「ふう……んっ……」   
 
 それはただの風だろうか?   
 『何か』はひんやりと冷たく、それでいて優しく頬を撫でた。  
 それに対し、なぜか心地良いむず痒さを感じたシロナは、胸まで被らせていた掛け物を  
 体をもぞりと縮めることで、さらに顔の下半分まで手繰り寄せると猫のように背を丸めた。  
   
 今しばらくこの心地良さに身を任せておきたかったが、  
 寒かったのか、無意識に体が震えてしまい、そのショックの為か  
 確りと閉じ合わせていたまぶたはゆっくりと開かれていった。  
           
「あ、しまった」  
 
 目覚めたばかりでおぼろげな視界の外から、  
 気遣うような口調の、若い男の声が聞こえてくる。  
   
「起こすつもり……無かったんだけどな」  
   
 続けられた緩やかな言葉を聴いて、意識がはっきりと覚醒した。そして、理解した。  
   
 ――なるほど、頬をなぞる優しい『何か』は、彼の指先だったのだ――  
 
 と。  
 
 彼はベッドに腰掛け、私に背を向くように座っていた。  
 手には折りたたまれた本があり、ちょうど中間のあたりから  
 長方形の紙が突き出ているのが見えた。  
 状況から見るからに、本を読んでいたようだ。  
 しかも、私を起こさないように気を使い、  
 部屋の主電気はつけずに、電気スタンドの儚い光をしるしにして。  
   
 服はいつものだった。  
 もちろん、それはシロナも――――  
 
 
「……どのくらい寝ていたのかしら?」  
 
 すっと上半身を起こして、彼の背中を眺めた。  
 服を着ているとき、彼の体は華奢に見えるが実はそうではない。  
 幾多のダンジョンを乗り越えてきた彼の身体は、  
 その昔、多くの芸術家が目指し、造りあげた人間の理想の肉体美にそっくりだ。  
   
「“終わった後”からだったから……1、2時間てところじゃないかな? 寝顔、キレイだったよ」   
   
 首を回して言葉を返す彼は、特に最後のほうでにっこりと笑う。  
 彼の悪気無く、子供のように無邪気な表情は  
 否応なく私の意識のすべてを奪い取る。  
 
 それだけの破壊力が、彼の笑顔にはあるのだ。  
 
 ……だが、それをすんなりと認めるほど、あっさりと受け入れるほど  
 シロナのプライドは小さくない。  
   
「アラ、ありがとう。……でも、それは暗に、“普段の私はキレイじゃない”って  
 遠まわしに言ってるのかしら?」  
 
 皮肉めいた言葉と少し高飛車な物言い。  
 純粋な心の彼は、この反撃に非常に弱いことをシロナは知っていた。  
 案の定、彼は惜しげもなくあたふたと取り乱す。  
 
「いや、ごめんごめん。そういう意味じゃないよ、シロナはいつもキレイさ。  
 もっとも、まぁ、“最中”の時はこの上なく可愛いんだけど……」  
「//////////……なっ!」  
 
 一瞬にして頬がペンキをぶちまけたように赤く染まる。  
 あわてて背を向けるものの、すでに全身から心臓の鼓動が聞こえてくるようだった。  
 
 完全に忘れていた。  
   
 この男は、ああいう反撃の後には  
 こっちが聞いて恥ずかしくなることを、  
 それこそマシンガン並に雨あられと浴びせてくることを。  
 あのくったくない笑顔で、さも当然のようにさらりと言い遂げる  
 という肝心なことを忘れていた。  
 頬に触ると、繊細な指先はじんわりと熱を感じ取る。  
 
 ――ああ、熱持ってる。これ、真っ赤になってるわよね。…………見られたかしら?   
 
 もう何度も肌を重ねた身で、  
 たがたが赤くなった頬を見られるのが、  
 なぜここまで恥ずかしいことなのかシロナには未だに分からなかった。  
 
「シロナ」  
 
 彼の口からつむがれる声が耳元でくすぶった。  
 気づいたときには彼の身体が私の身体に覆いかぶさるようにして、押し倒している。  
 彼の端整な顔が、金色の髪のすぐ隣にあった。  
 
 彼は目を閉じると、金色の髪をすくように指を通した。  
 先端部分までたどり着くと、そこに指を絡め、触れる程度にキスを落とす。  
   
 真剣に行為に没頭する顔からは、  
 さっきまでのどこと無い子供っぽさはどこへなりと身を潜め、  
 完全なる『大人の男の顔』へと見事な変貌を遂げていた。   
 
 赤くなった頬は熱を冷ますどころか、徐々に温度を上げていく。  
 再び、シロナの意識が彼――――ダイゴへと集中した。  
 

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