「今さらだけど、モノマネ1人なら人間界に戻れるんだよな」  
「ええ……。たぶん戻れるとは思いますけど、  
ダークライさんの人格が出ているときじゃないと無理でしょうね。  
しかもダークライさんには人間界に戻る理由が無さそうですし……」  
勇者が現れたという情報をマサキから仕入れた翌日、  
オレとモノマネ娘とムウマージは馬車に乗り、王都メアを出発した。  
もちろん、勇者が現れたという近隣の村へ向かうためだ。  
馬車を引いているのは原型のギャロップ。手綱を引いているのは同じく原型のスリープ。  
というか、スリープって意外と器用なんだな。魔界のポケモンだからか?  
 
「でも、あなたを置いて、わたしだけ戻るわけには……」  
「おまえはホンットにお人好しだよなぁ……。――ふぁ〜あ……」  
あくびをしつつ窓から顔を出すと、  
どこまでも続く青い空と広大な緑の草原が視界いっぱいに飛び込んできた。  
暖かい日差しと柔らかな風――。ときおり小さな鳴き声とともにムックルが横切る――。  
馬車が奏でるカラコロという心地よい走行音も相まってオレの眠気も最高潮だ。  
出来ることなら、このまま一眠りしたい。しかし――  
 
「そんなスピードじゃ日が暮れちゃうってば、スリープさん!」  
今日のムウマージは一段とテンションが高い。  
 
「早くしないと勇者に逃げられちゃうよ! 急いで、急いで! ゴーゴー!」  
前方に身を乗り出し、スリープに大声で指示を飛ばすムウマージが、  
オレを眠らせてはくれないのだ。  
 
「ムウマージ。ちょっと静かにしろ。眠れないだろーが」  
「もう! おにーさんは何も判ってない!  
勇者が近くに現れることなんて滅多に無いんだよ!?  
急がないと他の魔王に取られちゃうでしょ!」  
ポニータの耳に念仏かよ……。  
 
「前回の勇者戦は、数百年前に行われた人間界侵攻のとき――。  
波導の勇者アーロンさんは強かったなぁ……。  
そのときはあんまり活躍出来なかったムウマージだけど、  
今回はバッチリ手柄を立てちゃうんだから!  
――おねぇさまから頂いた2つ名――『夢魔導』の名にかけて!」  
ムウマージが人差し指を天に突きつけ気合を入れた。  
 
「勇者を見つけ出したムウマージに、おねぇさまはきっとこう言うの――。  
『あなたみたいな優秀な手下を持った私は幸せ者よ』  
ムウマージも、おねぇさまのお役に立てて嬉しいです! ――え? お、おねぇさま!?  
『フフフ……。ムウマージには、ご褒美をあげないとね』  
そ、そんな突然! ムウマージ、まだ心の準備が――。  
『大丈夫。優しくするから』  
――きゃーっ! もぅ! おねぇさまったらぁ!」  
顔を真っ赤にしながらスリープの頭をペチペチと叩くムウマージ。  
その姿を見ていると、ロケット団に所属していた頃の記憶が蘇る。  
オレの同僚にムウマージみたいなウザいヤツらがいたんだよな。  
――人語を話す珍しいニャースを連れていて……。  
名前はムサシ……、それから……えぇと……。  
オレは額に指を当て、思考を巡らす。  
しばらくすると、オレの頭上の電球にピカッと明かりがついた。  
続けざまポンと手を叩く。  
 
「思い出した! コサンジだ、コサンジ!  
たしかそんな名前だったハズ! 間違いない!」  
普段からこんな風に効率良く頭が回れば昇進も夢じゃなかったんだろうなぁ。オレ。  
 
「でも、今さらそんなことを考えても仕方ないな。ロケット団はクビになったんだし……」  
流れる景色を眺めながら、オレは1つ、大きなため息をついた。  
 
◆  
 
「ブイ太郎ちゃんもとうちゃーく!」  
「ムウマージ! また勝手にオレのモンスターボールを開けたな!」  
ほどなくして目的の場所へ辿りついたオレたちは、さっそく村内へと足を踏み入れた。  
 
