タンタンタン、と早いリズムの音で眼が覚めた。
雨粒がガラス戸を叩いているのだというのに気づくまでに、少し時間がかかった。
サトシはベッドから起き上がり、ガラス戸越しにベランダをのぞく。
予想以上に激しい風雨だった。軒を越えて降り注ぐ雨でベランダには小さな水溜りが出来ており、街路
樹は風で左右に揺すぶられている。
特に意味なくその光景を眺めているうちに、寒気がしてサトシは身震いした。
エアコンの設定温度はいつもどおりであるが、わずかに湿気を含んだ空気のせいで部屋はいつもより寒
い。
なにより、今のサトシは一糸纏わぬ裸であった。季節は冬真っ盛り。いかに暖房付きの室内とはいえ、
寒さを感じて当然の格好である。
ここでさっさと服を着るのが普通人というものだろうが、サトシは怠惰な道を選んだ。
すなわち、自分がさっきまで寝ていたベッドに逆戻りするという道である。
だが暖かさを求めて潜り込んだ布団は、すでに体温の温もりを失いつつあった。布団を引き寄せ丸まっ
てみるが、なかなか温まりはしない。むしろ意識が明確になってきた分、さっきより寒さを感じる。
寒さで鳴りそうになる奥歯を噛み締めながら二の腕を擦るサトシ。観念して服を着ようかと考えている
と、その身体が引き寄せられた。
柔らかく温かいものがサトシの身体を包む。目の前には、流れるような紺色の髪と瞳。
「身体冷えてるね」
サトシを抱きしめている少女、ヒカリはサトシと同じく全裸である。だがその肌は布団でしっかりと
防寒されており、人肌の温度を保っている。
「暖めてあげる」
きゅっ、と腕に力が入った。肌がさらに密着する。
ヒカリの体温が肌から骨まで染み渡っていき、あっという間に寒気が退散した。
それでも、サトシはヒカリの腕に抱かれたままだった。この肌の温かさと柔らかさは、そう簡単に手
放したくない。なにより、顔面に感じているものがたまらない。
ヒカリは、サトシの頭を胸にかき抱いている。つまりサトシの顔はヒカリの豊かな双丘に埋もれた
状態になっていた。
顔をぴったりと覆ってくる柔らかさと、鼻腔に直接入ってくるヒカリの匂いに窒息しそうになり、サトシ
は少しだけ顔を動かして隙間を作った。
「雨降ってるの?」
「ああ、かなり強い。台風並みと言っていいくらいだ」
「じゃあ今日は出かけれないね」
「どこかに行きたかったのか?」
「べつに。思っただけ」
その気になれば二人とも車持ちなので出かけることは可能だが、さしたる用がないというのならこの雨
の中を外出する気にはなれない。
言葉はそこで途切れた。
そうなれば、会話に使っていた神経が耳と皮膚に回る。耳は雨音に混じるヒカリの呼吸を、皮膚はそ
の温度を感じ取る。
息を吐くテンポが、僅かながら速くなっている。身体も、体温がじりじりと上昇している。
胸の谷間から見上げれば、瞳の色は微かに潤んで深みを増していた。
女心が分かってないと周囲に言われることが多いサトシだが、今の彼女がなにを期待しているか分から
ないほど鈍感ではない。
それでも、まだ朝だぞと言おうとはしたが、自分の下腹部も徐々に膨張しつつあることに気づいてやめ
た。
裸の恋人と抱き合っていればこうなるのは仕方の無いことだと割り切って、サトシは再度ヒカリの胸
に顔を埋めた。
だが今度は微妙に位置をずらして、口のところに胸の頂が来るようにした。
少しだけ硬くなっているヒカリの乳首を咥える。唇で固定し、頂点のほんの僅かにへこんでいる部分
を舌で溶かすように舐める。
もっと、とヒカリはサトシの頭に回した腕に力を入れてくる。
舌と歯で交互に可愛がりながら、手をそろそろと背骨に沿って下りていく。
たどり着いたのは、胸でも性器でもない三つ目の谷間。すべすべとした二つの丸みを愛でながら、その
合間に指をちょっとずつめり込ませていく。
「あんっ……」
少しだけ驚いた声を出したヒカリだったが、特に抵抗せずサトシの成すがままにしている。
