「コウキ!ポケモンが倒れてる!」
コウキとライチュウが出会って早くも1ヶ月。
普段と変わらない二人の生活。
いつものように買い物に出かけたその帰り道で、一匹のポケモンを発見したライチュウ。
遠くから見ているのではっきりとは分からないが、体が大きく、白と赤が混じった体毛がそのポケモンを包んでいる。
見つけた以上、ほっとく訳にはいかないので倒れてるポケモンに駆けつけるコウキ達。
しかし、倒れてるポケモンの姿はコウキには見覚えがあった。
(あれはもしや……ザングース?)
図鑑で見た事がある。
ネコイタチポケモンで、目つきが恐かったのでよく覚えている
コウキはライチュウを捕まえる前は、ポケモンの特徴や生態を調べていた事があったので、確かにそのポケモンには見覚えがあった。
「コウキ。あれ何てポケモン?」
ライチュウはザングースを知らないようだ。
「あれはザングースだ」
「ザングース?」
「そう。でも……おかしいな」
「おかしいって?」
ライチュウがコウキに聞き返すがコウキは「後で話す」と言い、二人は倒れてるザングースの元へと急いだ。
ネコイタチポケモン――ザングースがコウキ達に気付く。
キッと睨み、とっさに構える。
「近寄るな!……っつ!」
構えるが、途端にがくっと姿勢を崩すザングース。
(何だ……?やけに敵対心が強いな……)
「俺達はバトルをするつもりはない。……っておい!」
ザングースの足を見ると、赤く腫れ上がっている。
「怪我してるじゃないか!どうしたんだ!?」
「か、関係ないだろ……」
ザングースは答えようとしない。
「そんな事よりまずは手当てだ。ライチュウ。一緒にザングースを支えてくれ。家まで運ぶぞ」
「な……!手当てだって?」
ザングースはコウキを睨みつける。
「怪我してるんだから、手当てするのは当然だろ」
「オレがどうなろうとお前には関係ない!」
ザングースはそう言うが、だからといって見捨てるのはトレーナーのする事ではない。
「コウキ……」
慣れない事態に、不安になるライチュウ。
「そんな事言ってる場合じゃないだろ!」
自分に手を延ばそうとするコウキとライチュウに、ザングースは暴れる。
「オレに触るな!……痛!」
ズキン!と鋭い痛みがザングースを襲う。
言わんこっちゃない。
そんな足で暴れたら、痛いのは当たり前だ。
「怪我してるんだから無理するな。余計悪化するぞ。手当てするだけだから何も危害は加えない」
「くっ……!」
ザングースは構えようとするが、今はどうする事も出来ない。
ザングースは警戒しながら、コウキ達に肩を組まれる。
憎悪に満ちた真っ赤な目でコウキを睨むが、コウキはザングースを見ずにライチュウに指示を出す。
「家まで運ぶぞ。ライチュウいけるか?」
深刻な事態にライチュウも目が真剣だ。
黙って頷く。
「よし、ゆっくり歩くんだ。行こう」
二人に支えられながら、ザングースは運ばれる。
(ライチュウきつそうだな……)
無理もない。
ザングースの体は、ライチュウよりも一回り大きいんだから。
だが今は、一刻を争う事態だ。
弱音を吐いている場合ではない。
家まではもう少し...。
「着いたぞザングース。ちょっと待ってろ」
コウキはライチュウにザングースを支えさせ、急いでソファーの上に乗っている物をどかした。
「よしライチュウ。寝かせるぞ。そおっとな」
足に負担をかけさせないように、慎重にザングースをソファーに寝かす。
ザングースがコウキを睨む。
「な、何で助けるんだよ。オレがどうなろうと」
「静かにしろ!」
ビクっ!ザングースの体が震えた。
コウキの言葉に思わず黙るザングース。
ライチュウは、コウキとザングースを交互に見ている。
(かなり傷が深いな。上手く出来るか分からないが……やるだけの事はやるか)
「ライチュウ、ザングースを見ててくれ」
