最も優れた者が最も幸福であるとは限らない。最も優れた者はその部分だけを搾取されるのだから。  
 もうすぐ夜になろうかと言う時、私はその真理に辿り着いた。  
 「……このまま屠殺ってのもかわいそうだし、逃がしてやるよ。最後の一匹ぐらい、大丈夫だろ」  
 髭もじゃのむさ苦しいおっさんが、私の頭を撫でながらそう言った。私は期待して九本の尻尾を軽く震わせる。  
 「どれ……ほら」  
 おっさんは鍵を使って私の首輪をはずした。ずっと首輪をつけられていたものだから、異様に開放された気分になる。  
 「さあ、どこへでも行けよ。ここら辺はキュウコンの生息地だし、寂しい思いはしないだろう」  
 おっさんがそう言うのを聞いて、私はすぐに駆け出した。こんなところ、行けと言われなくても出て行ってやる。日々体型を保つために質素な食事を摂り、演技の厳しい訓練を受け、自由な時間はなく、常に繋がれているだけの生涯に、何の楽しみもあるはずがない。  
 だがこうして自由を得れば話は別だ。私は滑らかなラインを描いて走りつつ、これからの生活への展望にほくそ笑んでいた。この容貌は自分にどれだけの利益をもたらすだろう。  
 私は適当に林間の道から外れた。森はあまり深くない。所々が漏れており、下草も邪魔になるほど生えてはいない。  
   
鼻を利かせてみたが、近くに女性のキュウコンはいないことが分かっただけだった。  
つまらなかった。私はあまり気の長い方ではない。  
 
 近くに誰もいないのだから、回りを気にすることもないだろう。私はもう少しだけ森の奥に入り、座り込んで毛繕いを始めた。  
 梳いて滞ることを知らず、決してくすむことはなく、何人たりとも讃えざるを得ない……それが私の毛皮である。自讃ではない。模擬コンテストで得た平均的な評価である。毛皮だけで言えば、私は同期のキュウコンの中で最も優れていただろう。  
 毛繕いは毎日行わねばならないな。そう思ったが、手入れはそこそこにして終えることにした。今は他にやりたいことがある。  
 私は服従のポーズをとった。上半身を上げて、首を股の間に伸ばす。既にそれは顔を覗かせていた。綺麗な肉の色だった。  
 実の所、今まで自分の陰茎をはっきりと見たことはなかった。人間があまりにも多すぎたため、内股の毛繕いの時ぐらいしかこんな格好にはなれなかった。  
 心拍の高まりすぎるのをなんとか抑えつつ、舌先で軽く突ついてみた。  
 「……」  
 不思議な感覚だった。だが悪くはない。じっとりと舐めてみる。癖になりそうだ。息を自然と荒げてしまう。  
 躊躇することはなかった。肉棒を思い切って咥えてみた。舌で舐め回すと疼くような快感が沁みる。堅さが一層増した。  
 何も顧みることはなかった。誰も私の行動を縛るものはないのだから。私は夢中になった。舌を巻きつかせてしごく程に高揚していく性感が、今まで私を抑えつけていたものを着々と崩壊させていく。  
 この行為は、私にとって肉体の快楽だけを与えてくれるものではなかったのだ。痛快である。私はもう自由なのだ。何をするにも許可はいらない。どれだけ堕落しても構わない。ざまあみろ。  
 だがそれも長続きはしなかった。唐突に快感の波は砕けて視界が暗転した。口の中に不快な味が広がる。  
 「うえっ、げほ、げほっ……」  
 陰茎から口を離すと、顔や胸に何か熱くて粘っこいものが付着した。だが麻痺したような快い感覚の中ではそんなことはどうでもよかった。なお心地よく感じすらした。  
 しかしそれは長続きしなかった。思考することはできないが、もう気持ちに余裕が戻ってきた。  
 あの粘っこい液体はなんだったのだろうかと見てみると、やや黄色の混じった白い液体が奇妙な臭いを放っていた。痙攣のような動きをしているペニスの先端からも同じ液体が流れ出ている。  
 
