「・・・使えないな」
シンジは舌打ちをして、やや乱暴にポケモン図鑑を閉じた。
これで今朝起きてから、二十三匹のムックルを捕まえた。が、駄目だった。
その二十三匹目のムックルを逃がし、相手をしていたエレキッドをボールに戻すと、近くにあった切り株に腰を掛けた。
(うまくいかないな)
次にシンジが目指すハクタイジムは、草タイプポケモンの使い手がリーダーと聞いている。
それで、草タイプに有利な飛行タイプのポケモンのゲットを試みていたのである。
しかし、シンジが狙うような個体値、性格のポケモンである。そう簡単にゲットできるものではない。それは彼自身もよく理解している。
(前と同じ失敗だけは、許されない)
シンジはクロガネジムの直前にゲットしたマリルリの事を思い浮かべた。
ただ単に岩タイプに強い水タイプ、という理由でゲットしたマリルリ。
あの時は時間が無く、ろくにステータスもチェックしなかった。
その結果が「イシツブテに敗北」という無残な結果に繋がってしまった。
(付け焼刃では駄目だ。やはりオレの望む強い奴でなければ・・・)
そんな事を考えながら、シンジは目を閉じた。
(別に、飛行タイプで無くても・・・いや、駄目だ。風の噂によればジムリーダーの
ポケモンは相当なすばやさを誇るらしい。それに勝るとなればやはり飛行タイプが一番って事に・・・それでもすばやさなら相性の良さで十分補う事ができるか・・・迷うな)
自分の思い通りのポケモンがゲットできない時は、かえって、こうやって色々と考えて
いた方が気が紛れていい。
ふいに、シンジの頭の上でやかましい鳴き声がこだました。目を開けると、ムックル・ムクバードの群れが頭上を飛んでいくのが見えた。
(くそ・・・忘れようと思ってるのに思い出しちまう)
シンジの中では、彼の目に映る「温い奴」、「使えない奴」―人間にしてもポケモンにしても―は極力忘れるようにする、というルールがあった。
しかし、ふとした事でそれらを思い出してしまう事がよくある。
(あの時のムックルは、キープしておくべきだったか)
と、シンジは心の中で舌打ちした。しかし、今更そんな事を後悔しても仕方が無い。
モンスターボールに目をやる。数えるほどしか残っていなかった。
(参ったな)
一旦この森を出るしかない、そう思ったシンジの前に人影が現れた。
白いニット帽に青いストレートの髪の少女である。黒いトップスと赤いマフラー。そしてピンク色のミニスカートという出で立ち。その顔と服装にシンジは見覚えがあった。
少女は木に片手を付くと、その場にへなへなと座り込んでしまった。
シンジはそばに近づいて声をかける。
「おい、しっかりしろ。大丈夫か?」
「ううん、なんとかだいじょーぶ・・・・・・シンジ!?」
俯いた顔を上げてシンジの顔を見た少女は、素っ頓狂な声をあげる。
「ん?お前は確か・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・何なのよ!この気まずい『間』はッ!!」
少女はさっきまでの消沈した様子は何処へやら、シンジに向かって大声を上げた。
「悪いな。使えない奴の名前は、忘れるようにしているんだ」
シンジは表情を変えずにハッキリと答えた。
「もう、ヒ・カ・リです〜!!!いい加減名前覚えなさいよ!!」
ヒカリは顔を膨らませながら言い返す。
(ヒカリ・・・ヒカリと・・・確か)
シンジは彼の記憶を順に辿っていく。思い出した。クロガネジムであの根性だの
気力だのぬかしてるヌルトレーナー(当然こいつの名前も忘却)と一緒に居た少女だ。
「・・・思い出した。クロガネジム以来だな。連れはどうした?今日は姿が見えないが」
「それが・・・色々あって・・・はぐれちゃったの・・・」
俯きながらヒカリは言葉を濁した。
