「タイムアーップ!  
 まさにファイナルステージにふさわしい、熱く、激しく、  
 そして華麗なるバトルでございました!  
 さあそして、このステージを制し、ポケモンコンテスト、ミクリカップの頂点に立ったのはー!?」  
サトシ達が目を凝らして残りポイントを見る。  
(これは同点か!?)  
(いや、ほんの、ほんのわずかにヒカリが上回ってる!)  
 
「ヒカリさんです!」  
観客から歓声が沸き起こる。  
「……っ。」  
「……っ。」  
ハルカもヒカリも、まともに声が出ない。グレイシアは悔しそうにしている。  
「…グレイ…」  
 
「ヒカリがあのハルカに勝った!」  
「ピカピカ!」  
「2人とも、いいバトルだった。」  
「ポケモンたちも、輝いてたね!」  
サトシもタケシもノゾミも、2人に最大級の賛辞を贈る。  
 
「ありがとうグレイシア、よく頑張ってくれたわ。」  
「グレイ…」  
(…ヒカリ、おめでと。)  
「…!…か…勝った…。…勝っちゃった…!」  
「ポチャー!ポチャ!」  
ポッチャマがヒカリに抱きついてくる。  
ヒカリがポッチャマを、強く、そして優しく抱く。  
「ありがとうポッチャマ、ホントにありがとう!」  
泣きながらポッチャマと喜びを分かち合うヒカリ。  
 
「高度な技と、ポケモンたちの美しさが、一体となったバトルでした。」  
「いやー、実に好きですねえ。」  
「ポッチャマもグレイシアも、コーディネイターとの息がぴったり、  
 どちらが勝ってもおかしくなかったですねー!」  
 
ヒカリの故郷、フタバタウンでも、ヒカリの母親、アヤコがテレビで観戦していた。  
「…おめでとう、ヒカリ。」  
「ニャアールル。」  
 
 
「それでは、見事優勝したヒカリさんに、ミクリ様からお言葉を!」  
「なんとワンダフォー!憎らしいほどエレガント!だけどとってもグロリアス。  
 ヒカリ。君は本当に素晴らしいポケモンコーディネイターだ!  
 …そしてこれが、ミクリカップ優勝の証し、アクアリボン。」  
ミロカロスの神秘的な技がリボンを宙に浮かせ、ヒカリの手元へ届ける。  
「さ、受け取ってくれたまえ!」  
「あ…っ!ありがとうございます!」  
ミミロルも、エテボースも、パチリスも、そしてポッチャマも、みんな大喜び。  
 
「やったなヒカリ!」  
「完全復活だぜ!」  
「ピカピカーーー!」  
観客席から、総立ちで拍手を送るサトシたち観客。  
 
「よーし、アクアリボンゲットで、ダーイジョーブ!」  
「今回も素晴らしいポケモンたちに出会えて、私は幸せだった。  
 また次回、感動の出会いがあることを祈って、ポケモンコンテストミクリカップ、ここに閉幕!  
 
ミロカロスが水鉄砲で噴水を打ち上げる。  
ヒカリは、全国の強豪が集まるこの大会で、優勝という最高の形で、完全復活を遂げたのだった。  
 
…だが、ここに心にモヤモヤを抱えている少女がいた。  
人呼んでホウエンの舞姫、ハルカである。別にヒカリを妬んだりしているわけではない。  
コーディネイターとして、本当に心の底から、おめでとうと思っていた。  
 
だが、ハルカは、まだし終えていないことがあった。  
ハルカがシンオウに来た目的は、イーブイの進化、そしてミクリカップの出場。  
ついでに、同時にミクリカップにサトシたちも向かっているということも知っていたのだが。  
 
実はそれを知ったのはシンオウについてからではなく、ジョウトにいる時にすでに知っていた。  
ときどきウツギ博士と連絡をとっているハルカなのだが、たまにサトシの情報が入ってきたりする。  
(サトシと別れミシロに戻った時、オダマキ博士にジョウトに着いたらウツギ博士を頼るように言われたハルカだが、  
 そのウツギ博士がサトシと知り合いだったのにハルカはずいぶん驚いていた。)  
そしてアサギシティについた時にウツギ博士と連絡を取った時、  
ミクリカップの事と、その会場のリッシ湖にサトシが近付いていることを知らされた。  
(サトシがナナカマド博士と連絡を取った時、ナナカマド博士→オーキド博士→ウツギ博士と  
 情報が渡っていったことで知ることができたわけである。)  
 
ジョウトでも通用するリボンをゲットでき、何よりあのミクリ様に会える。  
…コーディネイターであるハルカが長い船旅を経てシンオウにまで行く理由。  
先ほどもそう書いたが、当然誰だってそう思うだろう。もちろん、それは間違いなんかではない。  
 
だが、ハルカがシンオウに行くことにした決め手は、それではなかった。  
 
(サトシに…会えるかもしれないかも!)  
 