 気色悪いような気もするがさして嫌な感じもしない妙な液体だった。私は毛皮を汚してしまったそれを舐め取る作業に取り掛かった。さきほどの嫌な味が再びやってくる。こいつの味だったのか。  
 大方白い液体は取れたが、頬のあたりのものを舐め取るのは流石に無理だった。手で伸ばすと悪化しそうなので、仕方がなく放っておくことにした。水を見かけた時になんとかしよう。  
 その頃にもなると、一つのぼんやりとした感情が鎌首をもたげた。  
 ……虚しい。  
 徐々に冷静さを取り戻し、寧ろ哀しくなる中で、わずかな甘い香りに気づいた。慌ててきちんと四足になる。……女性の匂いだ。  
 近くには誰もいないと思っていたのに。それだけ耽っていたと言うのか。弱った。私は自身の痴態を見られなくなかった。だが、あえてそれを見られるのも一興かもしれないとも思う。  
 この際だから、そのまま女性を口説き落として享楽に巻き込んでやろうか。私には「メロメロ」がある。多少汚らしくても、雌は間違いなく落ちる。その自信はある!   
 私は女性を迎え入れることにした。香りはかなり近くまで来ている。彼女も私を探してわざわざここに来たのかもしれない。そうであるのなら、逃げるのは失礼だろう。  
 じっと待っていると、いよいよ女性は姿を現した。なるほど、野生のポケモンらしくプロポーションに無駄はない。毛皮がやや荒れているが、愛嬌として捉えられる範囲だ。耳の立ちも良い。尾の形も良い。並程度に優れた容姿だった。私には到底及ばないが。  
 女性はあっけらかんと私の姿を見た。むっと来た。私のこの姿を拒絶しての態度なら、無理矢理犯してやる。何をするにも許可はいらない。  
 だがその必要はなさそうだった。  
 
 「えっと、見ない顔だけど……男の子?」  
 何を言い出すかと思えば、私の性別の話だ。無愛想に答えてやる。  
 「私が女だとでも?」  
 「うわあ、あんまり綺麗なもんだから、つい……ごめんなさい」  
 そういうことなら悪い気はしない。気にするな、と一言だけ言っておいた。  
 女は私の横顔についている白いものを見ると、くすくす笑い出した。  
 「それにしても、その様子だと、一人で楽しんでたみたいね。もったいない……」  
 「どういう意味だ?」  
 何がもったいないと言うのだろう。  
 女は、まあ新入りだから知らないのは当然だわねとかなんとか言いながら、説明し始めた。  
 「夜には、森のキュウコンがひとところに集まって、お互いがお互いを慰めるのよ。普通は一対一なんだけど、多くはそれに飽き足らないの。男も女も関係なく乱れあって、欲望の限りを尽くす。素敵でしょ?」  
 女のくすくす笑いは止まる気配がない。  
 「まあ流石に必ず全員が集まるほどではないけど、最低でも毎回森のキュウコンの半数が参加するわ。で、十匹ごとぐらいに分かれて、好き勝手やるの。もはや森のみんな気の置けない仲間でね、何したって感じてくれるのよ」  
 女はそこで一呼吸おいて、私の顔をじっと見つめた。私は耳だけを向けておいたのだが、思わず顔も向けてしまった。  
 「キュウコンって雄少ないから、重宝されるわよ。特にあなた、すごく綺麗だし……」  
 それだけ言うと、女は恥ずかしそうに前足で目を隠した。やはり女なんてこんなもんか。何もしてないのに虜になるか。痴れたやつだ。  
 「……魅力的だな」  
 私は女の近くに寄って、額を鼻でつついた。女は前足をおろし、私の瞳を見つめる。  
 「どうか、案内してくれないか」  
 「……もちろん」  
 女はぼぅっとした目付きになった。  
 「その汚れたものは取っておかないとね。せっかくの美貌が台無し」  
 そう言うと女は白いものを舐め取ってくれた。私はすっかりこの女をものにしたように思えた。  
 
