「ここは……、大聖堂があった場所か」  
ダークライに連れられ、やってきたのは、ヤマブキシティ内の大聖堂跡。  
この間までは、荘厳な佇まいを見せる巨大な聖堂であったが、  
テロの影響で、今や瓦礫の山と化していた。  
その瓦礫の山を進みゆくダークライを、オレはおぼつかない足取りで追いかける。  
 
「おっと……。足場悪いなココ。しかし、なんでこんな所に案内したんだ?」  
「――魔界への入り口っていうのはね、この世界のいたる所に存在しているものなの」  
「あ……そ……そうなのか……」  
ダークライの態度は、明らかにオレの質問を無視しているように思えたが、  
その言葉に何かしらの意味があるのでは、と感じたオレは、とりあえず返事をしておく。  
 
「そしてこの大聖堂には、魔界への入り口を隠すための地下室が存在しているの」  
「地下室に魔界への入り口? そんな物があるなんて聞いたことないぞ?」  
「当たり前じゃない。  
あなたのような、社会の底辺が教えてもらえるような場所なら、隠しておく必要はないわ」  
――あ、相変わらず口が悪いな。モノマネ娘とはエライ違いだ。  
 
「存在を知るものが限られた地下室。素敵でしょう?」  
なるほど。そこに隠れて体勢を立て直そうって訳だな。  
――やがて、ダークライはピタリと足をとめた。  
彼女が見下ろす先には、鉄製の頑丈そうな扉がある。もしかしてこれが……。  
ダークライが鉄の取っ手を掴み、ゆっくりと引き上げる。  
予想通り、重々しい音を響かせながら地下室への階段が現れた。  
 
「う……」  
その瞬間、辺りに異臭が広がる。  
 
「な、なんだよこの臭い!」  
「瘴気が溢れているみたいね。でも、この程度なら問題ないわ」  
そう言ってダークライは階段を下りてゆく。  
 
「お、おい! ちょっと待てよ!」  
「早く来なさい。それとも追っ手に見つかりたいの?」  
「わ、分かったよ。入りゃいいんだろ……」  
今さら引くわけにもいかなくなったオレは、頭を掻きながら、渋々階段を下り始めた。  
 
◆  
 
「なんか、所々にズバットが居るけど、襲ってきたりしないだろうな?」  
地下室への階段は、闇が支配しているため、  
ダークライの体から放たれているフラッシュだけが頼り。  
オレは足を踏み外さぬよう、壁に手を着きながら慎重に進む。  
 
「ズバット程度のポケモン――。それも人間界のものなら、  
私との力の差に怯えて、簡単には手を出してこないわよ。  
――でも、あまり私から離れたりすると――。フフフ……」  
フフフじゃねぇよ。マジで怖いわ。  
 
「――しっかし、魔界への入り口かぁ……。  
そんなのが世界中にあるんなら、間違って飛ばされちまったヤツとかいるんじゃねーの?」  
オレはヘラヘラと笑いながら、冗談半分で口にしてみた。  
 
「ええ――。この世界から、魔界に人や物が転送されてくることなんて日常茶飯事よ」  
それを聞いて、オレはビクリと体を強張らせる。  
 
「今までこの世界で失踪した人間の中には、魔界に飛ばされてきた者たちも数多くいるわ」  
――マ、マジかよ……。  
オレはその話しの恐ろしさに、思わず身震いをする。  
魔界がどんな場所なのかは分からない。だが、こんな強力なポケモンが存在する世界だ。  
さぞや恐ろしい世界に違いないだろう。毒沼とか、樹海とか……。  
そんな所に突然飛ばされるなんて、想像しただけでも身の毛がよだつ。  
今までに行方不明となった、ヒワダタウンのジムリーダーや、  
ポケモン研究家のマサキとかも、もしかして……。  
 
「うおぉぉっ! 考えたくもねぇぇぇぇっ!」  
「うるさいわよ、ニート!」  
頭を振り乱しながら悶えるオレに、ダークライが追い討ちのひと言。  
――ニートって……。まぁ、事実だが。  
 
「もしかしたら、伝説のトレーナーレッドも魔界に飛ばされたのかもしれないわね」  
「――レ……レッドが?」  
「ええ――。  
あなたは浴室で、『オレが最後にレッドの姿を見たのは、ヤマブキシティでの戦いだった』。  
こう言ったわよね。その理由は?」  
「り、理由……。サ、サカキに殺されたからだよ。レッドが」  
「サカキに殺された……か。その根拠は?」  
「こ、根拠って……。直接見たんだよ! レッドがサカキに殺されるところを!  
レッドが跡形も無く消し飛ばされる瞬間をオレは見た! それだけで十分だろ!」  
ダークライの質問攻めに不満を感じたオレは、声を荒げる。  
 
