<前>
「WINNER------コウキ!」
抑揚のない機械音が告げる。
二度目のリーグ挑戦はなかなかハードだった。
前に挑んだ時よりも格段に強くなっている四天王のポケモン達に、悪戦苦闘すること数時間。
ぼくはようやく4人目のゴヨウさんに勝利した。
「-----やれやれ」
ゴヨウさんが苦笑した。
「また腕を上げられましたね。----四天王としての立場がいよいよありません」
「そ、そんなことないですよ」
今回もゴヨウさんのドータクンに苦しめられた。
弱点らしい弱点が見つからないから、ゴリ押しでいかないと勝てないんだよなぁ・・・。
「あぁ、コウキ君」
「はい?」
部屋を出ようとすると、ゴヨウさんに呼び止められた。
ゴヨウさんは何か言いたげだったけれど、しばらくして------「健闘をお祈りします」とだけ呟いた。
・・・ここを通るのは二度目だ。
チャンピオンルームへと続く道。
初めてここを通った時は、頂点へ挑む緊張と不安と期待でぐちゃぐちゃになってたなぁ・・・。
ほんの一か月前のことなのに、もう懐かしく感じる。
きっと、四天王の人たち以上にあの人≠ヘ強くなっているだろう。
初めての挑戦のときだって、何度ももう駄目だと思いながら、耐えて耐えて、やっと勝てた。
今回はきっと、もっと手強いだろう。
でもぼくだって、この一ヵ月、バトルフロンティアで鍛え続けたんだ------。
大丈夫!勝てる・・・!
大きな扉が立ち塞がった。
挑戦者を気圧し、奮い立たせる------頂への荘厳な扉。
ぼくは軽く武者震いして、その扉を開けた------------。
彼女はいた。
シンオウ地方の頂点に君臨するチャンピオン・シロナ。
漆黒のコートと、映える黄金色の髪。
あの時≠ニ全く同じように、超然と--------・・・・あ、あれ?
「久しぶりね、コウキ君」
なんか、シロナさんの周りに変なオーラが--------敢えて言うなら、殺気?
「あ、あのっ」
「・・・なあに?」
気圧され、思わず後ずさるぼく。
そしてわざとらしく首を傾げながら一歩一歩迫ってくるシロナさん。
(ぼく、なにかしたっけ!?)
カツン、カツン----。
「えっと、その・・・ポケモン勝負・・・を」
カツン、カツン----。
「しにきたんですが・・・っ」
2人の距離が殆どなくなった。
ぼくよりも背が高いシロナさんは、しゃがむような態勢をとる。
「あ、あの・・・」
顔を近づければキスが出来るほどの距離に、思わず顔が赤くなる。
するとシロナさんは-------不意に、にこ、と微笑んだ。
優しさと慈愛にあふれた、見る人全てを魅了するような美しい微笑み。
その美しさに、ぼくは恐怖を忘れて見惚れてしまった。
きっとファンが見たらイチコロだろう。
シロナさんの白く細い指がぼくの肩にそっと添えられ、そして、もう片方の手は------
黒い四角形のなにか≠腹にあてて、電源をON。
ドスン。
鳩尾(みぞおち)に、一発。
「ぁ・・・」
鈍い音が体内に響くほどの強烈な一撃だった。
あまりの衝撃に膝から崩れかけ、シロナさんに体を預ける。
でもまだ、完全に意識を失ってはいなかった。
ドスン。
もう一発、ダメ押し。
遠のく意識。霞む視界。
「ぅ-------・・・」
気を失う寸前の瞳に映ったシロナさんは----とてつもなく邪悪な微笑みを湛えていた。
・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「ぅん・・・」
・・・視界いっぱいに広がる、真っ白な天井。
ぼくは何故か、ふかふかのベッドの上で寝ていた。
意識がだんだんとはっきりしていく。
-----ええと、ここは、どこだっけ?
