「おに〜さ〜ん。モノマネちゃ〜ん。こっちこっち〜!」
大勢のポケモンや人間が行きかう広場。
その中心に位置する噴水の前で、ムウマージが元気に手を振っている。
「綺麗な街ですね。それにすごく活気があります」
「そうだな。魔界っつーから、城から出た直後に毒沼を踏んだり、
街中でモンスターに襲われるモンだとばかり思ってたが……」
ムウマージに連れられ、城下町へとやってきたオレとモノマネ娘。
頭の中で思い描いていたものとは明らかに違う光景に、
オレは、ほんの少しばかり戸惑い気味だ。
中世ヨーロッパを思わせる町並みは、
子供のころ、散々遊び倒したRPGの雰囲気そのもの。
ムウマージいわく、ここは王都なので一際きらびやかな作りらしい。
子供が駆け回り、商人の威勢の良いトークは道行く者たちの足を止める。
その様子には荒んだ心を癒す安らぎがあった。
「もう! 遅いよ2人とも〜。そんなんじゃ日が暮れちゃうってばぁ!」
「わりぃ、わりぃ。魔界が想像してたところと全然違うからよ。
つい足を止めてみたくなっちまって」
「ええ。失礼なことを言って申し訳ないんですけど、
わたしたちの世界では、魔界というのは恐ろしいものとされているんです。
だから、人とポケモンがこんなにも自然に共存している姿が嬉しくって……」
「そうなんだ……。でも半分は正解かな。おねぇさまが怖がられてるのは本当だよ。
もしここで『ダークライおねぇさまが帰ってきたよー!』なんて叫んだら、
みんなから遠巻きにされちゃうかもね〜」
ということは、まだ、この街の連中はダークライがここに居ることに気付いてないのか。
まぁ、姿がモノマネ娘に変わっているから無理もないだろう。
「それにね……、すべての人間が平等っていう訳でもないんだよ……」
刹那、ムウマージの明るかった笑顔に影が差した。
心なしか、声のトーンも若干下がったように感じられる。
突然の変化に戸惑っているのはオレだけでは無いらしく、
モノマネ娘の顔にも僅かではあるが不安の色が広がっている。
ムウマージに声を掛けようにも、微妙に口を開き辛い空気が辺りを包む。
――しばらくの沈黙の後、ムウマージは突然立ち上がり、
広場の中心から離れるように歩みを進めた。
「――ちょっと2人に見せたいものがあるんだけど……、ついて来てくれるかな?」
そう言ってムウマージが指し示したのは、裏通りへと続く1本の路地。
見せたいもの……? いったいなんだ?
ムウマージの真意が掴めないオレは、
同じく怪訝な表情をしているモノマネ娘と顔を見合わせた。
「とりあえず……行くか?」
「そう……ですね……」
心にわだかまりを感じるものの、この場で立ち尽くしているわけにもいかないだろう。
オレたちはムウマージの後を追い、路地裏へと足を踏み入れることにした。
◆
「な、なんだよ……コレ……」
ムウマージに連れられ、路地裏へとやってきたオレとモノマネ娘は、
視界に飛び込んできた光景に唖然とする。
――掘っ立て小屋のようなボロボロの家々。ゴミ捨て場を漁る人間やポケモン。
土がむき出しの、ほとんど整備されていない道。
力無く地べたに座り込む浮浪者の中には、腕や足の無い者までいる。
そこには、華やかな表通りからは想像もつかないような世界が広がっていた。
「こいつはいったい……。路地を1本抜けただけなのに……」
「――これが王都の裏の顔……」
ポツリと呟いたムウマージの表情には、
今までに見たことも無いような物悲しさが浮かんでいる。
「人間界から転送されてきた生き物でも、市役所で手続きをすれば国籍を貰えるの。
でも、何不自由ない暮らしが出来る保証なんてどこにも無いんだよ……」