「いいえ、不十分ね」  
ダークライに自分の目撃情報をアッサリと切り捨てられたオレは、話しの真意が読めず、  
それがさらなる不満となり、憤慨する。  
 
「な、なんでだよ! 間違いなくレッドは死んだ!  
――いいか、よく聞け!  
オレはロケット団に入りたてのころ、フジとカツラ、2人を中心とする調査団に入り、  
南アメリカのギアナへと派遣されたことがある。  
きっかけは、新種のポケモンの目撃情報が組織内に届いたからだ。  
オレたちの調査団は、見事に新種のポケモンを発見。  
さっそく、ミュウと名づけられたそのポケモンの研究が始まった。  
しかし、ミュウが子供を生んだことにより、研究の方向性は当初と変わる。  
子供の名前はミュウツー。  
そのミュウツーの遺伝子を、組み替え続けるという実験が何年も続いたんだ。  
それにより、ミュウツーというポケモンは、他を寄せ付けぬ最強のポケモンとなった!」  
自分の心拍数が急上昇しているのが分かる。  
あの恐ろしい研究の一端を担っていたという事実が、気持ちを高ぶらせるのだ。  
 
「ヤマブキシティにおける、レッドとの戦いで、サカキはミュウツーを投入。  
それにより、レッドのポケモンたちは次々と倒され、ついにその時がきた!  
――ミュウツーの放った波動弾。それが、レッドの体を跡形も無く消滅させたんだ!  
指の1本すら残さずにだぞ!  
どうだ! これでもおまえは、レッドが死んでないっていう主張を続けるのか!?」  
オレは肩で息をしながら、ダークライに向かって指を突きつけた。  
 
「はぁ、はぁ……。さ、さすがのおまえでも言葉が――」  
「指の1本すら残さずに消滅した……。ここがポイントよ」  
「な、なにが言いたい?」  
「――発見されていないのでしょう……? 死体」  
「ぐ……! そ、それは、まぁ、たしかに、そうだが……」  
痛いところを突かれたオレは、ダークライから目を逸らしつつ、ポリポリと頬を掻く。  
 
「大きな力は空間を歪ませる。ましてや、魔界への入り口が存在する、この街。  
波動弾が放たれた刹那、  
空間が異常をきたし、レッドが魔界へ飛ばされた可能性だって、大いにあるのよ」  
「うう……」  
ダークライの説明に対して、反論の術がなくなったオレは、そのまま押し黙る。  
 
「まぁ、可能性の1つというだけで、あなたのほうの主張が正しいという事もありえるわ。  
――それより……。着いたわよ」  
 
気がつけばオレたちは、いつの間にか不気味な大扉の前にいた。  
ダークライが、その扉の頑丈そうなかんぬきを、いとも簡単に破壊する。  
この先に魔界への入り口が……。  
 
◆  
 
扉をくぐった先は、この世のものとは思えない禍々しさを放っていた。  
石造りの室内は、縦横ともに予想以上の広さで、50メートル走くらいなら可能だろう。  
所々に立ち並ぶ蜀台や柱のデザインは、髑髏や悪魔をイメージして作られているらしく、  
どれも、あまり自分の部屋には飾りたくない代物だ。  
まるで、ファンタジーRPGの世界で見るような、ダンジョンそのもの。  
そして、なんといっても、1番目を引くのは中央に描かれた巨大な魔方陣。  
今にも悪魔が召喚されてきそうな趣だ。  
オレとダークライは、部屋の中心に向かって歩みを進める。  
 
「私たちの足元にある魔方陣。これが、この世界と魔界を結ぶカギ。  
ポケモンは、この上で呪文を唱え、2つの世界を行き来するのよ」  
「へぇ……。おまえも魔方陣を使って、この世界に来たのか?」  
「そう――。そして、この人間の体を手に入れたの。  
契約を結んだ人間の体は、基本的に老いることがないわ。  
だけど、大きく負傷すれば、代わりの体を探さざるを得ないから――」  
「ポケモン・ア・ゴーゴー!!」  
突如として室内に響き渡る、聞き覚えのある掛け声。それが、ダークライの台詞を遮った。  
 
「誰だ!?」  
オレは、心臓が跳ね上がるのとほぼ同時に、声が聞こえた方向――  
今しがた通ってきた、大きな扉の方へと振り返る。  
 
「お、おまえらは、さっきの……」  
そこにはズラリと並ぶ4つの影。忘れるハズがない。先程出会った、路上ライブの連中だ。  
 
「アンタのカオ、思い出したぜ……。  
オレたちとの会話中に、やたらと焦っていたのは、そういうことか」  
黒コートの少年に指を突きつけられたオレは、判りやすいほど狼狽する。  
ついに、オレがテロの実行犯で、その上、逃走中であることに気付かれてしまったか……。  
しかし、ここで1つの疑問が脳内に浮かんでくる。  
何故この4人組は、こんな所まで追いかけて来たんだ?  
 