「目が覚めたのね。気分はどう?」
ぼーっとしていると、声がかけられた。
振り向くと、いつも着ているコートを脱いだラフな格好のシロナさんがいた。
あれ?なにか、大事なことを忘れてるような・・・。
「あの、シロナさん・・・」
「なに?」
「ここ、どこですか・・・?」
机とベッド、あとはいくつかの家具しか置かれていない質素な部屋。
-----いつの間に、こんなところに・・・?
「ここはね、あたしの部屋・・・というか、チャンピオンのプライベートルームね」
「へぇー・・・ってええ!?」
なんで!?なんでそんな場所に!?
「じゃ、じゃあ、このベッドは-----」
「あたしが仮眠用に使ってるものよ。たまに、泊まり込みの仕事があったりするから」
ど、どおりで良い匂いが-------じゃなくて!!
ぼくは確か、シロナさんに二度目の勝負を挑みに来たんじゃなかったっけ・・・?
なのにどうして・・・。
「あの、ぼく、どうしてここにいるんですか・・・・?」
「------覚えてないのね」
「は、はい・・・」
するとシロナさんは、深刻な面持ちになって------ゆっくりと僕に語ってくれた。
------記憶を失う前に起こった出来事のことを。
「きみと以前向かったやぶれたせかい≠フこと、覚えてる?そう、ギンガ団と闘って、ギラティナの怒りを鎮めた----。
でもあの反転世界には、<中略>-----その後遺症かしら。コウキ君、チャンピオンルームに来た途端に眩暈を訴えてそのまま倒れてしまったの。
慌ててここまで運んだんだけど、なかなか目を覚まさないから------」
「・・・・・・・・・・・・・」
シロナさんの話に呆然とするぼく。
つまり、ぼくはやぶれたせかい≠ノ行った後遺症(なんか難しいけど、いろいろとあるらしい)を引きずっていた。
にも関わらずバトルフロンティアなどを飛び回っていた無理が祟り、チャンピオンルームに入った途端に眩暈を起こし、倒れてしまった。
そしてシロナさんはそんなぼくを、付きっきりで介抱してくれていた--------。
・・・・・・・・・。
そんな大切なことを、全然覚えてないなんて・・・。
「えっと・・・確か、ゴヨウさんと勝負して、チャンピオンルームに行って」
「それから・・・?」
「・・・・・・・・」
そこから記憶がぷつりと遮断されていた。
「・・・やっぱり、覚えてないです」
というか、何故だろう。心のどこかで思い出すことを拒否しているかのような・・・。
それを聞いたシロナさんは軽く首を振ってみせた。
「無理もないわ。何度呼びかけても反応しないし・・・時折、うなされていたもの」
悪い夢を見ていたのかも、と。
そんな・・・じゃあ、ぼくはシロナさんに、また助けられた・・・?
「でも、もう大丈夫みたいね」
シロナさんはベッドの脇に腰かけ、微笑んで、ぼくの額に手を添えた。
ひんやりとした手が気持ちいい・・・。
「あ、ありがとうございます!また、助けてもらって・・・」
「そんなこと気にしないの。-------君が無事で良かった」
そう言って------優しく抱きしめられる。
-------な、なんて優しい人なんだろう。
ちょっと涙腺が潤みかけた。
思えば初めて会った時から、ぼくはシロナさんに助けられてばっかりだった。
秘伝マシンをくれたことも、ポケモンの卵をくれたことも、ぼくが進むべき道を示してくれたこともあった。
そしてアカギとの最後の闘いの時は、あの恐ろしい反転世界を共に進んでくれた------。
「シロナさん!」
「-----なに?」
「ぼく、なんでもします!シロナさんがしてほしいことがあったら、なんでも言ってください!」
きょとん、とするシロナさん。
でも、本心だった。
「お手伝いでも、おつかいでも・・・・なんでもします!」
いつも助けられてばかりだから、一度くらいはこの人の役に立ちたい。恩返ししたい。
神話の研究のお手伝いとか・・・ぼくが出来ることなんてないかもしれないけど。
とにかく力になれることがあったら・・・。
「・・・・なんでも?」
「はいっ」
「・・・・・・・・・」
瞬間、シロナさんの目がキラッと輝いた------気がする。
あれ、なんか、寒気が・・・。
「・・・じゃあ、お願いしようかな」
「えっ」
なにをですか?と聞こうとした瞬間----シロナさんの綺麗な顔が、視界いっぱいに広がった。
ふわりと良い匂いが漂って、ぼくの唇に、柔らかい唇が重なる。
-------------------------------------。
思考停止。
ぼくの頬を挟むように添えられる、シロナさんの手。
まるで、逃がすまいとしてるようだった。
「うぅっ・・・・!?」
温かくて、柔らかくて、甘い唇。
でもそれを味わう余裕なんてない。混乱が頂点に達していた。
シロナさんはしばらく唇を食(は)むように貪ると、ようやく放してくれた。
「え、えっ、あっ・・・あっ!」
-------キキキ、キス!!
