ライチュウと出会って早くも四日目……。
俺はうっすらと目を開けた。
もう朝か…。
また目を閉じる。
ん?何か重たいな……。
あぁそうそう、昨日ライチュウを上で寝かせたんだっけ。
ライチュウを見ると、俺にしがみつくような体勢で寝ている。
昨日はライチュウも大変だったからな。
もう少し寝かせてあげよう。
俺はライチュウを撫で、しばらく考え事をしていた。
ライチュウが10万ボルトをモノに出来たら次は……何を覚えさせようか?
10万ボルト、かげぶんしんは要るとして……そうだ、たたきつけるは必要ないな。
ライチュウ物理攻撃はあまり得意じゃないし。
しかし……以前のライチュウのトレーナーは、確か“強いポケモンを育てたいからオイラを捕まえた“とライチュウが言っていた。
だが、ライチュウの特殊能力が高いのもそのトレーナーは分かっていたはずなのに、何故か物理タイプの技が多い。
そして最終的にそのトレーナーは“ライチュウが弱いから“という理由で、ライチュウを山に捨てた。
だが本当は、ライチュウが弱いのではなくて、単にそのトレーナーの育成方針が間違っていただけじゃないのか?という気がしてきた。
育て方を間違えた結果、暴言を吐いてライチュウを捨てたトレーナー。
そう考えると、ライチュウは不憫な生活を送っていたんだな……。
誰にも相手にしてもらえず、薄暗い洞穴で過ごすというのがどれほど辛かったのだろう……。
俺はギュっとライチュウを抱きしめながら、少しだけ悲しい気持ちになった。
と、その時。
「コ、コウキ……行かないで……お願い……」
突然のライチュウのそんな言葉に俺はビックリした。
寝言……か?
何か悪い夢を見てるんだろうか。
うなされながら涙を浮かべるライチュウ。
「おい、ライチュウ。ライチュウ」
ライチュウをゆさゆさする。
「はっ…!……コ、コウ…キ?コウキぃ!!」
ライチュウが目を覚ましたと思ったら、俺の首に顔を擦り寄せるライチュウ。
「お、おいライチュウ。どうした?何か悪い夢でも見てたのか??」
俺も不安になって、ライチュウに震える声で聞いた。
ライチュウはしばらく震えていたが、泣きそうな声で言った。
「夢を……見てた……コウキが……コウキがオイラを捨てて……どこかに……行っちゃう……夢……」
「……何だって?」
何でそんな夢を……?
俺のさっきの悲しい気持ちが、まさかライチュウに伝わってしまったのか?
いや、そんなはずはない。
そんなはずは……。
「ライチュウ大丈夫。俺はここにいるよ」
いつものライチュウなら、すぐに元気になりそうだが、ライチュウは顔色を変えない。
「コウキ……お願い……オイラを……見捨てないで……お願い」
目に涙を浮かべたまま、ライチュウはそれを繰り返す。
まずいな……。
いくら夢とはいえ、以前ライチュウは同じような出来事を、実際にされている。
「ライチュウ、顔上げて。ライチュウったら」
俺の問いかけに、ようやくライチュウは顔を上げる。
「コウキ……オイラ……」
「何も言わなくていい。ライチュウ怖かったんだな……。ずっと独りで我慢してきたんだな……」やばい……俺まで涙が出てきた。
「ごめんなライチュウ。そんな夢を見るって事はまだ不安が残ってたんだな。それに気付いてあげられなかった、俺の責任だ……」
俺は目を閉じ、涙を流す。
「コウキ……何で泣い…てるの……?」
ライチュウが途切れ途切れに俺に聞く。
「何だか……今のライチュウを見てたら……我慢出来なくなった」
「オイラなんかの為に……泣いてるの?どうして……?オイラなんか……オイラなんか……」
ライチュウまでまた泣き出してしまいそうだ。
出そうな涙をぐっと堪える。
「何も言うなってライチュウ。しばらくこのままでいよう……」
「……………」
俺とライチュウはしばらく抱き合っていた。
5分…10分…20分……どれぐらい経っただろうか。
ライチュウを見ると、目を静かに閉じている。
少し気分も落ち着いてきた。
「ライチュウ…?大丈夫…か?」
俺は小声でライチュウを呼んでみた。
「……コウキ……」
小さな声で、ライチュウは確かに返事をした。
「起きよう…か…」
不安な気持ちが全部取れたわけではないが、このままいても状況は良くならない。
疲れた体を無理矢理起こし、ライチュウを支えながら座る。
「ライチュウ大丈夫か?」
