朝靄のせいで、一面の視界が白い。ここシロガネ山では、ごく偶に幻想的な風景が見れる。鋭い剣山のように  
聳えたつ山がうっすらと靄に透けて、ぞくりとするほど荘厳な雰囲気を醸し出していた。  
 そのとある場所。山の麓近くに、大きな鍾乳洞がある。内部は薄暗く、湿気た空気が漂っていて、どことなく不  
気味だった。長く伸びた石灰石が来るものを拒むように、幾多に連なっている。彼はここで暮らしていた。  
 巨体で地面すら揺るがす、一匹のバンギラス。彼が洞窟の最奥にうずくまっている。その風格たるや、この山の  
主のようだった。見た目に違わぬ強力無比な力を持ち、頑強な体は多少のことでは動じぬ。だが、彼にとっては  
その何もかもが無価値。そんなものよりもっと欲しいものが、彼にはあるのだ。  
 薄く開いた目で、洞窟の入り口を見る。靄で何も見えない。どうせ、ここには誰も来ないのだけれど。  
 仕方なく体を起こして、地面を軽く掘る。そのまま少し土を喰らった。大きな口に、生半可な刃物では敵いそう  
にない牙で。本来ならば、もっと量を取ってもいいのだが、今日は食欲もなかった。というより、ここの所殆ど食が  
進まない。それだけでやることもなくなってしまって、大きく溜息をついた。どうせ誰も居ない。聞いてはいない。  
 ぼんやりと虚空を見つめると、ぼそりと呟いた。  
 「……寂しい」  
 彼にとって、今の力の全て無価値。ただ、酷く寂しいだけの毎日。ぬくもりの欠片もない、一人きりの生活。  
 思えば、こうなってしまったのは何時からだったかと、バンギラスは回想した。生まれたときから、父も無く母も無  
い、一人だった。小さな時分は、周りの大きなポケモン達が怖かった。実際、下手に彼らの領分を侵そうものなら、  
容赦なく追いやられた。だから、隠れるようにして暮らした。逃げるように、この山までやってきた。彼にとって幸い  
だったのは、食べる物には困らないこと。どんな辺境に居ようとも、土ならある。生きるために最低限のモノだけは、  
常に傍にあったのだ。  
 後は必死だった。他のポケモンに怯えずに暮らせるように。それだけを求めて、育ってきた。でも、こうしてそれ  
を達成したとき、気がついてしまった。自分には誰も居ないこと。遠ざけ、逃げてきた他者が、こんなにも恋しいこ  
と。何も知らずに、愚直に生きてきて、残ったのは凶悪なポケモンというレッテルだけだったなんて。  
 自分が寂しがっているのだと悟ったとき、呆然とした。否定もした。しかし、腹の奥底で寄せては返す波のごとき  
わだかまりに、ついに屈した。認めざるを得なかった。とはいえ、認めたところで何が出来ようか。  
 「……」  
 打開策は、見つからない。せいぜい無害な者であると理解されるまで、こうして塞ぎこんでいるしかない。長い  
時間を要するが、彼にはそれくらいしか方法がなかった。それが一体、いつになるかは分からないけど。明日か、  
明後日か、一年先か死んだ後か。  
 駄目だ、暗闇は気分を淀ませる。彼は一縷の望みを捨てないために、かぶりを振った。せめて外の空気を吸っ  
てこようと、重い腰を上げる。今の時間なら、誰に見られることもなく外出出来るだろう。  
 外に出ると、山特有の清浄な空気が一気に肺に流れ込んだ。清清しい。視界には何も映らないが、それは相  
手からも見えないということ。彼にとってはかえって安心だ。ついでに、慣れた土地を散策しようと思い立つのも  
無理はない。彼は暫し考えると、普段は眼下に広がっている小さな森へと歩を進めた。  
 
 森の中も、やはり視界が悪い。茂みのそこかしこで感じる気配を避けつつ、当てもなくふらふらと彷徨った。偶  
には木の実を食べるのも悪くないし、川で水浴びなんぞするのも一興だ。さてどうしようかと、ゆったり歩いていく。  
そんな彼の足に、ぶつかるものがあった。心臓が飛び上がりそうな程に驚く。誰か居たのかと、背筋が寒くなった。  
素早く足元に首を回すと、幼いビッパの子供が何事があったのかときょろきょろしている。そして、目が合った。  
 「あ……だ、大丈夫か……」  
