「ここが玉座の間か……」  
頑丈を絵に描いたような巨大な扉。それが重々しい音をたてながら、ゆっくりと開かれた。  
視界に飛び込んできたのは、禍々しくも美しさを感じさせる大きな空間。  
その空間を断ち切るかのごとく、真っ直ぐに敷かれた真紅の絨毯。  
絨毯は最奥にある豪奢な玉座まで伸びており、荘厳な装飾品との組み合わせが素晴らしい。  
玉座の間にある装飾品は、自分の部屋に飾るとなれば、お断りしたいが、  
こうして見ている分には面白いかもしれない。  
 
「――ダークライ」  
頭の中でRPGの曲をかけながら辺りを見回していたオレは、  
突然、城内に木霊した男の声に驚き、正面に顔を戻す。  
よく目を凝らしてみると、玉座の前に、動く人影が見えた。甲冑じゃなかったのか。  
 
「これは、これは……。ククク……。  
城下で、ダークライは留守だと小耳に挟んだが、やはり居るではないか」  
その人影が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。  
 
「さっき帰ってきたところよ……」  
表情にも語り口調にも不快さをあらわにしながら、ダークライも男のほうへと進み始めた。  
オレとムウマージは、その背中を追いかける。  
 
「新しい体か。今回のものはやけに小さいな」  
玉座の間の中ほどで歩みを止めたオレたちは、薄笑いを浮かべる男と、正面から向き合う。  
コイツが冥竜王――ギラティナなのか……。  
そのウェーブヘアーは、一見ブロンドのようにも見えるが、やけに煤けていた。  
やたらと青白い体色といい、細身の長身といい、不健康を体現したような男だ。  
それに反して筋力は高いらしく、  
重騎士ほどでは無いにしろ、かなり重そうな鎧を着込んでいる。  
そして背中に見えるのは、2枚のいびつな黒い羽。  
これは恐らくポケモンの特徴が出ているのだろう。  
全身から放たれる異様なオーラは、ダークライすら凌ぐ。  
 
「まぁ、おまえがどんな姿をしていようが、我の気持ちは変わらん。しかし――」  
「そんなボロボロのカッコで、冥竜王さまの前に出てくんな、ばーか!」  
突如、ギラティナの台詞を遮って、子供のものらしき声が響き渡る。  
次の瞬間、ギラティナの背後から小さな人影が飛び出した。  
そのままダークライに、ビシッと人差し指を突きつける。  
 
「おまえがどこに隠れようが、アタイの鼻で突き止めてやるんだからなー!  
はっはっはーだ!」  
そこにあったのは、10歳程度の幼い少女の姿だった。  
頭部からは、後方へ向かって大きくねじれた2本の大角。  
その下には野性味を感じさせる、毛先の不揃いなショートヘアー。  
瞳はギラティナと同じく鮮血のような色をしている。  
だが、くりくりとした子供特有の可愛さがあるため、ギラティナのような不気味さはない。  
黒いキャミソールにショートパンツという、露出度の高いいでたちだが、  
年齢のせいか色気はまったく感じない。むしろ、無理して背伸びをしているようで笑える。  
背後から覗く黒い尻尾は、神話の悪魔が生やしているものに酷似していた。  
 
「にひひ。ヘルちゃんは相変わらず口が悪いんだねー」  
「うっさい! 勝手に変なあだ名つけんな! ばーか!」  
「素直になれないところも、かわいいよ〜!」  
微妙に噛み合わない会話を続けるムウマージたちを前に、  
オレはこっそりとダークライに話しかける。  
 
「なぁ……。コイツ――ヘルガーだったか?」  
「そうよ――。冥府の門を守護する、地獄の番犬。ギラティナに仕える忠実な犬ね。  
私と同じく、人間たちから悪タイプと呼ばれているポケモンよ」  
「へ? おまえと同じ……?  
そいつは意外だな。ポケモンは同タイプ同士で群れるモンだとばかり思ってたが」  
「そんな訳ないじゃない――。  
ポケモンのタイプによる分類法を提唱したのは、  
人間界で、ポケモン研究の第一人者と呼ばれている、オーキド・ユキナリ――人間なの。  
だから私たちポケモンには馴染みが薄いのよ。  
ちなみに、ポケットモンスターという呼称。これは、ニシノモリという人間が、  
間違った量の薬品をオコリザルに投与し、衰弱させてしまい、  
そのオコリザルが、老眼鏡ケースに入り込んだことがきっかけで生み出されたわ。  
この、ポケットモンスターという言葉も、魔界では馴染みが薄いから――」  
「こらー! なにコソコソ話してんだ!」  
オレたちの内緒話に気付いたヘルガーが、シャシャリ出る。  
 
