「ふぅ……。なんとか撒いたみたいだな」
追っ手から逃げ延びることに成功した、オレとモノマネ娘は、
テロの爪跡を色濃く残すヤマブキシティ内を足早に進む。
「こりゃあ、まるでスラムだぜ。自分で原因を作っといて言うのもナンだが」
見渡せば、建造物は倒壊し、所々に浮浪者やチンピラが徘徊している。
ナツメの言葉通り、首都としての機能は果たしていないようだ。
ラジオからは市長選挙に関するニュースが流れており、
オレはその内容から、サカキがほぼ確実に当選するであろうことを感じ取る。
「なぁ、モノマネ娘――。いや……、ダークライって呼んだほうがいいのか?」
「ええ。そうして頂戴。モノマネ娘は、この体の持ち主の通り名だから」
やっぱり、体を共有ってのは事実だったのか。
突拍子もない話しではあるものの、
先程の戦闘の様子を見たことで、信じようという気持ちが湧いてくる。
まだ少し、魔界やら冥界やらを口にするのには抵抗を感じるが。
「ホントに驚いたぜ。おまえにあんな力があるなんてな」
「ポケモン――。それも魔界の住人だもの。当然よ」
『当然よ』と言われても、
魔界なんてものが実在してるとは思わなかったオレには、いまいちピンとこない。
どうやら、魔界のポケモンってのは、こっちの世界のポケモンと比べると、
かなりの力を持っているらしいな。
「魔界の支配者ってことは、やっぱり魔王なのか?」
「ええ。魔界において、数多くの悪魔たちを束ねているのが、この私。
こちらの世界でもテレビゲームというもので、たびたび活躍しているじゃない?」
「そりゃあ、魔王は悪の代名詞だからな」
「悪の代名詞……。素敵な響きよね……」
ダークライは、そう言って、クスクスと笑う。
身震いがするぜ。これが魔王の存在感ってヤツか。
この女に恐怖を感じていない訳ではないが、このまま共に行動するのは正しい選択だろう。
今のオレは逃亡中の身。その上、追っ手は相当の数だ。
ダークライのような戦力がなければ、逃げ切ることは不可能に近い。
今は、この女に従うことが最善の策だと思えた。
「それにしても、キクコまで、あんな力を持ってるなんてなぁ……。
えぇと……。ギラティナってヤツだったか? キクコに気味の悪い力を与えたのは?」
「そう。冥界の亡者どもを束ねる冥竜王……。くだらないオトコよ」
「もしかして、そいつも、おまえみたいに人間と体を共有してるのか?」
「もちろんよ。私やギラティナのように強力なポケモンは、
力の消費を抑えるために、人間と体を共有しなければ危険だわ。
私もそのために、この娘と契約を結んで共有したのだけれど……。1つ誤算があったのよね」
「誤算?」
「浴室で、私があなたに言った台詞――。
『身も心もズタズタに引き裂かれた少女は思いました。
世界が憎い。この世が憎い。すべてが憎いと……』――この部分を覚えているかしら?」
「ん、まぁな」
あの恐怖は忘れたくても忘れられるハズがない。
それほどまでに、しっかりと耳に焼きついてしまっているのだ。
「あの部分は、この娘が思っていることじゃなくて、私がこの娘に望んでいることなのよ」
「へ?」
「あれだけの仕打ちを受けた少女が、誰かを恨まないなんてありえない。
そう思ったからこそ、私はこの少女と契約した。
悪魔である私が、生あるものたちへ憎悪と絶望をもたらすためには、
世界を憎む人間と共に過ごすのが良いと感じたから……」
さりげなく恐ろしいこと言ってるな、コイツ。
「それなのに、この娘が真面目に人生を歩みたがるとはね。本当に大誤算よ。
人間のほうが寿命で亡くなれば、その体は、ポケモンだけのものになるのだけれど……」
ダークライは、憂いの表情で夜空に向かってため息をつく。
なるほどな。
ダークライとモノマネ娘は、お互いのことを深く知らないまま契約を交わしたのか。
それでは意見の相違が出てしまうのも無理はない。
モノマネ娘がロケット団に入った動機も、内側から変えていきたいという信念からだしな。
「そんなに気に入らないなら、契約ってのを破棄すればいいんじゃないのか?」
「契約は、そう簡単に破棄できるものではないのよ。
基本的に、1度結べば、死が2人を別つまで契約は続く……。
まるで婚姻制度みたいでしょう?」
「へぇ……。面白いたとえだな」
死が2人を別つまでか……。少々大げさだが、たしかに婚姻制度と似ているかもな。
「いつだったか……。契約を交わし続ける私たちポケモンを、こう呼んだ者がいるわ……」
その瞬間、ダークライの横顔が、一瞬だけ優しさを帯びたような気がした。
「――『契りを結ぶ者』――」
刹那、一陣の夜風が吹きぬけ、ダークライの美しい銀髪を棚引かせる。
月明かりに照らされた彼女の姿は、その美しさを存分に再認識させる輝きを放っていた。
「契りを結ぶ者……か……」
何故だろう……。オレは、その言葉に聞き流すことの出来ない何かを感じた。
面白いたとえだとか、そういった程度の話しではなく、
何かこうもっと、深層心理に訴えかけるというか――。
「ポケモン・ア・ゴーゴー!!」
突然、辺りに響き渡った謎の掛け声に、オレの思考がかき消された。
な……なんだ?