「王都の裏通りほどではありませんけど、あまり豊かとは言えませんね」  
「ああ。なんというか、RPGで言うところの最初の村って感じだな」  
ムウマージの話しによると、このマッサラ村は  
魔界で国籍を取ることを拒んだ人間たちが寄り集まって作り出したものらしい。  
 
「あんまり騒ぐなよ、ムウマージ。ただでさえオレたちは目立ってんだから」  
パーカーとジーパンのオレはまだしも、  
上質なドレスを着たモノマネ娘と、  
ローブ&ミニスカ&ニーソなムウマージは明らかに浮いている。  
畑仕事や買い物帰りといった感じの連中は、皆一様に好奇の目でオレたちを直視していた。  
 
「ほらほらマフラー! ブイ太郎ちゃん、もふもふぅ……」  
「オレのブイ太郎で遊ぶな!」  
ブイ太郎を首に巻きつけ、恍惚の表情を浮かべるムウマージを怒鳴りつける。  
ブイ太郎自身がまんざらでも無いって顔してるから、余計腹立つんだよな。  
オレとの友情はどうした。ブイ太郎よ……。  
 
「ところでムウマージさん。勇者さんを捜すと言っても、いったいどうやって?」  
モノマネ娘が当然の疑問をムウマージにぶつける。  
 
「にひひ〜。そんなのカンタン、カンタン!」  
オレたちにウィンクをしたムウマージは、1つ咳払いをし、  
クルリと向きを変え、前に進み出る。そのまま深呼吸をしたかと思うと――  
 
「魔王さまの到着だよー! 勇者の人は早く出てこーい!」  
「いっ!?」  
突然ムウマージが大声をあげ、オレたちが魔王一行であることを村民に伝えた。  
 
「ま、魔王?」  
「魔王って……王都に住んでるあの魔王か!?」  
「マジかよ!? ニセモンじゃねーだろうな!?」  
村民たちが互いに顔を見合わせ、魔王の話題で盛り上がり始めた。  
 
「隠れてるなんて男のコらしくないぞー! ――っと……。  
今回の勇者は女のコだったっけ。――出てこーい! 魔王さまのお目見えだよー!」  
「待て待て待てぇぇッ!」  
「んにゃっ!?」  
オレは背後からムウマージを羽交い絞めにし、慌ててこちら側に引き戻す。  
 
「ぷはぁっ! な、なにするの、おにーさん! せっかくムウマージが――」  
「いきなりあんな台詞を叫んだら危ないヤツに思われるだろ!」  
「その点は大丈夫!  
この村の人たちも『強い悪魔は人間の体を借りている』ってことを理解してるから!」  
「それでもマズイことに変わりは無い!  
ダークライが目を覚まして無かったらどうする!?」  
その瞬間ムウマージが目を見開き、口元に手を当てる。やっぱり気付いてなかったのか。  
 
「勇者って言うからには、そうとう強いヤツが出てくる可能性もあるんだろ?  
もし戦いになったとしても、ダークライが眠ったまま気付かなかったら、  
オレたちだけで勇者に挑むことになるんだぞ!」  
「そ、そうなったら勇者を倒せたとしても、おねぇさまの手柄にならないよぉ!」  
ムウマージが慌ててモノマネ娘の肩を掴む。  
 
「モ、モノマネちゃん! おねぇさまは! ダークライおねぇさまは起きてるよね!?」  
「――え、えぇとぉ……。それが……、とても言いにくいんですけど……」  
俯きながら口ごもるモノマネ娘の姿を見ただけで今の状況が理解できた。  
 
「と、とにかくムウマージ! 頭がおかしいフリして、なんとかやり過ごせ!」  
「う、うん!」  
ムウマージが再び村民たちのほうへと向き直る。次の瞬間――  
 
「おーい! 勇者様を呼んできたぞー! 村長も後から来るそうだー!」  
「おお! 勇者様が魔王を討ち取って下さるんだなっ!」  
仕事はやすぎッ! しかも、いつの間にかオレたちの周りに凄い人だかりが出来ている。  
逃げ場など無い!  
 
