私はチャプチャプ。はるか昔にポカの大地に生まれた水の戦士ですの。  
古き大地が滅びを迎えた時に、時のゆりかごに生体情報と記憶を記録され、  
何万年もの眠りを経て現代によみがえったんですの。  
得意技は、持ち歩いてる金魚鉢から海竜のハクちゃんとおさかなを召喚することですの。  
特にマグロは時速百五十キロで泳ぐですから、戦闘とか急ぐ時に重宝してますの。  
私よみがえったのはいいんですけど、ふるさとのポカの大地はとっくに消滅していたので、  
住む場所がなくて困っていたんですの。そこで今は時のゆりかごを持っていた、  
紀元鈴《りん》ちゃんっていうかわいい女の子の所でお世話になっているんですの。  
 
りんちゃんはいつも元気な中学生ですの。それで学校ではお隣に住むりくさんと、  
それからポカの首飾りを持つ者と同じクラスでお勉強してますの。  
あ、説明が足りませんでしたの。りくさんっていうのは、私の愛しい太陽の戦士  
ポカポカ様が今お世話になっている方ですの。  
もちろん私も学校に通っているんですの。学校に行けば、ポカポカ様や風の戦士  
ピューピューといった大昔からの仲間とも会えるからとっても楽しいですの。  
学校の制服を着るのも面白いですの。だから私、学校が大好きですの。  
でもトレードマークの水中ゴーグルとシュノーケルを取るように先生から言われるですの。  
それがちょっとだけ不満ですの。  
 
りんちゃん、最近何だか元気がないみたいですの。  
いつも隣のりくさんを起こしてから学校に向かって、それからシャンバラの鍵を  
持つ者や世界征服クラブのおバカ三人衆と笑ったりして過ごしているんですけど、  
なぜか時々ため息を吐いたり、さびしそうな顔をする事があるんですの。  
この間なんか、いつもは三杯平らげるご飯を、最後の一口だけ残したんですの。  
食いしん坊さんのりんちゃんがご飯を残すなんて、居候としては見すごせない異常事態ですの。  
それで私、ピューピューに相談したんですの。でもピューピューは役立たずでしたの。  
「そんなのホットケーキ」とか寒い駄ジャレしか言わなかったし。  
 
それで仕方なく、放課後に世界征服クラブの部室へ行きましたの。  
部長さんにりんちゃんの様子を話して、一体何が起きてるのか聞いてみたんですの。  
「恋だね」  
部長さんはあっけなくそう言ったんですの。  
「恋、ですの?」  
ああ恋だよ、部長さんは念を押すように言いましたですの。  
「いいねえ恋、あたしも恋してみたいモンだねえ」  
部長さんは言い終わって、ほっぺたを赤くしたんですの。  
そのまま部長さんは、シャンバラでも見るかのような遠い目をしてみせたんですの。  
何だかんだ言って、部長さんも恋に恋するお年頃ですの。でも――  
「部長、僕ではどうですか」  
「部長、私がいますよ」  
立候補したのは、キャプテン天草さんとハルク岩男さんだけでしたの。  
正直どっちも恋人としては問題のありそうな、クセの強すぎる人たちですの。  
部長さんはキレイでスタイルもいいのに、とことん男運に恵まれない方ですの。  
「アンタら乙女心ってモンを全然理解してないよ!! あたしゃマルチオタクと  
固太りはイヤだって、アンタたち何度言ったら解るんだい!!」  
部長さん、キレましたの。ヒステリーを起こすのはみっともないですの。  
長居は無用と、私は部室を後にしましたの。  
 
「で、りんが恋してるからオレにどうしろと言うポカ?」  
学校の裏に呼び出されたポカポカ様は、ものすごく機嫌悪そうに言いましたの。  
そこまでの途中経過を話すと長くなるので、はしょらせて頂きますの。  
「ときめき布があるって聞いたから学校の裏まで来たポカ!なのに何で  
チャプチャプがここにいて恋の話、略してコイバナを聞かされなきゃ  
ならないポカ?!ときめき布はどこなんだポカ!!」  
ポカポカ様はパンツの事を『ときめき布』って呼ぶですの。  
初めてそれを見たとき、ポカポカ様はなぜか胸がときめいたそうですの。  
どーでもいい話ですけど、私この世界に来て初めてパンツの事を知りましたですの。  
ポカの大地にはなかった下着ですけど、使ってみるとすごく便利ですの。  
 
