が悪いのである。  
麻郁の今までの言葉は2人の頭をあっぱらぱーにするには十分だった。  
愛の泥沼に落ちて大喜びしている2人に、  
更に、一番欲しい言葉を言葉のまま与え続けたのだ。  
それで、あっぱらぱーに成らない少女が居ない方が不思議だろう。  
それに気付けない麻郁が、経験不足だったのだ。  
しかし、情事のもつれというのは  
順序が間違って起きるから、もつれなのだろう。  
少なくとも、麻郁の会話の順序は、  
2人をこんなにしてしまうのは当然の流れだった。  
その「もつれ」を感じ、麻郁は、ふー、と深い溜息を零す。  
 
「麻郁?」「麻郁さん?」  
深衣奈と樺恋は、期待を胸に膨らませたので、  
何時でもガバァっと押し倒されるのかと心待ちにしていた。  
しかし、とてもそーではない、冷静な表情と仕草の麻郁に、  
ハテナマークを作るしかない。  
「えーっと、……深衣奈、樺恋……その、なんだぁ……  
 話したいって事はさぁ………」  
そう言って、2人の愛に飢えている少女を前に、  
自分が桂に向かって話した、  
自分の中にある蟠りをなんとか話そうとした。  
 
かくかくしかじか、しかじかかくかく  
かくかくしかじか、しかじかかくかく  
 
麻郁は月を見ながら、ポツリポツリと思いを語る。  
2人に話そうと思った思い。  
3人で共有していかなければ成らない思う、気持ちを。  
麻郁は語った。  
 
自分達の心の中に燻っている、捨てられたという痛み。  
その痛みを心の奥にしまわないで、せめて家族3人でだけは  
真っ直ぐ向き合っていこう…と。  
この痛みを、自分達で埋めるように、頑張って生きていこうと。  
そんな、これからの3人の生き方の姿勢というか、  
心の踏ん切りを、やがて自分達が子供を成して、  
その子供だけは絶対に守れるように、自分達を成長させて、  
捨てられた自分達を、もう一度拾い直そうと。  
昨日、子供を作ってみたいと思った気持ちの  
その根っこの気持ちというのは、そんな自分の心の後ろ暗い気持ちなのだと。  
そんな事を、言葉も上手く整えられずに、2人に語った。  
その淡々とした麻郁の言葉に、2人は呆然となる。  
ラブラブ生活一直線で臨んだ麻郁の隣だっただけに、  
2人は物凄いカウンターパンチを食らった気分になった。  
そう、その麻郁の告白は、物凄いカウンターパンチであったのだ。  
2人の心には。   
しかし……、それは今日の食卓以上に2人の魂を熱く貫いた。  
「うわぁぁぁーーーんっ、麻郁ぅっ 麻郁ぅっ!!!」  
「麻郁さぁぁんっ!!あぁーーーんっ!!!」  
2人は麻郁に告白された気持ち感激し、その腕をぎゅーっと両腕で抱きしめた。  
そして、さっきと同じようにボロボロと涙を零し出す。  
 
「そっか……そうだったんだ………  
 私が、無意識に麻郁の子供欲しいって思っていたの……  
 そういう理由だったんだ………」  
深衣奈が泣きながら、  
自分の中にも確かに在った昨日の麻郁の気持ちを、ようやく理解した。  
それを思ってグズグズと泣きじゃくる。  
「麻郁さん……麻郁さん………、私……私……  
 もう駄目です……諦めるのも堪えるのも耐えられません………  
 もう、捨てられたくないっ…… 捨てられたくないっ  
 そうなんですね………  
 この気持ちが……この気持ちが私達の本当の姿なんですねっ」  
樺恋も、麻郁の言葉の正確さを思い知り、  
自分の曖昧なそれをようやく見つけた。  
そう、離したくない腕、失いたくない暖かみ。  
それは自分の過去という痛みそのものなのだという事。  
樺恋はそれを自覚して、麻郁の腕を強く抱きしめて泣きじゃくるしかなかった。  
そんな、そんな自分と同じ傷を負っている2人を思い、  
麻郁は2人を胸の中に抱きしめて、好きなだけ泣かせるしかなかった。  
3人は抱き合って、泣く。  
麻郁は涙は流さなかったが、  
両隣で泣きじゃくっている2人を思って心の中で涙を零した。  
 
