「うむ、素早く帰ってきてくれたな、ご苦労。」
「とりあえず、あの森のデータを取ってきました、どうぞ。」
「すまないな。そう言えば、エムリットには会えたか?」
威圧感のある老人のまえに、少年と少女が立っている。
少年の名前はコウキ、少女の名前はヒカリ。
…もうこのシリーズも長いことやっているので、詳しい事は省略させてもらう。
例の未踏の森から、研究所のあるマサゴに帰ってきたところから始める事にしよう。
「…いえ、会えませんでしたね。」
「そうか、それは残念だな。」
エムリットにはあったが、ヒカリとコウキとエムリットの3人だけの秘密にすると心に決めていた。
エムリットを捕まえる気はないので、
捕獲への進展状況を極力離さずにいたのである。
「で、博士、何のために僕らを招集したのですか?
ずいぶん急ぐようにってヒカリ…ちゃんから聞いたんですけど。」
「うむ。急がねばらなん、詳しい事は後だ。
というわけで、すぐにマサゴの砂浜に着いている船に乗ってくれ。」
「え?」
「すでに話はつけてある。早く乗るのだ。」
どうやら、森の調査結果だけは聞いて、早くコウキたちを次の調査に向かわせたいらしい。
そこまで大事な調査って、果たしてあるのか?…まあ、あってもおかしくはないか。
「…あれか?」
船が浮かんでいる。小さめだが小奇麗なボートだ。
「とりあえず急げって言ってたしなあ…走るか。」
「あ、ちょっとコウキ!?待ってよ〜。」
船の目の前につくと、博士の言ってた通り話はついており、
すぐさま船に乗せ、ボートは出発した。
2人とも船室にいる。操縦している船長(乗組員がこの人だけなので)とで3人だけ。
この船長、かなり若いが、どこか頼りがいのありそうな雰囲気をしている。
「…あの、博士から、何か聞いてられますか?
ていうか、そもそも俺たちはいったいどこへ向かってるんですか!?」
「ああ、ちょっと待っててね、もうすぐ操縦モードをオートに切り替えるから…これでよし。」
操縦席を離れ、コウキ達を別の部屋に案内する。
案内されたのはメインルーム。明るい色の部屋で、居心地もいい。
この船にはあとシャワールームと寝室があるらしい。
「で、君が噂のポケモンチャンピオンかい?」
「あの…あなたは?」
「俺の名前はどうでもいいだろ。それより、これからの事、だろ?」
「はあ…」
かなり若い、と言ったが、コウキより少し年が上くらいである。せいぜい15くらいであろう。
「ハギ老人のくれた船、流石だね。
さすが、性能も居心地も抜群、これならホウエンまですぐつきそうだ。」
「は、ハギ老人?(…誰だ?)
…って、い、今なんて!?」
「だから、ホウエン地方。君たちが今から行く場所だよ。」
はああああああぁぁぁぁ!?ホウエン地方!?
…えっと、シンオウのずっと南にカントー、その西隣にジョウト、…そのさらにずっと西にホウエン。
二千キロオオオオォォォ!?
「心配するなよ。1週間もしないうちにつくから。このエンジンの機能は」
「んなこと聞いてません!
なんでホウエン!?いきなりホウエン!?少しくらい前置きがあったって」
「…君にいち早く会いたかった、て言う理由じゃ駄目かな?」
目つきが変わった。
口元は笑っているが、コウキは一瞬で船長の実力を見切った。
「…何者ですか?」
「コ、コウキ?そんなに真剣な顔しなくても…」
「ヒカリ。
…この人には、一瞬の隙も見せちゃだめだ。」
「カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ。この4つの地方は、瞬く間に才能を開花させ、
旋風を巻き起こし、一気にチャンピオンまで上り詰めた少年が、それぞれの地方にほぼ同時期に現れた。
運命的な何かを感じるよね。」
「そりゃ、外部の人はそうやって面白がって見てますよね。」
コウキはあまりいい気はしない。自分の実力でチャンピオンになった自負がある。
運命だとか、流れだとか、そう言うので自分やポケモンの努力を否定するような事は言われたくはない。
だが、次の一言でコウキの眼光が変わった。
「そう不機嫌になるなよ。それに俺は、外部の人間じゃない。」
「ど…どう言う事ですか?…まさか…」
「…僕もホウエン地方のチャンピオン、っていえば、分かるかな。」
「ええっ、この人が!?」
コウキの瞳が変色した。覚醒状態に入った。
「コ、コウキ、この人はギンガ団でもJでも無いのよ!?」
「うるせえな、ヒカリ。黙ってろ。
…俺に何の用だ。答えろ!」
「ははは、威勢がいいね。まあ、そう言うのは虚勢の場合が多いけど…
…いや、君のその闘志は、本物だね。
でも、君をホウエンに送るよう指示したのは、まぎれもなくナナカマド博士だよ。」
「…何?」
「ホウエンのとある場所を調査したいんだけど、かなり危険な場所でね。
俺一人でも相当辛いし、かといって誰かに力を借りようにも、
相当の実力者でないと、かえって危ない。…そこで、俺は君たちの力を借りたい。」
確かに、そこまで危ない場所なら、
シンオウのチャンピオンに上り詰めたコウキに協力を要請するのは正しい考えである。
「…違うな。」
「え?