 「……ついてきて」  
 女はわざとらしく尻尾を振りながら踵を返した。私はおとなしくその後ろをついていく。  
 「ねえねえ、あなた元は野生じゃないでしょ? どうしてこんなところに?」  
 「捨てられた」  
 「……ごめんなさい」  
 「気にするな。祝福してほしいぐらいの心持ちだ」  
 「捨てられて良かったの?」  
 「ああ」  
 雌のキュウコンと交尾する絶好の機会を手に入れたのだから。  
 「ふーん。私は物心つく前に捨てられたんらしいだけど、このあたりのキュウコンは大抵生まれてからずっとこの森に住んでるのが大半」  
 「そんな前に捨てられたんなら、あまり関係ないんじゃないか」  
 「まあね。でも時々生粋の野生ポケモンじゃないことをからかわれたりするの。確かにあまり力は強くないほうだけど、脚には自信があるわ」  
 「捕まったら一巻の終わりか」  
 「そういうことになるけどあんまり意識したことはないわね」  
 「ほう……」  
 私は音もなく跳躍した。  
 「私にとっては幸いなことだ」  
 女は油断していたため、その逃げ脚が発揮されることはなかった。私の前足が女の頭を押さえつける。  
 「あうっ……」  
 女は間の抜けた声を上げた。しかし逃げ出そうとはしない。  
 「ちょっ……何するの!」  
 「分からないのか。いちいち説明してやらなくてはならないのか」  
 「で、でも、なんでわざわざここで?」  
 「乱交も悪くはないさ。しかしな、私とは違う男と一緒になってお前を犯すのは癪だ。他の女といっしょくたにしてお前を犯すのもなんだか気に食わない。どうせやるなら私とお前が一対一でやりたい」  
 「そ、そんな……私より良い女はいくらでもいるのよ?」  
 「知ったことか。とにかくお前を手に入れたい」  
 「そ、そんなこと、心の準備が、大体、嫌よ。乱交の方が、軽くていいじゃない」  
 「だったら逃げてみるんだな」  
 
 女は絶句した。ざまあみろ。私は嫌がっているそいつの本心を揺さぶってやった。  
 「しかしな、お前こんなことになっているのにどうして逃げようとしないんだ?」  
 「それは……」  
 「絶対に嫌だと言うほど嫌がっているわけでもなさそうだな、可愛い奴め」  
 「……」  
 「反論もできないのかよ。本当に可愛いやつだな」  
 「……別に、」  
 「別に、なんだ?」  
 「別に、許したわけじゃないから……」  
 「そうかよ。まあお前が許すにしても許さないにしても、私の思い通りなんだがな」  
 私は女の頸を舐めてやった。女はびくんと震えた。  
 「そこが弱いのか」  
 私が女の頸を甘噛みしてやると、もう女を押さえつける必要はなくなった。  
 「なんだなんだ。襲ったつもりなんだが、これじゃ合意の上じゃないか」  
 「良く言うわね……」  
 「こっちの台詞だ」私は耳を噛んだ。  
 「ひゃあ、う」  
 「合意でもなければそんな声でないだろ?」  
 「う、うるさいわね」  
 意地でも認めようとしない。面倒になってきたので、私はうつ伏せの女を仰向けにひっくり返した。  
 「ひゃあ」  
 少し胸がきゅんとした。  
 
 私は女があまり抵抗しないのをいいことに、女の胸に飛び込んで、鼻同士がくっつきあうほどまで接近した。  
 「な――」  
 女が開いたその口を自分の口で塞いだ。  
 陰茎を舐めた時とは違う、溶けるような感覚だった。私は女の舌に自分の舌を絡ませてみた。女の反応は早かった。  
 嫌がるどころか、私の舌を貪るように舌を押しつけてきた。……ようやく素直になったようである。  
 こういうことにかけては私は彼女の為すがままにされた。彼女の舌使いだけで私は悦に浸ることができた。彼女の唾を嚥下する喉にまで快感が伝わってきそうなほどであった。  
 じっとりと舌を絡ませて、相手の体を抱きしめて、言い様のない幸福な気持ちが心を支配する。  
 二人でやる方が、ずっと質の高いことは明らかだった。  
 「んっ……」  
 彼女が濃厚な時を一時的に中断した。唇に光る唾液がたまらなく卑猥だ。  
 「ふん、そっちから襲ってきておいて何よ。私がリードしてばっかりじゃないの」  
 「新人だからな」  
 「えらそうに……」  
 そういう彼女の目つきは優しかった。  
 「新人とは言え、こういうことの最後に何をするかは分かってるわよね?」  
 「もう終わるのか」  
 「これ以上やると、今日の会合に間に合わないかもしれないじゃないの。とりあえず今回はこれで終わりにしましょ」  
 「お前がそういうなら」  
 「バックが良いわ。思いっきりどすどす突いてね」  
 「心得た」  
 私が彼女を解放すると、彼女は自ら四つん這いになって、背中を弓なりに反らせた。  
 「尻尾はあなたがめくってよね……」  
 「注文が多いやつだな」  
 「初対面の相手にここまでさせてもらえるだけありがたいと思いなさい」  
 
