コウキはとあることを思い出していた。  
ヒカリを救うために、雨の中手負いの状態で必死にヒカリを探しだした事。  
そのあと、エムリットからヒカリとセックスするという極上のご褒美をもらったこと。  
 
…あの時に似ていないか。  
姿の見えないヒカリを助けるために必死に追っている自分の姿が。  
「コウキ、どうしたの?」  
「え?ああ、昔の事をちょっと思い出してね。」  
もっとも、追っているのはコウキの足ではなくムクホークの翼なのだが。  
1,2mほどの小柄な体にもかかわらず2人を乗せて飛んでいるという事は相当鍛えている証拠である。  
「しかし、いったいどこだ?  
 128番水道としかいってなかったし…そもそもここはどこだ?」  
ちなみに現在位置は124番水道。ミナモシティの少し東である。  
しかし、このまま爆進したらホウエン地方を突破してしまう。  
 
「まいったなあ…って、ハルカ、お前がポケナビ持ってるじゃないか!」  
「え?あ、そっか。」  
「さっさとそれを…ん?」  
向こうから白い何かが飛んでくる。  
「…トゲキッス?もしかしてヒカリのか!おーい!」  
ムクホークとトゲキッスが合流。トゲキッスが何か紙袋をくわえている。  
とりあえずそれを受け取り、ハルカをトゲキッスの背中に乗せる。  
トゲキッスが先導し、ムクホークがそれについていく。  
 
「これは…技マシンだ。…いや、これは秘伝マシンだな。…8?ロッククライム?」  
ロッククライムくらい持ってるよ。  
…と言いたいところだったが、この秘伝マシン、水色である。  
「ロッククライムは白色のはず…あ、手紙が付いている。」  
『これはダイビングだよ、これを使ってね ヒカリ』  
紙袋の中にはモンスターボールも入っている。おそらくトゲキッスのボールだろう。  
 
「ああ、なるほど、これで潜れって言うのか。それじゃ、さっそく誰かに覚えさせて…」  
と思った瞬間に気がついた。…シンオウには当然この秘伝マシンは出回っていない。  
となると、非戦闘時に秘伝技を使うための対応バッジを、コウキは持っていない。  
「やば…ヒカリー!肝心な事が抜けてるぞー!  
 バッジがなけりゃ、ポケモンは非戦闘時では秘伝技は使えねーんだよー!」  
当然、悲痛の叫びはヒカリに届くはずもなかった。  
 
 
 
「〜♪」  
「この非常時に楽しそうだね、ヒカリ。」  
「もうすぐコウキに会えますから。」  
「そんなに好きなのか?あいつが。」  
海底洞窟の奥へと進んでいく。途中にポケモンはいないのですいすい進める…  
とも思ったが、自然界の迷路が行く手を阻む。  
計画的に押さないと前に進めないようになっている岩の数々、波乗りをするポケモン達を押し戻す海流。  
 
それでもそれらのパズルを何とか潜り抜けると、  
「ふう、なんとかたどり着きましたねー。」  
「ああ、苦労し…隠れろ!」  
そこにいたのは、コウキとハルカが出会った集団と、同じものだった。  
 
 
「まったく、設計図を手に入れるのをガキに妨害されたおかげで、  
 潜水艦ごと奪ってこなきゃならんとはな…」  
「アオギリ様、カイオーガと見られる反応があちらに!」  
「そうか。イズミ、ウシオ、行くぞ!」  
 
 
「カイオーガ?ユウキさん、なんですかそのポケモン。」  
「…思い出した!クスノキさんに聞いた、海底洞窟にいる伝説のポケモンの名前!  
 確か、カイオーガだった!伝説は本当だったのか?」  
「ど、どんなポケモンなのか分かります?」  
「…一説では雨雲を発生させ大雨を降らせ、ホウエンを一面海に沈めてしまおうとしたポケモン。  
 多分、あいつらはその力を使って何かしようと…」  
「そんなことになったら、ホウエンが海に沈んでしまいますよ!」  
やはりヒカリの予感は当たっていた。  
パルキアの時と同じ、危機的な状況。  
 
「あいつらを止めよう、行くぞ!」  
「はい!」  
ユウキとヒカリは、アクア団を追っていった。  
 
 
その頃。  
「やっべー、ジムバッジがない以上、ポケモンは非戦闘時に秘伝技を使えない…」  
「こ、こうなったら、コウキの実力をもってすれば、ジムバッジなんて簡単に」  
「そんなチンタラやってたら、ヒカリが死んじまうぞ!」  
海底洞窟上空のポイントに来た。  
下は見渡す限りの海。  
 