な、ナナカマド博士がそう言ってもおかしくはない…」
「確かにな。おそらく、ホウエンの研究所からこっちに要請があったんだろう。
…だが、あんたは内心どう思ってるんだ?」
「…そうかい、やっぱり見抜いていたか。
確かに、俺は自分一人でも何とかなると思っていた。君たちの力を借りたいとは思っていない。」
船長が立ち上がる。
「でも、君をホウエンに呼ぶことには、反対していないよ。
…なぜかは分かるよね。」
「…やってやろうじゃねえか!」
「うん、そうこなくっちゃね。
ここは船の上だから、下手すると船が持たない。
…お互い一番自信のあるポケモンで勝負するってのは、どうだい?」
「いいだろう、デッキにおいで。そこでやろう。」
船長がコウキとヒカリを連れていく。
「でも、大丈夫なの、コウキ?」
「何がだ?」
「だって、コウキ、ポケモンを預けたまま、受け取ってないじゃない!」
森の調査からそのまま船に直行したので、
ポケモンを受け取る余裕がなかったのである。が、
「勝てばいいんだろ…やってやる!」
「ほら、着いたよ。狭いかな?」
「…上等。十分なバトルフィールドだ。」
「とはいえ、床は木だからね、暴れまわると危ない。1対1のバトルでも、危ないね。」
「…じゃあ、どうするんだ?」
「たった1回の技の真っ向勝負で、勝負を決めるってのはどうだい?
…お互い、相当の実力の持ち主だ。1回の技で、十分トレーナーの強さは見えるだろ?」
「…いいだろう。」
本来、コウキのエースはドダイトス。
バトルではユキメノコやムウマージを使う事が多いが、強さ、存在感は圧倒的にドダイトスである。
…だが、そのエースは今不在。
「とりあえず、コウキの準エースのユキメノコやムウマージで…」
「いや、あいつらはトリッキー戦法が得意。…真っ向勝負だったら、間違いなく負ける。
ムクホークも、…実はまだブレイブバードを覚えてない。」
「で、でも、インファイトとか、」
「タイプ一致の最強技でないと、
…生半可な技じゃ、ホウエンのチャンピオンには勝てないさ。」
「どうした、作戦タイムか?
…それとも、怖気づいたか?」
コウキは何も言い返さない。
「…?」
「…ヒカリ、ここは賭けるしか無い。」
「え?…ちょ、ちょっと待って、そのボールは!
し、進化したばっかりでしょ!?そもそも、仲間にしたのもついこの間…」
「…こいつ、ヒノアラシの時に、すでに大技を覚えていたみたいなんだ。
おそらく、あのおじいさんが生前に残した技だと思う。
仲間にして、進化して間もないが、かけるしかない!」
「俺から行くぜ、いけ、バシャーモ!」
2mを超える大型のポケモン、バシャーモ。相当育てられている。
「俺が一番最初に貰った相棒さ、こいつで戦うぜ!」
「…俺はこいつだ。行け、バクフーン!」
背中の炎を燃え上がらせ、大きく吠える。
…だが、進化したばかりで、やはりエースのドダイトすには実力は及ばない。
バトルの経験も圧倒的にムウマージやユキメノコに劣っている。
そもそも、バーティーの中にバクフーンがいるのは、育ててレベルを上げている中途に他ならない。
「む、無理よ、絶対に勝てない!」
「今の話を聞いていたけど、、そのバクフーンはまだまだのレベルらしいね。
仲間にして間もない?この間進化したばかり?
