「あ、あ、あ、あ……」
「ヒ、ヒカリ…出る!」
コンドームの中を駆け回る精子。
息を荒くして、お互いを見つめあう2人。
「えへへ…満足?」
「…ヒカリは?」
「気持ち良かったよ…コウキ。」
コンドームを注意深く外し、ゴミ箱に捨てるこの少年の名前はコウキ。
何度も絶頂を迎え、しばらく動けそうにないこの少女の名前はヒカリ。
初めて会ったときは、ナナカマド博士の研究を手伝う仲間として別々に旅をしていたが、
そのころから既にお互いのことが気になっていた様で。
225番道路で告白し結ばれ、ハードマウンテンでヒードランの怒りを鎮めるという大仕事をやってのけた後は、
多忙ゆえに2人の身を案じたナナカマド博士から休暇をもらい、ヨスガに滞在している。
「…。ふう。」
「ん?どうしたの?ヒカリ。」
「ううん、なんでもないよ。」
コンテストに出たり、プロポーズして簡単な結婚式をあげたりと、充実している。
今はナナカマド博士から連絡が来るまでは、のんびりと静養している。
タマゴから生まれたヒカリのポケモン、アチャモの子育てを楽しみながら。
今日も2人はふれあい広場に来ていた。
(ZZZ………)
「寝ちゃったね。」
「あれだけ走り回ったら、当然だろうね。
そろそろポケモンバトルか、コンテストバトルをやらせてみたいけど。」
「うーん、まだ早いような気もするけど…」
「ま、アチャモのトレーナーはヒカリだから、僕がとやかく言うわけにはいかないか。」
「あはは、やっぱり今でもアチャモが名残惜しいんでしょ?」
「くそう、言い返せないな。」
広場のベンチでのんびりと話をしていた。
近いうちにまた博士から要請が出て、また各地を旅することになるのだろうけれど、
それまでは、めったに無いこういう時間を、大切にしよう。そう感じている。
この充実した時間は、2人にとってとても幸せである。
将来の、数年後の結婚も約束している。アチャモという子供のような存在もある。
何一つ違和感を感じることはない。…事はないのかもしれない。
「ふう…」
「ヒカリ?」
「…え?」
「どうしたんだ?最近、結構ため息をついてるように見えるけど…」
「え、そう?」
唯一の悩み事は、ヒカリが時々ため息をついているということ。
ただ、当のヒカリは無意識にため息をしているようで、そこまで深刻ではないだろうが、
…それでも、すべてがうまくいっている。今の生活に、不満は点はないはず。
コウキはそう考えているが、だからこそこの些細な疑問が頭に残る。
「ヒカリは、今の生活、どう?」
「え?」
「僕は、本当に最高だと思ってる。
可愛くて、大好きな女の子が隣にいて、その女の子と誰にも邪魔されず一緒にのんびりできる。
違和感を感じることは全くない。…僕はそう思ってるんだけど。…えっと、ヒカリは…その…」
やれやれとため息をつきながら微笑み、寄り添うヒカリ。
「ヒカリ?」
「何を言うかと思ったら。
コウキと一緒にいられるなら、どこにいようと関係ないよ。
それだけで、100%幸せ。」
「ヒカリ…ありがと。
…ごめん、バカバカしいこと聞いちゃったね。」
「ううん、コウキは優しいから、あたしのこと心配してくれたんだよね。
だから大好き。だから幸せなんだ!」
ヒカリは、コウキの優しいところが好きだった。
体重をコウキに傾けると、目を閉じて、コウキの腕に抱きつく。
(…優しいから、か。それ故の…)
無意識にまたため息をつこうとしていた自分がいた。
危うくまたコウキに心配をかけさせるところだった。出かかったため息を押し留める。
(ピロピロピロ…ピロピロピロ…)
「ん?ポケギア?」
ヒカリのポケギアが鳴る。
元はジョウトで作られたこの腕時計型の機械。いまではシンオウの常套通信手段となっている。
ヒカリが体を起こし、ボタンを押す。
「俺も欲しいなあ…」
「買えばいいのに…もしもし…あれ、博士?」
違和感を感じた。
いつもナナカマド博士は、連絡の際はポケモンセンターの公衆電話を使っている。
「どうしたんですか?ポケギアに連絡を入れるなんて。」
「悪いが、至急ポケモンセンターに戻ってほしい。迎えを置いておくから。」
「へ?わ…わかりました。」
電話が切れる。肝心の用事を、結局聞けなかった。
普段の博士なら、必ず用事を言い漏らすことはない。
「…だってさ。」
「…どうやら、また忙しくなりそうだね。」
「うん!楽しみ!また、コウキと冒険が出来るんだもの!」
アチャモをボールに戻し、ポケモンセンターへと急いだ。
長いことのんびりしていたおかげで、体が冒険を求め、飢えていたのである。
ポケモンセンターにつくと、そこには1台の車があった。
「あのリムジンかな?迎えって。」
「…あ、来た来た。ヒカリちゃーん!コウキくーん!二人とも、早く乗って!」
車の中から声が聞こえてきた。
バックミラーから2人の姿を確認して声をかけたのだろう。どこかで聞いた声である。
「やっほー、元気にしてた?」
「…シ…シロナさん…」
「うふふ、元気そうね、コウキくん。ヒカリちゃん、私のアドバ」
「は、早く乗ろう、コウキ!」
その女性は、ある意味、今一番会いたくない人、シロナだった。
このポケモンチャンピオン経験者は、ヒカリとコウキの本当の関係を知っている唯一の人物なのである。
ドアを開けてみると、違和感満載の車内になっていた。
シロナの運転席の窓とフロントガラス以外は、カーテンで閉められている。
そして、普通の車にあるべきイスが、ない。代わりに、布団が敷かれている。
さらに良く見ると、運転席と後部座席―もとい布団は、壁でで区切られいる。
もはやツッコミどころ満載の車内である。
「あのー、シロナさん?」
「ん?」
コウキがシロナに話しかける。明らかに怒り口調を感じる。
ヒカリは恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしてうつむいている。
「どーいうことですか、これ!?」
「え?車だけど?」
何事もない様な返答をするシロナ。思わず、
「僕、助手席に乗ります!」
といって助手席のドアを開けると、ドアの陰で見えなかったが、いろんなものが大量に置いてある。
…不自然なほどに。
「あー、ごめんね。荷物が多くって。
ちなみに大事な荷物だから手元にないと安心できなくて。後部座席に置けないのよ。」
「…。」
何と言えばいいのやら。
シロナは何事もない様に返事をしてくる。これでは何を言っても、暖簾に腕押し、糠に釘。
「も、もう乗ろう、コウキ!
ナナカマド博士が待ってるんだし。」
「そうそう。
急がないと約束の時間に遅れちゃう。」
真顔で時計を見ながらシロナは言った。
もはや何を言っても、どう怒っても事態は好転しないことをコウキは悟った。
「ああ、そうだな…じゃあ、最後にシロナさん、1つだけ。」
「なあに?」
「今度ポケモンリーグに行った時は、完膚なきまでにたたきつぶしてあげますから!」
コウキは名義上はポケモンリーグのチャンピオンなのだが、
ポケモン図鑑の完成やナナカマド博士の研究の手伝いの関係で、まだまだ旅を続けなければならない。
なので、チャンピオンの実務は引き続きシロナが執り行っている。
もっとも、コウキがチャンピオンになって以降、四天王4人を制覇したトレーナーは未だいないのだが。
リムジンが走る。
2人はカーテンを少し開ける。テンガン山が見える。
「2人ともどう?車の旅は。」
「ええ、快適ですよ!あと何時間この旅を楽しむことになるんでしょうねえ!」
「そうねえ、4,5時間くらいかな。約束の時間は午後9時だから、それまでには着かないと。」
コウキの皮肉は、あっさり受け流される。ちなみの時計の針は4時を回った。
…この空間にそんなにもいなければならないのか。そう感じて、落胆の色を隠せないコウキ。
ヒカリはというと、2人きりの空間ということに冷静になれずにいた。
(こ、コウキ…)
(ば、馬鹿!シロナさんの思うつぼだ!)
(でも…)
体を摺り寄せてくる。思えば、毎晩ヒカリは、体の疼きに我慢できずにコウキに擦り寄ってコウキを求めてくる。
コウキは毎晩それを喜んで受け入れるが、今回は話は別である。
(我慢しろ!今夜向こうに着いたら、博士が俺たちの部屋を用意してくれるはずだから、
そこで思う存分やってやるから!)
ヒカリが泣きそうな顔でコウキを見る。だが、流石にコウキの言っていることが正しい。
仕方なくコウキから離れ、体育座りでしゅんと落ち込むヒカリ。
…そのまま30分ほど揺られ続ける。
「…ヒカリ?」
「…はあ…はあ…」
ヒカリの様子がおかしくなり始めた。
「お、おい、どうした、ヒカリ?」
「…か、体が熱い…
もう…我慢できないよ、コウキ…」
「我慢って…わあっ!」
コウキの大事な場所めがけて飛び込んできた。
チャックを開けようとする手を、必死に拒んでいると。
「あ、そういえばさ、車の長旅を快適に過ごしてもらうために前もって車内に芳香消臭剤かけといたんだけど。
ひょっとして気体の媚薬と間違えちゃったかな〜?」
「な、何い!?」
シロナのこのとんでもない言葉。
さっきの車の構造はからかいなんかじゃない。この人、本気だ。
(ふふふ、若い子っていいわね。
男の子には効かないコウキくんは当然防ぎにかかるだろうけど、果たしてどうするのやら?)
コウキを試している反面、、シロナは防ぐことは不可能だろうと考えていた。
事実、ヒカリはさらに激しくコウキを求めてくる。
「あ、こんなところに耳栓が!これつけておくから大丈夫だって!」
(絶対にする気無いだろ!)
