見慣れた天井を背景に、映し出される愛しい人の顔。時は深夜、ベッドの上。こんな官能的な雰囲気が、全く  
不快極まりない。  
 「この状況は一体、どんな冗談なんでしょうね? マスター?」  
 「うん。まぁ、察して」  
 「脳天にブレイククローかましますよ」  
 「リアルでドタマがカチ割れるから、それは勘弁して欲しいなぁ」  
 思えば、長い付き合いである。生まれてこの方、一週間と離れて過ごしたことがないんじゃなかろうか。外界と  
全く関わらなかったわけではない。買い物だって一人で出来るし、近所の奥様方と井戸端会議だってする。でも、  
間違いなく最も長いこと一緒に居る人物が、マスターだ。勿論信頼しているし、敬愛もしている。感謝だってして  
いるし、もしかしたら羨望すら抱いているかもしれない。  
 しかし、不思議なことに。それだけ一緒にいても、分からないことはあるものだ。まさか自分が恋愛対象として見  
られていたなんて、ついこの間まで歯牙にもかけない考えだった。正式に告白されて、酷く狼狽したのは記憶に  
新しい。結局、尊敬する人として受け入れたのだけれど。でも、他にも知らないことはまだまだ沢山あるようで。  
 現にこうして、それを思い知らされている。自分の被毛に包まれた、長く鋭い爪が生えている手足がベッドの支  
柱四本に繋がれていたり。主人の手には、何やら男性器を模したらしい卑猥な物体が握られていたり。その脇に  
は、無理やり口を開けさせる道具やら、蝋燭やら数珠のような物やら、目隠しやら紐やら何か用途の分からない  
器具その他諸々。見てるだけでも身の毛のよだつそれらを、自分に使おうとしているのだろう。裏表のなさそうな  
素晴らしい笑顔を浮かべているのはいつもどおりなのに、非常識な状況は疑いようもなく。  
 僕は知らない。もとい、知りたくなかった。マスターがこんな、超ド級の変態だったなんて。  
 
 話は一週間前に遡る。正式に「恋人」という関係になったわけだけれど、生活に大した変化があったわけじゃあ  
ない。相変わらずご主人は仕事に行って、僕は家事。強いて言うなら、一緒にお風呂に入る頻度が増えたり、マ  
スターが抱きついてくるようになったり、時々キスしたり……それと、非常に言い難いんだけど。せ、せっくす……  
したり……するようになったこと、くらい。  
 それは、丁度週に一度の夜伽をした後のこと。幾分慣れ始めた僕は、時折腰がしくんでも気絶まで至ることは  
少なくなっていた。初夜以来、マスターは優しくしてくれるし、その……気持ちいいし……ともかく! 僕に不満  
はなかったのだ。それだけは分かっていただきたい。ところが、マスターの方はそうでもなかったらしい。  
 行為の後でベッドで抱きついていた時、唐突に話始めたのだ。  
 「あのさぁ、最近マンネリっぽくない?」  
 「え……いえ? 僕は全然、えっとぉ……今のままで……」  
 予想外の言葉にうろたえて、つっかえながらも返事をする。というか、僕にしてみればマンネリも何もないのだ。  
他に何か変わったやり方でもあるんだろうか。マスターと僕の立場が入れ替わるというくらいは考えもしたけれど、  
想像まで至らなかったし、それ以外のことがあるだなんて知らなかった。  
 そんな風に考えているとは思いもよらなかったのだろうが、マスターは続ける。  
 「ほら、変わったやり方も試してみたいなぁ……なんて……」  
 確かに僕だってそれがどんなものなのか、好奇心をそそられた。詳しい説明こそなかったが、羞恥には多少な  
りとも慣れ初めている。痛かったり、怖かったりしなければいいだろうと、僕はあっさり許可してしまった。それが、  
いけなかったのだ。  
 「マスターがしたいなら、試してみてもいいですよ……?」  
 「本当!? よっしゃ!」  
 目をキラキラ輝かせて飛び起き、あまつさえガッツポーズを見せるマスターを見て、今更嫌だとは言えなくなっ  
てしまったのだ。たとえ、その喜びように不安が大きくなったとしても。  
 