「冥竜王さまはなー、最近とってもいい素材を手に入れたんだ!  
あれを使えば、おまえらなんてイチコロ――」  
「おい」  
「ひっ!」  
ギラティナの声に、ヘルガーは全身の毛を逆立てながらすくみ上がる。  
そのままギクシャクとギラティナのほうへ振り返った。  
 
「黙っていろ、薄汚いイヌが」  
「――ご……ごめんなさい……」  
か細い声でそれだけ言うと、すごすごと後ろのほうへ戻っていった。  
 
「――それでダークライ。その給仕の服はなんだ?  
下々の者が着るような服、おまえには相応しくないぞ。おまけに所々、破れて――」  
「これは、あなたの手下のせいよ……」  
「――? 我の下僕……?」  
不満げな態度をあらわにするダークライに対し、ギラティナが怪訝な顔をする。  
ダークライは、キクコが襲撃してきた件についての説明を始めた。  
 
「――なるほど……。偶然とはいえ、我の下僕がおまえの前に現れるとはな。ククク……」  
悪びれる様子もなく、含み笑いを漏らすギラティナ。  
ダークライはいかにも不服といった顔をしている。  
 
「つまり、そこにいる男は、おまえの新たな下僕という訳か」  
「そういうことになるわね」  
「そういうことにならねーよ!」  
勝手に下僕認定されてしまったオレは、いきり立って反論する。  
しかし、よくよく考えると、  
職を与えてもらえるというのは、ありがたい事なのかもしれない。  
魔界から脱出する方法が発見されるまでの間、ずっと無職という訳にもいかないしな。  
 
「まぁ、キクコには我のほうから、よく言い聞かせておこう。  
不死の力とは言え、無限に再生できるという訳でもないからな。  
――しかし、あの老婆が人間界でそのような計画を進めていたとは……。  
――ククク……。そうでなくては面白くない。  
我の下僕となるからには、それくらいの野心を持ち合わせていなくてはな」  
ニヤニヤ笑いを浮かべるギラティナの表情は、薄気味悪いというほかない。  
 
「とにかく、我は長旅で少しばかり疲れた。今日はおまえの城に泊め――」  
「お断りよ」  
即答だった。  
 
「予想通りの答えだな。――しかし、抵抗されたほうが楽しみは増すと――」  
刹那、ダークライの体からドス黒いオーラが湧き上がり、  
ダークライとギラティナを除く3人は、とてつもない勢いで吹き飛ばされた。  
 
「どわぁッ!?」  
オレの体は派手に床を転がり、  
5メートルほど移動させられたところで、なんとか静止した。  
 
「いつつ……」  
痛みを堪えながら体を起こすと、対峙するダークライとギラティナの姿が視界に入る。  
 
「ほう――。凄まじい悪の波動。  
我が冥竜王とはいえ、それをまともに喰らえば、ひとたまりもないだろうな。  
――『当たれば』……の話だが……」  
黒いオーラを放ち続けるダークライを眺めながら、余裕の表情を見せるギラティナ。  
オレとムウマージは、緊張の面持ちで2人の様子を窺う。  
しばらくすると、ダークライの体から湧き上がっていたオーラが、ゆっくりと消えてゆき、  
そのまま完全に見えなくなった。  
 
「それでいい。賢い選択だ。我の女に相応しい判断能力。  
それに免じて今日のところは引き上げよう」  
そう言ってギラティナは、ダークライに歩み寄り、彼女の顎に手を添える。  
 
「我の顔を、その目によく焼き付けておくといい。  
いずれ、おまえを屈服させ、支配する男の顔だ」  
その言葉に、ダークライが嫌悪感を感じているのは、誰の目から見ても明らかだった。  
ダークライの顎から手を離したギラティナは、  
後方で目を回しているヘルガーのほうへ顔を向ける。  
 
「いつまでそうしているつもりだ」  
その呼びかけに気付いたらしく、今まで伸びていたヘルガーが慌てて身を起こす。  
そのまま、足早にギラティナの傍へ戻ってきた。  
 
「行くぞ。下賎な獣ふぜいが我を待たせるな」  
「は、はい。気をつけます……」  
そのまま2人は、玉座の間から去っていった。  
 
「――ふぅ……。なんだか不気味なヤツだったな。  
ダークライは昔からあいつと知り合――うぉっ!?」  
突然、ダークライが自分の足元を蹴りつけたため、絨毯の一部が裂け、床にヒビが入る。  
直後、ギリギリという聞きなれない音が辺りに響き出した。――は、歯軋りか……?  
 
