「ストライクにも言ったが……死んでも恨むなよ?」
ザングースは爪についたストライクの血を舐め、そう言った。
「そんなのが怖くないことくらい、わかってるだろ?」
「よく言うよ、お前は……」
「まぁまぁ、……でも、今は最高の時だと思うぜぇ?俺も、リーダーも本気の命のやり取り。そんなのなかなか無いからな」
サンドパンはニヤリと笑いながらそう言った。
その言葉でザングースはあることに気づき、そして溜め息をついた。
「そういうことか……。そのためにこんなことを」
「まぁ、な。いいじゃねぇかよたまにはさ。……受けてくれるんだろう?再戦」
「……この場合、受けるしかないんだろう?」
「リーダー分かってんじゃん!そんじゃ、始めるか」
言うが早いか、サンドパンが動く。ザングースに向かって一直線に、駆ける。
サンドパンの隙の少ない素早い攻撃を、ザングースは受け止めずに、後ろに下がってかわした。
サンドパンは何度もザングース目掛けて攻撃を打ち出すが、ザングースは受けることなく、全てを避ける。
「どうしたよ、リーダー?受けないのかぁ?」
「無意味に受けることもないだろ?今のお前は力が上がっているんだからな」
ザングースはサンドパンの攻撃をギリギリのところで避け、大振りに頭上から爪を振り下ろした。
それを当然のようにサンドパンは後ろに下がって避けた。そして、二匹の距離が少し開く。
「あぁ、やっぱ気づいてたかぁ」
「バトンタッチ。自分の上げた能力を引き継がせる技……さり気なくやってもわかっているからな」
ザングースは当たり前だという顔でそう言った。
「まぁ、どちらにせよこれは俺の方が有利って感じなんじゃねぇの?」
「ばーか。だとしても関係ない」
「……何故に?」
「勝つのは俺だからだよ」
そして、ザングースからの攻め。
右腕を真横から、払うようにサンドパンの顔を目掛けて振るう。
サンドパンはそれを下がって避けるが、ザングースはそのまま回転し、その力を乗せて裏拳でサンドパンを叩く。
それをサンドパンは片手で受け止め、痛みに顔を歪めながらも開いているもう片方の手でザングースのわき腹へ爪をもって切りかかり。切り裂きにかかる。
「――ッ!!」
ザングースはすぐさま反応し、離れたが遅く、わき腹を傷付けられてしまう。
痛みはそれほどでも無いが、ザングースは反射的に傷口を押さえた。
傷口の辺りの白かった毛が赤く染まる。
(このくらいは、大したことないな)
それに、今はその程度のことを気にしてはいられなかった。
サンドパンは間髪いれずに切りかかってくる。
そこで初めて、ザングースはサンドパンの攻撃を受け止めた。
爪と爪がぶつかり合い、鋭い音が辺りに響き渡る。何度も、連続して。
そのぶつかり合いの中で、ザングースは慎重に隙を伺う。だが、今は単純に力だけならサンドパンの方が上で、ザングースはそれに徐々に押されていた。
待っていても、隙は出来ない。
(そこは流石、といったところか……)
サンドパンの攻撃をザングースはかわす。サンドパンはそこを追撃してくる。
右手での攻撃、ザングースから見て左。ザングースはそれを左手で払った。
内側から、外側へ。
その結果、サンドパンの右はがら空きになる。
ザングースは払った左手をすぐさま返し、サンドパンの腹を目掛けて殴りかかった。
「あ、ぐぅ……っ!!」
ボディへの深い衝撃。数歩後ろへと下がる。それなりの痛みがあるのだが、サンドパンは止まることはなく、すぐに反撃へと転じた。
「スピードスター!!!」
サンドパンが腕を振るうとそこから星形の衝撃波がザングースに向けて一直線に飛んでいった。
「チィッ!!」
ザングースはそれを切り裂こうとするが無意味で、腕に痛みが走るだけだった。
スピードスターは必ずヒットする技……逃れることは出来ない。
サンドパンはそのまま離れながらスピードスターを放ち続ける。
大きなダメージとはならないが、それでも何度も当たれば痛みは増してくる。
(あの野郎……チマチマと姑息なマネを!!)
ザングースは左腕を盾に、サンドパンへ向かって走る。
「鬱陶しいん、だよっ!!!」
ザングースはサンドパンの頭を狙い、爪を振り下ろす。
そして、それはサンドパンを切り裂いた。
「なっ!?」
しかしそのサンドパンの姿は完全に消えていた。
「残像だ」
後ろからの声に、ザングースは振り向きながら全力で、
「それは身代わりだっ!!」
と、突っ込んだ。
サンドパンはそれを綺麗にスルーして、ザングースへと向かっていく。
サンドパンの爪が、ザングースの顔の横を抜けていった。風の音が、とても乱暴にザングースの耳に届く。
ザングースの爪が、サンドパンを切り裂こうと肩から斜めへと振られる。あと数瞬避けるのが遅ければ完全に致命傷だったと、ゾクリとする。
そんなやりとりのなか、サンドパンの頭を上から狙ったザングースの大振りの攻撃が外れ、その勢いでザングースの体が前へと倒れてしまう。
その動作のなかで、サンドパンはザングースの体が倒れきるよりも先に攻撃の構えをとった。鋭い爪を、倒れていくザングースに狙いをつける。
わずかの間にサンドパンは考え、次へと繋ぐ動作を行い、そして勝利を確信した。
(倒れたリーダーの背中に爪を突き立てれば……多分死ぬ!!)