「あーあ、マジでどうしよう…  
 もしこれでカナズミのジムバッジがダイビングとリンクしてたりなんかしたら、  
 俺はとんでもない早とちりを…」  
カナズミを出て数時間たっていた。  
数時間ヒカリが危険な海底洞窟の中で持ちこたえられるかどうかすら心配なのに、  
これ以上他の場所に行く時間などない。  
「…待てよ、ポケモンは非戦闘時に秘伝技を使えない…そうだ、これだ!」  
「え?」  
「秘伝技の鉄則であるこの難点を、逆用するんだ!」  
 
 
 
「…いた!」  
海底洞窟の最深部。約3名、おそらくリーダーと幹部であろう3人が、目の前に見える水面を見ている。  
ユウキとヒカリが追いかける途中数人アクア団の邪魔が入ったが、その都度蹴散らした。  
「いつ出る?」  
「早い方がいいが、もう少し様子を見よう。」  
 
「…この紅色の珠があれば、カイオーガをコントロールできる。」  
「マツブサ様、では、お願いします。」  
「ああ。」  
 
「やめろ!」  
様子を見るつもりだったが、この言葉を聞いてユウキは飛び出した。  
紅色の珠を発動されたら、カイオーガが目覚めてしまうとわかった以上、何とか発動を止めないといけない。  
「なんだ、お前は。」  
「悪いが、カイオーガを目覚めさせるわけにはいかない。ホウエンが滅茶苦茶になる。」  
「ガキには分からんだろうな。われわれのなす素晴らしい事が。  
 邪魔をするなら消えてもらおう!やれウシオ、イズミ!」  
「出てきなさい、クロバット!」  
「こいや、サメハダー!」  
「ヒカリ、手伝ってくれ、頼むぞヘラクロス!」  
「エンペルト、がんばって!」  
 
2vs2で対峙する。  
だが、ポケモンチャンピオンであるユウキの強さは、圧倒的だった。  
 
「なに、やられた!」  
「く…」  
「さあ、その珠を渡して、さっさと立ち去れ!」  
「ふん、そう簡単に…?」  
アオギリの持っていた珠が、勝手に輝きはじめた。  
「おお、アオギリ様!」  
「いや、俺は珠をコントロールしてないのだが…」  
「おそらく、カイオーガに近付いたことで、反応しているのでしょう。  
 スイッチだけは自動で作動して、あとはアオギリ様がコントロールを…」  
 
バッシャアアアン!  
 
「あ、あれは!?」  
「ユ、ユウキさん、あれがもしかして、カイオーガなんじゃ?」  
カイオーガが水面から姿を現し、そして吠える。  
「ぐお…な、なんだ、この威圧感は…」  
「アオギリ様、カイオーガをコントロール…」  
「で、できない!どう言う事だ!」  
どうやら、カイオーガを操るのが目的だったアオギリの、予想外の事態になっているらしい。  
「ギシャアアアアアアッ!」  
「ぐああああっ!」  
アクア団の3人に、カイオーガのハイドロポンプが炸裂。  
入ってきた入口の方へ押し戻されてしまった。  
 
「おっと!」  
このとき、おもわずアオギリが吹っ飛ばされた時に手放した紅色の球が、ユウキの方に飛んできた。  
何とかキャッチするが、カイオーガが今度はこちらを向いた。  
「まずい!」  
「ギシャアアアアアッ!」  
今度は2人にハイドロポンプを放つ。  
「く、このパワーは、抑えきれない!」  
「バトルアーマーに装着した、守るの効果を発動!」  
2人をシールドが包む。何とかしのいだ。  
 
「くそう、諦めぬぞお!」  
出入り口の方から声が聞こえる。おそらくはカイオーガにしつこく食い下がるつもりなのだろう。  
だが、  
「な、入口が崩れた!」  
洞窟が揺れ始め、出入り口が崩れて岩で封鎖されてしまった。  
「し、しまった!」  
「これじゃあ俺たちは出られない!」  
一方、アオギリの方も、  
「アオギリ様、ここは危険です!  
 部下の報告では、外は予想外の大雨で、このままこの洞窟にいるのは危険との事です!」  
「ぐう…仕方ない、外へ避難する!」  
 