サトシに久し振りに会えるのは確かにうれしいだろう、だがそれはあくまで副次的なもの…のはずだった。  
だが、この女の子は、その期待を大きく胸に膨らませシンオウに行くことを決断した。  
…なぜなら、カントーで、やるべきことをやり残したまま、サトシとサヨナラしたからである。  
 
それを、ずっと後悔していた。  
だから、コンテストとか、リボンとか、ミクリとか。サトシの前ではすべて二の次のような感覚だった。  
 
 
話を元に戻す。  
ヒカリの表彰式を終えると、ノゾミを除いて全員会場の玄関前に集合。  
途中変なインタビュアーにあったが、あまり気にしないことにしよう。  
「ノゾミは?」  
「今日の事が悔しいから、特訓だって。  
 ハルカがジョウトへ帰る明日の夕方には、ちゃんとお別れを言いに港に来るから大丈夫、だって。」  
「やっぱノゾミらしいな。」  
「そうか、ハルカといられるのもあと1日ちょっとか…」  
サトシが少し残念そうに言う。  
ハルカがそれを聞いて、少し頬が赤く染まる。  
「ありがと…」  
「え、なにがだ?」  
「え?あ、な、なんでもないかも!」  
自分との別れを惜しんでくれるのが、嬉しかった。  
…でも、それは同時に、特にハルカにとって残念なことに変わりはなかった。  
サトシと別れることになるのはしょうがない。  
だが、その「1日ちょっと」が経つ前に、あと1つ、やることがあった。  
(サトシがそう思ってくれるのは嬉しいけど…  
 でも、もし時間というものがなかったら、そう思う必要もないのに…!)  
サトシとずっと旅をしてきた。  
どれだけ時間がたってもずっとサトシといられた。ものすごく長く、一緒にいられた。  
やるべき事は、今日じゃなくていいや、と毎日思っていたら、別れの時が来てしまったのである。  
 
だから、サトシといられるこの5日間は、あまりにも短く感じた。  
(時間が…ないかも…!  
 最後の、最後のチャンスなのに…)  
 
「さあ、…どこに行く?ハルカ。」  
「…え、わ、わたし?」  
焦りから周りが見えておらず、いきなり話しかけられまた焦るハルカ。  
「今日はシンオウで暮らす最後の夜でしょ?  
 ハルカが行きたい場所に、行こうよ!」  
「ヒカリ…」  
「そうだぜ、な、ピカチュウ!」  
「ピッカ!」  
「あ、ありがと…  
 え、えっとね…」  
サトシの事ばかり考えていて、他の事は考えていなかった。  
いきなりそんな事を言われて焦るハルカ。適当に自分の好きな場所を言った。  
 
…で、ついた場所。  
いかにもハルカらしい、…本当にハルカらしい場所だった。  
 
「ハ…ハルカ…」  
「ん?」  
「いくらなんでも、…えっと、その…」  
「タケシのおごりだし、値段は固定でしょ?  
 だいじょうぶだいじょーぶ、でしょ?ヒカリ!」  
「えっと、流石にそれは、だ、ダイジョバない…よ。」  
「ピーカ…」  
 
ハルカは適当にバイキング形式ののレストラン、と言ったが、正直乗り気ではなかった。  
他の事ばかり考えていて、正直、レストランはどうでもいい…はずだった。  
 
だが、いざレストランに入ったら、やっぱり体中が疼き、わくわくして、目を輝かせて。  
「パクパクパクパクパクパクパクパク…」  
「…。」  
「…。」  
「…。」  
「…ピーカ。」  
食べ姿は普通である。むしろ綺麗。  
自身でも「イーブイは食べ姿は優雅だけど、わたしはその次に華麗」…と言ってたことがあった。  
 