 言い切る前に、静寂を切り裂いて悲鳴が上がった。耳をつんざくような高い声で、助けを求める叫び。  
 「や、やだぁあああっ! ご、ごめんなさいっ! 食べないで!」  
 がくがく震えて腰を抜かしながら、頭を守る姿勢。ビッパは既に涙すら浮かべて、どうしようもないほどに錯乱し  
ている。こんな時、何度も経験しているのに、毎回どうしていいか分からない。バンギラスはおろおろと立ち竦ん  
だ。そこに、母親と思わしきビーダルが駆けてくる。  
 「なにやってるの! 早く!」  
 「お、お母さん……あ……!」  
 ビーダルは素早く子供の首筋を咥えて、近くの草むらに隠れていく。声を掛ける暇もなく、姿は見えなくなって  
しまった。呆然とその後姿を見送りながら、彼の胸の奥に諦観の念が起こってくる。こんなものだよな、と。自然と  
自嘲気味の薄笑いが口に浮かんだ。これでまた、俺の求める「いつか」が遠くなった。  
 ねぐらに戻ろう。今日はもう、何もする気力がない。重い足を無理やり動かしながら、来た道を戻り始めた。その  
時、予想もし得ない空からの来訪者があった。その者は彼の眼前に降り立ち、高らかに宣言する。  
 「あんたがここに住んでるっていう、凶悪なポケモンね!?」  
 気の強そうなリザードンだ。彼に指先を突きつけ、挑戦的に腕を組む。今度はこういう輩か、とがっくり肩を落と  
す。まったく、人が落ち込んでいるときに面倒なものだ。  
 時折、噂を聞きつけた正義漢気取りのポケモンがやってくる。人の話も聞かずに騒がしくがなりたて、勝負を挑  
んでくる。適当にあしらうだけの実力はあるので、怪我をさせない程度に追い払うのは慣れっこだった。これは彼  
にしてみれば降りかかる火の粉を避けているだけなのだが、その度に「いつか」が遠くなる。忌々しい馬鹿どもと  
いう認識でしかない。しかし、またこんな時に来なくても。ふつふつと煮えたぎるモノを圧殺し、一応制止してみた。  
 「俺はいままで誰も傷つけちゃいねぇし、そんなつもりもねぇ」  
 「嘘言わないで! 今や人里でも、凶悪なポケモンが住み着いておちおち来れないって噂なんだから!」  
 人の噂も、という格言は当てにならないらしい。浮世離れしていると世間の情報はなかなか入ってこないのだが、  
どうやら状況は悪化していく一方のようだ。本当にどうしようもないのか。家族や友人が欲しいのではない。せめ  
て普通に話してくれる相手が欲しいという願いさえ、叶わないのか。俺が何をした。ただ生きてきただけだってい  
うのに。全身の血が熱く滾り、抑えようもない破壊衝動が始めて巻き起こってくる。  
 
 どこに向けたらいいのか分からぬ怒りで目の前がモノクロになった気がしたとき、高熱が体を包み込んだ。  
 「ちっ……!」  
 火炎放射か。流石喧嘩を売ってくるだけあって、相応の威力がある。だが、タイプの相性で大したダメージでは  
ない。大きく手を振りかぶって炎を払いのければ、業火は雲散霧消した。あっけに取られて口を開けているリザー  
ドンへ即座に接近。はっと我に返ったリザードンが防御の姿勢を取ろうとしたが、もう遅い。怒りのままにその細い  
首筋を掌握。急激に気管を押さえつけられたリザードンが呻く。  
 「がっ……!」  
 「帰れ。さもないと殺す」  
 自分でも、こんな声を出せるのかと思うほどの冷徹な声。重低音のバリトンボイスが、強大なプレッシャーとなっ  
てリザードンに押し寄せた。だが相手は気丈なことに、再び息を吸い込んで反撃を試みようとする。それを察した  
バンギラスは、仕方なく空いている手で腹を痛打。その一撃にて気絶させる。  
 「げほっ……うぇ……!」  
 「あ」  
 はずだったのだが。しまった。少し強すぎたか。リザードンを昏倒させるつもりの一撃であったが、怒りが先行し  
てやりすぎてしまった。バンギラスの中の熱い血が冷めていき、そのまま絶対零度になる。これでは本当に、ただ  
の凶悪なポケモンになってしまう。ぐったりとしながらも喀血するリザードンを焦って地面に下ろしながら、酷く後  
悔した。一時の感情に流されるなんて、らしくない失態だ。  