昨夜はしなかったが、まれにここも使ってヒカリと愛し合う。最初は痛がっていたヒカリも、今で
は膣と同じぐらい感じるようになっている。
第一関節まで入ったところでサトシはそれ以上は進まず、くにくにと揉みほぐすように指を動かす。
そうしながら、残る手を前に回した。
腿を一撫でしてみれば、内腿の肌がざらついている。昨夜大量に出して流したお互いの体液が乾いて付
着したのだろう。
出した回数をつい数えてしまい自嘲するサトシだが、手は止まらない。
草むらをかきわけその奥にある谷間を擦れば、すぐにしっとりと湿り気を帯びてきた。
「ああぁぁ……!」
周辺をなぞるように指を動かせば、むず痒そうにヒカリの腰が動く。
そろそろいいかと思いながら、サトシは時計に目をやった。
眠ったのは明け方付近だったため、いつもの起床時刻を大幅に過ぎた今は朝の十時。これからどれほど
の時間乱れ合うかは自分でも分からないが、後始末を含めれば午前は全て潰れるに違いない。
しかし、今日と明日は珍しいことに二人とも連休だ。ならば初日の午前中を、怠惰かつ甘いことに使っ
てもかまいやしないだろう。
爛れた結論を出したサトシは胸から顔に口を移動させ、軽くキスをして問う。
「前と後ろ、どっちがいい?」
「サトシが、好きな方で。……でもね」
蕩けるような女の顔をして、ヒカリは誘ってきた。
「出来たら、両方がいいかな」
しばらくの間、部屋には雨音をかき消す甘い声が流れた。
甘い甘い二人
結局、起き抜けの情交は一時間に渡った。
それから昨夜と今朝の跡を流すために朝風呂に入り、朝食とも昼食ともつかない食事を取ると、やるこ
とがなくなった。
ミミロルとピカチュウはいつもの様に二人仲良く自分たちの部屋で遊んでいたが、自分たちは出かける先も気もない。
仕事は、ヒカリに家には持ち込まないでと言われているのでやるわけがない。家庭をぶち壊すほど仕
事命な男ではないのだ。
掃除をしようかとも思ったが、二人の留守中にアヤコがやっておいてくれたらしく目立った汚れは皆無。
さてどうしよう、と二人で食後のお茶をすすりながら話し合った結果。
「……こんなかんじでいいのか?」
「うん、気持ちいい」
サトシはヒカリの耳掃除をしていた。
ソファに座ったサトシの膝にヒカリが頭を乗せて寝転がっている。サトシは綿棒片手にヒカリの耳
の穴を覗き込んで、かすかに見える黄色い粘液を拭っていく。
こまめに綿棒を取り替えながら、サトシは訊ねた。
「痛くないか?」
「それ言うの七回目だよ」
ヒカリに呆れられるぐらいしつこく訊いているのは自覚してるが、曲がりくねっている耳孔はどうやっ
ても奥の方が見えない。その辺は手探りでやるしかなく、万が一傷つけたらと思えばつい何度も訊ねてし
まうのだ。
「まだ痒い所はあるか?」
「もうないよ」
「だったら、次は反対側」
ヒカリはくるりと寝転がって左の耳を上に向けた。そのため、ヒカリが顔面をサトシの股間に埋め
ているような体勢になる。
それだけで血が熱くなりそうな光景だが、幸いなことにその手の熱さは朝に発散させていたため、邪念
無くサトシは耳掃除に没頭できた。
「痛くないか?」
「だから……」
同じ会話をまた繰り返しながら、五分ほどかけてこちらも綺麗になった。
「じゃあ次はサトシの番」
起き上がったヒカリが、机の上に置いてあった竹製の耳掻きを手にする。
サトシと反対側のソファの端に座ったヒカリが、どうぞと膝をぽんぽんと叩く。素直に従い、サトシ
は横になった。
「うーん、けっこう溜まってるね。あんまり耳掃除しないの?」
ヒカリと違ってサトシの耳垢は乾燥系であり、痒みはさほどではない。どこに耳垢があるのか自分で
は分かりにくく、適当に耳の中を掻いて終わらせていた。
カサコソと耳掻きが優しく動き、耳の内側にこびりついている薄皮のようなものがこそげ落とされてい
