オレは今、モンスターボールの中にいる。  
 
さっきまでは野生のポケモンだったんだぜ?うん。  
それがどーしてかモンスターボールの中にいるのは、ニンゲンに捕まっちったからだ。  
 
オレはクチート。頭部に生えたデカい顎がオレの自慢。  
オレの棲み処はホウエンっつー南の国にある、洞窟の中だ。  
この場所はニンゲンが良く通って行くんだけど、  
時々連れたポケモンをけしかけてくるニンゲンもいる。  
しかも何でか、そのポケモンがみーんなやたらめったら強くてさぁ。  
でもオレはもちろん、周りの同種族のヤツらや他のポケモンも  
黙ってるわけ無いからバトる事になるんだけど、大抵はオレらを倒せば  
ニンゲンは満足してどっか行っちまうんだよ。  
だから、今日のも同じ事だとは思っていた。…思っていたんだよ……。  
 
「う、うわぁああぁああぁクチートだああぁあぁあぁ!!  
か、か、可愛いぃいいぃぃぃ!!むふふふふー!!」  
オレが棲み処の岩の上で昼寝をしていた時、こんな叫び声が洞窟中に響き渡った。  
うっるせー。何だよ?ってさ、目を開けたらさ、その前にニンゲンがいたわけよ。  
でもなんか様子が変。横に膨らんだ身体をクネクネさせて  
ガラスが2枚繋がった妙な鉄輪を耳にぶら下げて  
表情の見え辛い顔を真っ赤にしながら、俺を見て興奮していやがってさ。  
正直、キモいと思ったよ。うん。  
オレがドン引いていると、そいつは脂肪で丸い腹を押さえつけているベルトから  
1つのモンスターボールを取り外して、それを上に放り投げて  
そん中に入っているポケモンを呼び出したのよ。  
それを見て、あ、このニンゲン、オレとバトルする気だなって分かってさ。  
でも売られた喧嘩は買うほうだから、潔くそれを受け入れる事にしたわけよ。  
 
オレに喧嘩を売ってきたニンゲンと良く似た、腹が膨らんだ身体のポケモン。  
赤と黄色の身体の色が、何かオレの苦手な炎に似てて、ちょっとイヤ〜な予感はしたんだ…。  
そしたらさ、最悪。そいつ炎系のポケモンだったんだよ…。  
オレが自慢の大顎でそいつの頭を齧ったらさ、舌が火傷しやがった。  
あっついって!あっついって!!だってオレ鋼だもん!!  
オレが火傷してジタバタ暴れている所に、そのポケモンは伸びた口から炎を吐きやがってさ  
そして極めつけに気合を込めた拳をぶつけて来やがってさ。  
ムリです。ムリ。ムリムリムリムリ ムッッリ!!  
このおかげでオレはフラフラ。反撃する体力なんぞ残っておりゃしません。  
で、ニンゲンが空っぽのモンスターボールを投げてきてさ、  
オレはそん中に吸い込まれて、脱出しようとして暴れたけれども  
「いやったー!クチートをゲットしたぞー!!」  
と、超大喜びするニンゲンの声を聞いて、あー捕まっちまった…って諦めてね。  
 
これがオレがニンゲンに捕まった理由だ。  
ま、ニンゲンに飼われれば野生と違ってメシの心配もないし別にいいんだけどね。  
でも、1つだけ残念に思ったところがあるんだよ。  
それはオレを捕らえたニンゲンが、オスだって事。  
オレらクチート族はニンゲンのメスの姿に良く似ているらしい。あんまよくわかんねーけど。  
だったらさ、似たような姿のニンゲンに飼われるほうがちょっとは気が楽っしょ?  
それに、まーぁ個人的な希望もあったんだけどね。  
異種族相手であっても、異性の方がいいよなぁ。  
 