「う、うん」
呼ばれたライチュウは、少しビクつきながら頷く。
(よし、まずは傷口を巻かないと)
「ザングース、ちょっと痛いけど我慢してくれ」
棚から包帯を取り出し、ザングースの足に巻き付けていく。
「……痛!」
ザングースの顔が引きつる。
「もう少しだ。……よし、出来たぞ」
怪我をしたザングースの足を包帯で包んだコウキは、次の作業に移る。
(次は……そうだ。氷水だ)
ビニール袋に水を入れ、冷凍庫の氷をガサっとその中に入れる。
ちらっとソファーに目を向けると、ザングースがライチュウを睨んでいる。
ライチュウは、ザングースと目を合わせないようにうつむいていた。
(これでOKだ)
氷水を用意し、それをザングースの足に置く。
「ザングース。傷が深いから完治するまで時間かかると思うから、今日は安静にしてろよ」
「…………」
ザングースはコウキを見つめているが、先程の憎悪に満ちた様な目はしていない。
「ライチュウすまない。オレンの実を採ってきてくれないか?」
ちょうど昨日、最後の1個を使い切ってしまったのだ。
「え?オレンの実?」
「そう。さっきザングースが倒れてた辺りにオレンの実が成ってる筈なんだ。悪いが採ってきてくれ」
「うん。分かった」
ライチュウは走って家を出て行った。
コウキとザングースが二人だけになり、しばらくしてコウキがザングースに聞いた。
「ザングース、聞きたい事があるんだが」
「……?」
「ザングースはこの辺りには生息していない筈だ。トレーナーのポケモンならともかく、おまえは野生だ。何でか教えてくれないか?」
ザングースはコウキをまた睨む。
「聞いてどうする?」
「気になるからさ」
「…………」
ザングースは黙っている。
「答えたくないならいいよ」
立ち上がろうとしたコウキに、ザングースが重い口を開いた。
「……襲われたんだよ。人間とポケモンに」
(人間とポケモン?)
「おまえを捕まえる為に襲ったのか?」
「……そんな感じじゃなかった」
じゃあなぜ?ますます襲われる理由が分からない。
「人間たちに何かしたのか?」
「オレは何もしてない。歩いてたらいきなり、はかいこうせんを撃たれた。最初は戦ってたけど相手の数が多過ぎて……逃げたんだ」
(多勢に無勢ってやつか)
そこまでしてザングースを襲うのは普通じゃない。
大体一匹のポケモンに、大勢で寄ってたかって襲いかかるなんて聞いた事がない。
「そいつらからは逃げ切れたのか?」
「無我夢中で逃げたけど、後ろからまたはかいこうせん撃たれてオレの足に……。それでもオレは全力で逃げたけど、痛みが耐え切れなくなって、あそこで尽きた」
あそこ――コウキとライチュウがザングースを発見した場所の事だ。
無理をして走った結果、浅かった傷口が拡がってしまったのだ。
もちろんそれは、人間たちのせい。
ザングースはそいつらから、命からがら逃げて来たのだ。
(随分と遠くから逃げてきたんだな。ん?そういえば!)
コウキはある事を思い出した。
最近、ポケモンハンターという、珍しいポケモンを狙った連中がいるらしい。
ポケモンを売り飛ばして金儲けを企む、とんでもない奴らだ。
もしかするとザングースは、そいつらに狙われたんだろうか?
「何でオレを助けた?」
今度はザングースが、コウキに質問した。
「何でって、分からないか?」
「……分からないよ。オレは今までずっと一人で戦い抜いてきたんだ。誰かを助けた事もないし助けられた事もない。ましてや人間なんかに助けられるなんて」
ザングースの言葉に、コウキは「ふぅ…」と息を吐く。
「怪我をしてるポケモンがいたら、助けるのは当たり前だ。それがたとえ野生だろうと」
「…………」
ザングースは何かを考えている。
コウキの言っている事が理解出来ないのか、それとも?
