物心ついた時から、その力は自分の中にあった。
鉄の塊が手で触れると粘土のように曲がり、手を繋げば相手の心が流れ込んだ。未来を視る予知夢をみるようにもなった。
その力は羨望と恐怖の両極の念を人々に抱かせた。
特に両親は後者の感情から幼いナツメを遠ざけた。
その頃からか。
感情を押し殺す様になったのは。触れ合いを避ける様になったのは。冷徹に振る舞い、周囲から孤立していったのは。
でも、心の底で《強さ》以外の自分の居場所を求める様になったのは。
コイノチカラ 01
「サイケ光線」
抑揚のない、冷淡な声。
腰まで届く黒髪の美女が言うと、ユンゲラーの指が光の孤を描く。
そして、それは念波を伴う光線となり放たれた。
迷うことなく、正面の満身創痍のピカチュウへと向かっていく。
「ピカチュウ!!」
赤い帽子の少年が叫ぶが、間に合わない。全身に光線を受けて、ピカチュウはフィールド外へと吹き飛ばされた。
勝負はついた。
あまりに一方的かつ圧倒的な試合だった。
ヤマブキジムリーダー・ナツメのユンゲラーが、挑戦者の少年・レッドの手持ちを全滅させたのである。
ただ、この結果は彼女にとっては分かりきっていたことだった。
靴音と共に、瀕死のパートナーを抱き締めたままうつむくレッドに歩み寄る。
「お前の敗けだ」
氷の様な、女にしては低い声が響く。
「…認めるか?」
「…あぁ…」
絞り出された声。
うずくまる少年を見下ろすナツメの瞳には、試合中一度もゆるがなかった冷たさが宿っている。
敗者への僅かな哀れみと、大きな軽蔑を含む、容赦ない冷ややかさ。
恐らく、少年の瞳は、女に打ちのめされたことへの屈辱が満ちいることだろう。 「ならば、用はない」
予知夢により、この試合の全てが見えていたナツメにとっては、つまらない戦いだった。
長い髪を翻し、未練なく去ろうとするナツメ。
だが、
「待ってくれ!!」
ジムに、レッドの声が反響した。
振り向くと、レッドが立ち上がっていた。
そこで彼女は、試合中すらまともに見なかった少年の顔を初めて見る。
幼さを残しながらも精悍な顔。純粋に強さを求めている瞳。
屈辱ではない、悔しさだ。レッドは、自分の弱さを悔やんでいたのだ。
「…なんだ」
「もう一回、チャンスをくれ!鍛えてくる。もう絶対、こんな試合しない!次は…」
ナツメの目が微かに開かれる。
「絶対、お前に勝つ!」エコーの様に響く声。
未だかつて、ナツメに敗れて再戦を…ましてや本人に布告した者はいない。
大概はその冷酷さと強さに恐れをなし、二度とジムを訪れようとはしないのだ。その顔には恐怖ではなく、今の自分の弱さを認める潔さがあった。
「…勝手にしろ。挑戦に制限は設けていない」
言い捨て、今度こそ去っていく。
微かに動揺してしまったことを認めまいとする様に、早足で。
レッドの顔を、これ以上、見まいとする様に。
その夜、また夢をみた。
ただ、今度は予知夢かは分からない、曖昧なモノだ。手がさしのべられていた。誰のかは分からない。
まるでナツメを何処かから引っ張りだそうとしている様だった。
ただ、それだけだった。
to be continued,