それらの会話を、ユウキとヒカリは一部始終聞いていた。  
「そ、そんな…い、入り口を封鎖している岩を壊して、私達も…」  
「カイオーガは完全に怒っている。俺たちを狙っている。  
 攻撃され続けたら、岩を壊す暇なんてない!」  
もう1度ハイドロポンプを撃ってくる。  
「よ、避けろ!」  
辛うじてかわすが、岩に大穴があいていた。  
「そ、そんな…」  
「なんてパワーなの…そ、そうだ!これを逆用すれば!お願い、エテボース!」  
 
エテボースで何をするつもりなのか。  
ヒカリはエテボースに封鎖された入口に立つように指令。  
「エテボース、挑発!」  
「そうか、そういう事か!」  
「ギシャアアアアアッ!」  
ハイドロポンプが飛んでくる。エテボースがかわす。  
「あのパワーを利用して、入り口をハイドロポンプで粉砕させるつもりか!」  
だが、伝説のポケモンは、2人の想像を超えていた。  
 
ハイドロポンプが入口の手前で曲がり、エテボースの方へ。  
「…ま、曲がった!?ハイドロポンプを、コントロールした!?」  
「そんな!え、エテボース!」  
不意を突かれて命中。エテボースは目を回して倒れている。  
「も、戻って!」  
「こうなったら、戦うしかない!俺だって、ポケモンチャンピオンの称号を持ってる。  
 伝説のポケモンであろうと、そう簡単に負けるもんか!行け、ヘラクロス!」  
「あたしも戦う!出ておいで、エンペルト!」  
 
…その考えもまた、甘かった。  
カイオーガの圧倒的な力の前に、次々手持ちがやられていく。  
ヒカリはすべてのポケモンが戦闘不能になり、目の前が真っ暗になって気絶している。  
ユウキの最後に残された、エースポケモンであるバシャーモももはや満身創痍。  
「く、…もう、だめだ…  
 この崩れゆく洞窟とともに、俺は…」  
カイオーガが大きく息を吸い込む。とどめのハイドロポンプを放つために。  
バシャーモは立っているだけで精いっぱい。もはや、かわす力すら、残っていなかった。  
(…終わった…)  
 
 
「ウッドハンマァー!!」  
突然、岩に封鎖された入口が爆発した。  
「なんだ!?」  
そこから、緑色の塊のようなものが、カイオーガに突っ込んでいく。  
「ギシャアアアアッ!」  
不意を突かれ、カイオーガは水面から沈んでいく。  
「あれは…ドダイトス!まさか…」  
「よお、ユウキさん、相当苦戦されてたみたいで。」  
「なんてパワーだ…入口ごとカイオーガを吹っ飛ばすとは…」  
「僕だってチャンピオンなんですよ。僕のポケモンだって、強い!  
 …ヒ、ヒカリ!?」  
ヒカリが倒れているのに気付く。  
 
「…ポケモンをすべて失って気絶しているだけか。それなら…」  
モンスターボールを手渡す。  
ヒカリ自身のポケモンでなければ意味がないが、幸いヒカリが案内役として送っていたトゲキッスがいた。  
「う…うーん…」  
「お、起きたか、ヒカリ!」  
「コ、コウキ?」  
「助けに来たよ。ごめんな、こんな目に合わせて…」  
「コ、コウキぃ…」  
目が涙ぐんでいる。コウキに会えたことが、コウキが助けてきてくれた事が相当うれしいようだ。  
コウキの背中に腕をまわし、抱きつくヒカリ。  
 
「ハルカ…」  
「だ、大丈夫ですか!?」  
「お、俺は恐怖に体が動いてないだけだ。ダメージを受けているのは、バシャーモの方だ。」  
「もう大丈夫です。わたしが、ユウキさんを助けるかも!」  
「へっ…新米トレーナーに助けられるようじゃ、ポケモンチャンピオンとしておしまいだな…」  
 
洞窟が崩れ始めた。  
「キノガッサ、コウキを背負って!」  
「ヒカリ、僕の背中に乗って。」  
ドダイトスがぶち抜いた入口から脱出する。  
全力で走り続ける。  
 
「そういやあさ、ヒカリ。ダイビングの秘伝マシン渡されても、俺バッジ持ってないんだけど。  
 バッジを持ってなければ、ポケモンは非戦闘時に秘伝技を使えないからな。」  
「え…」  
「よーするに、ダイビングのマシン渡されても、それだけじゃどうあがいても来れないの!  
 まったく、肝心な事を見逃してる…」  
「ご、ごめん…  
 でも、じゃあどうやってここに来たの?」  
「ポケモンは非戦闘時に秘伝技を使えない…  
 一見逃れようのない難点だが、このルールには盲点があったのさ。」  
ヒカリは首をかしげる。  
 
