麻郁の話を聞き、泣き叫び、ともかく一息つく2人。  
せっかくの胸の高鳴りがフイになったので、  
恨み半分で麻郁を見上げる。  
しかし、それはそこ、麻郁の常に現実に目を向けているクールさである。  
このクールさが、危うい自分達の生活を支えているのだ。  
そこは、有り難し、と感謝する所だった。  
それに、自分達の体の事を心配しろと、みずほ先生に言われて  
恐々としいた所で、そんなにハズイ買い物までしてもらって  
深々と心配して貰っていたわけである。  
好きな人に、そんなにも自分の事を考えて貰っていて  
どうしてそれが嫌だと感じるだろうか?  
本当の所は、ただ、麻郁の好きな部分が更に増えていくだけだった。  
多少の不満は残るが、気を取り直し  
2人とも麻郁の両腕に腕を絡ませ月見を一緒に楽しむ。  
こんなに側に居れる。  
それだけでも、十分だった。  
愛されているのだもの。  
しかし、不意に深衣奈が思いついた様にそこで喋り出した。  
「でもさ……麻郁……、将来、結婚でも何でもして……  
 赤ちゃんとか作るのは、私は何にも問題無いけどさ…  
 樺恋は……どうするのよ?」  
深衣奈は口にして、それは出来れば触れるべきではない内容の様な気がした。  
しかし、逆に、やはり、先送りにするべきでなく、  
真正面から、触れなければならない問題の様な気もした。  
だからこそ、それをあえて口にしたのである。  
 
その言葉を耳にして、瞬時に顔を歪める麻郁と樺恋。  
2人は血の繋がった兄妹……。  
兄妹なのである。  
近親相姦、近親相姦。  
Hやってるだけなら、まだ世間的にデンジャーなだけだが  
子供を成すとなると、話は新たな局面を迎える。  
近親相姦は生命的にデンジャーなのである、母子共に。  
それを深衣奈は鋭くツッこんだのであった。  
「そこなんだよなー」「それなんですぅ……」  
麻郁と樺恋は深衣奈の言葉に、同じように肩を落とした。  
「樺恋……結婚も出来ずに、ずっとこの家で麻郁と居て  
 その上、子供を作るとなると、色々、問題よ……」  
深衣奈は、将来起こるであろう色々な問題を  
歯に衣着せぬ言葉でブチ上げた。  
言葉で回り道をしていても意味がないから。  
「これがなー、実のトコロ、  
 樺恋とだって、結婚は出来るんだよなぁ  
 俺達……って………」  
「え?」「え?」  
麻郁のいきなりな発言に、虚を突かれて呆然とする深衣奈と樺恋。  
そんな2人に左右に視線を送って、言葉を口にする麻郁。  
「だってさぁ……、俺達、戸籍上は他人だぜ?」  
そう言って、麻郁は溜息を付きながら2人に語る。  
「あ、そういえば………」「……そう…ですね……」  
麻郁の盲点と言えば盲点の指摘に、2人は目を点にさせた。  
 
麻郁は続けた。  
「戸籍上は、他人って事だかんなぁ……俺達……  
 DNA鑑定でもして、兄妹の関係をハッキリさせない限りは、  
 手がかりは、オフクロさんの残してくれたあの日記だけだったわけで……、  
 それも、日記情報だけで、俺達が肉親だとは証明しきれないからなぁ……  
 その上……日記、焼いちまったし………ついつい勢いで……」  
そう言って、麻郁は自分の過去なんざとはと決別だ!  
と勢いのあまりにやってしまったアクションが、  
今になって深刻な問題を抱える種となった事に  
迂闊さを覚えずには居られなかった。  
「だから、深衣奈と樺恋と、どっちとも結婚できたりするわけだ…  
 ま、騙しみたいな方法だが……」  
そう言ってアハハハと空笑いする麻郁。  
「えーー!!」「うにゅぅ……そうだったんですかぁ……」  
人間関係上、恋人として圧倒的有利な状態にいたと  
思いこんでいた深衣奈はその点に絶句し、  
樺恋は、どこまで行ってもあやふやな麻郁と自分との関係に目眩を覚える。  
「あの日記ですら本当か?とか、疑いだしたらキリが無いんだが……  
 でも、まぁ、恐らくは樺恋とは血の繋がっているハズなわけで……  
 今はともかく、子供って話になると……困るんだよなぁ……」  
そう言って麻郁は頭を抱えた。  
「そっか、戸籍上他人なら、結婚も子供の認知も出来るんだ……」  
深衣奈は、他人の状況を利用したウルトラCを思いつき  
麻郁のその激しい頭痛の種に感心してしまった。  
やぱり麻郁は頭がキレて頼りになるなぁと、変な所ではにかむ。  
 
