畷の畦道
〜序章 ”逢瀬”〜
「はぁ・・・・」
一人の男が頭をぐっくりとうなだれながらとぼとぼ歩く。
彼の名はコジロウ。ロケット団という名のユニットで活動している。
他にムサシ、名前の無いニャースがいる。
しかし、コジロウは今一人である。
「何でだよ・・」
とぼとぼと愚痴を呟きながら鉛のように重い足を運ぶ。
恐らく、何かしらの諍いがあったんだろう。
と、コジロウの視界の端に、人影が仄かに映る。
「ん?」
少し猜疑的な目で、様子を窺う。
人影が、やがて、姿を見せる。
その姿を見て、コジロウの脳裏に靄が生じた。
数秒、逡巡する。
(思い出した!あの草使い!ナタネ、だったか?まずい、隠れなければ)
コジロウは慌てて木陰に身を隠す。
しかし、その草使いナタネはコジロウが隠れる瞬間を聞き逃さなかった。
「あっ!誰か隠れたなぁー、誰なの?そこにいるの」
(やっべ、ばれた!? あいつ、面倒くさいんだよな、どうしよう)
どうにかして、この状況から逃げ出そうと、あれこれと考える。
(おわっ、近づいてきた!来るな来るな)
「あーっ!やっぱここにいた!」
「うわっ!」
身の毛の弥立つ様な驚き声を上げ、ナタネを見るコジロウ。
「何よ、そんなにおどろかなくたっていいじゃない」
「だってだって・・’#%()”’!?」
しどろもどろになりながら、赤面しながら言い訳にならない言い訳をするコジロウ。
「くすっ・・かわいい♪」
些か悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ナタネはコジロウをからかう。
「なっ、何だよ!? ってかお前誰だよ!?」
些か声が裏返っている。
「もぉ、『お前誰だよ!?』はないんじゃない? あたしは、ナタネ。あなたは?」
ちょっぴり頬を膨らませた後、自己紹介を済ます。
「俺はコジロウ。で、そんなことどうでもよくって・・・んで、何だよっ?」
ナタネはコジロウの慌しい質問に答えず、コジロウをじろじろ見つめ、言葉を述べる。
「今日は、お連れさんはいないの?」
「あっ、あいつらなんか・・・・」
横を向きながらボソッとコジロウは呟く。ナタネはそれを聞き逃さなかった。
「ってことは、今ひとり?」
心なしか、少しだけナタネの声のトーンが弾んでいるように見える。
「あ、ああ。そういうことになるな。 で、何のようだよっ」
コジロウは心なしか落ち着きを無くしている。どうやらナタネが苦手らしい。
「あのさっ、あなたのマスキッパとサボネアが見たくてさ」
(うわっ、来ましたよ! 収拾が付かなくなるぞ・・・)
「ねっ! いいでしょ?」
ナタネの美顔が、コジロウの目の前にやってくる。
コジロウの視界の中で、ナタネの鼈甲色の瞳がきらきらと輝く。
一瞬、考え込む。
(たしかこいつ、ウツボットとか持ってたよな。
つーか、こいつかわいいな。 って何考えてんだよ俺)
束の間の妄想の後、良心の呵責に窘められる。
しかし、今直面している事実に再び目が眩んでしまう。
オレンジの髪、やや大人びたきめ細かそうな少女の美顔。
惜しげもなく晒されるすらりとした腰、むっちりしたふくらはぎ。
コジロウはもはや妄想に耽っていた。
「ねぇ〜、聞いてるのぉ?」
蜂蜜のようにほんのり甘いナタネの声によって、コジロウは我に返る。
「あっ、ああ」
現実の世界に引き摺り下ろされて、コジロウは曖昧な返事をする。
「ねっねッ!見せるだけでいいからさ」
「ああ、いいぜ。その代わり後で何でも言うことを聞くってんならいいぜ」
コジロウがとんでもないことを申し出た。
しかし、ナタネはサボネアとマスキッパを見たいという期待で、そんなことを気にしてはいなかった。
「うん!わかったからはやく見せてよぉ」
ニヤリ、とコジロウは爬虫類のような笑みを浮かべる。
「よし、出て来い、マスキッパ、サボネア!」
マスキッパとサボネアが出てくる。
出てきた途端、二匹はいきなりコジロウの頭に襲い掛かる。
「ぉ、おれじゃな、くて・・!」
「きゅあああぁぁ〜っ!」
ナタネは二匹の許へ飛び掛った。
「相変わらず、ステキねえぇ〜っ!」
コジロウを全くもって無視して、二匹にほお擦りする。
「だあぁーっ! 三人ともいい加減にしろいっ!おれじゃなくて、あっち!」
支離滅裂なことを言いながら、攻撃対象を変えるように命じた。
マスキッパが、ナタネの頭に噛み付き、サボネアはナタネの臍を抱擁する。
「あああぁ〜ん! やっぱマスキッパの口の中と、サボネアの針がマッチして・・・・さ、最高〜っ!」
くぐもった声をあげながら、ナタネは陶然と恍惚に酔いしれている。
コジロウは、いかにも不思議そうな視線で、ナタネ達の様子を見ていた。
数秒後、マスキッパとサボネアはそんな遊びに飽きたのか、ナタネを解放する。
そして、コジロウのモンスターボールに戻る。
「ぷはあ〜。 やっぱ、あなたのサボネアとマスキッパ、最高ね! 交換しましょ!」
先ほどよりテンションが上がっている。
「いいぜ。ただ、その前に言うことを聞くって言ってたよな」
「えっ・・そうだったっけ・・? で、何するの?」
どうやら完全に忘れていたみたいだ。
「付いてきな」
そう言われ、ナタネは森の中へ歩いていくコジロウに文字通り、付いて行く。
数分後、二人は一目の付かなさそうな場所に辿り着く。
〜序章 ”逢瀬” 完〜