〜第三章 "追憶"〜
目が、覚めた。
いつもとは違った雰囲気の天井がある。それもその筈。ここはナタネの部屋である。
昨日、外が土砂降りだった故に泊めて貰ったことと、ナタネの過去に触れたことを思い出す。
「あら、目が覚めた?おはよう」
「おはようございます・・」
ナタネは昨日とはうって変わった屈託のない笑みを見せて喋る。彼女は自分の朝食を作っているようだ。
「ありがとうございます。じゃあ、僕は、これで・・・」
「あ、ちょっと待って、朝ごはん、食べてきなよ・・・?」
「えっ、けど・・・」
若干辟易しているコウキに対して、ナタネは後を続けて言う。
「遠慮しなくていいのよ、食べましょう?」
「すいません・・・」
「いいのいいの、気にしないで」
無性に謝ってしまうコウキ。しかしナタネは気にする様子はない。
「さっ、食べましょッ」
まだパジャマ姿のナタネはテーブルの前に座る。
テーブルには、宝石のようにきらきら光るご飯と、和食と思われる野菜中心の料理が並んでいる。
「いただきまーす」
そう言ってナタネは食べ始める。コウキも後に続いて食べ始める。
「美味しい!僕、こんな美味しいの初めて食べました」
「ありがと。コウキくん、これ食べた?」
陶然となりながらナタネの手料理を褒めるコウキに、彼女は問いかける。
それは、茶色いやや歪な球状のものに、赤い粉がかかっているものだ。
「これ、何ですか?」
「まあ、食べてみてよ」
コウキは舌に全神経を集中してそれを食べる。
ややほろ苦い皮の中に、淡白な味が隠されている。それを、辛味の効いた赤い粉と、塩が程よく飾る。
「これは、あの子が初めてあたしに食べさせてくれたの・・・」
目にじんわり涙を浮かべ、時々手で拭い取るナタネが語る。それを見て、コウキは悟った。
少なくとも、今のナタネには、ジュンが必要であることを。
「ごちそうさま、じゃあ、僕はこれで」
「気をつけてね」
コウキはナタネの部屋を後にする。裏口から出て行った。
明るい日差しが燦々と降り注ぐハクタイシティ。
これから、あての無い旅を続けようか・・・そう思ったが、ふとあることを考えていた。
ジュンを捜して、ナタネに会わせるべきだと。話によると、ここから南のクロガネシティにいるそうだ。
コウキは、バッグから購入して間もない自転車を取り出した。そして、クロガネシティに向かった。
クロガネシティに到着したコウキは、案の定、ジュンを見つけた。
「ジュン!」
「おっ!コウキじゃん!どうしたんだよ?」
「ちょっと話がある。来てくれ」
「お、ちょ、ちょっと、何だってんだよー」
ジュンの抗議の声にかまわず、クロガネシティの外の人気の無い草叢に連れて行った。
「ジュン、お前、ナタネさんとどういう関係だ?」
「肉体関係、昔まではな」
あっさり吐き捨てるジュンに対して、コウキは俄然憤りを感じていた。
「おい、どうして捨てたんだ?」
知らぬうちに、コウキはジュンの胸倉を掴んでいた。
「は、離せよ・・・・わけを、教えるから」
そう言われ、ジュンを解放する。
「じつは、悪い夢を見ちゃってよ・・・」
それは、暗闇の中。
ジュンの目の前には、父親であるクロツグがいる。その表情は険しい。
クロツグが、言い放つ。
「ジュン、お前という奴は・・・暴力で女を強姦するとはな・・・最早お前は私の息子ではない」
クロツグの残酷な宣言が終わると同時に目が覚めた。
「あの日以来、ナタネさんに会えなくなった」
「今からでも会いに行けばいいだろ?」
「思えば、俺は、ナタネさんに嫌がらせをした最低の犯罪者さ。ナタネさんに会う資格は無い」
俯きながら、かすれた低いトーンで話すジュン。
「けど、せめて一回会ってやれよ。それが、犯罪者としての償いだと思う」
そう言って、あのとき密かに失敬していた例の茶色い歪な球状のものを見せた。
「ジュン、これを、覚えているか」
「こっ、これは、ムカゴじゃないか・・・!どうして・・・」
「ナタネさんはまだ、お前のことを・・・」
「俺、行って来る!」
未だ言いかけているコウキの言葉を遮断してジュンが自転車に乗る、
そして、まっしぐらにとハクタイシティに向かっていく。
〜第三章 "追憶" 完〜