「うん……ごめんコウキ……オイラやっぱり……駄目な奴だよ……」
ライチュウは俺の目を見ようとしない。
「ライチュウ、夢は夢だ。俺はいつまでもおまえと一緒だ。約束しただろ?」
「…………うん」
「俺がおまえを守ってやる。どこにも行かないから……元気を出してくれ」
俺はライチュウをぎゅっと抱きしめる。
「……コウキ、オイラはもう大丈夫だよ。心配かけてごめん」
ライチュウを見ると、ライチュウも俺を見て弱々しい笑みを浮かべた。
「俺だって……ライチュウがどこかに行っちゃうなんて……そんなの嫌だ……」
「コウキ……大好きだよ……どこにも行かないで……」
静寂の中で、俺たちはしばらく止まっていた。
俺もライチュウも、大分気分が落ち着いてきたと思う。
「ライチュウ、朝飯にしようか」
「うん。じゃああっち行こ」
俺たちは居間へと向かった。
しかし、俺もライチュウも気分は直ったものの、朝飯の時にもお互い何も話さない。
黙々とした中で、ライチュウは餌を食べ終わった。
「ごちそうさま」
「うん」
他愛のない会話はそこで終わる。
「…………」
「…………」
何を話せばいいかが分からない。
ライチュウと一緒にいて、こんな事は初めてだ。
でもここは、俺が何とかしないと。
「ライチュウ、特訓するか?」
「え…!?あぁそうだね。特訓特訓!」
いきなり話し掛けられ、しどろもどろに答えるライチュウ。
「あ、コウキ。特訓の前に……あそこに行かない?」
「あの丘か?いいぞ。行こうか」
少しでも、ぎこちない雰囲気が解消してくれる事を祈る。
家を出て、鍵をかける。
「じゃ、行くかライチュウ」
「えへへコウキぃ!おんぶしてぇ♪♪」
ライチュウが俺の足にしがみついてきた。
「な、どうしたライチュウ……?」
「いいからいいからほら、おんぶぅ!」
「ったく甘えん坊だなおまえは」
俺が屈み、後ろに手を差し出すと、ライチュウは背中に乗ってきた。
「さぁ出発ぅ!!」
気合い十分なライチュウだが……お、重い……。
上に乗せるのと背中に乗せるのはわけが違う。
だがなぜか、俺の憂鬱な気持ちはいつの間にか無くなっていた。
いつもよりゆっくりなペースで、俺はライチュウをおんぶしながら丘へ向かって歩いた。
「ライチュウ、ありがとうな」
俺は歩きながらライチュウにお礼を言う。
「え?ありがとうって??」
「元気のない俺に元気を出させようと、ライチュウなりに考えてくれたんだよな?」
ライチュウは黙り込む。
「俺はどうすればいいか分からなかったのに……ライチュウに教えられたよ。ありがとう」
「や、やめてよコウキ。オイラにはこれぐらいの事しか出来ないんだよ……」
「それでもいいんだライチュウ。俺は嬉しい。おまえは……最高だ」
「コウキったら……何言ってるんだよ……」
ライチュウの顔が見えないが、涙ぐんでいるのだろう。
「ライチュウ、帰りもおんぶしてあげるぞ」
「うん。ありがとうコウキ」
それから俺たちは、一言も話さず丘へ向かった。
「着いたぞ。よいしょ」
ライチュウを下ろした。
「ありがとコウキ!うーん!風が涼しいや!」
ライチュウは大はしゃぎで、崖に近づいていった。
「コウキもほら、おいでよ!」
「お、俺はいい。ライチュウ、しばらく遊んでていいぞ」
俺はぜぇぜぇと息を切らしながら、崖にいるライチュウに叫んだ。
寝転がって空を見上げる。
ムックルやムクバード、キャモメにペリッパー達が空を飛んでいる。
何気なくぼーっと眺めていると、急にライチュウの顔が俺の目の前に来た。
「わわわ!?脅かすなよライチュウ!」
「コウキどうしたの??」
ライチュウが俺の顔を覗き込む。
「ちょ、ちょっと疲れたんだ……」
ライチュウをおぶったから疲れた……とは言わない。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ」
あまり大丈夫ではないが、気にする程の事でもない。
「じゃあオイラもう少し遊んでるね!」
「ああ、あんまり遠くに行くんじゃないぞ」
「はーい」
ライチュウは俺から離れ、四本足で虫ポケモンたちの所へ走って行った。
俺はまた空を見上げていたが……いつしか意識が遠のいていった。
……ウキ……コウキ……きて……起きて……
誰かの声がする。
「ん…………誰………?」