「戸籍上の問題をクリアしたからって、  
 血縁の問題がなんとかなるわけでもなし……  
 近親相姦で発症する奇形児や母への体の負担を思うとなぁ…」  
と言って麻郁は、それに樺恋自身の発育不良による母胎不安定も心配だよなぁ  
という言葉だけは飲み込んで、頭を左右に振った。  
「うううう………私、やっぱり麻郁さんの子供産むのは  
 無理っぽそうなんですねぇ………」  
そう言って、樺恋は以前から意識しないようにしていた事を  
改めて意識させられた事に、肩を落とすしかなかった。  
結局、麻郁が常識からブチ切れて愛に走ったから、  
恋も出来るようになったし、Hまでしてしまったのだが……  
恋人から更に次の存在に自分が成れない事を思って涙ぐむしかなかった。  
「ううう………」  
少し、ポロポロと鳴き始める樺恋。  
それを見て、麻郁は樺恋をギュッと抱きしめるしかなかった。  
2人とも、不思議な感じだった。  
本当に今の3人は恋人の様に振る舞える。  
麻郁は深衣奈にも樺恋にも同じ、思慕の思いを抱いていた。  
それは肉親ではなく、やはり女の子としてのである。  
そんな記憶も定かでなかった頃に兄妹でした等と言われても  
これだけ時間を隔てて巡り会って、今更、肉親をしろと言われる方が無理だ。  
深衣奈も樺恋も体つきこそ貧弱だったが、  
学校では相当の隠れファンが出来てる程に可愛い娘なのだ。  
ちょっといつも2人でコンビ組んで不思議少女(麻郁のせいだが)入ってなければ  
ラブレターが殺到しても可笑しくない少女。  
そんな少女らに側に居られて、  
好きだと言われて好きにならない方がどうかしている。  
だから、こうして3人で抱き合っているわけなのだが……。  
 
「樺恋をもし妊娠でもさせて…母子共に危険にさせるわけにもいかず…  
 もし子供が生まれて未熟児だったら、それも困るわけで……」  
麻郁は頭の中でつらつらと思う事を口にしてみた。  
「わ、私は……麻郁さんの子供だったらっ……  
 命に代えても生んでみせますっ!!」  
樺恋は麻郁がつらつら言ってしまった事に過敏に反応した。  
その言葉に随伴神経で反射する麻郁。  
「馬鹿っ!! 命に代えてなんてそんな事いうなっ!!」  
そう叫んで麻郁は更にギュッと樺恋を抱きしめる。  
そうやって、大事にされている樺恋を見て、  
ちょっと嫉妬を感じてムッとする深衣奈。  
しかし、話題が話題だけに、  
そこは我慢して麻郁のもう片方の腕にさばりつくしかなかった。  
「私……例え生まれてくる子、未熟児でも、奇形児でもいいんですっ!!  
 私の命に代えたって、一生面倒見ますっ!!  
 どんな子だって、もう捨てたくないもの……捨てたくは……  
 それに……やっぱり麻郁さんの子供……欲しいもの……」  
そう言って樺恋は泣きじゃくるしなかった。  
そんな樺恋の言葉に麻郁は視線を反らして  
覆い被さるように背中を抱きしめると  
「馬鹿野郎……その時は俺だって命に代えても一生面倒見るさ……  
 どんな子供だって………2人で………」  
そう言って、深い溜息をするしかなかった。  
 
その言葉を耳にして、一瞬にして目がつり上がる深衣奈。  
「……2人で?」  
麻郁の反射的な言葉に怒りを覚え、腕にさばりついたまま  
深衣奈は麻郁の頬をつねった。  
「何、2人だけで世界作ってくれるのよ!?  
 樺恋が大変になったその時は、私だって他人事じゃないわよっ!!  
 子供が大変になっちゃたら『3人で』でしょう!?」  
言って、ぎゅうっと深衣奈は麻郁をつねった。  
「いはい……いはい……みゅーな……ぎょめん……」  
反射的に言ってしまった言葉に怒られて、頬をつねられる麻郁。  
そして樺恋は深衣奈の本当に家族と思える言葉に感激し  
また涙を溢れさせるしかなかった。  
3人は、そんな行動の中でお互いの繋がりをより深く感じた。  
欲しかったもの……家族……  
それを何より感じる。   
だから、ただ嬉しかった。  
 
