「泊めてやれなくて悪いな。シロナ、気をつけて帰れよ……じゃあな」   
「ええ、仕方ないわ。あなたこそプテラから落ちないように、気をつけてね」  
 
 肩を竦めておどけた私に苦笑し返すと、  
 ワタルは翼を広げて待機していたプテラに飛び乗った。  
 マントを翻し、片手をキザッたく振る。  
 その動きに呼応したプテラが「ギャア」と一鳴きし、  
 彼らの姿はあっという間に空高く舞うと。彼らは暗闇と星の混ざった空に、吸い込まれていった。  
 
「……ふぅ」  
 
 ワタルの姿が完全に視界から消え、息をついた私は背後のビルへと振り返った。  
 堂々と聳え立つビルの最上階からは、星の輝きを何倍にもしたような  
 人工の光が下品にはみ出している。   
 そう。結局、見た目は華やかでしかしあまり面白くなかったパーティーは、  
 予想した通り深夜を迎えても、私達が帰ってもなお続いているのだった。   
   
「つい先ほどまで、私もあそこにいたのか……」  
   
 そう考えると、なんだか気分が悪くなった。肌を刺す夜風が嫌に気持ち悪い。  
 あの時、ちょうどいい具合にお酒が回って心地よい気分であったとはいえ、  
 あまりにグダグダしきった(その上、エロ親父どもがセクハラしてきたし……)  
 あの宴会には、さすがの私もイラついていた。  
 まったく、私の気持ちを察したワタルがあの場にいなければ、  
 とっくに『ギガインパクト』を撃ち込んでいるとこだったわね。  
 ありがとね、ワタル。と心の中で改めてワタルに感謝すると、会場を後にした。  
 
 
 『コガネシティ』というのは大都会だと聞いていただけに、  
 この時間帯でも町の至る所から幻想的な光が漏れていた。  
 とはいっても、さすがに公共施設――リニアモーターなど――は機能していない。  
 私は町の光より、見上げた夜空にぽつぽつと輝く星々を眺めながら歩を進めていた。   
 シンオウとは、また少し違った見え方や輝きを放つ星たちは、興味を誘う。  
 果ての見えないこの世界には、まだまだ私なんかじゃたどり着けないところが沢山あるのだ。  
 星たちは、まるで私を導くように――あるいは、嘲り笑うように輝いていた。  
 
「そう言えば……」  
 
 なぜかはわからないけれど、ふと思い出した。  
 ワタルから話してもらったホウエンチャンピオンのことを。  
 うわさのお馬鹿さんは、結局パーティーに来なかった。  
 あの飾られた椅子は誰が座ることもなく、きちっとスーツを着込んだ男の人たちによって  
 どこかへと持ち運ばれてしまったっけ。ああ、かわいそうな椅子ね、まったく。  
 しかし、あのセクハラオヤジたちの宴会道具にならずにすんだことを考えれば、  
 もしかして逆に運がよかったのかも、などとくだらないことも思った。   
 
 とにかく、私は一刻も早く泊まれるところを探し、  
 早々と床につきたい気持ちでいっぱいになっていた。  
 
 
 そんなときだった。  
 
 いっそう強くて冷たい不自然な風が、私の体を背中から一気に吹き抜けたのは。  
 
 
「――――ルカリオ!」  
 
 刺さるような風を全身浴びた私は振り向きざま――ほとんど反射的に腰のボールから  
 ルカリオを呼び出すと、戦闘態勢を整えた。  
 今の風は一見するとビルの隙間風程度に感じたかもしれない風だったが、  
 間違いなく、鳥ポケモンが意図的に発生させたものだろう。   
 ポケモンに限らず、鳥などが地に降り立つときはバランスをとるため大抵翼を強く羽ばたかせる。  
 今の風は多分それのものだ。隙間風にしては冷たくて、何より痛すぎたから。     
 大都会の一角に、というのも変な話だけど、おそらくは中〜大型の鳥ポケモンが近くにいると考えたからだ。  
 わざわざルカリオなのは、ガブリアス達では技の威力や有効範囲が大きすぎて  
 高層ビルなどが多く密集しているこの場での戦闘には向かないからだ。  
   
 私がもう一度辺りを見回して身構えたとき、私とルカリオを大きな影が覆った。    
 とっさに見上げると、人の倍はありそうな鳥のシルエットが、  
 ピリピリと気を張り詰める私の目の前に、わざわざ降り立った。  
 暗い世界に光を反射するメタルボディ。刀のように美しい曲線を描く羽は、  
 このポケモンが乗り手のトレーナーに愛情を持ってよく育てられている証拠だ。  
 私はすぐにそれが鋼の鳥ポケモン『エアームド』だと理解し、その背に乗っている人影に目をやった。  
 その背に乗っていた人物は軽やかな動きで地面に降りるや否や、  
 迷いの無い足取りで一直線に私の元に駆け寄る。人が警戒してるのわからないのかしら?  
   
 やがて、間近まで迫ってた男の顔が、はっきりと輪郭をあらわした。  
 
「失礼。一つお聞きしたいことがあるんですが、よろしいですか?」  
 
 男はさわやかな口調で言った。低すぎず、高すぎない男の声はよく耳に通る。  
 私は依然警戒の目を向けたまま、上から下まで男を見回した。  
 特徴的な薄い青髪に凛々しい顔、(おそらく特注であろう)黒のスーツの上下を着込み、  
 指にはいくつかの指輪をはめ、  
 腕には――何かの飾りなのかしら?――やけに大きな輪が二つ並んで巻いてある。  
 いかにも好青年! といった感じの男だけど、こんな時間になにしてるの?  
     