…だが、食べる量が尋常ではない。  
読者もハルカがラーメンにがっついて(本人いわくラーメンはがっつくものらしい)いるのを  
毎週のように見たことがあるだろう。  
そのときもどんぶりが彼女の姿を隠すくらい大量に積み重なっていた。  
彼女はそのどんぶりの山の上から顔を見せて笑っていたが、脚色と感じた人も少なくないはず。  
 
だが、まったくそんな事はなかった。  
皿がどんどん積み重なっても、食べるスピードは減るどころか増すばかり。ついには、  
「サトシ、今度はあれとあれ持ってきて!」  
「タケシ、あれとあれをお願い!」  
「ヒカリー!それもついでにお願い!」  
「ピカチュウ、ケチャップ舐めてるだけで暇でしょ、あれ持ってきて!」  
3人と1匹がウェイター状態。  
自分で動くのもめんどくさくなって、お腹いっぱいになって何も食べられずに暇な4人に頼んでいる。  
もはやサトシの事など完全に頭に離れ、目の前の料理に完全に頭がいっぱいになっている。  
 
「サトシもタケシもだらし無いわねー、  
 わたしとヒカリはまだまだ食べれるわよ!」  
「いや、あたしはデザートばかりだから…」  
ヒカリの席にも、デザート用の小皿がかなり積み重なっている。  
まあ、デザートは1つ1つの量が少ないので1人の人間が食べる量としては十分納得はいく。  
 
…ただ、ヒカリの食べた料理がすべてデザートというのもかなり問題があると思う。  
「ヒカリ…なんか、デザートばっかりかも…」  
「だって、おいしいじゃん♪甘いもの、だーい好き!」  
頬を手に当て、表情を崩す。猫のような口元になっている。  
ハルカは内心、糖尿病になるんじゃないか、という意見も内心なったが、  
…そうこう言っている間にハルカのテーブルの大皿はさらに積み重なっている。  
アンタのその食べる量、人の事どうこう言える量じゃねーよ。てめーこそメタボになるよ。  
 
量の少ないデザートばかりとはいえ、十数個食べれば甘いことも手伝ってお腹いっぱいになる。  
ついにヒカリはフォークを置いたが、  
「ウェイトレスさん、それお願いかも!」  
(ハルカ…全然ダイジョバないよ、その量…)  
泣きそうな声で心の中で言った。  
ハルカのおかげで完全復活できたので料理を運ぶのハルカのためなのだからむしろ嬉しい。  
構わない…のだが、うず高く積まれる皿の山を見ると、…本当にハルカのためなのか、と思う。  
 
「こ、これ、全部食べるのか?ハルカ…」  
サトシが重たそうに料理を運んでくる。もはや周りの客の視線まで注目が集まる。  
しかもそれがコンテスト準優勝者であり、料理を運ぶのが優勝者と分かれば、なおさらだ。  
「うん、おいしいじゃない、それ!」  
「そういう問題じゃなーい!」  
「…きゃっ!」  
突然ハルカが悲鳴を上げる。ウエストに両手が触れられたのだ。  
 
「な、なに、突然…ヒカリ。」  
「…細いよね、ウエスト…どうしてこんな細いウエストを保てるのかしら…」  
「ヒカリだって、相当ウエスト細いじゃない。」  
(あたしの場合、それ以上に下半身がおっきいんだけどな…)  
ヒカリの下半身は確かに相当太い。ウエストより太もも一本の方が太いのである。  
それでもウエストはかなり細く、モデルも務まるような体である。  
だが、これだけの量を食べてもヒカリのような綺麗なボディバランスを維持しているハルカは、  
…その積み重なっている大皿と見比べれば、どー考えても異常である。  
 
「うーん、満足満足!  
 …でも、まだ8時なのに、あの店閉まるの速いね。閉店時間だからって、追い出されちゃったかも。」  
(当たり前だ!))))  
4人とも心の中で声をそろえる。  
閉店時間なんて嘘であることはハルカ以外全員気づいている。いろんな意味で店に迷惑である。  
「うーん、でも、まだ食べ足りないなあ…  
 まあ、ダイエットもしなきゃいけないし、腹八分って言うしね!」  
「…。」  
まだ10歳。それに、ここまで見事なプロポーションなら、ダイエットも必要ないとは思うんだ。  
でもさ、思うんだよ。頼むから、腹八分という言葉は使わないでくれ!  
 