麻郁は、少なくとも深衣奈と樺恋に子供が出来たとして2人。  
最悪の場合、樺恋の子供が奇形児で一生面倒が必要だとしてと  
パチパチ脳内ソロバンを弾いて、結局、しょーもない結論に至って涙する。  
(とにかく、どーにかしてでも、金なんだよなぁ……現実……)  
今の生活だって、十分、不安定だっていうのに、  
世の中、本当に生きていくだけで金、金、金、金であった。  
将来の事を考えてとか、色々、考え続けると、  
どーにか生活を安定させて、お金作りながら、  
大学入って、良い所に就職してと……  
麻郁の人生の課題は山盛りであった。  
(結局、俺が頑張らないといけないわけか……)  
そう思ってシンミリし、やっぱり2人をギュッと抱きしめる。  
麻郁は頑張ろうと思った。  
とにかく、この愛しい家族を離さないようにするために…  
この2人の涙顔を作らないようにするために……  
笑顔で2人を居させるために……  
やっぱり、頑張ろうと決意する。  
それを言葉を介さずにでも感じ取ったのか、  
2人は麻郁の眉間の皺と抱擁に、ただ幸せを噛みしめる。  
 
そんな月の夜の下で……  
「そう言えば、深衣奈……」  
「え?何?麻郁?」  
突然、麻郁は深衣奈の方に語りかけた。  
麻郁に語りかけられて、驚く深衣奈。  
「何か、ずーっと深衣奈は、俺達と他人だから、  
 自分は余裕って顔をしているわけだが……」  
「え?」  
麻郁は続け、深衣奈は怪訝な顔をする。  
「よく考えろよ、深衣奈……、  
 俺達は、オフクロさんという朧気な意識を共通に持っているが…  
 俺達のオヤジという大事なファクターを見失っているわけだ……」  
「ふんふん……」  
麻郁の語らいに、ただその話を頷いて聞く深衣奈。  
「日記にも特に記載されて居なかったしな……  
 だからアウトオブサイトだったわけだが…………  
 俺達のオヤジって、どんな人だったと考えられる?」  
「え?? 何言ってるのよ? 麻郁……」  
麻郁の一言一言に理解が及ばず、顔をしかめ続ける深衣奈。  
樺恋は、突然、麻郁が何を言い出したのかと  
呆然となって彼を見上げるだけだった。  
 
そんな間にも、麻郁は話を続ける。  
「所詮、仮定の話だから、確認できるハズもねーが……  
 俺達、兄妹があのボロ家に住んで居てだ、  
 その隣に深衣奈とその母親が住んでいてだ……  
 で、プールに入っていたのは、俺と深衣奈だったわけで……」  
「ふむふむ………」  
麻郁は今の自分達に至る前、その状況を説明する。  
深衣奈は、ただ、何を言わんとするのか  
麻郁の話に耳を傾けるだけだった。  
「はい、俺達の最大の問題をもう一度思いだそう……  
 俺達は、同じ写真を持って捨てられ……そして……」  
パンと、軽く手を叩き、麻郁はその点に注意を施した。  
「そして?」  
深衣奈は、相変わらず興味深々で麻郁をじっと見る。  
麻郁は深衣奈の瞳をじーっと見つめて、  
その瞼に手を当てて、瞳を樺恋にも注視する様に指摘した。  
いきなりの行動に、目を大きくして驚く深衣奈。  
樺恋もじっとその瞳や行動を見て呆然としていた。  
麻郁は続ける。  
「俺達は、同じ瞳の色を持っているから、写真に写っていた片方を  
 自分の肉親だと思いこんでいたわけだ………」  
麻郁は、自分達の本当に最初の最初の状況を口にした。  
 
「そうそう、それが最初の出会いじゃない………」  
深衣奈は麻郁に瞳を触られていた手を振り払って、  
あんまりにも当たり前の過去を麻郁が口にした事に、  
ムッとした表情を作った。  
しかし、麻郁は更にじっと深衣奈の方を見て言葉を続ける。  
「さて、これまでの経緯で、  
 俺と樺恋が青い目なのは、兄妹だからって事で説明ができた……  
 じゃぁ、深衣奈の目が青い理由は、結局、何だったんだ?」  
「…………え?」  
ピッと深衣奈の瞳を指さし、麻郁はそう言う。  
そう言われた深衣奈は、あまりに唐突な発言に目を点にさせた。  
麻郁は正面に向き直し、自らの腕を組んで眉をひそめる。  
「この街のどこら辺を見渡せば、他に青い目の人が居た?  
 俺達がここら辺で青い目で生まれたって事は、  
 それだけで珍しい事なんだぜ? 周囲を見ると……」  
そう言って、自分達の特異性に頭を振る麻郁。  
「……うん……それはそうだけど………」  
麻郁の言葉に、深衣奈は頷くしかなかった。  
青い目で闊歩している人間など、自分と麻郁と樺恋くらいしか  
この周囲には居ない。これは既に周知の事実だ。  
そこの点を持ち上げて、麻郁は人差し指を振って言葉を吐く。  
「なぁ、深衣奈……青い目の人間が、『何故か』血の繋がりも無く、  
 家が両隣で生まれあった……なんて偶然が、あると思うか?」  
麻郁は、しれっとそう言った。  
その言葉を耳にして、深衣奈の顔が一瞬の間に曇る。  
 