「コウキ…お願い、ちょうだい…」
「く…やめろ、ヒカリ!…こうなったら…出て来い、ムウマージ!」
モンスターボールからムウマージを繰り出す。
ムウマを捕まえて以来、最初に貰ったナエトル以上にコウキはこのポケモンを使っている。
「ムウマ、催眠術だ!」
ムウマがこくりとうなずくと、ヒカリ目がけて赤い光を発射。
ヒカリに見事命中し、ヒカリはぐっすり眠ってしまった。
「…ヒカリ?ふう、よかった。
戻ってくれ、ありがとうムウマージ。」
ムウマージをボールに収納。
すると運転席の方に体を向け、壁を挟んでシロナに言い放った。
「ムウマージは、人を眠らせてムウマージが操る夢を見させることができるポケモン。
同時に、ムウマージの催眠術で眠った者は、ムウマージにその意識がなくても必ず夢を見る。
あんな状態だったんだ、間違いなく僕とヤッている夢を見ているでしょうね。」
「…。」
勝ち誇ったように言い放つコウキ。
すると、車のスピードが遅くなってきた。そして完全に止まる。
(…ん?)
「…コウキくん、助手席に乗りなさい。」
「怒るつもりですか?僕は何一つ間違ったことはしてないと思いますよ。」
「いいから、来なさい。」
(…なんだ?こんな真剣な声をしたシロナさんは、初めてだ…)
車を降りて、助手席の方に向かう。
さきほどまで助手席の方にあった大量の荷物は、綺麗に片付いている。どこに行ったのだろうか。
「乗りなさい。」
「はい…。」
プライドを気づつけてしまったか。
少し言いすぎたかもしれない、と思ってるうちに、車は再び走り出した。
そのまま数十分の沈黙が続く。
ヒカリはまだコウキと情事している夢から覚めず、未だ小さな喘ぎ声を出している。
「コウキくん。」
「…なんですか?」
「なんで彼女を不幸にするの?」
「な、なんでって…シロナさんのからかいの方が度を過ぎているでしょう!」
正論である。
いくらヒカリがその気でも、そうなるように仕向けたのがシロナであることに変わりはない。が、
「その話じゃないわよ。」
「…え?」
「コウキくん、しばらくヨスガに滞在していたみたいね。休暇をもらって。」
「彼女との生活は最高ですよ。2人っきりで、のんびり出来て。言うことはないです。
…その事は博士に聞いたんですか?」
「ううん、博士には休暇を与えていると聞いただけ。
詳しいことは、すべてヒカリちゃんからきいているわ。」
「…まあ、そう考えるのが妥当でしょうね。おそらく、僕のいないところで…」
「そういうこと。」
ヒカリとコウキは、お互いが恋人同士であることや、当たり前だが一線を越えた仲であることは言っていない。
2人の中がかなり仲良くなっているのは博士も気づいており、ジュンも何となくそんな気がしていた。
だが、この2人が一線を越えた仲であることは、前述したとおりシロナただ一人。
以前ハードマウンテンにおいてのテントの中での情事の際は、ヒカリはシロナにいろいろ教えてもらったと言っていた。
「で、おそらく今もいろいろ電話で教えているんでしょうね。」
「ええ。向こうから電話を掛けてくるのに、電話に出たとたんに毎度毎度口籠るの。
まあ、何を話したいかは感付いてるから、いろいろ教えてあげてるの。その時の恥ずかしそうな顔といったら♪」
(感づくなよ…)
「何か言った?」
「いえ…別に。」
楽しそうに話すシロナ。
恥ずかしさより情けなさが勝り、顔を赤くすることはなく呆れ顔で、ふてくされた顔になるコウキ。
…だが、シロナの表情が、また一変した。
「そう。…でも、あなたのそういうところが、一番嫌い、だいっきらい!」
「!?」
真剣な、どころではない。コウキに対して、怒りをむき出しにしている。
かつてギンガ団の行動に対して言及していた時もそんな表情をしていたが、それを超えている。
「身近にいて気付かないの!?
ヒカリちゃんが、どれだけ苦しい思いをしているか、わからないの!?」
冷静さを欠いた、シロナの激しい口調。
普段のシロナには想像しにくい、いや、絶対にありえない口調。
「そ、そんな馬鹿な。
ヒカリだって今の生活は最高だと思ってるはずだし、事実そう言ってましたよ。」
「馬鹿っ!
あなたがここまで酷いなんて…思わなかった!」
車のスピードがぐんと上がる。
幸い道は広く、周りに車はないので事故ることはないだろうが。
だが、コウキにはシロナの言っている意味がまったく理解できなかった。
今の生活のどこにヒカリが不満な点があるのだろうか。そのくらい、今の生活は幸せだと感じている。
シロナの言っている言葉がまったく理解できないほど、その事実に確信と自信を持っている。
客観的に見ても、コウキの考えは明らかに間違っていない。…のだが、
(…そういえば、ヒカリ、最近ため息が多い気はするけど…
何か関係しているのか?)
「何かに気付いたようね…思い当たる節でもあった?」
「…ヒカリ、最近、よく溜息を吐いてるんです。
本人はなんでもない、と言ってるんですけど…」
「それはそうね。あの子は、そう言うしかない。」
「なんでですか!?僕はまだ、彼女の信頼を得ていないんですか!?
なにかあったら、遠慮なく言っていいのに、なんで言わないんだ…」
コウキは今ようやく分かった。
あのため息は気のせいだと思っていたが、やはり何か原因があるのだと。
だが、その原因が思い当たらない。自分はできる限りのことはしている、と思っているからだ。
「なんでですか、なんで、ヒカリは…」
「…言うわけにはいかないからよ。…絶大な信頼を置いているコウキくんだからこそ、言うわけには、ね。」
「いったい俺が何をしたんですか!?
思い当たることはあるんでしょ!?教えて下さい!」
「…無駄よ。」
突き放すように言われた。
彼女は片手でハンドルを操りながら、もう片方の手でモンスターボールを突き出す。
「ミカルゲ、催眠術。」
ボールからポケモンが出るや否や、いきなり催眠術にかけられた。
見事命中し、彼の意識は遠のいていく。
そして、彼が意識が途切れる前に聞いた、シロナの最後の言葉。
「今のあなたに教えても、絶対にわかるはずがないから。」
(…ぼ、僕には、わからない…だと?)
目を覚ます。
車が止まっている。どうやら目的地に着いているらしい。
「おはよう、コウキくん。今着いたのよ、ちょうどいいタイミングで起きたわね。」
横、すなわち運転席にはシロナが座っている。
いつもと変わらない、美しい容姿の中に、子供っぽさ全開の笑顔。
(…?)
いつものシロナからは想像できない表情を見せられていたコウキ。当然違和感を感じる。
とはいえ、いつものシロナに対しても、やはり逆らう気は起らなかった。
「とりあえず、降りて。
あなたに会いたいと言っている人がいるから。」
「はあ…」
車を降りると、もうあたりは真っ暗になっていた。後部座席のドアを開けると、ヒカリがぐっすり寝ていた。
シロナの表情が一変したから先ほどの言い争いの事は夢かもしれないと思っていたが、
ヒカリがぐっすり寝ていて、しかもショーツがぐっしょりと濡れに濡れているのを見て、現実だったと確信した。
その寝顔があまりにも可愛かったので、起こすのは申し訳なく感じ、
ヒカリを背負ってシロナについていく。
3分ほど歩くと、目の前に巨大な建物が建っていた。見た感じ、何かの研究施設である。
「なんだ…山の中に、こんな巨大な建物が…」
「すでに認証は済ませているから、入りましょ。」
シロナに連れられ、入口に入る。
目の前にさっそくセキュリティの為の扉があったが、認証が済んでいるので勝手にあいてくれた。
いくつかの扉を抜けると、広い場所に出た。
土が敷かれ、白線が引いてある。まぎれもなく、ポケモンバトルのフィールドである。
「…どうしろと?」
とりあえず手持ちにはドダイトス、ムウマージ、ユキメノコ、ムクホーク、エルレイド、ランターンがいる。
全員万全の体調なので、とりあえずシロナと戦うことになっても問題はない。
だが、要件はまったく違った。
「…博士!」
「おお、コウキ、来てくれたか、すまないな。
タマゴの件もご苦労。元気のいいアチャモらしいな。」
ナナカマド博士が、バトルフィールドの別の入口から入ってきた。
なんだかんだで、直接会うのは久しぶりである。ポケモンリーグでシロナに勝って以来だ。
「で、今度はどんな調査なんですか?」
「…いや、調査、ではないのだが、…その、ポケモンの研究とは何ら関係がないのだ。」
「…へ?」
「だから、非常に頼みにくいのだが、コウキに頼むのが一番間違いないと思うのだ。
…引き受けてくれるか?」
「えっと、内容にもよりますけど…」
ナナカマド博士の妙な言い方が、コウキを不安にさせる。
流石に内容を聞かないと辛いものがある…が、世の中飴と鞭である。
「一応今回の仕事が成功すれば、…ヒノアラシをコウキにあげることができるのだが…」
シンオウには炎タイプが少ない。
ナナカマド博士はコウキがヒカリにアチャモをあげたことを知っている。だからまだ炎タイプを持っていない。
しかもかなり珍しいポケモン、ヒノアラシ。進化すればあのバクフーンになるのだ。
「えっと、どんな仕事内容ですか?」
内容を聞く、という意味では先ほどと変わらない。
だが、明らかに今の方が積極性のある返事である。それに一安心した博士は、仕事の内容を話し始めた。
「ポケモンハンター・Jを知っているか?」
「ジェイ?…どこかで聞いたことがあるな。
確か、ポケモンを盗んで売りさばく…ポケモンの利用方法以外はギンガ団と同じ感じですね。」
ヒカリは今だにすやすやとコウキの背中で眠っている。とても気持ちよさそう。
コウキも少し眠気を感じていたが、ここでもし眠ったら大変なことになる。
「まあ、連中は金、ギンガ団はポケモンそのものを利用した世界征服だったがな。
で、そのJが、明日この近辺に現れるのだ。」
「それはまたどうして。」
「無線を傍聴して得られた情報だ。だから極秘に連絡できるようにポケギアに連絡したし、今は山奥の施設にいる。