女の子の下着――  
それでときめくポカポカ様は変態ですの。しかもそんな物に釣られて  
のこのことやって来るポカポカ様は単細胞の大バカ者ですの。  
私、変態で単細胞で大バカ者のポカポカ様をにらみ付けて言ってやったんですの。  
「そんな物ここにはありませんの!!」  
「それじゃオレに用事はないポカ」  
パンツがないと知らされた途端――ポカポカ様は回れ右で帰ろうとしましたの。  
 
だから私、ポカポカ様にオニカマスの大群をけしかけたんですの。  
カマスの歯は鋭いから噛み付かれるとすごく痛いんですの。食用だ、とナメない事ですの。  
よい子は絶対にマネしちゃダメですの。  
「女の子にとっては大事な話ですの!それでりんちゃんの恋の相手は誰ですの?」  
「多分りくだポカ」  
ポカポカ様は体にカマスを何匹もひっ付けながら、質問にあっさり答えたんですの。  
カマスがぴちぴち跳ねてましたの。  
「じゃあポカポカ様には、りくさんにその事を伝えて欲しいんですの」  
「イヤだポカ」  
女の子の、女の子の頼み事を――ポカポカ様はたった一言の下に拒みましたの。  
 
だから私、ポカポカ様の頭にマカジキを突き差したんですの。  
マカジキの角は固いから船腹も突き破るんですの。昔はそれでよく漁船が沈みましたの。  
よい子は絶対にマネしちゃダメですの。  
頭から血を流して、ポカポカ様は話を続けたんですの。  
「りくはこよみが好きだポカ。だからりんの気持ちは絶対に伝わらないポカ。  
オマエの頼み事はムダだポカ。オレムダな用事はイヤだポカ!」  
何と――そういう事だったんですの。  
りくさんはいつも自分を起こしてくれるカワイイ幼なじみより、後から出会った  
首飾りを持つ者の方が好きだとおっしゃるんですの?  
でも、とポカポカ様は言いましたんですの。何かりんちゃんの手助けになる方法が  
あるのかと思って、私ポカポカ様の話に注意してみましたの。そしたら――  
 
「りくがダメでも、りんにはオレがいるポカ!オレがりんのさみしさを慰めてあげるポカ!」  
ポカポカ様はそう言って明るく笑ったんですの。言うに事欠いてなんて事おっしゃるですの?!  
この私が、私という恋人がありながら、この男わ――  
 
だから私ハクちゃんを召喚したですの。  
ハクちゃんの虫歯が心配だから、ポカポカ様をデンタルガムの代わりにしてみたですの。  
よい子は、ってマネ出来ない技ですの。  
――りんちゃんは、りくさんが好き――  
学校から帰ろうとしたら、校門の辺りでパトカーや消防車や救急車とすれ違ったですの。  
振り返って見ると、ハクちゃんがはしゃいだせいか校舎が半壊していましたの。  
 
学校から家に戻ったりんちゃんは、やっぱり元気なさそうに見えましたの。  
おやつのぽてちもビッグサイズを一袋しか開けなかったですし、いつも読んでる  
かってに改蔵も途中で止めてしまったんですの。  
ベッドの上でごろんとあお向けになって、りんちゃんはイラついた声で吐き捨てましたの。  
「改蔵くんと羽美ちゃんが幼なじみじゃなかったなんて、そんな結末アリなの?」  
あれはりんちゃんにとっては受け入れがたい結末でしたの。羽美ちゃんと自分とでは性格が  
全然違うんですけど、でも幼なじみを好きな所は一緒だった、とりんちゃんは言ってたんですの。  
それが改蔵の最終回を見たら、結局二人は幼なじみじゃありませんでしたの。りんちゃんは  
それでものすごくショックを受けて、一時は単行本も全部捨てるって泣きわめきましたの。  
 
とりあえず、かってに改蔵の話はどうでもいい事ですの。  
確かにポカポカ様はりんちゃんの事が好きですの。でもりんちゃんはポカポカ様に  
恋してるわけじゃないので、私は恋敵という目でりんちゃんを見る事はできませんの。  
好きな相手に好かれないなんて、りんちゃんがとってもかわいそうですの。  
私にはりんちゃんの気持ちがよくわかるんですの。私の好きなポカポカ様は、  
いつだって私の事を好きだって言ってくれないんですの――  
 