そんなので俺のバシャーモに勝てるって言うのかい?…ブレイズキックだ!」
バシャーモの炎が燃え上がり、バクフーンに向かって走る。
そして飛び上がり、足からバクフーンに突っ込む。
「バクフーン、噴火だ!」
「何っ!?」
バクフーンがバシャーモに背中の炎を向け、そして、
「発射だ!」
バトルは始まったばかりなので、バクフーンは当然ダメージをくらっていない。
その状態に限れば、炎タイプ最強の技。
「バ、バシャアアアアアッ!」
飛び上がっていたので避けることが出来ない。まともに噴火に突っ込む。
「バシャーモ、真っ向勝負だ!
噴火を突破して、ブレイズキックをぶちかませえっ!」
だが、さすがはホウエンのチャンピオンのエースポケモン。
噴火を押し切り、バクフーンに一撃をお見舞いする。
「な、バクフーン!」
コウキの覚醒状態が解ける。コウキとヒカリがバクフーンに寄り添う。
「大丈夫?しっかりして!」
「…だめだ、僕の負けだ、船長。」
いかに大技でも、やはりバクフーンとバシャーモのレベルは違い過ぎた。
その上まともに真っ向勝負を挑めば、まず間違いなく勝ち目はない。
「ごめんな、バクフーン。」
「勝負あったな、捕まえたばかりだというのに、いいバクフーンだ。」
「御世辞はよしてください、負けは負けだ。…あなたの名前は?」
「…俺の名前は、ユウキだ。それじゃ、俺は船室に戻るから、何かあったら言ってくれ。」
そう言って、バシャーモとともに歩いて戻っていった。
「…ユウキ…さん…」
廊下を歩いているユウキ。
「よくやったな、バシャーモ。
…あのバクフーン、どう思った?」
「シャーモ…」
「進化したてで、レベルに差があるにしては、強かったね。
レベル以上の実力を発揮していた、そんな感じがしたよ。」
「シャモ。」
「レベル以上の実力を発揮させるコウキは、確かにおもしろい、相当の実力の持ち主だ。
あいつのエースポケモンはどこまで強いんだろ、楽しみだ。
ま、いずれにせよ、あいつの実力じゃ俺のエースには倒せないけど、な、バシャーモ!」
「シャー…モ!?」
バシャーモが片膝をついた。苦しそうにしている。
「おい、大丈夫か?!」
「シャー…」
どうやら、相当のダメージをくらっていたようである。
「…あのバクフーン、俺のエースを…コウキ、ここまで強いとはな…」
ユウキの心の中にあった、敵を褒める根拠であったはずの余裕は、驚愕に変わっていた。
シャワーを浴びて食事を済ませる。
船は夜間もオートパイロットで動くらしい。
「で、とりあえず寝室にはベッドは2人分しかないから…どうする?」
「あ、あたしたち一緒に旅をしてきた仲なんです。
できることなら、コウキと一緒の方がいいです。コウキと寝るのに慣れてるし、安心なので。」
「そうかい。
じゃあ俺はこのメインルームで適当に寝てるよ。それじゃ、おやすみ。
僕はもう少し操縦を続けるから、寝てていいよ。」
「「はい、ありがとうございます。」」
ユウキはそう言って部屋でメインルームを出ていった。
コウキもヒカリを連れて寝室に向かう。
「ちゃんとベッドは離して2つ置いているな。
ユウキさん、僕たちをからかう気は、ないみたいだ。よかっ…」
「でもないみたいね。」
1人用のベッドが2つ。そこは問題ない。
…だが、枕が片方のベッドに2つまとめておいてある。
「なんで知ってるんだ?」
「さあ。」
「ま、俺たちを見てそう言う風に感じたとしてもおかしくはないし、
俺たちをそういう関係にさせたいのかもしれない。もうそういう関係になってるけど。」
どっちにしろ、ユウキに手玉に取られている感は否めない。
「で、どうするんだ?