だってオレ、オスだから。  
 
「さぁー、みんな〜。  
さっき捕まえた新しい子を紹介するよー」  
ニンゲンの声だ。モンスターボールの中でも良く聞こえるんだな。  
この中からだと外は見えないけど、話を聞く限り  
どーやらオレを他の手持ちのポケモンに見せるつもりらしい。  
…げ。あの火吹きヤローともまた会うのか…嫌だな…。  
出たくないと思っても、ニンゲンはオレの心中なんぞ知りゃしねぇって当たり前か。  
モンスターボールはその口を開けて、あっさりオレを外へと放り出した。  
だけどもオレは素直に姿を現そうなんて考えねぇ。  
オレは地面に足をつける寸前に身体を捻って背を向けて、自慢の大顎を大きく開かせて  
その中にビッシリ生えた鋼の牙と分厚い舌を見せびらかせて、ガァア!って吼えた。  
そしたらさ、「うひゃぁ!」とか「きゃ!」とか、ポケモンたちの驚く声が聞こえてさ。  
うひゃひゃひゃ。オレは後ろを向いているからどんな顔して驚いているか見えないけど!  
 
「はーい、前向こうね〜」  
サラッと、ニンゲンはそんな事を言ってオレの肩を掴んで身体を半回転させて正面を向かせた。  
…ちょ、空気読めよこのニンゲン…。  
「クチートだよ。仲良くしてあげてね〜」  
オレの肩を掴んで固定させたまま、ニンゲンはそうポケモンたちに告げると  
「わぁ…」  
「へー……」  
と、ポケモンたちはそんな事を呟きながらオレを眺めた。  
「ホウエンに来ての初めての仲間だよ。  
可愛いよねぇ〜可愛いねぇ〜」  
このニンゲンは、シンオウっつー遠い北の国からわざわざホウエンまで来たらしい。  
なるほどね。どうりであの火吹きヤローを見たことが無いと思ったら  
そこで捕まえて自分のポケモンにしたってコトか。  
 
このニンゲンの仲間のポケモンは、オレを省いて全部で4匹。  
いずれもこのホウエンでは見た事の無いヤツらばっかりだった。  
まず、最初に赤と黄色の炎を纏った火吹きヤロー。名前はブーバー。  
オレはコイツに痛い目に合わされたから、ちょっと顔を合わせたくなかった。  
ら、どうやらコイツはその事を気にしていたようで  
「さっきはゴメンね?熱かった?痛かった?」  
と、しきりに聞いてきやがった。なんだ。結構イイヤツなんじゃん。  
次に、青い身体に黒いたてがみと黄金の星の尾を持った、ポケモン。  
「レントラーよ。よろしく、ボウヤ」  
見た目からして一瞬オスかと思ったけど、メスだったのか。  
いいなぁ。彼女の種族ならオスならカッコイイし、メスなら凛々しくて美しいし。  
クチート族もあんな感じになりゃ良かったのに。  
 
でもってその次に、オレンジ色の長い胴体に首から腹にかけて浮き輪のような脂肪を巻きつけて、  
長い二股の尾をパタパタさせながらオレを見ていた─  
「フローゼルだよ〜。ヨロシクね!!きゃはは!」  
陽気なメスのポケモン。うは、このテンションちょっと苦手だぜ…。  
で、最後が……んん?  
 
紫色のケープを頭からつま先まで、すっぽり身体に巻きつけいる、妙なポケモン。  
何コイツ?気になってオレはそいつの前まで歩いて、ジロジロ眺めてみると  
そいつは身体を左右に揺らして、「あ、あのっそのっ」なーんて言う。  
「おや?クチートはチェリムが気になるのかなぁ?」  
ニンゲンが嬉しそうに言うけど、まぁ確かに。っつーか顔見せろよ。  
オレは手でケープを握って、顔を見ようとめくろうとしたら  
「きゃぁ!」  
と、叫んでレントラーの後ろに隠れやがった。何なんだよ!おいッッ!!  
「チェリムは恥ずかしがりやなのよ。顔が気になるのは分かるけど、少し待ってあげて」  
レントラーが尻尾でチェムリとか呼ばれたポケモンのケープを撫でてオレに言う。  
つぅっか、少し待つって何が?  
と、オレが首を捻っていたら、ブーバーがオレに近寄って  
(つか熱いからあんま近寄んないでくれねーかな…)説明してくれた。  
 