数時間前の事である。毎度の如く襲ってきたロケット団によってサトシのピカチュウが奪われてしまったのた。激しいバトルの結果、なんとかピカチュウを奪還する事はできた。
しかしヒカリはバトルの際の爆風に巻き込まれ、サトシ・タケシとはぐれてしまったのである。
そんな事はシンジに言えるわけない。言ったら軽く「温い奴」と言われるのがオチである。
シンジはそんなヒカリを鼻で笑うと、
「大方、何かドジやってあいつらとはぐれたんだろう?・・・温い奴」
ヒカリは、顔を赤くした。
「べ、別にそんなんじゃないわよ!勘違いしないでよね!!」
「ふん、どうだか・・・」
シンジはヒカリを横目に見ながらゆっくり歩き出した。
「あ・・・ちょっと、待ちなさいよっ!」
ヒカリが声を掛けたものの、シンジは無言のまま歩き続ける。
「待ってって言ってるでしょ!?私、道わからないんだから・・・」
ヒカリが後ろから話しかけるのに対し、シンジが短く答える。
「見りゃわかる」
「え・・・」
「その様子じゃ随分歩き回ったようだからな」
「・・・」
ヒカリは言葉に詰まったが、すぐに口を開く。
「だったら・・・気づいてるんだったら・・・案内してくれたっていいじゃない!」
シンジは足を止めた。そしてヒカリのほうを見る。
「この森を抜けたい、だからオレに案内してくれ、と?」
「うん、でもできれば・・・」
「この森の中でお前の連れと合流したい・・・違うか?」
「!?・・・うん」
考えている事をずばり当てられて、ヒカリはたじろいだ。
「多分サトシのムクバードが探しに来ると思うから・・・」
(サトシ・・・あのヌルトレーナーか・・・)
シンジはサトシの顔を思い浮かべながら、バッグから地図を取り出す。
「持ってないのか?地図」
「うん、旅の必需品は殆どタケシが持ってるから」
(ああ、あの細目の奴ね)
今度はタケシの顔が頭に浮かぶ。地図を広げたシンジは一点を指差しながら、
「ここが今オレ達が居る場所だ。わかるか?」
「ええっ!随分離れちゃったんだなあ・・・」
ヒカリは思わず肩をすくめた。
「ここのポケモンセンターの近くだったの。はぐれたのは・・・」
「お前、相当な方向音痴なんだな」
シンジは思わず眉をひそめる。
「もう!そんな言い方しないでよ!必死に歩いてたらここに来ちゃったんですー!!!」
「・・・別に?オレは正直な感想を言ったまでだ」
地図をたたみながらシンジが答える。
「(とんだお荷物が増えちまったな)とにかく・・・このポケモンセンターの近くまで
行けばいいんだな。しっかりオレに着いて来ることだ。これでまたはぐれたりしてもオレは知らないぞ。」
「わかってるわよ、いちいちうるさいわね!」
ヒカリは口を尖らせながらもシンジと二人で再び歩き始めた。
それから数時間が経ち、辺りはやや暗くなってきた。
「・・・暗くなってきたな」
シンジはそう呟くと歩みを止めた。
「おい、今日はここまでだ。出て来いヒコザル、エレキッド!」
シンジはボールから二匹の相棒を呼び寄せる。
「飯にしよう。ここで野宿だな」
シンジの言葉にヒカリは反論する。
「えー!ちょっと待ってよ、もうすぐ近くまで来てるのにどうして?」
シンジはふぅと息をついて、
「お前、何にも知らないんだな。いいか、この先の道は狭いし急だ。視界が限られている
今の状況じゃ危険すぎるんだよ。温い奴だな」
「そんな・・・それじゃここで野宿するの!?」
「当たり前だろ」
シンジはさらりと答えてみせる。
「嫌ぁ・・・絶対イヤ!!!テントも寝袋も無いし、髪は乱れるだろうし・・・
ねえ、いいじゃん。もう少し頑張ればきっと」
「いい加減にしないかッ」
シンジはじろりとヒカリを睨み付けた。
「・・・お前を見てると、よくそんなんで今まで旅してこれたな、って思うよ。