まあ、ユウキさんはのぞき見をするような人ではないがな。」
「もっちろん、舞台は整えてくれた。
やるに決まってるでしょ♪」
「素直なのは、いいことだ。
…って、多分ユウキさんは思っているだろうね。」
お互いがクスクスと笑う。
コウキがそっとヒカリを引き寄せ、唇を奪った。
「あん、ねえ、コウキ。」
「なんだ?」
「すごく強いトレーナーとかさ、ポケモンリーグのチャンピオンにもなるとさ、
…彼女持ちって当たり前なのかな?」
股間を弄られるヒカリ。唐突にこんな事を聞く。
確かに、そんなものかもしれない。
「もしそうだとして、それがどうしたんだ?僕には、立派は彼女がいる。」
「ううん、そうじゃなくて、ユウキさんも彼女いるのかなって。」
「お?ユウキさんに惚れたか?」
からかうコウキ。
ヒカリは必死になって否定する。
「ち、違うよ、そんなんじゃないってば!」
「ま、向こうは年上だしね、年上の彼氏ってのは確かに魅力だろうね。」
「だから違うって!」
「ヒカリくらい可愛かったら、告白したら付き合ってくれるかもな。」
「ち、違うよお、うわあああん!」
「ヒカリ!?」
コウキはからかっただけのつもりだったが、ヒカリを泣かせてしまった。
やり過ぎたか、コウキは後悔した。
「ご、ごめんヒカリ、言い過ぎた!そんなつもりで言ったんじゃ」
「あたしにはさ、コウキしかいないんだからさ、ぐすん、疑わないでよ!」
「ごめん、ごめんな、ヒカリ。」
コウキが必死に謝り、抱きしめ、頭をなでる。
次第にヒカリも泣きやんでいった。
「くすん…もう、大丈夫だから。元はと言えばあたしが悪い事は、ちゃんとわかってるよ。」
「ううん、僕が言い過ぎただけ。」
(悪いのはあたしなのに…本当に、優しいなあ。)
一安心のコウキ。
とりあえず、気になったことを聞いてみることに。
「…で、なんでそんな事を急に言い出したの?」
「え?あ、えと…なんでだろ。」
「へ?」
「いや、コウキ以外のチャンピオンに会ったのは、シロナさんを除けば初めてだからさ、つい、何となく…」
コウキ以外のチャンピオン、という存在に興味を持ったというわけである。
ユウキに興味を持ったわけではないので、とりあえずは安心した。
「おーい、朝だよ。」
その声で2人が目を覚ます。見上げると、そこにはユウキがいた。
…現在、2人は繋がったまま裸で寝ている、幸い布団はかかっていたが。
「ひええっ!!?」
「ちょ、ちょっとユウキさん、何を!?」
「いや、昨日の夜2人の様子を見に行ったんだけどさ、片方しかベッド使ってなかったし。
俺もできることならベッドで寝たいから、もう片方のベッドを使わせてもらったわけ。」
「待ってよ、ユウキさん!
お、女の子の寝室を除いて一緒の部屋で寝るなんて」
「でも、コウキと一緒にぐっすり寝てたじゃないか、今も寝てるけど。
だから、男の子と一緒の部屋や布団で寝ても、少々は気にしない性格なんだろうって思ってさ。」
「な、なにいってるんですか、そんなことないです!
あたしと一緒に寝ていい男の子は、」
コウキだけ、と言おうとして言葉を止めた。
「ん?」
「な、なんでもないですっ!」
コウキの胸に顔をうずめた。コウキはやれやれと言った様子で、
「ちょっといろいろ事情があるんで、
すぐに顔を出すんでとりあえず先にメインルームに行っといてくれます?」
「はいはい、りょーかい。」
ユウキもそこまで意地悪な人間ではない、やっていい事といけない事はちゃんとわかっている人間である。
人のベッドを覗くことがいい事だとも思えないが、しつこくからかわないだけマシ、である。
「今どのあたりですか?」
「今は、ジョウトのワカバタウンの沖合だね。」
あの日以降、ユウキはメインルームで寝てくるようになった。
そのおかげで2人は毎晩あまり声を立てないように情事に勤しむ事が出来ている。
あれから3日、船は順調に進んでいた。
「ずいぶん順調だよ、もうあと3日もあればつくね。…ん?」
「どうしました?」
「ポケナビのトレーナーコールが…ちょっと失礼。」
シンオウはポケッチとポケギアがトレーナーのサポートグッズとしてメジャーである。
一方で、ホウエンではポケナビを使うトレーナーがほとんどである。
「もしもし…ああ、ハルカちゃん!