 「おい……大丈夫か……!」  
 「はっ……けほっ……!」  
 不味い。あの一発で内臓が傷ついていたら、死に至る可能性もある。このままではいけない。冷静に分析する  
バンギラスだったが、焦燥感のために手が震えていた。どうするか、どうすればいいのか。自分には頼れる者もい  
ないし、人里にも行けないことが分かっている。それに知識も特別な力もない。孤独というのはつくづく苛立たし  
い障害だ。彼はその場で悩みに悩んだ挙句、とりあえずねぐらで落ち着かせようという結論に至った。  
 
 それから三日。バンギラスは献身的に看護した。水を汲んできては飲ませたり、木の実を狩って食べさせたり、  
それらが済むと眠るのも惜しんで見守った。幾度も森へ降りていれば、また他のポケモン達から恐怖の籠もった  
視線を浴びたりもしたのだが、そんなことに構っていられない。  
 だが、思ったとおりに怪我は重かったようで、リザードンは中々目を覚まさずにいた。もしこれで死んでしまった  
りなどしたら、一生後悔するだろう。今日目を覚まさないようなら、危険を覚悟で人里へ向かおう。そう決意してい  
た矢先。ようやくリザードンが回復した。  
 「う……いたた……」  
 「起きたか!?」  
 「な、何……!? ここどこ!?」  
 慌ててその顔色を覗き込むと、痛む体を跳ね上げて後退さる。目を見開いて、顔面に恐怖が張り付いた表情  
だった。そのまま這いずるように、洞窟の壁際まで逃げていく。説明をしたいのだが、これではどうしようもない。  
何度目か分からぬ深いため息を吐いて、とりあえず脅えさせぬようにこちらも距離を取る。地面に座ると、敵意が  
ないことを伝えるために両手を上げた。傷ついた顔色など、見せてはならぬし。  
 「あー、悪かったな。手加減し損ねて、怪我させちまったみたいだ。ここは俺のねぐらの洞窟だ」  
 「……何が目的? 襲う気だったの?」  
 「襲うってなんだ? 心配しなくても、喰ったりなんかしねぇよ」  
 よく分からないが、自分はポケモンを喰う凶悪な生物、という認識らしいので、誤解を招かぬように言っておく。  
どうせ無駄だろうが、しないよりは幾分期待があるというものだ。案の定、胡乱げな目つきではあったが、病み上  
がりの体を無理に動かして逃げる素振りはなくなった。こちらも一安心というものだ。  
 だが、次の台詞もまた引きつった声で発された。これも仕方のないことだ。  
 「……じゃあ、レイプでもしようっての?」  
 「れ、レイプ? なんじゃそりゃ。何だか知らんが、お前を傷つけるつもりは毛頭ない」  
 耳慣れない言葉だ。よく分からないが、自分を怖いと思っていることは確かだろう。もう暫く休んでもらうためにも、  
ここから出て行った方がいいか。腰を上げて、洞窟の出口へと向かった背中に、少し落ち着きを取り戻した声が  
かかる。不思議そうな、驚いたような高い声。  
 
 「私が、メスだって分かってないの? こう、セックスとかしようとか……発情期とか……」  
 「あ? お前、メスだったのか。すまないな、自分以外の体をまともに見たことなんてないんだ」  
 「あんた……どんな風に、生きてきたのよ……?」  
 「別に。生まれたときから、一人だっただけだ……」  
 振り向かずに応える。つまらない話だ。小さく舌打ちして、足早に出口へと向かった。久々に会話らしい会話が  
出来たと思ったのに、敵意剥き出しで気分が悪くなる話とは。俺は、どこまでも不運なんだな。イライラしてしまう  
前に、さっさと出て行こう。伝えるべき事項を口早に言い捨てて、外に向かった。  
 「俺は外に出てる。メシならそこらにあんだろ。治ったら出てけ」  
 「……あ、ちょっと!」  
 時刻は夜。もう、何処かに行くような体力もない。ぐったりとした体を岩肌にもたれて、三日ぶりに十分な睡眠を  
取ることにしよう。きっと目が覚めれば、あのリザードンも居なくなっているだろうから。  
 彼は山の中腹あたりで何とか座れそうな岩を見つけると、そこに寝転がって不貞寝を決め込んだ。  
 