そしてやつらは、明日取引相手にポケモンを渡す予定なのだ。」
「…そいつを取り返せ、と。」
「いや、そいつらは警察とわしらでとらえる。
Jは、取引が終われば、取引相手がどうなろうと関係なく、その場から素早く撤収する。」
「…そのJの撤収を足止めしろ、と。」
「まあ、それができればそうしてほしいが、向こうは精鋭だが軍隊並みの重装備だ。
ハッキリ言って、警察が突撃してもどうしようもない。大部隊だと身動きが取れない。
だから、小回りがきいて1人でも最強クラスの実力を持つコウキに頼みたい。」
「あの…でも、いくら僕でも重装備を食い止めるなんて…」
一応部隊を壊滅せばいいのだろうが、
どんな部隊か想像できない以上、それが出来るとは限らないと思った方がいい。
返り討ちにあい自分がとらえられて連れ去られました、じゃ話にならない。
「だからJを狙って人質にとれ。
やつを捕えれば、部下は抵抗することもない。」
「はあ…」
そのうちに、向こう側から研究員がやってきた。
「あなたがコウキさんですね、こちらへどうぞ。
あなたに渡したいものがあります。ついてきてください。」
研究員とナナカマド博士に連れられて付いた場所は、またバトルフィールドだった。
「で、これはなんですか?」
「これはね、言ってしまえば、ポケモンになれる機械さ。こうやって取り付けるんだ。」
研究員はおもむろに自分の右腕に機械を取り付けた。
右腕すべてを覆う機械。どうやら、片腕部分に限定された鎧のようだ。
「そして、これが何か分かるかな?」
「…あの、馬鹿にしないでください。技マシンだということくらい、誰が見たってわかります。」
ディスク状の物体。
ポケモントレーナーにとっての必須アイテム、技マシンである。
今研究員が持っているのは、「24」と書かれたラベルが貼られた、黄色い技マシンである。
「で、技マシンをこの差し込み口にセッティングして、腕にぐっと力を込めれば…」
電撃が発射される。
10万ボルトが炸裂し、バトルフィールドの壁を爆破した。
「す、すごい…」
「ちなみに、この機械はある程度までならポケモンの技を防げる。
ロコン、火炎放射!」
モンスターボールからロコンを出すと、ロコンは研究員に向かって炎を吐いた。
研究員は機械の付いた右腕を差し出す。ロコンの火炎放射は、機械にあたって四方に飛び散った。
「へえ…」
「君にこれを2つプレゼントしよう。
今は寝てるみたいだけど、ヒカリちゃんは君のパートナーらしいから、
ヒカリちゃんも君と一緒にJと戦うことを考えて、2つあげるよ。」
「はあ。本人とよく相談します。
…えっと、で、これからどうすればいいんですか?」
ナナカマド博士の方を見る。そういえば今回は博士の影が薄い。
「うむ。とりあえずJが着くのは午後2時だ。
だから明日の午前中にその機械になれるための調整に入ってくれ。
部屋を用意したから、今日はヒカリとゆっくり休んでくれ。」
「わかりました。明日はいつ起きていつ頃にどこに行けばいいですか?」
「部屋に連絡を入れるから、その通りに行動してくれ。
不自由な事があれば、備え付けの電話で連絡してくれればいい。部屋はシロナに案内してもらう。」
「それじゃあ、行きましょう。」
そういって、シロナがコウキに部屋を案内するため、歩き出した。
少し、いやな予感はした。しかもその予感は見事的中。
やはり用意された部屋は1つ、ベッドも1つ。
シャワールームは、適度に狭い。…人間2人が密着できる空間である。
(謀ったな…)
「それじゃ、ごゆっくり〜♪」
「はいはい。どうも、シロナさん。」
シロナをさっさと部屋から追い出そうとした。
…だが、部屋から出る寸前の最後の一瞬、ふたたびあの表情が戻った。背筋が、凍りついた。
「ヒカリちゃんをこれ以上苦しめ続けたら、絶対に許さない。」
ドアを閉め、足音を残しどこかへ行ってしまったコウキ。
コウキは再び思いつめる。いったい、どうすればいいのだろうかと。
ベッドの方を見ると、すやすやと眠るヒカリの姿。
(いくらなんでも寝すぎじゃないのか?
…てか、まだ俺とヤッている夢を見てるのか?)
そう思いつつ、起こさないようにヒカリのそばにそっと寄り添う。
「…ん?」
「うーん、うーん…」
注意深く観察すると、うなっているのが分かる。
ムウマージはヒカリに対してたちの悪いいたずらをするはずがないので、すこし気になった。
もう少し観察してみると、
「こ、コウキ…コウキ…」
(やれやれ、まだ夢の中に俺がいるのか。)
嬉しさと呆れが半々。
そんな愛しのヒカリの姿をのんびりと眺めていた。
が、
「う、うーん…コウキ…」
顔色が悪くなってきた。
うなっていた時に感じた不安が、急にコウキの頭に浮上した。
「?…ヒカリ?」
「お、お願い、コウキ…いか…ないで…」
「おい…ヒカリ…」
ゆさゆさと体を揺らす。
だが、ヒカリの眼は覚めない。
「お願い…だから…」
ヒカリの目に涙。あきらかにヒカリに異変が生じている。
「おい、ヒカリ?大丈夫か!?」
「コウキ…行かないで…すがた…消えていく…」
(なんだと!?)
原因は分からない。
だが、シロナが言っていたことと無関係でないことには、気づいていた。
「ヒカリ!目を覚ませ!おい!」
「コ…コウキ!」
ヒカリの目が開く。
コウキが少しほっとした…のも束の間だった。
「コウキ!行かないで!お願いだから!ねえ!」
瞳の色が消えていた。
眼を覚ましても、心はまだ闇の中にあった。
「お、おい、ヒカリ!」
「コウキ!コウキ!行っちゃだめ!」
目の前にいるコウキが見えず、コウキの存在が自分の心から消えていく。
コウキが、闇に包まれ、姿を消す。
…コウキに依存しているヒカリにとって、その精神的ショックは異常に大きかった。
しかも、そんな夢に何時間もうなされている。目を覚ましても、その呪縛から自らを解放することができない。
「くそ、どうすれば…下手したら、ヒカリの心は壊れてしまう!」
「コウキ…コウキ…」
ヒカリの悲しみはさらに増していくように聞こえる。
ついには涙を出さなくなった。心が、麻痺して、何も感じなくなりかけていた。
(ヒカリの…ヒカリの心を救うためには!)
自らの顔をヒカリと正面で向き合わせる。
そして、コウキがヒカリの唇と自らの唇を合わせた。
深く、より深く、舌を絡ませ、決して唇を離さないように。
「んん!?ん…ん…」
突然唇に何か触れる。最初は何が起こったか分からずパニックになったヒカリ。
…だが、ヒカリの体は、ちゃんと覚えていた。この感触を。自分の唇を奪う恋人の感触を。
次第に落ち着いていき、そしてまた涙を流した。
(コウキ…いかないで…コウ…キ?)
瞳の色も元に戻り始めた。目の前にいるコウキが見えてきた。
様子が変わったことを悟ると、コウキは唇を離し、自分がよく見えるようにすこし顔をあげた。
「コウキ…コウキ…」
なんどもコウキの名前をつぶやく。
ヒカリの視界が段々とはっきりしてくる。コウキの姿が鮮明になってくる。
そして、いつも見ている、大好きなコウキが目の前に現れた。
「コウキ…コウキだよね?」
「うん。」
「戻ってきてくれたんだね。」
「うん。」
「あたしのこと、好きでいてくれる…の?」
「うん!!」
「コウキ…うわああああああっ!」
ヒカリが思い切り抱きついた。
ヨスガの時も、自分は捨てられかけた。今回もそうだった。
でも、戻ってきてくれた。本当にうれしくなった。ヨスガの時より、さらに強く、泣きながら抱きしめた。
好きと言ってくれた、自分の大好きな人に。
「…ごめんな。」
「え?」
「シロナさんが言ってた。僕は、ヒカリを苦しめてるって。
さっきの悪夢も、最近よく溜息をするようになったのも、それが原因…」
「…。」
ヒカリは否定できなかった。
今のヒカリに、嘘を演じるだけの体力はもう残っていない。
「…いったい、どうしてだ?
ヒカリは、僕の何に苦しんでいるんだ?」
「…いえない。」
ある程度そう言われるのは予測できていた。
なので、コウキはとにかく理由を言うように説得する。
「…でも、もう2度とヒカリが苦しむのを見たくないんだ。お願いだ、言ってくれ。」
「…ごめん、無理。」
「なんで!?…僕をまだ信頼…できない?」
きつく言うわけにはいかない。
可能な限り柔らかい口調で言う。
「そんなんじゃない!」
「…じゃあ、言ってくれないか?」
「…。どうしても、無理。」
「そんな…僕は、ヒカリが苦しむのを放ってはおけない。」
「…それでも、言うわけにはいかない。」
コウキは愕然とした。
思い当たる理由はない、しかし、ヒカリが言いたがらない。これでは、手が打てない。
ヒカリの心のガードは、相当固く感じた。
しかし、何か手がかりをつかみたい。
「…じゃあ、なんで理由が言えないか、それを教えてくれないか?」
「…コウキが、優しいから。」
「ああ、なるほ…え?」
言ってる意味がさっぱりわからない。
コウキはどういうこと、と聞こうとしたが、いまのヒカリの精神状態を考えそれを押し留める。
「僕が優しいから、君を苦しめてるってこと?」
「…。」
「…いいんだよ、それでも僕は、かまわない。」
「…ご、ごめん…」
涙を流しながらうなずくヒカリ。
優しさと苦しみで板挟みになっているヒカリの頭をなでて、もうこれ以上の詮索はしまいと心に誓った。
大分ヒカリの様子も落ち着いたので、明日のことについて話した。
Jのこと、そして、腕につける機械のこと。
「へえ…なるほど、バトル・アーマーか。」
「知ってたのか?」
「いや、名前は今考えたものよ。」
「…まあ、名前はつけた方が何かとやりやすいか。
で、ヒカリは今回はどうする?結構危険な仕事だけど、待機しとく?」
「…。」
「そこまで膨れなくても…」
頬を膨らませる。
やはりコウキ1人だけ、というのに不満な様子である。
「とりあえず、使う技マシンを考えよう。」
「え?あるだけ持っていけばいいんじゃないの?」
「92種類のマシン、全部持っていくつもりか?