せめて少しでもりんちゃんを元気付けようと思って、私クマノミを出してみましたの。  
この前りんちゃんと一緒に見た映画で、クマノミが大活躍してましたの。  
あの映画を思い出して、いつもの明るいりんちゃんに戻って欲しかったんですの。  
でも効果はありませんでしたの。  
お部屋ごとびしょぬれになったりんちゃんは、立ち上がって力ない目で私を見ましたの。  
「――ありがとチャプチャプ。心配してくれてたのよね」  
お風呂入ってくる、としょぼくれた様子で肩を落としたりんちゃんを、  
私はお部屋の中から見送る事しかできませんでしたの。  
 
今日のりんちゃん、三杯目のご飯を半分も残してましたの。りんちゃんのお母さんも  
心配そうに、学校で何があったのと私にたずねてきましたですの。  
私は「りんちゃんは恋してるんですの」とだけ言いましたの。お母さんはその一言で  
安心したみたいで、それきり何にも言わなかったですの。  
私はお夕飯も済ませてお風呂から上がると、りんちゃんのお部屋に戻ろうとしたんですの。  
お部屋のドアは閉まっていましたの。しかもドアにはプレートがかかってたんですの。  
『りんのへや』『入るな!』  
いつもドアは閉まってるんですけど、『入るな』ってプレートは初めて見ましたの。  
だから私は心配になったんですの。中の様子を知ろうと、私ドアに耳をひっ付けてみましたの。  
そしたらリズムのある息づかいと、それから声が聞こえましたですの。  
「……んっ……はぁ」  
りんちゃんの声だとすぐにわかりましたけど、でも何だか普段と調子が違うですの。  
もう少し様子を探ってみようと、耳を強くおし当てましたの。  
「……ううん」  
お熱を出して浮かされているような、それでいてとっても切ない感じですの。  
聞いている内に何か恥ずかしい、いけない事をしてるような気分になる声でしたの。  
それでもドアの向こうから聞こえるりんちゃんの息づかいは、聞かずにはいられない  
魔力みたいなモノを帯びてましたの。  
あっ、と短く声を上げて、りんちゃんはそれきり黙ってしまいましたの。  
私それでドアを開けたんですの。  
まっくらなお部屋の中から、今度ははっきりと、りんちゃんの声が私の耳に届きましたの。  
「りく……」  
 
私ドアの隣のスイッチを押して、お部屋の電気を付けましたの。  
明りがついたお部屋を見ると、りんちゃんが花柄のパジャマ姿でベッドの上に  
寝転んでいましたの。  
仰向けになったりんちゃんの、パジャマの上着は前が空いてましたの。  
りんちゃんはブラジャーを着けておりませんでしたの。りんちゃんは自分のことを  
ずん胴で胸が小さいと悩んでますけど、それでも私から見れば大きい方ですの。  
私なんか胸がヒラメですから、正直りんちゃんはゼイタク者だと思うですの。  
それはともかく――  
りんちゃんは自分の胸の上に、だらしなく手を置いてましたの。  
もう片手は両脚の間に伸びてましたの。クマさんのパンツは膝まで降ろしてましたですの。  
ここだけの話、りんちゃんって同い年の女の子に比べて毛の生え方が薄いんですの。  
その毛はぬらっと肌にはり付いて、指先と一緒にぬれてましたの。  
私あっけに取られて、ドアノブをにぎったまま動けませんでしたの。  
けどりんちゃんも似たような状況でしたの。  
目が遭ってせいぜい何秒かくらいの時間が、何分にも思えましたの。  
 
りんちゃんの丸いほっぺたが、かぁーっと赤くなったと思ったら。  
いきなりりんちゃんは毛布をかぶって体を隠したんですの。  
首を毛布から出して、りんちゃんは私をにらみましたの。  
「出てってよ!」  
りんちゃんの叫び声は、多分一階には聞こえていませんでしたの。  
下の階からお母さんに呼ばれることがあるですけど、この部屋で大声を出して  
返事しても、お母さんは何度も呼び返すんですの。  
部屋から出て返事すれば聞こえるみたいですけど。  
もっともりんちゃんの「出てってよ!」が聞こえたとしても、お母さんは  
私たちのケンカに口を出す方じゃありませんの。  
せいぜい「二人とも仲よくしなさいね」って優しくおっしゃる位ですの。  
 
