はっきり言うわ。  
好きよ、貴方のこと。  
 
私に貴方の全てを頂戴。  
その代わり-----私の全てを、貴方に捧げるわ。  
 
****  
 
チャンピオンルーム----即ち、彼女の檻。  
漆黒のオーバーコートを身に纏ったシロナは、四方を無機質なコンクリートで囲まれたその部屋に一人立ち尽くしていた。  
それが、チャンピオンである彼女の義務。  
何時訪れるか分からない----いや、訪れることなどないかもしれない『挑戦者』をひたすらに待ち続けることが、名誉と引き換えに彼女に与えられた役目だった。  
以前はまだ抜け出すことも出来たのだが、それを繰り返し過ぎたせいで協会から『ご丁寧な』注意を受けてしまった。(要するに、大人しくしていろということだ)  
ただ待ち続けるだけの、満たされない空虚な時間。時を刻む時計の秒針の音すらも心なしか遅く感じて煩わしくすらある。  
コウキと過ごす時は、あっという間に過ぎてしまうのに。  
「----また、一週間後ね」  
誰にでもなく、ポツリと呟く。今朝彼を起こして出発を見送った直後も、確か同じコトを呟いた気がする。  
----毎日のように来ていては怪しまれるから、逢瀬は週に一度にしよう。  
それは二人の間に定められた約束だった。シロナから言いだしたものだ。  
確かにいくらコウキが強いとはいえ、毎日チャンピオンリーグを訪れる必要はないし、そんなことをしていたら流石に四天王達も疑問に思い始めるだろう。  
本当は二週間に----と言い掛けていたのだが、それでは自分が耐えられそうになかった。  
でも。  
(別に毎日じゃなくたって、三日に一度くらいなら・・・・)  
週に一度、というのはあくまで建前で本当は何時来ても構わない。そんな彼女の本心を、きっと彼は知る由も無いだろう。  
そして、律儀な彼のことだ。またきっちり一週間後にここの扉を叩くのだろう。  
耽っていると、突然ブザーが鳴った。それはリーグ関係者が所要の際に鳴らすものだった。  
コートを翻し、ハイヒールを鳴らしながら普段挑戦者を迎える扉とは別の扉へ向かう。  
伺うように扉を開けると、そこにいたのは----。  
「こんにちは、シロナさん」  
シロナが少し目線を下げた先にいたのは、美しい白髪の老婦人だった。  
「----キクノさん」  
四天王の一人----地面タイプのポケモン使い、キクノ。  
チャンピオンまでの道を阻む砦である四天王らしからぬ上品な風貌と穏やかな性格ではあるが、その実力は確かなものである。  
それは以前一度手合わせをした際にシロナ自身が十分思い知らされていた。  
「お茶しませんか?」  
穏やかに微笑むその手には、綺麗に包装された紙袋が大事そうに抱えられていた。  
「カントーにいる姉がねぇ、美味しい紅茶のお茶っ葉を送ってきてくれたのよ。本当はあまり抜け出しちゃいけないんだけど、つい、ね。シロナさんも----」  
「キクノさん」  
シロナがその言葉を遮って言った。  
「いつも通りで構いませんから」  
一瞬目を丸くしたキクノが、ふっと柔らかく微笑んだ。  
この優しく上品な、それこそ色々な人生経験の末に得た慈母の様な----カンナギの威厳ある祖母とはまた違った----微笑がシロナは好きだった。  
彼女はシロナにとっても他の四天王にとっても、母親の様な存在である。  
「----そうね。じゃあ、シロナちゃん。一緒にお茶しましょう?女同士で、ね」  
そう言うと、祖母と孫ほど年齢(とし)の離れた二人は笑いあった。  
 