「ザングース。聞く間でもないけど、おまえオス?」
「オスだよ。元々オレたちザングースは、圧倒的にオスが多いんだ」
(オスが多いのはイーブイ系統だけだと思ってたけど、ザングースもそうなんだな)
本や図鑑だけでは収まり切らない程、ポケモンは奥が深い。
それに、コウキがザングースに気付かれないようにザングースの股間に目を向けると、アレがあるらしい場所に白い体毛が集中している。
(ちゃんと付いてるのか。……って何考えてるんだ俺は。今はそんな場合じゃないだろ!)
ザングースの股間から目を剃らした。
「もし、オレの怪我が治ったら……どうするつもりだ?」
ザングースがコウキに低い声で問いかける。
しかしコウキは、ザングースの問いかけに答えず、ライチュウが戻るのを待った。
しばらくして―――。
「コウキ。採ってきたよ」
ライチュウがオレンの実を抱え戻ってきた。
「ありがとうライチュウ」
ライチュウからオレンの実を受け取り、皮をむく。
「お前……あいつのポケモン?」
「え!?あ、オイラの事?」
ザングースが初めてライチュウに口を開いたので、脅かされたかのようにライチュウはビクっとする。
「そうだよ。オイラはコウキのポケモンさ」
「人間のポケモンか……」
ザングースは、何か汚らわしい物を見るような目つきでライチュウを見ている。
「出来たぞザングース」
擦りおろしたオレンの実を、ザングースに差し出す。
「……いらない」
ザングースはぷいっと顔を背ける。
「そんな事言わないで食べてみてくれ」
それでもザングースはこっちを向かない。
(うーん、オレンの実はどんなポケモンでも食べてくれるんだけどなぁ)
今は食べてくれそうにないので、コウキはザングースの前にオレンの実を置いた。
「置いとくから食べてくれよ。ライチュウちょっと」
コウキはライチュウを連れて部屋を出た。
「コウキどうしたの?」
「ライチュウ。おまえ、あいつの傍にいてやれ」
「え?」
ライチュウはコウキを見る。
「人間の俺なんかより、同じポケモンのおまえの方があいつも安心するだろうし。頼むよ」
「コウキ……」
こういう時は、人間よりもポケモン同士の方が、ひょっとしたら親近感が湧いて心を開くかもしれない。
僅かな望みだが、ライチュウの方がザングースも話しやすいだろう。
「分かったよコウキ。オイラが行ってくる」
ライチュウはニコっと笑った。
「すまないなライチュウ。俺は隣の部屋で待ってる。しばらくしたら呼んでくれ」
「うん。待っててね」
コウキはザングースがいる隣の部屋に。
ライチュウはザングースがいる部屋へ戻った。
ザングースは仰向けで目を開けて天井を見ている。
確かにコウキが言ってた通り、ザングースは目つきが悪いので、ライチュウは目が合っただけで睨まれたと思ってしまう。
「あ、あのザングース」
ライチュウは怖ず怖ずとザングースを見る。
「…………」
無表情のまま目だけを動かし、ライチュウを見るザングース。
「これ、食べないの?」
ライチュウが擦りおろしたオレンの実を指差す。
「……いらないんだって」
「そんな事言わないで食べなよ。回復遅くなるよ?」
「うるさいな。ほっといてくれ」
「何でそんな態度とるの?オイラはただザングースと仲良くなりたいだけなのに」
ザングースがフンと鼻であしらう。
「仲良くなりたいだと?ふざけるのも大概にしろ。お前はあの人間のポケモンなんだろ?お前なんかにオレの気持ちが分かってたまるか」
「…………」
反論出来ず、ライチュウは黙り込む。
「オレは今まで一人で生きてきたんだ。誰にも頼らず自分だけの力でな。生温い環境でぬくぬく生きてきたお前とは違う」
ザングースは吐き捨てるようにライチュウに言う。
「……ちょっとだけなら分かるよ。ザングースの気持ち」
「何だと?」
ライチュウの言葉にザングースは反応した。
「オイラもね、コウキに出会う前はずっと孤独な生活してたんだよ」
「…………」
ザングースは黙ってライチュウの話を聞いている。
「最初のトレーナーに捨てられてからずっと薄暗い洞穴で過ごしてたんだけど……寂しい生活だった」
ライチュウは遠くを見るかのようにザングースから目を離す。
「だけどね、コウキと出会ってからはそんな生活は嘘みたいになったよ。夜は一緒に寝てくれるし。オイラを大切にしてくれてるんだなって」