「チェリムはね。天気がすっごく良い時じゃないとその顔を見せられないんだ。  
今日の天気は晴れてはいるけど、それほどじゃないしね。そのうち見えるよ」  
ブーバーが空を仰ぐもんだから、オレもつられて顔を上げた。  
なるほど、真っ青な空の中に太陽が浮かんで入るけど  
雲が邪魔してそんなにでもない。  
…ところで、ここドコよ?  
空から周りへと視線を移して、大顎を振り回しながら周囲を確認すると  
潮風を流す海と、馬鹿でっかい石作の建物が2軒、  
で、なんかドハデな建物が向こう側に見えた。  
「ここはミナモって言うニンゲンの町だよ。  
ご主人様はね、ここの宿に泊まりながらホウエンを旅してるの!」  
フローゼルがキャッキャしながらオレに教えてくれた。  
へぇ。ミナモか。オレが居た洞窟の、ずっと西だって言う事は知っていた。  
オレは東に向いて、海の向こうを眺めた。  
水平線の上を、キャモメとペリッパーが飛んでいるのが見えて  
あぁ、オレはもうあの洞窟に戻ることはないんだなーって思ったら、ちょっと胸が痛くなった。  
はー…傷心ってこう言うコトを言うんかな。なんてね。  
 
「あいさつもすんだかな?じゃぁ今日はデパートで買い物して  
そのあとにポロックを作ろうか!」  
ポロック、の言葉を聞いて、他のポケモンたちはわーい、なんて喜んだ。  
「ポフィンも好きだけど、ポロックも美味しいのよね」  
「あのサクサクッとした噛み応えが良いのよね〜うふふ!」  
歩き出すニンゲンの後を追うように、ぞろぞろとついて行きながら  
レントラーとフローゼルが会話していた。  
で、レントラーの後ろに隠れていたチェリムがそっとその身をオレに見せてな、  
もじもじしながら、こう言ったのよ  
「…あ、あの……よ、よろしく…ね…?」  
ケープで顔が隠れているのに、オレの顔は見えているらしい。  
どう言う作りをしてんだ?あのケープ。  
と、どーでもイイ事を思いつつも、オレもこう返したわけよ。  
 
「…あぁ。ヨロシク」  
 
そんなワケで、オレの飼いポケ生活が始まるわけでした。  
 
飼いポケになって早1ヶ月。  
最初は飼い主のニンゲンに多少の不安は感じていたけど  
これが何ともポケモンの知識は豊富な方で  
ちゃんとオレの好きな味のメシは用意してくれるし  
バトルに強くさせるためにって、修行もさせてくれるし  
野生じゃ覚えることの出来ない技を教えてくれたりと、今では結構満足している。  
…でもさー。誘惑を覚えろって言われた時は、殺意湧いたね。  
思わず大顎で頭に噛み付いてやったよ。そしたらさぁ  
「うわぁーい!クチートに噛まれちゃったー!うふふふふ、う、嬉しいー!」  
と、大喜びしやがった。キモイ。結局覚えさせられたけど。泣きてー。  
 
飼いポケになって早1ヶ月って言ったけど、実はまだあのチェリムの顔を見たことがない。  
いやさ、ここん所大雨と日照が繰り返す、ヘンな天気が続いていた。  
雨の時は水タイプのフローゼルと雷が落せるレントラーがコンビでバトルに出るし  
日照の時はブーバーとチェリムがバトルに出るんで、  
ダブルバトルの時にオレが呼び出されることはほとんどなかった。  
その上、日照の時には熱いのは苦手だろうって言われて、俺はモンスターボールの中に強制避難。  
そうこうしているうちに、天気は元に戻って今はフツーの晴ればっかり。  
はぁーぁ…。って、何でオレ、こんなにもチェリムが気になっているんだ?  
 