声の聞こえたほうへ顔を向けると、外灯の下に立つ、謎の4人組の姿が目に入った。
その手には、それぞれ別々の楽器を携えている。
「急いでいたって立ち止まれ!」
白いコートの少年が、低音で深みのあるベースギターを厳かに弾く。
「耳を揃えてこれを聞け!」
赤いマントを羽織った少女が、バイオリンで美しい旋律を奏でる。
「怒りのリズム土深く!」
ガタイのいい少年が、小気味よい太鼓の音を辺りに響かせる。
「野望のメロディ天高く!」
黒いコートの少年が、エレキギターを激しくかき鳴らす。
「知らなきゃ話して聞かせてやろう!
長男ヤライ! 次男ユウキ! 三男ヨウジ! 長女ミライ!
ゴーゴー団の一押しバンドはイイとこ取りのセレブリティ! 誰が呼んだかその名前――
我らゴーゴー4兄妹!!」
最後に、少年たち全員の四重奏が街中に轟き渡った。どうやら、路上ライブのようだ。
「ごーごーよんきょうだいだー」
「やーい、やーい、おちぶれティー」
「うるさい! ガキはとっとと家に帰れ!」
「わー。にげろー」
囃し立てる子供らを、黒コートの少年が追い払っている。なんか、哀れな光景だな。
「はぁ、はぁ……。この国のヤツらには、オレたちの演奏の素晴らしさが分からないのか!」
「気にする事ありませんわ。ヤライお兄さま」
「はぁ、はぁ……。そ、そうだな、ミライ。少し落ち着こう」
「しかしよぉ、ヤライ兄ィ。このカントー地方に来て、もう1カ月経つんだぜ。
ここでのプロデビューは、諦めたほうがいいだろ」
「そうですね。僕も、ヨウジの意見に賛成です。
ひとまずフィオレ地方に戻り、父さんに頭を下げるべきだと――」
「それだけは駄目だ! アジトを爆破してしまった以上、もう親父殿の所には戻れない。
おまえたちだって、そのつもりで、親父殿の元を離れたんだろう?」
「いや、まさかヤライ兄ィが、本気だったとは気付かなくてよ……」
「わたくしも冗談だと思っていましたわ」
「左に同じです」
「どれだけ信用されてないんだよ俺は!」
黒コートの少年が、頭から蒸気を上げつつ、再び怒り出す。
その最中、1匹の小柄なポケモンが、赤マントの少女に近づいてきた。
それを見た瞬間、オレは驚きのあまり目を見開く。――まさか……、生きていたのか?
首に巻かれた赤いバンダナ――。間違いない!