「ま、まあ、バイキングに行きたいって言ったのは、ハルカらしいからな。」  
(…あ。)  
ここにきて思い出した。バイキングなんて、適当に言った言葉に過ぎない。  
それなのに、サトシと過ごせる貴重な時間を、こんなことに使ってしまった。  
は、早くしないと、早くしないと…タイムリミットが…  
 
「さ、サトシ!」  
「な、なんだよ、大声で…」  
「ちょ、ちょっと行きたいところがあるの!一緒についてきてくれない?」  
「え?別にいいけど。」  
「よし、せっかくハルカがシンオウに来たんだ。今日はとことんハルカに付き合うとするか!」  
「あ、い、いいのタケシ!  
 あんまりわたしのわがままに振り回されるのもあれだし…」  
「…へ?(俺は振り回してもいいのか?)」  
「あ、ごめん、サトシには迷惑掛けてもいいとか、そんなんじゃなくって…」  
「ん?ああ、気にするなよ。」  
サトシはそう思ったが、細かい事を気にする性格ではなかったのでスルーする。  
「タ、タケシはブリーダーになるんだから、早く寝ないと!  
 ヒカリもコーディネーターなんだからさ!ピカチュウもバトルで大変だしね!」  
もはや言っていることが滅茶苦茶である。  
別にサトシは怒ることは無いが、流石に戸惑ってしまう。  
「あああ、サ、サトシ、そ、そういう意味じゃないかも…」  
「と、とりあえず、俺ハルカと一緒に行くから、先ポケモンセンターに帰っててくれ。」  
「あ、ああ。」  
鈍感なサトシだが、  
おそらくハルカはコンテストに負けた悔しさを同い年の自分にぶちまけたいのだろう、と思った。  
もちろんハルカはそんなつもりはないが、サトシのこの判断自体は正しかった。  
 
「ふう、とりあえずタケシもヒカリも行ったぜ。」  
「あ、ありがと、サトシ。  
 ごめんね、変なことばかり言って。怒ってるでしょ。」  
「んなことはいいからさ。ハルカ、どこに行きたいんだ?」  
「え?あ、あれ、何のこと…?」  
「おいおい、自分て言ってたじゃないか!」  
頭の中が混乱状態。  
そういえばそうだったと思いだすのに、数秒もかかってしまった。  
「あ、そうだったね、ごめん…」  
「まあ、しょうがないよな。  
 コンテストで負けたのが悔しくて、俺にその悔しさをぶちまけたいんだろ?」  
「…へ?」  
思ってもいない事を言われて、驚いた。  
同時に、ごちゃごちゃになっていた頭の中が、少し落ち着いた。  
 
「…違うのか?」  
「ち、違うかも!そりゃ悔しいけど、ヒカリが優勝したのはすごくうれしいよ!」  
「じゃあ、どうして俺だけを誘ったんだ?」  
「あ…。」  
今がチャンス。向こうからハルカが言うべき事を聞いてきてくれた。おまけに人通りはまばら。今は夜。  
チャンスは今しかない。今を逃せば、もう永遠に言うことはできないかもしれない。  
でも…勇気が、ない。  
 
「…う…うっ…」  
「ハ、ハルカ?」  
「ご、ごめん、なんでもないの…」  
ハルカが涙をこぼす。それを見て、サトシが心配そうに、  
「ハルカ、その涙は…」  
「う、ううん、なんでもないの。」  
 
「…目にゴミでも入ったのか?」  
頭からずっこけた。  
このサトシという少年、以前ミルタンクの牧場で涙を見せていたヒカリにも同じことを言ったことがある。  
「う、うんうん、そうそう!」  
「あ、わかった、ハルカ、まだ食べ足りないんだろ!」  
「…へ?」  
「タケシもヒカリも呆れてたからな…  
 でも泣くほど腹減ってるなら、満足いくまで俺は付き合うぜ!  
 そうか、腹減ってるから泣いてるんだ!よし、別のバイキングに行こう!」  
「…う、うん!」  
この少年の頭脳も滅茶苦茶である。  
ただ、それでもその方が都合はいい。…勇気の出ない、今のハルカには。  
 
