「あぁ……」  
不気味にうごめく黒き触手が、モノマネ娘の、白磁を思わせるような白い肌を這い回る。  
それが不快な感覚を呼び起こしている事は、モノマネ娘の表情を見れば明らかだった。  
オレを捕らえているほうの触手が、ほとんど動きを見せないのは興味の無さの表れか。  
ヒンヤリとした感覚が肌から伝わってくるのみだ。  
 
「あぁ、痛かった。あんたはもう少し、いたわりってものを覚えたらどうなんだい」  
触手に体の自由を奪われ、身動きの取れないオレの前に、キクコが歩み寄ってきた。  
そのまま杖の持ち手の部分を、オレの顎にあてがう。  
 
「なんか、そこのメイドとは随分親しいみたいだけど、ひょっとして、あんたのこれかい?」  
モノマネ娘の方に視線を向けながら、親指を立てるキクコ。  
そこは小指を立てるトコだろ。親指なんか立てたらオレはガチホモである。  
もっとも、そんな事を指摘する余裕など、今のオレには有る筈も無いが。  
 
「別に、そんなんじゃねーよ」  
キクコから視線を逸らしつつ、純情な熱血主人公のような台詞を返すオレ。  
しかし、熱血主人公と違いオレの場合はそれが事実だ。  
だが、キクコはオレの発言など、意に介す様子もなく、  
ニヤニヤ笑いを浮かべながら、モノマネ娘に纏わりついているゲンガーの方へ顔を向ける。  
 
「ゲンガー。その小娘、あんたの好きにしなよ。たっぷり可愛がっておやり」  
「きゃっ!」  
キクコが言い終わるか、言い終わらないかという段階で、  
既にゲンガーは背後から、モノマネ娘の胸を両手で鷲づかみにしていた。  
そのまま乱暴に胸を揉みしだかれ、モノマネ娘は苦痛の為か顔を歪めている。  
服の上からでもハッキリと分かる程の豊満な胸が、黒色の手で弄られる度、  
上下に激しく揺れ、その光景がオレの本能を刺激してくる。  
 
「まったく、せっかちなポケモンだよ。いつもこうなんだから」  
意地の悪い笑みを浮かべながら、  
1人と1匹を観察するキクコの表情は、本当に生き生きとしていた。  
改めて思う。キクコは10年前から変わっていない。  
キクコがポケモンバトルの公式試合で、やる気を起こすことなど滅多に無い。  
しかし、このように生死が賭かった状況ならば話しは別だ。  
相手の力が自分より弱く、勝利が確定しているような状態。  
そのような状況下で、キクコが率先して行うことは、  
相手を倒すとか、身を守るために逃げるとか、そういう当たり前の事ではない。  
いたぶり、罵り、生き地獄を味あわせる。  
人が、もがき苦しむサマを見ることこそ、キクコの生き甲斐。  
そのような歪んだ精神の持ち主なのだ。この女は。  
 
「ひゃ! 冷たっ!」  
触手がメイド服の胸元からゆっくりと侵入し、そのままスルスルと中へ入ってゆく。  
それに続けと言わんばかりに他の触手たちも、  
袖口やスカートの中へ、次から次へと侵入を開始する。  
 
「――や、やめて下さい! こんな……」  
涙目で懇願するモノマネ娘を前にして尚、キクコは楽しげな表情を崩そうとはしなかった。  
無論、ゲンガーのほうも怯えるモノマネ娘を目にし、さらなる興奮を覚えたらしい。  
ただでさえ巨大な口が、さらに横へと広がる。マスキッパも顔負けだ。  
 
「あ、く……」  
モノマネ娘の体中を這い回る触手の動きが服の盛り上がりで確認できる。  
じっくりと性感帯を探し当てようとしていたようだったが、  
やがて痺れを切らしたらしく、ゲンガーの両手がメイド服の胸元を掴み、  
そのまま勢いよく、左右に引き裂いた。  
 
「いやぁっ!」  
下着ごと破られた服は、無残にも布切れとなって宙を舞う。  
それと同時に、たわわに実った2つの果実があらわとなり、  
その弾力性を示すかの如く、空中で大きく跳ね上がった。  
その光景にオレは思わず息を呑む。なんという迫力……。  
浴室では好機を逃したが、それを、このような形で取り戻せるとは……。  
目の前にさらけ出されたモノマネ娘の乳房は予想通り美しかった。  
プクリンのように柔らかそうで、下着を着けていなくとも形が崩れる様子はない。  
男を引き寄せ、狂わせるための造形。  
おまけに、幼さの残る顔や、小さめの体格との対比が素晴らしくミスマッチしていた。  
 