 夕日が眩しくなった頃。ようやくバンギラスは目を覚ました。久方ぶりの睡眠とはいえ、夜中から随分と寝ていた  
ようだ。もう日が沈んでしまいそうだ。  
 夕日は、嫌いだ。何でだか涙が出そうになる。それにこういった時間というのは、きっと家族や友人のある者は、  
あるいは別れ、あるいは共になる時間なのだし。そう考えれば、夕日はお前は孤独だ、孤独なのだと呪詛のよう  
に繰り返す気がする。寂しさ、虚しさ、怖さ。そういったものを、際限なく増幅する。だから、彼は夕日が大嫌いだ。  
 眩い光から目を背け、帰路につくことにした。多分リザードンは出て行っているだろうし、もし治っていなくても  
様子見に行かなくてはならない。どうせ他に行く当てもない。  
 急な斜面を下っていくと、すぐに巣は見えてきた。住み慣れた、しかし誰も居ない棲家。帰ったら、また不貞寝  
でもしようか。飽きたけれど、それくらいしか暇つぶしすることなどない。  
 そんな風に考えていたら、洞窟から出てくる影があった。背景の夕日と同じ、鮮やかなオレンジの体。ごつごつ  
した岩肌に馴染む、凛々しい姿。あのリザードン。それはとても綺麗だった。  
 「遅かったのね」  
 「……なんで、居るんだ。体が大丈夫そうなら引き上げてると思ったんだが」  
 「話は終わってない。場合によっては、あんたを倒さなきゃならない」  
 「もう決着はついただろ……もう看病はごめんだ。帰れよ。家、あんだろ?」  
 諦めの悪い女だ。自分のように、色々なことを諦めて生きてくれば、もっと楽になれるだろうに。傷つかずに済  
むだろうに。馬鹿なやつ。帰れるところがある幸せな暮らしをして、生きているくせに。  
 しかし、続く言葉は予想外だった。  
 「家、ないわ」  
 「あん……?」  
 「私も、一人。少なくとも、今はね」  
 ──なんだ、こいつも俺と。  
 「──同じ、か」  
 「ええ、多分ね」  
 「話、するか。水だけ持ってくるからよ、中に入ってろよ」  
 「分かったわ」  
 
 川から水を汲んでくる。適当な木の実の殻や、葉っぱを使えば何てことない。慣れたことだ。さっさと戻って、ゆっ  
くり話をしたい。何せ、初めての「知り合い」と呼べる仲だ。彼が浮かれているのも、無理のないことだった。川辺  
で水を汲むと、山に向き直った。零さぬよう、慎重になりながらも、足どり軽く歩む。  
 しかし、不意に嫌な気配を感じた。両手のモノを投げ出して、体をひるがえす。鋭く吹きつける水が、顔のあっ  
た場所を掠めた。かつて、挑んできたことのある相手が使ったことがある。確か、ハイドロポンプと言ったか。水の  
向かってきた方向を見やれば、カメックスとトレーナーらしき人間が仁王立ちしていた。  
 「貴様か。ここらを荒らすポケモンとやらは」  
 「……そういうことに、なってるらしいな」  
 「恨みはないが、金が欲しいんでな。悪いとは思わない。死ね」  
 また、このパターンか。いい加減飽きた。それでも、こんな状況になれば致し方ない。やるしかない。  
 トレーナーが言い捨てれば、すぐさまカメックスが戦闘体制に入る。待ってる者が居るというのに、面倒なものだ。  
 同じく身構えると、カメックスの肩口のポンプが狙い済ましている。初撃同様、半身にして回避。そして接近。戦  
い慣れしているらしいカメックスは、しかしながら冷静に飛び退く。クソ、遠距離か。攻撃手段を持たぬこちらが不  
利だ。相手もそれが分かっているのだろう。  
 背中を見せて逃げ出せば、射撃が待っていよう。ここを凌ぐには、何とかして詰め寄る他あるまい。あたりの地  
形を利用するなり、一撃を覚悟して飛び込むなり……さてどうするか。  
 分析と実行。戦いの初歩の初歩ではあるが、力量が最も出る能力。離れた場所から観察していたトレーナーは、  
バンギラスの力を把握した。  
 「噂どおり、強いんだな。お前ほどのポケモンなら欲しいな。殺すには惜しいからさ、大人しく捕まれよ」  
 はっとした。これは、孤独からの脱却? しかし、リザードンが待っている。いや、ヤツが分かってくれるかどうか、  
まだハッキリしない。ならば、これはチャンスなのか?  
