――久しぶりに聞く君の声、
――久しぶりに見る君の笑顔。
どれもが懐かしく、愛しかった……。
「で、で、それでですね♪ シンオウにはコンテストって言うのがあって、とっても可愛いポケモンたちが
いっぱいいるんですよ。……あ、マツバさん、コンテストって言うのはですね……」
会って数分経たないが、俺たちは今、灯台の最上階にある『アカリちゃんの部屋』にいる。
あの時、軽く挨拶を交わした後、「こんなところでお話しするのもなんですし……あの、私これからアカリちゃんの部屋まで行くんですけど、
よかったらそこでお話しませんか……?」遠慮気味に、しかし誘ってきたのはミカンだった。
俺に断る理由は当然無く、二人で軽く雑談を交わしながら、灯台をのぼった。
無論、予定通り。
ミカンのことだから、帰ってきて真っ先に行く場所は多分ジムではない。
確実にこの灯台であろうと俺は予測し、先回りして見れば案の定、ミカンは来たのだ。
「知っているよ、ポケモンの魅力を競い合うんだろ?」
にこりと軽く微笑みながら返してやると、ミカンは驚いた様に目を開く、その一挙手一挙動がいちいち可愛い。
「え? そ、そうですけど意外だなぁ……」
「? 何が?」
「い、いえ別に変な意味ではないです!! ごめんなさい!! ただ、マツバさんってジムに篭ってばかりですから、
コンテストとかにあまり興味なさそうだったのに、知ってたんですね!」
「んー、まぁ一応。ホウエンでも盛んらしいから、ね」
まさか君のために覚えたなんて、口が避けても言えるまい。
内心は冷や汗ダックリだ。ゲンガーたちの笑い声が聞こえるよ、気のせいだろうけど。
それからの時間は、とても幸福だった。
ミカンは相変わらずシンオウのことについて延々語り続け、ところどころ俺がそれに突っ込みを入れると、
ミカンが「そうですね」と言ってお互いにくすくす笑いあう。
本当に至福な『時』。「俺は本気で時が止まってくれれば」と、「いつまでもこの時間が続くといいな」などと、
あまりの幸福感に、ちょっと思考回路まで溶かされかけていた。
しかし――終わりは唐突にやってくるものだ。しかも、最悪のケースにおいて。
「ナギサシティ、と言う町に行ったんです、私……」
ミカンがポツリとつぶやいた、その瞬間、彼女の“空気”が変わる。
それからの時は、少なくとも俺に対してなりよりも残酷なものに感じられた。
「それでデンジさんったらおもしろくて、親友のオーパ……じゃなかった、オーバさんが大慌てして……」
『デンジ』……恥ずかしそうに頬を染める彼女の口から出てくる男はナギサシティのジムリーダーにして
シンオウ地方最強のジムリーダーであるらしい。
俺もどこと無く聞いたことがある。個人としてでなく、ジムリーダーとしてだが。
彼女の顔が、俺と話していたときと少し違う笑顔を見せる。
やはりそれは可愛いのだが、見ていると胸が痛い。多分俺の心はこう言っているんだ、
「やめろ、なんで俺以外の奴の話でそんな顔をするんだ?」と。自分勝手に、そのときの俺は
ほしいおもちゃにだだをこねる子供よりわがままで、顔すらわからない相手に『のろい』をかけてやりたくなるほど嫉妬していた。
「あの……マツバさん?」
その声にはっとする。
気づいたときにはミカンが心配そうに両腕を折りたたんで胸を握り、俺の顔を覗き込んでいる。
心配させまいと笑顔を送ってやったが――――その笑顔はやっぱり、ぎこちないもので――――彼女は押し黙ってしまった。
「私、そろそろ帰ります。マツバさん、体調悪いみたいですし……家に帰ったほうがいいですよ」
並んで座っていたベットから、ミカンが立ち上がる。
俯き伏せる俺に、「でも、一応ここにも風邪薬くらいありますんで……」と言うと彼女は早速歩き出そうとして――――
俺は、彼女の手を引いた。
「いかないで……くれるか……ミカン……」
俯いたまま、震える声でただそういうのが、なぜだか精一杯きついことに思えた。