それでも――  
りんちゃんがそんなに怒鳴るなんて思いもよりませんでしたの。  
とりあえずお話をして、りんちゃんが何で怒っていたのか聞き出そうと、  
私はベッドに近づきましたの。  
「出てってって言ってるのが解らないの、チャプチャプ?!」  
見たこともない位に目が釣り上がってるですの。もしりんちゃんが毛布から  
飛び出してきたら、げんこつの一発や二発は覚悟しないといけません。  
でもなぜか、りんちゃんはお布団から出てこようとはしなかったですの。  
その代わりにお布団の中で、何かもそもそと動いてましたの。  
「何で怒ってるですの、りんちゃん?」  
「こんな恥ずかしい所を見ておいて……」  
「何が恥ずかしいんですの?チャプチャプにも分かるように言ってほしいですの」  
私がベッドに腰を下ろしますと、りんちゃんの目がきょとんと丸くなりましたの。  
「まさかチャプチャプ、私が何をしていたのか知らないの?」  
はい、と私は首を振りましたの。  
勉強机の時計の音が、こちこちとお部屋にひびきましたの。  
 
二人とも黙ったまんまだと、お部屋の空気がだんだん重苦しくなるですの。  
何かしゃべらなくちゃ。そう言えばりんちゃんに元気になってほしいと思ってたですの。  
りんちゃんがさっき口にした名前を思い出して、私しゃべってみたんですの。  
「りんちゃん、りくさんの事が好きですの?」  
りんちゃんはほんの少し私の言葉に首をかしげたかと思うと、ほっぺたがかぁっと  
赤くなりましたの。がばっと毛布をはね退けて、ベッドの上にひざ立ちで迫ってきたですの。  
さっきみたいにだらしない格好じゃなく、ちゃんとパジャマを着てたですの。  
「……チャプチャプ、もしかして今の聞いてたの?!」  
しまった、と思いましたですの。私りんちゃんを見上げながら、あわててフォローしたですの。  
 
「ち、違うです!さっきのりんちゃんはりくさんと言わなかったですの!」  
「つまり聞いてたのね?!サイテー!!」  
「違うですの!違うですの!」  
身ぶり手ぶりで訴えているのに、りんちゃんは全然信用してくれませんですの。  
うう、りんちゃん怖いです。今度こそ本当に殴られそうな雰囲気です。  
りんちゃんのゲンコツはハッキリ言って凶器ですの。痛いのはイヤですの。  
「あ、いや、だからみんなにそう聞きましたですの!別に今のは関係ないですの!」  
りんちゃんの目が、じとっと私を睨んだですの。  
「みんなって誰の事言ってるのよ。一体誰が私の事、りくが好きだなんて言ってたの?!」  
誰って――誰と話しましたっけ。指を折って数えてみるですの。  
えーっと、ピューピューでしょ、部長さんでしょ、キャプテンにハルクさんでしょ、  
それから――ポカポカ様でしょ?  
まっカニ燃えた太陽みたいなりんちゃんの顔から、血の気がモンゴウイカの体みたいに  
すうっと引いて行きましたの。  
「それって、本当にみんなじゃない……」  
りんちゃん、その場にグニャっとへたり込んだですの。  
陸に上がったミズダコみたい、私にはりんちゃんがそう見えたですの。  
ちょっと誤解があるですの。  
りんちゃんの好きな相手を知ってたのはポカポカ様だけだったですの。  
「いや、みんなが知っていたわけじゃないですけど」  
泣きそうな目で見られると、私も辛いですの。  
「部長さんとかにも聞いて回ったんでしょ?もうみんなに知られたも同然よ」  
ああ、とりんちゃん肩を落としましたの。ひざを抱えて突っ伏しましたの。  
「りんちゃん……」  
一応名前をつぶやいてはみましたけど、全然呼びかけになってませんでしたの。  
りんちゃんの肩が小刻みにふるえましたの。アオウミガメみたいにうずくまった  
体の下から、声がもれてたですの。  
「ふふ……ふふふ……」  
笑ってましたの。何で、どうして?  
「りんちゃん?どうしちゃったですの?」  
肩をゆさぶってみましたですの。りんちゃんはそれに気付くと、ジンベイザメみたいに  
ゆっくりとした動作で顔を上げましたの。そのまま猫背ぎみの正座で座ったですの。  
 