いざってときに使いたいマシンをすぐに取り出せないと困るし、そもそもどのマシンを使うかで迷う。
5個くらいに絞っても、いろんな状況に対応できると思うし、僕たちにはポケモンがいる。」
「あ…そだね。
あたし、自分で戦うことだけを考えてたよ。」
強力であろう武器を手にすると、やはり使いたくなるものである。
コウキもヒカリも、92種類すべてのマシンを持っているわけではないが、
やはりかなりの種類のマシンを持っている。
「えっと、どれにしようかな。…。」
「あたしは、これとこれと…うーん。」
2人で一緒にシャワーを浴びた後、(その時にはもちろん体を触れ合ったわけだが)
ベッドで体をならべて寝る。
情事をしたい、という気持ちに駆られるが、明日はどれだけハードな任務になるか分からない。
明日のお楽しみにして、今日は寝ることにした。
「…なあ、ヒカリ。」
「どうしたの?」
「…苦しませて、済まない。」
「!
…でも、矛盾してるようだけど、あたしは、コウキの優しいところが一番好きなんだよ。」
「もちろん、ヒカリには、今まで以上に優しくしたい。
だが、その優しさが苦しみの元でもあるなら、僕は放ってはおけない。」
「…あたしが苦しむから、…優しくしないってこと?
優しくないコウキの姿を見るのは、あたしは耐えられない!」
ヒカリが泣きかける。
苦しみから逃れるために、コウキの一番好きなところを失いたくはないからだ。
苦しみから逃げずに、耐えなければならないとも感じていた。
考えるより先に、体が動いていた。
ヒカリをぎゅっと抱きしめ、強く誓った。
「ヒカリ、僕が絶対にその苦しみから救ってあげる。ヒカリを救う事が出来るのは、僕だけだ。」
「!」
「絶対に忘れるな、僕はヒカリから離れない!それだけは絶対に忘れるな!」
「…ありがと!」
ヒカリの心を潰しかけた悪夢。ヒカリが受けた苦しみ。
それらを心の中で謝りつつ、それらをすべて受け止める。ヒカリは静かに、涙を流し続けた。
翌朝。
6時半に先に起きたのはコウキ。目の前には、ぐっすりと眠っているヒカリ。
コウキから離れまいと、寝ているにもかかわらずかなり強く抱いてきている。
(やれやれ。博士からの連絡が来るまでは一緒にいてやるか。)
ヒカリを抱き直し、頬にそっとキスをする。
ヒカリが無意識のうちに可愛らしい寝顔を作り、くすぐったそうに身を悶えさせた。
こういう可愛い表情を見るために、コウキは過去のことを思い出す。
(…またヒカリに恋をしたかな。)
初めてでシンジ湖でヒカリに出会って一目惚れした時の、コウキの初恋。
そして、毛布1枚だけをくるんで隣り合わせに火を囲んだ時の、225番道路の告白。
アチャモという子供を授かり、ヒカリにプロポーズした時の、ヨスガの結婚式。
ほかにもいろいろ思いではあるが、コウキにとってのヒカリとの思い出で一番心に残ったのはこの3つの思い出。
ヒカリの可愛らしいところを見るたびに、それらを思い出してはヒカリへの想いを再確認する。
いっそのこと、このままこの部屋で永遠にヒカリの眠りを守り続けようか、
そしてヒカリの寝姿から感じるヒカリの愛を永遠にこの部屋で誰にも邪魔されず独り占めしようか。
そう思ってたら無意識のうちに抱く力を強くしてしまった。
ヒカリが目を覚ます。
「…うん?」
「あ、ごめん、目を覚ました?少し強く抱いちゃったか…」
「ううん、そんなこと、ないよ。
…おはよ。」
「…ああ。なあ、ヒカリ。起きて早々悪いが、頼みがあるんだ。」
「なあに?」
「…甘えて、いい?」
「…え?」
いいよ、という返事を待たずに、コウキがヒカリにそっと抱きつく。
腕を脇腹の辺りにやり、右耳はヒカリの首筋に触れる。
ヒカリはブラとショーツしか着用しておらず、コウキもトランクス1枚だったので、気持ちが高ぶる。
「…もう、エッチ。
胸にも…その、下の方も、いつでも、いいよ。
昨日の夜だって、やりたいなら言えばよかったのに…」
コウキは、体を少しづつ下の方にずらす。
腕で後ろから器用にブラを外し、外したブラは適当な場所に置いた。そして胸に顔をうずめる。
背中に回っていた掌は太ももの辺りに移動する。
…だが、そのあと、何も起こらなかった。
コウキは胸に顔をうずめた後は、顔で胸の谷間をさするだけ。
手のひらも、太ももやヒップをゆっくり大きくなでるものの、陰部の方には回らない。
「ど、どうしたの?…えっと、まだ、なの?その、えっと、エッチなことは。」
「…甘えさせて。頼む。」
「……。」
ヒカリは、自分の胸元が少し濡れるような感じがした。
…それで、ヒカリはようやくコウキのやりたいことがわかった。
「甘えんぼさん。」
「…。」
さみしさから解放された安心感から、自然と涙が出てくるのだろう。
別にいつもヒカリがそばにいるのでさみしい目にあっているはずはないのだが、
「…。」
「…コウキくんの甘えんぼ。」
ヒカリが苦しんでいるのに気付かされた時、コウキの中にぽっかり穴が開いた。
昨日の夜は救ってみせる、と言っていたが、やはり心に限界が来ていたのである。
やはり、ヒカリの柔らかい肌に包まれるのが一番いいのである。
「大変よ!」
永遠とも思われた2人の世界を、突然壊された。
ドアを開けて入ってきたその声の主は、ポケモンリーグチャンピオン、シロナ。
「大変よ………えーと…」
「「シ、シロナさん!?」」
とりあえずシロナは2人の本当の関係を知っていたので、見られても一番マシな人物ではあったのだが。
「ご、ごめんね、お取り込み中…
え、えっと、とりあえずすぐ来て!」
そそくさと走って去って行った。
緊急事態の様だが、それに似合う緊張感はどこにもなかった。
代わりに、別の緊迫感というか、気まずさというか…
「ああ、ええと、……。」
「コ、コウキ!?」
気絶寸前。
いくら知っていたとはいえ、本当の関係をその眼で見られたのである。
「…。」
「コウキ、来てくれたか…大丈夫か?顔色が優れないようだが。」
「あはは、まあ、いろいろありまして。」
「そうなのか?ヒカリ。まあいい、それより大変だ。
先ほどやつらの通信を傍受したら、9時の待ち合わせに変更になった。」
コウキが驚く。
予定より5時間も早いのである。
「な…」
「そんな、2時って言ってたのに!」
「落ち着け、まだ2時間ある。現場からここまでは15分で行けるから、まだ時間はある。
そこに朝食を用意しておいた。
急がなくていいからゆっくりしっかり食べて、昨日もらった機械の調整に入ってくれ。」
横を見ると、バイキング形式の豪華な朝食が並んでいる。
2人のために、どうやらかなり頑張ってくれたようだ。
「わーっ、おいしそう!早く食べよ、コウキくん!」
(くんづけ?あ、そうか。博士は俺たちのカレカノ関係を博士には言ってなかったっけ。
…というより、シロナさんとヒカリの母さん以外は言ってないんだよね。)
「どうしたの?」
「いや、食べよう食べよう!」
目の前の置かれる料理を皿にとり、2人仲良く朝食をとっている。
ナナカマド博士はやれやれといった様子で、
(これが、本当に2時間後にJを倒そうとする者の様子か?)
あまり食べると動けなくなるので、ほどほどにお腹いっぱいに栄養補給。
そのあとポケモンバトルフィールドで、2人きりでバトルアーマーの調整に入る。
「コウキはどのマシンにしたの?」
「まず、絶対的に炎ポケモンが不足しているから、技マシン35、すなわち火炎放射は必須だ。
そして鋼以外のすべてのポケモンに対抗できる、技マシン59、龍の波動。
万が一の場合や、戦略の組み立てがやりやすい、技マシン17、守る。
接近戦に強くするために多少のリスクは付くが、技マシン1、気合いパンチ。」
攻撃技が3つ。
一応守るは入れているが、男の子らしい攻撃的なチョイスである。
「あと1つは?」
「え?ああ、えっと、その、まだ決めてない…」
「そうなの?ちゃんと間に合わせてよ。」
「う、うん。もちろん。」
「?」
コウキの様子が少し変である。
しかし、疑問に思うヒカリを紛らわせるかのように、コウキが聞き返す。
「ヒ、ヒカリは?どのマシンにしたんだ?」
「え?あたし?あたしは…」
ヒカリがマシンを取り出す。その中に、1つ紙袋に入れられたマシンがあった。
「たくさんの相手を一度に攻撃することができる、技マシン14、吹雪。
相手が特殊な技を使ってきても防ぐ事ができる、技マシン20、神秘の守り。
動きを鈍らせる事ができ、追撃や逃走に使える、技マシン73、電磁波。
技の命中率を下げたり、ひるませる事もできる、技マシン70、フラッシュ。
そして、半分のポケモンの技を出させなくする、技マシン45、メロメロ!」
防御的な技が多く、唯一の攻撃技、吹雪も華麗で美しいイメージのある氷技。
女の子らしい技マシンが多く立ち並ぶ。
「うん、悪くはないと思うよ。
メロメロを選ぶあたりは、ヒカリらしいというか…」
流石にメロメロを選ぶとは思ってなかったらしく、なんともいえないような顔をするコウキ。
その表情を見て、顔がふくれるヒカリ。
「ふーん、あたしがせっかく頑張って選んだのに。
そんな悪い子に育ったコウキには、おしおきをしなくちゃね!」
「へ?」
「イクイップショットフォーティーファイブ!」
「いつの間に決めゼリフ作った…ってヒカリまさか!」
「メロメロ!」
コウキに向かってメロメロを発動。
腕をコウキに向け適当に力をこめると、赤い光がコウキに向かって照らされる。
「…あれ、これだけ?