などと適当な確信ではあったがサンドパンはそう思った。
だが、ザングースはサンドパンの思い通りには動かない。動かなかった。
ザングースはすぐさま地面に手をつき、前に倒れた反動を利用して足を上げ、逆立ちの状態へともっていく。
サンドパンはその予想外の行動に、一瞬戸惑ってしまう。
その一瞬だけで、充分だった。
「――あ……ッッ!!?」
サンドパンの声。と、言うよりはサンドパンの口から漏れた音だった。
ザングースの大きなフワフワした尻尾が細くまとまり、堅くなる。
それはまるで鋼のように。シャキーン!
そして、その尻尾はサンドパンの頭へと直撃する。
その尻尾の、アイアンテールの威力を頭にまともに喰らえばかなりのダメージだ。
「ぅ……ぐぅ……」
サンドパンの額は割れて、血が、赤い血がダラダラと流れていた。それをサンドパンは腕で乱暴に拭き取った。
そのせいで、ほぼ顔中が赤く染まる。
ザングースは距離をとり、警戒しながらその様子を見ていた。
「く……ふ、はは。あははははっ!!」
苦痛に歪んだ顔は、唐突に笑顔へと変わる。それは決して純粋なものとは取れないが。
(……ついに頭がおかしくなったか)
そんな感想を抱き、真面目に心配しているザングースにサンドパンは言葉を投げかける。
「今のはかなり効いたぜぇ。頭がズキズキしやがる。……楽しいなぁ、リーダー?」
(前後の文がイマイチ繋がらないし、お前がSなのかMなのかわからなくなるような発言は止めてくれ!!)
今が何となく突っ込みにくい雰囲気だったので、それはザングースの心の中だけに留めておいた。
「リーダー、お願いがあるんだが」
「……なんだ?」
「先に言っとくけど、俺は別にリーダーが憎いとかそんなことは全然思ってないからな」
「……あぁ」
「リーダー」
「……」
「死んでくれ」
見えなかった。とまではいかない。けれども全く反応は出来なかった。
「――ぅ…げほっ!!ぐぇっ!!」
ザングースは血を吐いた。紅色の血を、吐いた。それはサンドパンの腕に、かかってしまう。
サンドパンの爪が、ザングースの腹に深々と、突き刺さっていた。
その爪はザングースの腹の中でひんやりとしている。ひんやり……なんてものではなく、異様に冷たかった。
ただ、冷たかった。
サンドパンが爪を思い切り引き抜く。
ザングースはそのまま重力に引かれて、地面に倒れた。
傷口から血が流れ出す。それは異様に熱かった。
ひどく、熱かった。
火傷をしてしまいそうなほどに。
体から血を失っていく感覚がとても気持ち悪かった。久しぶりの感覚。
「くく、ふふふ、ひゃははははははは」
サンドパンは笑っている。
何が楽しくて笑っているのかはザングースにもなんとなくわかる。
自分の無様な姿が面白く、可笑しいのだろうと、ザングースは思った。
ザングースの背中に、また爪が刺さった。
そして引き抜かれる。
痛みはそれほど感じない。ただ熱かった。
体が痙攣したようにビクッとふるえたのがなんとなくわかった。
遠くから、あるいは近くからストライクの「うわ……」というつぶやきが聞こえた。
そして、ザングースは動かなくなった。
まだ息はあるが、あくまで「まだ」息があるだけの状態だった。
サンドパンはザングースに、言った。
「俺の勝ちだぜ、リーダー。いや、ザングース……。そのまましてればすぐに死ぬだろうぜ。最後の時間を存分に味わってくれよぉ?きひひひ、あははははははっ!!!あははははっ……は…ッ!?ぐぅ…!!」
戦いの流れは、変わりやすい。
サンドパンの腹にはザングースと同じように深々と……ザングースの爪が刺さっていた。
「ぅ゛…はぁぁ……げほっ!!ぁ、く……なんで……動けるんだよ?そんな……状態で……ッッッ―――――!!!!」
サンドパンの問いには答えず、ザングースは爪を、動かした。
引き抜かずに、中身を抉るように。
生の肉を抉るグロテスクな音は、サンドパンの声にならない悲鳴によってかき消される。
「――――――ッッッ!!!ァァァァァァア!!!!」
まるで爪という舌でサンドパンの中身というご馳走を堪能しているかのように、優しく、激しく、執拗に抉る。
そして、ザングースは唐突に爪を引き抜いた。
サンドパンは当然、倒れる。すでに意識はない。
ザングースも、倒れる。まだ微かに意識は残っていた。後ろに仰向けに倒れて、そこで目に入ったのはストライクの姿だった。
ザングースに向けて、ザングースの首に、鎌を当てている。切り落とそうとすればすぐにでも切り落とせる。
そんな状態でストライクは、
「リーダーってさ、精子に関してはドMだけど、生死に関してはドSだよねぇ」
と、呆れるように言った。
「っていうか、二匹とも……今かなり危ない状態だけど、わかってる?」
いつでも殺せる状態に構えている奴のセリフだとは到底思えなかったが、ザングースは頷いた。
「まぁ、あとで僕が治療しておくけど……。リーダー、普通そんな傷じゃ動けないよ?」
「主人公……補正だよ……」
「リーダーが主人公かどうかは怪しいから、ご都合主義って言った方が合ってると思うよ。あぁ、それと……」
ストライクは何かを思い出したような、演技をしてこういった。
「ルール無用、最後に生き残ったもの勝ち……だったよね?」
ストライクはニッコリと笑ってそう言った。
「……好きにしろ」
ザングースはかすれた声で、そう言葉を発した。
こうして、チームかまいたちリーダー争奪戦は、ストライクの勝利で終わることとなったのだった。