****  
 
ティーカップから湯気が漂い、室内に甘い香りが充満する。  
キクノが淹れてくれた紅茶は、普段甘いものを好まないシロナさえ飲んだ瞬間に「美味しい」と感嘆の声を漏らすほどに美味しかった。  
ただ甘ったるいだけでなく、口触りも滑らか----流石はカントーで栽培された上質の茶葉を使用した高級品なだけある。  
彼女の姉----キクコさんと言っただろうか。聞けば性格は彼女と真逆で、なかなか気難しい人らしい----は普段はあまり連絡を寄越さないそうだが、代わりに年に二、三度、こうして何かを送ってきてくれるそうだ。  
こちらは元気でやっている、という証らしい。  
「ほんと、電話の一つでも寄越してくれたらいいのに。そう思うでしょう?」  
不満を言いながらも表情は優しい。離れていても繋がりあっている、姉妹の確かな絆がそこには見えた。  
それから暫く二人は雑談を楽しんだ。  
シンオウ各地のジムリーダーや、リーグの他の四天王たちの話題。また全国のニュースについてや、決して他言出来ない協会への愚痴など。中でも一番盛り上がるのは、やはりシンオウリーグの現状についてだった。  
ここ最近、いや数年というべきか、チャンピオンリーグへの挑戦者が激減しているということ。公式試合が殆ど開催されず----一度殿堂入りを果たしたコウキはこの際除外する----四天王も含めて毎日暇を持て余しているということ。  
「此処まで来るのは大変なんでしょうけどねぇ」  
キクノが苦笑する。  
まぁ、条件からして過酷なものだ。  
彼らはシンオウ地方の最南端から最北端までを渡り歩き、ポケモンを鍛え上げ、8つのジムバッジを手に入れなければならない。  
それを果たしてもすぐさまチャンピオンリーグへの道が開けるわけではなく、尚且つ長く険しいチャンピオンロードを抜ける必要もある。其処には強者のトレーナー達が潜み、前に進もうとする新人トレーナー達に手厳しい洗礼を浴びせるそうだ。  
四天王戦を勝ち抜いて、休む間もなくシンオウリーグの頂点に君臨するチャンピオンとのバトル---その全てに耐え抜き打ち勝った者だけがトレーナーの悲願、殿堂入りを許されるのである。  
生半可な覚悟で成し遂げられることではない。多くの努力と----こればかりは認めざるを得ないが、才能だって必要なのだ。  
「----そう考えると」  
ティーカップを口に運びながら、キクノが言った。  
「あの子は凄いわね。ほら、フタバタウンのコウキ君」  
一瞬心臓が跳ねるように、ドクンと鳴った。だがシロナは、あくまで平静を装う。  
「そうですね。----ポケモン達を鍛えるために、繰り返し挑戦してるみたいで」  
「あらあら、若いのに感心ねぇ」  
『挑戦者』である彼と『チャンピオン』である自分との間に結ばれた真の関係を、キクノが知るわけが無かった。  
「一番最初に来た時よりも随分強くなっちゃって・・・もうおばあちゃんなんかあっという間に倒されちゃう」  
だがキクノの顔に四天王として敗戦を悔やむものはなく、その優しい表情はまるで、孫の成長を喜ぶ祖母の様だった。  
「なによりも、シロナちゃんのこと慕ってるみたいだしね」  
----慕う?  
「慕ってくれてる様に、見えますか?」  
「えぇ、とても」  
まるで他意の無い微笑み。  
表向きはあくまで『挑戦者』としてやってくるコウキと、それを待ち受ける四天王の一人であるキクノは多少の交流があるようだ。聞けば訪れるたびに土産を買ってくるらしい。  
彼らしいし、バトルの後に二人で談笑する姿を想像すると微笑ましくすらある。  
「コウキ君ね、とっても嬉しそうな顔をするのよ。貴女と闘えることがとても楽しみみたい。あの子にとってシロナちゃんは・・・そうね」  
聞きながら、考える。周囲には自分たちはどう映っているのか。  
「師匠みたいな----そんな大切な存在なんでしょうね」  
あぁ、やっぱり。  
感づかれていないことにホッとしながらも、心のどこかに寂しさが生まれる。  
これで「母親」なんて言われた暁には、しばらく立ち直れなかったかもしれないけれど・・・。  
 
もともとは、そのつもりだった。  
師匠と弟子。----彼の旅を手助けしていたうちは、トレーナーの稀有な才能を会う度に垣間見せる少年と、いつしかそんな関係になれたら---そう思っていた。  
自分が育て上げようとすら感じていたかもしれない。  
先輩として、チャンピオンとして、少年の成長を見守っていけたらと願っていた。  
 