くのが、見えなくても伝わってくる。
(……気持ちいいな)
他人に耳垢を取ってもらうなど、幼少時にハナコにしてもらって以来である。
あの頃は耳の中に異物が入ってくる恐怖にひたすら緊張していた記憶しかないが、大人になってから体
験してみると、耳の汚れを取ってもらうのは意外に快感だった。
そしてその気持ち良さの源は耳だけでなく、顔に感じるヒカリの腿の感触もある。
鍛えられて無駄な贅肉などは一切無いが、女性特有の柔らかさは失っていない。それに皮膚の張りが相
まって、素晴らしい弾力となっている。これが耳掻きの最中でなければ、思わず頬擦りしているところだ。
まったりとした心地良さに、だんだんサトシの瞼が下がってくる。
普段の激務。昨夜と今朝の激しい交わりによる体力消費と、それを回復するには足りない睡眠時間。お
まけに食事で腹がふくれている。
これだけ条件が揃えば、眠気が襲ってきて当然だった。
「こっち終わったよ。…………サトシ?」
ヒカリの声がする。まだぎりぎり睡眠欲に勝てる段階だったが、あえてサトシは眼を開けようとはし
なかった。
このままヒカリの膝枕で眠れば、きっとすっきり熟睡できるに違いない。
「……寝ちゃったの?」
問いかけに答えずゆるゆると意識を失おうとしていると、髪がゆっくりと手櫛で梳かれた。
「……サトシの寝顔って、可愛いね」
ヒカリの言葉を聞いたのを最後に、サトシは完全に眠りの谷へ落ちていった。
ふわりとした甘い匂いで、サトシは目覚めた。
膝枕をしてくれていたはずのヒカリはいない。
頭の下には本物の枕が入っており、身体には毛布がかけられていた。
固まった首をコキコキ回しながらどこに行ったのだろうと見渡せば、台所から微かな気配が伝わってく
る。匂いの発生源もそこらしい。
「台所にいるのか、ヒカリ?」
声をかけると、エプロン姿にミトンを装着したヒカリがひょこりと顔を出した。
「あ、起きたんだ。ちょうどよかった。クッキーが焼けたところだよ」
クッキーが一から完成するまでとは、ずいぶんな時間寝ていたものらしい。
エプロンを脱いだヒカリが、こげ茶色のクッキーを盛った皿をリビングに運んできた。
「今度タケシとハルカに作ってあげようと思うんだ。久しぶりだから上手に出来るかなと思って練習して
みたんだけど、どうかな?」
「つまり俺は実験台か」
「もう、またそういうこと言うんだから……」
軽口を叩きながら、サトシはクッキーをかじった。
適度な熱さと、さくりとした食感。じわりと口に広がるココアの味。市販品と比べても遜色ない出来で
ある。
しかしタケシやハルカの為の練習だと言っているが、このクッキーはどう見てもサトシのために作られたもの
だった。
甘いものが多少苦手なサトシのために、砂糖とバターは控え目。ココアのほろ苦さを引き立てるように作ら
れている。
「子供の頃なら、この数倍甘いぐらいの方が喜ぶよね」
恋人の気遣いを嬉しく思いながらも、ちゃんと思ったことは言うサトシ。
二枚目を口にする。小腹が空いていたこともあって、手が止まらない。だいたい出来立ての焼き菓子と
いうのは、砂糖と塩を間違えでもしない限り問答無用で美味しいものである。
ヒカリも食べ始め、あっという間に数が減っていく。
最後に皿に残った一枚。それに手を伸ばしたのは、二人同時だった。指先が一瞬触れ合い、驚いて離れ
る。
「……サトシがどうぞ」
「いや、作ったのはお前だから、ヒカリが食べればいい」
「私は味見した分もあるからいいよ」
譲り合いはなかなか終わらない。二人ともこうなってしまえば、じゃあ自分がと言い出しにくい性格な
のだ。
「……だったら」
押し問答の末、ヒカリが最後の一枚を手に取る。引いてくれたのかと思ったが、違った。
「二人で食べよ?」
茶色のクッキーを唇で咥えて、ヒカリが小さく顔を突き出した。
言葉と行動から、意図は簡単に読み取れる。