「逆を言えば、非戦闘時に秘伝技を使えないのは、ポケモンだってこと。」  
「そ、そうか!」  
「そう。ポケモンは、ね。ポケモンが使えないなら、僕たち人間が使えばいい!  
 バトルアーマーで僕自身が使うのは、このルールの限りではない!」  
「コウキ、海底洞窟の入口に戻ってきたかも!」  
「よし、ギャラドス、戦闘不能状態で悪いが、もう一仕事ダイビングを頼む!」  
「秘伝マシン8、ダイビング発動!」  
ユウキとハルカはギャラドスで、コウキはヒカリを抱いてダイビングで海底洞窟を脱出した。  
 
とりあえず水深3cmの海(と言うより陸地同然だが)に足をつける。  
コウキとハルカはともかく、一度意識を失っていたヒカリはもはや体力の限界で立てる余力はない。  
ユウキも立っているのがやっとである。  
「カイオーガをなんとかせにゃならんが、とりあえずヒカリを安全な場所へ避難させるのが先決だな。」  
「あ、あたしは…だ、大丈夫だから…  
 仮にだめでも、ほっといたって、あたしは…」  
「はいはい、今まで何度そういう事を聞いたやら。  
 そういう思いやりは、全然思いやりじゃないって事は何度も言ってるだろ。」  
そう、ホウエンが沈もうが、ヒカリさえそばに入れればそれでいい。  
乱暴な考え方だが、これがコウキと言う少年の信念。  
口調からしてもその考え方からしても、コウキは若干覚醒状態に入っているのであろう。  
 
「俺たちにとっては大事な故郷なんだが。」  
「そうですか、俺にとっては故郷はシンオウなんでね。  
 水底に沈むだけならまだましですよ、水底に沈む建物とか、あなたたちが生きた証拠は残るんですから。  
 僕たちのシンオウ地方は、空間そのものが崩壊しかけたんですからね。」  
(い、言ってる意味がさっぱりわからないかも…)  
「ただ1つ言えることは、あの時のパルキアの目とカイオーガの目が、違う事。  
 ありゃあ対峙して収まるようなもんじゃないな、実力で何とかしないと。」  
パルキアとも、ヒードランとも、コウキは戦っていない。  
戦って勝てる相手かどうかは微妙だったが、コウキは伝説のポケモンと戦ったことはない。  
 
「しかし、いよいよ戦う時が来たか…満身創痍のヒカリやユウキさんには、無茶なことだ。  
 …でも、ヒカリはついてきたいんだろ。」  
「うん…何度も何度も、あたしの事そっちのけで無茶してきたから…  
 それを許してきたのは、その時そばにいたからだもん。  
 あたしがいないところで、危険なことして、心配させないで。」  
「つーわけでユウキさん。ハルカを連れて、ルネまで来て下さい。  
 おそらく元凶はあそこかと。ほら、雨雲の渦の中心はちょうどルネ上空にあります。」  
ユウキは何も言わずにうなずき、もう一度ギャラドスを出して波乗りを指令。  
ハルカと一緒に先にルネへと向かった。  
 
コウキはヒカリを抱えあげる。  
「さて、僕たちも行こうか、ヒカリ。…?」  
「ん…ここんとこエッチどころか、キスもしてなかったでしょ?」  
そっと唇を奪うヒカリ。  
キスをし終えるとコウキはビーダルを出して、ヒカリを抱えたまま波乗りでルネに急行。  
 
「こ、これは…」  
ユウキが一足先にダイビングでルネに到着。  
水上に上がるやいなや、彼が見たのはカイオーガが暴れ狂っている姿だった。  
「ギシャアアアアアッ!」  
「まずい!」  
「君は…ユウキくん!早くこっちに!」  
カイオーガのハイドロポンプを辛うじてギャラドスはかわす。  
ユウキの姿をみて陸地に上がるように言った人物―ルネジムのリーダー、ミクリの指示通りに、  
大急ぎで上陸しギャラドスを戻す。  
 
「…酷いですね…」  
「ああ、そういえばユウキくん、きみの体もガタガタじゃないか。」  
「ユウキさん、さっき海底洞窟でカイオーガと戦ってたのかも…」  
「何?じゃあ、戦える状況じゃないな…ポケモンセンターに避難するんだ!」  
「…わかりました。」  
(あれ?チャンピオンのユウキくんだったら、この場合戦うとか言い出すと思ったんだが…  
 素直に言う事を聞いてくれたのはいが、ちょっと様子が変だな。)  
今の自分のこの状態では、何もできないことをユウキは悟っていた。  
そしてもう1人のチャンピオン、コウキに全てを賭ける覚悟をしていた。  
 