「か、完璧だ……」  
こんな状況にも関わらず、口をついて、そんな台詞が出てしまった。  
 
「あんた……、随分と余裕があるじゃないか」  
「フ……、男は24時間、いつでも臨戦態勢であるべきだぜ」  
オレは顎に手を当てたつもりになりながら、そんな台詞を吐いた。  
 
「あたしがあと、30年か40年若かったら、相手をしてあげられたんだけどねェ」  
「おぞましいこと言うな!」  
頬に手をあて、憂いの表情でため息をつくキクコに素早く言い返す。  
部屋が寒く感じるのは、ゲンガーのせいだけではあるまい。  
 
「ん、ふぁっ!」  
モノマネ娘のほうへ視線を戻すと、ゲンガーが舌先を乳房の先端に擦り付けていた。  
淡く色づいた乳輪を、唾液したたる赤い舌でくすぐり、時折り弾くように上下へと動かす。  
時間の経過とともに、モノマネ娘の息遣いは荒くなり、  
頬はモモンの実のような色合いを帯びてゆく。モノマネ娘には悪いが正直なところ絶景だ。  
これで命を危険に晒されていなければ、躊躇なく興奮できるのだが……。  
 
「あ……」  
ゲンガーは、もう満足感を得たのだろうか。  
モノマネ娘を責め立てるために伸ばしていた舌を、ゆっくりと引っ込めてゆく。  
すでに幾度と無く、敏感な部分を弄られてしまったモノマネ娘だが、  
息を弾ませつつも安堵の表情を見せた。『やっと解放される』。そう思ったのだろう。  
 
「ひッ!?」  
しかし次の瞬間、その期待は脆くも崩れ去った。  
1度は離れたかに見えたゲンガーが身を乗り出し、  
まるでフェイントを掛けるかの如く、モノマネ娘の胸に向かって、むしゃぶりついたのだ。  
人間のものとは比べ物にならない程の巨大な口は、いとも簡単に少女の果実を覆い隠す。  
驚くべきことに2つ同時にだ。口の形状から考えて、まず人間には真似できまい。  
――その直後、部屋中に唾液をすする大きな音が木霊する。  
それが、モノマネ娘の果実に吸い付いているゲンガーの口から発せられていることは、  
状況を考えれば明らかだった。  
 
「いッ! そ、そんなに強く吸ったら痛いですッ! やめて下さいッ! ひあぁッ!」  
涙目で訴えるモノマネ娘を気遣う様子もなく、  
風を切るような音を立てながら、ひたすらに乳房を吸いたてるゲンガー。  
 
「ひゃあぁぁっ!」  
モノマネ娘の苦しげな表情から察するに、よほど辛いのだろう。  
男のオレには、いまいちピンと来ないが。  
 
「――ゲンガー。  
お楽しみのところ残念だけど、そろそろ時間だよ。とっとと終わらせちまいな」  
キクコの、その1言で、ゲンガーは1瞬だけ不満げな表情をあらわにする。  
しかし上下関係はハッキリしているらしく、渋々といった様子ではあるが、小さく頷いた。  
ゲンガーは触手を器用に動かし、スルスルと少女のスカートを捲り上げ始めた。  
 
「うぅ……。もうやだぁ……」  
震える声で弱々しく言葉を絞り出すモノマネ娘。  
彼女の泣きはらした顔からは、絶望と羞恥の色がうかがえる。  
――やがて、汚れのない純白のショーツがあらわになり、その端から触手があてがわれた。  
そのまま中への侵入を果たそうと、機敏に動き回る触手。  
――正直なところ諦めたくは無い……。助かりたかった……。  
だが、ここまで来てはどうにもなるまい。オレたちは今日、この場で殺される。  
たとえ自分の信念のためであろうと、犯罪に手を染めた者の末路は決まっている。  
そんな事は始めから分かっていたハズなのに、無性に悔しさが込み上げてきた。  
 
「いいねぇ……。堪んないよ、そのカオ!」  
キクコが、オレの顔を覗きこみながら、歓喜の声を上げた。  
キクコの目はギラギラと狂気に満ちた輝きを放っており、  
人ならざるモノという例えが、よく似合う雰囲気を醸し出している。  
 
「その絶望に満ちたカオ! そのカオを見るのがあたしの生き甲斐さね!  
もっと見せておくれよ! ヒーッヒッヒッヒ!」  
キクコの不快な高笑いが部屋中に響き渡り、それが10年前の記憶を呼び覚ます。  
オレの友人の背中にマグマッグを押し付けたときも、こんな笑い方をしていたっけな……。  
――キクコはツカツカと杖を突きながら、窓辺のほうへと歩み寄って行った。  
そのまま、夜空に浮かぶ月を見上げつつ、両手を広げながら語りだす。  
 