一応コウキは光を浴びたけど…これだけ?失敗かな?」
だが、次の瞬間。
コウキの瞳の色が変色した。ゆっくりヒカリの元に寄ってくる。
「え…な、何?」
「ヒカリ…可愛いよ…」
「え…ちょっ!」
コウキがいきなり押し倒した。そして顔を限界まで近付ける。
(目、目がハートに…
マ、マズイ、やりすぎたか…)
本来、ポケモンの技はポケモンに使うもの。
人間に使ったとして、それで安全面が保証できるとは限らない。
「んー!」
唇を奪う、ディープキス。
必死に逃れようとするが、コウキが覆いかぶさっている状態、逃れることは出来ない。
…しかも、最悪の事態が追い打ちをかける。
「おーい、ヒカリー。」
(ナナカマド博士!?)
どこかから博士の声が聞こえてくる。しかも、その声はだんだん大きくなる。
すなわち、近づいてくる。このバトルフィールドに。
まだ見られてはいないが、早くしないと、この状況を見られてまずいことになる。
(ど、どうしよ!?
メロメロ状態はボールに戻せば元に戻るけど、コウキはポケモンじゃないよー!)
そうこうしているうちに、博士がもうそこまで来ている。
(なんでもなおし…でもきかないし、そ、そうだ!)
コウキがヒカリに夢中になっている中、何とか鞄に手を伸ばす。
そして、手探りであるものを探す。
(…あった、これかな?)
ヒカリが取り出したものはハーブ。そう、ヒカリが探していたのは、メンタルハーブ。
メロメロ状態を直す唯一の道具である。
(どうかしろいハーブじゃありませんように!)
そう願いつつ、むりやりコウキの口に押し込む。すると、
「…ん?んんん?んんんんん?
(あれ?なんだ?僕は何を?)」
キスで口がふさがっているので、言葉になっていない。
ヒカリがとっさに唇を離し、言い放つ。
「コウキ、早く体をどけて!早く!」
「え?ええ!?」
「いいから、早くして!」
「う、うん!」
あわててコウキがヒカリから離れる。
と同時に、ナナカマド博士が姿を現した。
「…どうした?2人とも倒れこんで。」
「え?」
「あ、あはは…い、いや、なんでもないですよ!ね、コウキくん!」
「?」
(ふう…この様子なら、なんとか博士に見られる前に間に合ったみたいね…)
「まあ、とりあえず、コウキ。」
「なんですか?」
「シロナが呼んでいる。なんでも急ぎの用事らしい。すぐに行ってくれ。」
「え、あ、はい。」
「じゃあ、私も…」
「ああ、ヒカリにはちょっと別の用事がある、ここに残って、少し待っててくれ。」
「?…わかりました。
じゃあコウキくん、先にいってて。」
「うん、わかったよ、ヒカリ…ちゃん。」
コウキが先にその場を後にする。
「で、何ですか博士?
…なんですか、そのケースは。」
透明のCDケース。中には技マシンが入っている。
「いざという時は…コウキと一緒に使ってくれ。」
「…これは、なんですか?」
「…本当にいざという時のためだ。わかったな?」
「?」
一方。
「呼びました?シロナさん。…こちらの方は?」
「シンオウの治安を守る保安機関の職員、ジュンサーさんよ。」
「…はあ。こんにちは。」
あいさつすると、いきなりジュンサーは敬礼し出した。
「ポケモンリーグチャンピオンのコウキさんですね!
本日はJ捕獲にご協力いただき、ありがとうございます。」
「はあ…」
「われわれはJと取引する輩をとらえるので、任せて下さい。
コウキさん、そしてヒカリさんには、Jの捕獲をお願いします!」
「はい…」
あまりに礼儀正しすぎて、帰って戸惑ってしまった。
一行を乗せた車は、取引の現場へと急行。
現場から少し離れた場所に到着すると、こっそりと現場から一番近い岩陰に身をひそめる。
「…すでにJとの取引相手は到着しているみたいじゃな。」
サングラスをかけた数人の男が現場にいる。
「では、Jの方は任せます。」
「はい。
…なんだ?この音は。」
空気を切り裂くような音。
「どうやら来たようね。
それじゃ、取引先の相手は、任せたよ、コウキくん。」
「はい、シロナさん。
…もう一度確認しますが、Jは取引が終わった瞬間にその相手とはかかわりをもたないんですよね?」
「ええ。」
「なら、やつらをここで足止めしようと、
シロナさんたちには迷惑はかからない、と。」
「たぶんね。」
「…よし。
ディスクセット、サーティーファイブ。」
赤い技マシンをセットする。
Jたちの乗った飛行機…というより戦闘機が、地上に垂直に降りてきた。
「なるほど…
飛行機なのに、どこでも離着陸可能…これは確かに警察では厄介だな。ヒカリ、行くぞ。」
「え?どこへ?」
「それじゃあ行ってきます。」
「向こうが取引を終えるまでは、感づかれちゃだめよ。
Jはともかく、片方は逮捕できなくなっちゃう。万一Jに加勢される恐れもある。」
「わかってますって、シロナさん!
行くぞヒカリ!目的地は機体の後ろ、狙いはプロペラ及びエンジン部分だ!」
「…OK!」
何をするのかわかったらしい。
ヒカリも技マシンを装着し、コウキについていった。
「これが今回のブツだ。
すでに金の振り込みは確認した。」
カプセルの中にはワニノコが入っている。ぴくりとも動かない。
「よーし、よくやった。
さて、あとは逃げるだけ…」
取引成立。その瞬間を見逃すことはない。
「こらー、待ちなさーい!」
ジュンサーがバイクに乗って向かってきた。
「何…くそ、お前たち、車に戻るぞ!」
「はい…なっ!」
「あら、あなたたち。どこへ逃げるつもり?」
取引相手の車の前に、シロナが回りこんでいた。挟み撃ちである。
「くそ、お前たち、迎え撃て!J、お前も加勢しろ!」
取引相手のリーダーの一言で、部下がモンスターを出す。
だが、Jの方は、
「J様、われわれも加勢しましょうか?」
「取引は済んだ、撤収だ!」
「はっ!」
Jは速やかに機体の方に戻る。
「なに!?
おい、J!…くそ、お前ら、あの黄色い髪の女をやれ!」
警察と見知らぬ女性。
しかもその見知らぬ女性の向こうに自分たちの車があると分かれば、
ジュンサーに捕まる前に見知らぬ女性を倒して車で逃走する、と考えるだろう。
部下たちが出したゴローニャ、ボスゴドラ、サイドンが一斉に襲い掛かる。
「ふふ、お願いね、ルカリオ。」
対するシロナはルカリオ1体のみ。
だが、相性は抜群、そのうえ、チャンピオンのポケモンである。
「ルカリオ、波動弾。」
シロナの指令の下、ルカリオが波動弾を打つ。
効果も抜群、レベルにも明らかに差がある。3体揃って一発KO。
「な、何!?」
「さあて、次は何かしらね。」
「う…うわああああっ!」
「ルカリオ、真空波で全員気絶させちゃって?」
ルカリオが拳に力を込める、次の瞬間、空気に向かってパンチを放つ。
…そして、そのパンチが生み出した波動は、取引相手全員に命中。
「ふう、これで全員逮捕ね、ありがとう、シロナさん。」
「いえいえ、さて、あとはコウキくんね。」
一方、バギーに乗って急いで機体に戻るJ。
「どうなさいました?」
(妙だ…
あのジュンサー、今回は我々には目もくれず、取引相手ばかり…どういうことだ?)
Jは妙な状況であることには気づいていた。
だが、今は一刻も早くこの場を離れることが先決である。
バギーが機体の中に入り、そのあとJたちはコックピットに座る。
そしてエンジンを温め、離陸の態勢に入る。
…そのころ。
「そろそろだと思うけど。」
「もうすぐ、このバトルアーマーの出番ってわけね。」
プロペラの見える場所にひそかに移動していたコウキとヒカリ。
機体そのものがJたちの死角となる場所にうまいことかくれていた。
「…あ、エンジンから音がしはじめたよ。」
「連中、操縦室に全員入ったな。いい具合にエンジンが温まってきた、こっちにも熱を感じる。
よし、今だ!行くぞヒカリ!」
「うん!」
「吹雪!」「火炎放射!」
バトルアーマーから技が放たれる。
エンジンが止まっている時はエンジンに大したダメージを与えられず、プロペラが動く風で戻され技が届かない。
エンジンがいい具合に温まる、この瞬間を待っていた。
「大変です、第3、第4エンジンに異常発生!」
「な、なんだと!?」
十分に温まったエンジンに火炎放射を当てれば、オーバーヒートが起こり機能停止状態に陥る。
温まり続ける金属を急激に冷やし続けると、もろくなり、エンジンそのものがぶっ壊れる。
そう考えて生まれたコウキの作戦は、ものの見事に的中した。
「モニターに映せ!」
「はっ!
…な、何者かがエンジンに攻撃を…ああっ!」
2つのエンジンが同時に爆発を起こす。
「くそ…油断したか!エンジンの状態は!」
「完全に機能停止状態!」
「外部からも損傷が確認できます。両方とも、ボロボロの丸焦げです!」
「あの連中を始末せよ!行け!」
「はっ!」
だが、ほぼ全員が操縦室に集まっている。機体から下りるまでに、時間がかかる。
コウキの読み通り、J達は機敏な行動を取れなくなっていた。
「あははっ!爆発した!面白れえ!」
「さすがだね、コウキ!このタイミングなら、連中しばらく来ないよ。」
「ああ、しかし、そうなると少し暇だな…よし、俺たちの事はばれてるんだ。もう隠す必要はない。
こうなりゃついでだ、もういっそのこと、もう1つエンジンぶっ壊そう!」
「うん!」
機体には前方に2つ、後方に2つ、4つのプロペラ及びそれに付属しているエンジンがある。
2人で2つを1つずつぶっ壊したということで、ついでにもう1つずつ破壊することにした。
「吹雪!」「火炎放射!」
だが、流石にエンジンの稼働が止まった状態では、そう簡単には爆発は起こらない。
もちろんエンジンに異常が発生はしているだろうが、コウキは破壊しなければ気が済まなかった。
「ったく、面白くないなあ。
よーし、出て来い、ドダイトス!」
「エンペルト、あなたもお願い!」
2体のポケモンがモンスターボールから出てくる。そして、
「「破壊光線!」」
ポケモンの技の中でも最強といわれる技、破壊光線。
その光線が、育てあげられた2体のポケモンによって放たれ、プロペラ内部のエンジンに命中。
「だ、第一エンジン、第二エンジンも爆発!