「………ちょっと、どういう事よ!?   
 私、馬鹿だからわかんないよ麻郁っ!!もっとハッキリ言ってよっ」  
麻郁のもったいぶった言葉に深衣奈は焦れ、  
腕にさばりついて明快な言葉を求めた。  
その食いつきに麻郁は視線を深衣奈の方にやり、  
深衣奈を見下ろしながら口を開く。  
「じゃぁハッキリ言うぜ、深衣奈……  
 ここで最初の疑問に戻りましょう、俺達のオヤジって誰?」  
麻郁はまた疑問系を投げた。  
「ううう??」  
麻郁の意味不明の謎かけ言葉に、頭を抱える深衣奈。  
しかし、今度は麻郁は回り道をせず、単刀直入に自分の疑念を口にした。  
「もしかしてだ……、俺達のオヤジって全く存在が不明な奴が  
 青い目の外人さんか何かで……、  
 この両隣に住んでいた俺と樺恋のオフクロさん  
 そして深衣奈のオフクロさん2人に俺達子供作って、  
 トンズラしたか、あの世に逝ったかで、いなくなったという  
 そういう可能性は、考えられないか?」  
麻郁は、ここ最近ずーっと疑問に思っていた事をそこで言葉にした。  
「……は?」  
あんまりに、あんまりな言葉に深衣奈の思考は硬直する。  
そんな深衣奈の表情を見て、そんなもんか、という様な表情を作って  
麻郁はそっと深衣奈の髪に手を触れた。  
 
「つまり、俺達の目が同じ青なのは……  
 俺達のオヤジの遺伝で……俺と深衣奈は………  
 腹違いの異母兄妹かもしれない可能性が、まだ残っているわけだよ……」  
麻郁は、『その可能性』を口にした。  
「………はぁぁっ!? 何言ってるのよ麻郁っ!」  
深衣奈はようやく思考の硬直から解け、麻郁のトンデモ発言に目を丸くする。  
そんな深衣奈の当たり前の反応に、麻郁は少し溜息を付いた。  
「確かに、憶測でしかない……、可能性だけの話だ……  
 しかし深衣奈……、生まれた家が隣で、何故か同じ青い目で、  
 捨てられたときに同じ写真持たされて、  
 オフクロさんの記憶はあってもオヤジの記憶がないのなら……」  
麻郁は自分達に与えられた情報を前に、どーしても拭う事の出来なかった疑念を  
忘れてしまおうとか思っていたのだが、ちょうどいい機会なんで全部ぶちまけた。  
そんな麻郁の言葉に青ざめるしかない深衣奈。  
「そ、そんなっ! そんな事、言われてもっ!!」  
深衣奈は自分が麻郁と完全に他人だと思いこんでいたので、  
麻郁の物凄い言葉のカウンターパンチを食らって、  
ただ頬を両手で抱えて震えるしかない。  
 
「そう、可能性だけの話でしかないが………」  
麻郁は、チッチッチと指を手で振りながら、言葉を口にする。  
「……そっか……そういう仮定の話なら深衣奈さんって私達の……」  
樺恋がようやく麻郁の言わんとする事を理解し、  
確かにあり得る話に納得した表情を作った。  
「そう、深衣奈は俺達とは、他人かも知れないけれど………」  
麻郁はボンヤリと言葉を口にする。  
「もしかしたら、深衣奈さんは麻郁さんの異母兄妹かもしれない………」  
樺恋がその言葉の後を、補って口にした。  
その言葉が口にされて、3人の間に思考の硬直が生まれる。  
月がずーっと3人を照らしていた。  
チッチッチッチ……チーンッ。  
「そ、そんなぁぁぁぁぁっっっ!!!!」  
ある時間を越えた後、思考の硬直が解けた深衣奈は  
近所迷惑も考えずに、ありったけの声量で叫び声を上げた。  
 

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