う、生まれて初めての!!
言葉にならない。
頭の中が混乱しきっていて、何を言っていいのか分からない。
顔がものすごい勢いで熱を帯びていく。
「な、なんでっ!!」
「-------ふふ」
ぼくの問いには答えず、妖しく微笑(わら)うシロナさん。
ついさっきまでとは、まるで別人だ。
そして今度はぼくの首に腕を絡ませながら・・・抱きつくように唇を奪う。
初めは唇が軽く触るくらいのキス。
でも今度は-------唇を割って、舌が入ってきた。
「んんっ!ぅっ・・・・!」
想像もしなかった衝撃に思わず体が仰け反った。
口の端から唾液が零れる。それでもまだ、解放してはくれない。
-------ぴちゃ、くちゅっ
唾液が混じりあう音がいやらしく部屋に響いて、耳を侵していく。
(な、なんで・・・こんなことに・・・っ)
まるで、生き物みたいだった。
舌が蠢くようにぼくのそれに絡みついて、口の中を這い、犯す。
背筋がぞくぞくする。
あと、その・・・アソコもむずむずする。
どれくらい時間が経っただろう。
ようやく唇が離れて---------舌の間を、てらてらと輝く糸が伝った。
もう、全身の力が抜けたようだった。
何かを吸い取られたんじゃないかと思うくらいに、どこにも力が入らない。
頭も靄(もや)がかかったみたいに、ぼーっとする。
あまりの急展開に、思考が追い付かない。
すると、いつの間にかシロナさんはベッドに上がって、ぼくの体に跨るように座っていた。
足を押さえる柔らかいお尻の感触に、思わず我に返るぼく。
「だだっダメですよっ!こんなっ・・・!!」
「あら。なんでもします-----じゃなかったの?」
「〜〜〜〜〜〜っ」
言ったけど!
確かに、そう言ったけど!
声にならない叫びをあげるぼくをよそに-------シロナさんは、なんとブラウスのボタンを外しだした。
「ま、待ってくださいっ!だから、その、こういうことじゃなくってっ!」
そもそもなんでこんなこと・・・!
必死に止める声も無視して、余裕の表情すら浮かべるシロナさん。
そして。
黒のレースのブラジャーがちらりと顔を覗かせ-----最後のボタンが外れるのと同時に、ぼくの眼前に現れた。
「うわ・・・」
思わず声を漏らして、唾を飲んだ。
あまりにも刺激が強すぎる光景だった。
前に海辺のトレーナーと闘った時、ビキニ姿の女性トレーナーがたくさんいて、何度か視線のやり場に困ったことがあった。
でもシロナさんのは、大きさも形も、比べ物にならない。
漆黒のブラジャーと対比するような白い肌。
手に収まりきれないほど大きくて、重力に逆らうようにツンと上を向いていて-----
少し動いただけで、ぶるん、と揺れる豊かな乳房。
それが、息がかかるほどの距離に、ある。
思わず釘づけになるぼく。
そんなぼくを見つめるシロナさんの表情はまるで、
-----触りたいでしょう?-----
と挑発しているかのようだった。
心臓がうるさいほど鳴っている。呼吸も荒い。
緊張と変な期待でぐちゃぐちゃになって、体が麻痺したみたいに動かない。
そんなぼくの態度に焦れたのか、
「ほら・・・」
シロナさんが優しい声音のままで、震えるぼくの手を------乳房に導こうとした。
その時。
ビーッ、ビーッ!ビーッ、ビーッ!