今までの快活なムウマージからは想像も出来ないほどの落ち着いた語り口調……。
「悪魔だって同じ。――力、富、名声……。
どれか1つくらい持ってないと、社会から弾き出されちゃうんだ。
しかも、ムウマージたち悪魔は血統にこだわる種族だから、余計にややこしくって……。
――昨日の夜に会ったヘルちゃんのこと、覚えてるかな?」
ヘルちゃん……。ギラティナと一緒にいたヘルガーのことか。
「ああ。覚えてるぞ」
「あのコはね。悪魔と獣の混血なの」
混血……。つまり、外国人同士が結婚して出来た子供のようなものか。
「魔界や冥界では、獣は迫害の対象……。
ヘルちゃんも獣の血が混じってるっていうだけで、随分と酷い扱いを受けてきたんだ」
そこでオレは、昨夜のギラティナとヘルガーのやりとりを思い出す。
ギラティナに罵声を浴びせられても何も言い返さず、
ただ謝罪の言葉を紡ぐだけのヘルガー。
主人と従者の関係とはいえ、あまりにも度が過ぎていると思ったのも事実だ。
「だけどね。モノマネちゃんと話してみて、少し希望が湧いてきたかな」
「え……? わたし……ですか?」
ニッコリと微笑むムウマージを前にして、モノマネ娘が目を丸くしながら自分を指差す。
「うん。今までに、おねぇさまと契約した人たちはみんな憎悪と絶望を抱えてた。
復讐のためだけに日々を過ごす、非生産的な生き方――。
だけど、モノマネちゃんは今までの人たちとは違うような気がするの。
こうしてムウマージとモノマネちゃんが出会って、1日も経ってないけど、
なんとなく判る。
モノマネちゃんなら、悪魔の差別思想を変えてくれるって……」
「わたしが……変える……」
真剣な面差しでゆっくりと言葉を紡ぐモノマネ娘に、ムウマージが歩み寄る。
「期待してるよ。モノマネちゃん!」
そう言ってムウマージは、モノマネ娘の頬に軽く口付けをした。
「え?」
素早い動作で距離を空けたムウマージを見詰めながら、モノマネ娘は呆然とする。
しばらく経つと、徐々にモノマネ娘の頬が赤みを帯びてきた。
「な、なにするんですか!? いきなり!」
アタフタと取り乱しながら僅かに身を引くモノマネ娘。
「にひひ〜! モノマネちゃんが、かわいかったから、ついうっかり!」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら、明るい声で話すムウマージには、
先程の暗さは微塵も感じない。
「もう……。理由になってませんよ……」
「怒った顔も、かわいいよぉ!」
――ムウマージはただひたすらに、眩しい笑顔を振りまいていた――。
◆
「こんにちはー!」
ムウマージに連れられてやってきた、いかにもRPGに登場しそうな趣の道具屋。
その扉をくぐりながら、ムウマージが元気良く挨拶をする。
「ちょっと待ってーな」
薬ビンや機械が入り乱れる店内を見回していると、
奥のほうから足音と共に、男の明るい声が聞こえてきた。
「おっ! ムウマージはん。今日は何をお探しで?」
顔を出してきたのは、オレより少しばかり年上と思われる、天然パーマの青年。
――あれ? この男、どこかで見たような……?
「今日はね、新入りのおにーさんに、お仕事を教えるために来たの!」
「――あ……、ど、どうも……」
オレはムウマージに促され軽く頭を下げる。
「よろしゅうな! 人間ちゅーことは、あんさんも人間界から飛ばされてきたんか?」
「まぁ……な」
「そうか、そうか。魔界で困ったことがあったら気軽に相談してや。
わいは、こう見えても面倒見はいいほうなんや!」
そう言って、爽やかな笑顔の天然パーマが、モノマネ娘のほうへと視線を移す。
「お嬢ちゃんも新入りなんやろ?