ほほえんだりんちゃんの目元に、涙の痕が残ってたですの。  
すごく不思議な感じがするです。笑ってたんじゃないですの?  
「大丈夫よチャプチャプ。なんだか私バカみたいね」  
どうせみんなにはバレる事なんだから――ため息まじりに落ち着いてそう言いましたですの。  
「そりゃそうよね。でなきゃいくら幼馴染だからって、毎朝アイツを起こしたりしないもんね。  
何で隠そうとしたんだろ。ホント私――」  
――バカみたい。  
あきれたように繰り返すりんちゃんの笑顔は、しかしどこか空っぽに見えましたの。  
海水を飲み込んだ時みたいに、胸がしめつけられてのどが乾く感じがしましたの。  
 
りんちゃんはほっと息をついて、おもむろに口を開きましたですの。  
「ねえチャプチャプ」  
りんちゃんの顔が間近に迫りますの。とりあえず私に対して怒ってないですの。  
それはいいとしても、不安が胸から消えません。なんだろう?  
笑顔は笑顔なんですけど、りんちゃんのこんな顔は見た事がないですの。  
私の不安、顔に出てたみたいですの。  
りんちゃんは私の前にぺたんと座って、ポンポンと軽く私の頭をたたいたですの。  
「そんな悲しそうな顔しないで」  
「……はい」  
「私のしてた事が何なのか、知らないって言ってたわよね」  
返事しながら、何の話をしているのか思い返したですの。  
私がお部屋に入った時、りんちゃんがパジャマを半分脱いでいた事を思い出したですの。  
「ドキドキした?」  
少し、だけ。私はうなずいたですの。  
りんちゃんとは一緒にお風呂に入ってますから、裸は見慣れてますの。  
女どうしで裸を見て、ドキドキするはずもないのに。  
分からない、と首をかしげてますと、りんちゃんが続けるですの。  
「カラダの中が熱くなったんじゃない?」  
確かに―ーそれにお腹の下がウズウズしてたですの。  
今のりんちゃんの顔、それを見てもウズウズしますの。マトモに見ていられませんの。  
目をそむけると、南の海のホンダワラみたいに、りんちゃんが巻き付いて来たですの。  
 
一瞬何が起こったのか、私わからなかったですの。  
ただ何か怖いモノが来る――私、肩にぐっと力を入れて身をちぢめたですの。  
「大丈夫よ」  
りんちゃんの声はとても優しかったですの。ホントのお姉さんみたいですの。  
「何で私があんな事してたのか、知りたくない?」  
それは――知りたいですの。  
けど知りたいのに、なぜか不安が抑えられませんですの。  
「りんちゃん、それって恥ずかしい事じゃないんですか?」  
そうね、とりんちゃんはささやいたですの。  
「けど知られちゃったから。だったら誰かに私の気持ちも知って欲しいと思うの」  
「だったらりんちゃん、りくさんに『好きだ』って告白すれば――」  
いいですの、と言おうとしたら、りんちゃんの髪が耳をなでたですの。  
「そうね。でも――言えないの。だから心が苦しくなって、それで――あんな事を」  
それが、りんちゃんが今さっきしていた事なんですの?  
私には分かりませんの。でもでも。  
りんちゃんがどんな気持ちでいたのか、知っておかなくちゃいけない気がしたですの。  
「どうすれば――どうすればりんちゃんの気持ちがわかるですの?」  
私にまかせて――と言うささやきが聞こえて、りんちゃんの冷たい手が私の肩にふれたですの。  
 
――くすぐったい!  
最初に感じたのはそれでしたの。その時点でパニックになってしまったですの。  
肩なんか自分でさわったとしても、全然くすぐったくないですの。  
大体くすぐって遊ぶのなら、りんちゃんはわき腹とか足の裏をくすぐるはずですの。  
なのに。  
優しく動くてのひらが、。  
何で?  
どうして?  
肩が自然に動いたですの。自分の体が、手の動きを妨げようとしてましたの。  
かまわずにりんちゃんは私をなで続けましたの。  
肩を抱きとめられて、くすぐったいのから逃れられませんの。苦しいですの。  
「いや……ですの」  
 