 そして今週に話が戻る。夕食を二人で終えた後、急に眠気を誘われた僕はお風呂を浴びて早々に中座した。  
今になって分かったのだが、多分食事に何か仕込んだのだ。台所はマスターの領分である。僕の分の料理に薬  
を入れるくらい造作もないだろう。そして、今さっきのこと。いつもより早く寝てしまったせいもあるのだが、ふと深  
夜に起きてみれば……この様である。なんて無防備だったのだろうかと後悔せざるを得ない。僕が深い眠りに沈  
んでいる間、マスターはきっと喜び勇んで僕を縛り、道具を並べ、楽しみにこの時を待っていたのだろう。はっき  
り言って馬鹿である。だって、この為だけに嬉々として道具を買いに行って、お金使って……もう最悪です。  
 このままじゃ僕の貞操が危ない。もう奪われてるけどやっぱり危ない。未だ意地悪な笑いを浮かべるマスターを  
ジト目で睨みつけながら、この色魔を押し留めるための言葉を練った。  
 「今すぐ解放してください。さもないと一ヶ月エッチ禁止」  
 「一ヶ月でいいの!?」  
 もっと厳しい罰が下ると想定していたらしい。つくづく救えない。ネガティブ過ぎる算段を、何故こうまでして決  
行したのか。僕には心情を分かりかねる。とりあえずぶん殴りたい。無理だけど。  
 ああ、こんなマスターを見るのは初めてだ。普段は物静かな人で、無害そのものって空気を発しているのに。趣  
味なんて読書と料理、それに時々音楽を聴くくらい。見た目も理知的なメガネにスレンダーな体型と決して悪くな  
い。仕事にも真面目に取り組んでるようだし。ちょっと抜けてるところを差し引けば凄く良い旦那さんだと思うんだ  
けど……って、ノロケてる場合じゃないよ! マスターの目が据わってるよ!  
 そんな風に滔々と考えていたら、冷たいものがお腹に垂れてきた。全身の毛がぶわっと逆立つ。それがなんと  
も気持ち悪くて動きたいのだけど、体を縛る縄はその程度じゃ揺らがない。  
 「ひぁ……! な、何してるんですか……!?」  
 「これ? ああ、そういえば初めてだっけ。これはローションだよ」  
 見せつけるように顔の前に突き出されたマスターの指の間で、ヌルヌルと粘着質な液体が糸を引いた。それだ  
けで、どことなくエッチだ。本来潤滑油として使われるのだろうそれは、僕のお腹や胸で広げられて毛並みを寝  
かせた。ローションが塗られただけなのに、マスターの手の感触が、普段とは違う。それで胸とか、脇腹を愛撫さ  
れたりなんかしたら……。  
 「ふぁっ……! うぅ……! ひぅ……!」  
 「やっぱしザングは敏感だね。たったこれだけで声が漏れちゃう淫乱さんだ。ほら、もう可愛いチンチンが涎垂  
らしてるよ?」  
 「言っちゃ、やだ……!」  
 マスターお得意の言葉責め。僕の羞恥を煽るのが、とても上手なのだ。こうやって虐められる度に、体が熱く火  
照って、マスターの顔が真っ直ぐ見られなくなる。それに、自分じゃ分からないけど、声が高くなってるんだって。   
マスターは「マゾ気質なんだな」って言ったけど、その言葉の意味が僕にはよく分からなかった。  
 必死な嬌声を上げる僕をよそに、僕の体を勝手気ままに撫で回していた手は、胸から脇へ、脇から腹へ、そし  
てどんどん下半身へと降りていく。あ、これは……!  
 「にゃあああああっ!?」  
 「そんなに良かったの? チンチンにローション塗られて、くりくりされて。でも、それもそうか。俺の下でにゃあにゃ  
あ鳴いちゃうマゾネコさんだもんね」  
 「駄目ですっ! 手、離してっ!? いやだぁああっ!」  
 一回だけ、似たような経験がある。フェラされたチンチンを、そのまま手で弄繰り回された。あの時は本当に狂っ  
ちゃうかと思ったのに、今のはそれより激しい。チンチンが熱くなって、お腹の下のほうが痺れる。辛いから、体全  
体で逃れようとするんだけど、どれだけジタバタもがいても縄は切れたりしない。  
 