ハルカにコウキの事を聞いたミクリは、  
「となると、ユウキくんはもうコウキくんにすべてを託すことにしたわけか。  
 …早く到着してくれ…」  
ミクリの手持ちも実は全滅していた。ポケモンセンターで回復してもらっているが、まだ治りきっていない。  
そうこうしている間にも、カイオーガのハイドロポンプが町を破壊していく。  
家は激しい水圧で穴が開けられ、低地に生えている木は大波で流され、  
ルネ市民はほぼ全員、位置的な関係でハイドロポンプが命中しないゆえに安全なポケモンセンターに避難している。  
 
「…来た!コウキ!」  
そして、水面からようやくコウキが顔を出した。  
「ビーダルごくろうさん!さあ、あともう一息だ、ハルカのいる岸まで上がってくれ!」  
「あの男の人は?」  
「写真で見た事がある、確かルネジムのジムリーダーだったはずだ。」  
シンオウにもミクリの名が知れ渡っていたおかげで、コウキもミクリの事は知っていた。  
だが今はそれどころではない。  
「君がコウキくんだね?」  
「はい!ここは俺がやれるだけやってみます!」  
「今の僕は足手まといだ、君を信じて、避難しておくよ。彼女たちも連れていくね。」  
「いえ、結構です。ヒカリもハルカも、俺のそばに置いておきます。」  
ミクリが少し驚く。  
彼女たちの実力がどの程度か分からないが、そばに置いておいたらそれこそ足手まといになるはず。  
だが、コウキは何か考えを持っているのだろう、そういいきかせてミクリはその場を去っていった。  
その際、コウキに頼まれて同時に3人の荷物も預かった。  
 
「…さあて、どうするか。とりあえずカイオーガは怒っている。  
 今にも俺たちにハイドロポンプをふっかけてきそうだ…」  
「やっぱり、戦うしか無いの?」  
「…そうみてえだな、ヒカリ。俺も今回は最初から全開で言った方がいい見てえだ…」  
守るの技マシンを差し込む、伝説のポケモンともなると、バトルアーマーの攻撃技が効くはずもないからだ。  
今回はポケモンを信じて戦うのみ。  
だが、優しい心を残して戦って勝てる相手ではない。コウキの瞳は赤くなり、覚醒状態に入っていた。  
(もう、これでコウキは、カイオーガに対して容赦はしない…)  
「お前を眠りから起こしたのは俺たち人間だ、悪いと思っている。  
 だがな、その報復にしちゃやりすぎだ。てめえをぶっつぶす!」  
開口一番、ドダイトスをボールから出す。  
ドダイトスが背中からカイオーガに突進。  
 
「ウッドハンマー!」  
見事に命中。この攻撃が効かないはずがない。  
よろけるが、すぐさま体勢を立て直し、ハイドロポンプを撃つ。  
「ドダイトス、よけ…え?」  
なんとカイオーガがハイドロポンプを放ったのは、コウキの方だった。  
「まずい、守るだ!」  
バトルアーマーがバリアを張る。  
とりあえず防いだが、カイオーガはこちらへを向かってきた。  
「俺たちを狙っているんならそっちのほうが好都合だ、ドダイトス、背後からウッドハンマー!」  
 
これも決まる、背後から不意を突かれて体勢を崩す。  
だが、それでもカイオーガはコウキ達に向かって進んでくる。  
(どう言う事だ?狙いは人間である俺たちなのか…?  
 守はもう使えない、かわすしか無いか…)  
「ギシャアアアアアアッ!」  
「何!?冷凍ビームが使えるのか!」  
予想外の攻撃に、避けることを忘れていた。  
コウキとハルカに直撃する。だが、直撃したのは、足だった。  
 
「くそ、足を凍らされて、氷が地面にくっついてるんじゃ、動けねえ…」  
「つ、冷たいかも…」  
「コウキ!」  
ヒカリだけは冷凍ビームが当たらなかった。…いや、カイオーガが、当てなかった。  
「くそ、カイオーガの狙いは、やっぱり俺…!?」  
カイオーガの目線は、自分の方を向いていない。コウキはそう感じ取った。  
カイオーガが目を向けている先は…  
「ま、まさか、カイオーガは最初からヒカリが狙いだったのか!?」  
カイオーガがヒカリに冷凍ビームを放つ。  
反応が遅れ、ヒカリの頭部以外が凍りついた。  
(まずい、あの野郎ヒカリを!)  
今度はヒカリの腹部に水鉄砲を浴びせる。なぜかものすごく弱い水鉄砲。  
そして、ヒカリを覆っていた氷が、水鉄砲によってパキンと割れていく…  
 