ライチュウはザングースに近づく。
ライチュウとザングースはしばらく見つめ合った。
そしてライチュウは、ザングースの手を握る。
「おい、何の真似だ!」
ライチュウに怒鳴るザングースだったが、振りほどこうとはしなかった。
「ザングースだってホントは……一人で寂しいんじゃない?」
「オレは別に、寂しくなんかない」
「ザングース。そんな事言わないでさ」
ザングースはライチュウの言葉に苛立ち始める。
「聞いてる?ザングース。ザングースってば。オイラはザングースと」
「うるさい!あっちへ行け!お前にオレの何が分かる!オレはお前みたいな馴れ馴れしい奴が大嫌いなんだ!オレの前から消えろ!」
握られた手を振りほどき、ライチュウに蹴りを入れるザングース。
「わ、分かったよ」
ライチュウはザングースから逃げるように部屋から出て行った。
「ライチュウどうだった?あ……」
コウキが待っている部屋へ来たライチュウは、しくしく泣いている。
「ごめんコウキ。オイラ、余計怒らせちゃった」
「そうか。気にするな。ありがとなライチュウ」
不器用ながらも頑張ってくれたライチュウを撫でる。
(しかし、ライチュウでも駄目か。かなり手堅いなザングースは)
「仕方ない。しばらく一人にさせておこう。どのみち今は動けないしな」
「うん。そだね……」
二人は時間が経つのを待った。
30分後―――。
コウキはザングースの元へ行く。
ライチュウは嫌がって行こうとしないので、隣の部屋で待っている。
「ザングース、気分はどうだ?」
「最悪だよ。お前らのおかげで」
相変わらずオレンの実は残ったままだが、コウキは気にしないようにしながらザングースに言う。
「なあ、何で俺たちの事そんなに毛嫌いするんだ?俺たちはお前が」
「黙れ!」
ザングースがコウキの言葉を遮る。
「ザングース怒るなよ。何がそんなに気に入らないんだ?」
「お前ら見てるとムカつくんだよ!仲良しこよしでもしてるつもりか?!オレはお前らみたいな奴が大嫌いなんだ!あの鼠を二度とオレの前に連れてくるな!」
ザングースの言葉に、コウキはブチ切れてしまった。
「あっそう。ならもう勝手にしろ。さっさと出てけ!」
「言われなくったって出て行くわ!」
ザングースは氷水をコウキに投げ付け、足を引きずりながら家を出ていった。
「ちょ、ちょっとコウキ!いいの?」
コウキとザングースの大声に異変を感じたライチュウが、部屋に駆けつける。
「知るかあんな奴。勝手に襲われて思い知ればいいんだ」
コウキだって、自分が侮辱されるだけなら別に構わない。
だが、落ち込んだライチュウをたった今目の当たりにして、そんなライチュウまでも侮辱したザングースが、コウキにはどうしても許せなかったのだ。
だが、しばらくして怒りは虚しさへと変わる。
「ごめんライチュウ。ちょっと頭冷やすわ」
(何やってんだ俺は……)
コウキは、ザングースに用意した氷水を睨みつける。
カチ……カチ……カチ……カチ……。
時計の秒針の音が、部屋に響く。
(あいつ、飛び出して行ったけど……あんな怪我じゃ)
ドアの前でライチュウは、コウキを訴えるように見ている。
ライチュウはザングースの事がどうしても気になるようだ。
「ごめんコウキ。オイラ行くよ!」
「待てライチュウ!」
コウキの言葉に、ライチュウは足を止める。
「ザングースを探しに行くのか?」
ライチュウは無言で頷く。
「……すまないライチュウ。俺どうかしてたよ」
「コウキ……」
「一緒に行こう。ザングースを探しに。あの様子だとまだ遠くには行ってない筈だ」
「うん。行こうコウキ」
ライチュウは再び頷き、大急ぎでザングースを探しに家を出た。
外はもう真っ暗だ。
今はただ、ザングースが無事である事を祈って探すしかない。
「おーいザングース!ザングース!」
ザングースが倒れていた場所まで行ったが、この辺りにはいない。
「おかしいな。あの怪我では動くのがやっとなのに」
「ま、まさかコウキ。もう……」
“やられたのか“という言葉を、ライチュウはぐっと抑える。
「と、とにかく探そう」
コウキたちは、反対側の道を探しに走った。
(何で……何でザングースを追い出してしまったんだ。俺は一体何て事を。ごめんザングース!)