首をふっていると、りんちゃんのぷにぷにしたほっぺたが顔にくっつきましたですの。  
サラサラのショートヘアが鼻にかかるですの。シャンプーの匂いがするですの。  
抱きしめられて、りんちゃんの体から温もりが伝わって来るです。  
人肌に包まれていると、どうして心が安らぐのでしょうか。  
日差しを浴びながら、波打ち際にプカプカ浮いているみたいですの。  
それがくすぐったい感じと混ざって、不思議に心地いい――  
 
――チャプチャプ  
いきなり呼ばれて、私現実に引きもどされたですの。頭が少しクラクラするですの。  
「何……ですの?」  
「私がしてるみたいに、チャプチャプも私の事さわっていいのよ」  
言われて私、自分の上に乗ったりんちゃんを抱き返していた事に気付いたですの。  
その手を動かして、りんちゃんの背中をさすってみたですの。  
自分がされたみたいに、優しく、優しく。  
「……あ」  
りんちゃんのあったかそうな声が、私の耳にかかるですの。  
ちろっと耳たぶをなめられると、体がぶるっとふるえるです。  
熱いような冷たいような。ヘンな気分ですの。  
ヘンな気分と言えば――  
りんちゃんのお肌をさわりたい、なんて思ってしまったですの。  
パジャマ越しではお肌の感触が伝わらなくて、それが少し不満ですの。  
大体りんちゃんは服着てるのに、私の服は露出が多いから不公平ですの。  
りんちゃんが私の首すじと、それから鎖骨をさわり始めたですの。  
またゾクゾクが始まったですの。りんちゃんの体が少しはなれたですの。  
そのスキにパジャマのボタンに手をかけると、りんちゃんの顔が少し驚いていましたの。  
けれどもすぐにお姉さんみたいな優しい目になって、私の手の動きを見守ったですの。  
 
りんちゃんのかわいいおっぱいが、パジャマの下から現れたですの。  
私が部屋に入った時、りんちゃんは確か自分でこれをさわってたですの。  
さわるとどうなるんだろう。やっぱりくすぐったいんですの?  
洗いっこはした事があるけど、スポンジなしでじかにさわるのは初めてですの。  
そっと手を置いてみるです。ほっぺたとおんなじように、プニプニして柔らかいですの。  
それでコリコリした乳首がてのひらに当たって、何か面白いですの。  
――チャプチャプ  
りんちゃんは目をつぶって、私がモミモミと手を動かすのに合わせて、深く息つぎするですの。  
りんちゃんが薄目を開けて、普段より少し高めの声で言いますの。  
――あなたにも、してあげるね  
りんちゃんのため息がまじった声に続いて、私の薄い胸にてのひらが置かれましたの。  
 
じん、と頭の中が熱くなったですの。  
りんちゃんの手が、布地の上からサワサワと私のおっぱいを形作るように  
なで回したですの。りんちゃんに体重をあずけ、なすがままになったですの。  
吐く息が熱いですの。ほてった体の熱が、息にも伝わっているですの。  
そんな私を見て、りんちゃんがいたずらっ子っぽくほほ笑むですの。  
――チャプチャプって金魚さんみたい  
――きんぎょ、さん?  
そうよ、とりんちゃんは耳元でささやくですの。  
――金魚さんみたいな、ヒラヒラの服着てるから  
面白そうに言いながら、りんちゃんは私の背中に手を回して結び目を解きましたの。  
りんちゃん、耳に息をかけないで下さい。  
 
――クマノミ、みたいです  
体を少し持ち上げて、私と顔を突き合わせて、りんちゃんは聞き返してきたですの。  
「クマノミ?ニモと何か関係あるの」  
私はううん、と首を横にふるです。息が少し整いました。  
頭の中を整理しながらしゃべるですの。  
――イソギンチャクの中にいて、なでられている気分ですの  
 