…冷凍ビームによって人間がカチカチ固まる事はない。  
恒温動物である以上、温度調節機能があり、それが細胞を凍らせることを許さない。  
だが、彼女の体を覆っていた、衣服だけは別だった。  
 
「な!?」  
「きゃああああああっ!」  
ヒカリを覆っていた氷が割れるとともに、カチカチになった衣服も、一緒に割れてバラバラになった。  
衣服の残骸がヒカリの足元に落ちていき、…ヒカリは、裸にさせられた。  
「ギシャアアアアアアッ!」  
カイオーガはなおもヒカリに向かって進んでいく。  
「…てめえ…俺のヒカリに、絶対に許さねえ!ドダイトス!ウッドハンマー!」  
三度命中。  
3度目とも不意打ちでしかも頭部、さらに効果抜群の草タイプ最強クラスの技ともなれば、  
さしものカイオーガも水面から沈んでゆく。  
 
「倒れたんだろうが、戦闘不能になったぐらいじゃ俺は攻撃をやめたりはしねえぞ!カイオーガ!  
 例えお前が死のうとも、生き返らせてでも何回でも殺してやる!  
 ドダイトス戻れ!レントラー!水面に向かって雷を落とせ!」  
雷を落とす。  
水は電気をよく通す。大ダメージは必至だろう。戦闘不能どころか、本当に命を落とす可能性がある。  
だが、大好きなヒカリをこんな目に合わせたカイオーガに対してなら、  
覚醒状態に入った残忍なコウキはなんでもやるだろう。  
「レントラー!もう1度…」  
 
(…やめなさい、コウキ。)  
「誰だ?俺にやめろを指示したのは。」  
ヒカリの方を向く。ヒカリは胸と陰部を抑えながらその場に座り込んでいる。  
「え?あたしじゃないよ。やめてほしいけど、コウキはもう止められないもの…」  
(わたしですよ、と言っても、あなたは私の事を知りませんものねえ…)  
カイオーガが浮上してくる。  
あれだけのダメージを喰らっても、まだ体力が残っているとでも言うのだろうか。  
 
(カイオーガは気絶している。だから、わたしがカイオーガの体を乗っ取って、あなたに話しているんですよ。)  
カイオーガがしゃべっている。  
だが瞳の輝きがおかしい。本当に誰かに操られているようだ。  
「誰だ、お前は。」  
(ずっと、あなたの事を見てきた者です。  
 あなたがエムリットと会って話していたことも見てましたよ。)  
「どう言う事だ。」  
(ヒカリとあなたは、本来、10歳の時にジュンとシンジこに言った時に初めて会った、そうでしたね。)  
「…。」  
(でもエムリットは、それより前に1度、あなたたち2人が出会ったと言っている。  
 おかしいと思いませんか?)  
「…。」  
そういえば、以前そんな話もした。  
だが、ヒカリと会ったのは、確かに10歳の時、それより前に会った覚えは、本当に無い。  
その時だった。  
 
(わたしがあなたたちの記憶を、消したんですよ。)  
「!  
 おまえは誰だ!」  
(さあ、私にもわかりません、本来わたしは目に見えない虚無の存在。  
 だから誰かと話すときには必ず誰かの体を借りないといけないのです。)  
「どう言う事だ、記憶を消したというのは!」  
(…あなたの心の奥底に、強力な悪魔のパワーがあったのです。  
 そしてあなたの想い人、ヒカリには、全てを包み込む、大いなる天使のパワーがあったのです。)  
自分の覚醒状態、  
それは生まれ持った悪魔のパワーとでもいいたいのだろうか。  
 
(その2つのパワーを持ったあなたたちを見ていました。シンジこからね。  
 ずっと、その素晴らしいパワーを…  
 特にあなたの、コウキのその悪魔のパワーを覚醒させすべて解き放てば、  
 この世は悪に満ちたすばらしい混沌の世界となる…)  
「よーするにあんたは俺の力を利用して、世界を変えようとしたいのね。ギンガ団とまるで変わらねえな。  
 で?なんで俺とヒカリがあった記憶を消さなきゃならねえんだ?」  
(簡単なことです。あなたたちが知りあって友達に、恋人になって一緒に毎日のように遊んだら、  
 その天使のパワーに悪魔のパワーが包み込まれ中和されてしまう。  
 そうなれば、あなたの中から悪魔のパワーが消えてしまうではありませんか。)  
言っている意味はなんとなくわかっていた。コウキには。  
ヒカリもハルカも、ただ唖然と聞いていることしかできなかった。  
(わたしにとって邪魔な天使のパワー。  
 コウキの悪魔のパワーと同じ天使のパワーを持っているのは、ヒカリ、あなただけなんですよ。)  
「あたし…だけ…」  
(つまり、悪魔のパワーを覚醒させたい私にとっての唯一の邪魔もの、それがあなたなんです、ヒカリ。  
 でもわたしは優しいですから、まだ小さい少女を殺すような真似はしませんでした。  
 その代わりに、天使のパワーが悪魔のパワーに出会わないように記憶を消したのです。)  
 