 マスターのそれとは違う、先細りのチンチンは、手の中で蹂躙されて、脳に直接電気を送るみたいな快楽を訴  
える。無理やり鳴かされて、気持ちよくって、僕はどうしても涙を堪えきれない。  
 「ひっく……! 許して……! ますたぁ……! お願い……!」  
 「駄目だよ。どうせなら、今日はとことん付き合ってもらうから」  
 今日のマスター、まさに鬼畜だ。はっきり言って、僕が泣いてなお止まらないマスターは始末に終えない。大げ  
さな言い方をすれば、僕はこの時死をも覚悟した。  
 そんな僕の絶望的な心持ちを知ってか知らずか、責め手を変えてくる。ローションのボトルを傾け、マスターは  
僕のお尻に塗りたくった。回数をこなしたので、後ろにもある程度の慣れはある。普段以上に潤滑が良いことも手  
伝って、あっさりと解されてしまった。チェスなら、既にチェックメイト。無駄だと分かっていても、僕には泣きの一  
手を打つしかない。  
 「ますたぁ……! 助けてよ……! 」  
 「泣いてるザング、可愛いよ」  
 あ、これもう駄目だ。  
 悟ってしまった時、無機質な物体が深々と潜り込んでくるのが分かった。それは小刻みな振動を伴って、僕の  
お腹の中でのた打ち回る。敏感な内部をやたらめったら刺激され、再び悲鳴を上げた。  
 「うにゃあああっ!? やだ! なにこれっ! 止めてっ! 止めてぇええっ!?」  
 「バイブだよ。アナルバイブ。俺のがあっさり入っちゃうから、今回は少し大きいの用意したんだ。ほら、もっと鳴  
いてみて?」  
 「ひぃいいいっ! いやだっ! やだよぉっ!」  
 マスターのチンチンより、一回りほど大きいバイブが出し入れされれば、それはもうとんでもない苦痛だ。いや、  
気持ちいいんだけど、圧迫感が果てしない。中に入ったバイブの影が、お腹にぼっこり浮き出すような、そんな  
感覚。それでも、僕はもう責めに耐え切れずに達してしまいそうだ。  
 「も、だめ……! 出ちゃう、から……! 外してっ! ますたぁあっ!」  
 「だーめ。たまには、ちょっと躾けてあげよう」  
 涙で霞んだ視界の隅で、脇から何かを取り上げるマスターの手を捉えた。そのまま、僕のチンチンに手をあて  
がって、何か不吉な動作をしている。すると、チンチンの根元をきゅっと締め付ける感覚があった。もう何が起こっ  
てるんだか分からなくなって、僕はうわごとの様に尋ねる。  
 「な……して……!」  
 「ちょーっとイけないように、縛っただけだよ? ザングは変態だし、嬉しいんじゃない?」  
 「い、やだ……! うああああぁんっ!?」  
 その問答が終わったとき、ついに僕は登りつめてしまった。だが、下腹部からせりあがってくる熱はチンチンの  
根元でせき止められて、戻ってくる。その気持ち悪さ、切なさ、苦しさ。僕はもう、壊れそうになる。もうなりふり構っ  
てられなくなって、懇願した。助けて、助けてほしいと。  
 「やだぁあああっ! 解いてっ! ほどいてぇえっ!」  
 「じゃあ、俺は少しコーヒーでも飲んでくるかなっと」  
 「そ、んな……! 無理、無理です! 僕死んじゃうっ!」  
 僕を見下ろすマスターの顔は、今までになく醜悪で。狂おしくって。人間の下着のようなもので、バイブは外れ  
ないようにすると、振動を強めて出て行った。  
 