あと3日でそっちにつくからね、その日がちょうど君の誕生日だから…間に合いそうでよかった。」
(はい、楽しみにしていますよ!楽しみでしょうがないですっ!)
「ははは。楽しみに待ってるんだよ。」
スイッチを切った。
からかわれた仕返しなのか、ヒカリがにやけながら追求する。
「あれえ?彼女ですかあ?」
「え?…ははは、さあね。」
「てれてるぅ、絶対にそうだあ!」
「はは、コウキくん、ちょっとこのあたりは岩場や岩礁が多いから、操縦が大変で。
ちょっと集中したいから、コウキくん、彼女を連れてメインルームに行っといてくれる?」
「あ、はい。
さあてヒカリ、いこーかー。」
「ちょ、ちょっとコウキ!ユウキさん、まだ話は終わってませんよ〜!
こら、彼女なんでしょ?答えなさーい!」
ヒカリを引きずって操縦室を後にする。
ユウキがそれを見ながら、クスッと笑う。
「…彼女、か。
それもまたよし、なのかもしれないな。やれやれ。」
「ちょっと、コウキ!?」
「あのなあ、デリカシーってのはないのか?」
「…それはコウキにも言えることかもしれないけど。」
「うっ。」
コウキもヒカリをからかって泣かせていた。人の事を言える立場ではない。
「で、コウキはどう思う?えっと、」
「確かハルカちゃんって言ってたな。…さあて、どうなんだろうね。」
「あ、その顔。何か見破ってるって感じ。」
ヒカリはコウキのその表情を見逃さない。
やれやれと言った感じでヒカリに説明する。
「ま、おそらくは彼女じゃない。」
「え?」
「今言えるのはそれだけだな。互いが互いの事をどうを持ってるかまでは分からない。」
「じゃあさ、じゃあさ、2人をくっつけましょうよ!」
(そんなことが趣味だったけ、こいつ。今回ホウエンに行く目的を忘れたのか?)
恋愛には女の子は敏感なもの。ヒカリもその例外ではないようだ。
そしてさらに3日後。
「おーい、見えてきたぞ、ホウエン地方が!」
その声に反応して、コウキもヒカリも急いで操縦室に向かう。
「ほんとだ、陸地が見えてきた。」
「トウカシティの砂浜だ。
近くに船着き場があるから、そこにとめるぞ。」
ユウキは舵を操りながら、猛スピードで砂浜まで迫った。
「とーちゃーく!さあ2人とも、船から降りて。」
「はーい。…やったあ、久々の陸地だ!」
船から降りての第一声。ずっと船上にいた以上、当然であろう。
「ユウキです。たった今トウカの船着き場に到着しました。」
(お疲れ様、今から迎えに行くよ。)
「はい、おねがいします。…よし。
2人とも、迎えが来るから、もう少し待ってて。」
「ああ、はい。」
遠くからエンジン音が聞こえてくる。
それも乗用車の音ではなく、なんかもっと凄そうなエンジン音。
「お、来た来た。」
「って、なんかすごいエンジン音…うわあああっ!」
猛スピードで突っ込んできて、急ブレーキ。
「なんなんですか、この荒っぽい運転は。」
「はっはっは、ごめんごめん、つい癖でね。
僕の名前はオダマキ、君はコウキくん、だよね。よろしく。」
「は、はあ…よろしくお願いします。」
さっそくオダマキ博士が乗るように言った。いやな予感はしたが、乗らないわけにもいかないので乗ることに。
そして、やっぱりその予感は当たる。
「きゃああああああっ!」
「は、速い、速すぎます!」
トウカシティにつくまでの十数分、猛スピードにさらされ続けた。
「ここがトウカシティか。博士の研究所はどこです?」
「ああ、僕の研究所は、ミシロタウン、ってところにあるんだ。」
「あれ?じゃあ、なんでこの街に?」
「この街のジムリーダーのところで、今回の用事についていろいろやりたいんだ。
そこには、新人トレーナーも待ってるしね。」