「パクパクパクパク…」  
レストランにつくまでは、正直自分は何をやっているんだ、と思っていた。  
だが、やっぱりレストランについたら、目の前に並んでいるごちそうに目を奪われる。  
サトシはお腹いっぱいで食べる必要がないので、1人分だけのお金を払った。(=サトシのおごり)  
「パクパクパクパク…」  
そして、ハルカは夢中で食べている。  
ここでも結局サトシはウェイター。  
まあ、腹八分と言っていたしそんなに時間はかからないだろう、と思っていたが。  
 
「…。」  
先ほどの量に迫る量を食べている。  
「な、なあ、さっき、腹八分って言わなかったか?」  
「モグ…だって…モグ…さっきのレストランでてから、…結構歩いたじゃない…」  
「それでもあのレストランを出て15分ほどしかたってないぞ!」  
そんなサトシの突っ込みを尻目に、黙々と食べている。  
やれやれ、大皿の料理がもうなくなってきた。次を運ばないと。  
幸い、ずっとハルカと旅をしてきたので、ハルカが食べたいであろう料理はなんとなくわかる。  
 
「ふーっ!お腹いっぱい!」  
「…。」  
結局、さっきのレストランよりたくさん食べている。  
こんなカビゴンのような胃袋を持った女の子を連れて、よく旅をしてこれたな、とサトシは思った。  
「さて、帰るか!」  
「…え!」  
再びハルカが思い出す。結局、やることができていない。  
ヒカリもタケシもいない、今が一番のチャンスなのに。  
…でも、言えない。  
「どうした?帰ろうぜ。」  
「あ、うん…」  
「?」  
元気のない声。  
サトシはまだ食い足りないのかと思ったが、流石にもうそれはないだろうと思った。  
しかし、だったらなんで元気がないのか。まったく理由が思い浮かばなかった。  
 
ポケモンセンターにつくと、ロビーのソファーでタケシとヒカリがくつろいでいた。  
「あ、お帰りー、二人とも。」  
「ハルカ、やりたいことはやったか?」  
「う、うん…」  
「ああ、済んだぜ。ハルカも大満足だってさ。  
 お腹すいてたらしくってさ、また別のバイキングに連れて行ったら、さっきの店よりたくさん食べてさ!」  
「ちょっ、サトシ!」  
恥ずかしくなる。  
自分でもあの量は多いと思ったが、それでもハルカは自分のお腹に正直な女の子。  
レストラン七つ星でも、食べ物への異常な執念を見せていた。  
 
…だが、そんな事はどうでもよかった。  
「…ごめん、みんな。」  
ハルカが、涙を流し始める。  
「お、おい、どうしたハルカ?」  
「…ごめんね、なんでも、ない…」  
「ちょっとサトシ、ハルカをなかしたような事したんじゃない?  
 それってぜんぜんダイジョバないよ!」  
「お、俺はそんな事は…」  
ハルカが首を横に大きく振る。  
「ち、違うのヒカリ!サトシは何もしてないし、悪くないよ!  
 ありがとねサトシ、たのしかったよ!わ、わたし、先に部屋に帰って寝てるね!」  
そう言って走り出した。  
サトシとヒカリは追おうとするが、タケシが二人の肩を両手に乗せ、首を横に振って制した。  
 
「ハルカ…」  
サトシの心配が、募る。  
 
「ハルカー?」  
ヒカリが部屋に入る。女の子の事を任せられるのは、ノゾミがいなくなった今、ヒカリしかいない。  
部屋は暗かったので、明かりをつけた。  
シャワールームに目をやると、擦りガラスが白くなっている。シャワーを浴び終わった後のようだ。  
 
ベッドを見ると、ハルカのベッドの掛け布団が大きく膨らんでいる。  
ハルカが布団の中に閉じこもっているのは間違いない。  
「ハルカー。」  
布団の外から呼びかける。しかし返事はない。  
「ハルカー。」  
もう一度呼びかける。やはり返事はない、が、すすり泣く音が聞こえる。  
(クスン…)  
「ハルカ…ねえ、どうしたの?」  
「あなたなんかに関係ない!」  
ヒカリがびくっとする。普段ハルカは優しい性格ゆえに、驚いた。  
だが、感情が左右されやすく、短気であることもこの女の子の特徴である。  
 
「ハルカ…」  
(あ…)  
すぐに自分の過ちに気付く。布団から出てきて、申し訳なさそうな顔でヒカリの前に顔を出す。  
「ごめん…ヒカリ…」  
「ハルカ…」  
ボロボロと涙がこぼれる。  
ヒカリは、黙ってみていることしかできなかった。  
 