 さて、どうするべきか。気を緩ませず、カメックスとトレーナーを睨みすえながら、葛藤した。  
 「ちょうど、この間手持ちが空いたんだ。要らないのを捨てたんでな」  
 いや、このトレーナーは信用に足るか? 言動から見ても、実力至上主義甚だしいのは間違いない。とはいえ、  
自分が誰かに負けるような実力であるとも思えぬ。現にこのトレーナーも認めている。こいつについていけば、少  
なくとも仲間が出来る。仲間、なんて蟲惑的で甘美な響き。  
 「……捕まれば、仲間になれば……一人じゃ、ないよな?」  
 
 「お前の実力が見合うものなら、な」  
 つい呟いてしまった声に、トレーナーが応じる。それなら、俺は。捕まっても、いいかもしれない。  
 「俺は──」  
 「──グルァアアアアアッ!」  
 「ッ!?」  
 意を決したとき、けたたましい咆哮が耳に届いた。その場に居た誰もが、上空を見上げる。そこにいるのは、バ  
ンギラスにとっては見慣れた夕日色のドラゴンだった。  
 空中のリザードンを見て、予断のならぬ状況を忘れて呆気に取られてしまった。  
 「お前……どうして……?」  
 「何ていうか、虫の知らせ? ともかく、この男を信用しない方がいいと思うけど」  
 「こんなところに居たのか。クズが。用済みはさっさと消えろ」  
 「ちっ……私だって、会いたくなかったわよ。もう顔も見たくないって思ってたんだから」  
 何故か会話が成り立った。自分を差し置いて、リザードンとトレーナーの間で。どういう展開だか、ついていけな  
い。ぼんやりと目の前で繰り広げられる応酬を見守るしかない。  
 その応酬は、罵声と憎しみと、皮肉と殺意と。そんなものに溢れかえった、醜い争い。  
 「分かってんだろ? 捨ててやったんだ。帰ってくるな」  
 「悪いけど、このバンギラスは私の獲物なの。横取りしないで」  
 「ふん、消えろ。カメックス、用済みから消せ」  
 刹那、発せられる水撃。対して、リザードンは空中にて転回。かすりもせぬ華麗な回避行動。続けざまに火炎  
放射。連射される水流と激突して、煙幕となる。それを羽で巻き起こした風圧にて雲散。戦闘再開。即座に発射  
された大文字は、しかしタイプの相性で被害極小。すぐさまカメックスの砲撃が再開される。  
 バンギラスは闘いと、トレーナーとリザードンの関係を同時に分析、解析、理解。  
 リザードンが一人だと言った理由。トレーナーの捨てたという発言。今の攻防。そして、我が身の振り方。  
 空を舞うリザードンの羽に、速射された水が掠った。  
 「うぁっ……!」  
 普段のポテンシャルなら兎も角、今のリザードンは病み上がりで、しかも全快とは程遠い。そのまま落ちる。落ち  
る。地面にぶつかる。嫌な音。羽が折れる音。嫌な色。鮮やかな血の赤。嫌な声。トレーナーの高笑い。嫌な顔。  
苦しげなリザードンの顔。そして、我が身の振り方。  
 「ルォオオオオオオオオッ!」  
 「なっ……!」  
 
 リザードンが目を覚ますのに、今度は三日もかからなかった。羽はなかなか治らないだろうが、幸い落下の傷は  
浅い。バンギラスはリザードンをねぐらに連れ帰って、ほっとした。起きるまでに多少時間がかかったので、深夜と  
呼びうる時間帯だが、これで安心だ。  
 トレーナーは追い払った。自分でも分からぬ力が湧き上がってきて、一瞬で勝負はついたのだ。カメックスの外  
傷はリザードンのそれと比にならないが、殺さなかっただけマシだと思ってもらおう。薄目を開けたリザードンに、  
汲みなおしてきた水を差し出した。  
 「ここは……あ、あいつは!? ッ! い、いたた……!」  
 「痛むだろうが、飲め。トレーナーなら、カメックスその他のポケモンを潰したら、さっさと逃げ出したさ」  