「新人トレーナー?」
「君もそんな時期があったんじゃないかな?」
僕の場合、偶然が重なっただけで、研究所からポケモンをもらえるはがきとは来なかったんだけど。
と思いつつ、話を聞く。
「普通の新人トレーナーは僕の研究所のところまで来るんだけど、
ユウキくんがトウカに帰ってくるって聞いて、だったらついでにその新人トレーナーがいる
トウカシティにみんなを集めよう、ってことにしたのさ。
新人トレーナーが足を運ぶ手間も省けるし、船着場からはミシロよりトウカの方が近い。」
「ふーん…」
「僕の友達が、トウカのジムリーダーをやってるってこともあるしね。」
「ああ、それでジムに行くって言ったんですか。」
そんな話をしながら歩き続けると、江戸時代の大名屋敷のような建物についた。
「ここだ。さあ、中に入ろう。」
「「おじゃましまーす。」」
中に入って、廊下を少し進むと、バトルフィールドがあった。
おそらくジム戦で使うためのものだろう。
フィールドの向こう側には男の人が立っている。
「おお、来た来た。」
「ご無沙汰してます、センリさん。こいつが、シンオウのチャンピオン、コウキです。」
「ほう、なかなかいい顔をしているな。
ぜひポケモンバトル…といいたいところだが、そうも言っていられない。」
「例の調査、早い方がいいですからね。」
センリとユウキの話をただ棒立ちで聞いている2人。
…後ろから足音がした。思わず振り向く。
「あっ!…。」
「ん?誰だ?」
部屋の入口から誰かがのぞいていた。コウキが振り向くや否や、入口の陰に隠れる。
もちろんコウキが見逃すはずもなく、すたすたと歩いて入口に戻る。そして左を向くと…
がちがちに固まったまま立っている女の子が目の前にいる。
コウキやヒカリより一回り小さく、年下のように見える。
赤いバンダナと左右に伸びているツインテールが印象的。
「君は?」
「あ、えーっと、その…」
何事かと思ったのか、ヒカリもその場に来た。
「…あなたは?」
「あ、その、えーっと…」
さらにコウキとヒカリが入口付近に戻っていったことに何事かと思い、
ユウキやオダマキ博士、センリもその場へ足をあこぶ。
「あ、パパ、ユウキさん!」
「ハルカか、どうした?」
「なんかジムの方から声がしてね、なんだろうと思ったら、…その人がこっちに振り向いて…」
「ああ、驚かせちゃったようだね、ごめん。
僕はコウキ。隣にいるのは、ヒカリだ。」
「よろしくね、ハルカちゃん!」
笑いながら謝る。
だが、ハルカの目はユウキの方へと向いていた。
「ユ、ユウキさん、お久しぶりかも!」
「ああ、ハルカちゃん、久しぶり。俺が最後にトウカに立ち寄った時以来かな。」
「はい、チャンピオン、おめでとうございます!」
満面の笑みで頬を少し赤らめながら祝福する。子供のあどけなさが全開の、和むような笑顔。
「ユウキさん、この子は?ハルカちゃんって…」
「さっきパパって言ってたじゃないか、センリさんの娘さんだよ。
昔、まだお互いがミシロタウンに住んでいたころによく遊んでてさ。妹のようなものさ。」
「いまでこそセンリと一緒に暮らしているが、昔はハルカちゃんはミシロに住んでいたからね。
僕はミシロに研究所と家を構えているから、しかもハルカちゃんと家が隣同士だから、
おとなりさんでよく一緒にコウキと遊んでたというわけ。」
オダマキ博士がそう言った。
コウキが10歳になったとき博士からアチャモを渡され、旅に出た、というわけである。
ポケモン修行に明け暮れてほとんどトウカやミシロに帰ってこなかったらしいが、
ハルカとはちょくちょく連絡を取っていたようである。
「へえ、そうだったんですか…ん?