激しい自己嫌悪に襲われながら、コウキとライチュウは来た道を戻った。
反対側の道を少し行くと、見覚えのある姿があった。
間違いない。ザングースだ!
うつぶせで地面の土を掴みながら、懸命に前へ進もうとしている。
やはり、怪我をしたままの足で歩くのは無理があったようだ。
「ザングース!」
ザングースが驚きこちらを振り返る。
コウキとライチュウがザングースを挟んだ。
「……何だよ。何しに来た。オレにもう用はない筈だ」
ザングースがコウキをギロっと睨む。
「ごめんザングース。おまえをちゃんと治療するって言ったのに俺、どうかしてた」
コウキがザングースに謝る。
「オレはお前らが大嫌いだって言っただろ。もうオレに構うな。オレはこのままここで死んだっていいんだよ別に」
「ザングース。俺たちが大嫌いでも構わない。だけど……治療させてくれ。おまえを……やっぱりほっとけない」
「…………」
ザングースはコウキを見つめている。
「何でそこまでしてオレに構う?」
「言っただろ?怪我をしてるのに見捨てておけないって。それに、もしまた人間に捕まったりしたら……今度こそ本当に売り飛ばされるぞ。ザングースはそれでいいのか?」
ライチュウは、泣きそうな顔でザングースを見つめている。
ザングースがコウキを見ながら口を開く。
「人間……。本当に、本当にオレを治してくれるんだな?」
「約束するよザングース」
「…………分かった。オレもさっきは言い過ぎた」
ザングースは目を閉じる。
「気にしないでくれザングース。さあライチュウ。一緒に支えてくれ」
コウキとライチュウで、ザングースを起こす。
ザングースはライチュウ以上に重たいが、今はそんな事を言ってる場合ではない。
ザングースは二人に運ばれ、コウキの家へと戻る。
やっとの思いで家に着いたコウキたちは、さっきと同じ要領でザングースをソファーで寝かせる。
ライチュウは息が切れているらしく、ぜぇぜぇ言っている。
「ザングース。作り直したから食べてくれ」
コウキが再びザングースに、オレンの実を差し出した。
「…………」
ザングースは、用意されたオレンの実をしばらく睨んでいたが、諦めたかのようにそれを黙って口に運んだ。
パクっ……口に入れ飲み込む。
「……!!」
ザングースが何か凄い物を発見したかのような、驚いた顔をする。
「どう?ザングース」
コウキがザングースを覗き込みながらザングースに聞く。
「……お、おいしい」
「本当か!?」
コウキは思わず笑みを浮かべる。
「これは全部ザングースの物だ。どんどん食べてくれ」
ザングースは二口目を食べる。
(よかったあ。今日初めて作ったから自信なかったけど……全部食べてくれそうだな)
ザングースは擦りおろしたオレンの実を完食してくれたようだ。
ふと時計を見ると午後11時半。
ライチュウは、目を擦ってコウキの横にいる。
「ライチュウ。先に寝てていいぞ。疲れてるだろ?」
「コウキは、まだ起きてるの?」
「俺はもう少しだけザングースを見てる」
「そう。分かった。無理しないでねコウキ」
「ああ、おやすみライチュウ」
「うん」
ライチュウは部屋を出ていった。
コウキがザングースの足を氷水で冷やしている時、ザングースが口を開いた。
「なあ人間。オレが完治したらどうするつもりだ?」
昼間にも聞いてきた事だ。
コウキはザングースを見ながら話す。
「ちゃんとザングースを元の住み処に帰してあげるよ」
「え?オレを捕まえないのか?」
思いもよらないコウキの言葉に、ザングースは耳を疑う。
「おまえにだって帰るべき場所があるだろう。それに、ゲットが目的で治療してるわけじゃないんだぞ」
「…………」
ザングースはコウキを見つめている。
「ただ、一つだけ……お願いを聞いてくれないか?」
「……?」
[お願い]というコウキの言葉にザングースの耳がピクンと反応する。