ミナモからちょっと西にいった所にある海辺で  
オレは桟橋に腰掛けて、はー…とため息を吐いた。  
後ろでは、ニンゲンが他のポケモンたちを放してメシを食っている。  
と、背後にムワッとした熱気を感じたので、オレは首を回して振り返ってみると  
そこにはブーバーが立っていた。げ…。  
「横、座っていいかな?」  
イヤだ。  
と、言いたい所だったがあえてそれは抑えて、あぁ、と返事をしてやると  
ブーバーはオレの左に座って、手に持ったポロックを一粒、オレにくれた。  
 
オレはブーバーが苦手だ。オレを捕まえる要員になったのはコイツだし  
何と言っても、オレの大嫌いな炎と格闘技を使えるから。  
でもブーバーは違うようで、長い間あのメンツと一緒にいるけど  
オスはずっとコイツだけだったから、新しく仲間になったオレがオスで嬉しくてたまらないらしくて  
良くオレに絡んでくるんだ。まぁ悪い気はしねーけど、やっぱ、ちょっとね…。  
「明日はね、こっから南西の町に行くんだって」  
ポロックを齧っているオレの横で、ブーバーが教えてくれた。  
「温泉で有名な町があるから、そこに行ってね温泉に入ってね、  
その後、南側の町でマスターは何か買うみたい」  
温泉ねぇ。まぁ水は平気だから、入ってもいいかな。  
「南側の町にはね、電気タイプを扱うジムリーダーがいるんですって」  
また、背後から声がしたのでオレとブーバーが振り返ると  
今度はレントラーが立っていた。  
黒いたてがみを潮風になびかせて、彼女はオレらの後ろに伏せて座った。  
「そのジムリーダーのポケモンと、一度対戦してみたいものね。  
旦那様、勝負を挑んでくれないかしら?」  
同じ電気タイプとしてのプライドなのか、  
彼女はたてがみに溜め込んでいる電気をパチパチと鳴らしていた。危ねぇよ。  
「温泉の町には、炎タイプ使いのジムリーダーがいるそうだよ。僕も戦ってみたいなぁ」  
ゴフーと、伸びた口からブーバーは炎を吐いた。あっついってーの!!  
 
「おぉい〜。そろそろ行くよ〜。戻っておいで〜」  
ニンゲンがオレらを呼ぶ声がしたので、オレらは立ち上がってヤツの元へと向った。  
「じゃ、ボールに戻ってね」  
手に持ったモンスターボールを差し出し、ニンゲンはブーバーたちをその中に戻したが  
何故かオレだけはそのまま外に出したままにして、今度は何やら薄っぺらい四角い機械を取り出した。  
「ちょっとじっとしててねー。えーっと。クチートの今の技は…っと」  
オレと同じ目線の高さまでしゃがみ込んで、  
ニンゲンはその機械をオレに照らして何かブツブツ言ってやがる。  
「うーん…甘い香りかぁ…。グループは片方同じ……イケるかなぁ…」  
オレが持っている技の名前を呟いて、ニンゲンは機械を眺めたまま唸っていた。  
何?それがどうかしたか?  
大顎を揺らして不機嫌さを表わしていたら、ニンゲンはその機械を懐にしまって  
オレの頭を撫でて「おまたせー。じゃ、行こうか」ってオレをモンスターボールの中に戻した。  
一体、ニンゲンが何を確かめていたのか、何を考えていたのか、  
それが何なのかオレには分からなかったが、翌日とまた数日後にその意味を知る事になった。  
 