 「フン」  
 私は彼女の上に乗った。彼女の小刻みな振動が感じられた。この期に及んで恐れを為したか。ますます犯しがいがあるじゃないか。  
 私は何の前触れもなく彼女の中に挿入した。  
 「きゃあ!」  
 彼女の声は耳朶を揺るがしたが、それは脳まではやってこないようだった。延髄まで走る快感の中で、聴覚はあまりにも無力だった。  
 膣の肉壁のすべてがまとわりついてくる。柔らかで生物独特の温かさを持った肉壁の全てが、自分のモノに接吻しているのだ。しかもそれらは締まってくる。接吻が深く、より深くなっていく。  
 それに比例して自分の快感は強くなっていく。恐怖すら感じ、身震いした。欲望が沸騰した。理性が蒸発した。  
 「あんたねぇ、一言何か言ってから挿れ、」  
 「うるさい――」  
 いよいよ狂った。彼女の太腿を強く引きつけ、腰を彼女の尻に突き付けた。叫び声が聞こえた、ような気がした。  
 私は雷のような衝撃を受けて何が何だか分からなくなってしまった。声にならない悲鳴を上げながら、彼女を突き上げて突き上げて、悶えた。  
 意識のあちこちに彼女の甘い鳴き声が響き渡るが、何と言っているのかは分からない。ただ自分の性器が与えてくれる圧倒的な快感の渦に飲み込まれ、ひたすら楽しむことしかできなかった。激しさに唾が飛び散ろうが構いやしない。  
 何をするにも許可はいらないのだ。  
 「ああぁ……」  
 彼女が淫乱な声を漏らした。私は咆哮した。股間の辺りから発せられる淫らな水の音だけが耳につく。余計興奮する。淫行に関係のあること以外考えることができない。犯したい。彼女を膣の奥底から支配してやりたい。壊れるまで交わっていたい。ずっとこうしていたい。  
 すっかり、濡れてしまった。  
 「お前は……俺の……女だ!」  
 私は彼女に罵声を浴びせた。彼女は訳の分からない言葉を返した。良い気味だ。俺は額を彼女の背中に埋めて腰を打ちつけた。もう限界が近い。これ以上の快楽は耐えられそうになかった。射精が近いのだろう。  
 ならば全て注ぎ込んでやるつもりだった。全て注ぎ込んで、彼女の体を私自身に染め上げてしまいたい。どうにも抑えることのできない衝動だった。  
 
 そしてそれはあまりにも突然だった。  
 槍で貫かれたような感覚が背骨を支配したかと思うと、次の瞬間には目を開けていられなくなった。凄すぎる。息をすることすらままならない。体の中で炎が暴れているようだ。あまりにも強烈で、全身の筋肉が緊張する。脚に至っては痙攣してしまっている。  
 「はぁっ……」  
 気づいた時にはその感覚は過ぎ去っていた。実時間はそれほど長くなかったかもしれない。しかし私にとってはそれは何時間にも、何日にも、何年にも感じられた。今度は全身が脱力した。とにかく幸せだった。  
 ずりゅ、と言わせながら私は彼女との結合を解いた。  
 彼女は力なく地面に横たわった。性器からは精液や愛液やらがないまぜになった液体が、どろりと音を立てそうなほど不気味に滴っている。彼女の額は涙で濡れていた。力なく眼を閉じ、息切れしている姿がたまらなく愛らしい。  
 私は疲れてぐったりしている彼女を抱きかかえ、耳元で囁いた。  
 「良かったよ……ありがとう」  
 思えば、ありがとうなんて言葉を使ったのは、本当に久しぶりだった。まして、自分の口から自然に出てきたのは尚更だった。この心情の変化はなんだろう。彼女に愛に似た感情を抱いたのがその原因だったのだろうか。  
 「……はぁ……はぁ」  
 私は彼女の息遣いに耳を傾けた。いとしい。自分との行為でここまで彼女は感じてくれたのだ。いとしくないはずもない。  
 「このまま……」  
 「ん?」  
 私は彼女の言葉を促す。  
 「このまま、ずっと、一緒にいたい……」  
 「……お前は本当に可愛いやつだな」  
 私は本心と比べるとひどく控え目な言葉で、彼女を抱きしめた。  
 

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