なにかどんどん話がとんでもない方向に行っている。  
 
「じゃあ、なんで10歳の時、俺がヒカリと初めて会ったと思っている時の記憶は消さなかったんだ?」  
(1つ目。あなたたち2人のほかに、ナナカマド博士、ジュンがいたから。  
 第三者がいる場合、つじつま合わせが大変ですからね。  
 2つ目。その必要がなかったから。ヒカリはともかく、コウキはヒカリに一目惚れした。  
 何か大きな意志を持った時、悪のパワーは覚醒する。  
 あなたの場合、あなたが持つであろう一番大きな意志は、大事な人を守る事って事は分かってましたから。)  
「…。」  
(最初に会ったときは、まだまだ子供。他人を守る力なんて、ない。  
 力がなければ、大いなるパワーも発生しない。  
 それどころか、ヒカリと過ごすうちに、さっき言った通り悪魔のパワーが中和されてしまう。  
 実はね、コウキ、あなたは最初に会った日に、数時間一緒に遊んでその日にヒカリに惚れていたんですよ。)  
過去の事がだんだんわかってきた。  
コウキは、なんとなくそんな記憶があるような、そんな気がしていた。  
「…だからか。  
 俺が初対面だと思ってた時にすぐにヒカリに一目惚れしたのは。」  
(…だが、10歳はもう大人の階段を上り始めている。他人を守る力も見につきはじめる。  
 その上あなたはヒカリに惚れていた。ポケモンバトルの才能もあった。  
 …そして私の予想通り、あなたはチャンピオンになる事で他人を守る力を、手に入れた。)  
「俺には力なんてない。  
 ポケモン達が一生懸命頑張ってくれて、強くなっただけだ。」  
だが、それこそが最大の理由だった。  
 
(そして3つ目、最後の理由。ポケットモンスターとの出会い。  
 あなたにとって、ポケモンとの出会いはとてつもなく大きなものだった。  
 …記憶を消そうとしても、消えないくらい、あなたにとって心に響くものだった。)  
「よーするに、記憶を消そうとしても消せなかったんだな。」  
(でもいいんです。あなたは、今まで何度か、恋人を守るその意志のために、悪の力を使っている。  
 ヒカリを守る事が、あなたの力を呼び覚ます。わたしの狙いは、的中したんです。)  
「こ、コウキがあたしを守る時にいつも覚醒していたのは、  
 あたしを守ろうとする思いが悪の力を呼び覚まさせていたから…」  
「俺も何となく気づいてたのかもしれないな。  
 Jとの戦いでも、ギンガ団との戦いでも、何となく自分に異変感じてたから。」  
「でも、コウキが覚醒し始めたのは、チャンピオンになってからずっとあと…  
 そのあともいろいろあったのに…」  
(とあるときを境に、覚醒させるために必要な力を、コウキの力が超えた…  
 彼はポケモントレーナーとして成長を続けていますからね。  
 その必要な力のラインを越えたのが、ハードマウンテン事件とJの事件との間だったんでしょう。  
 …そろそろよろしいか?)  
そして、カイオーガの様子が豹変する。  
 