 
翌日─  
ニンゲンはブーバーが教えてくれた通りの町に来て、  
オレたちと一緒に温泉に入ったり、何か妙な薬を買ったりしていた。  
洞窟住まいだったオレが温泉に入ったのは初めてで、  
その心地よさはクセになりそうだった。湯って結構いいなぁ。  
妙な薬は、オレらポケモンの身体にすごーーーくイイ物らしいけど  
それがまたスッゲー苦いんだよ…。  
ムリヤリそれを食わされて、オレはまたニンゲンに噛み付いてしまった。  
 
その後、ニンゲンはオレらをまたボールに戻して南を目指した。  
で、2時間後くらいかな?  
急にオレはモンスターボールの中から出された。  
オレはそこがドコなのか、キョロキョロと周りを見ると  
そこはどっかの家の中らしかった。けど、何かヤケに他のポケモンとニンゲンの姿が目立った。  
「この子らを預けると言うんだね?」  
年老いたニンゲンのオスが、オレを眺めながらそう言った。  
…ん?この子"ら"?  
「はい、お願いします」  
飼い主のニンゲンの後ろに、年老いたニンゲンの言葉の意味を表わすモノが居た。  
紫色のケープを相変わらず頭からかぶっている─チェリムじゃないか。  
っつぅっか、預ける?何それ!?  
「ポケナビに連絡はいるかね?」  
「あ、いいです。ちょっと考えがありまして  
毎日確認に来ることにしていますので」  
「そうかねそうかね。じゃぁ、預かるよ」  
年老いたニンゲンは飼い主からオレらが入っていたモンスターボールを受け取っりながらそう言った。  
飼い主のニンゲンは小屋の出入り口のドアの前まで歩いて、オレとチェリムに振り返って  
 
「じゃぁね。仲良くするんだよ〜」  
と、手を振って出て行きやがった。  
…仲良くって?はぁ??  
オレは横目でチェリムを見ると、彼女は相も変わらずにモジモジしてやがった。  
飼い主のニンゲンはオレとチェリムを年老いたニンゲンに預けて、何を考えているんだ?  
ボーっと突っ立っているオレとチェリムを年老いたニンゲンが  
「さぁさぁ、こっちにおいでなさい」  
と、急かしてオレらを小屋の裏まで連れて行った。  
 
そこは、緑が広がる綺麗な庭だった。  
上を仰ぐと空が広がっていたけれど、あいにく今日の天気は曇り。  
もう一度庭へと視線を戻すと、所々に色々なポケモンがいた。  
2匹にひっついている組がほとんどで、しかも何か仲良さげ。  
何なんだ?ココは。  
「さぁ、遊んでおいで」  
年老いたニンゲンはそう言ってオレらを庭へと放した。  
遊んでおいでって言われてもな…。  
「…あ、あのっ…」  
呼びかけるチェリムの声を聞いたけれど、オレはソレを無視して庭に駆け出し、  
彼女を置いてきぼりにしてやった。…だって何か、チェリムと一緒にいたくねーんだもん。  
「あ、ね、ねぇ!待ってよ!」  
背後からチェリムがオレを呼び止める声が聞こえたけど、知ったこっちゃねぇ。  
オレは大顎の舌を伸ばして、ベーって彼女に見せながら庭を駆けて行った。  
 
チェリムの声が聞こえなくなった所で足を止め、オレは改めてこの場所を確認する。  
自然溢れる庭は居心地がいい。それはここに放たれた他のポケモンたちも同じらしくて  
中には草むらに腹を出したまま寝転んでいるヤツもいる。  
でもそのほとんどが、2匹一緒にひっついているんで  
ここがどんな所なのか聞き出そうとしても、かなりし辛い状況だ。  
…どっかに1匹でいるポケモンはいねーかなぁ…。  
足元に転がる石ころを蹴りながら、庭を歩いていた時だった。  
 