 読者諸君。俺がザングースの主人である。急な視点変更で戸惑われることのないよう、お見知りおき頂きたい。  
 さて今回、俺がどうしてこんな凶行に至ったか。それは単純明快である。  
 ザングースが甘えてくれないからだ。ザングースは我々が新婚ホヤホヤであるということを、どうにも分かってく  
れていない。俺の方からそれとなくアプローチはしているものの、向こうから甘えてくることはないのだ。新妻たる  
ザングースが甘えてくれない。それがどんな辛苦であるか。それに加えて、セックスが一週間に一度など。足りな  
い。足りないに決まっている。  
 許可を頂いただけでもうけものだと、最初は思った。しかしよく考えてもみろ。毎日寝床を共にしているのに、体  
を重ねるのは週一。体に問題のない健全たる男子が欲望を抑えきれるわけもない。  
 そこで俺は熟慮したのだ。如何様にして、ザングースの体質改善を図るべきなのか。そして結論に達した。いっ  
そこれまでにない痴態を繰り広げさせれば、向こうも素直にさらけだしてくれるのではないのだろうか、と。  
 ……勿論、一度だけでも本能のままにザングースをドロドロのグチャグチャにしてみたかったというのも、今回  
実行に移した要因として無くはないのだが。  
 なに? 結局欲望のままにザングースを陵辱したかっただけではないか、だと?  
 当たり前だ! 愛しき者の淫れきった姿を見たくない人が何処にいるというのだ!  
 読者諸君、異論はあるか? あればことごとく却下だ!  
 
 宣言通りにコーヒーを飲み下し、ついでに煙草を一本吸った俺はザングの元へ向かった。きっと今頃は出来上  
がっているだろう。前々から、被虐嗜好の片鱗は見せていたのだ。ここまでやれば、開花すると俺は踏んでいた。  
 寝室に入る。すると、さっそく鼻につく雄の香り。ドロドロと先走りを垂れ流し、ローションと混ざってテラテラと卑  
猥に光る彼の姿があった。先ほどまでは、縄を引きちぎらんばかりに暴れまわっていたのに、今や小さく痙攣す  
るのみ。快感に押し流されやすい体質だから、そろそろ限界だろう。  
 愛しき彼を壊してしまっては元も子もない。早々にバイブを抜いてやる。頭を撫でてやれば、焦点の合わぬ潤  
みきった目で、こちらを見上げてきた。長い口から舌を突き出し、ぜぇぜぇと荒い息を吐く。その姿たるや、是も非  
もなく淫猥だ。ザングースは弱弱しく、蕩けそうに甘美な声で、俺に向かって囁きかけた。  
 「ますたぁ……! もう僕我慢できない……! 早く、犯してぇ……!」  
 ほら来たそれみろ俺の勝ちだ! こちらも限界まで突っ張った股間の一物を取り出す。パンツが濡れているの  
など些細なことだ。あっという間に全裸になった俺は、それでも理性の残り一片を総動員して手足を拘束する縄  
を解いた。そして、人間よりは多少軽い体を抱え込み、優しくキスをした。  
 