「あなたが、どのような手を使い脱走したのかは、分かりません。  
しかし、ここでアナタを捕らえ、自治体の皆さんに差し出せば、  
僕たちのテレビ番組への出演は確実です」  
白コートの中性的な顔立ちの少年が、  
丁寧でありながらも野心を感じさせる口調で説明する。  
 
「そうすりゃ、スターになったも同然よォ! おれたちゃ一躍有名人!  
そこらじゅうから引っ張りだこで、使い切れないほどのカネが入ってくるぜェ!」  
ガタイのいい少年が、口元を歪ませながら言い放つ。  
 
「さっきのイーブイのことを思えば、貴方を捕らえるのは心苦しいのですけれど……。  
お生憎様。わたくしたちは、獲物をみすみす逃すようなマネはしませんのよ!」  
赤マントの少女が、バイオリンの弓をオレに向かって突きつけながら宣言した。  
――なるほど……。そういうことか。  
 
「この地方には便利な物があるんだな……。  
ポケモンをコンパクトに収納できる、ボール型カプセル。  
フィオレ地方では見かけないシロモノだ」  
そう言って、4人組は懐からいくつものモンスターボールを取り出した。  
ざっと見積もって、20個以上はある。  
い、いくら、ダークライがいるとはいえ、ちょっとヤバくないか?  
オレの頬を、一筋の汗が伝ってきた。  
 
「――まずいことになったわね……」  
オレの隣でダークライが、唇をさすりながら呟く。  
 
「や、やっぱりおまえでも、あの数は厳しいか?」  
「いえ……。ここで私が力を奮ったら、魔方陣が破壊されてしまうわ。  
戦いたくても戦えないのよ」  
「じゃ、じゃあどうするんだよ!?」  
絶体絶命の危機だというのに、オレは両手を広げながらオロオロすることしかできない。  
傍から見ている奴には、かなり情けないものとして映っていることだろう。  
 
「――そうね……。あいつらを魔界送りにしましょう」  
「ま、魔界送り?」  
「ええ……。あいつらは恐らく、こちらへ向かって突っ込んで来るハズよ。  
それは否応無く、魔方陣に足を踏み入れねばならないということ。  
それを見越して、私は今から転移魔法の詠唱を始めるわ。  
うまくいけば、私とあいつらは、魔界へと転送される。  
魔界へ到着したら、私がいち早く動き出し、戦っても問題のない場所へ誘き寄せた後――。  
もう分かったわね?」  
「――あ、ああ……。なんとなく……」  
「だったら早く魔方陣の外に出て! 時間がないわ!」  
4人組のほうへ顔を戻すと、すでにいくつかのボールが上空に向かって投げられていた。  
オレは慌てて踵を返し、4人組とは真逆の方向へと走り出す。  
 
「な……!? お、女を盾にして逃げるとは、見下げ果てたぞ!」  
後方から、オレに対する罵声や、ボールからポケモンの飛び出す音が次々と聞こえてきた。  
それでも振り返らずに走り続ける。  
 
「ここなら!」  
魔方陣の外へ抜け出したオレは、急いで振り返った。  
魔方陣の中心には、その場でしゃがみ込み、両手を床に付けているダークライの姿。  
そして、奥に見えるのは、魔方陣の中心へと押し寄せるポケモンの群れ。  
その中には、4人組の姿も混じっている。  
 
「よし、これなら上手くいく!」  
作戦の成功を確信したオレは、ガッツポーズを決める。  
しかし、その直後、ダークライの足元に妙な動きを捉え、不審に思いながら目を凝らす。  
 
「――なんだ……? 影が……。顔……?」  
ダークライの影がゆっくりと形を変え、顔のようなものに変化してきた。  
それが、なんの前触れもなくニヤリと笑う。  
 
「まさか!」  
気がつけば、オレは弾かれたように魔方陣の中心へと走り出していた。  
キクコのゲンガーか!! 逃げたと思わせといて、密かにチャンスを狙ってやがったな!  
 
「ダークライ! 後ろだぁぁぁぁッ!!」  
その瞬間、漆黒の塊がダークライの足元から湧き上がる。  
ダークライはまだ、気付いていない。  
オレはただ、ダークライを助けたい一身で走り続ける。  
先程まで、あんなに怯えていたのが、嘘のようだ。  
魔方陣が只ならぬ輝きを放っているが、それも気にならない。  
 
「うおぉぉぉぉッ!!」  
オレは、雄たけびを上げながら、ダークライの体に覆い被さった。  
 
「え!?」  
刹那、オレの左肩に激痛が走る。  
 
「ぐうッ!」  
肩から、生暖かいものが流れるのを感じた――。  
しかし、それも一瞬のこと――。  
最後に見えたのは、ダークライの驚きに満ち溢れた表情――。  
 
――オレの意識は、魔方陣から湧き出る眩い光に包まれながら四散した――。  
 
 

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