「オイラだよ。ライチュウだよ!コウキ起きて!」
「……ライチュウ?……あっ!!」
俺はガバっと体を起こした。
いつの間にか寝てしまったらしい。
目の前に、不安な顔をしたライチュウがいる。
「ごめんごめんライチュウ。あんまり気持ちいいからつい眠気が……」
「よかったぁ。コウキ全然起きないから心配しちゃったよ」
ライチュウがほっとしている。
腕時計を見ると……10時半。
30分程寝ていたようだ。
「帰るか」
「うん。とっても楽しかったよ!また来ようね!」
ライチュウも大満足のようだ。
「コウキぃ。おんぶおんぶぅ♪」
ライチュウが笑いながら俺に擦り寄る。
「ああ、そうだったっけ。ほい」
後ろに手を差し出し、ライチュウが肩にしがみつく。
体力も戻っているし、帰りは下り坂なので、行きよりも遥かに楽チンだ。
「ねぇねぇコウキ、オイラ10万ボルト使いこなせたら、バトル出来るのかな?」
「そうだなあ。かなり主力になるし頼りになるからな。もっと後になると思うが、たたきつけるを忘れて別の技を覚えような」
「え?別の技って??」
ライチュウがワクワクしながら俺に聞いてくる。
「ライチュウは確か、きあいだまを覚える事ができるはずだ。10万ボルトもそうだが、特殊能力を活かすにはこっちも欠かせない技だと思う」
「きあいだまかぁ。難しい??」
「当然。10万ボルトより苦労すると思う。なにしろ精神力をかなり使うからな。恐らく初めて特訓をする日は、すぐにヘトヘトになると思う」
ライチュウが不安な声をして話す。
「そうかぁ……出来るのかなぁ……オイラに」
「まあまずは10万ボルトを完璧に仕上げよう。きあいだまはそれからでも遅くはないさ」
「うん。頑張ろうねコウキ!」
ライチュウにいつもの元気が戻った。
「着いたぁ……ふぅ」
下り坂でも、やはりライチュウを背負いながら歩くのは楽じゃなかった。
「コウキありがとう。おんぶしてくれて嬉しかったよ☆」
ま、ライチュウも喜んでくれたし……よしとするか。
「ライチュウ。特訓するか?」
「する!!」
ライチュウは元気一杯に答える。
「じゃあ昨日と同じ要領で精神統一してみ?」
「分かった」
俺はライチュウから離れた。
ライチュウは目を閉じ、肩の力を抜き大きく深呼吸をする。
「…………」
集中し始めたようだ。
頑張れライチュウ……。
ライチュウは目を開き、空に向かって10万ボルトを放った!
「やったなライチュウ!」
「やったぁ!!」
と、ライチュウが大喜びをしたのがまずかった。
なにしろ10万ボルトを放ったまま動いたものだから、10万ボルトはまた俺を直撃した。
「うわわわわぁぁぁ!!!」
堪らず俺は変な叫び声を発しながら倒れる。
「あぁコウキ!!ご、ごめん!!大丈夫!?」
ライチュウが大慌てで俺に近寄ってくる。
「いてて……死ぬかと思った」
「ごめんコウキ……オイラつい調子に乗っちゃって……」
ライチュウが顔をしょんぼりさせる。
「き、気にするな。こんな事はあらかじめ予測済みだ。ほら、落ち込まないでもう一回だ」
……本当は叫びたいぐらい痛いが、ライチュウも悪気があってやったわけではないのは分かっている。
だからライチュウを責めるつもりはない。
「気をつけるよコウキ。ホントにごめんね」
「いいんだよライチュウ。それよりさっき真上に撃てたよな?」
「うん!出来たよ!!」
いきなり出来るとは思わなかったが、ライチュウは確かに真上に撃った。
後はこれを、百発百中にするのみだ。
「ライチュウ、まだ完璧に出来ていないだろうから気を抜かずにやるんだぞ」
「分かったよコウキ」
ライチュウは再び元の位置に戻る。
……再び精神統一を始めたようだ。
俺は流石に立つのが辛くなったので、樹にもたれた。
ライチュウが10万ボルトを放った。
だが、斜め45度に10万ボルトは放たれる。
「あれ…?さっきは出来たのになぁ……」
ライチュウが首を傾げる。
「ライチュウ。さっきやった事を思い出すんだ。さあもう一回!」
「うん!」
気を取り直してライチュウは再び10万ボルトを放つ。
今度は少し方角が良くなったが、また真上に放つ事は出来なかった。
「……ねえコウキ。さっきのもしかして……まぐれなのかな?」
ライチュウが気が抜けた声で俺に聞いてきた。
「まぐれかどうかはこれからの練習次第だ。もう一回だライチュウ」
