―――――カタカタカタカタ――――――――  
キーボードを叩く乾いた音が部屋に響く  
薄い紫がかった髪の毛に、蒼い両目  
この家の主人である、神城麻郁だ  
 
「ふーっ。」  
深いため息を吐きながらキーボードを叩く両手を休める  
  今日はテンポが良くないな・・・・  
彼の仕事であり、この家の収入のほとんどを占めるプログラミングのペースが、今日はあまり良くない  
 
締め切りは1週間後だが、途中でのプログラム変更や訂正版の作成など、やるべきことは山積みなので、あと3、4日で完成の目途を出しておきたい  
と、いうのが麻郁のスケジュールだった  
「深衣奈・・・・・・・」  
ふと、恋人であり同居人の名前を口に出す  
 
1週間前・・・・・・・・・・  
近くのキャンプ場でテントを張り、集中的に仕事を進めようとしていたが、結局いつもの学校のメンバーが集まってしまい仕事は思うように進まなかった。  
その中で、深衣奈は麻郁との仲を、一歩前進させようとした  
麻郁の頭から、深衣奈のあの姿が離れない  
 
 
麻郁と同じ蒼い瞳・・・・・  
その瞳が潤んでいた・・・・・・・  
自らシャツを肩まで下ろし、小さな肩にかかるブラジャーの肩紐が深衣奈を妖艶に魅せた・・・・・・・  
 
ボーッとなって、深衣奈の姿を思い出す  
 
「ハッ、いかんいかん・・・・何を考えてるんだオレは・・・」  
無理もない  
思春期真っ最中の男子が恋人と同居しているのだ  
想像や妄想が膨らむのは自然の摂理というものだろう  
 
「コーヒーでも飲むか」  
ヘッドフォンを外し、椅子から立ち上がり後ろを向くと  
麻郁は自分の目を疑った・・・・・・・・  
「樺恋・・・・・・・・・・」  
 
そこには、麻郁の実の妹であり、同居人の樺恋が立っていた  
 
「麻郁さん・・・・」  
「か、樺恋、、、、、、いつからそこに?、、、、、」  
「10分程前からです」  
 
聞かれてた________  
麻郁の脳裏に戸惑いが浮かぶ  
「そ、そうか、何か用が有ったのか?」  
 
「麻郁さんは、、、、、、、、、、深衣奈さんのことが好きなんですよね?」  
突然の樺恋の質問  
「な、なんだ、、、、、、突然、、、、、何を、、、、、、、」  
何と言って良いかわからず、戸惑いを隠せない  
「答えて下さい」  
いつもの弱気な樺恋とは思えないほど、はっきりとした口調で麻郁に問い掛ける  
 
何て言えばいい?オレはどう答えたらいい?オレの気持ち・・・・・  
麻郁は答えられなかった  
 
「私は、麻郁さんのことが好きです」  
はっきりと、まっすぐに麻郁の目を見つめながら樺恋は告白した  
樺恋の告白は2度目だ、しかし、1度目は兄妹だから好きなのだ、という意味だった  
だが今回は違う、兄妹になって2週間後に改めて告白しているのだ  
この告白が持つ意味は、、、、、、、、、、  
 
「私は、麻郁さんのことが、世界中で一番好」「言うな!!」  
樺恋の告白を麻郁は大声で制した  
 
「頼むから、言わないでくれ」  
麻郁は恐れていた  
樺恋の告白によって、今まで隠していた自分の気持ちを抑えきれなくなることに  
 
ホントは気付いていた  
自分の気持ちにほんとはずっと前から気付いていた  
オレは、深衣奈と樺恋、二人を愛してしまったことに  
同時に二人の人間を愛してしまったことに  
 
「麻郁さん・・・・・・・・」  
泣きそうな瞳を麻郁に向けながら樺恋は麻郁の胸に飛び込む  
思わず樺恋を抱きしめる麻郁  
樺恋の身体が折れると思えるくらいに力強く樺恋を抱きしめる  
 
もう麻郁には、自分の気持ちは抑えきれなかった  
 
「麻郁さん、、、、、、、私、、、、、嬉しいです」  
「樺恋、、、、、、」  
「オレは、樺恋のことが、好きだ、、、、、、」  
 
樺恋の目を見つめながら、麻郁の告白が部屋に響く  
「う、うぅ、、、、、う、、ひ、、、ひっく、、、、、」  
「お、おい、泣くなよ」  
「い、いえ、、、、うう、、ち、違うんです、、、、」  
「う、、、うれ、、嬉しくて、、、、」  
 