(あなたのすべての力を出し切らせるため、ヒカリを全力で守らせるため、  
 このカイオーガの力を持って、ヒカリに襲いかからせていただきます。)  
「何!?」  
(あと1歩、あと1歩で、あなたのすべての力が解放する。  
 その為に、あなたに悪の力を使わせるために、もっと強い意志、力でヒカリを守らせる。  
 そして、この世に、永遠の闇と混沌が訪れる…)  
「だ、だめ、コウキ!急いでここから逃げて!  
 あたしの事は放っておいて!でなきゃ、この世界は滅んじゃう!」  
「そうはいくかよ、そんなもの、何の根拠もない!  
 何の根拠もないものに惑わされる俺じゃねえ!  
 それに仮に本当だったとしても、仮にお前を守る事でこの世界が壊れようとも…」  
コウキの選ぶ道は、1つしかない。  
「俺はヒカリを選ぶ!  
 鬼、悪魔と呼ばれようとも、俺はヒカリのためにすべてを犠牲にする。」  
(そう、コウキ、あなたは、そうせざるを得ないのです…  
 ヒカリ、彼の苦しみ、思い、分かってあげて。  
 いや、苦しみは、ないですね。彼は、ヒカリを守るなら、この世を滅ぼすことなど何の苦にもしませんから…)  
空がますます黒くなる。  
暗くなっているのではない、黒くなっている。  
先ほどまでの雨はとうにやみ、漆黒の悪のパワーが空を包み込んでいる。  
(そ、そんな世界、あたしは望まない…  
 でも、もしこんな事を言ったら、コウキの心は壊れて…それこそ、もっと世界がひどい事になっちゃう!)  
(分かっているじゃありませんか、ヒカリ。  
 彼の心が壊れたら、それが暴走して、この世はさっき言ったよりもっとひどい事に…  
 もっとも、その方が私にとってはいいのですが。)  
 
「こ、この世の、終わり、かも…」  
「やめてっ!コウキぃ――――――――――ッ!」  
 
 
空を支配していた漆黒の闇から、一閃の光が差し込んだ。  
そこから、何か長い物が降りてくる。  
どこかで見た、緑色の大きくて、長いもの。  
 
「あれは…」  
「レ、レックウザ!」  
 
ぐんぐん距離を縮め、カイオーガのすぐ真上まで来た。  
そして咆哮する。  
 
(…な、なんだ、この圧迫感は…  
 くそ、体が、言う事を聞かない…沈んでいく…!)  
「あれが…レックウザ…」  
ポケモン図鑑を開く、そこには、伝説の話が載っていた。  
 
(あ、あと、一歩だったのに…!)  
「どうやら、カイオーガの体は、レックウザの咆哮に耐えられないようだな。  
 いや、カイオーガの体は、レックウザの咆哮によって沈むように作られてるのか。  
 言わばスイッチだな。紅色の珠がカイオーガを眠りから起こし暴走させるスイッチなら、  
 レックウザの咆哮はカイオーガを停止させるスイッチ…」  
 
こんな信じられない、神秘的な状況を、コウキは冷静に分析していた。  
これも覚醒状態の、コウキの悪のパワーの影響である。  
 
(つ、次こそは、コウキ、お前の悪の力を…)  
空が明るくなる。  
カイオーガは姿を消し、元の静けさが戻った。  
コウキとハルカの動きを封じていた足元の氷も、同時に解けていった。  
 
(おおおっ!)  
(空が晴れたあっ!)  
「っと、まずいな。今市民の人が出てきたら、ヒカリのヌードショーになってしまう。」  
流石にヒカリの服は元通りになっていない。裸のまま。  
コウキがヌードショーなんて言うものだから、ヒカリは再び胸と陰部を抑え下を向き、顔を赤くして慌てる。  
 
「ほら、ヒカリ。  
 とりあえず僕の上着を羽織ってて。ヒカリの荷物、ミクリさんが預かっているから、とってくる。」  
「ありがと、コウキ。  
 …コウキ、優しいコウキに戻った。そういうところが、一番好きだよ。  
 あたしの一番好きな、優しいコウキ。」  
「何を言ってるんだ。ヒカリがそれを願っている限り、僕はいつでも優しいよ。  
 僕は、いつでも、ヒカリの一番好きな、優しいコウキで居続けるよ。」  
(わあ…ラブラブかも…うらやましいかも…)  
そう言ってポケモンセンターへと向かっていく。ハルカはそれをうらやましそうに見ている。  
ルネシティの町を網羅する石階段から次々人が降りてくるが、  
 
「まだ危険です、もうすぐカイオーガが浮上してきます!」  
コウキの開口一番、市民全員ポケモンセンターに逆戻り。  
(いたずら心も、いつものコウキに戻っちゃった…やれやれ。)  
苦笑いしつつ、荷物の到着を待つヒカリだった。  
 
 
こうして、ホウエン(と言ってもルネとその近辺だけだったが)を揺るがす事件は終わりを告げた。  
謎の『虚無』の存在が、またいつコウキに襲ってくるかは分からない。今回はとりあえず一件落着と言うだけ。  
でも、それでも嬉しかった。なぜかって?  
 
笑顔のヒカリと一緒にいられるこの時間が、幸せだから。  
 

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