「しばらくの間、ううん、完治するまでの間だけでもいい。あいつと……ライチュウと一緒にいてやってくれないか?」
「あいつと?」
ザングースは呆然とした顔で、ライチュウが出て行った方向へ目を向ける。
「あいつ、今までポケモンの友達とか仲間とか、いた事なくてさ。ずっと一人だったんだ」
ザングースは、ライチュウと二人きりになった時にライチュウが言っていた事を思い出した。
「あいつ、俺が”いつか友達を作ってやるから”って言った時大喜びしてさ。その日が来るのをずっと待ってるんだよ。あいつ、絶対ザングースと仲良くなりたいって思ってる」
しかしザングースは、自分と仲良くしたいと言ったライチュウに暴言を吐いてしまった。
今思い返すと明らかに言い過ぎだ。
ザングースは少し罪悪感にかられた。
「ザングースが一緒にいてくれたら、あいつも喜ぶと思うし」
「…………」
ザングースはコウキを見つめて黙って聞いている。
「俺とライチュウが大嫌いなのは承知の上だが、ちょっとだけでも、ここにいてくれないか?」
コウキは床に手をつける。
「頼むザングース。この通りだ」
ザングースに土下座するコウキ。
「なっ!お、おい」
ザングースは困惑した表情で慌てる。
コウキは顔を上げない。
「……………………」
ザングースは土下座しているコウキを見ている。
やがて、ため息をついて言った。
「分かったよ。分かったからオレなんかに土下座するのはやめてくれ」
「いいのか?本当に」
コウキが顔を上げ、ザングースに詰め寄る。
「だけど、怪我が治るまでの間だけだからな!」
「それでもいい。ありがとうザングース。ライチュウも絶対喜ぶよ」
「ふん!」
ザングースは鼻であしらったが、コウキはザングースの頭を優しく撫でてあげた。
(ザングースも……根はいいポケモンなんだな)
少し気分が落ち着いたらしいザングースは、自分の頭を撫でているコウキの手を払いのける事はしなかった。
「ザングース。そろそろ眠たくなっただろ。もう寝るか?」
「ふん!寝たい時は自分で寝るよ!」
「そうか。じゃあ邪魔しちゃ悪いから俺はあっちに行ってるからな。おやすみ」
コウキは部屋を出て行った。
一人部屋に残されたザングースは、複雑な心境になっていた…………。
翌朝―――。
ザングースが目を覚ますと、コウキがザングースの足を引き続き手当てしている。
驚いて起き上がるザングース。
「あ、起きたかザングース。よく眠り込んでたぞ」
「な……に、人間。もしかして、ずっと起きてた……のか?」
「まあな。夜中に氷が溶けるし、おまえの事が心配だったから」
「だ、だからって」
自分の為に、ずっと起きて看病してくれていたコウキ。
ザングースの心境は、ますますもやもやしていた。
「おはよぉコウキ」
ライチュウが目を擦りながら起きてきた。
「おはようライチュウ。よく寝たな」
「ってコウキ!?まさかずっと起きてたの!?」
ライチュウも、ザングース同様驚きの声を上げた。
「そうだよ。おまえが夜中、起きてくる前に10分程寝たけどな」
「え?」
ザングースはコウキの言葉が引っ掛かった。
コウキはザングースの視線に気付き、ザングースに言った。
「ザングース。ライチュウもな、おまえが心配だからってわざわざ起きてきたんだぞ?」
「あいつが……?」
ザングースがライチュウを見つめる。
「い、いいんだよコウキ。オイラ寝付けなかっただけだから」
ライチュウはコウキの言葉を慌てて遮る。
「さ、ザングース。もう立てると思うぞ。ほら」
コウキがザングースに手を差し出す。
ザングースはその手を見つめるが、ザングースも手を差し出した。
コウキに引っ張られ、立ち上がったザングースが床に足をつく。
「どうだ?」
「い、痛くない……」
本当に痛みは引いているようだ。
ザングース自身がそれを証明している。
(回復早いな。オレンの実が効いたかな?)