「う、うん」
ライチュウは今度こそ!と10万ボルトを放ったが……今までで一番悪い。
「ライチュウ、今基本的な事忘れただろ。ちゃんと集中したか?」
「え…?あ……」
どうやらがむしゃらに撃ったようだ。
「おいでライチュウ」
ライチュウは黙って俺の元へ来た。
「ちょっと休むか?」
「……うん。休みたい」
ライチュウも少しバテてきている。
「よっと」
ライチュウを抱き上げ、俺の上に乗せた。
「ライチュウ。最初に出来た時の心をイメージするんだ。がむしゃらにやっても失敗するだけだ。よく分かっただろ?」
「……うん」
「あ、ライチュウ。俺に怒られるとか思ってるな?」
「……失敗しちゃったし」
ライチュウは分かりやすい。
ライチュウの後ろで手を組み、ライチュウを支える。
「失敗するのは悪い事じゃないぞ?前にも言ったがいきなり出来るわけないんだから。頑張ろう。俺に撃ったって構わないから……ん?」
俺はいい事を思いついた。
「ライチュウ、俺がライチュウの前に立つからその状態から10万ボルトを撃ってみな」
ライチュウが目を大きく開ける。
「えぇ!?そ、そんな……またコウキに当ててしまうかもしれないよ!?」
「だから当てないように意識して撃つんだ。俺が思うに、いきなり真上に撃とうと思うから上手くいかないんだと思う」
「で、でも………」
踏ん切りがつかないようだ。
俺だって本当はやりたくない。
だが、ライチュウの為を思っているからこそ、こうして体を張る事だって出来る。
「やるんだライチュウ。言い出したのは俺だ。失敗しても責めたりしない」
ライチュウと俺はしばらく見つめ合った。
ライチュウが、意を決したらしく口を開いた。
「分かったコウキ。オイラやる!やるよ!!」
「じゃあやるか!!」
俺とライチュウは立ち上がった。
俺はライチュウと30メートル程距離を空け、ライチュウに言った。
「ライチュウ!思いっきりやれよ!自分を信じろ!」
ライチュウはしっかりと頷いた。
「………………………」
集中してるな。
いや、まだ迷いがあるのか。
でも、俺だって怖いのは同じだ。
今はライチュウを信じる……それだけだ。
ライチュウが構えをとった。
そして……10万ボルトを放った!
真上ではないものの、空に向かって10万ボルトが放たれる。
「いいぞライチュウ!さっきよりかなり良くなってるぞ!」
「う、うん!まだまだいく!!」
……それから、長い特訓は続いた。
途中で昼休憩を挟んだが、そのあとも更に特訓は続いた。
俺も最初はビクビクしていたが、段々とライチュウの10万ボルトの方向にも安定感が出てきたようで、俺も自然体で構えられるようになった。
途中、何回か連続で真上に放つ事も出来たライチュウは、コツを掴んできたようだ。
まだ完璧ではないが、流石はライチュウ。
上達が早い。
特訓に夢中になっていたので気付かなかったが、いつの間にか夕暮れ時になっていた。
「ライチュウ!今日はここまでにしよう!」
「うん……はぁ」
体力をかなり消費したライチュウはその場に倒れ込んだ。
俺も、かなり精神を消費したようで、足の力が抜けていく。
俺たちはしばらくその場で座り込んでいた。
大分回復した俺は、ライチュウに駆け寄る。
「ライチュウ。大丈夫か?」
「大丈夫……けど、疲れたよぉ……」
ライチュウは寝転がったまま答えた。
「もうすぐ日が暮れる。夜は冷えるから家の中へ入ろう。ほら」
ライチュウに背中を向け、手を差し出した。
「ありがとコウキ」
ライチュウは倒れるように俺の背中にもたれ込んだ。
家に入り、ソファーでライチュウを寝かす。
「ライチュウ今日はよく頑張ったな。もう少しで完璧に出来そうだぞ」
「ホ、ホントぉ…?オイラ……頑張るよぉ……」
ライチュウはゆっくり目を閉じ、眠りについたようだった
「おいおいライチュウ。仕方ないなぁ」
タオルケットを持ってきて、ライチュウにかけてあげた。
「ゆっくり休めよライチュウ」
部屋を出て、俺は一人で風呂に入った。
上がった時も、ライチュウはすぅすぅと寝息をたてている。
起こすのも悪いし、ライチュウの風呂と飯は明日にするか……。
俺はライチュウをそのままにし、椅子に座った。
俺もかなり疲れていたらしく、考え事をしているうちにいつの間にか、テーブルでうつ伏せになって眠りについていた……………。