さすがにそれをするのは気恥ずかしさを覚えるサトシだったが、誰も見ていないのだしいいだろうと思
い直してヒカリに顔を近づける。
クッキーの端をゆっくりかじっていく。十秒も経たずして、唇が重なった。
舌を入れたくなるが、クッキーが邪魔してヒカリの口に入れない。噛み砕こうにも、あちらの口に入っ
ている部分はどうしようもない。
それでも唇の柔らかさは感じ取れるので、自分の唇に神経を集中させていると、そのクッキーがこちら
に押し込まれてきた。
続いてヒカリの舌も入って来て、サトシの舌にクッキーを押しつけるように動く。
唾液でふやけたクッキーは、すぐにぐずぐずに崩れてサトシの口腔に散らばる。それをヒカリは舌を
使って集めていき、何度も自分の口に運び直す。そうしながらも、入ってくる時にちゃんとサトシの舌に
絡めていくのも忘れない。
あまりに巧みな舌遣いに翻弄され、一方的に受身となってしまい何も出来ないサトシ。
隅々まで舐め取り、さらにサトシの舌を一分近く味わってからようやくヒカリは離れた。
「……これだけは、すごく甘かったね」
余韻の残る呆けた眼のままヒカリは呟く。
「サトシが隠し味だからかな」
最後に赤い舌が、唇に残ったクッキーの滓をぺろりと舐め取った。
それからは、今度は自分がサトシの膝枕で寝たいと言い出したヒカリに膝を貸してやり、時々ヒカリの寝顔を鑑賞しながら読書。
夕刻になり、ピカチュウとミミロルがお腹を減らしていたのでヒカリを起こした。愛妻料理を食べ終われば完全に夜だった。雨は勢いを落としたも
のの、まだ降っている。
リビングで食後の休憩にピカチュウとミミロル、そしてサトシはテレビを見ていた。バラエティー番組で面白そうなものはやってなかっ
たので、画面には見慣れた国営放送のニュースキャスターの顔が映っている。
そこに、洗い物を終えたヒカリが台所から出てくる。ソファの前まで来たが、腰を下ろそうとせずサトシの前に立った。
「……いい?」
何が、とはヒカリは言わない。サトシも訊ねず、無言で頷いてやる。
「えへへ」
童女のように笑い、ヒカリはくるりと後ろを向いた。
そのままサトシの膝の上に腰を落としてきた。そのまま全身の力を抜いて、ヒカリにもたれかかってく
る。
「ミミ……!」
「ピカっ……ピカぁ?」
そんな二人のやりとりにいつの間にか、テレビそっちのけで視線を移したミミロルが恥ずかしそうにピカチュウの手を取り
大急ぎで隣の部屋に走っていった。
「ミミロルも空気読めるようになったね」
「ああ、そうだな」
微笑ましいピカチュウとミミロルに和んでいる二人の身長はほぼ同じ。ヒカリを膝の上に乗せれば、テレビは見難くなる。
だがそんなことはどうでもいい。ニュースは耳から入ってくる音声だけで判断し、目は絹糸のように細
く艶やかな髪と、その隙間から垣間見えるほっそりとしたうなじを愛でる。
きっとヒカリも、テレビよりはサトシの膝の座り心地に神経を集中させているだろう。
恋人関係になってから自宅でテレビを見る際は、二度に一度はこういう体勢になる。
二人きりで過ごすときのヒカリは別人のようだ。
外では節度ある女性としての姿を崩さず、サトシとのデートの時も手を繋ぐのすら恥かしがるほど初心
である。
それが人目が無くなると、人懐っこい猫みたく甘えてくる。なにかといえばヒカリに引っつきたがり、
昼間のクッキーのようなことも度々してきて、直接的な言葉で交わりを求めてくることもある。
最初は戸惑い赤面するばかりだったサトシだが、今は素直に甘えさせている。
ヒカリはサトシと同じく、子供の頃母親の下からずっと旅に出かけ、あまりアヤコに甘えてはいなかった。
そんなヒカリがサトシによく甘えわがままを言ってくれるのは、自分が特別な人間だと認識
されているようで、恋人として嬉しい。
「……サトシ」
恋人の声で、サトシは思索から引き戻された。
