「誰も……いないよね?」
静かに波が流れる浜辺に海の中からちょこんとマナフィの頭が覗いた。
まだ幼さの残るように見えるマナフィは小さく呟いて辺りを見回した。
長い草の生い茂る草村に、遠くには岩場も見える。振り返れば自分が住む海がどこまでも広がっている。
そのどこにも誰の姿も見えず、ただ海の匂いのする風が吹き抜けていくだけだった。
そのことを確認したマナフィは安堵の息を漏らすと、ゆっくりと陸へとあがりだした。
自由に動き回れる海の中とは全く違う感覚にマナフィは戸惑いを覚える。
「っとと……」
初めての陸に今まで歩いたことのないマナフィはうまくバランスがとれないようだった。
それでも足を刺激する浜辺の砂の感覚に親切味を感じていた。
同じマナフィたちと海の中で暮らしているマナフィは今まで一度も陸にあがったことがない。
大人たちに陸は危ないから行ってはいけないと小さい頃からずっと言い聞かされてきたからだ。
(私だってもう子どもじゃないんだから、平気よね)
自分ではもう子どもじゃないとは思っていても、マナフィはフィオネから進化したばかりでまだ中身は子どものままだ。
だからそう自分に言い聞かせないとすぐに不安になってしまう。
しかし、未知の世界である陸への好奇心の方がマナフィの中では強かった。
「やっぱり海の中とは全然違うわね」
周りにある目に入るものすべてがマナフィをおどろかせた。
海の中にあるものでも陸にあるものとは全く違う。海の中で水に揺れる草と潮風にそよぐ草では全く違うものにすら見えた。
しばらく陸に慣れるように浜辺を歩いていく。
ふと、草むらに興味を惹かれ、そっちの方へと近付いていく。
そこに生えている草はほとんどマナフィの背丈よりも高い。
(この先には何があるんだろう……)
マナフィは少し不安を感じながらも背丈の高い草をかき分けて草むらの中へと入っていく。
「? あれは?」
しばらく草むらを進んでいると、草の隙間からかすかにポケモンらしき影が見えた。
マナフィ自身どこに向かっているのかもわからないのでそっちの方向へと向かい始めた。
すると、唐突に草むらが終わり、開けた場所に出てきた。
その真ん中にさっき見かけたポケモンがいた。見たことのないポケモンだった。スライムのようにドロドロっぽくて紫色の体をしている。
マナフィは後ろにいるので向こうはまだこっちに気づいていないようだ。
気配を消しているわけでもないのに、マナフィがいくら近づいても気がつかない。
「こんにちは!」
マナフィは迷わずそのポケモンに話しかけた。
「! ……!こんにちは」
そのポケモンはマナフィの挨拶に素早く振り返った。
相手は何故か二度驚いたように見えた。
一度目は急に話しかけられたこと。二度目はマナフィを見て驚いたみたいだ。
向こうもマナフィのことが珍しいのだろうか?
マナフィはそう思った。
「あなた、なんていうポケモンなの?」
「ボク?ボクはメタモン。……見たことないの?」
メタモンはそう問いかけると、マナフィは初めて陸に来たことを伝えた。
それでメタモンも納得したようだ。
「そっか陸は初めてなんだね」
メタモンは初めて会ったにも関わらず、しっかり話を聞いてくれた。
「うん。まだ来たばっかりだからよくわからないけれど」
マナフィは辺りをせわしなく見回しながら言った。
今マナフィが居る場所は丸く開けていて広場のようになっている。その周りは草むらで覆われている。
地面には刈り取ったような跡があった。
「じゃあボクが案内してあげようか?」
メタモンの突然の申し出にマナフィは断る理由が無かった。
「いいの?ありがとう!案内してくれると助かるわ」
マナフィはすぐに案内を頼んだ。
一匹で見通しの悪い草むらをさまよっているよりも、陸に住んでいるメタモンに案内してもらった方が何倍も楽だ。
「それじゃあ、ついてきて」
そう言うとメタモンは草むらに向かって進み始めた。
マナフィはメタモンを見失わないように追いかけた。
何も疑わずに。