 
無機質な機械音が響く。それはキクコが----強いては四天王全員が----所持を義務付けられている機械で、挑戦者が訪れたことを知らせる為のものである。  
「あらあら、早く行かないと怒られちゃうわ」  
よいしょ、と腰を上げるキクノ。残念だがお茶会はお開きである。  
チャンピオンであるシロナも一応準備をしておく必要がある----まぁ、恐らく此処までは辿り着けまいと、直感が告げてはいるのだが。  
「あ!そうそう、シロナちゃん」  
何か大切なことを思い出したのか、出口に向かっていたキクノが振り返って尋ねた。  
「昨日来てた女の子、どうだったの?なかなか良い筋だとは思ってたんだけど・・・」  
今度こそ、心臓が信じられない速さで鼓動を打ち始めた。  
----自分は今、どんな表情をしているのだろう。  
「-----あぁ。彼女なら・・・」  
その後、シロナは自分がどう答えたのか、憶えていない。  
 
結局その挑戦者がシロナの元まで辿り着くことは無かった。  
聞けば四天王戦第二試合----つまり、キクノに敗れてしまったとのことだった。  
 
****  
 
その頃。  
「ったく。お前がしょっちゅう居なくなるからって、俺がじーさんの手伝いやらされてんだぜ!?」  
「あー・・・、その、ごめん」  
チャンピオンリーグからフタバタウンへと帰ってきたコウキは、運悪く(?)、ナナカマド博士から野生ポケモンの調査を命じられていたジュンと鉢合わせしてしまっていた。  
かれこれ数十分。コウキはジュンから、自分の不在中如何に迷惑を被っていたか、反抗しようにも博士の鋭い目つきから逃げ回ることが如何に困難であったか・・・等々を聞かされている。  
コウキはなんと言っていいかも分からず----しかし少し責任を感じながら----ただ聞き続けていたのだが・・・。  
ふと、違和感を覚えた。  
「----あれ?」  
「あん?話はまだ----」  
彼女がいない。いつもジュンと一緒にいて、少なくとも自分が此処に戻って来たときには必ず出迎えてくれていた、ヒカリがいない。  
「ジュン。ヒカリは?姿見ないけど-----」  
「あー・・・」  
ジュンがボリボリ頭を掻きながら視線を逸らす。そして、ため息を吐いて言った。  
「なんかあいつ、具合悪いみたいでさ。昨日くらいから部屋に閉じこもってんだよ。俺が見舞いに行ってやっても出てきやしねえ」  
なんだってんだよ、と口癖と共に愚痴るジュン。  
彼からすれば幼馴染のヒカリの異変は気になるのだろう。二人は幼い頃から常に一緒にいたらしく、とても仲が良い。  
コウキ自身、憎まれ口を叩きあいながらも信頼しあっている二人の関係を羨ましく思うこともあった。  
----一方で、ジュンを信頼しているはずのヒカリが、彼の見舞いにすら応じないということにコウキは僅かな疑問を覚えた。  
「風邪----かな?」  
「へっ。ナントカは風邪引かないっていうのにな」  
ヒカリが聞いたら顔を真っ赤にして怒りそうだ。追い掛け回すくらいするかもしれない。  
「ま、どーせ明日にでもなったらひょっこり顔みせるだろ。----おい、コウキ!そんなことよりも、俺に面倒押し付けた罰として今すぐバトルを----っておい!」  
踵を返して歩き出したコウキに、ジュンが叫ぶ。  
「どこ行くんだよ!」  
「取り敢えず、ヒカリの家に行ってみよう」  
「無理だって、出てこねーったら!」  
「いいから」  
無視してコウキが足を進めると、なんだかんだでジュンもついてくる。  
-----やっぱり、心配なんじゃないか。  
素直じゃない友人を内心微笑ましく思いながら、ヒカリの家へと向かった。  
 