壊滅状態です!」
「おのれ…」
コックピットには、まだJと2,3人の部下が残っていた。
内部から外の状況を把握し指示を出さなければならないため、動けない。
「き、貴様ら!」
ようやくJの部下がコウキとヒカリの前に現れた。
破壊光線の反動で動けないドダイトすとエンペルトを戻す。
「いけ、ムウマージ!」「頼むわよ、ピクシー!」
Jの部下もポケモンたちを繰り出す。
だが、もはやこの2人に勝てるトレーナーはそうはいない。
「10万ボルト!」「捨て身タックル!」
Jの部下のポケモンたちは、ことごとく戦闘不能になっていった。
「うわあ、逃げろー!」
逃げ出すJの部下、機体に戻ろうとしたが、遅かった。
「あなたたちを、ポケモン保護法違反で現行犯逮捕します!」
後ろにはジュンサーが待ち構えていた。
10数人のJの部下はお縄にかかる。
「それじゃあ、行ってきます、ジュンサーさん。あとは任せて下さい。」
「ええ、おねがいね。こっちは任せてちょうだい。」
「はい!よし、行くぞヒカリ!」
「うん!」
作戦は順調。あとは操縦室にいるJをとらえるだけ、
内部にあるかもしれないトラップさえ切り抜ければ、あとはJが少々強くても
ポケモンリーグを制覇したその腕でJをポケモンバトルでたたきのめせばいい。
そのはずだった。
その計画には、先ほど言った、とある前提のもとに成り立っていた。
内部に潜入する。
内部に敵がどのくらいいるか分からないが、とりあえず行くべき場所は、
「早めに操縦室か、もしくはポケモンの入ったカプセルのある格納庫か、どちらかだな。」
「どこにあるの?」
「それはわからない。だが、探せば見つかるはずだ。
ポケモンたちにも手伝ってもらおう、出て来い、マニューラ!」
ボールを上に放る。
ボールが開いて中から光を放ちながらマニューラが出て…来なかった。
「…あれ?」
「ボール投げたのに、無反応だね。」
「ええい、もう一度だ、出て来い、マニューラ!」
もう一度投げる。
今度こそモンスターボールは…開かなかった。
「あ、あれ!?なんで!?」
「ど、どうするの、コウキ!」
「マ、マニューラはこの間ポケモンフーズをあげ損ねてしまったのを恨んでるのかもしれない。
で、出て来い、ムウマージ!」
ムウマージも、ムクホークも、ドダイトスも試した。…だが、結果は一緒だった。
「な、なんでだ…」
Jの元まで行ってポケモン勝負を挑んで勝てばいい、自分はチャンピオンだから、そう思っていた。
だが、その考えは、ポケモンがいる、という前提の下で成り立っている。
そのポケモンが使えない今、彼はほとんど手足をもがれた蟹同然の状態だった。
「あ、入口も閉まる!」
「何!?くそ、まずいな…」
「ふん、侵入者に備えて、特殊処理を施したモンスターボール以外は使えなくなっているのさ。」
「J様、いかがいたしましょう。」
「入口は封鎖したし、警察官1人だけならそう簡単には入っては来れまい。
おまえは内部からエンジンを修理しろ、お前は…あいつらを始末して来い!」
「「はっ!」」
残った2人の部下に指令を出す。
(エンジンが直るのには時間がかかるだろう。ただ、それまでに警察の大部隊が来ることはない。
出発までにあいつらを始末してしまえば…)
完全に作戦が裏目に出た。
機体内部の罠に注意していたつもりだったが、コウキもヒカリも、すでにその罠にはまっていた。
「ど、どうするの?」
「とりあえず、連中に見つかるとまずい。ポケモンを出されるとかなり不利だ。
ひとまずは見つからないように逃げよう。ただ…」
「ただ?」
「幸いなことに、僕たちにはバトルアーマーがある。
ポケモンが使えないのはかなり苦しいが、まったく戦えないわけじゃない。」
「あ、そうか!」
「いつもの僕たちにはない、新しい武器だ。
とにかく、無駄な戦いは避け、戦わざるを得ないときはこれに頼ろう。」
そう言って、2人は動き出した。
内部の通路を、注意深く歩き続ける。
「くそ、たしかJ様はこのあたりにやつらがいると…」
途中何度か追手の部下に見つかりそうになったが、
見つかる前にその存在に察知して見つからない場所に移動する。
もはや強力ポケモンを擁しているであろうJを捕獲するのは相当無理がある。
なので、ポケモンたちの格納庫を探し、見つからない様にカプセルを取り返し、
隙を見て機体から脱出することにした。
もっとも、機体が飛び立ってしまえば脱出は危険。
なんとかそれまでに脱出方法探さなければ、おしまいである。
「…!?あれは、グラエナ…」
グラエナが向こう側から歩いてくる。
どうやらまだこちらには気づいていないようだが。
「…どうする?」
「おそらく、やつらはポケモンを使って手分けして僕たちを探しているんだろう。
やつらは内部でもポケモンを使えるよう、特殊なモンスターボールを使っている可能性が高い。」
コウキの予想は、当たっていた。
「ポケモンが使えない以上、僕たちの始末はポケモン1匹でも十分、そういうことだろう。
…まあ、部下はそう考えたんだろうな。」
「え?」
「Jならそんなことはさせない。俺たちがポケモンの技を使うことはすでにバレているはず。
なのにポケモンと手分けして探すいうことは、
上官の命令に従ううちにそれしかできなくなってしまう、部下のアホな所業、ということだ。」
「じゃあ!」
「ポケモン1体だけなら、僕たち2人でも何とか倒せる。
手分けして別行動で探しているやつらのポケモンを、1体ずつ、仕留めていこう!」
「うん!」
毛利元就の教訓である「三本の矢の訓」の、逆の発想である。
1度では大量で処理しきれない物事を、少しずつ分けて処理するのである。
「あのグラエナは任せてくれ。ディスクセット、ナンバーワン!」
曲がり角の陰で、グラエナが来るのを待つ。
そして、グラエナが曲がり角に差し掛かった瞬間。
「気合いパーンチ!」
「ガウッ!?」
曲がり角に差し掛かった直後、グラエナもコウキたちの存在に気付いた。
だが、遅かった。
「ガウウウウウウッ!」
顔面に直撃。
効果抜群で、高威力の気合いパンチ。即刻戦闘不能。完全に気絶した。
「やったあ、コウキ!」
「よし、まず1体!さあ次はどこだ!」
普段指示を出すだけだったポケモンバトルで戦える喜びを、コウキとヒカリは感じていた。
もはや、脱出どころかJ捕獲という本来の目的すら忘れかけた状態になっていた。
まあ、ポケモンを倒すことがそれに繋がる以上別に構いはしないのだが。
「火炎放射!」
「ドックケエエエエイル!」
「吹雪!」
「チェリイイイイイイッ!」
次々と倒していく。
追手の部下が来ないうちにその場を離れる。
部下は、自分の手持ちモンスターが既に戦闘不能になっているのを見ることしかできない。
「な、なぜだ!
やつらはポケモンが使えないはずなのに、なぜ倒せる!
J様が指示した場所に行っても、いるのは倒れてるポケモンだけ…」
一方、その様子をモニターで見ていたJは、
「あの馬鹿どもめ…なにをしている!
やつらが武器を使うことは分かっているのに、バラバラに行動してたら片っぱしから…」
リーダーゆえ、指示を出すためにそうそう操縦室を離れるわけにはいかない。
操縦室から機体内部全体をモニターしているため、コウキの行動も把握できるし、
司令塔がいなくなると、組織が一気に混乱するからである。
だが、もう堪忍袋の緒が切れた。
「おい、直ちに操縦室に戻るのだ!」
「え?」
「早く戻れ!いいな!」
「は、はっ!」
ついにJが動くことに。
操縦室にだれもいないのはまずいので、代わりに部下が配置される。
「そろそろポケモンも全滅したかな?」
「ねえ、コウキ。
…本来の目的、忘れてない?」
「しょうがないじゃん、見つからないんだから。脱出方法もポケモンの居場所も。」
「…。」
呆れつつもついていく。
機内もだいぶ歩いた。そろそろ何か見つけてもいいだろう。
「…ここにもドアが。」
「とにかく片っぱしから開けよう。…あ、これだ!」
正面には木のテーブル、そして、右側のガラスケースには、お目当てのポケモンのカプセル。
「ここだ!ついに見つけたぞ!」
正面の木のテーブルに、ポツンとヒノアラシが入ったカプセルが置いてある。
他のカプセルはすべてショーケースの中。とりあえずコウキがヒノアラシのカプセルを手に取る。
「これか…
まってろ、いま出してやるからな。」
レバーを下げると、金色の像の状態だったヒノアラシが元の姿に戻る。
ヒノアラシの周りを覆っていた強化ガラスも同時に消えた。
「…ヒノ?」
「今助けに来てやったぞ!
すぐに、君を故郷…ご主人様かな?のところに連れていくからね。」
「…ヒ、ヒノ…」
おびえている。
目の前の少年が嘘をついているんじゃないか、とか、別の悪の組織が来たんじゃないか、とか。
しかも、まだ体長がヒカリのアチャモくらいしかない、赤ちゃんのヒノアラシである。
(まずいな、おびえている…
まあ、炎を吐いて抵抗するよりはマシか。)
とりあえずヒノアラシを左腕で抱きかかえる。
「とりあえず、他のポケモンたちもショーケースから出そう。
…あれ、開かない…鍵がかかってる…」
「どれどれ…あ、ほんとだ。」
「火炎放射で溶かしてみる?」
「いや、こいつは強化ガラスだ。高圧バーナーならともかく、バトルアーマーの火炎放射じゃ難しい。
よし、壊そう。ちょっとどいてて。」
「…え、まさか気合いパンチで!?危ないよ、コウキ!」
「強化ガラスは、割れても普通のガラスより安全なんだ。
強化ガラスの破片は、数ミリ角のサイコロのような感じで、全然危なくないんだよ。」
「その通りだ。」
突然、ヒカリとコウキ以外の声が聞こえてきた。
その違和感に気付いて振り向くと、銀髪の女がいた。
(そこにいましたか?)