(これでいいんだ……、俺だけで抱えているんじゃ駄目なんだ……  
 この気持ちの整理は、3人でしなけりゃ、駄目なんだ……)  
そう思って、麻郁は月を見上げる。  
月は美しく麻郁達を照らす。  
麻郁はその月光が、妙に美しいと感じた。  
「だったら、麻郁ぅ……今作ろうっ……赤ちゃんっ  
 これから作ろうよぉ……私の私をぉ〜……」  
泣きじゃくって瞳をうるうるさせながら、深衣奈は麻郁に叫ぶ。  
「なっ……」  
ボロボロ泣きながら、そう言って迫り始め、  
寝間着を脱ぎ始めようとする深衣奈。  
「私も、もうお腹の辺りが切なくって仕方在りませんっ  
 麻郁さんの赤ちゃん欲しいですっ! 麻郁さんの赤ちゃんを産んで……  
 その子を…私の……私の過去の替わりに………」  
今度は逆の樺恋がボロボロになって麻郁の腕を引っ張ってそれをせがんだ。  
「あ、あのな……樺恋……」  
逆の樺恋も深衣奈と同じ事を言いだし、  
深衣奈に釣られて服まで脱ぎ出そうとしていたので  
麻郁は目眩を覚えるしかなかった。  
「お前等、俺の言う事、ちゃんと聞いていたかっ!?  
 将来的には、俺は、深衣奈と樺恋と、生活安定させて子供とか作って、  
 過去を越えようって言っているわけで、  
 今、そんな事したら、親と同じでまた夜逃げになるだろっ!?」  
2人のウルウル顔に対して、逆に物凄く冷静になっている麻郁は、  
2人の激しい求愛行為に、脱ごうとしている服を元に戻そうとして  
せわしなく2人を押しとどめた。  
 
「そんなぁ……こんなに気持ちが震えているのに……  
 今じゃ駄目って言うのぉ……嫌だよ麻郁ぅ………」  
深衣奈は、両腕をだらんと前に落としてピーピー泣き始めた。  
あまりに、だらしなく、情けなく涙を流す深衣奈。  
そう、今は気持ちに正直に成れる人が居る。  
目の前に、こんな弱い自分をさらけ出しても、  
微笑んで抱きしめてくれる人が居る。  
だから深衣奈は、過去の自分が出来る事の無かった、  
あまりにも弱い自分をさらけ出す事が出来た。  
それは、代償行為の一つだった。  
「後、3年なんて、長すぎますぅ〜〜、  
 そんなに待たないといけないんですかぁ〜!? 嫌ですぅ〜」  
樺恋も深衣奈と同じように、麻郁の前でピーピーと泣く。  
あまりにも弱々しい、自分の今。  
それでも、それが樺恋には気持ちよかった。  
こんな弱さを、吐き出せる『家』がある。  
何時も申し訳なく、良い子を演じなくても良い、自分の家が…。  
2人は泣いた。過去の自分に。そして今の幸せな自分達に。  
ただ、可愛らしい少女の様に、ピーピー泣くしかなかった。  
それを見つめて麻郁は、妙な微笑みを浮かべる。  
こんな場所が欲しかった。  
こんな泣いたり笑ったりする家族が欲しかった。  
そして、過去のねじれた自分を精算する為の、大事な場所が。  
 
その意識を、告白で共有できる様になった事は、  
大切な事だと思った。  
桂の言ったように、自分だけで抱えるんじゃ無くて、  
3人で一緒に走り出す事こそ、大切な事だという事、  
それが、一番、自分達に必要な事だったという事を。  
そして、麻郁はとにかく、この場をまとめて  
自分達の今を再認しようと声を張り上げる。  
「あーもうっ! 子供作るのだけは、将来に棚上げっ!  
 これはしゃーない事だし、当たり前の事だ……  
 経済的にもう無理無理無理の絶対無理な事だし、  
 お前等の体も大事なんだ……  
 うっかり間違って妊娠でもさせて、堕胎なんて事になったら  
 一生モノの傷だろうが? ホレ……」  
そう言って麻郁はポケットからまるーいゴム状のモノを取りだした。  
それを折りたたまれた状態から長く伸ばす。  
「かっなりハズイ買い物だったけどな…、ちゃんと買ってきた……  
 俺も今日まで生でやるなんて無茶した事、謝る……、  
 明日からは、ゴム付けてお前達の体を守ってやるから……  
 だから、これを使って気長に愛し合っていこう………」  
そう言って麻郁は、  
ハァ……と溜息を付いて近藤さんをブランブランと振った。  
 
2人は感激の渦に居たのに、その目の前のゴム状のモノを見て  
急激に現実に引き戻され、気持ちの高ぶりが萎縮した。  
「ええっーーーーーー!!?」「えええええっっっ!!?!?」  
麻郁の言葉と目の前のそれに絶叫する2人。  
2人は今の今まで風呂の中で、  
中出し妊娠の妄想でヨダレを垂らしていたのである。  
それが急転直下に、真反対の方針を打ち出されると、  
騒然となるしかない。  
「嫌だよぉぉっ!!麻郁ぅっ!!  
 麻郁に中出しして貰わないと、私、生きていけないよぉっ!!」  
深衣奈は意味不明の事を言って騒ぎ立てた。  
「ゴムなんか付けたら、麻郁さんの感触がぁぁ……  
 嫌ですぅ……、生身と生身で繋がりたいですぅっ!!」  
樺恋も無茶を平然と騒ぎ立てる。  
「……お、お前等……アホか?」  
そんな無茶苦茶な事を言いまくる深衣奈と樺恋に、  
麻郁は絶句するしかなかった。  
 

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