しばらくして、ようやく落ち着くハルカ。ベッドに並んで座る。  
「ごめんね…さっきは。」  
「きにしないで、ダイジョブ、ダイジョブ。」  
ヒカリは笑っているが、どーみても苦笑いである。  
「…どうかしたの?」  
「…。」  
「ほら、ね?何も言わなきゃ分からないよ。」  
「…ヒカリってさ、サトシに似てるね。この4日間で、そう思った。」  
「へ?」  
確かにそうかもしれない。二人とも明るい性格だが、それ以外は真反対である。  
 
ハルカは確かに感情の起伏は激しいとはいえ、普段は割とおとなしく、優しい性格。  
声にもどこか包容感のある優しい感じがする。  
『かも』が口癖になっているのは、自己主張をしない控えめな性格から来ているのだろう。  
 
一方ヒカリは、時々悩みを抱えると必要以上に思いつめる癖  
(コンテストで負け続け、落ち込み続けたスランプがいい例である。)はあるが、  
普段はかなり声が大きくハイテンションで、おとなしくなるなんてことは全くないと言っていい。  
言いたいことをハッキリ言い、事あるごとに意見が合わずにサトシと口喧嘩。  
『だいじょうぶ!』が口癖なのは、前向きかつ意地っ張りな性格から来ているのだろう。  
 
サトシはこの2人のどちらに似ているか、と言われれば、間違いなく後者、ヒカリの方であろう。  
極端に言ってしまえば強引、無茶苦茶、無鉄砲、乱暴な性格。  
ヒカリと口げんかが絶えないことからやっぱりサトシも意地っ張りな性格。  
時々挫ける事があるサトシ励ますができたり、ヒカリお得意の回転技をサトシもマスターしたのは、  
やはりヒカリが性格的にサトシに近いという何よりの証拠である。  
 
ちなみに、恋とかに鈍感、というのもやはり似ている。  
そのまっすぐな性格が女の子に好意をもたれることがよくあり、ひきつける力を持っているサトシだが、  
まったくそれに気付かない、多少赤面しても結局ほとんど意識することはない。  
ヒカリもミミロルがピカチュウに惚れているのにサトシと一緒で全く気付かなかった。  
 
一方、ハルカは、恋の話になると割と恥ずかしがる性格である。  
…そして、以前サトシの事を気にしている、ととれる発言もしたことがある。  
マナフィの神殿でかわしたやり取りはまるで恋人の様。  
恋に関してはこの少女は2人より敏感であることは間違いない。  
 
「…いいよね、ヒカリは。  
 これからも、ずっと、サトシと一緒に、旅を続けられるんだもの。」  
「え?  
 ハルカも、ずっとサトシと一緒に旅をしてきたんじゃないの?」  
「…ヒカリは、サトシに似てるのね、やっぱり。  
 ずっとサトシと旅をしてたらね、気付くことがあるの。  
 あなたなら、ヒカリなら、絶対に気付く。…あなたのような性格なら、それがいい方に出る。」  
「ど、どう言う事?」  
「…言わなくたって、いずれ気付く。サトシに近いあなたなら、なおさら。  
 わたしは、一緒に旅をして気付いた事を、…サトシに言わなきゃいけないの。」  
「ハルカ…」  
ヒカリがハルカを見つめる。  
ハルカは、また静かに涙を流す。  
 
「でも、うっ…あたし、意気地無しだから、…言えそうにない!言えそうにないよ!  
 言いたいことをハッキリ言える、あなたがうらやましい!」  
「ハルカ…」  
ハルカが涙をぬぐい、再び笑顔になる。  
「…ごめん、しんみりしちゃったね。  
 さ、もう寝よ!今日はあなたは久しぶりにいい夢を見られそうでしょ、ヒカリ!」  
「う、うん…」  
ヒカリは最近、コンテストで恥ずかしい目に会ったり、あえなく負ける夢ばかり見ていた。  
今夜はいい夢を見ながら寝られそうだが、  
…ハルカの事が気にかかった状態で、果たしていい夢を見られるだろうか。  
ハルカはあたしがうらやましいと言っていた。どういうことだろう。  
 