「あら、お腹が空きましたの? たしかポケモンフードが、まだ少し――」
「ブイ太郎!」
オレの声に気付いたイーブイが、ピクリと耳を動かし、こちらに振り返った。
その瞬間、イーブイの顔に喜びの色が広がってゆく。
そのままオレのほうへ向かって元気良く駆け出してきた。
「おっと!」
喜び勇んでオレの腕に飛び込んできたイーブイを、慌てて受け止める。
「まさか、おまえが無事だったとはな!」
尻尾を振りながら喜びを表現するイーブイの頭を、ぽふぽふと撫でていると、
赤マントの少女がオレのほうへ歩み寄ってきた。
「そのイーブイ、貴方のポケモンでしたのね」
遠目では分からなかったが、少女は随分と端正な顔立ちをしていた。
気品のある目鼻立ちは、精緻な彫刻のように寸分の歪みも欠点も無い。
釣り目がちな、澄んだエメラルドグリーンの瞳からは、気の強さを感じ取ることができる。
どうやら、この国の人種ではないらしいな。
「ああ。ブイ太郎って言ってな。オレが子供の頃から、一緒に暮らしてたんだ」
オレがまだ幼い頃、崖から転落して大怪我を負ったときに、
どこからともなく現れて、周辺の民家へ知らせに行ってくれたブイ太郎。
その日からオレたちは、生活を共にするようになった。
出会ったときから咥えていた小汚い筒を、オレの懐に押し込む癖があるのは玉にキズだが。
しかし、テロ決行時に、マルマインの爆発に巻き込まれて死んだとばかり思っていたので、
こいつが生きているとは夢にも思わなかった。
「変わったポケモンね。魔界では見かけないわ」
オレの背後から近づいてきたダークライが、ブイ太郎の顔を覗きこむ。
「そうなのか? まぁ、この世界でも、イーブイは珍しいポケモンだからな。
「ま、魔界……?」
今の会話が気になったらしく、赤マントの少女が訝しげな表情でオレたちを見る。
「い、いや。テレビゲームの話しだから気にしないでくれ!
それより、ブイ太郎が世話になったみたいだな。感謝するぜ」
「お礼なんて結構ですわ。
こんなに可愛くて、珍しいポケモンと戯れることが出来たんですもの」
そう言って、赤マントの少女が、ブイ太郎の頭を撫でる。
「――へぇ……。なかなか人気のあるポケモンみたいね。
あなたみたいな、将来性のなさそうなオトコには不釣合いじゃないかしら」
ダークライが薄笑いを浮かべながら非常に失礼な発言をする。
「でも、ブイ太郎という安易なネーミングセンスは、なかなかのものよ。
あなたの発想力の乏しさが手に取るように分かって、とても愉快だわ」
「ケンカ売ってんのかコラ!」
「別に……。心の底から思ったことを、正直に述べただけよ?」
「もっと悪いっつーの!」
まったく……。不愉快なポケモンだな。
「うーん……。アンタの顔、どこかで見たような気がするんだよなぁ……」
オレは、突然耳に入ってきた声に驚き、顔を正面に戻した。
そこには、先程、子供らを追い払っていた黒コートの少年の姿。
見たところ、年齢はオレとほとんど変わらないようだ。
その少年が群青色の瞳で、オレの顔をまじまじと眺めている。
「そういえば、わたくしも見覚えがありますわ」
「ミライもそう思うか。どこで見たんだっけな……。なんかテレビだったような気が――」
まずい!
「そ、それじゃあ、オレたちは急いでるんで、もう行くわ!」
オレは『しゅたっ!』と右手を上げてから、ダークライの手を取り、
足早にその場を離れようとする。
「あ、ちょっとアンタ――」
後ろからオレを呼ぶ声がするものの、
それに気付かないフリをして、早々にその場から立ち去った。
◆
「ふぅ……。ここまで来れば大丈夫だな」
オレは、ブイ太郎をモンスターボールに戻しながら安堵のため息をつく。
「どうしたのよ? そんなに慌てて」
「いや、すっかり忘れてたんだ。テレビのニュースで顔を晒されていたことを」
そう。テロの実行犯の1人であるオレは、すでに全国規模で顔が知られている。
それにも関わらず、変装もせずに街中をプラつくなんて、何を考えてるんだオレは。
「とにかく、このまま街をうろつくのは非常にまずい。一旦どこかに身を隠して――」
「それならいい場所があるわ」
「――い、いいばしょ……?」
「そうよ。身を隠すにはとても都合の良い、素敵な場所がね。フフフ……」
ダークライの、寒気がするような笑い方からして、
どう考えても『いい場所』へ案内してもらえるとは思えなかった。
だが、今のオレに選択の余地などあるはずもない。
背筋に冷たいものを感じつつも、
オレは、ダークライに誘われるまま、その場から動き始めたのであった。