ユウキさんって、オダマキ博士の子どもって事?」
「あれ、言ってなかったっけ。」
「…というわけで、ここの研究をしているんだが、いかんせん危険な場所だ。」
全員が居間に集まり、博士の説明を聞いている。
「そこでユウキくんにここの調査を頼みたいのだが、1人では危険かもしれない。」
「まあ、だからコウキを招集したわけだけど、…俺一人でも十分だけどなあ。」
「失礼だろ、コウキ。」
「いえいえ、構いませんよ。僕は言われたように動くまでです…?」
ふと、ユウキの隣に座っているハルカの様にがおかしい事に気が付く。
「さっきからどうしたんだい、ハルカちゃん?」
「あ、ええっと、その…」
(もしかして、ハルカちゃんったら…)
ヒカリがにやけならがハルカを見つめる。ユウキの事が気になっていると思ったのだろう。
だがハルカの答えは違った。
「ポケモン…早く欲しいかも…」
「…へ?」
一瞬シンとする。そして、オダマキ博士が、思い出したように言った。
「そうだ、ハルカちゃんに、初心者用ポケモンを上げないと!」
「おお、そう言えばそうだったな。」
センリも思い出したように言う。
忘れられてたショックで、ハルカは涙目。
「ま、まさか、博士が言ってた新人トレーナーって…」
「ああ、ハルカちゃんだよ。
さあ、新しいポケモンを選んでもらおうか。」
「はいっ!」
博士が3つのボールを取り出す。
ハルカはもうどれにするかを決めていたようで、迷わずボールを手に取った。
「出ておいで、アチャモ!」
ボールが開き、光が放たれ、ポケモンが形作られる。
「…。」
「これ、どう見てもキモリなんだけど…」
「アチャモのモンスターボールは、こっちだよ。」
「あ、あはは、間違えちゃったかもー?」
気を取り直してボールを投げる。今度こそアチャモが出てきた。
「でも、なんでアチャモにしたの?」
(あ、これはもしかして、ユウキさんとお揃いに…)
ヒカリがそう推測した。
しかし、コウキと違って、ヒカリはどうも考えていることが的外れである。
「あ、はい。
アチャモが可愛いからです!」
「チャモ〜。」
アチャモが嬉しそうになついている。
女の子なら、だれでも3匹の中では一番可愛いアチャモを選ぶだろう。
ここにまた、一人のトレーナーが誕生した。
「それじゃ、そろそろ俺は調査に出発しますが…」
ユウキが渋い表情でコウキを見る。
「…まあ、気持ちはわかりますよ。」
「話が通じるから、助かる。」
ユウキのプライドが、一人でできる、助けを借りたくない、と言っているのである。
「とりあえず調査の荷物の最終確認をしてくるから。」
そう言って部屋を出ていった。
「すまないね、うちのユウキ、自信を持つのはいいんだけど、ちょっとそれが行き過ぎて…」
「いえいえ。気にしないでください。
ちょっと最近疲れ気味なので、確かに足を引っ張りかねないですから。」
入院で衰えた体力はまだ戻っていない。
確かに苛酷で危険な場所では、いかにコウキでも何が起こるか分からない。
「しかし、わざわざシンオウから来たって言うのに、なにもなし、って言うのも悪いし…」
その一言に、ハルカが身を乗り出した。
「え、シンオウ!?すごいかも。」
「ヒカリも、シンオウ各地を旅してたんだよ。」
「すごい、すごいかも!コウキさん、ヒカリさん!」
「あ、あはは、照れちゃうかな。」
目を輝かせるハルカ。
コウキ、ヒカリより一回り小さい少女に見つめられると、恥ずかしい気分になる。
「えへへー。早くわたしも、ユウキさんやコウキさんやヒカリさんのように、
立派なポケモントレーナーにならなきゃ!」
「それじゃあハルカ、そろそろいくか?