仕事のためとはいえ、こんな可愛いコが、わいの店に来てくれると思うと心が弾むわぁ!」
「い、いえ、そんな……。えへへ……」
照れくさそうに俯きながら、僅かに染まった頬をポリポリと掻くモノマネ娘。
――それはともかく、この天然パーマの男、どこかで見たような気がするんだよなぁ……。
もう少しで思い出せそうなんだが……。
「はい、おにーさん! コレ持って!」
「え? おおう!?」
天然パーマの顔を眺めながら思考を巡らせていたオレの両腕に、突如として重圧が掛かる。
前のめりに倒れそうになった体をなんとか持ち直した。
「な、なんだよ、この大荷物……」
オレの両腕を占拠しているのは、薬ビンやらガラクタやらが詰まった大きな布袋。
半端なく重い。
「お城で使う、お薬や道具だよ! それを運ぶのが、おにーさんのお仕事!
マサキさんは頭がいいから、人間界から転送されてきたガラクタでも、
簡単に修理して使えるようにしちゃうんだ〜」
「マ、マサキ……? あ!」
その瞬間、オレの頭の中で何かが繋がった。
――そうだ……、思い出した!
この天然パーマの男はポケモン転送システムの開発者、ソネザキ・マサキ!
どうりで見覚えがあるハズだ。たまにテレビで見かける顔だったからな。
何年か前に行方不明になったと聞いていたが、まさか魔界に飛ばされていたとは……。
これは、レッド生存の可能性も真実味を帯びて――うおぉっ!?
「はい! これも買っていくからね〜!」
ただでさえ限界を迎えようとしているオレの両腕に、
ムウマージがさらなる追い討ちを掛けた。
今はレッドの生死を気にしている場合じゃない! オレの両腕が悲鳴をあげている!
「ところでムウマージはん。今朝方、気になる話しを小耳に挟んだんやけど……」
「気になる話し?」
オレの心の叫びを無視し、人差し指を唇にあてがい小首をかしげるムウマージ。
オレの隣にいるモノマネ娘は、オロオロするばかりだ。――いや。助けろよ……。
「近隣の村にな。勇者が現れたらしいんや」
勇者……? あのテレビゲームでよく見かける、魔王を討伐する勇者のことか?
「ホ、ホントなの!? マサキさん!」
ムウマージが、カウンターの上に勢いよく身を乗り出す。
「ああ。その勇者は、バイオリンを持った少女の姿をしてるらしいで。
なんでも、そのバイオリンの音色は、いとも簡単にポケモンを従わせてしまうらしいんや」
なんだそれ!? ハーメルンのバイオリン弾きかよ!
「――にひひ……。これは面白くなってきたよぉ……」
ニヤニヤ笑いを浮かべながら、棚に置いてある薬ビンを手に取るムウマージ。
お、おい! ちょっと待て! これ以上乗せられたら――。
「魔王であるダークライおねぇさま……。その本業は言うまでも無く勇者と戦うこと!
悪魔の社会において最大のステータスとは、どれだけ多くの勇者を倒したかどうか!」
なんだろう……。『どれだけ多くの女を食ったかどうか!』と、声高に言っているみたいで、
非常にアホくさいんだが。
「久しぶりの勇者登場……。しかも、すぐ近くの村!
これは、おねぇさまの株を上げる大チャンス!」
ムウマージは、そう言って目の中に闘志を燃やしつつ、
オレのほうへポーンと薬ビンを放り投げた。
――ちょ、ちょっと待てぇぇッ!
「この魔王親衛隊長であるムウマージちゃんが! おねぇさまの身の回りの世話――
とりわけ夜のお相手をこなす、このムウマージちゃんが!
今回もおねぇさまのために、がんばっちゃうよー!」
熱い宣誓に力を入れるムウマージの横で、宙を舞う薬ビンがオレの荷物の上に――。
「えいえいおー!」
「ぎいゃあぁぁあぁッ!!」
限界ギリギリまで荷物を搭載されたバクーダは、ワラ1本の重みで沈んでしまう――。
オレの両腕もまた、限界を超えたため、同じように沈む――。
無残にも床と大荷物に挟み込まれ、骨を軋ませるオレの両腕――。
床に伏し、激痛に身悶えながら足をバタつかせる哀れな男の姿が、そこには在った――。