 
10分くらい、そうして樺恋を抱きしめていたが、麻郁の頭の中ではある覚悟が生まれていた  
「樺恋、そのままで聞いてくれ」  
「は、はい」  
「オレは樺恋のことが好きだ」  
「はい」  
「しかし、深衣奈のことも好きなんだ」  
「、、、はい」  
「節操の無い奴だと思われるかもしれないが、俺は二人のことが好きなんだ」  
「・・・・・・・・」  
「世間一般には許されないことだと思う。でも、これがオレの正直な気持ちなんだ」  
「だから樺恋、オレはこの気持ちを正直に深衣奈に伝えようと思う」  
「麻郁さんが決めたことなら、私は、、、、、」  
「もしかしたら、樺恋にも深衣奈にも辛い想いをさせてしまうかも知れない」  
 
「大丈夫です、、」  
「えっ・・・・・」  
「深衣奈さんも必ずわかってくれます。だって、深衣奈さんも麻郁さんのことが大好きなんですから」  
「そうか、、、、、、ありがとう、、、、、」  
 
 
 
「そういうわけでぇ、今日のバイトは暇だったのよ」  
「そ、そうだったんですか、深衣奈さん」  
「ま、まぁ、たまにはそういう日もあるだろ」  
 
三人で夕食を囲みながら団欒中  
 
 
「・・・・?」  
「なんか樺恋と麻郁、様子が変よ」  
「えっ、そ、そんなことはないですよ。ね、ね!麻郁さん!」  
「あ、あぁ。別にいつもどおりだろ」  
 
「やっぱおかしいわよ。、、、だって、樺恋の麻郁の呼び方が元に戻ってる・・・」  
「あっ、、、、、、、」  
顔を赤くしてうつむく樺恋  
 
「ねぇ、二人とも、私に何か隠してるでしょ」  
「えっ、、、、、、、、、、、、、」  
思わず顔を見合わせてしまう樺恋と麻郁  
 
「ねぇ、何も私に言ってくれないの?  
  やっぱり、、、、、、、、私が他人だから?」  
ハッとなって樺恋が顔を上げると同時に麻郁が怒鳴った  
「バカ野郎!!  そういうことは言うなって何度も言っただろ!」  
 
「な、何よ!麻郁と樺恋が何も言ってくれないからでしょ!」  
涙目になりながら深衣奈も声を上げる  
 
・・・・・・・・・・・・・・・  
 
しばしの沈黙から、樺恋が喋りだす  
「ご免なさい・・・・深衣奈さん・・・」  
「樺恋・・・・・・?」  
「私が、はっきりと深衣奈さんに言えば良かったんです。」  
「何を?私に何を言いたかったの?」  
 
「深衣奈さん、、、、私、、、麻郁さんのことが好きです。  
   兄妹としてではなく、1人の男性としての麻郁さんが大好きなんです!」  
「か、樺恋、、、、、、そ、それは前から知ってるわ、、、でも、麻郁と肉親だって解ってからは、兄としての麻郁を好きになるって言ってたじゃない・・・・・」  
 
「ごめんなさい、深衣奈さん。私、気持ちをもうごまかし続けることができなってしまいました・・・・・・」  
泣きながら樺恋は自分の気持ちを告白した  
「深衣奈、、、、、樺恋は、今日オレに今のと同じ告白をしたんだ」  
「そして、オレももう自分の気持ちに嘘はつけなくなってた・・・」  
「麻郁・・・・・」  
「深衣奈、、、、オレは、深衣奈のことが好きだ。  
   そして、、、、、、、樺恋のことも、1人の女の子として好きなんだ」  
 
「いきなりこんなことを言っても、解ってもらえないかも知れない・・・  
  でも、これがオレの正直な気持ちなんだ・・・・・・・・・」  
「解んないよ・・・・・そんなの、解んないよ!!」  
「私は、私は、、、、、、ごめん、少し考えさせて・・・・」  
 
席を立った深衣奈はバスルームへと走っていった  
 
「麻郁さん・・・・・・」  
「大丈夫だ、深衣奈はきっと解ってくれる」  
「樺恋、深衣奈と二人で話がしたいんだ。今夜は、みずほ先生の所に泊まってくれないか?」  
麻郁の言葉の裏にある真意に気付いているかは解らないが、樺恋はだまってうなづいた  
 
 
「はぁ〜・・・・・・  
  なんでいきなりあんなこと言うのよ・・・・・」  
湯船につかりながら深衣奈は呟いていた  
「麻郁、、、、、、、、、、、、、、、、」  
のぼせているのか、それとも別な理由なのか、深衣奈の顔は真っ赤になって、どこか艶っぽい  
 
「深衣奈」  
突然、バスルームのくもりガラスの引き戸越しに麻郁が話し掛ける  
「えっ!えっ!ま、麻郁!?」  
驚いた深衣奈は思わず身体を湯船の深くまで沈めた  
 
「そのままでいいから、話を聞いてくれ」  
静かに、しかし、しっかりとした口調で麻郁は話し始める  
「・・・・・さっきは、突然だったから、きちんと話せなかった・・・」  
「麻郁・・?」  
「深衣奈、俺は、・・・・・深衣奈のことが好きだ。心からそう思っている」  
「・・・・・・・・・」  
「俺は、ずっと欲しいものがあった・・・  
この家に住み始めて、1人で暮らしながら、ずっと求めているものが・・・」  
目をつぶったまま、少し上を見上げる麻郁  
 