 よく分からないが、こいつが痛がるのは嫌なのだ。いや、苦しんだり、辛そうなのが嫌なのだ。そう思ったら、何  
だか力が出た。自分も知らぬ、力。理解の及ばぬ、しかしながら、これは暖かいものだ。嫌な感じはしない。  
 じっと掌に向けていた視線を戻すと、水を飲み込んだリザードンは少し凹んだ様子だった。  
 「そう……強いね。私も、あんたくらい強ければ、捨てられなかったかな……」  
 「……」  
 「ねぇ、興味ないかもしれないけどさ。聞いてくれる?」  
 返事も待たずに、彼女は語った。あのトレーナーに捨てられたのは、ショックだったと。ヒトカゲだった頃は優し  
いトレーナーだったこと。何時からか、お金や強さに執着するようになったこと。憎くて憎くて堪らずに、次に向か  
うであろうシロガネ山に先回りしたこと。街の人々からの依頼で、トレーナーが討伐に来るだろうことを予想してい  
たこと。それら、全部を吐き出した。  
 その独白が終わったら、彼女は怒りや憎しみを吐き出して、すっきりした表情で泣いていた。  
 「ごめん、あんたには悪かったけど……そういう目的で、あんたに勝負を挑んだわけ」  
 「……」  
 「嫌なヤツだよねぇ。いい加減。八つ当たりだもんね。謝っても謝りきらないよ。ごめんね。ごめん。ごめんなさい。  
許して欲しいとは、言わないわ」  
 「……一つ、聞きたい。もし、俺がお前に倒されていたとしてだ。その後お前、どうするつもりだった」  
 「分かんない。もう、分かんない。けど……だけど、ね。こうなった今、あんたの好きにしていいわ。生きる気力も  
ないもの。煮るなり、焼くなり……って感じよ」  
 「好きにして、いいんだな?」  
 リザードンの体の上に、馬乗りになった。そして鋭い爪を突きつける。リザードンは何も言わずに、こくりと頷く。  
 「なら、教えろ」  
 「……は?」  
 今度は、バンギラスが吐き出す番だった。先ほどの戦闘から、腹の底でとぐろを巻くもの。黒くて熱くて、でも暖  
かいもの。どんなことを考えても、消化しきれない。何をしていても、それが頭を過ぎる。自分が自分でなくなりそ  
うになる。経験にないそれを、嗚咽するように言葉に変える。  
 「俺はどうしたらいいか、教えろ。俺はお前が、大切になってしまった。どうすればいい! 俺はどうしたらいい! ずっと一人で生きてきて、こんなの初めてなんだ! お前を見てると、胸の奥底が熱い! お前が死にたがっ  
てるのが、苦しい! これが何なのか、何て名前の感情なのか、分からない! 教えろ!」  
 「……ふふ……あは、あはははははっ!」  
 「笑うな! 本当に、分からないで困ってんだ……さっきから、こう、体の中が熱い……!」  
 「分かった。教えるよ」  
 
 「な、何だか、知らんが……酷く恥ずかしいぞ……」  
 「今更何言ってるかな? 私だってアレは初めてだよ」  
 よく分からないのだが、あの状態から上下交代した。教えてくれるというのだから、任せるしかない。どれだけ恥  
ずかしかろうと、相手の体を気遣おうと、聞き入れてくれないのだからしょうがない。  
 だから、自分の下腹部にある細いスリットを掘り返されても、何も意見出来ないのだ。  
 リザードンは見るからに切れ味の良さそうな爪を器用に使って、中を傷つけずに奥へと進んでいく。その指先  
が、体の中にある一点を捕らえた。バンギラスが敏感に声を上げるのも構わず、それを引っ張り出す。  
 「うぁ……なん、だ……ソレか……?」  
 「ほんっとーに、何も知らないのねぇ……いい? これがオスの性器。赤ちゃん作る機構なの」  
 「……俺は、それが知りたいんじゃないぞ?」  
 「はぁ……もう良いわ。私が全部やるから、黙って見てなさい。そしたら分かるから」  
 「お、おぅ……」  