「待ってよ、ねぇ」  
「しつこいぞ!ついてくるな!!」  
何やら騒ぎを起こしている声を聞き、そっちの方へと視線を向けると  
2匹のポケモンが居た。1匹はなびく白い体毛と頭部に生えた黒い鎌が特徴的な─アブソル。  
そしてソイツを追いかけながら、後ろを歩いているのが  
デカイ図体と胸に描かれた黄色の円が特徴的な、リングマだった。  
アブソルは牙を剥きだし、リングマを追い払おうとして吼えていて  
それに怯えながらもリングマはアブソルの後を追っていた。  
「で、でもさ…分かってるでしょ?」  
「やかましい!俺がキサマとなんざ、冗談じゃないな!」  
「うぅっ…で、でもボクは……」  
「ふんっ」  
あっちゃー。  
リングマっていやぁ凶暴的で有名だっつーのに  
アブソルにすっかり怯えていやがる。ハタから見ててもすげー情けねー。  
アブソルはリングマに再度吼えると、さっさとどっかに行っちまった。  
おいおい、何があったのか分かりませんけど追えよリングマさんよ…。  
って、あーあーあー。リングマ泣き出しやがった。  
オレは泣いているリングマを見てていたたまれなくなって  
こっそりとこの場を立ち去ったアブソルの後を追いかけてみた。  
 
アブソルを追いかけていたら、いつの間にかオレは森の中に入り込んでいた。  
一応ここもあの年老いたニンゲンの庭の一部らしいから  
安全性には問題はないだろうけど、薄暗いからちょっと怖い。  
アブソルはドコに行ったかなー…  
「おい、そこの可愛コちゃん」  
うっひゃぁ!!!  
いきなり頭上から声をかけられ、オレは心臓と大顎を飛び跳ねせて驚きを身体全体で表わした。  
見上げると─木の枝にその身を置いているアブソルがいた。  
オレが後を追ったアブソルで間違いない。  
 
アブソルは木の枝から飛び降り、その綺麗な身体を俺の前へと落とした。  
「俺を追いかけてただろう?何だ、惚れたか?」  
いやいや違うから!  
フフン、と笑いながら顔をオレに擦りつけてこようとしたので、  
オレは身を引いて拒絶してオレはオスだと言う事を告げると、  
ヤツは何だ、メスじゃないのか、と残念そうな顔をした。  
「可愛い顔しているからな。メスかと思った」  
まぁー、良く言われるからもう気にしねぇけど…ん?あれっ??  
何か、妙な違和感をオレはアブソルに感じた。  
見た目と喋りからして、コイツはオスだと思った。  
うん、だってオレをメスだと勘違いしてナンパしてきたんだし…。  
…でも、違う。こいつ……メスじゃないか!  
 
「違うな。俺はオスだ」  
アブソルが否定するけど、絶対メスだ。…だってオスの証がないんだぜ?  
「身体はメスのモノだけど、これは俺が生まれるときにオスの身体が無くて  
仕方なしにカミが与えたんだ。俺は本当はオスなんだよ」  
いやいやいやいやいやいやいやいや?  
ちょぉっと待ってくれよ?  
俺は頭と大顎をブンブン振って混乱を表わすと、彼…彼女?あぁどっちもいいや。  
アブソルはハハハと笑った。  
「大丈夫さ。間違いに気がついたカミが、今のうちにオスの身体をくれるからな」  
無いだろーよ!んなのッ!!  
…と、ツッコんでいても、多分永久に終らないだろう。  
オレは頭を指で押さえつつ、この場所は一体なんなのか、  
飼い主のニンゲンは何を思ってオレを預けたのかをアブソルに尋ねてみた。  
「なぁんだ。オマエ知らないのか。ここは育て屋さ」  
育て屋?  
「そう。トレーナーが手持ちのポケモンを預けて、変わりに育ててもらう施設さ。  
…でも、それ以外にも目的があって預ける場合もある。  
オマエ、他のポケモンと一緒に預けられなかったか?」  
…チェリムと一緒に預けられましたが。それ以外の目的って?  
「そのポケモンは異性か?なら、それはオマエとそのポケモンのたまごを望んでいるんだ」  
 
…はい?たまご?  
 