いつのまにか、ヒカリの顔が画面ではなくこちらを向いている。膝に乗っている分だけヒカリの目
線が上になり、珍しく見下ろされる形。
「お尻に……当たってる」
指摘され初めて、自分の一部が熱くなっていることにサトシは気づいた。
身体全体で感じていたヒカリの柔らかさに、無意識下で反応していた自分の分身に苦笑いする。
といってもまだ半勃ち状態であり、彼女を膝から下ろせばすぐに元通りになるだろう。
しかしサトシはそうせずに、ヒカリに口づけした。彼女の瞳に期待する色を見つけたこともあったが、
なにより自分もそうしたい気分だったのだ。
舌を絡めあいながら、リモコンに手を伸ばしてテレビを切る。ここからは雑音はいらない。ヒカリの
声だけ、耳に入れたい。
「……今度は、ちゃんとするんだ」
キスが終わると、すっかり淫卑に染まった眼でヒカリは妖艶な笑みを浮かべた。
「クッキーの時もね、あのまま押し倒されるかと思ってたんだよ」
「さすがに朝したばっかりだったから、あの時は無理だ」
「どうかなぁ……」
ヒカリの身体が徐々に動いていく。
「いつもは、私がもう駄目って言ってもいつまでもして」
身体同士を重ねるようにしていたのが、片腿に尻が移動する。
「お腹の中が一杯になるくらい出してるのに?」
チチチと音を立ててジッパーが引き下ろされる。サトシの瞳を覗き込んだまま、ヒカリは手探りで下
着の奥から肉棒を露出させた。
「……俺にだって限界はある」
「だとしても、今はたくさん出来るよね。……こんなに硬くしてるんだから」
白い指が輪を作り、陰茎を上下しだす。それにつれて、サトシの下半身にじわりと快感が広がってくる。
すぐに、先端から透明な液体が零れだした。一度手を止めてそれを手の平に塗りたくり、またヒカリ
は手淫を続ける。
しかしそこから、ただ擦るだけだった愛撫が変化した。幹主体の動きだったのが、空いていた手で亀頭
を攻めだす。
「……んんっ!」
割れ目に軽く爪を立てられ、思わずサトシはうめく。
「ふふふ、サトシの声、可愛い」
愉しそうに、ヒカリは亀頭を弄る指を止めない。
サトシの愛撫はたしかに気持ちいいが、されっ放しというのも癪に障る。
手を回して、ぐいと強めにその豊かな胸を掴んだ。
「はぁんっ……!」
今度はヒカリが声を上げる番だった。
服の上からな分だけ、いつもより力加減を強くしてサトシは胸を揉みたてる。
先端付近を指で探れば、確かに感じられる固い感触。服とシャツとブラジャー。三重の布越しでも分か
るほど、胸の頂は固く尖っていた。
「俺のに触ってるだけでこんなになってるんだな」
「サトシだって、私が上に座っただけで興奮したくせに」
言葉で軽く攻め合いながら、もっと相手を感じさせて主導権を握ろうと手の動きはエスカレートしてい
く。
しかし胸と性器では、サトシが不利なのは当然である。だんだん根元に熱い塊が集まってくる。横目で
ヒカリの顔色を窺えば、まだまだ余裕がありそうだった。
事態を打開すべく、サトシは口を使うことにした。首を伸ばして、耳たぶに噛みつく。
「ひゃん!?」
あえて歯型がつくくらい強く噛んだので、ヒカリの動きが一瞬完全に止まる。
その隙に手を動かして胸の下で抱きしめることで、両腕を拘束してしまった。ヒカリの腕の可動域は
著しく狭まり、指の先ぐらいでしかサトシの陰茎に触れない。逆にサトシはヒカリの双丘を好きなだけ
捏ね回せる。
「はぅん! サトシ、ずるいぃ……」
ヒカリが抗議してくるが、サトシは聞く耳持たず胸への愛撫を再開させる。
しこった乳首を布地で擦りつけて刺激し、柔らかい果実を五指で揉みしだき文字通り手中にする。
ヒカリもなんとか反撃しようと人差し指と中指で挟んでしごき上げたりしてくるが温いもので、もは
や完全にサトシのペースだった。
口の方もうなじを舐めたり甘噛みしたりとしているうちに、ヒカリの全身からくたりと力が抜けた。