「…なあ、タケシ、ハルカのやつ、どうしたんだろうな。」  
「俺にもよくわからないが…  
 あの時、サトシ以外はみんなポケモンセンターに帰ってくれって言ってたよな。  
 …おそらく、サトシ、お前が関係していることだけは間違いない。」  
「でも、なんで俺?」  
隣り合う2つのベッドにサトシとタケシが寝ている。  
部屋は月明かりが照らすのみ。  
だんだん眠たくなってくタケシ、先にすーすーと寝息をたてはじめた。  
(うーん…お姉さーん…)  
「タケシらしい夢見てやがるぜ。さて、俺も寝るかな。  
 …でも、ハルカのやつ、どうしちまったんだろうな…」  
せっかく久しぶりに会えたのに。このままだと何か引っかかったまま別れることになる。  
そうなれば、そのあとの旅路でも、お互いがお互いに対する違和感を残すことになる。  
間違いなく、今後のポケモン修行でも悪い影響を与えるだろう。  
 
このまま何も出来ないのは嫌だった。でも、いい方法が思いつかない。  
(…どうすればいいんだろうな。)  
そのまま考えていたら眠れなくなってしまうので、とりあえず目を閉じる。  
目を閉じて、どうすればいいか、サトシは考え続けた。  
 
(全然、眠れない…かも…)  
ヒカリはすやすやと寝ているが、ハルカは全然眠れない。  
明日になれば、タケシもヒカリも、またサトシと一緒に行動するだろう。  
そうなれば、もうサトシに言いたい事を言う事は出来ない。  
…どうしても、言わなきゃいけない。サトシを叩き起してでも、今しか、ない。  
 
ハルカは立ち上がって、部屋を出て行った。  
(…ポッチャマ…グランドフェスティバル…優勝したよ…)  
ヒカリはなんだかんだ言って、いい夢を見ているようだ。  
 
 
ゆっくりとサトシの部屋のドアが開く。  
ゆっくりとドアを閉める。まったく音をさせないように、慎重に。  
タケシのベッドの向こう側に、サトシのベッド。そこにゆっくりと向かう。  
(…。)  
目の前に、目を閉じて寝ているサトシがいる。  
手を出して、肩を叩きかけた。  
…でも、肩を叩いてサトシが起きて、そのあとどうする?  
サトシに言うべき事を告げる?でも、私にその勇気がある?  
あたふたして、頭が真っ白になって、適当な事を言おうとして、それすら思い浮かば無いんじゃないか。  
そんな事をして、サトシを怒らせてしまったら。  
 
ダメ。勇気が出ない。わたしの馬鹿、ハルカの馬鹿ァ!  
…やっぱり無理。そうね。こんな意気地無しのわたしには、最初からそんな事言う権利はないのよね。  
そんな風に、神様が言ってるのね。  
うん、ダメなものはしょうがない。勇気とかそんなんじゃなく、最初からダメだったんだ。  
最初から無理だったんだ。最初から、諦める未来しか、私にはなかったんだ。  
 
ごめんね、サトシ。  
明日は、夕方までずっと、自然に明るく振る舞うからね。  
今日の事をサトシが忘れるくらいに。ホウエンの『舞姫』だから、それくらいはできるよ。  
そうすればもう心配は掛けないし、別れた後もサトシは全然尾を引かない。  
わたしはずっと尾を引くことになるけど…うん、自業自得!しょうがない!  
 
…でも、最後に、1つだけ、お願い。  
ごめんね、サトシ。でも、わたしはいつか、ヒカリに負けちゃう。  
だから、せめて。今日、今この瞬間だけは、勝たせて。これだけは勝たせて。ね、いいでしょ?  
サトシは頬にキスさえたことは数あれど、唇は無いらしいから…  
 
…サトシのファーストキス。ファーストキスは、一生で一度だけだから。  
お願いサトシ、それだけでいい、わたしにちょうだい?それだけでいいから。  
サトシのファーストキス。奪ってしまえば、ヒカリは2度とサトシのファーストキスは奪えない。  
…だから、今、ファーストキスを奪ってしまえば、  
他を奪われても、それだけは絶対にヒカリに勝てるもの。他は全部、ヒカリにあげるからさ。  
…ごめんね、大事なファーストキス。勝手に奪っちゃって。ごめんね、ほんとに、ごめんね。  
 
…キスするね、サトシ…  
 

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