「ああ、ごくろう。引き続きなにかあれば連絡しろ。」
通信用のマイクでしゃべっている。
連絡が切れると、再びこちらを向いた。
「あなたもJの部下!?女の部下もいたのね…」
「いや、違うヒカリ。おそらくこいつがJ本人だ。」
「え?」
「ほう…根拠は?」
「部下と服が違う、今とっていた連絡では連絡の相手がお前に対して敬語を使っていた。
…そして、目が今までのやつらと全然違う。」
「出て来い、ボーマンダ、ドラピオン!」
ボーマンダとドラピオンが出てくる。
今までの部下のポケモンより、はるかにレベルが上だということをコウキは見破った。
「ほう、こんな状況に置かれても、目は死んでいないな。」
「…ヒノアラシがこんなにおびえている。
こんな目にあわせるやつは、やっぱり許すことができなくってさ。」
ヒノアラシが、コウキの左腕でおびえている。
「ヒカリ、ヒノアラシを頼む。」
「え?まさか、戦う気!?」
「どっち道それしかないだろ。ほら、頼むぞ。」
ヒカリにヒノアラシを渡す。ヒカリはそれを抱きかかえ、コウキは再びJの方を向く。
すると、Jがこんなことを言い出した。
「そのヒノアラシだけは、テーブルの上に置いてあっただろう。
そいつは、取引相手が土壇場でドタキャンしてな、用済みだ。」
「…。」
「おまえは、警察にでも頼まれて、私の身柄か奪われたポケモン全部を奪いに来たんだろう。
とはいえ、ポケモンを使えない状況ではもはや勝ち目はあるまい。」
「何が言いたい。」
「そのヒノアラシをお前に返す。これで警察の連中にもメンツは立つだろう。
その代わり、即刻ここから出て行け。出口は用意する。」
「……。」
「悪い取引じゃないだろう。
お前も顔は立つ。ポケモンが使えないことを言い訳にすれば、わかってくれるだろう。」
コウキが少し考え込む。
即答で断るんじゃないんかい、と思い、すぐさまコウキの元によるヒカリ。
(ちょっと、なんで断らないのよ、コウキ!)
(いや、悪い話じゃないし。
てか、断ってドラピオンとボーマンダにやられたら、話にならないよ?)
(やってみなきゃ分からないよ、そんなの!)
(でも、失敗した時のリスク大きいし…
ほら、命あっての物種って言うじゃないか。)
(お、臆病者!)
ヒカリが呆れた。コウキが弱気な言葉を平然と述べるからだ。
だが、そんなコウキの目が変わった。
(…それに、僕には、ヒカリを一生守り続ける義務がある。
助かる道があるのにそれを選ばずに、僕もヒカリも死んでしまったら、それを果たせない。)
(!)
(仮にヒカリだけでも助かったとしても、僕はヒカリの前からいなくなってしまう。
…ヒカリのおびえる悪夢が、現実になってしまう。)
(!!)
昨日の夜も、コウキが目の前からいなくなる、その悪夢におびえていた。
ヨスガの教会でも、勘違いとはいえコウキはヒカリから逃げ出した。
実は、ヒカリはここ最近、コウキが自分の下からいなくなるという悪夢を何度も見ているのである。
トラウマになって甦る。ヒカリが震えだした。
(…お、おいヒカリ?なんで泣いている…)
(コウキが…いなくなる…)
(お、おい!)
Jもその様子に気づく。
(どういうことだ?何を泣いているんだ?)
足に力が入らなくなり、地面にへたり込むヒカリ。
(…まさか、シロナさんが言ってた、ヒカリを不幸にしていた原因ってのは…)
ヒカリが小さくうなずく。
ヨスガでのコウキの逃走の一件が無意識にトラウマを作り出して引き金となり、
それが何かによって明確な幻覚となりフィードバックしていたのである。
…その何かをコウキ自身で探し当てなければ、シロナにあわせる顔は、ない。
(もしかしたら、最近やけに夜苦しんでいる事が多いと思ったら…
昨日の夜の悪夢と、それと、まったく同じもの…)
(怖いよ…)
だが、ヒカリは、Jの言う通りにしろ、とは言えない。
一人のポケモントレーナーとして、ポケモンたちを裏切ることは、できない。
ポケモンもまた、ヒカリにとって、コウキと同じくらいに大切な、宝物。
コウキが閉じていた眼を開いて、決断した。
「おい、何を相談している。いつまでも待たせるな!」
「そう焦らすな、J。
…ヒカリ、行ってくる。さっきのは軽い、冗談だ。」
「え…コウキ、その目…」
コウキの瞳の色が、変色していた。いつもの黒い瞳が、赤く変わった。
以前ヨスガで見たヒカリと初めてであったときのコウキの瞳とは、違った瞳。
怒りと闘志にあふれた、戦いの目。
「俺はいつも、ヒカリを死ぬ気で守る覚悟をしている。今回も、さっきまでは死ぬ覚悟だった。
…だが、今は違う。」
「ふん!
プライトにこだわらず、賢い選択をするという覚悟か?」
「悪いな、J。そこまで俺は賢くないんでね。
俺は死なない。俺と、ヒカリ、両方を守る覚悟だ!」
(コウキ…)
「それなら文句はないな、ヒカリ。
…俺を疑ってるか?…負けるかもしれないと。」
「そ…そんなこと、ないよ。」
普段はおとなしいコウキが、すべてを圧倒する闘志を見せる。
ギンガ団と戦った時の怒りとは、比べ物にならない。
その姿に、ヒカリは、コウキは勝つ、という信頼感を覚えた。
だが、ヒカリは1つ気になっていた。その疑問を、かわりにJが尋ねる。
「なぜ私と戦う道を選ぶ。
悪は懲らしめなければならないからか?」
「…自身を悪と言ってるようじゃ、世話ないな。
そんなんじゃねえ、悪を懲らしめるなんざ、ほとんど理由になってねえよ。」
口調も先ほどから様変わりしている。
一人称が俺に、普段のおとなしい口調は完全に消えていた。
「全部のポケモンを救うためか?」
「その通りだ。…結果的にはな。」
誰が考えてもコウキならそれが理由だと思っていた。だが、違う。
「本当の理由はな、ヒカリにいいところを見せたいからだ。」
「…は?この期に及んでふざけてるのか?」
「コウキ…どういう事?」
「別に、俺は引き下がったっていいと考えた。負けるかもしれないと思っていたからな。
正直、さっき弱気になっていたのも、意地にとらわれてヒカリを不幸にしたくなかったからだ。
俺は、ヒカリのためにも、死ぬわけにはいかないからな。…例えポケモンを犠牲にしても、ってな。」
「なら、それでいいじゃないか。」
「…違うんだよ。
ヒカリのために、俺はJ、おまえを倒さなければならねえ。」
「コウキ…どうして?」
ヒカリが尋ねる。コウキはヒカリの方を向いていった。
「ヒカリ、言ってたよな。俺のことが好きだと言ってた理由。
優しいだけじゃない、俺のポケモンたちが俺と一緒で嬉しそうにしている、それが素敵だと。」
「あ…」
「俺は、ポケモンを絶対に裏切れない。
今ここでポケモンを裏切ったら、俺の大好きな、ヒカリも裏切ってしまう。
ヒカリの中の、大好きな俺という存在が、消え去ってしまう。…悪夢の様にな。」
ヒカリにポケモン達を守れない姿を見せてしまったら、それは悪夢が現実になるとき。
「そして、ヒカリがたった今、また悪夢にうなされかけていた。
悪夢に襲われ、足には力が入らず、怯え、泣くしかなかった。
その時、俺は覚醒した。絶対に負けないという自信、闘志がな!」
「なんだと…?」
「さっきのように、負ける、なんてマイナスファクターはもうねえ!
