ゲンガーは暗い森でうろついていた。
つるんでいた二匹とも離れてしまったから今は1人だ。
二匹から離れた日、ゲンガーはあんなに暗い夜を今まで知らなかった。
人間だった頃の自分をもう覚えてはいないが、こんな夜も一人で越えられる年だったのだろうか。
ふん、と足元の落ち葉を蹴散らして寝転ぶ。
もう夜には慣れた、これからは一人で生きていかなければならない。
今日のように月が出ない夜は風が少し冷たいのだけども。
がさり
後ろで草の茂みが音を立てた。
ゲンガーは飛び退いて茂みから距離を取る。
「誰だ!?」
茂みの方に向かって声をかけてみるが、返事はない。
訝しげに少し近寄ると、
「その声…!」
月の光を背にして緑色の体が浮かび上がる。
ゲンガーは目を見開く、そこに居たのはサーナイトだった。
まずいと思って顔を背けて逃げ出そうとするが、するりと回り込まれてしまった。
「ゲンガーさん…」
屈んで目線を合わせようとするサーナイトの視線から逃れるようにゲンガーは後ろを向いた。
「お久しぶりです、また会えるなんて…」
赤い目が、声が震えている。
「…今更オレになんの用だよ」
「あれから色々と聞きました…キュウコンのこと、たたりのこと、そしてゲンガーさんのこと…」
かさかさと落ち葉を踏んで近づいてくる足音に、なんとなく逃げ出す気持ちにもなれなくてゲンガーは黙って立っていた。
「…助けて下さってありがとうございました」
「ケッ、助けたのはオレじゃなくて…」
「それでも、嬉しかったんです」
サーナイトが急に身を乗り出したために落ち葉が舞った。
「ぼんやりと思い出したんです、本当にぼんやりなんですけど…」
ゲンガーはぎくりとした。
忘れているのなら綺麗に収まりがつくと思っていたのに、なぜ今更。
「今、私はチャーレムさんに誘われて探検隊をやってます。もしかしたらゲンガーさんにどこかで会えるかもしれない…と」
「チャーレム?」
聞き覚えのある名前に思わず聞き返すと、サーナイトは顔を輝かせた。
「ええ、本っ当に心配してらしたんですよ。この近くまで探検に来てたんですが、道を踏み外してしまって…朝が明けるまで待つ事にしたんです」
ゲンガーは昔一緒に悪さをして回った妹分が元気そうでサーナイトに気づかれないようにため息をついた。
元気そうだな、よかったじゃないか。
「…ですから、ゲンガーさんも一緒に来ませんか…?」
「ケッ、オレが?冗談じゃねえぜ」
落ちてきた落ち葉を一枚息ではらうと、ゲンガーは立ち上がった。
今更行けるわけがない。本当に今更だ。
「…あるサーナイトは大切な人を、守り切れなかったんです」
「オレはサーナイトを見捨てた人間を知ってるぜ」
ぶっきらぼうな言い方に少し、感傷が混じる。
懐かしいと思うべきなのだろうか…?でも、自分はもうあの人のサーナイトじゃない。
けれども、見知らぬ衝動に胸の奥が疼く。
「きっと、サーナイトはその人間が好きだったんです」
「…その人間もサーナイトが嫌いじゃなかったってよ」
二匹の視線が頼りなさげに交わる。
「本当に嬉しかったんです、私を置いていったあの人が…ちょっと時間がかかってしまいましたけど、助けてくれて…」
はっきりとはしない二人の記憶だから、言葉を選びながら話すサーナイトをゲンガーは黙って見つめた。
人間だった頃は一緒に野山を駆けて回ったんだろうか、見つけた木の実を分け合ったんだろうか。
…いや自分の事だからあちこち連れ回して、食べ残した木の実を押しつけたりしていただろう。
ゲンガーの申し訳なげな視線を感じて、サーナイトは胸が熱くなった。
色々なものが込み上げてきて胸が苦しい。
あの人のことは忘れてしまったけれど…この人が本当に好きなんだ。
「お願いします…二度もあなたと離れたくない。それが叶わないのなら、どうか、どうか…」
細い声が自分の中の深い所を揺らす感覚に、ゲンガーは舌打ちをした。
自分がまだ人間だったなら、このサーナイトの懇願の意味を知らずにすんだ。
しかし、今となってはサーナイトの声にならないすすり泣きの意味も、それに含まれる感情も、なんとなくわかる。
人間の言葉を借りるなら、抱いてくれと、今だけでいいから愛してくれ、と言っているのだろう。
ゲンガーは更に舌打ちをした、それにサーナイトがわずかに反応したのか、抱きしめる腕の力が強くなる。
感情の表面だけを汲み取るのなら、サーナイトの気持ちは正直、嬉しい。
しかし、何故わざわざ糸をたぐるようにして見つけた記憶にすがらなくてはいけないのか。
…我ながら酷いヤツだった、そのオレをお前は忘れたんだ。
それでよかったじゃないか。
ゲンガーは今にでも振り向いて、サーナイトにそう言ってやりたかった。