「そして突然、その欲しかったものが目の前に現れた・・・・」  
「・・・・・それは、・・・深衣奈・・・お前と樺恋なんだ・・・・」  
「俺は嬉しかった。ただ単に、肉親が見つかったことだけじゃない・・・」  
「俺が、心から大切にしたいと思える人間に出会えたことが、、、、嬉しかった・・」  
 
「麻郁・・・・・」  
 
麻郁は、こぶしを握り締めながら、ある決意を口にした  
 
「深衣奈、、、、、今夜、、、俺の部屋に来てくれないか・・・・」  
 
時が止まる  
何て答えてよいのか、深衣奈は言葉が出なかった  
麻郁の言葉の意味については、深衣奈は気付いていた  
 
1週間前、深衣奈自信が決意したことを、今度は麻郁が決意していた  
 
「か、、、、樺恋は、、、、、、、?」  
長い沈黙から、深衣奈がやっと搾り出した言葉は、樺恋への気遣いだった  
深衣奈にとっても、樺恋はかけがえない存在なのだ  
 
「樺恋は今日、みずほ先生の所に泊まってくる・・・・」  
麻郁の言葉に、深衣奈はどこか心がホッとしたが、少し心に痛みを覚えた  
樺恋が了承しているという事実が、どこか申し訳ない気持ちを生んだ  
 
そんな気持ちを振り払うように、湯船のお湯で顔を一度流す  
 
「深衣奈、、、、、、、今夜、、、、、、、、、、待ってる、、、、、、、」  
 
 
ベッドに寝転がりながら、麻郁は一点を見つめていた。  
 
これから深衣奈と結ばれることに対する覚悟と、一線を超えてしまうことの不安。  
その二つが複雑に混ざり合い、麻郁は落ち着くことが出来なかった。  
 
「あれからまだ半年も経ってないんだな・・・・・」  
麻郁は独り言を言いながら、今までの出来事を整理していた  
施設を出て、一人暮らしを始めた4月、深衣奈と樺恋がきてからあっという間に過ぎ去った5,6,7,8月  
たった数ヶ月の出来事が、こんなにも強く、暖かく心に残ったことは、今までの人生では無かった  
 
「俺は、深衣奈と樺恋に会えたことで、こんなにも大事なものを貰っていたんだな」  
そう言いながら麻郁は右手を握り締める  
その右手には、コンドームが握られている  
 
夕飯の前に、隣町で買ってきたものだ  
さすがにこの小さな街では、買っている最中に知り合いにあう確立が非常に高いので、  
わざわざ電車に乗って買いに行った  
 
 
――――――――――コンコン――――――――  
静かな部屋に控えめなノック音が響く  
 
「どうぞ」  
この家には深衣奈と麻郁しかいないが、自分の存在を確かめる様に優しく答える  
スッと引き戸を開けて湯上りの深衣奈が部屋に入ってきた  
 
少し頬が赤いのは湯上りの為かそれとも別の理由か、上気した深衣奈の顔は、  
幼さを感じさせつつもどこか艶っぽい  
 
「ここに座れよ」  
「うん・・・」  
 
いつもの元気さを感じさせず、深衣奈は麻郁の隣に座る  
 
・・・・・・・・・  
お互い何を話せばいいのか解らずに沈黙が訪れた  
 
「さっきさ、深衣奈たちが来てからのことを思い出したんだ」  
沈黙を和らげるように麻郁が優しく語りだす  
 
「俺たちは、出会ってからまだ数ヶ月しか経ってないだろ?」  
「でも、そのたった数ヶ月で、ホントに俺は多くの大切なものを深衣奈達から貰うことができた。  
・・・だから、・・・・・今度は、俺が深衣奈達に何かをしたいんだ。」  
 
「麻郁・・・・・」  
「深衣奈、俺はまだまだ子供で大したことはしてやれない、だけど・・・  
深衣奈を大切に思うことだけはだれにも譲れない」  
 
「麻郁・・・私・・・私、嬉しいよ。  
ずっと居場所を探しつづけた、その居場所を守ることだけに専念して、結局失って・・・・・。  
でも、この家で麻郁に出会えた、樺恋に出会えた。  
わたしの居場所はここなんだって信じていたい・・・・・」  
 
麻郁は涙ぐむ深衣奈を強く抱きしめる  
 
「あぁ、深衣奈の居場所はここだ、この家だ、俺の腕の中だ。」  
「麻郁・・・・私たちは間違ってないよね?私たちの気持ちは間違ってないよね」  
 
「当たり前だ、俺たちは間違ってない!俺たちは正しい方向に進んでるんだ」  
 
 
 
 

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