えーっと、たまごと言うコトは繁殖を望んでいるってコトで。  
繁殖を望んでいるってコトはつまり、そのー…  
え。え。えっえええええぇぇええぇえ!!!!!!!!!?????  
 
仰天するオレを見て、アブソルはまた、ハハハと笑った。  
ちょぉっと!!待ってくれよ!!  
オレが…チェリムと?…何を考えているんだよ、あのニンゲン!!  
つまりはオレとチェリムが…ってかそう言うのは両者の気持ちが…って何を言ってるんだオレ!  
もうワケが分からない。  
目の前にはオスと自称するメスのアブソルがいるし  
飼い主のニンゲンがオレとチェリムを繁殖させようとしているコトとか  
オレの頭脳はもう限界。視界がグルグル回ってる。  
「その様子だと、何にも知らされずに預けられたのか?  
オマエの飼い主も結構マヌケだな」  
るっせーよ。…ん?そう言うアブソルはどうなんよ。  
確か随分と気弱なリングマに追いかけられていたけど…。  
するとアブソルはチッと舌打ちしてあのリングマとの関係を教えてくれた。  
 
「あぁ、アイツは俺と同じ飼い主のポケモンさ。  
飼い主は俺とアイツとのたまごが欲しいらしいけど、残念だね。  
俺がオスだってコトを分かってないんだ」  
いやいや違げーよ…と、ツッコんでもキリないので  
オレは大顎を腕に抱えて口をつぐんだ。  
「ま、しばらくすれば飼い主も気がついて今度は可愛いメスのポケモンを用意してくれるさ」  
…ダメだ。やっぱりツッコみたい。  
コイツのこの自信はどっから来るのか、ヒジョーに知りたい。  
でもツッコんでも、多分返ってくる言葉は分かりきってる。  
だからオレは別の事を聞いた。  
もし、たまごが生まれるまで預けさせられるコトになったどーすんのよ?って。  
そしたら、アブソルはとんでもねーコトを言いやがった。  
「だったら、他のペアのポケモンからたまごを強奪するしかないだろうな」  
…恐ろしい。アブソルは別名『わざわいポケモン』って言われるらしいけど  
ある意味、間違っていないって思ったね。  
オレが顔を引きつらせていたら、その背後から誰かが声をかけた。  
 
「…おぉ〜い。アブソルぅー……」  
見ると、あの気弱なリングマが木々を掻き分けながらこっちに向って来ていた。  
リングマとアブソルはオレを挟んだ位置に立ち向かい、  
とたんにアブソルはその牙を剥き出してリングマに向って唸りだした。  
「あ…あの…ねぇ。ご主人様、この頃ずっと毎日来てるよ…」  
「それがどうした」  
「どうしたって……ご主人様の事、嫌いなの?」  
「まさか。ニンゲンだと言ってもメスだぞ。好みだ」  
うはは。ニンゲン相手でも異性(じゃねーけど)が好きだなんて  
筋金入りじゃないか、このアブソル。  
「そ、そうじゃなくって…」  
「とにかく!俺は他のメスと遊びたいんだ。キサマもそうしてろ」  
「あ、待って…!」  
リングマが腕を伸ばしてアブソルを引きとめようとしたが、  
ヤツはお構い無しにさっさとその身を森の奥深くへと消していった。  
 
「あ…あぁ…アブソル……」  
伸ばした腕が虚しくなったのか、リングマは自分の胸に置いてアブソルの名を呟いた。  
…その目には涙まで溜め込んでいやがる。  
つーか、何とまぁ弱虫なリングマなんだろ。  
これならアブソルでなくても、愛想を尽かすメスは多そうだ。  
オレは本物の口と大顎から同時にため息を吐いて、リングマに話し掛けた。  
「あっ…情けない所見せちゃったね…」  
情けないのレベルじゃねーぞ。  
って言ったら多分また泣き出すだろうから、あえて言わないでおいた。  
リングマは腕で涙をふき取りながら、  
向こうに木の実が生えているから一緒に食べないかと誘ったので  
オレはそれに素直についていく事にした。  
 