コウキの看病は、無駄にならなかったみたいだ。
「動き回るのはまだ無理だから、走り回ったりするなよザングース」
ザングースはほんの少しだけ頷いた。
「ザングースよかったね!あ……ご、ごめん」
慌てて口を抑えるライチュウ。
しかし、ザングースはライチュウを見て言った。
「あ、あのさ」
「え?」
ザングースは少し言いかけ、吃りながらライチュウに謝った。
「わ、悪かったよ昨日は。オレ、お前に酷い事言っただろ?消えろとかあっち行けとか。蹴ったりもしてさ…………ごめん」
ライチュウに頭を下げるザングース。
ライチュウは戸惑う。
「な、何で謝るのさ。オイラ別に」
ライチュウは困った顔でコウキを見る。
コウキはニヤっとした笑みを、ライチュウに返した。
「ライチュウ。ザングースな、完治するまでの間だけになるけど、ここにいてくれるってさ」
「えっ!?それって……」
「そ。おまえと仲良くしたいんだってさ。な、ザングース?」
コウキがザングースの肩をぽんぽんと叩くと、ザングースは頭を下げたまま頷いた。
「ほらザングース、何て言うんだ?」
「……オレ、こんな見た目だしお前にとって嫌な奴だけど……仲良くしてくれるか?」
ザングースが顔を赤くしながら、上目でライチュウを見る。
「も、もちろんだよ!ザングース。顔上げてよ!」
ライチュウはコウキを見て、嬉し涙を流す。
(やっぱりライチュウはザングースの事が気に入ってたんだな)
ライチュウに初めて友達が出来た事を、コウキは喜んだ。
「短い間だけど二人とも、仲良くするんだぞ。さ、朝飯食べよ」
コウキは朝食の準備に取り掛かる。
「あ、人間あのさ」
「ん?」
ザングースに呼ばれ、振り返るコウキ。
「あ、ありがと人間。オレ、誤解してた。人間なんて全員オレの敵だって思ってたけど…………ごめん」
ザングースはコウキにも謝った。
「いいんだよザングース。俺はトレーナーとして当然の事をしたまでだ。俺はコウキ。改めてよろしくなザングース」
「よろしく。えっとコウ……キ?」
「あはは、まあ徐々に慣れてくれよな」
ザングースは顔を赤くして、ライチュウの隣に座った。
(何だザングースの奴。昨日はあんな荒っぽい性格してたのに。結構可愛いところあるじゃないか)
目つきの悪さと、白い体毛に包まれたふっくらした体型とのギャップが、余計そう思わせるのかもしれない。
「ザングース。オイラライチュウだよ。よろしくね!」
「よろしくな。ラ、ライチュウ」
「わぁ!やっと名前で呼んでくれたね!」
ライチュウは満面の笑みを浮かべた。
ザングースも照れているのか、つられて笑う。
笑った顔も恐いが、それでもやっぱり可愛い。
(よかった。ライチュウとザングースが仲良くなって)
コウキは、その微笑ましい光景を、温かく見守るのであった。
そしてザングースもまた、これからコウキとライチュウと過ごす生活の中で、徐々に心境に変化が起こり始める....
続く....。