「あの建物の中で行われているパーティは、もうおわったのでしょうか?」  
 
   
 呆れた顔でため息をつくと、息が白いもやになった。  
   
 
         星の綺麗な夜の中、私は彼に出会った。  
 
 
 ■  
 
 開いた窓から吹き込んだ緩やかな風がカーテンを揺らし、  
 うっすらとした朝日が差し込んで部屋に染み渡った。  
 私と彼――ダイゴはいつもの服に着替え、朝食をとっていた。  
   
「ん? どうかしたかいシロナ、箸が止まってるよ」   
「ダイエット中……ではないわ。ただ、思うことがあって……」    
 
 皮肉を返してやろうとしたけど、やめた。  
 彼は一瞬きょとんとした顔になり、頭を傾ける。本当に子供っぽい仕草だ。  
 
「ふぅん、てっきり僕はこの前の試合のことでも考えてるのかと思ってたけど」   
 
 彼はそう言ってコーヒーを啜った。目を閉じ、音も立てずに飲んでいるのは彼の品位が伺える。  
 もっとも、その動作が無意識に自然と出来るのは彼の育ってきた環境のせいなのだろう。  
 彼は満足そうにコーヒーカップを置くと、ふぅと一息ついた。  
   
「ええ、そんなところね。……そうね、久々にどう?   
 もういつかの時みたいに、簡単にやられたりしないわよ」   
「んーどうだろうか。まぁ、もともとそっちの方は僕は副職のつもりでやってるから、  
 本職の人にはもうかなわない、って思うけどね」  
 
 彼は人差し指で頬をかき、片手で光沢のある石をはじきながら私に笑いかけた。  
 
 苦笑いをしながら言うけど、それは決して本意じゃない。私にはわかる。  
 柔らかい物腰に見え隠れする、この人の負けず嫌いと石を求める心意気は本物だ。  
 ただ、このダイゴという人は、自らが絶対的に一番であるという『エゴ』の隠し方が  
 異常なくらいに巧妙で、うまいのだ。  
 でなければ、いくら才能と恵まれた環境があったとしても、この若さで  
 長い年月チャンピオンの座についていられるはずがない。私にだって、そういった気持ちはあった。  
 自分が最強だ、なんてただの思い上がりだと思うし、自分が知っているのは広い世界のたがたが一地方なのだ。  
   
 まだまだ世の表に浮かび上がっていない実力者はごまんといる。  
 現にワタルと初めて会ったときは、彼の手持ちに対する一点の曇りすらない自負と、  
 その自負が決しておごりなどではないと解らせられる実力を、まざまざと見せ付けられた。  
 そして、そのワタルですら超えるトレーナーがカントーとジョウトだけで、  
 少なくとも3人いることを彼から聞かされた時、私はめまいすら感じた。  
    
 それでも、“チャンピオン” という看板を背負ったからには、自身の心根に  
 強い『エゴ』持たなければならない。四天王を破った最強の挑戦者を迎え撃つためには、  
 生易しい気持ちだけでは物足りないのだ。  
 
「よく言うわ、負けたことが無いくせに」   
 
 そう、彼は私との試合を含めて、生涯でたった一敗しかしたことがない。  
 これは私が彼と『こういう関係』になる前に、協会を通して調べた事実。彼から聞いた昔話。  
 しかも、唯一の黒星は非公式のバトルというのだからもう何と言っていいのかしら……?  
   
 今は友人にその座を譲り引退したとはいえ、彼の力は衰えるどころか増す一方。  
 少なくとも、知り合ってから幾度と無く直に手を合わせてきた私には、そう思えた。  
 特に、彼の人生初黒星のついた、あの話を聞いてから……  
 
 
 
「さて、もう行くよ。今日はワタルとも待ち合わせしてるんで」  
 
 彼は手馴れた動きで食器を洗うと、ポケナビとポケギアを身に着けた。  
 私も後に続いて食器を台所に置き、蛇口を捻る。  
 冷たい水道水が指を伝い、食器に滴り落ちていった。  
   
「……ねぇ、あの話を聞かせてくれないかしら?」  
 
 私がそう言うと、ドアノブをまわそうとしていた彼の動きがぴたりと止まった。  
 彼はドアノブから手を離し、こちらを見る。その顔はやはり苦そうにわらい、歪んでいる。  
 
「なんでまた、急に痛い思い出を?」  
「さぁて、なんででしょうね? 」  
 
 彼はさもわからないと、朝食の時と同じように顔を傾けた。  
 
「ね、いいでしょ! まだ時間もあるんだし。ほら、すわったすわった」  
 
 彼の背後に回り、背中をぐいぐい押す。  
 こうしていると、見た目は細い背中なのに本当に筋肉質というか、  
 無駄なものが一切ついていないんだと実感しちゃう。女としてなんとなく負けた気持ちになるわね。  
 本当にダイエットしようかしら?  
   
 
 彼はしばらくしてポケギアをのぞくと、ため息をついて席に着いた。  
 私は直ぐに反対の席に座り、彼の顔を覗き込む。  
 彼はコップにコーヒーを注ぐと、一口ゆっくりと口につけた。  
 
 白い煙がゆらりと宙を舞い、解けるように消えた。    
 
「わかった。まだ時間もあるし……もう一杯コーヒーでも飲みながら話すとするよ。  
 君の聴きたがっている話、僕が初めて敗北というものを味わった時の話を……」  
   
 私は彼の目の前に置かれたカップを手に取ると、  
 彼が飲んだのと同じ場所に口をつけ、コーヒーを啜った。  
 
 砂糖もミルクも入ってないはずのそれは、なんだかとっても甘い味がしたのだった。  
 
 

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