腕をほどいても、動こうとしない。もう完全にサトシに身を委ねるという意思表示だった。
胸を揉む力を少しだけ緩め、サトシはスカートを捲り上げてヒカリの秘部に指を這わせる。
「ほら、こんなに音を立てるぐらい濡れてる」
わざと音が出るようにかき回し、ヒカリの羞恥心を煽る。
一番敏感な部分が触られて意識が虚ろになり出したのか、ヒカリの眼はとろりとして焦点が結ばって
いない。
このまま一気にイカせてもよかったが、サトシは恋人の意思を聞くことにした。
「……このまま、ここで一回しようか? それともベッドがいいか?」
「ベッドに、つれていって……」
掠れ声に頷いたサトシは、寝室に運んでいくべくヒカリを抱え上げた。
お姫様抱っこの形になったヒカリが、サトシの服の裾をきゅっと掴んだ。
ベッドの上で一度達するまで、その手は服を握り締めたままだった。
リビングでの戯れから数十分後、寝室の二人は全裸で絡み合っていた。
サトシは正常位でヒカリを組み敷き、男根を出し入れしながらその乳首も弄ぶ。
「やんっ! 先っぽ、摘まないでぇっ!」
「いつもこうされるのがいいって言ってなかったか?」
「そう、だけど……はぁんっ!」
片一方は硬く尖った乳首を揉み潰すように、反対側は思い切り引っ張り上げる。
そうしながらも、腰は動いてヒカリを穿ち続ける。
恥骨がぶつかり合って音を立てかねないほどの激しさ。
「ああっ……!」
ヒカリの身体が跳ね上がるように震える。
それを手足で強引に押さえ込んで、さらに強くサトシは腰を叩きつけた。
「くぅっあっ! サトシっ! や、やめて、んあぁっ!」
「嫌だ」
笑って恋人の言葉を拒絶し、押さえる手に力を加える。
まるで強姦のような光景。だがサトシはヒカリの限界を見切って腰を動かしている。これぐらいなら、
苦しさよりも快感の方が強いはずだ。
事実ヒカリの声は泣き叫んでいるが、身体はサトシを受け入れ、突かれるタイミングに合わせて腰を
微妙にうねらせている。
時折手足に力が入るのは痙攣のためであり、流れる涙は嫌悪や痛みのためではなく快楽によるものであ
ることを、眼が語っている。
「あ、ああ……ひゃああぁぁんっ!!」
子宮口を突き上げそのまま押し広げるように捻りを加えれば、一際甲高くヒカリが啼いた。
同時に最奥から潮が吹き出た。繋がったままなのに、その僅かな隙間からも飛び散ってサトシの陰毛を
濡らすほどの勢い。
「つあっ!!」
その飛沫をまともに亀頭に受けて、サトシは思わず射精してしまった。
自分の意思によるものではない絶頂。強引にされたお返しだと言わんばかりに、そのままぐいぐい締め
つけてくるヒカリの膣に、根こそぎ精液を搾り取られる。
尿道にも残らないほど放出し尽くしたサトシは、陰茎を引き抜きヒカリの隣に倒れこみ、しばらく射
精直後の満足感に浸った。
だが熱が冷めてくると、今度は空虚さが胸の内に到来する。
「…………堕落してるな」
天井を見上げて、サトシは呟いた。
朝は性交で始まり、食事を取ればすぐ昼寝。夜は夜でこうして性懲りも無くヒカリを抱いている。
ヒカリの体内や口に放った回数は、昨夜からの分を合わせれば片手の指の数を余裕で超える。
どう見ても、色に溺れた駄目人間の生活だった。厳格なイメージで通っている自分がこんな休日の過ご
し方をしてると知られたら、友人や部下はどんな顔をするだろう。
「……堕落してるって、こういうことしてること?」
自嘲の呟きだったが、ヒカリにも聞こえたらしく首をこちらに傾けてきた。
「だったら、私はサトシを堕落させる悪女だね」
「まさか。俺が勝手に溺れてるだけだよ」
「別にいいと思うよ。サトシが私のことばっかり考えてて仕事に身が入らないっていうのならともかく、
ちゃんとしてるんでしょ?」
「当たり前だ」
「だったら問題ないんじゃないかな」
ヒカリが身を起こし、顔に張りついた前髪をかき上げる。汗を吸った金髪が、電灯の光を反射してき