突然、けたたましい音が部屋に響いた。
「あ、あの・・・」
「・・・・・・・挑戦者ね」
舌打ちが聞こえた気がしたけど、気のせいだ、きっと。
よく分からないけれどこのブザーは、挑戦者が来たにも関わらずチャンピオンが居ない時に鳴る、呼び出し音らしい。
ふう、とため息をついて、シロナさんは服を直し始めた。
当然、黒い下着に包まれた豊かな胸もブラウスの中へと消えていく。
・・・ちょっとがっかりな気分なのは、なんでだろう。
「すぐに戻ってくるから-----待っててね」
放心状態のぼくをよそに、シロナさんは格好良く漆黒のコートを羽織って、部屋を後にした。
バタン!------ガチャリ。
「待っててね」に「逃げるなよ」という声が重なって聞こえたのは、気のせいだ、きっと。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・はっ。
「に、逃げなきゃ・・・!」
ぼんやりしてる場合じゃなかった。
ベッドから飛び起き、綺麗にかけられていた上着とカバンを脇に抱えて走り出す。
この部屋を出ないと・・・!
『ぼく、なんでもします。シロナさんがしてほしいことがあったら-------』
ふと、少し前に自ら口にした誓いが頭を過ぎる。
・・・確かに、そうは言ったけど。
でもこれはさすがに違う・・・と思う。
こういうことは、結婚する約束をした2人じゃないとしちゃいけない筈だ。
それにぼくはまだ1●歳だし・・・!
だが、
「あれ?」
押せども引けども回せども、ドアは一向に開かない。
気づけば、鍵のようなものが何処にも取り付けられていなかった。
「ま、まさか-----っ」
そ、外鍵----------!?
密室!
監禁!
完全犯罪!
「そんなぁ・・・」
ドアの前で途方に暮れる。
・・・・・このまま、食べられる(?)のを待つしかないなんて・・・・・。
苦し紛れ(悪あがきともいう)にもう一度ノブを掴んで、回してみた。
するとどうしたことか、鍵の開く音がした。
「・・・・!!」
き、奇跡が起こったんだ-------!!
今のうちに--------!
ぽふっ。
「あれ・・・?」
勢いよく飛び出そうとしたぼくの顔に当たる、柔らかい感触。
目の前は何故か真っ暗。・・・いや、真っ黒?
「待たせてごめんなさいね」
顔をあげると、シロナさんの微笑み。
要するに。
奇跡的にドアが開いたわけでもなんでもなく、ただシロナさんが外から開けただけだった。
そしてぼくは、勢いよくシロナさんの胸にダイブしただけ・・・・。
「ちょちょ挑戦者はっ」
「-----なかなか強い子だったけれど、でも、それまでね」
そんな・・・。
険しいチャンピオンリーグを潜り抜け、四天王を打ち倒してきた挑戦者を、ものの数分で倒したなんて・・・。
その時の挑戦者曰く------
「あの時のチャンピオンは、どこか殺気立っていて怖かった」
「ガブリアス一匹に瞬く間にパーティーが全滅していく様は、まるで悪夢を見ているようだった」--------と。
「さてと」
びくっ。
「どうしたの?-----まだゆっくり休まなくちゃ駄目よ?」
ぼくを労わるような微笑み・・・でも、目が全然笑ってない・・・。
絶対零度の眼差しに、背筋が凍りそうになった。
がたがたと震えるぼくの体を、シロナさんはくるりと回転させる。
ドアは後方に追いやられ、前方にはふかふかのベッド。
ガチャリ。
無情にも、再び鍵が閉められるドア。
シロナさんの手には小型のリモコン-----あぁ、それを使って自由に鍵を開け閉め出来るんだ・・・。
ぼくが何をやっても開かないわけだ・・・。
-------ぼくの貞操が失われるのは、もはや時間の問題だった。
<つづく>