パパとは、ハルカがもっと強くなってから、ジム戦をしよう。」
「うん、パパ!」
「荷物の準備はできてるか!」
「大丈夫かも!それじゃ、行ってき…」
行ってきますと言い切れずに、不安そうな顔でうつむく。
「ん?どうした?」
「いや、大丈夫かなって。ちょっと不安かも。」
「大丈夫だって、あたしも最初はポケモンと息合わせられずに苦労したけど、」
「ううん、違うの。
ちゃんと旅が出来るのかなって。どこにでもポケモンセンターがあるわけじゃないし、
野宿のとき、ちゃんとキャンプできるかとか、ポケモンたちの世話できるかとか…」
(う…あたしもそうだったりして…
ほとんど携帯食料で済ませてたからなあ…テントはるの苦手で、野ざらしのまま寝袋だったからなあ…)
ハルカの不安の言葉、ヒカリには自分の事なので意外と答えている。
まあ、ヒカリも今はコウキがすべてやってくれているので問題ないのだが。
「うーん…そうだ、コウキくん、ヒカリちゃん、
どちらかがしばらくハルカと一緒に旅してくれないか?」
「え?」
「そうだ、それがいい!」
「パパ、わたしもそうしてほしいかも!」
博士とセンリの間でとんとん拍子で話が進む。ハルカも大賛成。
コウキも悪い顔はしていないようで。
「そうですね、ユウキは僕たちの力をなるだけ借りたくないって言ってるし、
そうなると僕たちは暇だし、ちょうどいいや。」
コウキも快く了承する。
となれば、おのずとヒカリもそれについていく、という事になる。
「あ、コウキが行くなら、あたしも行く!」
「ああ…2人ともついていく、ってのはダメだね。」
「え?」
「ナナカマド博士に要請しておいて、2人とも調査に不参加でした、ってわけにはいかないんだ。
一応こっちにも立場ってのがあるからね…
それになにより、いくらユウキが嫌がっていても1人で行かせるわけにはいかない。」
親心、である。
ユウキ1人では、危険すぎて行かせるわけにはいかないのである。
「それじゃあハルカ、どっちかについていってもらいなさい。」
「…。」
「?…どうした、ハルカ。」
「えっと、えっとね…お料理が得意なのは、どっちですか?」
「へ?」
驚きな質問。どっちについていくかの判断材料が、そう言うものになるとは思わなかった。
普通なら、同性のヒカリを選ぶものなのだが。
「ははは、ハルカは食いしん坊だからな。」
「パ、パパァ…」
「料理なら、やっぱりアタシよりコウキだね。いっつも作ってもらってるから。」
「じゃ、じゃあ、料理の上手なコウキさんと!」
「ぼ、僕?てっきり女の子同士でヒカリを選ぶと思ってたけど…」
「い、いやですか?」
「そんな事はないよ。新人トレーナーと一緒に旅するのは、面白そうだ。」
コウキは笑顔で了承した。
…ヒカリは、ショックな顔をしていたが。
(…な、なんか、…悲しいよお。)
ジムの玄関前で見送ってもらう事に。
「しかし、コウキくん。なにもハルカちゃんに合わせることもないんだが…」
「いえ、初心に戻って、バクフーンだけで行きます。
まだこいつ、ハルカちゃんのアチャモと同様仲間にしたばかりで、まだよくこいつを知らないので。」
モンスターボールを見せてそう言った。
確かに、強力なポケモンをポンポン出していたらハルカはやりづらいだろう。
そこへ、荷物の準備を終えて玄関から出てきたユウキに出くわした。
「おや、ハルカちゃんもいよいよ冒険に出発か。
…なんでコウキが隣にいるんだ?」
「ああ、ユウキさん。僕も、しばらくハルカちゃんと一緒に旅に出るんです。」
「へえ、それはいい。ハルカちゃんも勉強になるだろう。」
「それでユウキ。
流石に今回の調査は危険な場所だ、お前ひとりでは行かせられない。」
オダマキ博士がそう言う。
「でも、コウキはハルカちゃんと一緒に行くんでしょ?」
「だから、ヒカリちゃんに手伝ってもらいなさい。いいよね?」
「はい、勿論です、そのつもりで来たんですから!」
「それじゃあ、頼もうか。よろしくね、ヒカリちゃん。」
「はいっ!
…。」
ヒカリが気付かれないようにちらっとコウキを見る。
(そういや、お互い異性とタッグを組むことになるんだよな…
ヒカリはユウキをからかっていた以上、間違いなくユウキさんを想っているだろう。
恋は人の心を豊かにする、だからそれでもかまわないし、僕を裏切ることはないだろう。)
(コウキ、ハルカちゃんの事を気にしているのかな…
まあ、あたしはコウキを信じてるし、仮にハルカちゃんがコウキの事を好きになったとしても、
コウキが人から好かれるのは、あたしは嬉しい。…でも、)
((信じているんだけど、疑ってるわけじゃないけど、心配だ…))
相手を想うのはいい、相手に想われるのももちろん構わない。
ただ、結ばれるのは…ないとは思うが、それでも結ばれたりしたらショックどころでは済まないだろう。
お互いにとって、ヒカリにはコウキしか、コウキにはヒカリしかいないからである。
ともあれ、コウキも、ヒカリも、ユウキもハルカも、それぞれの道を歩きはじめた。