甘えもいいとこだな。使えない奴だ!」
「・・・ッ!?あーそうですか!もういいわよ!!」
ヒカリはそれ以上は言い返さず、シンジに向けて背を向けて歩き出した。
「どうなっても知らないからな」
シンジは冷たく言い放った。
「・・・」
ヒカリは無言のままその場を去っていった。
「苦いな・・・食うにはまだ採るのが早すぎたか」
ゴスの実をほおばりながらシンジが呟く。
ヒコザルとエレキッドもボールから出て木の実を齧っているが、
どうにも表情が暗い。
「心配してるのか?あいつの事」
二匹は揃って頷く。
「ふん、心配無用だ。きっともうそろそろ・・・」
シンジはヒカリの歩いていった道をちらりと見た。
人影がこちらに向かって走ってくる。
「ほら来た」
シンジは二匹に向かってニヤッと笑った。
少女はシンジの目の前に仁王立ちで立つ。
「シ〜ン〜ジ〜どういう事よ!あれは!!」
ヒカリは目を三角にして、シンジを睨んだ。
「途中であんなに野生ポケモンが出てくるなんて知らなかったわ!暗くて全然バトルにならないし・・・何で教えてくれなかったのよ!」
「あの道が野生ポケモンの塒だって知らなかったお前が悪い」
シンジは木の実を齧りながらニヤニヤ笑っている。
「もうっ・・・最低!」
ヒカリはシンジの近くの切り株に座ったものの、シンジからはぷいっと顔を逸らした。
次の瞬間、ヒカリのお腹の虫が大きな音で鳴いた。
「あ・・・」
思わぬ出来事に思わずヒカリはお腹を押さえる。
「腹減ってるんだろ?・・・無理はするな」
シンジはそんなヒカリに木の実を差し出す。
ヒカリは黙って受け取るとそれを食べ始めた。
「うぇぇ・・・苦いよぉ・・・何これ」
「我慢しろ。採るのが早かったようだ」
「・・・」
ヒカリはまた黙って食べ始める。シンジはそれには目もくれなかったが、ヒカリの一言で彼女の方を振り向いた。
「・・・ありがとう」
ヒカリは俯きながら小さな声で感謝の気持ちを述べた。
「ふん・・・」
シンジのその一言にまたヒカリは何か言いかけたが、口を閉じてしまった。
(シンジって・・・やっぱりむかつく!・・・でも)
ヒカリはシンジの方を再び見た。
(でも、ちょっと優しい・・・かな)
「で、野宿の覚悟はできたのか?」
唐突な質問にヒカリは思わず答える事ができなかった。
「なんならオレのテントで寝るか?」
(え・・・)
思わぬ申し出に、ヒカリは困惑する。
(私は・・・)
ヒカリが答えるより先にシンジが言う。
「いや、聞くだけ野暮だったな」
「え・・・?」
「顔に断るって書いてある」
その一言にヒカリはムッとした顔で言い返す。
「わかったわよ!お言葉に甘えます〜!!!」
「寝袋も使うか?」
「そこまではお世話にならないわよ!」
ヒカリはまたムッとした表情を見せる。
「・・・そうか」
シンジはニコリともしないで言った。
食事も終わり、シンジはテントを張る準備を始める。
手馴れた様子なシンジを見ながらヒカリが口を開いた。
「手伝ってあげようか?」
「結構だ」
口だけ動かしながらシンジが言う。
「怪我でもしたら、どうする気だ?」
「・・・」
「お前はしばらく休んでたほうがいい。昼間歩き回ったせいで疲れも溜まってるだろう」
「・・・」
ヒカリはシンジから目を離すと、目の前で燃える焚き火をじっと見つめながら考えた。
(シンジって、こんな人だったっけ・・・)
徐々に彼女の中でシンジという存在が変わりつつあった。
少なくとも、「悪い人」ではない。
「ん・・・」
急に目の前に見えていたものが霞む。頭がくらっとするような妙な感覚だった。
「おい!」
いつのまにかシンジがそばに来ていた。
「あ、大丈夫、大丈夫・・・」
「お前はもう寝ろ」
シンジがぴしゃりと言い放つ。
「わかったわよぉ・・・」