****  
 
薄暗い部屋の中には、荒い息が虚しく響き渡っていた。  
電気もつけず、閉め切ったカーテンの隙間から差し込む陽射しのみが僅かな光となって----ベッドに横たわるヒカリを照らす。  
「ん・・・っ」  
下着もつけない状態で布団の中に潜ったまま・・・。  
そっと恥丘に触れると、そこはもう愛液でドロドロに濡れていた。  
あれから、もう何度自慰を繰り返しただろう?----それすらも少女の朦朧とする頭は記憶していなかった。  
ただ、衝動のままに。  
「んっ、あっ・・・ぁ・・・」  
----あの痴態が、頭に焼き付いて離れない。  
充血して疼くクリトリスを、そっと指で摘んだ。それだけで体中に電流が流れた様に感じてしまう。そのままゆっくりと擦るように動かしていく。  
「あぁっ・・・ふっ、んっ・・・だ、めっ!」  
脳裏を掠めるのは、乱れた二人の姿。嬌声。貪るように重ねられた唇。  
----あの女性(ひと)の視線。  
(いや、いや------!)  
拒絶するのは獣のように交わっていた二人の姿なのか----それとも、その姿に興奮を覚えたまま、自慰を続ける自分なのか。  
ぐちゅ…と卑猥な水音が響いた。中指が、穴の位置を探り当て----ゆっくりと、確実にヒカリの意思によって、熱い膣内(なか)に潜り込んでいった。  
初めは痛みを感じていたものの、今はすんなりと指を受け入れるソコ。その度に愛液は溢れていった。  
じゅぶっ、ぐちゅっ・・・じゅっ。  
「あっ、はぁっ・・・コウ・・・キ君・・・・んぅっ・・・!」  
その口から少年の名を発していることに、少女は気付いていない。  
初めこそは手探り状態だったものの、既にヒカリは自分の最も感じやすい動きを覚えてしまっていた。  
中をゆっくりと掻きまわしながら、力を込めて膣の肉壁を押してゆく。その度に愛液は溢れていく。  
「んあっ、あっ、あっ!あっ、ダメっ、きちゃ------っ!」  
限界が近い。そう感じ取ると、指の動きは更に加速する。そして-----。  
「あぁぁぁっ-----------------っ!!!」  
頭に閃光が走り、真っ白になっていく感覚が少女を襲った。ガクガクと身体を痙攣させ、口の端からはだらしなく涎を垂らして・・・もう何度目か分からない絶頂に達した。  
全身から力が抜け、ベッドを軋ませながら倒れこむ。  
「あっ、はぁっ、はぁっ・・・ぁ」  
蜜で溢れかえり、きゅう、とヒカリの指を収縮によって締め付ける秘所。ふやけた指を引き抜くと、そこにはぬらぬらと輝く淫靡な糸が掛かっていた。  
ぼんやりと眺めながら、絶頂を迎えたばかりの頭が思うのは・・・。  
私、なにしてるんだろう-----。そんな、泣きたくなってくるような自問。答えなんか返ってくるはずも無い。  
無意識に、まだ熱を持つ『女』の部分に再び手を伸ばしかけた、その時。  
----ピンポーン。  
陽気なインターホンの音が家中に響いた。  
「えっ・・・!?」  
ベッドから跳ね起きる。呆然としている間も引っ切り無しに鳴り続けるインターホン。  
どうしてママ、出てくれないの?そう思ったところでヒカリは思い出す。  
(そうだ。ママ、出掛けてるんだった・・・)  
娘の体調を一番心配していた母は外せない用事があるらしく、少し前にヒカリに「すぐ帰るから」と告げて出掛けてしまっていたのだ。  
(誰だろう・・・もしかしたら、またジュンが・・・)  
昨日無下に会うことを拒絶した幼馴染の顔が、脳裏に浮かんだ。  
----もしまた来てくれたなら、きちんと謝らないと。  
カーテンを僅かに開いて、来客を伺う。  
その視界に入ってきたのは、昨日も来てくれていた幼馴染と-----  
「------ぁ」  
ヒカリの眼前で快楽を貪っていた----コウキの姿だった。  
 
 
To be continued…  
 
 
 
 

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