らめく。
「仕事は仕事。休日は休日。ちゃんと使い分けてれば、これぐらいは許容範囲だって」
「……そうか?」
「そうだよ。……なかなか会えないんだから、こういう時はいっぱい私に甘えて」
「甘えてる? 俺がお前に?」
「うん」
なにを当たり前のことを言ってるんだろう、という不思議そうな顔をするヒカリ。
その眼に見つめられているうちに、サトシは笑いがこみ上げてきた。
「……あははっ」
そう言われてみればそうだった。
耳掻きも食事も、その気になれば自分で出来る。なのにそれをヒカリにしてもらうのが当然のように、
サトシの中ではなっていた。身体を求めるのに至っては、ほとんどが自分のわがままだ。
なんのことはない。サトシはヒカリを甘やかしてるつもりだったが、その実自分もヒカリに甘えて
いただけのことだったのだ。
考えてみれば、サトシも幼くして父がいなく、残された母を困らせまいと背伸びした少年時代を送って
きた。ハナコに甘えた記憶などほとんど無い。
(あまりに似たもの同士なんじゃないか、俺等は)
つまりサトシもヒカリも、この年になってようやく遠慮なく甘えられる相手を見つけ出せたのだ。
「……変なサトシ」
いきなり笑い出したサトシに、ヒカリはずいぶんと不審そうである。
「そんなにおかしなこと言った?」
「そうじゃない。……ヒカリ」
サトシも身体を起こして、ヒカリと同じ目線の高さになる。
「もう一度、甘えてもいいか?」
「うん。だったら、私からしてあげるね」
嬉しそうに笑って、ヒカリはサトシに跨った。
性器同士がくっつく。愛液と精液でどろどろのヒカリの入り口は、するりと男根を根元まで飲み込ん
だ。
そのまま動き出そうとするヒカリの腰を、サトシは押さえた。
「できればゆっくりしてほしい」
「珍しいね。いつもはもっと激しくって言うのに」
「たまには、な」
サトシの言葉どおり、ヒカリはしばらくじっとしていた。
だがサトシを完全に納めきったその内部は蠢いている。ヒカリが呼吸をする度に、無数の襞がまとわ
りついては離れていく。
「サトシの、何もしなくても動くんだ……」
それは自分も同じなのか、うっとりとした顔でヒカリは呟く。
これはこれで互いに気持ちいいが、絶頂を迎えるにはあまりにも物足りない。
先に我慢できなくなったのはヒカリだった。少しずつ腰が動き出すが、快感に直結する上下の動きで
はなく、緩やかな前後の動き。
前かがみの姿勢になったため、サトシの目の前で二つの魅力的な乳房がぶら下がっている。ヒカリが
動くたび、前後左右に揺れる。
触るなというのが無理な話で、サトシは手を伸ばして動き回る白い塊を停止させる。
だがそのまま何をするでもなく、ふにふにと指でつついて弾力を楽しむ。いつものように滅茶苦茶に蹂
躙するのもいいが、たまにはこういう戯れ方もいい。
何度も口づけを交わし、上でも下でも混ざり合う。そうしているうちに、サトシの腰の辺りがびくつき
出した。
まだ騎乗位の本領である上下運動に移っていない。射精してもあまり気持ち良くないだろう。
しかし今日は朝から何度も激しく抱き合っている。最後はこれぐらいでいいのかもしれない。
「……出してもいいか?」
「うん。私も、ちょっとだけイキそうだから」
さらに数度腰を揺らして、最後に一度だけヒカリは腰を上げて、落とした。
それに合わせて、サトシは腰の滾りを解き放った。とくり、と放出するのではなく流し込むよ
うに精液が漏れる。
ヒカリという土壌に種を植えつけるのではなく、水をまき潤すかのような射精。
「はああぁ……」
こちらも軽く絶頂を迎えたヒカリが、桃色の吐息を吐いてサトシの上に倒れこんでくる。
その背に流れる髪の毛を撫でてやると、すぐに寝息が聞こえ始めた。
「……明日はどこか遠くに出かけようか」
眠りの世界に旅立った恋人に囁いて、サトシも眼を閉じた。
雨はいつのまにか止んでいた。
終わり