りんちゃんが、いぶかしげに私を見つめるですの。  
ダイオウイカの墨に身をくらまされた、マッコウクジラみたいな目ですの。  
――何よそれ?  
――こそばゆい、ですの  
それを聞いたりんちゃん、ぷっと吹き出したですの。私の上からどきましたですの。  
りんちゃんは口を押さえて、ケラケラと笑い出しましたの。  
笑い声に合わせて、パジャマの下のおっぱいが小刻みにゆれてるですの。  
りんちゃんは何がおかしかったんでしょう?  
夢見心地なふんいきが、たった一度で台無しですの。でも――  
 
いつもの、りんちゃんです。  
 
こうやって見ると、りんちゃんにはやっぱり笑顔が似合うですの。  
何だかんだ言っても、りんちゃんの明るい笑顔には元気が含まれているですの。  
見ていてこっちがホンワカとなるですの。  
りんちゃんが私の視線に気付くです。どうやら笑い泣きしてたようですの。  
――ゴメンゴメン、あーおかしかった  
りんちゃんはつぶやいて、目じりにたまった涙を指でぬぐいましたの。  
「なるほど、イソギンチャクね。面白い表現だけど、言い得て妙だわ」  
うんうん、とうなずいたですの。  
「そうだね。私もこんな気持ちになるとは思わなかったわ」  
りんちゃんの声は、最後の方がかぼそくなってましたの。りんちゃんは私の両肩を持って、  
そのまま自分に引き寄せたですの。  
「一人よりは、二人の方がいいよね」  
それはりんちゃんの言う通りですの。もし私一人でこんな目にあったのなら、  
心細さのあまり泣き出していたですの。  
――りんちゃん、こんなに切ない気持ちをおさえてたんだ。  
こんな気持ちを一人で抱えていたなんて。  
りんちゃんの辛さを思い浮かべると、目頭が熱くなるですの。  
泣き顔をりんちゃんに見せたくなくて、私りんちゃんの肩に首をうめたですの。  
 
お互いに、さわりっこですの。右、左と一個ずつおっぱいをさわるですの。  
無意識の内に、つい体を相手から離そうとしてしまうですの。  
それを止めようと、相手の背中にまわした腕が、しっかりと相手を  
そんな事してる内に、胸の覆いに手が忍びこんで、胸を直接押されましたの。  
お肌をなでられた時のくすぐったさを、何倍かに濃くしたようなゾワゾワ感が、  
背すじをかけ上って頭の中まで届きましたの。  
――私、私  
とっても切ない。りんちゃんにそう訴えるですの。  
もう座っていられませんの。私、体をベッドの上に投げ出したですの。  
スプリングが私の背中をはね返して、首ががくんとゆれたかと思うと、  
りんちゃんが上から被さって来て、胸とお腹をぴったりと合わせたですの。  
 
りんちゃんの息づかいに合わせて、肩とお腹の肌がすれ合います。  
お風呂上りだったから、お肌がしっとりしています。  
私も知らない内に汗をかいていたですの。後でお風呂に入らなきゃいけないですの。  
それに――りんちゃんのおっぱいが、ムニュっと私の胸を押して息苦しいですの。  
乳首がこすれて、少し痛いくらいですの。  
身動きがとれません。  
と言うか、体がこの流れに身をまかせようとしていて、思うように動けないですの。  
しかもそんな状態は不自由なんだとも思えないし、  
くすぐったいはずなのに不愉快だとも感じませんですの。  
生きのいいホタテのように甘くって、それでいてトラフグのようにシビれる毒――  
そう、まるで毒ですの。  
切なさをまぎらわせるために、体をすり付けてたはずですの。  
なのに余計に切なくなって、もっと体をすり付けたくなるですの。  
どんどん深みにはまって行くのは、きっと体が毒におかされているからですの。  
分かっているのに。  
それが止まらない。  
 
毒が体の中に回ったせいか、さっきからむずカユいような、おもらしをしたいような  
気分になって困ってますの。けど言葉にならないですの。  
りんちゃんがお部屋で一人上げていたのと同じ声が、私から飛び出すですの。  
言葉が出ないですの。  
――お願い、りんちゃん、助けて、  
それを見て取ったかと思うと、りんちゃんはほほ笑みながら私を見下ろして、  
それから手を私の足元にやったですの。  
腰のパレオが取り払われ、パンツがすっ、とずらされて――  
 