自分でも自覚していたせいもあって、ヒカリは素直にテントの中へと入っていった。
(まったく・・・)
シンジはその後姿を見送りながら、椅子代わりの切り株に再び腰掛けた。
ヒカリは寝てしまったし、これからの事をじっくり考えるのには丁度いい。
(さて、明日はどうするか、だな。いや、待てよ・・・)
遥か遠くでホーゥ、ホーゥっと鳴き声が聞こえる。ホーホーだ。
(別に明日でなくても・・・)
シンジは鳴き声のする方向を見た。飛行タイプのホーホー。しかも今は夜。
ゲットのチャンスではないだろうか?シンジはすくっと腰を上げる。
が、すぐに腰を下ろしてしまった。
「駄目だな」
思わず声が出た。とは言っても、囁く程度の声だが。
(二つの理由で、駄目だ。一つは、ホーホーは決してすばやさが高いとは言えない。
相性がいいといっても、ホーホーのすばやさだとリーダーのポケモンには太刀打ちできない可能性が高い。
もう一つ、視界の利かないこの状態じゃあ、むやみに歩き回るのは危険すぎる。普通の草むらなら話は別だが、ここは森だ。
何処からポケモンが飛び出してくるか判らない。それにここはポケモン達の塒が多い。そんな中を歩いたらどうなるか?下手をすれば手持ちが全滅だ)
考え終わったところで、欠伸が出た。
(今日は結構、歩いたからな。オレも寝たほうがいいか・・・)
シンジはテントの方向にちらりと目をやった。
(くそ、寝袋はテントの中か)
シンジは音を立てないようにそっとテントの中に入る。
ヒカリを起こさないそうに注意を払いながら、明かりをつけた。
寝袋を持つと、ヒカリの寝顔に目をやる。
(ぐっすり寝てるようだな)
シンジはヒカリの寝顔を見ながら思った。
そのまま出て行くはずであった。が、何故か足が動かせない。
シンジはその場にしゃがみこんだ。ヒカリの寝顔をじっくり見てみる。
(よく見ると・・・可愛い顔なんだな)
シンジの頭の中には、怒っている彼女の顔ばかりがインプットされていた。
それが、現在の彼の目に映っているのは、端正で愛らしい顔の少女である。
(まずいな。何を考えているんだ、オレは・・・)
シンジはそう思いながら立ち上がろうとしたが、すぐにまた踏みとどまった。
(もう少し・・・だけ・・・なら・・・いいか)
シンジは目の前に横になっている少女をもう一度よく見てみる。
顔以外で気になるところといえば、やはりスカートだ。
近くでよく見てみると、下着が見えてもおかしくはない短さである。
事実、もう少し動いただけで見えてしまいそうである。
(どうしても、スカートの中が気になってしまう。
いや、なんでこんな事を考えているんだ、オレは・・・)
心臓の鼓動がいつもよりも激しく鳴っているのが自分でもよくわかる。
(少しだけだ。ちょっと見るだけなら・・・)
シンジは自身の誘惑に負けた形になり、胸の鼓動を速めながらヒカリの
スカートに顔を近づける。
「ん・・・」
突然、ヒカリから声が出た。
(・・・!?)
思わぬ出来事に、シンジは彼らしからぬ慌てぶりを垣間見せた。
次の瞬間、スカートに近づけていたシンジの顔に、ヒカリの白い太股が当たりそうになった。
(おっと)
すんでのところで交わした。が、シンジの目には新たに彼の欲望を駆り立てるものが
映し出されていた。
寝返りを打ったヒカリのスカートは見事に捲れ、純白のパンツがシンジの前に現れたのである。
(うわっ・・・)
思わぬハプニング。シンジはさっと顔を近づけてみる。
ヒカリの恥ずかしいところを包む天使の衣がそこにあった。
ちらりと目にするだけでよかったというのに、それは今や丸見えの状態にある。
シンジの理性は次第に薄れつつあった。息がだんだんと荒くなってきたのがはっきり判る。
もう一度ヒカリの顔に目をやる。微かな寝息が聞こえるだけである。