その自信さえ付けば、俺が選ぶ道は1つしかねえ。」
「コウキ…」
コウキがJをにらみ、言い放った。
「例え何度攻撃されようが、俺が勝つ!」
(くっ…)
その闘志に、Jも怯んだ。
その一瞬を、見逃さなかった。
「どるあああああっ!」
「何っ!」
一瞬でドラピオンに飛びかかった。気合いパンチを放つ。
「ク、クロスポイズン!」
「コウキ危ない!」
「喰らう前に喰らわせりゃいいんだよお!」
一瞬早く気合いパンチが命中。
しかも両目の間に命中。完全に急所である。
「グギャアアアアアア!」
「なぜだ!?気合いパンチは発動に時間が…」
「さっきショーケースを壊すために、力をためていたのさ、そんなときにお前が来たから、
すでにエネルギーはたまっていた。」
「くそ、ボーマンダ、龍の波動!」
ボーマンダが銀色の波動を放つ。コウキが素早く察知してかわしつつ、ヒカリの元による。
「コウキ、怪我は?」
「は?今の俺は、痛みなんざ感じねえよ!」
「ドラピオン、あいつらに毒毒だ!」
ドラピオンが猛毒の液を吐き出す。
「あ、危ない!」
コウキが素早く技マシンをセットし直す。
「守る!」
水色のバリアが、毒毒をはじき返す。
「ちっ、厄介な!」
「俺はこっちだ!」
ヒカリの身が危ないと感じ、ヒカリの元から移動する。
…その時、コウキは守るの技マシンをヒカリに渡していた。
「もう一度毒毒だ!」
「くっ!」
なんとかバトル・アーマーではじき返す。
だが、ダメージ技は1度喰らえばそこまでだが、状態異常技は一度でも食らうと苦しみ続ける。
「あれをどうにかしないと…」
「ボーマンダ!ドラゴンダイブ!」
突進してコウキに襲い掛かる。
何とかかわすが、すきを突かれて後ろをドラピオンに取られてしまった。
「しまった!」
「ドラピオン、毒毒!」
猛毒の液を吐き出す。
「ぐあっ、しまった!」
コウキに命中してしまった。
毒毒の液は皮膚に付着すれば、一瞬で体に浸透して毒がまわる。
「く……あ、あれ?苦しく…ない。」
「な、何!?」
だが、コウキは無傷だった。毒に侵されていない。
体を不思議な輝きを放つベールに覆われている。
「確かに命中したはずだ、いったい、どうして…」
「…ヒ、ヒカリ!」
ふと見ると、ヒカリが技マシンを発動していた。
「技マシン20、神秘の守り、これを発動してたのよ。これで状態異常にはかからない。
あたしだって、戦うんだから、コウキを守るんだから!」
「サンキュー、ヒカリ!」
コウキが再びヒカリのそばに寄った。
2人が出会ってから、かなりの月日がたっていた。息をぴったり合わせる、自信があった。
「ドラピオン、クロスポイズン!ボーマンダ、ドラゴンダイブ!同時攻撃だ!」
2体が襲い掛かる。
かかった、コウキはそう感じた。
「頼むぜヒカリ!」
「ええ!イクイップショットセブンティースリー!」
黄色い波動が発射される。
それがドラピオン、ボーマンダの2体に命中。
「…何、動きが鈍った!?」
とたんに動きが鈍くなる。
「電磁波にかけたのよ、
これで2体とも技が出しにくくなったわ。」
「ええい、いけえ!ひるむな!」
それでもドラピオンもボーマンダも攻撃を仕掛ける。
「ヒカリ、もう一度頼む!」
「ええ!イクイップショットフォーティーン!吹雪!」
2体同時攻撃。ボーマンダとドラピオンに直撃する。
効果抜群ゆえボーマンダは吹っ飛ばされるが、なおもドラピオンは突っ込んでくる。
「よし、あとは任せておけ。時間は稼げた。」
だが、その間にコウキは気合いパンチのエネルギーをためこんでいた。
「喰らえ!」
吹雪の追い風に乗る。またもやドラピオンの急所に命中。
ドラピオンは気絶し、どうやらボーマンダも氷漬けになったようだ。
「…ちっ!」
「さあ、次のポケモンを出すんだな。」
「…。」
「もしかして、もう終わりか?
それじゃ、てめえの身柄を…」
「…毒毒の牙。」
「え?…ぐあっ!」
クロバットの毒毒の牙が、コウキの背後を直撃。不意を突かれた。
「くそ、いつの間に…ぐっ!」
「コ、コウキ!?」
「ほほう、どうやら、猛毒状態に侵されたようだな。」
「し、神秘の守りの効果が…」
「ぐ…この…」
クロバットが猛攻をかける。
それをかわしたり、火炎放射で迎撃したり、バトルアーマーで技を受け止めてしのぎ続けるが、
時間とともに猛毒がコウキの体力を奪っていく。
ヒカリもコウキから離れた場所から吹雪や電磁波で援護するが、いずれもかわされる。
「くそ…目がかすんできやがった…」
「心配するな、ポケモンの技で死ぬことはない。
…ただ、戦闘不能だけで済ますことはないがな…とどめだ、燕返し!」
絶対にかわせない、必中の技。
ヒカリが吹雪を発射するが、かわされる。クロバットは、猛スピードでコウキに突っ込む。
「コ、コウキー!」
クロバットに火炎放射が命中。だが、火炎放射を放ったはずのコウキは、
「え?」
驚いている。コウキが発射したわけではない。
「何!?だ、誰だ!」
「…ヒ、ヒノアラシ、あなたまさか!」
「ヒノー!」
自分の敵と命がけで戦う姿に、感化された。
ヒノアラシがフルパワーで火炎放射を放ち続ける。
「クロバット、そんなもの、弾き飛ばせ!」
だが、クロバットも鍛え抜かれたポケモンである。
このヒノアラシは、まだ幼い。あえなく火炎放射は弾き飛ばされ、逆に燕返しで弾き飛ばされる。
ヒカリがあわててヒノアラシに駆け寄る。
「だ、大丈夫!?」
「ヒ、ヒノー…」
とりあえず大丈夫だが、もう戦う力は残っていない。
「クロバット、今度こそ燕返しだ!」
コウキにもうかわす力は残っていない。燕返しをまともに受け、ヒカリの目の前まで飛ばされる。
「コウキ!」
「やべえ、勝てる、と思ったのにな…」
赤い瞳はそのままだが、もうほとんど瀕死状態で、闘志がほとんど失われていた。
「惜しかったな、私のポケモンは残りはこのクロバットのみ。
こいつを倒せれば勝ちだったがな、だがこれで終わりだ!」
「…ヒカリ。」
「え?」
「フラッシュを頼む、時間を…稼いでくれ。」
「うん!」
ヒカリが技マシンを差し替え、フラッシュを発動。
まばゆい光が、クロバットの視界を奪い、怯ませる。
コウキが小さくつぶやく。
「守るを使うんだ。ヒカリと、ヒノアラシを対象にな。」
「え?コ、コウキは?」
「言うとおりに…しろ…勝つ、ためだ…」
「う、うん…」
ヒカリが再度技マシンを差し替え、守るを発動。
バリヤがヒカリとヒノアラシを包む。
「…ヒカリ、俺、言ってたよな、最後の1つのマシンが、まだ決まってないって。」
「え?」
「あれは、嘘さ。言ったら、絶対に止められたからな。」
「…いったい、何のマシンを…」
「…これだ。」
白いマシン、ノーマル技のようである。
ラベルには、「64」と書かれている。
「64…まさか!や、やめて!」
クロバットの視界が戻り始める。
再び体勢を戻して、再び燕返しをコウキに向かって放つ。
「どうせ、もう体力はほとんどない。…普通の技を出しても、ほとんど威力がない。
…だったら、」
「や、やめて、お願い!」
「もうクロバットがそこまで来ている。
俺自身を守れても、ポケモンを守れないんじゃ、ヒカリを守ってることにはならない。
だから精いっぱい戦ったけど、やっぱだめだった。
…すべてを守ることなんて、できやしないんだ。」
「コウキー!」
コウキの体全体が光る。
…技マシン64、技名は、大爆発。
「コウキ、コウキー!」
「…じゃあな。」
部屋全体を、爆風が襲う。
クロバットもJも、巻き込まれる。ヒカリとヒノアラシは、守るのバリアに守られている。
「ぐああああっ!」
「コウキー!」
コウキにも当然大ダメージ。
最初から戦闘不能になる技とは言え、猛毒に侵され体力をほぼ奪われた状態で発動。
もはや戦闘不能だけでは、済まされない。
爆風がやむ。クロバットは戦闘不能で、Jも大ダメージをくらって完全に動けない。
だが、コウキは戦闘不能で済む問題ではなかった。
「コウキ!コウキ!しっかりして!」
ヒカリがコウキに向かって叫ぶ。
コウキが目を覚ますまで何度も呼び続け、…そして、コウキの眼はわずかに開いた。
「う…ヒカリ…?」
「コウキ!」
「…ヒカリ…だけ…ここ…脱出…」
とぎれとぎれだったが、意味はわかった。だが、ヒカリは首を横に振る。
コウキが笑う。瞳の色は元に戻っていた。
とりあえず、すぐに死ぬ、なんてことはない。その顔を見てそう感じ、少し安心する。
「逃げるのも、死ぬのも、一緒だよ、コウキ。
…全員倒したんだから、あとはゆっくり逃げればいいの。そんなこと言わないで。」
「ヒカリ…優し…僕…幸せ…奴だ…」
コウキを失いたくない、その一心だった。
コウキなしで生きていくくらいなら、もう死んだ方がましだった。
それに、Jは倒した。とりあえず敵はもういない、時間はたっぷりある…はずだった。
「J様、大変です!」
「な、なんだ…」
Jの通信機から、部下の声が聞こえてきた。
「壊れたエンジン部分が発火し、燃料タンクに燃え広がっています!」
「な、なに…」
「もう、炎の進みをとめることは、できません!
燃料タンクに引火したら、おしまいです、爆発します!」
「なん…だと…」
ヒカリも、コウキも、その通信を聞いていた。
…自分たちが壊したエンジンが、因果応報、今度は自分たちに襲いかかった。
「そんな…」
「ヒカリ…逃げて…!」
「嫌だ!そんなの…」
「ヒノー!」
ヒノアラシもおびえている。それを必死になって抱きかかえるヒカリ。
「大丈夫だよ、大丈夫だから!ね、ヒノアラシ!」
しかし、脱出方法は、思いつかない。
もはや、ほかのポケモンたちが入ったカプセルはおろか、コウキだけでなく、
ヒカリ自身すら助かる道が思いつかない。
「どう…すれば…いいの…?」
「…ごめんね…ヒカリ…
僕が、変にカッコつけようとするから…」
「そんなことない!ポケモンを大事にする、優しいコウキがあたしは好きなの!
…あ!」
万事休すの中、ヒカリが何かを思いついた。
ポケットから、CDのディスクケースを出す。
「…それは?」
「博士が出発前に、あたしに技マシンをくれたの。
本当にいざって時に、コウキと一緒に使えって!」
中身をとりだす。ラベルには「30」と書かれている。
「…30?
…シャドーボール…なんて使って…どうしろと…」
「まって!シャドーボールはゴースト技、
なのに技マシンの色は黒じゃなくて、ピンク色よ!」
通常、ゴーストタイプの技マシンは黒色である(悪タイプも黒なので見分けはつきにくいが)
だが、この技マシンは、エスパータイプの色のはずである、ピンク色。
「どういう…事だ…」
「もう、これに賭けるしかないよ!博士が一緒に使えって言ってたから、集まって!」
ヒカリがコウキに寄り添う。
ヒノアラシも2人に寄り添う。
そして、技マシンをセットする。
「…お願い!コウキを…コウキを助けて!」
右腕に力を込める。
技マシン30をセットしたバトルアーマーが、発動した。バトルアーマーが、ヒカリを放つ。
その瞬間、コウキは力尽き、気絶した。
「コ、コウキ!しっかりしてー!」
気絶したコウキをゆさゆさと揺らす。その直後、ヒカリとコウキに、何かが起こった。
…その後のことは、ヒカリは何も覚えていない。