「マトマの実は食べれるかな?」  
辛いのは大好物だ。リングマがもぎ取ったマトマの実を受け取って  
オレはそれを齧る。その横にリングマはモモンの実を持ったまま座ってふぅ、と息を吐いた。  
庭の一部にある高台に、オレらは座って庭を眺めていたが  
いたるところに居るポケモンのカップル共が目に付いて、少し心苦しかった。  
日は傾き始めていて、空はオレが持っているマトマの実のように赤く染まっていた。  
「…ビックリしたでしょ、彼女…」  
モモンの実を齧りながらリングマが呟いた。…アブソルのコトね。  
「彼女はね…ご主人様が初めてたまごから孵したポケモンでね…  
でもさ、ほら、あの風貌でしょ?ご主人様ってば、彼女をオスだと思い込んでそう育ててきてね…」  
なーる。アブソルのアレは生まれ持ったモンじゃなくって  
育ての問題があったのか。…つぅっか、ポケモントレーナーのくせして  
オスメスの区別もつかなかったなんて、かなりマヌケな飼い主なんだな。  
さすがのオレの飼い主だって、オレがオスだと言うコトはちゃんと見抜いたぞ。  
「うぅっ…そうなんだよね…。  
でね。彼女がメスだとちゃんと分かってから、ボクとの間にたまごを作って欲しいって  
ここに預けて行った…んだけど………うっ…うっ……」  
ああああああぁぁぁあ!!まーーーた泣き出しやがったよ、コイツ!  
ハタから見たらオレが泣かしたと思われるじゃねーか。迷惑なんだよッ!  
オレはリングマが持っているモモンの実を奪い取り、無理矢理ヤツの口に押し込めてやった。  
「モガッ! …ゴクン。う、うん、ゴメン…」  
モモンの実を食べて、リングマは少し落ち着きを取り戻したようだった。  
「…キミも…誰かと一緒に預けられたの?」  
まぁね。でもなぁー…。  
ここがどんな所か、飼い主の考えも知らずに預けられたから  
どーにも納得いかねぇ。…でも、だからってよぉ…。  
 
しょげるリングマの姿が、何となくチェリムと重なった気がして  
遠くの海に沈み行く太陽を眺めながら、オレはマトマの実を、また齧った─  
 
翌日の事だった。  
年老いたニンゲンがいる小屋の前を通りがかった時、聞いたことのある声が耳に入ったので  
オレは大顎に寄りかかり、身体を支えて小屋の中を窓越しに覗き込んでみたら  
そこにはオレの飼い主の人間の姿があった。  
…何か、身体中から汗を噴出させて、フーフーと息が荒い。  
何だ?と思ってもうちょっと身を乗り出して覗くと、小屋の出入り口のドアが開いていて  
その奥に車輪が2つくっついた乗り物が置いてあった。  
そういや、アレに乗って勝負を挑んできたニンゲンが何人かいたよなぁ。  
ブーバー言っていた、買う物ってアレだったのかな。  
アレに乗りながら、飼い主はここまで再度来たってコトか。  
「どうですか?チェリムとクチートの様子は」  
流れる汗をハンカチで拭きながら、飼い主が年老いたニンゲンに尋ねるが  
「うーむ…あまり仲は良くないらしいのぅ。クチートにいたっては他のポケモンと遊んでいたのぅ」  
と、答えた。当たり前か。だってオレ、昨日はアブソルとリングマといたんだもんな。  
つーか、見ていたのかよ。  
「そうー…ですかぁ」  
「まぁ焦んなさんな。時間が解決するじゃろう」  
落ち込む飼い主を年老いたニンゲンが慰めていた時だった。  
 
「あのー。私のリングマとアブソル、どんな様子ですか?」  
 
小屋の出入り口から中を覗きながら、1人のニンゲンのメスが声をかけた。  
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!