「ダ、ダークライ。どうし――もごっ!?」  
オレがダークライの肩に触れようとした瞬間、  
いきなりムウマージに口を塞がれ、体を勢い良く引っ張られた。  
 
「な、なにするん――」  
「しーっ! 静かにして!」  
ムウマージが人差し指を口に当て、注意を促す。  
 
「ダークライおねぇさまは、大嫌いな冥竜王に触られて怒り心頭なの!  
今、おねぇさまに触れたりしたら、跡形も無く消されちゃうよ!」  
「――マ、マジかよ……。じゃあ、どうすりゃいいんだ?」  
「そこは、このムウマージちゃんにお任せあれ!」  
そう言って可愛らしくウィンクをし、ダークライの背後から近づいてゆくムウマージ。  
 
「ダークライおねぇさま〜?」  
「――話しかけないで」  
ダークライが声を発した瞬間、玉座の間の空気がビリビリと震えた。  
その恐ろしさに、オレは堪らず身をすくめる。  
 
「それは残念ですねー。せっかくダークライおねぇさまのために、  
とってもおいしいチョコレートパフェを用意してあるのにな〜」  
その瞬間、ダークライの体がピクリと反応し、歯軋りが鳴り止む。  
 
「チョコレートパフェ……?」  
ダークライが素早くこちらへ振り向いた。それを見たムウマージはニヤリと笑う。  
 
「おねぇさま。口の端に何か付いてますよ〜?」  
その指摘に反応したダークライが、開けっ放しにしていた口を、そそくさと手で隠す。  
今、ダークライのヤツ、よだれ垂らしてなかったか?  
 
「――し、仕方ないわね。お腹も空いたことだし、食べてあげてもいいわよ?」  
「――にひひ。大成功〜」  
ダークライの頬が緩んだのを確認したムウマージが、  
オレのほうへ振り向き、再びウィンクをした。  
――す、すげぇ……。魔王がチョコパに釣られてる……。  
 
「――それで、おねぇさま。久しぶりの人間界はどうでした?  
なにか、お土産とかないのかな〜、なんちゃって――」  
それを聞いたダークライが得意げな笑みを浮かべる。  
 
「フフフ……。今回のは凄いわよ?」  
そう言ってダークライは懐をまさぐり始めた。  
 
「わぁー! やっぱりあるんですね!? はやく、はやくぅ!」  
目をキラキラさせながら、ダークライの傍へ滑り込むムウマージ。  
オレも、その後へ続く。  
 
「なにかな、なにかな〜」  
ダークライが懐から取り出したのは――。  
 
「――あれ……? これだけなんですか?」  
オレたちの大きな期待とは裏腹に、ダークライが取り出したのはピッピ人形1体だけ。  
しかも所々にツギハギが見える。  
 
「なんだよコレ。ただのボロいぬいぐるみじゃねーか」  
「早計ね……。これは入れ物――。主役はこの中よ!」  
そう言って、突然、ダークライがピッピ人形の背中から、ズボッと手を突っ込んだ。  
次の瞬間、どう考えてもピッピ人形内に納まっていたとは思えない量の何かが、  
真紅の絨毯にぶちまけられた。  
――こ、これは……。ファミコンとゲームボーイ!  
 
「わっ! わっ! なんなんですかこれー?」  
瞳を輝かせながらゲーム機を見詰めるムウマージの姿は、純粋な子供そのもの。  
オレにもこんな時代があったんだよな。懐かしい……。  
 
「この娘――モノマネ娘の家にあった物を持ってきたのよ。  
据え置き型ゲーム機と、携帯ゲーム機という物らしいわ」  
「ど、どうやって使うんですか!?」  
「まぁ、見ていなさい」  
ダークライが手に取ったのは黒いファミコンカセット。タイトルは――。  
 
「た、た○しの挑戦状……。また微妙なチョイスを……」  
オレは改めて、ファミコン本体に目を落とす。  
 
「ん……?」  
そこで、ある1つの重大な事実に気がついた。  
本来、2プレイヤーのコントローラーが繋がっている部分――。  
そこには、ささくれ立った短いコードが、チョンと生えているだけである。  
恐らく、モノマネ娘の家の人間が、誤って壊したのだろう。  
――2プレイヤーコントローラーの存在しないファミコン。そして、た○しの挑戦状。  
ここから導き出される答えは1つ――。  
 
「おねぇさまぁ、はやくぅ。ムウマージ、もう我慢できないよぅ」  
「フフフ。せっかちなコね」  
とても言い出せる雰囲気ではなかった。  
 
 

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