「人間が今まで、どれほど強く望もうと手にする事が出来なかった不死の力!  
それはまるで夢物語のようで、存在を疑う者さえ数多く存在した伝説の秘法!  
だけどあたしは手に入れた! 誰もが羨む不死の力を!  
それはあたしという存在が、神にすら成り代われるという紛れも無い事実!  
この力をもって、あたしは世界の神となる! 誰にも邪魔はさせない!  
逆らう者には、神に仇なす事の愚かさを身をもって味あわせてくれようぞ!  
我が主……、冥竜王ギラティナの名の下に!」  
 
――ギラティナ……?  
キクコの口から出た、『冥竜王ギラティナ』という言葉。  
それがふと、心の片隅に引っかかった。  
理由を説明するのは難しいが、なんというか聞き流せないような感覚を覚えたのだ。  
キクコが再びこちらへ向き直る。  
 
「あんたたちの死は冥竜王ギラティナの――!?」  
「え……?」  
――状況がまったく飲み込めなかった……。  
キクコが台詞の途中で、突如として轟音とともに姿を消したのだ。  
 
「うぉッ!」  
その瞬間、オレの体に向かって、いくつもの粉塵が飛び散って来た。  
オレは反射的に顔を背け、咄嗟に目を庇う。  
――しばしの間を置いて、オレは恐る恐る目を開いてみた。  
眼前に見えるのは、視界を遮断するかの如く、舞い散る埃。  
もうもうと巻き上がる煙のせいもあって、いったい何が起こったのか検討もつかない。  
――呆然としている間に、煙が少しづつ晴れてきた。そこで、ようやくオレは我に帰る。  
 
「ハッ……! な、なんだ今のはッ!?」  
オレは動揺のあまり、キョロキョロと、せわしなくあたりを見回す。  
やがて、さっきまでキクコが立っていた窓際に視線が定まった。  
 
「あれ……? そこの窓、そんなにデカかったか?」  
夜の帳がおりた静かな中庭。さすがに大きな洋館だけあって、その広さも1級品だ。  
――いや、オレが気にするべきは、そんな事では無い。なんでこんなに見通しが良いんだ?  
全体像を把握するため、必死に目を凝らしてみる。その中で、ある1つの事実に直面した。  
 
「か、壁がない……」  
そう――。窓際に面した壁が、ほとんど消滅していたのだ。  
まるで何かに抉り取られたかの如く、壁や天井が崩れ去っており、  
床に穿たれた穴は、中庭のほうまで続いている。  
その中庭で月明かりに照らされながら転がっているのは、明らかにキクコの体。  
――改めて思う。何が起きたのか、さっぱり分からない。  
この状況でオレに出来る事といえば、呆然と立ち尽くす事くらいであった。  
 
「そう……。あなたに不死の力を与えたのは、ギラティナだったのね……」  
突然耳に飛び込んできた聞き覚えのある声に、オレの心臓は明らかに過剰な反応を示す。  
――この、闇の底から響くような声……。間違いない……。あいつだ……。  
オレは額から滲み出る汗を気にも留めず、モノマネ娘のほうへと顔を向ける。  
――そこに居るのはモノマネ娘ではない。瞬間的にそう悟った。  
彼女の瞳は、まったく隙を感じさせる事のない、強い眼力を放っており、  
しっかりと中庭のキクコを見据えていた。  
その目を見ただけで、思わずオレは身をすくめる。  
姿形こそモノマネ娘だが、明らかに異質な雰囲気を漂わせているのだ。  
オレが目にした豹変時のモノマネ娘。まさに今の状態がそれだった。  
 
「たとえ不死の力を手に入れようとも、  
まばたき1つで吹き飛んでしまうような脆い体では、宝の持ち腐れね」  
そう言って、クスリと笑うモノマネ娘からは、明らかな余裕が感じられる。  
今尚、ゲンガーに捕らえられているにも関わらずだ。  
 
「冥界の支配者――ギラティナに伝えておいてくれる?」  
口を開けたまま、呆然としているオレとゲンガーを尻目に、  
モノマネ娘は、さらに言葉を紡ぎだす。  
 
「『首を洗って待っていろ』  
魔界の支配者――ダークライが、そう言っていたとね」  
次の瞬間、モノマネ娘の髪留めが、独りでにスルリと外れ、ゆっくりと床の上に落下した。  
それと同時に後頭部で1本に束ねられていた銀色のふさが、いくつにも枝分かれし、  
流れるように舞い降り始めた。さながら、雪の降り始めを思わせるかのような光景。  
それは、この世のものとは思えないほど美しく、  
オレはただ、宙を舞う銀髪に見惚れ続けるばかりだった。  
 
 

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