後ろから月の明かりが照らす。
自分の前に作り出された影は、隣り合う二匹のポケモンだった。
「サーナイト」
振り向くと顔を輝かせたサーナイトが細長い腕を首に回して抱きついてきた。
体がより深い影を求めている。
ゲンガーは自分の影にとけ込むと、サーナイトの影ごと近くの深い茂みに身を寄せた。
その自らの影に引っ張られるように、サーナイトは茂みの前に立つ。
深呼吸を一つして、ゲンガーが息を殺す茂みに潜り込んだ。
「ゲンガーさん」
「…なんだよ」
流石は闇の住人、この人はやっぱりゲンガーなんだ。
冷たい視線が自分に投げかけられてサーナイトは少しすくんでしまった。
そんな自分を見て戸惑ったように舌打ちをするゲンガーを、サーナイトは愛おしく思った。
ゲンガーの長い舌がサーナイトの華奢な体の、下腹部から胸元にかけてを舐めあげる。
「あ、あ!な…んか、ピリピリします、んっ!」
サーナイトは草を掴み、腰を震わせた。
まなじりの滴よりも先に、ひくつく足の付け根から火照った液が垂れ、ゲンガーはそれを舌で舐めとった。
「ふ、あぁあ、あ、ああ!」
肉厚のザラザラした舌の感触が、太ももから下腹部にかけてまで包み込む。
再度草を掴み、快感の波に耐えようとするが、指先に力が入らずにさっとさらわれていく。
今もひくついて液が溢れているそこから花の匂いがする。
タンパク質を取らない草タイプだからだろうか、思っていたようなすえた臭いではなかった。
ひょいっとサーナイトを尻を突き上げた格好に転がす。
「あ…顔が見たいです、怖くて…だめですか…?」
「体格が違うだろ、ケケッいいから黙ってな」
液体でぬれた股にぬるりとした感触が滑り込み、サーナイトの体に震えが走る。
「あ…」
意外とすんなり受け入れる事が出来て、サーナイトは安堵のため息をついた。
ふかふかとした落ち葉から土のにおいが立ち上ってきてひんやりとした心地よさに身を震わせた。
ゆっくりお腹の中を這いずるものに胸の方まで塞がれたように苦しくて、息を吸い込んだ瞬間に深く突き込まれて思わずむせ込んだ。
「けほ、くふっ…あっ、あ、そんないきなり…あ!」
胸から背にかけて突き出ている突起を舌で舐めあげられる。
背中にぞくぞくとした強い快感が走り、サーナイトはより強く目の前の草を握りしめた。
「ゲンガーさん、ゲンガーさぁん…」
「…く、」
探し求めるように名前を呟かれるが、なんとなく気落ちがしてゲンガーはそれに応えることをしなかった。
力を入れていた腰が弛んで、かなり切羽詰まっていたし、何より必死に訴えかけるように涙をぽろぽろとこぼすサーナイトの姿で胸が一杯だった。
「来て、くれますよねっ…ぁ、一緒に…!」
きゅうっと体の奥から吸い上げられるような感覚に身を任せ、一瞬入れた力を波が引くように抜いていく。
ため息と共に引き抜くと白い粘液がつうっと垂れ落ち、糸が切れたようにサーナイトが倒れ込んだ。
だるくてたまらない体を動かし、ゲンガーはサーナイトの顔を覗き込んだ。
くったりと寝ている…が、ほんの少し笑ったような気がした。
「ケケッ…本当、バカなヤツだ」
ゲンガーの長い間言いたくてたまらなかった呟きは暗闇の中でよく響いて聞こえた。
朝だ。
瞼の裏に光を感じてサーナイトは寝返りをうった。
悲しくて…素敵な夢を見た。
ずっと探していたゲンガーさんに全て、本当に心の底からの全てを伝えた夜の夢。
夢…?違う、そんなものじゃなく…!
「ゲンガーさん!?」
辺りを見回した。
深い茂みの中ではなく、木々の開けた朝日がよく差し込む場所にサーナイトはいた。
それこそ、仲間が見つけやすいような場所に。
けれどもゲンガーの姿はどこにもなかった。
確かにここに、隣にいたはずなのに…やはり自分の思い上がりだったのだろうか。
少し冷えた自らの肩を抱き込んだ。
ほんの少し気配が、においがする。
あの日暗い洞窟から運び出してくれたのは彼だった、それから少しずつ記憶をたぐって、人伝いに聞いて…ようやく出会えたのに。
一晩だけって言わなければ良かった、心のどこかで絶対に来てくれると甘えていたのかもしれない。
「ゲンガーさん…」
涙がじんわりとにじんで来たその時、
「なんだよ」
ガサガサと茂みをかき分けてゲンガーがひょっこり顔を出した。
驚きに面食らっていると後ろから仲間の声が聞こえてくる。
朝日の中でゲンガーが照れくさそうに笑っている。
もう少しで仲間達がゲンガーに気がつくだろう、そして…
これから先のことがあまりに嬉しいことばかりだ。
サーナイトはそれを早くみんなに伝えたくて、両手を広げてゲンガーに抱きついた。
みんなの喜びの声で落ち葉が舞う森は朝日に満ちてどこまでも明るい。
おわり