 そうまで言われては、仕方ない。確かに自分は何も知らぬ。例え男性器を乱暴に扱かれても、それで喘ぎ声を  
上げさせられても、何も言えない。言葉を発するのを諦め、ただ黙って事を見守った。  
 普段は中に収納されてるので、初めから濡れていて潤滑は良い。ぐちゅぐちゅと乱暴に手でこねくりまわされれ  
ば、すぐに勃起した。体格に見合った大きさのペニスは、流石に大きい。比べた経験などない上、性交渉とは無  
縁だったバンギラスからしてみれば、それは異様な形だった。  
 「う、あ……! これ、俺、の?」  
 「いや、しかしおっきいわね……大丈夫、かな? ……ま、女は度胸よね」  
 本人はさらりと言い捨てたのだが、確かに大きさは半端なモノではない。獣の形状に近いソレは、どろりと先走  
りを流し、腹につくほどにそそり勃っている。バンギラスが訳が分からなくなって混乱してしまうのも当たり前だ。  
 そんな当人を差し置いて、リザードンは自分の秘所に指を入れている。慣らしておかないと、無理だろうと考え  
てのことだ。だが、バンギラスにしてみればこれまた刺激が強すぎる。自分と似て非なる三つ目のスリット。そして、  
そこはうっすらと濡れそぼっている。しかもペニスに近い、しかし小さな突起がある。こういった知識に疎いバンギ  
ラスの思考は、もうショート寸前だ。  
 「な、何して……!? え、あ、あれ?」  
 「一応……もう少し濡らしとこ……ね、舐めて」  
 ずいっと腰を顔に突きつけられる。べっちょりと湿っているのだが、水とは違う。初めて嗅ぐ、異様な……しかし、  
この臭いを嗅ぐと、自分の中で何か高ぶるものがある。それがバルトリン腺液という名前だとは知らぬのだが、促  
されるままに舌を挿し込んだ。そのまま、ゆっくりとスリットをなぞって上下させる。初々しい舌使いで、おずおずと  
ではあったが、高い嬌声がリザードンの口から漏れた。  
 自分と比べても柔らかい肌、官能的な臭い。そういったものが、脳を麻痺させる麻薬のように染み込んでいく。  
 「ん……ふぁ……! あ……はぁん……! んぅ……じゃ、私も……」  
 「んく……はっ……はぁっ……ちょ、ちょっと待て! お前何してんあぅううっ!」  
 リザードンは、秘所を舐められながらも体を反転させる。制止したバンギラスを気にもせず、大きな肉棒を咥えこ  
んだ。そして、負けぬほど高い声が暗い洞窟に響く。子供のように、されるがままに。  
 「や、やめぇえっ! そ、そんなところ舐めるなぁあっ!」  
 「オナニーすら経験無いのかしら……敏感過ぎやしない? いいから、舌止めないでよ!」  
 「ん、なこと……! 言われ、たってぇ……!」  
 ああなんて焦れったいんだろう。勇ましすぎるほどに勇ましい彼女は、すぐ達してしまいそうな相手に腹が立っ  
てきた。そして、早々に上から退く。さっさと肉棒を秘所に押し当て、想像するだに痛そうな破瓜を覚悟して一言  
言ってやることにした。このまま挿れたら、騎上位だ。  
 「もう! 本番、いくからね!」  
 「え、ほんば……? な、何やってるのか説明くらい……! う、あぁああっ!?」  
 「くぅっ……! い、いたぁ……!」  
 
 強引に自重をかけ、やや狭いそこに押し入れていく。いくら同じくらいの体型とはいえ、大きすぎる一物に血が  
滲む。血が滲むのは、それだけが理由ではないのだが、バンギラスは大いに焦った。うっすらと涙の浮かび上が  
るリザードンを見れば、尚更のこと。  
 上に乗っている腹をぐいっと押し返し、早く動けと叫ぶ。  
 「う……ぁ……! ……お、おい血……! 退けっ!」  
 「いつッ……! ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! 今更やめてたまるもんですか!」  
 「あ、ふぁあああっ!?」  