デンキナマズがお腹の中で暴れたみたいに、ビリビリっと頭の中まで来ましたの。  
――りんちゃん  
甲高い悲鳴が、私の耳に届いたですの。  
それが私の上げた声だって気が付くのに、一秒かそこらかかったですの。  
りんちゃんが手を止めて私を見守っているです。その手はほとんど毛の生えてない、  
私のお腹の下にかくれているですの。  
ほっぺたをまっかにして、何やら嬉しそうですの。  
――気持ちよかったんじゃない?  
りんちゃんはそう言うと、手首をまた動かしたですの。  
私の中で、デンキウナギのシビれが暴れますの。息が止まるですの。  
熱いですの。  
アメフラシが磯を動く音がするですの。  
自分の体からそんな音が出るなんて――  
私は目で、りんちゃんに返事したですの。  
――強すぎるですの  
りんちゃんの手首といっしょに、シビレが一旦止まったですの。  
息を整えて、私はりんちゃんに言うですの。  
――もっと優しくして欲しいですの  
りんちゃんは少し考えたですの。それから私の両足の間に片方のひざを置いたですの。  
もう一度しっかりと抱き合って、りんちゃんの重みを確かに感じとったですの。  
 
タツノオトシゴを横倒しにしたら、多分今の私たちみたいになるですの。  
りんちゃんの手が肌をなでるたびに、息苦しくなるですの。  
お互いの太ももをはさみ合って、その奥をなすり合ったですの。  
手でさわられるよりもビリビリは弱いけど、かえってこの方が痛くなくていいですの。  
りんちゃんも私とおんなじ気持ちだったのか、パジャマのズボンとパンツを下ろしてたですの。  
ぬちぬちと音が立ちますの。その音が、私を狂わせるですの。  
もっともっとすり付けたい。体中をかけめぐるシビれが、もっともっと欲しいですの。  
波にさらわれて、溺れそうになるですの。それで息が荒くなるですの。  
――りんちゃん、りんちゃん  
――チャプチャプ  
苦しい息の中、お互いに名前をよぶですの。  
腰を動かせばよけいに苦しくなるのに、それを体が求めているみたいに。  
勝手に動くですの。  
無性にキスしたくなったですの。見上げて途切れ途切れの声で訴えると、  
りんちゃんは首をいやいやとふったですの。  
――りんちゃんの、イジワル  
あえぎながら、りんちゃんは答えるですの。  
――キスは、好きな人に、してあげたいの  
りんちゃんの体が、産卵するサケみたいにぶるぶるしたです。  
いや、ふるえてるのは私の体かもしれないですの。  
とにかくりんちゃんと私の区別は付かないですの。  
るんちゃんと抱き合い、獲物をむさぼり食うネズミザメの群れみたいに、  
ばたばたと必死で動き続けるのに疲れたのでしょうか。  
視界がぼやけるです。意識もぼやけるです。  
でも私、自分をヘンな体にした、この感じの正体に気付いたんですの。  
ずっと私を支配してた、りんちゃんのお肌を求めたくなる気持ちは――  
 
 
ポカポカ様を想う時におぼえる、胸のうずきと似てますの  
 
 
――  
クラゲですの。  
私はクラゲになって、ベッドの上でけだるく漂流してたですの。  
まだ体が熱いですの。起き上がれないですの。  
夢見ごこちで手足を投げ出していると、ずっと遠くの方から  
すすり泣く声が聞こえるですの。  
りんちゃんですの。  
首を真横に向けると、りんちゃんが裸で私のとなりにうずくまっているですの。  
時々思い出したように、肩をふるわせるですの。  
夕暮れ時の砂浜でひとりぼっち。そんな風景が似合っていると想うですの。  
涙をすすり上げる声。それに混じって、呼び声が聞こえるですの。  
 
――りく  
 
あの甘くて激しい時間と場所に、りんちゃんの好きな人はいなかったですの。  
切なくて、心細くなった時にしがみ付くのは、好きな人の方がよかったですの。  
体をヘンにするぐらいの気持ちを受け止めて欲しい相手は――  
りんちゃんなら、りくさん。  
私なら、ポカポカ様。  
できるならその人と同じ時間を過したかった、ですの。  
りんちゃんの泣き声が、タンカーからもれた原油みたいに私の心を染めたですの。  
カツオノエボシに刺された後みたく、しくしくと胸が痛みましたの。  
 
<<終>>  
 
 

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