 「ん……ふ……!」  
 「あ……んぅ……!」  
 それと同時に首筋を撫でてやる。最近分かったことだが、ネコらしく首筋は弱い。ふさふさと柔らかい被毛を掻  
き乱し、こちらもその感触を楽しみながら、ついでに喘ぎまで聞ける。  
 「ふぁ……! あぅん……気持ち良いよぉ……! でもぉ……早く、チンチンください……!」  
 こんなこと言われて、誰が我慢出来るのか。対面座位のまま、俺は手馴れた挿入を果たした。バイブを飲み込  
んでいた粘膜は、普段ほどの締め付けこそないものの、暖かく溶けてしまいそうな心地よさがある。雌のそれと酷  
く酷似していたので、俺は指摘してやった。  
 「ザングのここ、完全にメスみたいだな……しかも感じちゃうんだから」  
 「ますたぁの、メスで良いからぁ……! もっとぉ……!」  
 きっと脳内では、ノルアドレナリンが過剰分泌されているだろう。俺は久しぶりに獣と化した。抱えていたザング  
をベッドに押し倒し、正常位のまま激しくピストン運動する。そのテンポは速まる一方。結合部は卑猥な音を立て  
て、俺の腰を更に加速させる。柔らかく首に回された腕も、キスをせがんで来る淫らな顔も、全部が全部俺を突き  
動かす。もう止まらない。  
 「ひぁんっ!? にゃぁあっ! ふぁあっ!」  
 「はっ……クク……淫乱だなぁ……ザングぅ?」  
 「そうですぅっ! 淫乱だから……もっと、ぐちゃぐちゃにして……!」  
 可愛い顔して、淫らに追従する姿はそそる。ふわふわの尻尾が、足に絡みついてくる。もっともっととねだるよう  
に。足が突っ張って、何かに耐えているようでもある。片耳が寝て、可愛く俺にオネダリする。……きっと。今の俺  
の笑顔は、見た誰もが怯むほど凶悪だろう。  
 「イきたいか? ん? それなら、ちゃんとお願いしてみな」  
 「は、はいぃ……! ますたぁ……イ、イかせてください……!」  
 「またお尻でイっちゃうの? どうしようもない色狂いだよね」  
 「はいぃっ! いいから、早く……! お願いですぅっ!」  
 「全く、変態なメスを娶ると旦那は大変だな!」  
 「に、にゃぅうううううっ!」  
 思いっきり、一突き。それと同時に、一物を縛る紐を解いてやる。未だかつて、見たこともない量の精液がほと  
ばしった。ほぼ同時に俺も達し、大量の白濁が注がれる。二人分の精液が、ザングの体を汚し、より恥ずかしく、  
だらしない姿に仕上げていく。その様相は、娼婦もかくやというほど。  
 「ま、すたぁ……」  
 そして、やっぱりというか。  
 あの日以来、初めて気絶させてしまった。  
 
 ジャパニーズ土下座。以下説明省略。  
 俺の画策。完璧だと思っていた作戦の末路は、まぁやっぱり、失敗した訳で。朝起きたら、全裸の俺の股間と首  
筋に鋭い爪が突きつけられてて。もう、平謝りするしかないって言うか。でも土下座すら出来ないっていうこの状  
況。命ばかりは助けて神様。  
 「命と下半身。どっちが大切です?」  
 「み、ミルクレープで手をうたな」  
 「却下」  
 ザングは今まで聞いたことの無い、冷気すら発しているような声で言い捨てる。本気で怒っていらっしゃる。人  
間対ポケモン。そりゃもう、勝ち目なんかないわけで。ああ、爛々と目が輝いていらっしゃる。捕食者の目だ。目  
が「殺す」と言っている。っていうか近い。爪近い。頚動脈まであと一センチ。下半身の方は割礼されそう。  
 「いや、まだ使わなかった道具とかあるじゃん? それだけ手加減したんだよ」  
 「なるほど、この性欲の源とオサラバしたいと」  
 「ごめんなさいすいません許してください」  
 気圧された俺は、仕方なくホールドアップの体勢のまま、今回の計画を白状した。性的に足らなかったこと、一  
度はエスエムを経験してみたかったこと、もっと甘えて欲しかったこと。一言一言を紡ぐたびに、ますます細まる  
目に脅えながら、ぼそぼそ蚊の鳴くような小さい声で。  
 「マスター」  
 「は、はい! 何でございましょうか!」  
 「……そう言ってくれれば、いいです」  
 大きくため息をつきながら、ザングは予想外の話を続けた。  
 「足りないならお付き合いしますから、今回のようなことはしないように」  
 「は、はぁ……」  
 「それから、僕ももっとマスターに甘えるようにします」  
 「お、お願いします!」  
 「あと、ミルクレープと和菓子は忘れないように買ってくること」  
 「当然です!」  
 俺は見逃さなかった。腰を抱えながら立ち上がったザングの瞳に被虐の炎が灯っていたことを。  
 
 
 

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