 バンギラスが心配する一方、リザードンは変な熱が焚きつけられてしまったらしい。生来よりの負けず嫌いが、  
未だに痛む腰を動かさせた。膣内で暖かく一物を締め付けられて、バンギラスは雄たけびを上げる。愛液が下  
腹部を濡らすのも気にならないほど、その快楽は強かった。もう止めることもままならず、されるがままになってい  
る。中の一物が脈打ち、リザードンにもそれが伝わる。  
 暫くリザードンが腰を振っていると、やがて規格外のサイズにも慣れたらしい。彼女のほうにも、子宮口まで届く  
ペニスが気持ちよく感じられるようになってくる。  
 「あ、はっ……! んぅ……はぁっ……! も、大丈夫ね……!」  
 「ひぁあああっ!? や、やめぇっ!? おかしっ……! 俺ぇ……!」  
 オスだというのに、メスに圧されている。そんな屈辱も、バンギラスにはない。ただされるがままに、自分の半身  
が結合部でちらりちらりと覗くのを見ているしかない。上で痴態を見せる彼女のそこは、赤い花弁のようだった。  
 彼が頭が真っ白になりそうな快楽に流されていると、馬鹿みたいに荒い息を繰り返す口にやや長いモノが入り  
込んできた。舌を絡め取られ、牙を舐められ、不思議な掻痒感とともに興奮が高まる。  
 「んっ……ふぅっ! はぁっ……んんっ……!」  
 「はっ……んぅううっ!? ふぅっ……んぐぅうう!」  
 べちゃべちゃと口内を掻き回されて、脳髄が蕩けてしまいそうになる。唾液が甘いという錯覚をする。  
 やがて重なった口が離れたとき、バンギラスはそれがキスだったと知った。  
 「も、私……駄目っ……!」  
 「俺も、何か……出そうぅ……!」  
 「お願い……! 出来たら、一緒に……!」  
 「あ、う……わか、った……!」  
 彼女が全体重を乗せて、腰を落とした。その強烈な刺激に、二人はほぼ同時に登りつめる。  
 「いぁああああぁあっ!?」  
 「う、うぁあああああっ!?」  
 彼女の花弁からは、濃厚な愛液が流れ出る。それに混じって、バンギラスの白濁がとろりと流れ出た。一方は  
開放感に、一方は圧迫感にぜぇぜぇと荒い息を繰り返しながら、二人は薄くなった意識の中で、お互いの手を繋  
ぐ。リザードンは、疲れきった彼の頬に小さくキスを落とした。  
 そして、これもまたほぼ同時に。二人は深い眠りについた。  
 
 起きたのもほぼ同時。またもや夕方の、夕日の綺麗な時間。  
 二人は手を繋いで、夕日を眺めていた。夕日はもう、嫌じゃない。鮮やかで、美しく、そして彼女に似ている。そ  
れだけで、何だか心が満たされるのだ。  
 「羽、もう駄目ね。多分もう飛べないわ」  
 隣で彼女が言った。諦めたような、でも清清しいような笑いで。  
 「そんな……折れてるけど、治るんじゃ……」  
 「無駄よ。ちゃんと繋がないと、まともに飛べやしないわ。でも、良いの」  
 「良くない! それなら人里に降りて、治してもらうなり……!」  
 「良いの。旦那さんも手に入れたし、ね」  
 今度はバンギラスが呆然と立ち竦んだ。大口を空けて、目を見開き、空いた手でリザードンを指差す。  
 「お前……! いや、だってそんな俺は……え、ええっ!?」  
 「あれ? さっきの妊娠しちゃう行為なんだけど、責任取れないっていうの?」  
 「いやそれはお前が……そうじゃなくて! ああ、そうだ! 教えてくれるって言ってたのは!?」  
 「あー、それね。多分それは──」  
 ──恋、ね。  
 
 孤独だったバンギラス。一人ぼっちの怪物は、友人と恋人と家族と……こうして纏めて手に入れることが出来た。  
 ちなみにこの数日後。さらにもう一人、家族が増えることとなる。  
 

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