――そう、わたしが彼に出会ったのは、神様に感謝するような偶然かも知れない。
バクxマイ
「よぉ、おまえが『マイ』ってんだろ!?」
『バトルタワー』のマルチバトル施設の待合室にある長い椅子に一人座って、
何も無い空虚をぼうっと眺めていたとき、
突然耳に飛び込んできたのは底抜けしそうなくらい、明るい声。
はっとしたわたしが声の響いたほうに顔を上げると、そこには燃える様に赤い髪を、後ろで束ねた少年がいて、
白い歯をにかっとだした、これまたお日様みたいに明るい笑顔でわたしのことを見下ろしていた。
「…………?」
見たことの無い少年を前に、わたしは当然のように首をかしげる。
わたしに少年の『知り合い』なんて、いつかチャンピオンロードで出会ったコウキぐらいのはず……
「あ! 悪い悪い。まだ、俺の名前言ってなかったな。 俺の名前はバク! よろしく!」
状況が飲み込めないわたしをよそに、少年は片手で頭をかきながら笑顔のまま自己紹介をはじめた。
年はわたしとそう変わらなくて、炎系のポケモンが好き。
なぜかと聞くと、彼は自信満々といった感じに胸を張り、彼には兄が一人いて、
その兄がかの『四天王』の一人で、エキスパートは炎だからだそうだ。
……ようするに兄にあこがれたからそのせいなのだろうが、
バクの言葉の足りなさに年相応の幼さを感じたわたしは、少々彼のことが可愛らしく思えた。
と、いうより、わたしが聞きたいのはそんなことじゃない。
「……なんでわたしのことを…………?」
このまま彼にしゃべらせても埒が明かないと思い、仕方が無いのでわたしの方から聞いてみることにした。
するとバクは「あっ!」と短い言葉をもらし、目を少しだけ開いた。
また頭をぽりぽりかき始めると、今度は苦いものを食べたときのような苦笑をつくる。
「コウキから聞いたんだ。「不思議な感じのする人だけど、バトルがとっても強い子がバトルタワーにいる」ってな!」
わたしは表情には出さなかったけれど、内心では少し驚いていた。
コウキ――現シンオウリーグチャンピオンは、記憶している限りではわたしの知るどんなトレーナーよりも強い。
ポケモンを思う優しさ、迷いの無い目、力強い言葉、それを生み出すゆるぎない心……
初めてあったときから只者ではないことがわかった。
リーグの頂点に立った彼は、更なる修行のためか、よくこのバトルタワーに通っていた。
聞いた話では、シングルではもはやタワータイクーンぐらいでないとまともに相手にならないらしい……また強くなっている。
そんな彼はもちろんこのマルチバトルにも顔を出す。ここには彼の知り合いがたくさんいるらしく、
たいていの場合、彼はいつもパートナーと楽しそうに笑いながら試合場へと向かって行く。
わたし自身、彼とはタッグを組んで戦ったことは何回かあるし、ぼんやりとだけど、
それらはとても気持ちの良いバトルだったことを覚えている。
……そう思って記憶を探ってみれば、確かに目の前にいる彼が、
ここでコウキと仲良く話している姿を何度か見かけたような気もしてきた。
「…………そう、……わたしに、何か用……?」
『コウキの友達』ということがハッキリした時点で、胸の奥からじりじりと焼け付くような熱を感じた。
……どうやら、わたしは彼に興味を持ったようだ。
「何? って……バトルタワーのマルチバトル施設で話しかけたなら、やることは決まってんだろ?」
バクはやれやれ、とでも言いたげに人差し指を額に当て、目をつぶると左右に軽く首をふった。
わたしはその動作を黙って、表情を変えずに見つめる。
そのうち、バクとばったり目が合った。
……真っ紅(か)で……ルビーのように……純粋な……瞳……
わたしは、改めてこの少年――バクに興味を持った。
今までわたしに声をかけてくる男なんて、口では皆、優しい言葉を吐くくせに、
その誰もが汚れた瞳で、下卑た目で……わたしのことを見つめる。でも、この少年のものは違う。
本当にきれいで、わたしの目がくらんじゃうくらいまぶしい光を持っている。
「……っ! な、なんだよ? あんまり見つめるなよ……」
見詰め合った状態からしばらくして、やや乱暴にバクは目をそらした。
ほほがほんのりと朱色に染まっているが、マイはそんなことよりも、
バクの瞳を見れなくなったことに、無表情な顔から少しだけ怪訝そうな顔を見せた。
「い……いっとくけどな! 別にやましい気持ちなんて全然無いからなっ!! ただ、俺は耐久型で、ま、マイは速攻型だって
コウキに聞いたからバトルの相性あうかなー? って思っただけだからなっ!!」
ほほをさらに赤く染めて、半ば叫ぶようにしてバクは言う……けど
でも、そんなこととっくに、あの目を見た瞬間からわたしにはわかってる、つたわっている。
「……いいよ……いこう…………」
ポツリとつぶやき、立ち上がった瞬間、バクは驚いたように目を丸くした。
まるで予想外の出来事を目の前にしているがごとく、口まで開けっぱなしでマイを見ている。
「……どうしたの……」
わたしが彼の手を引くと、彼ははっとなって口を動かす。
「いや、コウキに聞いた話じゃ君は気難しい人だって聞いてたからさ……
あっさりいきすぎて少ーし驚いてんだよ、俺……はは…………」
どこかぎこちない笑い方をしたが、おほんとせきをひとつ払うと、
彼はわたしの手を強く握り返してくれた。とても暖かい。わたしには無いものだ。
「じゃ、いこうぜ!」
彼はわたしのほうに振り返り、力強い声で言うと、手を握ったまま試合会場へと駆けていった。