「エラいことになっちまった……」  
その場にしゃがみ込み、頭を抱えるオレとムウマージ。  
こうなってしまったら、今さら嘘でしたとは言えまい。  
すでに村民たちの間では勇者コールが始まっているのだから。  
 
「勇者さまー! 私たちの希望の星ー!」  
「どうか、魔王ダークライを倒し、この地に平和を!」  
「おい! 魔王はどいつだ!」  
人ごみの中からオレたちに向かって罵声が飛んでくる。もはや一刻の猶予も無い。  
絶望感がオレを包み込み、諦めの文字が脳裏をよぎったそのとき――  
 
「――仕方……ありませんね……」  
「え?」  
おもむろにモノマネ娘が立ち上がった。  
その瞳には何かを決意したかのような力強い炎が灯っている。  
いつになく真剣な面持ち――。いったい何が始まるんだ?  
 
「わたしが……ダークライさんを演じます!」  
「へ?」  
モノマネ娘の口から紡がれたのは思いもよらぬひとこと――。  
ダークライを演じる……?  
それはつまりモノマネ娘がダークライのフリをし、この場を乗り切るという意味か?  
 
「じょ、冗談を言ってる場合じゃないだろ!」  
「冗談なんかじゃありません! 本気です!」  
モノマネ娘の額には汗が浮かび、心なしか声も震えている。  
そんなヤツが本物の魔王を演じるだなんて、あまりにも馬鹿げていると感じた。  
 
「なに言ってんだ! おまえにそんな大役が務まるワケ――」  
「信じてください。わたしを……」  
その言葉がとても重厚に思えた――。  
今の彼女からは、ただならぬ決意がヒシヒシと伝わってくる。  
――この感じ……。ヤマブキシティでサカキと戦っていたときのレッドと同じだ……。  
 
「モノマネ……」  
「モノマネちゃん……」  
あの戦いでレッドが見せていた、揺るぎなき決意を湛えた熱い瞳――。  
今のモノマネ娘の目は、あのときのレッドと同じだった。  
 
「ロケット団、非正規戦部隊、闇梟所属の諜報員。  
そのわたしが『モノマネ娘』と呼ばれている理由を、今からお2人にお見せします」  
モノマネ娘が大衆へ向かって力強く進み出た。  
大勢の視線が彼女へと注がれ、周囲に緊張が走る。  
歓声が止み、静寂に包まれた村内は、モノマネ娘を凛々しく魅せる十分な迫力があった。  
 
「控えろ! 愚民ども!」  
突如として村内に響き渡った威厳のある声――。  
 
「ダ、ダークライ……?」  
一瞬、本気でそう思ってしまうほどの衝撃が目の前にはあった。  
 
「私の名は魔王ダークライ! おまえたち人間を支配するに相応しき悪魔の王!」  
片手を横に突き出し、村民たちに向けて言い放つモノマネ娘。  
――なにもかもが完璧だった……。威厳、力強さ、高潔さ、凛々しさ……。  
普段のモノマネ娘からは考え付かない語り口調。それはまさにダークライそのもの。  
まるでダークライから発せられた声を耳にしていると錯覚するほどの演技力。  
モノマネ娘を照らすスポットライトが見えてきそうな勢いだ。背筋がゾクゾクする……。  
これが……。これが『モノマネ娘』と呼ばれる所以なのか!!  
 
「モノマネちゃん……。すごい……」  
オレの隣でムウマージが目を潤ませながら感嘆の声を漏らす――。  
 
「勇者よ。姿を現せ! 不届きにも魔王を討ち果たそうという愚かな人間め!  
私の手でおまえを辱め、その醜態を村人たちに晒してくれる!」  
すでに村民たちはモノマネ娘の迫力に押され気味だ。  
 
「イケルる……。イケるぞ!」  
オレは拳を握り締め、作戦の成功を確信した。  
だが、その刹那――  
 
「ん?」  
モノマネ娘が突然こちらに体の向きを戻した。そのまま、おもむろに歩いてくる。  
 
「ど、どうしたんだ……?」  
オレたちの傍らへと辿りついたモノマネ娘に恐る恐る声をかけた。  
 
「えぇと……、そのぉ……」  
モゴモゴと口ごもるモノマネ娘の姿がオレの不安を煽る。  
 
「村人の皆さんいわく、『それでも我らは屈しない! 勇者様の力になってみせる!』  
――だ、そうです」  
「逆効果かよっ!!」  
 
 

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